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Dog Photography and Essay

「蜻蛉(かげろう)日記」を研鑽-4


「一晩中歌を詠み交わした」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



寝苦しいものが身にしみてわかりました。この返事が届いた。

さもこそは ちがふる夢は かたからめ あはでほど経る 身さへ憂きかな
おっしゃるとおり夢違えは難しいでしょうが、長くお逢いできないで、
日数が経っているわたしまで辛くなってきますと文を遣わせた。
その文に対して、折り返し文が届いた。



あふし見し 夢になかなか くらされて なごり恋しく 覚めぬなりけり
長く逢えないなんて、わたしは夢であなたにお逢いしています。
でも夢だから気持ちがぼんやりして名残り恋しく、いまだ覚めることが、
できないので、現実にはお逢いできないのですと書かれている。

文を書き、使いの者に遣わせた。
こと絶ゆる うつつやなにぞ なかなかに 夢は通ひ路 ありといふものを
お逢いすることが絶えている現実は何でしょう。
かえって夢には通う道があるといいますのにと書いて手渡した。



急ぎ文が届いた中に、お逢いすることが絶えるとはどういうことですか。
ああ、縁起でもないと初めに書かれており、

かはと見て ゆかぬ心を ながむれば いとどゆゆしく いひやはつべき
あれがあなたのお住まいと見ることができる近くにいながら、
川に隔たれたように伺うことができないで辛いのに、こと絶ゆるなど、
と不吉な言葉で言わないでくださいとあった返事に、



渡らねば をちかた人に なれる身を 心ばかりは ふちせやはわく

来てくださらないので、遠く隔たっているわたしですが、
心だけは川の淵瀬と関係なく、あなたの所に通っています。
などと、一晩中歌を詠み交わした。


「しばらく眺めていても飽きない」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



ここ数年、長谷寺にお参りし願(がん)を立てている。
毎月、長谷寺へお参りしたいが思い通りには行けないのが現状だ。

来月にはと先延ばしになっていたが、やっと九月に出かける事に決めた。
あの人は、十月には大嘗会(だいじょうえ)の御禊(ごけい)があり、
わたしの所から女御代(にょうごだい)が立たれることになっている。



女御代(にょうごだい)とは、あの人、兼家の娘の超子のこと。
賀茂川の河原で行うみそぎの儀式が終わってから私と一緒にと言う。

私には関係ないことなので、密かに決めてしまっていた。
調べると予定の日が凶日なので、門出だけは法性寺のあたりにして、
翌日の夜明け前に出発して、正午ごろに宇治の院に到着した。



向こうを見ると木の間から川面がきらめき、しみじみとした思いがする。
目立たないようにと思って、供の者も大勢は連れて来なかった。

わたしのような人でなければ、どんなに賑やかだろうと思う。
車の向きを変え、幕などを張って車の後ろに乗っている人だけを降ろして、
車を川に向けて、簾を巻き上げて見ると、川には網代が一帯に仕掛けてある。



行き交う舟もこんなに多いのは見たことがなかったので、
しばらく眺めていても飽きなく、すべてが趣深くおもしろい。

後ろの方を見ると歩き疲れた下人たちが、貧弱そうな柚子や梨などを、
大事そうに手に持って食べたりしているのも、興味深いと眺めていた。


「格段に風情があるように見える」

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愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



しばらくして、手紙を捧げて持ってくる人がいる。そこに立ち止まって、
お手紙ですと言っているようだ。見るとあの人からだった。

どうしているのか、心配でならない。少人数で出かけたが大丈夫かな。
以前言っていたように、三日間籠るつもりなのか。帰る予定の日を聞いて、
せめて迎えだけでもと書いてある。返事には、



椿市という所までは無事に着きました。この際、もっと深い山に入りたいと、
思っているので、帰る日は、いつとまだ決めていませんと書いた。

あそこでやはり三日もお籠りになるのは、よくないですなどと相談して、
決めているのを、使いが聞いて帰って行った。



そこから出発して、どんどん進んで行くと、これという見所のない道も、
山深い感じがするので、とても趣深く水の音が聞こえる。

あの有名な杉も空に向かって立ち並び、木の葉は色とりどりに色づいている。
川の水は石のごろごろしている間を、勢いよく流れていく。



夕陽が射している景色などを見ると、涙がとめどなく流れる。
ここまでの道は格別景色がよくもなかった。紅葉もまだだし、花もみな散り、

枯れた薄だけが見える。これまでと違って格段に風情があるように見える。
車の簾(すだれ)を巻き上げて、下簾を開けて見ると、
旅で着くたびれた着物が、色艶がなくなったように見える。


