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Dog Photography and Essay

「蜻蛉(かげろう)日記」を研鑽-7


「ほんとうにやりきれない思いがする」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



五日ほどで生理も終わったので、また御堂に上った。
先日からここに来ていた叔母が、今日は帰ってしまう。
車が出て行くのを見ながら、じっと立っていると、車が木陰を、
徐々に遠ざかって行くのも、もの寂しい思いがしてならなかった。



見送って物思いしながら立っているうちに、のぼせたのか、
気分がひどく悪くなって、非常に苦しいので、山籠り中の僧侶を、
呼んで心身を堅固にしていただき、夕暮れになる頃に念誦の低い声で、
加持しているのを、尊いと聞きながら思った。



昔、山寺に籠もったり、僧の加持を受けたりすることが自分の身に、
起こるとは夢にも思わないで、 悲しくもの寂しいことと思って、
また、絵にも描き、黙っていられないで大きな声で言ったりして、
縁起でもないと一方では思った身の上に今のわたしがそっくりである。



こうなる運命だと、何かがわたしに、前もって思わせたりしたのだと思い、
横になっていると、京の家にいる妹が、 ほかの人と一緒にやって来た。
近寄ってきて、どんなお気持ちかと家で心配しているよりも、
山に入ってみると、ほんとうにやりきれない思いがすると言う。


「悲しい思いがこみ上げてくる辛さ」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



昼頃に、殿がいらっしゃるはずですので、ここに控えているようにと、
ご伝言がありましたと言って、あちらの従者たちも来たので、
侍女たちが騒いで、日頃乱雑にしていた所までも、ばたばたと、
整理しているのを見ると、いたたまれない思いでいた。



すっかり暮れてしまったので、本邸から来ていた従者たちが、
お車の用意などもすっかりしてあったのに、どうして殿は今になっても、
いらっしゃらないだろうなどと言っているうちに、だんだん夜も更けてきた。



侍女たちが、やはりおかしい。誰かに様子を見に行かせましょうと言って、
見に行かせた使いが帰って来て、ただ今、お車の支度を解いて、随身たちも、
皆解散してしまいましたと言う。わたしは、いたたまれない気がして、
悲しい思いがこみ上げてくる辛さは、とても言葉では言い尽くせない。



山にいたら、こんな胸がつまる悲しい目にあわないですんだのにと、
山で予想した通りだと思うが、侍女たちも、訳がわからない、呆れた事だと、
騒ぎあっているが、新婚三日ほどで婿が通って来なくなったような騒ぎである。


「穏やかにしていればよかったと思う」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



あの人は、どんなことがあって来られなかったのか、せめて、
その理由だけでも知らせてくれたら気も休まるのにと思い乱れていた。
そんな気がふさいでいる時なのに来客があった。


 
来客と聞いたときは、なぜこのような気分の時にと思うが、
いろいろと話しているうちに、少し気分が紛れて来ていたから不思議だ。  
夜が明けると、子供が何故父が来られなかったのか聞いて来ると出掛けた。



その返事を受けて戻って来て、昨夜は気分が悪かったそうですと言う。
急に、ひどく苦しくなったので、行けなくなったと話したようだ。  
そんなことなら、なにも聞かないで穏やかにしていればよかったと思う。



一言、差し障りができたなどと伝えて下さっていたのであれば、あれこれ、
悩まなかったのにと不快に思っていた時に、尚侍様から手紙がある。
手紙を開いて見ると、まだわたしが山里にいると思われたらしく、
とてもしみじみとした趣で書いていらっしゃるので読み返した。


「夫婦の愛情が色あせていく嘆き」

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愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



尚侍(ないしのかみ)とは、日本の律令制における官職で、
内侍司の長官(かみ)を務めた女官の官名で、その方の手紙だった。

どうして、そのような物思いのつのる住まいにいらっしゃるのでしょう。
そんな物思いにも、くじけることなく夫に連れ添っていく人もいると、
聞いていますのに、あなたが兄と疎遠になったようなことばかりおっしゃる。



いったい、どうしたのかしらと心配でたまらないので手紙をしたためたと。

いもせがわ むかしながらの なかならば 人のゆききの 影は見てまし

あなたがた夫婦は昔のままの仲でしたら 絶えず通って行く、
兄の姿を見ることができたでしょうに と詠んでいる。

 

さっそく、返事の歌を詠みしたためて届けた。

よしや身の あせむ嘆きは いもせやま なかゆく水の 名も変はりけり

わたしたち夫婦の愛情が、あせていく嘆きは どうしようもありません 
もうわたしたちは妹背〈夫婦〉とは言えない仲に変わってしまったのです。



山の住まいには秋の景色を見るまでいようと思いましたが、山でも、
心が晴れないでふんぎりがつかないまま下山して、中途半端な状態です。

わたしの深い悩みはどなたにもわからないと思っていましたが、
どのようにお聞きになったのでしょうか、それとなく、
おっしゃるのもごもっともなことですなどと申し上げた。


