2974972 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Dog Photography and Essay

広西--桂林旅情2



「桂林旅情6」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

14.jpg

独秀峰を下って行く途中の険しい岩肌に
中華民国の時代に彫られた石刻が沢山見られた。

かなり険しく切り立った岩肌へ一体どうやって
彫ったのかと考えてしまうほど危険な場所にある。

中国の山々の岩肌に文字を彫り付ける石刻は
中華人民共和国成立した1949年10月1日以降
暫くしてより景観を損ねる事から禁止された。

15.jpg

「秀奪群峰」と彫られた文字の意味は、山々が
連なり美しい景色だが、独秀峰は麗しく
峰々の中で勝ち誇っていると解釈すればよい。

「卓然独立天地閣」は桂林の山並みの中で
ぽつんと一つだけ立っており、またその姿は
天と地にも一際優れていると詠んだ詩である。

下の石刻になると書体そのものも違い
私には一部分の文字しか分からない。

16.jpg


「桂林旅情7」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

17.jpg

独秀峰の岩盤を打ち抜き造られた洞窟には
60体の「太歳」が彫られており生まれ年で
自分の「太歳」が決まる民間宗教である。

太歳は古代中国の天文暦学において設けられ
木星の鏡像となる仮想の惑星から成る。

木星は古代から知られ観測されてきた。
中国の文明でも神話や信仰の対象となった。

木星は天球上を西から東に約12年で1周し
十二支を作り出し太歳紀年法へと進んだ。

18.jpg

洞窟には道教が信奉する60名の星宿神が
彫られており各星宿神の名前は十天干と
十二地支とを用い日本でもお馴染みであり
自分の生まれた太歳の前で手を合わす。

洞窟内は撮影禁止でシャッターに手を乗せても
かなり大きな声で制止されるので、一旦外へ出て
レリーズを付けて警備の者と会話しながらも
ポケットの中でシャッターを切った。

下の写真は洞窟を囲う壁に空気口が開いており
そこからレンズを入れ撮影したが、案の定、後から
「こらーっ!」と、私は笑うしか術がなかった。

19.jpg


「桂林旅情8」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

20.jpg

独秀峰の洞窟から出て孔子の廟へと向った。
孔子の論語の中で誰もが知る言葉は
吾十五にして学に志す。三十にして立つ。
四十にして惑はず。五十にして天命を知る。

中国では孔子や孟子の論語の心や儒教の
精神が礎となり礼儀正しい国を創り上げた。

だが、文化大革命で孔子や孟子の思想は
徹底的に破壊され、子供達に孔子の人形を
銃で撃たせたという行為にまで発展した。

22.jpg

現在の中国を支える50.60代の国民のほとんどが
文化大革命で儒教の精神は無残に破壊され礼儀を
忘れ去り、その子供達が社会に出て来ている。

孔子は、過ちは仕方のないこと。過ちを犯しても
改めようとしない事こそ真の過ちと説いた。

また孔子は、人が自分の事を知らないことなどは
気にしなくとも良い、自分自身が人の事を
知らないという事を気にせよと説いている。

21.jpg

写真の孔子の石板を背負っているのはヒイキと呼ぶ
龍の1番目の子供で重きを負うことを好むと言われる。

ヒイキを漢字で書くと「贔屓」で、日本では
江戸時代の頃から歌舞伎で使われていたが
「ご贔屓に預かり有難うございます」など現在でも
多くの商売人や役者が使う言葉でもある。

また贔屓の前に「依怙」を付けた「えこひいき」が
龍の1番目の子供の贔屓からかどうかは分からない。

23.jpg


「桂林旅情9」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

24.jpg

明の第一代皇帝朱元璋は桂林の靖江王を
甥の朱守謙に任命し1370年、築城した。 

清代には科挙の試験場として使用され
孫中山が北伐時の拠点とした事でも知られる。

独秀峰は広西師範大学の敷地内にあり別名を
「紫金山」とも呼び、南京の紫金山と同じである。

科挙とは現在の国家公務員採用試験の受験と
同じではあるが、写真でも分かる通りに
試験を行う所が一人一人壁で仕切られている。

25.jpg

私も中へ入り座ってみたが、これなら
容易にカンニングが出来そうな気がした。

高校の頃はカンニングする小道具を1週間前から
真剣に作り、当日机の下に画鋲でスライドさせ
試験官が遠ざかると引っ張り出し試験官が
近付くと腹で机の中へ押し込んでいた。

