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Dog Photography and Essay

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中国華南

2010.12.23
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カテゴリ:中国華南
 
「永定土楼探訪5」

「中国写真ライフ」では、
福建「永定土楼」の写真を公開しています。

22.jpg

福建省永定土楼の散策をしているが、
ここに住む人々を客家と呼んでいる。

私が広東省に5年ほど住んでいた時、
客家の人とよく食事をしたものだった。

彼の故郷は福建省だったが詳しい住所までは、
聞いていたと思うが忘れて気にも留めなかった。

彼はマレーシアに住み、よく中国へ来ていた。
その16年前に客家とは中国国籍を持ち外国に、
住んでいる中国人だと理解していた。

24.jpg

だが、その思いはごく一部分の事であることと、
中国国内に住む客家が断然多いことに気付いた。

中国国内客家出身で有名な人は、中華民国の
総統である孫中山で日本では孫文の名で知られる。

また孫中山の妻であり後に中国の国母の、
宋慶齢も客家の出身であり、蒋介石の妻の、
宋美齢も当然だが客家出身である。

後に国民党と共産党の戦争の狭間で宋慶齢と、
宋美齢の姉妹は永遠に会う事はなかった。

35.jpg

また新儒教である朱子学の創始者の朱子は、
福建省で生まれ、晩年は福建省で没している。

その他、中国共産党初代元帥の朱徳や中国の、
改革開放政策で知られるトウ小平も客家である。

中国の周恩来が養子にし首相までなった李鵬など、
他にも沢山の歴史に残る人物を輩出している。

よそ者の意味をもつのが客家だが戦争難民として、
南下して来た名門の出身であり皇帝からの贈り物が、
伝わってる客家の家も有ると言うから驚く。

36.jpg







Last updated  2010.12.23 17:21:37
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2010.12.22
カテゴリ:中国華南
 
「永定土楼探訪4」

「中国写真ライフ」では、
福建「永定土楼」の写真を公開しています。

21.jpg

客家とは、中国の民族名で漢民族の一種で、
客家の呼び方は、日本語でハッカと読む。

紀元4世紀の初めから12世紀の初めにかけ、
黄河流域から徐々に南方に移住した漢民族で、
現在では広東省や福建省また広西省などの、
地域に広く居住するようになり客家方言を話す。

20.jpg

客家は何故、土楼という建物文化を築いたのか。
客家は長年続く戦乱から逃れるため南方へ、
民族大移動をしたが、王朝が変わるたびに、
土地を追われ南下を繰り返した。

モンゴル王国の元が南方征伐で、南宋の皇帝が、
浙江省から広東省まで避難した時代に客家も、
皇帝に従い広東や福建の山奥に暮らすようになる。

19.jpg

清朝の時代になると経済の発展につれて客家の
人口が急増した事により移り住んだ土着民の間で、
争いが繰り返され、さらに客家の一部は、湖南や、
広西、四川などに移住することになる。

移動したのは一部の客家だったが土着民との接触が、
多い永定県の客家は、集団で暮らすようになった。

集団で暮らすために住む家を繋げて集団住宅が誕生。
写真は客家の生活の為のルールが書かれた祭壇。

38.jpg







Last updated  2010.12.22 19:20:16
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2010.12.21
カテゴリ:中国華南
 
「永定土楼探訪3」

「中国写真ライフ」では、
福建「永定土楼」の写真を公開しています。

11.jpg

福建土楼の永定土楼の中でガイドが、
中国人ツアー客達に土楼の説明をしていた。

その時間に私は土楼内の土産物売り場に、
積み上げられた土楼の土産物を撮影した。

土楼とは、日本の土壁のように土にワラを混ぜ、
補強した土壁を、杉の木を使い建てた円楼に、
厚く塗って作った集合住宅で共同生活をする。

12.jpg

私が今居る土楼は振成楼と呼ぶ丸い円楼だが、
円楼以外にも方楼や多角楼など色々な形がある。

土楼には多くの家族が共同生活し、その人数も、
300にんから400人以上の人がおり、
まるで小さな村といった感じである。

昔は角楼も建てられたが、時代とともに、
角楼より円楼の方が建築材料の節約になると、
円楼を多く建てるようになったという。

13.jpg

また円楼に変化したのは風の抵抗が少なく、
台風などの強い風からも土楼を守ってくれる。

円楼であると全ての部屋が同じ大きさで、
共産主義の根本の平等を表しているという。

だが共産主義が生み出したものは平等ではなく、
貧富の差が広がり、ちょっとした切っ掛けで、
暴動が共産主義政府に向くのではと全ての、
都合の悪い情報に蓋をし庶民に知らせていない。