「一緒に初瀬のお参りに行くことにした」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



こうして、その日は物忌があいて、次の日また物忌になったと聞く。
明くる日は、こちらの方角が塞がっていたが、その次の日には、
今日は来てくれるか待ってみようと性懲りなく思っていると、
夜が更けてからあの人がやっと、供を携え来てくれた。



先日の夜のことを、これこれだと弁解して、せめて今夜だけでもと、
急いだので、忌違えに家の者がみな出かけるのを送り出して、そのまま、
後のことは放っておいてやって来たなどと悪びれもしないで、
平然と言うので、内心呆れて言葉も出ないほどだった。



夜が明けると、知らない所に忌違えに出かけた人たちが、どうしているか、
気になるからと言って来たので、あの人は、急いで帰って行った。
それから後、訪れもなく七、八日が経ったが、地方官歴任の父の所では、
初瀬のお参りに、一緒に行くことにして、精進をしている父の家に移った。



場所を変えた甲斐もなく、正午前後頃に、急に先払いの騒がしい声がする。
呆れたことに、誰だ、あちらの門を開けたのはなどと、父も驚いている。
あの人はすっと入って来て、私はここ数日、いつものように香を盛って、
お勤めをしていたが、あの人は香を急に投げ散らかし、数珠も放り投げ、
乱暴なことをするので、まったく意味が分からないまま過ぎた。


「いかにも場所柄に相応しく見えた」

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あの人は香を急に投げ散らかし乱暴なことをしていたものの、
その日は、訳が分からないまま過ごして、次の日に帰って行った。
その日より七、八日ほどして、初瀬へ出かけることになり、
午前十時前後頃、従者を多く連れて、家を出た。



きらびやかに行くようで午後二時前後頃に、あの按察使大納言さまが、
所有していらっしゃる宇治の院に到着した。父の一行はこのように、
賑やかだが、わたしの気持ちは寂しく、あたりを見渡すと、感慨深い。
按察使(あんさつし)とは. 奈良時代の地方行政を監督する官職のこと。



ここが大納言さまが心を込めて手入れなさっていると聞いた所なのだ。
今月は、一周忌をなさっただろうが、そんなに経っていないのに、
荒れてしまったと思うが、管理をしている人が、迎える用意をしてくれ、
立ててある調度類で、あの大納言さまの物だと思われる。



みくり簾や網代(あじろ)屏風、黒柿(くろがい)の横木に、
朽葉色(くちばいろ)の帷子(かたびら)をかけてある几帳など、
いかにも場所柄にふさわしのも、しみじみと趣深く見えた。


「目が冴え夜中過ぎまで物思いにふける」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



疲れているうえに、風が払うように吹いて、頭が痛くなるほどなので、
風よけを作って、外を眺めていたが、あたりが暗くなると、何艘もの、
鵜飼い舟が、篝火を灯しながら、川一面に棹(さお)をさして行く。



この上なく面白く見える光景に、頭が痛いのも紛れたので、端の簾を、
巻き上げて、外を眺めながら、私が思い立って初瀬へ参詣した時、
帰りに、あがたの院をあの人が行ったり来たりしたのは、
ここだったのだのだと、改めて思い起こしていた。



ここに按察使(地方行政を監督する官職)さまがいらっしゃって、
いろいろな贈物をくださったのには、身にしみて感激した。
按察使(あぜち)は、のちに陸奥と出羽の2国だけになった。

不幸なわたしの生涯でも、あんな楽しいことがあったのだと思う。



思いを巡らしていると、目が冴え夜中過ぎまで物思いにふけっていたが、
鵜飼い舟が川を上ったり下ったり行き違うのを見ながら、

うへしたと こがるることを たづぬれば 胸のほかには 鵜舟なりけり

水の上と下と、体の外と内とで焦がれるものはなにかと考えてみると 
わたしの胸の焔(ほむら)のほかには鵜舟の篝火だったなどと感じる。


「雨が激しく降って風が強く吹いていた」

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夜明け前には、鵜舟の篝火が輝く夜の鵜飼とは打って変わって、
網で魚を捕る網漁(いさり)というものをしているが、この上なく、
おもしろく感心したが、夜が明けたので、急いで出かけて行く。



贄野(にえの)の池や泉川が最初見た時と少しも変わってないのを、
見るにつけても、じぶんの変わりようが身に沁みるばかりである。
色々と物思うことが多いけれど、騒がしく賑やかな周囲に気が紛れる。