実際には小さな字で各教科ごとに厚紙で作り
ポイントを書き込んだので自然に覚えて
カンニングをしなくとも問題は無かったが
冷汗もののスリル感からは抜け切れなかった。

26.jpg


「桂林旅情10」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

27.jpg

桂林独秀峰の写真画像も最終ページとなり
明日よりは船に乗り漓江下りの画像になる。

岩肌に彫られている「桂林山水甲天下」が
一番知られている石刻であるが、上の画像は
「読書岩」と書かれており423年の南北朝時代の
文学者である顔延之が読書岩の下の洞窟の中で
読書をしたと言い伝えが残る場所で知られる。

顔延之は桂林の市長として都より赴任し後に
後漢の第2代皇帝の幼き頃の教育係をした。

28.jpg

独秀峰を有する靖江王府は明王朝の建国後
10年の歳月を掛けて1393年に完成している。

城壁の表には石を積み上げ固められている。
東西南北にそれぞれ門が設けられている。

清代に科挙の試験場として使われ、中華民国では
孫文が北伐の司令部を置いたことでも知られる。

現在では広西師範大学のキャンパスになっており
門を出る時に広西師範大学と気付いたほどに
敷地は広く自然があふれ心地良い印象だった。

31.jpg


「桂林旅情11」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

1.jpg

漓江は桂林市内を南北流れ438キロあり
漓江下りは桂林から陽朔までの83キロを
遊覧船で下り奇峰を縫うように行く。

晴れた日には川面に山が映え美しいと言うが
1995年に来て以来3回共、小雨日よりであった。

2.jpg

だが、雨の日には水墨画のような世界が現れる。
私は展望デッキに上がり、雨に濡れながらも
シャッターを切り続けたが「奇山秀水」の
言葉通り、何とも言えない景色が続く。

私の乗った遊覧船は中国人観光客用の船で全て
中国語だが外国人観光客用の船で日本語の
ガイドがついて説明する船もある。

3.jpg

外国人と中国人と船の料金が違うのが難点で
中国人は外国人の半分の料金で乗れる。

私は中国での就労証明書あるのと中国語が
理解出来ないと面白さも半減してしまう。

写真の女性はヨルダンから中国人に嫁いで
来たと話してくれたが実に中国語が上手かった。

4.jpg


「桂林旅情12」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

5.jpg

私が18年前始めて桂林を訪れた時は桂林の
空港出口にタクシーの客引きが並んでいた。

駆け引きをして一番料金の安いタクシーに乗り
「最後の日に漓江下りをしたい」と言った所
最初に「漓江下り」を楽しんだ方が良いと言う。

原因は、最後に「漓江下り」を残して、観光地を
目一杯見て廻り疲れた身体で「漓江下り」をしても
軽い船酔いでも景観を楽しむどころではないと言う。

6.jpg

地元運転手の意見を聞いたほうが無難と同意した。
外国人用の切符を買う段階になって売り切れており
考えた末に、運転手の身分証明書で中国人用の切符を
購入してほしいと頼んだが不安そうな表情をした。
 