14.jpg







Last updated  2010.12.21 15:48:39
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2010.12.20
カテゴリ:中国華南
 
「永定土楼探訪2」

「中国写真ライフ」では、
福建「永定土楼」の写真を公開しています。

7.jpg

1912年に建設された永定土楼民族文化村は、
永定県湖坑郷洪坑村にあり、アモイから、
西部方面へ直通バスで4時間ほどの道のり。

写真は振成土楼は永定土楼文化村のゲートを、
入りほどなく見えて来た水車を撮影したが、
この水車は観光用だが、地元の人も水車の、
回転動力を利用して脱穀や製粉をするとの事。

8.jpg

永定土楼民族文化村の事はNHKのBS放送で、
見たことがあり、アモイへ行ったときに、
何としても行ってみたいところだった。

テレビでは、世界建築模型展覧会での説明では、
万里の長城や雍和宮に並び中国の三大建築として、
有名になったとナレーターが話していた。

旅行社のガイドが引率したが、私は撮影に夢中で、
いつの間にかツアーの列から外れてしまった事を、
知らずに、そのまま撮影を続けていた。

9.jpg

写真の振成楼の内には224室の部屋があり、
今でも4百人以上の人々が生活している。

振成楼は永定県でも最も優れた円形土楼の代表で、
部屋に宿泊も可能とのことであった。

私は、三角の旗を持つガイドが私たちのガイドと、
思い込み、そのツアー客たちについて行った。

だが、そのガイドやツアー客たちは、広東省からの、
バスツアーで、勘違いしたことに気付くのは、
まだまだ先の事になるが、言葉の違いも、
分からないほど撮影に没頭していた。

10.jpg







Last updated  2010.12.20 19:38:19
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2010.12.19
カテゴリ:中国華南
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「永定土楼探訪1」

「中国写真ライフ」では、
福建「永定土楼」の写真を公開しています。

1.jpg

福建省アモイ市内のホテルフロントで、
永定土楼への行き方について説明を受けた。

フロントの女性はバスを利用したことがなく、
ホテルの誰かに連絡を入れていた。

暫くして年の頃40歳ほどの中国人男性が、
私が待つロビーへ来て永定土楼ツアーの、
パンフレットを差し出し説明をし出した。

3.jpg

路線バスの場合にはアモイから龍岩まで行き、
龍岩で土楼民族文化村行きバスに乗り換える。

アモイから龍岩までは直通バスが30分毎に、
運行しており3時間ほどで着くとのこと。

龍岩から土楼民族文化村への直通小型バスが、
出ており2時間丁度で着き、アモイから5時間程の、
時間がかかりチケット代は往復150元とのこと。

私よりアモイから土楼民族文化村までの直通で、
行くバスがないか聞いてみたが直通はないとの事。


4.jpg

面倒ですねと言うと日帰りツアーのパンフレットを、
テーブルの上に置きバス料金と土楼民族文化村の、
チケット代などすべて含んで350元との説明。

バスも直通なので4時間ほどで着くので、往復、
2時間以上の時間の節約ができる。

ということで、350元(4900円)を支払いホテルを出て、
アモイ市内の繁華街まで出掛け食事をした。

中国人の日帰りツアーなので350元だが日本人の為の、
日本語ガイド付なら1300元ほどだから安いのかも。

写真は土楼民族文化村のゲート付近である。

6.jpg







Last updated  2010.12.19 16:55:14
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2010.12.18
カテゴリ:中国華南
 