道をそれて少し進んだ森に車を止めて、弁当などを食べる。
誰もがおいしそうに食べている。春日神社に参詣ということで、
ひどくむさくるしい宿坊に皆で泊まることとなった。



翌日、そこを出発すると、雨が激しく降って風が強く吹いていた。
三笠山を目指して被り笠をさして行くが、その甲斐もなく、
ずぶ濡れになる供人が大勢いるが、やっと神社に着いた。
神に奉献する供物の幣帛(へいはく)を捧げて、初瀬の方に向かう。


「夢の中で道をたどるような感じで」

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飛鳥寺に灯明(とうみょう)をあげるので、その間わたしは、
牛車の轅(ながえ)を釘貫(くぎぬき)に引きかけたまま、
あたりを見まわすと、木立がとても美しい所であると気付き、
境内がきれいで、泉の水もとても澄んで飲みたくなるほどだった。



飛鳥井に 宿りはすべし をけかけもよし 御水もよし 御秣もよし

催馬楽の飛鳥井に詠われた馬子唄で、催馬楽は平安時代の初期に、
庶民の間で歌われていた民謡や風俗歌の歌詞に、外来の楽器を、
伴奏楽器にして新しい旋律の掛け合いを生み出すこととなった。



激しい雨が降り止まず、ますます降ってくるので、どうしようもない。  
やっとのことで、椿市に着いて、あれこれ参籠に必要な物を整えて、
出発する頃には、日もすっかり暮れてしまっていた。



雨や風はまだやまず、松明を灯していたものの、風が吹き消して、
辺りは真っ暗なので、夢の中で道をたどるような感じで、気味が悪く、
いったい、どうなることだろうとまで思い途方にくれていた。


「精進落としというが精進のままである」

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ようやく祓殿(はらえどの)にたどり着いたが、雨の状態もわからず、
ただ川の音がとても激しいのを聞いて、ひどく降っていると思う。
御堂に登る時に、気分がたまらなく辛く苦しい気持ちになる。



切実に願うことがたくさんあるが、このように気分が悪いので意識も、
朦朧としていたのだろうか、何もお願いしないうちに夜が明けてしまった。
雨は同じように変わらず降っているし、昨夜の気味悪さに懲りて、
ずるずると出発を遅らせ、昼まで延ばしてしまった。



森の前を、物音を立てないで通らなければならないと思うと心が騒ぐ。
ふだんは騒がしい一行であるが、さすがに、静かに、静かにと、手を振り、
顔を振って、大勢の人たちが魚のように口をぱくぱくするので、
黙って通るのは当然とはいえ、どうしようもなく可笑しく思われる。



椿市に帰って、精進落としなどと人々は言っているが、わたしはまだ、
精進落としできないままで、そこをはじめとして、もてなしてくれる所が、
先に進めないほどたくさんあり、褒美の品などを与えると、
こころのほか、一生懸命に接待をしてくれるようである。


「夜が更けるのも忘れて見ていた」

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泉川は、水かさが増していて、どうしようなどと言っている時に、
宇治から腕のいい船頭を連れて来ましたと言うが、舟は面倒なので、
いつものように、さっと渡ってしまおうと、男たちは決めたようだ。



だが、女たちが、やはり舟で渡りたいと言うので、仕方なく、それではと、
皆船に乗り、はるばると川を下って行くが、時節がら気持ちのよいもだ。
見どころがあって素晴らしいと言うと、船頭をはじめ、大声で歌う。
宇治が近くなってきた所で舟を降り、また牛車に乗った。



京の家は方角が悪いということで、宇治に泊まることとなった。  
鵜飼の準備がしてあったので、鵜飼の舟が数おおく川一面に浮かび、
賑やかな声が聞こえ騒いでいるので、近くで見物しましょうと、
川岸に幕などを立てて、踏み台を置き、降りながら川を見おろした。



わたしが立つ下で鵜飼をしている舟が行ったり来たりして、灯りに、
群がる魚など、今まで見たこともなかったので、おもしろく思われる。
旅で疲れ気味だったが、夜が更けるのも忘れて、ひたすら見ていると、
侍女たちが、これ以上特別な事はありませんからお帰り下さいと言う。


「早く早くと急き立てられて家に帰る」

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舟から岸にあがり泊まる部屋に入ってからも、飽きもしないで外を、
眺めていると、例によって一晩中、篝火をあたり一帯に灯している。
少し眠ったが、停めてある船端をごとごと叩く音がする。
まるでわたしを起こすように聞こえて目が覚めた。



夜が明けてより外を見てみると、昨夜捕れた鮎が、ずいぶん多い。
京にいるあちこちの人たちへ贈物をしなければならないと、
配分するようだが、好ましい旅の風情である。日がほどよく、
高くなってから出発したので、暗くなって京に帰り着いた。