今でこそ外国人と中国人の切符価格の差は半分だが
当時は3分の1という安さも手伝ったのと外国人用は
旅行社が押えていて、切符がなかなか取れなかった。

余談だが当時の航空チケットも中国人の倍額だった。

運転手からは「もし見つかっても知りませんよ!」
今回の「漓江下り」は中国人現地ツアーに入り込み
問題なかったが、18年前はかなり厳しかった。

7.jpg


「桂林旅情13」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

8.jpg

「漓江下り」は桂林の旅で最も人気の
観光スポットであり出発地の竹江が近づくに
つれて奇岩奇峰を縫うようにタクシーは走った。

1995年当時の事柄で今回の旅の話ではありません。

船着場は幾つも有り、外国人用の船着場と
中国人用の船着場と違っていたために
自分が乗る船の船着場を運転手と探した。

ツアーの場合にはガイドの指示に従えばよいが
個人の場合は運転手も不安で「何が起こっても
私は知りませんからね?」と船まで案内してくれた。

9.jpg

私の乗る船の前の船がまだ出発してないし全てが
中国人である。10分くらい待ったところで
中国人2人が私の所へ来て「貴方は日本人ですね?」と
いきなり中国語で聞いてきたので少し驚いた。

私に「日本人ですね」と声を掛けた人は運転手の友人で
「偶然にもここで出会い、貴方を守ってやってくれ」と
言い残したそうだ。「船着場で、係官が一人ずつ
切符を確認し中国人かどうか検査しますから貴方が
話せば外国人と分かってしまうので何も話さないように」

「船に乗ってしまえば、何を話しても良いですから
必ず守ってください」と丁寧にゆっくりと話してくれた。

10.jpg


「桂林旅情14」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

14.jpg

写真は今回の桂林の旅で撮影した画像だが
出来事の内容は1995年始めて一人で桂林へ
来た時の事を思い出しながら書いている。

現地旅行社の人は忙しそうに、小走りで列の
先頭へ行ったが助手の人を私に付けてくれた。

私は「ここでは中国語で話しても良いですか?」と
「問題ないですが問題は船に乗るときです」と語る。

彼は「8年間この仕事やってますが、初めてですよ!」
「何がですか・・?」ととぼけて聞くと困ったように
「日本人と同じ船に乗るとはな~・・・」と・・。 

15.jpg

今の日中問題など起こっていない時であるので
彼も深い意味合いで話したのではなく、日本からの
観光客ツアーは全て旅行社が便宜を図り日本語の
話せるガイドを付け、当時中国人専用の船に日本人が
紛れ込みフォローをしている彼の真実の言葉だった。

「もし、貴方が日本人と発見された場合、私達の責任に
なってしまいます」説明では「並んでいる間に私達が
船会社に替わって身分証明書等検査し、その時に
発見できれば切符を買い直して頂くことになります」

「もし故意に乗せた事が発覚した場合、会社が罰金刑に
されます」と「では、もし船に乗る時、他の係官が
発見したらどうなります」と続けて聞いたところ・・。
つづきは明日更新します。

16.jpg


「桂林旅情15」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

11.jpg

「では、もし船に乗る時、他の係官が発見したら
どうなります」と続けて聞いたところ・・。

「先程私共のチーフが書類に書き込みましたので
貴方がしゃべらない限り発見されませんよ」と。

どうして質問を受けて話してはいけないのだろう?

その疑問に彼はこう答えた「貴方は、口が不自由で
話が出来ないと明記しました」と言う。

上手い方法を考え付いたものだと思い、また、あの
タクシーの運転手も粋な計らいをするものだと感心した。

12.jpg

小雨が降るデッキに立ち川風に吹かれながら目の前に
繰り広がれる奇観を眺めていると不思議な気分に。

下から「食事の用意が出来ましたよ!」と呼びに来てくれた。
「私達には見慣れた景色でも、始めての方は感動されますね~」
「早く食事にしましょうか?」と催促する。

まだシャッターを切っていると「何処も同じ景色ですよ!
先に行けばもっと良い景観の所が有りますよ!」
私を早く下へ降ろさんがための方便とも受け止めれた。

桂林は中国屈指の景勝地として中国のみならず
世界から知られており「山青し、水清し、石美しく
洞窟奇異なり」といわれる山水画の世界が広がる。

13.jpg

「中国の旅」


「BACK」へ  「中国写真ライフ」へ  「NEXT」へ


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.