「アモイ旅情46」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ」の写真を公開しています。

107.jpg

アモイ植物園の出口付近に造られた噴水で、
噴水の噴き出す水を止めた映し方や、
流れるような映し方を画像にアップしている。

同じ場面を2枚ずつ撮影し、上側の画像は、
水の動きが止まった画像と下側の画像は、
水が流れるような写真を撮影した。

108.jpg

時間に余裕があるときなどの撮影では、
マニュアル露出でシャッタースピードや、
露出などを調整しながら撮影している。

だが、普段の撮影は露出優先にしてあり、
ピントを合わせる半押し状態にしたとき、
自動でシャッタースピードが設定される。

109.jpg

背景がボケる撮影は露出優先AEを使用するが、
明るい大口径レンズを使い露出開放で撮影。

大口径レンズは20万円ほどするので、
よく考えて購入しないと後悔をしたりする。

本題に戻ると水しぶきを止めた画像では、
シャッター速度優先AEモードにして、
速度調整だけで撮影する。

110.jpg

シャッター速度優先AEで4000/1と早くすると、
水しぶきが水玉のように止まった写真になる。

逆にシャッタースピードを遅くすると、
水が流れるような写真にすることができる。

だが、シャッタースピードを遅くすると、
露出がオーバー気味になり白トビをおこすので、
ファインダーをのぞき適正なスピードを選ぶ。

111.jpg

私は時間のあるときにはマニュアルで撮影するが、
露出補正を設定しながら撮影できいい画像ができる。

撮影対象に合わせてシャッター速度と露出を、
任意に決定することができるので面白い。

だがスローシャッターに設定すると手ブレが、
起こり易く脇をしめてカメラブレを抑える事が大切。

帰りは路線バスを乗り継ぎホテル近くまで行ったが、
最終バス停からタクシーに乗りホテルまで帰った。

112.jpg







Last updated  2010.12.18 11:53:32
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2010.12.17
カテゴリ:中国華南
 
「アモイ旅情45」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ」の写真を公開しています。

102.jpg

福建省厦門万石山公園はAAAAランクの公園で、
山肌から岩がむき出しになったところが多い。

岩に刻まれた「石林」の文字を見て雲南省の
世界自然遺産「石林」が思い浮かんだ。

石林は、海底が隆起し、剣のように尖った岩が、
織り成す造形美で、その岩には中華民国のころ、
多くの文字が刻まれていた。

雲南省石林

103.jpg

アモイ万石植物園の散策も終わりが近づいてきた。
帰り道は、どんどん広くなり、一時はどうなるか、
少し不安な思いも抱いたが、今はゆったりと歩いた。

植物園の通りには、南国らしいシュロの木や、
椰子の木がきれいに手入れされ、その幹は、
まっすぐ育っており気持ちを和ませてくれた。

104.jpg

肩に提げたカメラバッグが、ずっしりと重たかった。
カメラバッグには、旅先で何かあってはと思い、
予備のカメラを入れており、3本のレンズも、
全体の重さを増していた。

カメラバッグだけで2キロあり、初めはそれほど、
重さを感じないが6キロほどだが辛く感じる。

また首から提げたメインのカメラとレンズも、
2.5キロほどあり、これに三脚を持って歩く時など、
普段からの体力づくりが大切になってくる。

最近はできるだけ身軽にして行動している。

105.jpg







Last updated  2010.12.17 15:38:41
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2010.12.16
カテゴリ:中国華南
 
「アモイ旅情44」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ」の写真を公開しています。

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写真はアモイ園林植物園にある万石蓮寺の中。
中国内一般の禅寺より小さい万石蓮寺だが、
大雄宝殿の中には仏像が安置してある。