「ひたすら夜の明けるのを待った」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



薄紅色の薄物の裳(も)をつけると裳の紐が交差して、朽葉色の着物に、
調和した感じがするのも、とてもおもしろく思われる。
朽葉色(くちばいろ)とは、くすんだ赤みがかった黄色のこと。

物乞いたちが、食器や鍋などを地面に並べて座っているのも、
何ともあわれでならない。卑しい者の中に入ったような気がして、
お寺に入ったら、かえって清々しい気分が得られないような気がする。



眠るわけにもいかず、かといって忙しいわけでもないので、
じっと聞いていると目の見えない人で、それほどみじめそうでもない人が、
人が聞いてるかもしれないとも思わないで、大声で願いごとを、
お祈りしているのを聞くのも、かわいそうで、ただ涙ばかりがこぼれる。



こうして、わたしは、もうしばらくここにいたいと思うが、夜が明けると、
供の者たちが騒いで出発させる。帰りは人に知られないようにしているのに、
あちこちで接待をして引きとめるので、にぎやかに日が過ぎてゆく。

三日目に京に着く予定だったが、日がすっかり暮れてしまったので、
山城国の久世(くぜ)の三宅(みやけ)という所に泊まった。



ひどくむさくるしい所だったが、夜になってしまったので、
ひたすら夜の明けるのを待った。まだ暗いうちから出発すると、
黒っぽい人影が、弓矢を背負って、馬を走らせて来る。
少し遠くで馬から降りて、ひざまずいている。
よく見ると、あの人の随身(ずいじん)である供の者だった。


「心の中で数えながら待っていた」

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どうしたのだと、供の者が尋ねると、殿は、昨日の夕方六時ごろに、
宇治の院にご到着なさり、お帰りになったかどうか、確認して迎えに。

などと、ご命令になりましたと言う。先払いの男たちが、
早く車を進ませろなどと指図をするが霧が立ち込め早く進めないようだ。


 
宇治川に近づくころ、霧が立ち込め通ってきた道が見えないくらい。
車から牛をはずして二本の長い棒の轅(ながえ)を下ろし牛を休ませる。

あれこれ川を渡る準備をしているうちに、大勢の声がして、
車と牛を繋ぐ轅(ながえ)を下ろして、川岸に立てろと叫ぶ。



霧の下から例の網代(あじろ)も見えており、なんとも言えない風情がある。
あの人は向こう岸にいるのだろう。まず、このように書いて渡す。

ひとごころ 宇治の網代に たまさかに よるひをだにも たづねけるかな
通い婚という結婚形態のため、貴方の心が辛く思われます。
わざわざ私を迎えにいらっしゃったのではなく、宇治川の網代に、
たまにかかる氷魚をごらんに来られたのでしょう。



ほんとうは 会いに来てほしい気持ちを歌にしている。
舟がこちらの岸にもどって来るときに、あの人の返事が、

帰るひを 心のうちに かぞへつつ 誰によりてか 網代をもとふ
あなたの帰る日を心の中で数えながら待っていた。
あなた以外の誰のために網代を見に来たりするのでしょう。


「紅葉のとても美しい枝につける」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



牛車を舟に担ぎ入れて、大きな掛け声をかけて棹さして渡す。
それほど高貴な身分ではないが、卑しくない良家の子息たちや、
なんとかの丞(じょう)の君などという人たちが、
車の轅(ながえ)や鴟(とび)の尾(お)の間に入って渡って行く。

轅は牛につなぐ棒。鴟は牛車の後方に突き出ている二本の棒のこと。



日差しがわずかに漏れて、霧がところどころ晴れていく。
向こう岸には、良家の子息、六衛府の次官などが連れ立って、
こちらを見ている中に立っているあの人も、旅先らしく狩衣姿である。

何となくいつもとは違う姿に、あの人だけが引き立って見えるようだ。



岸のとても高い所に舟を寄せて、ただひたすら担ぎ上げる。
轅(ながえ)を簀子(すのこ)にかけて車を止めた。

精進落としの用意がしてあったので、食べたりしている時に、
川の向こうには兼家の叔父の按察使(あぜち)大納言の所領があった。



大納言さまは、この頃の網代をご見物に、こちらにきていますと、
ある人が言うので、挨拶に伺わなければなどと話し合っていた。

大納言さまから、紅葉のとても美しい枝に、氷魚(ひお)や、
雉(きじ)などをつけて、ご一緒にお食事でもどうですかと来られた。


「きっと酔っ払うほど飲まされる」

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お揃いでお越しと聞いて、あいにくめぼしい物がない日でとある。
ここにいらっしゃっているのに気付かず失礼しました。すぐにお伺いして、
お詫びをなどと言って、単衣(ひとえ)を脱いで、祝儀として与えた。