今日の父の家でしばらく体を休めてより自宅へ帰ろうと伝えるが、
侍女たちは疲れたということなので、帰ることはできなかった。
次の日も、昼頃まで父の所にいると、あの人から手紙が来た。



お迎えにと思ったが、貴女だけの旅ではないから、具合が悪いと思って、
いつもの家に帰っているのかなどと書いてあるので、侍女たちから、
早く早くと急き立てられて、家に帰ると、すぐに見えた。


「時間だけが虚しく過ぎるだけだった」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



あの人が、こんなに気を使うのは、わたしが昔のことをいろいろと、
悲しく思い出しているだろうと思ったからだろうと思った。
翌朝は、相撲(すまい)の節会(せちえ)などのあとで、その日の勝負に、
勝った方の近衛大将が自邸で配下の人々を召して饗応が近いと帰った。



何かと口実をつけて帰るもっともらしい言い訳をして帰っが、今更に、

いつはりと 思ふものから 今さらに 誰がまことをか われは頼まむ

偽りだと 思うものの 今さら 誰の真心を 頼りにできるだろう
あなたを頼りにするしかないと古今集の読人しらずを思うと、悲しくなる。



時の過ぎる速さが年々早くなっているように感じる事が多くなっていた。
その日から四日間、あの人はいつもの物忌ということだった。
物忌が終わってから二度ほど姿を見せただけだった。



還饗(かえりあるじ)は終わり、殿は奥深い山寺で祈祷をされることに、
なってなどと聞いてから、三、四日経ったが、連絡もないままだった。
雨がひどく降る日に、 心細そうな山住まいをしていると、普通の人なら、
見舞うものと聞いていたが時間だけが虚しく過ぎるだけだった。


「涙があふれてくるのもつまらない」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



忘れねと 言ひしかなふ 君なれど とはぬはつらき ものにぞありける

忘れてくださいと言って、その通りにしているあなただけど、
見舞っていただけないほど、つらいものはないと文に返事を認めた。



お見舞いをしなければならないとは、誰よりも先に気づいていましたが、
便りがないのはつらいものとわかってもらおうと思っていました。
わたしの涙は、もう一滴も残っていないと思いますのにこぼれます。



今ははや 移ろいにけむ 木の葉ゆゑ よそのくもむら なにしぐるらむ

今はもう 心変わりした 木の葉なのに 突き放されたわたしは、
どうして未練の涙が流れ落ちているのか、もう疎遠になっているのに、
涙があふれてくるのもつまらないことでと書いて送った。



また折り返し手紙を持って殿の供が持ってきたが、それから三日ほどして、
今日下山したと言って、夜になる頃見えたが、あの人がどんな気でいるのか
わからなくなったので、冷淡にしていると、あの人はあの人でじぶんは、
悪くないといった様子で、七、八日ごとに僅かに通って来ていた。


「ひどく思いつめてお参りした」

「Dog photography and Essay」では、
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九月の末頃になり、とてもしみじみとした空の景色になり、いつもより
昨日今日は、風がとても寒く、時雨が降ったりして、しんみりとした感じ。
遠くの山を眺めると、紫色の感じに見え、空も染まったように感じる。



み山には あられ降るらし 外山なる まさきの葛 色づきにけり

遠くの山ではあられが降っているらしい この山ではまさきのかづらが
色づいているといった感じで色鮮やかに、野の景色は美しと思ったりした。



見物のついでにお参りでもしたいわと言うと、前にいる侍女が、
ほんとうに、どんなに素晴らしいでしょう。初瀬に、今度はお忍びで、
お出かけになったとき、お参りをされるとよいなどと言っていた。



去年もご利益を試そうと、ひどく思いつめてお参りしたけれど、
石山のみ仏の霊験をまず見届けてから、春頃、あなたたちが言うように、
出かけましょうと話すが、その頃まで、こんな辛い身の上で、
生きていられるかしらなどと言って、心細くなって歌を詠む。


「名残りを惜しんでいるうちに」

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袖ひつる 時をだにこそ 嘆きしか 身さへ時雨の ふりもゆくかな

袖が涙で濡れるのさえ嘆いていたが 今は袖どころか身体まで時雨に濡れて
だんだん年老いてゆくと詠んだが、なにもかも生きてる事が無意味で、
つまらないと、しきりに思われるこの頃である。



そんな気持ちのまま毎日を過ごし二十日になり、夜が明けると起き、日が、
暮れると寝るのを日課としているのは、ひどく妙だとは思うが、今朝も、
どうしようもない思いで、外を見ると、屋根の上の霜が真っ白である。



