2971876 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Dog Photography and Essay

PR

全253件 (253件中 21-30件目)

< 1 2 3 4 5 6 7 8 ... 26 >

中国華南

2012.02.23
XML
カテゴリ:中国華南

「桂林旅情6」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

14.jpg

独秀峰を下って行く途中の険しい岩肌に
中華民国の時代に彫られた石刻が沢山見られた。

かなり険しく切り立った岩肌へ一体どうやって
彫ったのかと考えてしまうほど危険な場所にある。

中国の山々の岩肌に文字を彫り付ける石刻は
中華人民共和国成立した1949年10月1日以降
暫くしてより景観を損ねる事から禁止された。

15.jpg

「秀奪群峰」と彫られた文字の意味は、山々が
連なり美しい景色だが、独秀峰は麗しく
峰々の中で勝ち誇っていると解釈すればよい。

「卓然独立天地閣」は桂林の山並みの中で
ぽつんと一つだけ立っており、またその姿は
天と地にも一際優れていると詠んだ詩である。

下の石刻になると書体そのものも違い
私には一部分の文字しか分からない。

16.jpg

「中国の旅」






Last updated  2012.02.23 19:47:56
コメント(0) | コメントを書く


2012.02.22
カテゴリ:中国華南

「桂林旅情5」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

11.jpg

桂林に聳える山は奇峰と呼ばれ、今までにも
多くの詩人を迎えて来た所である。

その山並みは海抜も高くは無く今私が立つ
独秀峰で70mほどの高さでしかない。

だが、日本の北アルプスのように高い山でも
山頂付近は別にして登山道は急ではない。

明王朝時代に造られた靖江王城跡は
東西に250mと南北に500m程の城壁の中に
独秀峰は聳え立っている。

9.jpg

高さ70mと大した事はないと登り始めたが
西側から300段以上の石段を登って行く。

石段が思ったより高さがあるので思いっきり
太腿を上げて登っては休みながらまた登った。

写真の藍色のリボンには「健康長寿」や
「一生平安」などと書かれたリボンが登り口で
販売されており、記念と祈りを託し結んであった。

よく二人の愛が硬く結ばれ、離れませんようにと
鍵が掛けられているが独秀峰では見掛けなかった。

12.jpg

「中国の旅」






Last updated  2012.02.22 19:58:52
コメント(0) | コメントを書く
2012.02.21
カテゴリ:中国華南

「桂林旅情4」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

7.jpg

独秀峰の近くまで来たところの岩盤には
歴史のある彫り物が施されていた。

「寿」と彫られているが寿の意味合いは
日本と少し趣が違うようにも感じる。

中国での「寿」は葬儀用や死後の物品を
指して言う事が多いが、日本と同じに
長寿や寿命、年配者の誕生祝いなどにも使う。

8.jpg

独秀峰へ登り出したが思ったより急勾配で
至るところに転落防止の鎖が張られていた。

画像の門の扉の握り輪をくわえた動物が
鎖と鎖を繋いでいたが、この動物は
龍の9人の子供の9番目のショウズである。

9番目に生まれたショウズは怠け者で
何をやらせても働かず動こうとしない。

困り果てた竜は、門の見張りをさせて暫くの間
様子をみた所、全く動かないのが功を奏し神々の
至る所の門番をし、後に写真のような姿になった。

13.jpg

「中国の旅」






Last updated  2012.02.21 19:05:59
コメント(0) | コメントを書く
2012.02.20
カテゴリ:中国華南

「桂林旅情3」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

4.jpg

朱元璋とは中国の明朝の創始者であり
初代皇帝であり治世の年号を取って洪武帝と
呼ばれ、南京で中国統一を成し遂げる。

中国統一後、一族を各地に配置し明王朝の
安定を図り、今の桂林も明が滅亡するまで
朱守謙の子孫によって治められていた。

5.jpg

今、その王城に来ており桂林観光の
中心である独秀峰に登ろうとしている。

独秀峰は南北朝の詩人の詩に詠まれ
天をつくばかりに高くそびえ寂しい峰から
名づけられているが、峰が聳え切り立って
高くて険しく迫力があり、また雄大でもある。

王城に孫中山が駐屯した跡が残されていたが
孫中山は革命の父と呼ばれ日本では孫文と呼ぶ。

6.jpg