使者は、単衣を肩に掛けたまま舟で帰って行ったようである。



また大納言さまから、鯉(こい)や鱸(すずき)などが、
次々と届けられたようであるが、その場にいた風流な男たちは、
すでに酔っていて集まって来て、とても素晴らしかった。

お車の月の輪の飾り物に、日が当たって輝いて見えたのはとでも、
言っているようで、車の後ろの方に花や紅葉が挿してあったのだろうか。



良家の子息と思われる人が、やがて花が咲き実がなるように、
近いうちにご繁栄が実現なさるこの頃ですねと言っているよう。

後ろに乗っている人もあれこれ返事をしているうちに、
向こう岸の大納言さまの所へ皆一同に舟で渡って行くことになった。



きっと酔っ払うほど飲まされるぞということで、酒飲みばかりの、
男たちを選んで、あの人が連れて川を渡って行く。

川のほうに車を向け、牛車の前の棒を踏み台の上に乗せる台に、
立てかけさせて見ていると、二艘の舟を漕いで渡って行った。


「かげろうのようにはかない日記」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



案の定、思った通り酔っ払って、歌いながらもどって来た。
そして、牛に車を掛けろと騒いで、今から都へ帰るという。

わたしは疲れていて、とても辛かったのに、牛車に乗って、
ひどく苦しい思いをしながら都に帰って来た。



夜が明けると、大嘗会の御禊の準備が迫ってきていた。
あの人が、ここでしてもらうのは、これこれと言うので聞いていた。

わたしは、わかりましたと言って、結局大騒ぎをしながら行った。
当日は、格式通り威儀(いぎ)を正した車が次々と続いて行く。



雑用を務める下仕えや男の従者の手振りなどが付き従って行くので、
まるで晴れの儀式にわたしも加わっているような気がして華やかである。

月が変わると、大嘗会の下検分だと騒ぎ、わたしも見物の用意などして、
暮らすうちに、毎年、年末にはまた新年の準備などするようになる。



こうして年月は過ぎていくが、思うようにならない身の上を嘆き続けて、
新年になっても嬉しくなく、相変わらずはかない身の上を思う。

わたしの人生は、あるのかないのかわからないようなもので、
まるでこれは、かげろうのようにはかない日記ということになるだろう。


「あの人は今を時めく権勢の人」

「Dog photography and Essay」では、
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はかない日々を過ごしながらも、また新しい年の元旦になった。
何年間もなぜか、お参りをしないから、こんなに不幸なのかしらと思う。

起きてにじり出るとすぐに、今年だけでもなんとか不吉な言葉を避けて、
運試しに神社へお参りをしましょうと話した。



その言葉を妹が、まだ横になりながら聞いていて話し出した。
天地を袋に縫ひて幸を入れて持たれば思ふことなしと言寿歌を唱える。

言寿歌(ことほぎうた)とは宮廷において同一の歌が繰り返し誦詠された。
それに加えてわたしなら、三十日三十夜は、わがもとにと言いたいわと。



などと言うと、前にいる侍女たちが笑って、そうなれば理想的ですねという。
いっそこれをお書きになって、殿にさし上げられたらと言う。

すると、横になっていた妹も起きて、それはとてもいいことという。
どんな修法より効果があるのではなどと笑いながら言うので、そのまま書いた。



子ども(道綱)に届けさせたところ、あの人は今を時めく権勢の人で、
たくさんの人が年賀に参上して混み合って、宮中にも早く参内しなければと。

とても忙しそうだったけれど、こんな返事をくれた。
年ごとに あまれば恋ふる 君がため うるふ月をば おくにやあるらむ
あなたが言う「三十日三十夜」では あなたの恋心が年ごとに、
余ってしまうから 閏月(うるうづき)をおいてるかもしれないねとある。


「小弓の試合をすることになった」

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翌日、わたしの所とあちらのお方の所と、下人の間でもめごとが起きて、
面倒なことがいろいろあったが、あの人はわたしに同情してくれた。