幼い召使たちが、昨夜の寝間着姿のまま、霜焼けのおまじないをしようと
言って騒いでいるのも、とてもいじらしく思い、雪も負けそうな霜ねと
口を袖で覆いながら、こんなわたしを頼りにしているらしい人たちが
つぶやくのを聞くと、人ごとではない気がする。



十月もしきりに名残りを惜しんでいるうちに過ぎ去り十一月も同じような
状態で過ぎ、二十日になってしまったが、今日姿を見せたあの人は
そのまま二十日あまりも訪ねて来なく、手紙だけは二度ほど寄こした。


「妻戸を押し開けてあの人が入ってきた」

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あの人より、心穏やかではなく、あらゆる物思いをしながら生きており
気力もなくなった感じがして、ぼんやり暮らしていると、四日間の物忌が
次々に重なってね。せめて今日だけでもと思っているなどと文が届く。



不思議なほど、こまごまと書いてあるが、十二月の十六日頃のことである。  
肌寒い感じがしたが、しばらくして、急に空が一面に曇って、雨になった。
急な雨に、きっと困っているだろうと、さっきの手紙を思い出しながら
外を眺めると、暮れていくようであが、雨はとても激しく降り続いていた。



来られないのも無理もないけれど、昔はそんなことはなかったと思うと
涙が浮かんで、悲しくなるばかりなので、我慢できずに、使いを出す。

悲しくも 思ひたゆるか いそのかみ さはらぬものと ならひしものを

悲しいことにあなたはもう私のことを思わなくなってしまったのね。
昔はどのような雨も苦にせずいらしたものをと書いて使いの者に持たせた。



外を眺めながら、今頃使いの者が、着くころと思っている時に、南座敷の
格子も閉めたままの外の方で、人の声がして、使用人はだれも気がつかず
私だけが変だと思っていると、妻戸を押し開けてあの人が入ってきた。


「尼になりそこねたと皮肉られていた」

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あの人が来た時は、ひどい雨の最中なので、音さえも聞こえなかった。
今になって、牛車を早く入れろなどと騒いでいるのも聞こえて来る。

長年のお怒りも、今日来た事で許してもらえると思うがなどと言う。



更に明日は、ここから私の邸の方角が塞がり、明後日からは物忌で、
物忌をしないわけにはいかないからなどと、うまいことを言う。

昔はどのような雨も苦にせずいらしたものをと書いたが、その
歌を持たせた使いは行き違いになっただろうと思うと、ほっとした。



夜の間に雨がやんだようなので、それでは夕方になどと言って帰った。
夕方来てその日のうちに帰ればいいのに、方塞がりだという事で、
やはり思ったとおり、いくら待っていても、来なかった。



昨夜は、来客があって、夜も更けたので、僧に読経をさせてそちらに
行くのをやめたので、さぞかし、いらいらされた事だろうと言ってくる。
山籠りの後は、あの人から、雨蛙というあだ名を付けられていた。
雨蛙と尼返ると洒落て、尼になりそこねたと皮肉られていた。


「いろいろな物思いに心を砕いていた」

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わたし以外なら、方角もふさがらないだろうなどと、不愉快なので

おほばこの 神のたすけや なかりけむ 契りしことを 思ひかへるは

大葉子の葉を蛙にかけると生き返るといいますが わたしにはその神の
助けもなかったのでしょうか あなたが約束を破ったのでと歌を詠んだ。



いつものように日だけが過ぎて行き、月末、私が嫌っている近江の所へ
あの人が毎晩通っていると知らせてくれる人がおり、心穏やかではなく
過ごしているうちに、月日は流れて、追儺(ついな)の日になった。
追儺(ついな)とは、旧暦12月30日に行われる宮中における年中行事。



あの人が来られない気持ちも、分からないでもないし宮中の行事は
分かっているが、私の悲しい思いとは逆に周りでも追儺の行事が行われる。
鬼は外、鬼は外と大声で騒ぐのを、わたしだけは心静かに傍観していると、
追儺は家族関係が上手く幸せな家だけがしたがる行事のように思われる。



外から、雪がひどく降っているという声がする。年の終わりには、
なにかにつけて、いろいろな物思いに心を砕いていた思いがする。
こうしてまた年が明けると、天禄三年(九七二)になったようだ。


「世間では不吉なことと言われている」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



嫌な事も辛い事もすっかり忘れて晴れやかになったような気がして
息子の道綱に参賀の装束をつけさせて送り出し、道綱が庭に下りて
拝舞する姿を見ると、立派になった気がして涙が零れそうにになる。



勤行でもしようと思っている今夜から、生理になるような感じだ。
元日に生理が始まるのを、世間では不吉なことと言われているので、
またしても、わたしはどうなっていくのだろうと心密かに思う。



