2921363 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Dog Photography and Essay

広西--桂林旅情3



「桂林旅情16」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

17.jpg

2億5千年前の地殻変動によってできた無数の
山が海水のひいた後に、そのまま残され
出来た地形との事だが目を奪われる。

漓江下りは桂林観光のハイライトで船の上から
観る何百という奇峰奇巌の風景は正に壮大な
パノラマであり、小雨降る中で船が進む事で
風が吹き、衣服が直ぐに濡れてしまった。

カメラにはビニール袋をかぶしレンズ部分のみ
穴を空け出していた。他の中国人を見ると
連れ合いが傘を差し出して微笑ましかった。
                                          
18.jpg

桂林は黄山に並び賞される中国屈指の景勝地の
一つであり花鳥風月で、正に山水画の世界である。

男性的な黄山、女性的な桂林と写真的には興味が
尽きないが、思ったより早く陽朔へ着いた。

桂林が歴史の舞台に登場するのは紀元前214年
秦の始皇帝が広東と広西地方を統一し運河を
造った時まで遡り、その頃の桂林は街中を漓江が
流れているため「南連海域、北達中原」と呼ばれる
軍事上の基地として栄えた。また宋代には広西地方の
政治文化の中心地として賑いをみせていた。

19.jpg


「桂林旅情17」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

22.jpg

漓江から陽朔までの漓江下りを終えた後
中国人ガイドから「ここからは徒歩で行きます」

「出来るだけ近くまでバスを呼んでありますから
また写真ばかり撮って遅れないようにね」と
釘を刺されたが、やはりシャッターを切っている。

写真の記念壁飾りは少数民族の女性を刺繍で
表現したものであり、少数民族のチワン族の女性の
手作りで他にも沢山刺繍を施した物が並んでいた。

24.jpg

桂林市の人口は約480万人で少数民族は約70万人いる。
桂林は多くの民族が集まって住む街で漢族以外に
チワン族、ミャオ族、ヤオ族、トン族が暮らしている。

この少数民族の中でも取り分け一番人口が多いのが
チワン族で手織の生地を使って多種多様なデザインの
服を作り女性は色とりどりのロングの巻きスカートを
穿いたりウェスト切り替えのワンピースを着ている。

若者は前にチャイナボタン式の中華民国時代と
よく似た上着を着て腰に紐を結び肩から織物に
刺繍を施したバッグを提げる事も多い。

23.jpg


「桂林旅情18」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

20.jpg

各観光地の土産屋売り場の定番商品は
写真の小物入れの巾着袋であろう。

桂林では桂林山水と刺繍がしてあり
雲南のシーサンバンナでは西双版納と
巾着袋に刺繍ミシンで地名が刺繍してある。

マチが付けてある巾着や小さなポケットが
付けてあるものなど3種類ほどあるようだ。

21.jpg

巾着の価格は1袋10元(150円)と言われて
買おうかなと思っていると、隣で中国人が
値切り倒しているのを聞いていた。

束の間の時間だったが最終4袋10元で買い
私は思わず10人民元を財布に仕舞い込んだ。

土産屋の人は2袋10元にするからと言っていたが
あまりに衝撃的なシーンを見てニッコリ笑った。

22.jpg

生地やデザインなどは少数民族のものであり
各観光地で売る人達も少数民族の人達が多い。

中国の少数民族は55民族あり、漢族と併せ
56の民族で構成されているが一番多い漢族が
無国籍を含まず13億人で少数民族は1億人いる。

その中で一番多いチワン族が1600万人であり
満州族が1000万人と回族950万人が続いている。

23.jpg


「桂林旅情19」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

27.jpg

桂林市の漓江西岸に陽朔県があり
陽朔県には秀麗な景観があるとのこと。

「桂林山水」の詩に「陽朔は桂林で一番」と
詠われるほどに中国内では有名な所である。

改革開放を打ち出して以来、対外開放の
観光都市の第一番として、陽朔はその美しく
独特の風景により多くの観光客を呼んだ。

陽朔一帯の自然景観は独特であり桂林山水の
真髄で精華が集まっていると言われている。

28.jpg

張芸謀(チャン・イーモウ)監督の映画の
「劉三姐」の撮影が行われた大榕樹景区も
陽朔地区にあり監督指揮による大規模な
山水を背景にした野外ショー「印象劉三姐」に
多くの観光客が訪れている。