気の毒がっていいたが、すべて住まいが近いから起こったことだ。
転居は失敗だったと思っているうちに、また転居をすることになった。



私は少し離れた所に移ったが、あの人はわざわざ来るという感じで、
行列を立派にして、一日おきに通って来ると言っていた。

今までの、はかない今の気持ちからすると、これでも満足すべきなのか。
だが、やはり、錦を着てとは違うが、故郷の元の家に帰りたいと思う。



三月三日、節句のお供え物など用意したのに、お客さまが中々来ない。
何とも寂しいということで、侍女たちが、あの人の従者たちに歌をおくる。

桃の花 すきものどもを 西王が そのわたりまで 尋ねにぞやる
桃の花を浮かべたお酒を飲んでくれる風流な人たちを捜しに、
そちらに使いを出します そちらはまさに西王母の園で、桃の節句に、
ふさわしい人がいらっしゃるでしょうからなどと冗談で送った。



さっそく連れ立ってやって来た。お供えのお下がりを出して、
酒を飲んだりして一日を過ごした。二十日頃に、この従者たちが、

前後二組に分かれて小弓の試合をすることになった。
お互いに、練習などといって騒いでいる。後手組の人たちが全員、
ここに集まって練習をする日、侍女に賞品をねだったようだった。


「ほんとうに大変な事になってしまった」

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苦し紛れの洒落に、青い紙を柳の枝に結びつけてさし出した。
適当な品物がすぐに思い浮かばなかったのだろうかと思う程だ。

山風の まへより吹けば この春の 柳の糸は しりへにぞよる
山風が前から吹いているので、この春の柳の枝は後ろの方にばかり、
なびいています。わたしたちは後手組を応援していますと書いた。

 

返歌は、それぞれにしてきたけれど、忘れてしまうほどの、
ありふれた歌ばかりだったが、その一つはこんな歌だった。

かずかずに 君かたよりて 引くなれば 柳のまゆも いまぞひらくる
いろいろと味方になってくださっているので、柳の芽が開くよう、
心配なく勝負に挑むことができますというような歌だった。



試合は月末頃にしようと決めていたのだが、世間では、どんな重い罪を、
犯したというのだろう、人々が流されるというとてつもない騒動が、
勃発して、小弓の試合は行われずそのままになってしまった。



二十五、六日頃に、西の宮の左大臣(源高明)さまが流されてしまった。
様子を拝見しようというので、都は大騒動で、西の宮へ人々は走って行く。

ほんとうに大変なことだと思って聞いているうちに、左大臣さまは、
誰にも姿をお見せにならないで、逃げ出してしまわれた。


「山寺で物思いにふけっていると」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



左大臣(源高明)さまは愛宕(あたご)にいらっしゃるとか、
清水(きよみず)ではないかなどと大騒ぎしていたようだった。

だが、ついに探し出されて、流されたと聞くと、どうしてこれほどと、
思うほどひどく悲しく、事情に疎いわたしでさえこうなんだから、
事情を知っている人で、涙で袖を濡らさない人は誰一人いないだろう。



たくさんのお子さまたちも、辺鄙な国々にさすらうことになって、
行方もわからず、散り散りにお別れになったり、あるいは出家なさるなど、
聞けば聞くほど、すべて言葉にできないほど痛ましいことだった。



左大臣さまも僧になられたが、無理に太宰権師(ごんのそち)に左遷して、
九州大宰府に追放となった。その頃は、この事件の話題で日々が過ぎた。

じぶんの身の上だけを書く日記には入れなくてもいいことだが、悲しいと、
身にしみて感じたのは、ほかならないわたしだから、書き記しておく。



閏月(うるうづき)の前の五月、五月雨(さみだれ)の降る二十日過ぎの頃、
物忌(ものいみ)にもあたっていて、長い精進を始めたあの人は、
山寺に籠もっていて、雨がひどく降って、物思いにふけっていると、
妙に心細い所でなどと書いてあったのだろうか、その返事は。

時しもあれ かく五月雨の 水まさり をちかた人の 日をもこそふれ


「何の病気だろうかひどく苦しい」

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時しもあれ かく五月雨の 水まさり をちかた人の 日をもこそふれ

心細く思っている時に、こんなに五月雨が降り続き、
水かさも増してきました。遠くにいらっしゃるあなたが、
帰ることもできないで、何日も経ってしまうのが辛いことですと送った。



こんな雨つづきの私も泣いてばかりの折、あなたが遠いところに、
行ってからもう何日もたちますと言って送った歌に返事が届いた。

ましみずの ましてほどふる ものならば おなじ沼にも おりもたちなむ

真清水のようにあなたが泣いて泣いて、沼の水かさがまして、
何日もたつなら私も山寺から下りて行ってあなたと同じ沼にいましょう。
精進なんかやめてあなたの所へ降りて行こう一緒に暮らそうと言う意味かも。



などと言っているうちに、閏(うるう)五月になった。  
月末から、何の病気だろうか、どことなく、ひどく苦しいけれど、
内心はどうなってもいいとばかり思ってしまう。