今年はあの人が幾ら憎らしいことをしても、嘆いたりはしないなどと
心に思い描き、決心したのかどうかは分からないが、気持ちが楽である。
三日は帝の円融天皇の元服ということで、世間では騒いでいる。
白馬の節会(あおうまのせちえ)だが、興味もなく節会の七日も過ぎた。



八日頃に姿を見せたあの人は、このところずいぶん節会が多くてなどと
言い訳するが、明くる朝、帰る時に、あの人を待っていた従者たちの中から

しもつけや をけのふたらを あぢきなく 影も浮かばぬ 鏡とぞ見る

こんな歌を書きつけて、侍女のところに持って来た。


「世間では不吉なことと言われている」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



嫌な事も辛い事もすっかり忘れて晴れやかになったような気がして
息子の道綱に参賀の装束をつけさせて送り出し、道綱が庭に下りて
拝舞する姿を見ると、立派になった気がして涙が零れそうにになる。



勤行でもしようと思っている今夜から、生理になるような感じだ。
元日に生理が始まるのを、世間では不吉なことと言われているので、
またしても、わたしはどうなっていくのだろうと心密かに思う。



今年はあの人が幾ら憎らしいことをしても、嘆いたりはしないなどと
心に思い描き、決心したのかどうかは分からないが、気持ちが楽である。
三日は帝の円融天皇の元服ということで、世間では騒いでいる。
白馬の節会(あおうまのせちえ)だが、興味もなく節会の七日も過ぎた。



八日頃に姿を見せたあの人は、このところずいぶん節会が多くてなどと
言い訳するが、明くる朝、帰る時に、あの人を待っていた従者たちの中から

しもつけや をけのふたらを あぢきなく 影も浮かばぬ 鏡とぞ見る

こんな歌を書きつけて、侍女のところに持って来た。


「なかなか仕立て直しができない」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



しもつけや をけのふたらを あぢきなく 影も浮かばぬ 鏡とぞ見る

下野(しもつけ)この桶の蓋は丸くてもつまらない あなたの姿が
映らない鏡と思って見ており、あなたがわたしを思ってくれるなら 
姿が映るはずなのにと、その蓋に、酒と肴とを入れて渡す。



素焼きの土器(かわらけ)に書かれた女房の歌が詠まれていた。

さし出でたる ふたらを見れば みを捨てて 頼むはたまの 来ぬとさだめつ

さし出された蓋は本当の鏡ではないから 姿が映るはずがありません 
姿が見たいとおっしゃるけれど ほしいのは酒でしょうなどと書いてある。

 

こうして時々あの人が訪れる中途半端な状態なので遠慮して、世間の人が
忙しくする勤行もしないままで、十四日は瞬く間に過ぎていった。
十四日頃に、古い朝服の上衣の袍(ほう)を持って来て、
この上衣を上手く仕立て直してなどと言って寄こす。



着る予定の日も書かれてあるが、急いで仕立てようとも思わないでいると、
使いの者が翌朝来て、手紙に、仕立て直しが遅いと書いてあり  

久しとは おぼつかなしや からころも うちきてなれむ さておくらせよ

なかなか仕立て直しができないとは頼りない よれよれになるまで唐衣を
着よう、直さずそのまま送り返してくれとあるが、その通りにしなかった。


「私をからかっているような気がする」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



あの人の朝服の上衣の袍(ほう)の仕立て直しの期日が近づき、慌てて
直したので気に入るような仕立て直しが出来ず、手紙もつけないで
仕立物を届けたところ、これは悪くない出来のようだが、手紙も
つけないとは素直でないなとの文に、腹が立ち、こう言ってやった。



わびてまた とくと騒げど かひなくて ほどふるものは かくこそありけれ

急かされて困った末 早くほどいて仕立てようと騒いだ甲斐もなく 
古い仕立て直しはこんなものです 古びたわたしと同じようにと書いた。



それから後は、官吏を任命する司召だからなどと言って、連絡もない。  
今日は二十三日、まだ格子をあげない早朝に、まわりの侍女が起きはじめて
妻戸を押し開けて、雪が降ったのねと言っている時に、鶯の初声がしたけれど
わたしはまるで、気持ちもますます老いてしまったように感じる。



頭が真っ白になってしまい、いつものつまらない歌も浮かんでこない。
司召があって、二十五日に、あの人は、大納言になったなどと騒いでいる。
あの人が出世すれば、私にとっては、ますます自由がきかなくなるだろう。
お祝いなど言って来る人も、かえって私をからかっているような気がする。


「独り寝をして明かした夜は多かった」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



召使がすぐに門を開けたので、私が妻戸口に立ってドキドキしながら
聞いていると、早く開けてなさいと言っている声が聞こえているようだ。
前にいた侍女たちも、くつろいだ格好だったので、逃げて隠れてしまった。



