源氏物語〔21帖 乙女28〕
源氏物語〔21帖 乙女28〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。祖母の宮の邸へ行くことも、理由もなく悲しくなり、あまり出かけなくなった。その人の住んでいた座敷、幼い時から一緒に遊んだ部屋などを見るたびに、胸苦しさが募るばかりで、家そのものも恨めしくなり、また勉強所にばかり引きこもるようになった。源氏は、同じ東の院の花散里夫人に、母として若君の世話を頼んだ。「大宮はお年がお年だから、いつどうなるか分からない。お亡くなりになった後のことを考えると、こうして少年時代から馴らしておいて、あなたの厄介になるのが最もよいと思う」源氏はそう言った。素直な性質の花散里は、源氏の言葉に絶対の服従をする習慣があり、若君を愛して優しく世話をした。若君は養母の夫人の顔をほのかに見ることもあった。美しくない顔だった。こんな人を父は妻としているのかと驚きつつも、自分が恨めしい人の顔に執着を絶てないのも、自分の心が未熟だからなのだろうと考えた。もし、こうした優しい性質の婦人と夫婦になれたら、幸福であったかもしれない。しかし、あまりに美しくない顔の妻と向かい合ったとき、気の毒に思ってしまうだろう。長い関係になっていながら、容貌の醜い点と、性質の美しい点を認めた父君は、夫婦生活には距離を置きつつも、妻としての待遇にできる限りの好意を尽くしているらしい。それは合理的なようでもあると、若君は思った。大宮は尼姿になっていたが、まだ美しかった。若君の目にする女房たちは相応に美しい容貌だったため、女の顔は皆きれいなものだと思い込んでいた。若い時から美しくなかった花散里が、年を重ね衰えた姿を見ると、痩せ細り、髪も少なくなっている。こうした現実を前にして、若君は多くのことを考えた。年末には正月の衣裳を大宮は若君のために仕度した。幾重ねも美しい春の衣服のでき上がっているのを、若君は見るのもいやな気がした。「元旦だって、私は必ずしも参内するものでないのに、何のためにこんなに用意をなさるのですか」「そんなことがあるものですか。廃人の年寄りのようなことを言う」「年寄りではありませんが廃人の無力が自分に感じられる」と若君は独言を言って涙ぐんでいた。