「中国の旅」






Last updated  2012.02.20 19:22:49
コメント(0) | コメントを書く
2012.02.19
カテゴリ:中国華南

「桂林旅情2」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

1.jpg

上海から午前の便で桂林空港へ着いた。
私が初めて桂林を訪れたのは1995年の頃。

その当時の桂林飛行場は桂林の素晴らしい
山並みが滑走路から間近に見え感動した。

今回訪れてみると飛行場は移転し、あの
素晴らしい光景は見られず残念な思いを残した。 

2.jpg

ホテルに早く着いてしまいフロントで聞き
一人で王城独秀峰へ行って見ることにした。

独秀峰は桂林市の市街の中心部にあった。
明代の靖江王府であり明の朱元璋の甥の子の
朱守謙が靖江王として赴任された。

明が滅亡するまで桂林は朱守謙の子孫の
王達によって治められていた。

3.jpg

「中国の旅」






Last updated  2012.02.19 19:28:02
コメント(0) | コメントを書く
2012.02.18
カテゴリ:中国華南

「桂林旅情1」

「中国写真ライフ」では、
広西自治区「桂林」の写真を公開しています。

32.jpg

「桂林」というと墨絵師が多く訪れ
多くの大作を世に送り出して来た。

その桂林が、いったい何処に在るのか
20年ほど前までは知らなかった。

地図で話すと桂林は広東省の西隣に
位置しており15年ほど前は中国の中で
取り分け桂林は物価が高い所と言われた。

29.jpg

桂林へは四度訪れているが
今回は明代に栄えた桂林の王城へ来た。

桂林は広西チワン族自治区の東北部に
位置し2000年以上の歴史がある都市で
1100年ごろの宋代から清代までの800年間
広西の政治や経済、文化の中心でもあった。

中国人ならば誰もが知る「桂林山水甲天下」
意味は「桂林の山水は天下一」という事である。
まずは王城がある独秀峰から紹介して行こう。

30.jpg

「中国の旅」






Last updated  2012.02.18 20:22:25
コメント(0) | コメントを書く
2011.02.14
カテゴリ:中国華南
   
「アモイ市内の旅17(完)」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ市内」の写真を公開しています。

29.jpg

昨日は早めにアモイ繁華街へ着いた。
ホテルに寄りカメラバッグを置いた後、
中心街にあるいつもの居酒屋に向かった。

居酒屋で酒を飲む前にDVDショップへ行った。
そこで中国の連続テレビドラマを買った。

私の中国語学習方法の一つに中国のDVDを見て
会話を覚える方法を取っていたからだ。

中には四川省の方言で会話する場面などの
DVDに出会ったりすると面喰ったりする。

中国のDVDの場合、必ず中国語の字幕が入り
聞きなれない単語が出てくると字幕の単語から
辞書をタイプして意味を覚えることができる。

30.jpg

私の買うDVDは会話の多い青春恋愛物語が多い。
戦闘シーンの多いDVDも時には購入するが
学習するというより娯楽のためである。

今までに購入したDVDは100枚を裕に超えている。
だが、日常会話に応用できる事柄は少ない。

今回の旅は12日間に及んだが帰る日になった。
アモイ空港にて厦門(アモイ)航空の飛行機を
撮影したが、私のチケットは中国南方航空である。

フライトまで待つ間、各航空会社の飛行機を眺め、
ぼんやりとしていたが、椅子に座り直し中国語の
単語の学習を続けた。

次の更新は「南京大虐殺」の有ったという南京の
市内の写真を公開したいと思う。

31.jpg







Last updated  2011.02.14 13:08:28
コメント(0) | コメントを書く
2011.02.13
カテゴリ:中国華南
   
「アモイ市内の旅16」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ市内」の写真を公開しています。

26.jpg

アモイ国際マラソンの歴史は新しい。
第1回の開催は2003年3月29日だった。

気温は21℃で真冬のマラソンに比べると
15℃も高く記録も期待できなかった。

だが南国春の花が咲き乱れる海岸通りを
走るランナーを応援する側に立ってみると
春に行われるマラソンは人気があった。

2003年から2007年までは3月末の土曜に
開催されていたが、2008年を境に1月の
第一土曜日に変更になった。

27.jpg

アモイ国際マラソンの開催時期が3月末より
1月頭に変更になった事で参加ランナー数に
変化が生じ、8500人前後の参加数が3万人と
ホノルルマラソン級の参加人数になった。