以前は、あの人が来られるかもしれないと戸締りせずにいたが、最近は
戸締まりをしないで寝ることさえなくなったが侍女を立たせたままに
しておくのも見苦しいので、にじり寄って、鍵を開けるように告げる。



その間に古今六帖・第二の詠み人知らずの和歌が脳裏をかけめぐる。

君や来む われや行かむの いさよひに まきの板戸を ささで寝にけり

あなたが来てくださるのか 私が出かけようかと ためらっているうちに 
板戸に鍵をせずに寝てしまった事を踏まえて思いを巡らして、にじみよる。



戸を開けると、あの人は歌中の、ささでを、さして(指して)と言い換え
あなたを目指してやって来たから、戸も鎖してあったのだろうと冗談を言う。

夜明け前の頃に、松を吹く風の音が、ひどく荒々しく聞こえる。
独り寝をして明かした夜は多かったが、こんな音は、聞こえた事はなかった。


「帯をゆるく結んで歩いて出て行く」

「Dog photography and Essay」では、
愛犬ホープと歩いた道と「愛犬もも」との物語を公開してます。



独り寝のとき、松を吹く風の音が、ひどく荒々しく聞こえなかったのは
何かがわたしを守っていてくれたのだわと思うほど荒々しく聞こえる。  
夜が明けると二月になったようであり、雨がとてものどかに降っている。



格子などを上げたが、いつものようにあの人が慌ただしく帰らないのは
どうやら雨のせいらしいと思うが、このままここにいるとは思えない。
従者たちは来ているかなどと言って起き出して、糊気が落ちて
しなやかな貴族の平常服である直衣(のうし)を着出した。



ほどよく柔らかくなった紅の練絹(ねりぎぬ)の袿(うちき)を
直衣の下から出して、帯をゆるく結んで、歩いて出て行くと、侍女たちが、
お粥をなどと勧めるが、いつも食べないのだから、今日も食べないと言う。



あの人は機嫌よさそうに、太刀を早くと言って、道綱が太刀を持って控える。
簀子(すのこ)に片膝ついている道綱の元へゆったりと歩み寄って行く。
あの人はあたりを見回して、庭の草を乱雑に焼いたようだななどと言う。


「春の季節にふさわしい調子に奏でた」

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乱雑に焼いた庭の草の上に、雨覆いを張った車を寄せて、供の男たちが
軽々と車の轅を持ち上げていると、あの人は乗り込んだようだ。
牛車の下簾をきちんと下ろして、中門から引き出して、ほどよく
先払いをさせて遠ざかっていくのも、わたしには憎らしく聞こえる。



この数日、吹く風がとても激しいので、南面の格子を上げないでいたが、
今日、このようにあの人を見送って、外を眺めながら、暫く座っていると、
春雨がほどよくのどかに降って、庭はなんとなく荒れているようだが、
所々で青く萌え出ている庭の草が、しみじみと身にしみて見える。



昼頃になり、吹き返しの風が吹き出して、晴れそうな空模様だったが、
妙に気分がすぐれず、日が暮れるまで、ぼんやり物思いに沈んで過ごした。
夜に降った雪が、10センチばかり積もり、今朝もまだ降っている。
簾を巻き上げて眺めると、寒いと言う侍女たちの声が、あちこちで聞こえる。



風までも激しく吹いており、なにもかもとてもしみじみとした感じである。  
その後、天気も回復して、八日頃に地方官歴任の父の所に出かける。
親類が大勢いて、若い女たちが多く、箏の琴や琵琶などを、今の春の季節に
ふさわしい調子に奏でたりして、笑うことが多く一日を過ごした。


「向かい合っていると気もそぞろである」

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翌朝、大勢いた親類が帰った後は、のんびりした気分で過ごせた。
家に帰ると同時に、あの人の使いのものが届けてくれた手紙を見た。
長い物忌に引き続いて着座で慎んでいたので行けなかった。
今日は早く行こうと思うなどと書かれてある。



着座(ちゃくざ)とは、兼家が権大納言に任じられ晴れの座に就く儀式の事。
その手紙に対して、すぐにも来て下さるようですが、本当に待っていれば
良いのですか、今はもう忘れられていくわたしだものと返事を出した。



いつものように心とは裏腹な返事をしてしまったが、気にもかけないでいた。
正午頃になり、呆れるほどくつろいで、だらしなくしているところへ、
召使いたちが、いらっしゃいますと騒ぐ声がするので、ひどく慌ただしい。



あの人が入って来たので、身なりを整えることもできないまま
茫然として向かい合っていると、気もそぞろである。
しばらくして、お膳などをさし上げると、少し食べたりして、
日が暮れたと思われるころに、明日は、春日の祭だからなどと言い出す。