命を惜しがっているなどと、あの人に思われたくないと、
ひたすら我慢しているけれど、周りの人々は放っておけなくて、
密教の芥子焼(けしや)きのような護摩を焚き祈祷をしてくれるが、
やはり効きめがないままに、時間ばかりが経っていくばかりだった。


「心細く悪い事ばかりを思ってしまう」

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あの人は、わたしが病気で精進潔斎(けっさい)中ということで、
いつものように通って来てくれず、新しい家を造るというので、
そこへ行き来するついで、立ったままで、具合はどうなんだなどと言う。

あの人は、ことのついでに見舞うので、気が弱くなったような気がして、
命は惜しくないものの、わたしはあの人の心をつかみかねていた。



惜しからで 悲しきものは 身なりけり 人の心の ゆくへ知らねば

命よりこの身の辛さと悲しく思っている夕暮れに、あの人は、
新邸からの帰りに、蓮の実一本を使いに持ってこさせた。
暗くなったから、伺わない。これは、あそこのだよ。見てごらんと言う。



返事には、ただ、生きていても死んでいるようですと申し上げてと、
侍女に言わせて、物思いに沈んで横になっていると、あの人が言う所の、
とても素敵な邸を、私の命もわからないし、あの人の心もわからないから、
早く見せたいと言っていたのも、それっきりになると思うのも悲しい。



花に咲き 実になりかはる 世を捨てて うき葉の露と われぞ消ぬべき

花が咲いて実がなるというのに わたしはこの世を捨てて
蓮の浮き葉の露のようにはかなく消えてしまうだろうなどと思うほど、
何日経っても同じ容態なので心細く悪い事ばかりを思ってしまう。


「後悔し胸を痛めるにちがいない」

「Dog photography and Essay」では、
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わたしがいなくなった後でさへ、あの子を冷淡に扱う人がいたら、
きっと恨めしく思うことでしょう。これまで長い間、
わたしたちを最後までお世話してはくださらないと思いながら、

お見捨てにならなかったお心を拝見していますので、
どうかこの子をよくお世話してください。



先立つ時にはこの子ことをお頼みしてなどと思っていたとおり、
このようになってしまったので、この子のことを末長くお願いします。

誰にも言わない二人だけの歌を交わして、わたしが面白いなどと、
申し上げたことも、忘れないでいてくださるでしょうか。



今は具合が悪く、お会いして申し上げる時もありませんので、

露しげき 道とかいとど 死出の山 かつがつ濡るる 袖いかにせむ

死出の山道は一段と露の多い道と聞いていますが、もう今から、
早くも涙に濡れるわが袖を、どうしたらいいのでしょうと書いた。

私の亡きあとに、僅かな事も間違えないように、学才を充分、
身につけなさいと母が言い残しておいたとあの子に仰せくださいと、



したためて、封をして、その上に、四十九日がが終わってから、
殿に御覧に入れるようにと書いて、傍の唐櫃(蓋のついた箱)に、
にじり寄って入れたので、見ている人は変に思うかもしれないが、

病気が長引いたら、こういうことさえ書けなくなって、
きっと後悔し胸を痛めるにちがいないからである。


「物思いがちな五月雨の頃になると」

「Dog photography and Essay」では、
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わたしの容態は変わらないままなので、病気平癒の為の祭やお祓いを、
大げさではなく、少しずつ行ったりしてると、六月の末になった。

少し気分がよくなった頃に、帥殿(そちどの)の北の方が尼になられた。
帥殿の源高明の正妻なので尼と聞くと、とてもお気の毒なことと思う。



西の宮のお邸は、帥殿が流されて三日経った日に、すっかり焼けてしまい、
北の方は、桃園のお邸に移り、ひどく悲しみにくれていらっしゃると聞く。

とても悲しく、私の気分もすっきりしないので、静かに横になっていると、
あれこれ思うことが多いので、書き始めると、それはとても見苦しくなる。



今となっては、こんなことを言っても、どうしようもないのですが、
思い出してみると、春の末に、源高明の追放で花が散ったと例えられ、  
騒いでいたのを、お気の毒なことと聞いていたうちに、深山の鶯が、

声を限りに鳴くように、西の宮の左大臣さまも泣きながら、どんな前世の、
宿縁なのか、今はこれまでと、愛宕山を目指してお入りなったと聞く。



その事が世間の噂にのぼり、非道な仕打ちと、嘆きながら、隠れて、
いらっしゃったのに、とうとう見つかってしまい、流されてしまわれた。
騒いでいるうちに、辛いこの世も四月になると、鶯の代わりに、