更には年々参加数は増え続け2009年6万人
2010年7万人、2011年8万人になった。

また大会記録も年々塗り変えて来ている。
毎回8位以内に入るのはエチオピアやケニアの
招待選手達だが記録を伸ばして来ている。

男子では2時間08分07秒の大会新記録が出て
女子では2時間31分49秒のタイムでゴール。

28.jpg

マラソンの世界記録はエチオピアのセラシェの
2時間03分59秒で未だ破られてはいない。

女子ではイギリスのラドクリフが出した記録の
2時間15分25秒だが2003年以降破られていない。

中国ではスポーツで優秀な成績を収めた生徒に対し
大学受験時に点数を加算する制度がある。

2011年1月2日に行われたアモイ国際マラソンで、
山東省の高校生による集団替え玉事件が発覚し
ネット上で不正を告発する書き込みが相次いだ。

替え玉事件は高校生30人以上がICチップを
足の速い選手に手渡し、自分の記録として登録。
だが不正行為で失効処分となり受験にも影響する。

29.jpg







Last updated  2011.02.13 17:57:47
コメント(0) | コメントを書く
2011.02.12
カテゴリ:中国華南
   
「アモイ市内の旅15」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ市内」の写真を公開しています。

22.jpg

アモイ国際マラソンのスタート地点は
アモイ国際会議展示場からでゴールもまた
アモイ国際会議展示場へ戻ってくる。

北京から参加した知名度の高いランナーも
アモイマラソンはかなりハードである、

記録も重要だが、それより海岸線を走り、
雰囲気を十分に堪能できることの方が
重要だと走りぬいた後コメントした。

私は日本にいる時も中国へ来てからも
マラソンはニュースでしか見なかった。

24.jpg

だが、人工的に作られたとはいえ
中央分離帯に設置されたブロンズ像を
大自然の中で見ているだけで胸が躍った。

マラソン自体、42.195キロを走り抜ける
競技であり体力を消耗する前に相当の汗を流す。

特にアモイは南方に位置しているので
南国の風はランナーにとって辛い闘いになる。

大会に参加した中国の友人は記録なんて意識せず、
ただ完走する為だけに参加したが、もう少し気温が
低ければと話していたことを思い出す。

25.jpg







Last updated  2011.02.12 14:07:00
コメント(0) | コメントを書く
2011.02.11
カテゴリ:中国華南
   
「アモイ市内の旅14」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ市内」の写真を公開しています。

18.jpg

アモイ国際会議ホテル前の広々とした
グラウンドを後にし少し歩くと海岸へ出た。

海から吹き付ける冷たい風を受けながら
海岸線に造られた遊歩道を歩いた。

幅10mほどある中央分離帯が続いており
その中を歩いていた所、ブロンズ像が
見えて来たので撮影を始めた。

更に報道カメラマンのブロンズ像達の
前方を見るとマラソン選手達のブロンズ像が
立っており、私は分離帯沿いに歩いて行った。

19.jpg

マラソンランナー達のブロンズ像は1キロを
過ぎても延々と続いており、等身大の
ブロンズ像に魅せられ歩いて行った。

世界のマラソン大会の中でホノルルマラソンや
ニューヨークシティマラソンや東京国際マラソンなど
多くのマラソンが知られている。

だが参加者数は3万人前後であるのに対して
アモイ国際マラソンの参加者数は8万人と多い。

2011年は1月2日午前8時にスタートした。
昨年は7万人で今年は8万人だった。

20.jpg







Last updated  2011.02.11 20:10:29
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全253件 (253件中 21-30件目)

< 1 2 3 4 5 6 7 8 ... 26 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.