夜に「印象劉三姐」の中国初の野外ショーを
見たが野外でもあり途中から雨に降られた。

写真はホテルの前の道路から街並みを撮影した。
陽朔中心から少し離れているので田舎町の風情。

29.jpg


「桂林旅情20」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

30.jpg

陽朔のホテルで一夜を明かし朝食を
食べようとバイキングレストランへ行った。

大きな皿に少しずつ野菜類を載せて
目玉焼きコーナーで目玉焼きが出来るのを
待っていると昨晩も食事をご一緒した女性から
今日は筏乗りですからご一緒して頂けませんと
声を掛けられたので、宜しくとお願いした。

彼女は50半ばの裕福な中国家庭の奥さんで
一人旅で来ていたが、何度も食事をご馳走して
頂き申し訳ないような心持ちがしていた。

32.jpg

筏乗り場まで地元ツアーのバスで行くと
沢山の二人乗りの筏が連なり泊められていた。

私と女性の二人で筏に乗り込み、女性から
色々と話をされるが、私はただ相づちを
打つだけで、もっぱらカメラのファインダーを
覗き見ながら切り取る構図を探していた。

ふとカメラを太腿に乗せ、辺りの風景を見渡すと
目の前には陽朔特有のパノラマに山が連なる。

筏は静かに陽朔の川を下り船頭の竹竿が川面に
跳ねる水の音が気持ち良さに拍車を掛けていた。

33.jpg


「桂林旅情21」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

34.jpg

漓江下りの船着場から少し川沿いを見渡し
石段を下り写真のような二人乗りの筏が
岸に繋がれているのを見ていた。

女性現地ガイドが日本人は何処へ行ったのと
大きな声で探しているようだった。

私が手を振りながら声を掛けると「そんな所で
何やっているんですか」と「皆さんバスへ
乗って貴方が最後ですよ」と声高らかに言う。

35.jpg

バスに乗り込んでより「日本人早くしろよ」と
言うので中国人からは大きな笑い声が上がった。

あんな筏に乗る人なんか居るんですかねと
ガイドに聞くと「何言っているの、明日あの筏に
乗るんですよ」と言うと、また笑い声が起こった。

上の写真は筏から望遠で撮影したが鵜飼の鵜を
間近で見たのは、この時が初めてだった。

長良川の鵜飼は夜舟遊びした事があるので鵜匠が
鵜を巧みに操り魚を獲って来るのかと思ったら
鵜匠が魚を川へ投げ込み、鵜が潜って魚をくわえて
上がって来ると言っていたが日本もそうなのかな。