山ほととぎすが鳴くように、左大臣さまを偲んで泣く声が、
どこの里でも絶えることがなく、まして物思いがちな五月雨の頃になると、
苦しいこの世に生きている限り、誰一人袂(たもと)を濡らさない人はない。


「胸が張り裂けるように嘆いて」

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その五月まで閏(うるう)が二度もあり、重ねた衣の袂(たもと)は、
身分の上下を問わず、涙で腐ってしまうほどで、まして父上を、
慕っていらっしゃる大勢のお子さまたちは、それぞれに、
どんなに涙で濡れていらっしゃることでしょう。



四方に別れる群鳥(むれどり)のように、お子さまたちはそれぞれ、
散り散りに古巣を離れ、わずかに幼いお子さまが残られても、
なんの甲斐があるだろうと思い乱れていらっしゃることでしょう。

言うまでもなく、左大臣さまは九重の宮中だけは住み慣れて、
いたでしょうが、同じ九という数とはいえ、今は遠い九州の地で、
二つの島(壱岐と対馬)を寂しく眺めていらっしゃることでしょう。



左大臣さまのご不幸を一方では夢かと言いながら、もう逢うことが、
できないと、嘆きを重ねて、尼になられたのでしょうか。

海人(あま)が舟を流して途方に暮れるように、どんなに寂しく、
物思いに沈んで毎日をお過ごしのことでしょう。



去ってもまた帰って来る雁のように、仮の別れなら、あなたの寝床も、
荒れることはないでしょうが、ただ塵ばかりが虚しく積もるばかりで、
流す涙で枕の行方もわからないことでしょう。

今は涙も尽きてしまった六月、木陰で鳴いている蝉のように、
胸が張り裂けるように嘆いていらっしゃることでしょう。


「北の方のご兄弟の入道の君の所から」

「Dog photography and Essay」では、
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秋の風が吹けば、垣根の荻(おぎ)が、あなたの嘆きに応えるように、
葉音を立てるたびに、ますます目が冴えて眠ることができず、
夢でも左大臣さまにお逢いになることもなく、長い秋に一晩中、

鳴いている虫のように、こらえきれないで忍び泣きをされていると、
お察ししますが、わたしもまた、大荒木の森の下草の実と同じように、
涙に濡れていることをご存じでしょうか、それから、後ろのほうに、



やど見れば 蓬の門も さしながら あるべきものと 思ひけむやぞ

お邸を見ると 蓬(よもぎ)が生い茂り 門も閉ざしたままですが、
こんなにあれるとは 思ってもみませんでしたと書いておいた。
そのままにしておいたのを、前にいる侍女が見つけて言い出す。



ほんとうにお心のこもったお手紙ですね。これをあの北の方さまに、
お見せしたいものですなどと話し出すが、どこからとはっきり言ったら、
気が利かないし、みっともないわということで、紙屋紙に書かせて、
立文(たてぶみ)にして、削り木(皮をはいだ白木)につけた。

紙屋紙(こうやがみ)とは平安時代、紙屋院で製した上質の紙のこと。



どちらからと聞かれたら、多武(とう)の峰からと答えなさいと教えた。
多武の峰とは飛鳥時代に斉明天皇が道教の宮を築いたと日本書紀にある。

北の方のご兄弟の入道の君の所からと使いに言わせたかったからだ。
あちらの人が受け取って奥に入った間に、使いは帰って来てしまった。
あちらで、どのようにご判断なさったかはわからない。


「変だとも思わなかったのだろうか」

「Dog photography and Essay」では、
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こうしているうちに、気分はいくらかよくなったけれど、二十日過ぎ頃、
あの人は、御嶽詣で大和国吉野郡金峰山に参拝と言って急いで出発する。

幼い子もお供で一緒に行く事になったので、いろいろと準備して送り出し、
その日の暮れには、わたしも元の家の修理が終わったので、引っ越す。



供に連れていくはずの人を残して行ったので、その人たちと引っ越しした。
それからというもの、まだ気がかりな子どもまで一緒に行かせたので、
どうか無事でありますようにと心の中で祈り続けていた。

七月一日の夜明け前に子どもが帰って来て、父上は帰りましたなどと話す。
この家は遠くなったから、しばらくは訪ねてくるのも難しいと思っていた。



ところが、昼ごろ、あの人が不自由そうに足を引きずりながら見えたのは、
どういうことだったのだろうと思うが山道で足をくじいたのかも知れない。

その頃、帥殿の北の方は、どうしてお知りになったのだろう、
あの手紙はあそこからとお聞きになって、六月まで住んでいた所に、
わたしがいると思われて、そこへ届けようとなさった。