日本の仏像も同じなのだろうが、中国でも、
仏像の撮影は1990年頃から撮影禁止の寺が増えた。

何故仏像は撮影禁止にしている寺が多いのか?
主な理由として何点か挙げられる。

1)撮影の対象物ではなく信仰の対象物なので、
撮影を禁止している寺が多い。だが、外国人は、
撮影している人が多い。

2)心から信じ手を合わせている人の迷惑になり、
堂内は撮影禁止にしている。

3)写真を多く撮られ、その写真が世に出回り、
仏像のありがたみが薄れるために撮影禁止。

100.jpg

4)脚立や三脚を持ち込んで撮影している人が、
堂内の保存ガラスを割ったりしたこともあり、
文化財保護の観点から禁止にしている。

5)礼拝場所は、狭く撮影する人が立っていると、
参拝に来た人が入れなく迷惑になるためと、
寺にとっては回転が悪くなるため。

6)寺の境内で仏像の絵葉書を販売しており、
仏像の直接撮影を禁止している寺もある。

7)堂内は薄暗いのでフラッシュ撮影する人も多く、
参拝に来られた人の心を乱すから禁止している。

101.jpg

以上のような理由が挙げられるが、敦煌などでは、
入り口でカメラ持ち込み禁止と預けなければならず、
コンデジを持ち込み撮影した場合、最悪罰金になる。

撮影禁止の寺が多いが撮影許可を取れば、参拝客の、
少なくなった時に素早く撮影して下さいと、堂内の、
僧侶に撮影を許可た事を伝える所もある。

堂内撮影は基本的に禁止になっており、外に出て、
望遠レンズで撮影する場合には問題は少ない。

世の中の宗教は仏教だけではなく色々な宗教があり、
仏像を只の芸術品として理解する人も多いので、
外国人にとって撮影禁止を理解できない人も多い。

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Last updated  2010.12.16 16:54:26
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2010.12.15
カテゴリ:中国華南
 
「アモイ旅情43」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ」の写真を公開しています。

94.jpg

アモイ万石植物園のなかにある万石蓮寺は、
小高い丘の上にあり石段を上ると見えてきた。

万石蓮寺は、1984年に寄付を受け新しく、
建て直した寺は規模こそ大きくないが、
新しい禅寺の仏教寺院の姿を見せていた。

私が着いたときに、この寺への観光客は、
誰もいなく、私一人だけだった。

寺には大雄宝殿もあり、中を撮影しているときに、
後ろから大きな声で、撮影はダメと言われ驚くが、
年配の中国人女性で、中の仏像は撮影しては、
ダメだから、先に注意しときますよと歩いて行った。

95.jpg

私は彼女を呼び止め、寺の外観の撮影は問題ないかと、
聞くと、外観は何枚撮影しても良いですよと去った。

私は彼女が去るのを待って石段を上がり本堂の中へ
入ったところで被写体にレンズを向け撮影しようと、
シャッターに指を掛けた瞬間、本堂の隅から、
撮影してはダメだよと、おばさんがメガホンで、
叫ぶので思わずシャッターを押してしまった。

液晶モニターを開け撮影した画像を見ると、
案の定、一瞬声に驚きシャッターを押したため、
画像の両脇がブレていたので、その画像を、
まだメガホンを持ったままの女性に見せた。

96.jpg

苦笑いを浮かべながらも、ここは私の持ち場だから、
撮影してもらっては困りますと早口で言った。

私から、何故仏像の写真を撮ってはダメなのか、
分かりますか?と聞くと何故だか分からないと言う。

私から彼女に撮影禁止の訳を話すと身動きせず、
真剣に聞き入っているので、おかしくもあった。

私の説明は次のページで書くとして、大雄宝殿の
裏側には功徳林や念仏堂もあり前の石段には、
沢山の精巧に作られた龍の浮彫もあった。

下の写真は釈迦三尊の釈迦と文殊菩薩、普賢菩薩。
仏法の事は分からないが、釈迦の過去世と現在世、
右側が未来世の姿と理解してもよいのでは・・?

97.jpg







Last updated  2010.12.15 17:56:57
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2010.12.14
カテゴリ:中国華南
 
「アモイ旅情42」

「中国写真ライフ」では、
福建「アモイ」の写真を公開しています。

90.jpg

太平岩寺から少し下ると道は段々広くなった。
その道の両側の岩には文字が刻まれており、
その刻まれた時代や意味を思い描くのも楽しい。

広い通りには多くの観光客も歩いており、
自分一人で旅する時には思い込みで行動し、
今回の旅も逆行して不安になったものだ。

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安堵した気持ちで、広い道なりに歩いていると、
道の右方向の小高い丘の上に寺が見えた。

予備知識もなく、その寺の方へ歩いて行った。
万石蓮寺と書かれた寺は唐代に建てられている。
明末に増築され、修築を繰り返して来た。

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万石蓮寺の門を潜り、道なりに登るって行くと、
大きな岩に「歩入雲宵」と刻まれた文字が目に入る。

歩入雲宵の意味は、歩いて行くと天までとの意だが、
そのまま歩いて石段を登って行くと寺は高台に、
建てられており、そこから下の景色を見ると、
それは例えると空から見るような絶景なのかも。

93.jpg







Last updated  2010.12.14 23:26:53
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