「雨になって静かに一日中降り続ける」

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春日神社で行われる春日祭へ御幣使(みてぐらづかい)を出すため
きちんと装束を整え、前駆を大勢引き連れ、大げさに先払いをさせて
出て行かれるが、春日神社は藤原氏の氏神で、神に奉納する。



御幣使は近衞少将か中将が持って行くが、権大納言右大将である兼家が
管轄しており春日祭は重要な祭りの一つだなどと言って出て行かれた。
兼家が出て行かれて、直ぐに侍女たちが集まって来て、各々話している。



私たちは、ひどく見苦しい格好でくつろいでいた時なので、殿は
どうご覧になったのでしょうなどと、口々にわたしに気の毒なことを
したと言うので、わたしの方こそ見苦しいことだらけだったと思う。
ただわたしだけが愛想をつかされてしまったと思ってしまう。



どういうことだったのだろう、この頃の天気は、照ったり曇ったり、
春なのにとても寒い年だと思われたが、夜は月が明るく輝く。
十二日、雪は東風にあおられて乱れ散っていたが、正午過ぎから雨になり
静かに一日中降り続けるにつれて、しみじみとした感じがしていた。


「夢判断を他人の話として尋ねさせる」

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やはり思った通り今日まで、あの人から連絡がなかった。
今日から四日間は、物忌と思うと、少し気持ちも落ち着く。
このところ、冷たい雨が静かに降ることも多く、肌寒く感じる。



兼家の邸からこちらの方角がふさがっておりあの人は訪れないであろう。
世の中が心細くしみじみと思っていると、石山に一昨年参詣した時に、
心細かったが、毎夜、呪文のような陀羅尼をとても尊く読みながら
礼堂で礼拝している僧侶がいたので、何のためにと尋ねてみた。



去年から立願成就のため、山籠もりしています。穀断ちをして穀類を
食べないなどと言ったので、それなら、私の為に祈って下さいと話した。
僧侶は、去る五日の夜の夢に、あなたのお袖に月と日をお受けになって
月を足の下に踏み、日を胸にあててお抱きになっているのを見たのです。



これを夢解きにお尋ね下さいと言うので、なんて大げさな事をと思った。 
瞬時に、僧侶のことが疑わしくなって、ばかばかしい気がしてきた。
誰にも夢解きは、しないでいたところ、夢判断をする人が来たので、
他人の話として尋ねさせると、どのような人が見たのですかと驚いている。


「思いがけない幸運でもつかむのでは」

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占いや夢判断で、朝廷を意のままに、思いどおり政治を行うと言うので、
やはり思った通りで、この夢判断が間違っているのではなく、僧が疑わしい。
このことは内緒にね。とんでもないことだわと言ってそれきりにした。



また、侍女が、この邸の門を四脚門に造り替えるのを夢に見ましたと言うと
夢判断は、それはここから大臣公卿がお出になるに違いないという夢です。
このように言うと、ご主人が近々大臣におなりになることを言っていると
思われるでしょうが、そうではなく、ご子息の将来のことなのですと言う。



また、わたし自身が一昨日の夜に見た夢で、右の方の足の裏に、
大臣門(おとどかど)という文字をいきなり書いたので、びっくりして足を
引っ込めたのを見たと尋ねると、先ほどの夢と同じ事が見えたのですと言う。



これもばかばかしいことなので、信じられないと思ったが、大臣公卿の出ない
あの人の一族ではないので、わたしのたった一人息子が、もしかしたら
思いがけない幸運でもつかむのではないかしらと心の中で本当に思った。


「世話をしているうちにそんな仲になった」

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何かにつけ幸運のありそうな時は、我が子に授かればと思った。
こんなことがあったが、今のような状態では、将来も心細いうえに
子どもは男なので、これまでも、あちこちにお参りした先々で
女の子をお授けくださいとお願いしたけれど授からなかった。



今後は尚更、子どもが授かりにくい年齢になっていくので、何とかして
卑しくない人の女の子を一人迎えて、世話もしたいと思うようになる。
一人息子とも仲良くさせて、わたしの最期を見とってもらおうと思う。



この数か月はそんな気になって、侍女や知人にも相談する事が増えていく。
殿が通っていらっしゃった源宰相兼忠のお方のご息女との間にできたお子に
とても可愛らしい姫君がいて、その姫君にお願いなさってはどうでしょう。
今は志賀山の麓で、兄の禅師の君を頼って、暮らしているなどと言う人がいた。



そんなことがありました。お亡くなりになった陽成院(ようぜいいん)の
ご子孫ですね。宰相さまが亡くなられて、また喪があけないうちに、
あの人は例によってそのような女性の話は聞き流せない性格で、何かと
世話をしているうちに、そんな仲になったようです。


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