だけど、使いが間違えて、もう一人のお方の所へ持って行ってしまった。
あちらでは受け取って、どうも変だとも思わなかったのだろうか。

返事などなさったと人づてに聞いたが、北の方の所では、その返事が、
もう一人のお方からと聞いて、つまらない歌なのに、届け先を間違えた。
なんともばつの悪い奇妙な思いがしたが、そのまま過ぎ去ってしまった。


「変だとも思わなかったのだろうか」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



こうしているうちに、気分はいくらかよくなったけれど、二十日過ぎ頃、
あの人は、御嶽詣で大和国吉野郡金峰山に参拝と言って急いで出発する。

幼い子もお供で一緒に行く事になったので、いろいろと準備して送り出し、
その日の暮れには、わたしも元の家の修理が終わったので、引っ越す。



供に連れていくはずの人を残して行ったので、その人たちと引っ越しした。
それからというもの、まだ気がかりな子どもまで一緒に行かせたので、
どうか無事でありますようにと心の中で祈り続けていた。

七月一日の夜明け前に子どもが帰って来て、父上は帰りましたなどと話す。
この家は遠くなったから、しばらくは訪ねてくるのも難しいと思っていた。



ところが、昼ごろ、あの人が不自由そうに足を引きずりながら見えたのは、
どういうことだったのだろうと思うが山道で足をくじいたのかも知れない。

その頃、帥殿の北の方は、どうしてお知りになったのだろう、
あの手紙はあそこからとお聞きになって、六月まで住んでいた所に、
わたしがいると思われて、そこへ届けようとなさった。



だけど、使いが間違えて、もう一人のお方の所へ持って行ってしまった。
あちらでは受け取って、どうも変だとも思わなかったのだろうか。

返事などなさったと人づてに聞いたが、北の方の所では、その返事が、
もう一人のお方からと聞いて、つまらない歌なのに、届け先を間違えた。
なんともばつの悪い奇妙な思いがしたが、そのまま過ぎ去ってしまった。


「薄鈍色の紙に書いて、むろの枝につけ」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



つまらない歌なのに、また同じ歌を送ったら、どんな歌か人づてに、
聞いているだろうに、ひどくみっともない、さぞ誠意がないと、
思っているだろうと慌てていらっしゃると聞くとおかしい。

このままにしてはおけないと思って、前書いた時と同じ筆跡で歌を詠んだ。



やまびこの 答へありとは 聞きながら あとなき空を 尋ねわびぬる

お返事があったと聞きながら、山彦のように跡形なく消えてしまって、
捜しても見つからず困っていますと浅縹(あさはなだ)色の紙に書いて、
葉のいっぱいついている枝に、立文にして結んで送った。



今度もまた、使いがこの手紙を置いて姿を消してしまったので、
前のようなことになってはと慎重にしていらっしゃるのだろうか。

返事がないので気がかりで、名前も告げないで変な事ばかりするから、
しばらくして、確かに届く、つてを探して、こんな歌をくださった。



吹く風に つけてもの思ふ あまのたく 塩の煙は 尋ね出でずや

物思う尼のわたしがさし上げた手紙はまだ見つからないのでしょうか。
海人のたく塩の煙のように思わない方向に行ってしまってと、
素晴らしい筆跡で、薄鈍色の紙に書いて、むろの枝につけて頂いていた。
そして、さっそく返歌を詠む。


「一声ですぐに千鳥の声とわかった」

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私よりの返歌は、

あるる浦に しおの煙は 立ちけれど こなたに返す 風ぞなかりし

荒れた浦に立った塩の煙を吹きもどす風がないように、
お返事をわたしのところへ届ける風はありませんでしたと、
胡桃色の紙に書いて、枯れて色の変わった松につけて送った。



そして、八月になった。
その頃、小一条の左大臣さまの五十の賀のお祝いで、世間では、
大騒ぎしている。左衛門督(さえもんのかみ)さまが屏風を、
制作して献上なさるというので、わたしが断れない伝(つて)を通じて、
屏風絵の場面が書き出してある屏風の歌をぜひにと求められてきた。



わたしではふさわしくないと思って、何度も辞退したのに、
どうしてもと、しつこく言ってくるので、宵の頃や、月を見ている時などに、
一首、二首と考えながら作った。人の家で、賀宴を催している絵には、

大空を めぐる月日の いくかへり 今日ゆくすゑに あはむとすらむ

大空を巡る月や太陽が限りなく繰り返すように これから何度も
今日のようなおめでたい祝宴に巡り会うことでしょう。

 