36.jpg


「桂林旅情22」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

37.jpg

筏のあとガイドは私の前を歩こうとはせず
ぴったり後について歩いたために他の中国人の
女性達も同じようにガイドについて歩いていた。

私が振り返ると「貴方の所為ですからね」と
言わんばかりの表情であったり指差す女性もいた。

だが、写真の鍾乳洞へ入るとワクワクする表情に
変わったり、中には「暗いからブレないように
しっかり撮りなさいよ」などと、
言葉は違えども心は皆同じと思った。

38.jpg

引率していた地元旅行社のガイドは暫し休み
鍾乳洞専属のガイドが付いて説明してくれていた。

蘆笛岩と呼ばれる全長2kmの巨大な鍾乳洞で
800mが観光客用のルートとして許可されている。

洞内には数多くの鍾乳石や石柱、また石の花が
見られ七色のライトアップで幻想的である。

広大な中国の中でも桂林の蘆笛岩ほどの大きさは
他に類を見ないとの説明であったが、鍾乳洞の
出口の所に赤提灯が飾られており居酒屋を思い出す。

39.jpg


「桂林旅情23」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

49.jpg

夕方になると「印象劉三姐」の野外ショーを
見るためにチケットを購入する事になった。

初めは「印象劉三姐」と言われてもパンフレットを
見せられても、どのような物語か分からなかった。

出発まで2時間あったのでホテルのフロントに
お願いして「劉三姐」のDVDを見せてもらった。

ミュージカル風の物語だったが時間もなくなり
簡単に説明をしてくれたものの意味が分からない。

40.jpg

会場となる漓江山水劇場へ着くまでの間に
二人の中国人が早口で教えて頂いたが分からない。

開園までまだ時間があり山水劇場の写真を撮った。
辺りは、かなり薄暗かったが数値を換え撮影した。

野外ステージで漓江の山並みが目の前にあり一枚目の
画像の山にライトアップされ本当に自然劇場である。

会場には筏に乗った多くの若者たちが長い布を
巧みに操っていたが水上での動きが乱れず
目を見張るものがあったが丁度雨が降り出した。
松明の火で小雨と風が吹いているのが分かる。

41.jpg


「桂林旅情24」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

44.jpg

「印象・劉三姐」のチケットを360元で購入。
日本円に換算すると約6000円ほどであるが
前の方がチケット代が高いのかと思ったら
屋根付きの座席が一番高く650元もする。

「印象・劉三姐」の「三姐」とは三女の事で
広西自治区桂林に受け継がれる悲恋物語である。

「歌垣」に似たような感じで、若い男女が集まり
互いに求愛の歌謡を掛け合う風習が今も残る。
(写真は山にライトを点け大掛かりな舞台)

45-1.jpg

万葉集に「山に雪が降ったのかな~、それとも
愛しい彼女が白い布を干しているのかな~」と
「歌垣」に似た歌詞もあり遣唐使の時代からである。

唐代から語り継がれる「劉三姐」は唐のころ
広西チワン族の娘で歌と踊りが上手だったので
「歌仙」と呼ばれ美人でとても人々に慕われていた。

劉三姐が兄と船に乗って親戚の所へ行く途中に
地主に仕える番頭が村人を苦しめているのを見かけ
三姐は掛け合い歌で番頭をやり込め漁民の妹を助ける。
つづく

45.jpg


「桂林旅情25(完)」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

43.jpg

「印象・劉三姐」はチャン・イーモウ監督により
映画が公開され中国で大ヒットとなり劉三姐の
悲恋物語は中国の誰もが知るところとなった。

上の画像は望遠で撮影しているのでブレを起こし
見にくい画像だが、皆一人が一つの筏に乗り
演技をする姿は感動的だった。「印象・劉三姐」の
物語は「桂林旅情24」の所で少し触れた。

46.jpg

劉家の三女である三姐は美人で心根も優しく誰からも
慕われていたが地主の番頭が「掛け合い歌」に
負けた事を腹いせに主人に妾にする女性がいると話す。

金持ちの主人である老人は三姐を見るなり一目惚れし
妾になるよう強要したが、三姐には村の「歌垣」で
出会った青年に恋をしていたため断り続けた。

劉家は裕福ではなく兄が金を目当てに妾になれと強く
勧めるが三姐は恋人を慕っており幾度も拒絶する。

47.jpg

だが、執拗に迫られた三姐は仕方なく「掛け合い歌」に
負けたら妾になってもいいと答え「歌垣」対決が始まる。

金持ちの爺さんは三人の秀才を雇って三姐に対抗するが
全て負かされ、今度は役人と結託し三姐が歌う事を禁じた。

三姐は村の娘達に写真のように陣を張らせ抵抗するが
追い詰められた三姐は崖から身を投じ死んでしまった。
だが、三姐は水底から魚に乗って昇天し天女となり
村人を守り続けたという物語で代々受け継がれて来た。

これで桂林旅情は終わりとなり、明日よりは今問題の
南京大虐殺記念館の写真を元に私なりに書いてみたい。
ちなみに、私は南京虐殺は無かったと信じている。

48.jpg

「中国の旅」


「BACK」へ  「中国写真ライフ」へ  「NEXT」へ


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.