旅をしている人が浜辺に馬をとめて、千鳥の声を聞いている絵には歌が、

ひとこえに やがて千鳥と 聞きつれば 世々をつくさむ 数も知られず

一声ですぐに千鳥の声とわかったのですから、その千鳥の千のように、
千年も万年も栄えていくことでしょう。粟田山(あわたやま)から馬を引き、
辺りに住んでいる人の家に馬を引き入れて、人々が見物している絵にも歌が。


「鶴と松と真砂などおめでたいものが」

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あまた年 越ゆるやまべに いえいして つなひく駒も おもなれにけり

何年も東国から馬が越えていく山辺に住んでいるので、
荒れて逆らう馬もなつくようになりました。人の家の前の泉に、
八月十五日の月の光が映っているのを、女たちが眺めている時に、
垣根の外を通って笛を吹きながら大路を行く人がいる絵には歌が。



くもいより こちくの声を 聞くなへに さしくむばかり 見ゆる月影

大空から胡竹の笛の音が近づいてくるのを聞いていると、月の光が、
泉に映って手に取れそうに見える。田舎の家の前の浜辺に松原があり、
鶴が群れをなして遊んでいる。ここには「二首の歌を」とある。



波かけの 見やりに立てる 小松原 心を寄する ことぞあるらし

群れをなして飛んでいる鶴は、波打ち際の向こうに見渡される辺りに、
立っている小松原の松に好意を寄せているようだ。



松のかげ まさごのなかと 尋ぬるは なにの飽あかぬぞ たづのむらどり

群れをなして飛んでいる鶴は、松の木陰や真砂の中の餌を探しているけれど、
鶴と松と真砂こんなおめでたいものが揃っているのに、
これ以上何を探すことがあるのだろう。


「毎年巡ってくる紅葉の秋」

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網代(あじろ)が描いてある絵にも和歌が。

あじろぎに 心を寄せて ひをふれば あまたの夜こそ 旅寝してけれ

氷魚(ひうお)を捕る網代に興味を持って毎日を過ごすうちに、
多くの世(夜)を旅寝してしまった。



浜辺で漁火(いさりび)を灯し、釣船(つりぶね)などがある絵に、

漁火も あまの小舟(おぶね)も のどけかれ 生けるかひある 浦に来にけり

漁火も漁師の小さな舟も平穏無事であってほしい、
生きていた甲斐があったと感じる素晴らしい浜辺に来たのですから。

 

女車(おんなぐるま)が、紅葉見物をしたついでに、
また紅葉のたくさんある家に立ち寄っている絵に、

よろずよを のべのあたりに 住む人は めぐるめぐるや 秋を待つらむ

美しいこの野辺のあたりに住んでいる人は、いつまでも寿命を延ばして、
毎年巡ってくる紅葉の秋を待っていることでしょう。

 

など、仕方なく、こんなにたくさん無理に詠まされて、これらの中で、
漁火と群鳥の歌が採用になったと聞いて、嫌な気分になった。

こういうことをしているうちに、秋は暮れて、冬になったので、
特にどうということはないが、なんとなくせわしい気がして、
過ごしているうちに、十一月に、雪がすごく深く積もった。


「とても頼もしいとわが子の道綱」

「Dog photography and Essay」では、
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どういうわけなのだろう、むやみに自分自身が嫌になり、
あの人が恨めしく、悲しく思われる日があった。
じっと物思いにふけって、思ったことは、

ふる雪に つもる年をば よそへつつ 消えむ期もなき 身をぞ恨むる



降り積もる雪にじぶんの年をたとえながら、雪のように、
消えることもできないわが身を恨めしく思うなどと思っているうちに、
大晦日になり、そして春の半ばにもなってしまった。

あの人は、素晴らしく立派に造った新邸に、明日移ろうか、
今夜にしようかと騒いでいるようだ。



だが、わたしのほうは、思っていたとおり、今のままでいいと、
言うことなので、嫌な事があって懲りたからなどと自分を慰めているうち、

三月十日頃に、朝廷年中行事の一つの賭弓(のりゆみ)があるので、
人々は忙しく準備をしているようで、幼い子(道綱)は、
後手組に選ばれて出場することになった。



後手組が勝ったら、その組の舞もしなければならないということなので、
この頃は、すべてを忘れて、その準備に追われる。

舞の練習をするというので、毎日音楽を演奏して騒いでいる。
弓の練習場に行ったあの子が、賞品をもらって退出してきた。
とても頼もしいとわが子の道綱を見る。十日の日になった。


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