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碁法の谷の庵にて

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2020年06月22日
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裁判所らしき組織から届いた謎の封書。本物か偽物か、はっきりとは分からない。


ここで、


身に覚えのない書類は特殊詐欺や架空請求だから無視しろ!!



というのがよく言われる話です。警察や役所もそういうポスターや標語を準備しているところが少なくありません。
書類に書いてある電話番号に連絡するな、詐欺師に丸め込まれるぞ!!なんてものもあります。



 しかし、弁護士としてこれは言わせていただきます。

 こんな危険な啓発活動は即座に中止し、新たな啓発活動で既存の啓発活動を上書きすべきです。
 本当になすべき啓発活動は

「封書が届いたら公的機関に相談を!!」


です。
 警察でも役所でも弁護士など裁判関係士業でも構いません。とにかく相談してほしいのです。

 それは、「本物の裁判書類を架空請求と間違える危険性がある」からです。
 私自身、「これ架空請求ですか?」と相談に来た人の中に何人か「本物」が来ている例を見てす。
 その方々は相談に来てくれてましたからアドバイスできましたが、もし彼らが「架空請求だ」と判断して無視を決め込んでいたら最悪の事態になってしまっている可能性があるのです。


 架空請求と本物の裁判所からの書類を取り違えるリスクがないのであれば,「架空請求は無視」という啓発活動に問題はないと思います。
 架空請求をしている連中も,はがき一枚ポストに入れたりする連中も多いですが,裁判所からの本物の書類であれば「はがき1枚」いつの間にかポストに、というのはあり得ません
 SMSやメールなどを使った請求も「裁判所が紙で書類を送らなければ裁判は始まらない」以上、裁判書類であることはありえないのでセーフです。

 しかし,架空請求業者も込んだ手口や書類を使う例も報告されてきており、本物の裁判書類との判別は難しくなってきています。
 特に封書となると裁判手続によほど慣れていない限り素人が正確に見分けることを期待するのは困難です。
 「裁判所からの書類は特別送達で送られる」という情報は検索すれば簡単に出てきますが、「書留郵便」と「特別送達」の区別がしっかりつく人は決して多くありません。
 裁判所が裁判所の公式な書式を公開したらマネを招く可能性もありますし、極端な話、裁判所の書式を手に入れればそれをマネして書類を作ることだってできてしまいます(私が架空請求詐欺師なら絶対やります)。
 印鑑もそれっぽく作ってあれば弁護士でも判別は困難です。少なくとも私は印影の見た目だけでは判別できません。地元裁判所の印影ならもしかするかもしれませんが、日本各地の裁判所の印影はどうしようもありません。
 持ち込まれた書類見て「へ―あそこ簡裁あったんだ」という簡易裁判所だってあるところです。



 その上で、日本の民事訴訟法上絶対的に動かないのは,「本当に裁判所から送達されてきた書類を無視する」行為が極めて危険であるということです。
 無視するということはそのあと放置するということになり,放置すると、相手方の言い分を全て認めたことになってしまうのです。

 そして、「無視した理由が何か」を裁判所は考慮してくれません。
 裁判中であれば,「間違って捨ててしまった」のに「気づけば」裁判所に相談すれば書類を閲覧させてくれるのでリカバリは効きます。
 しかし,判決が出て判決の送達も「放置」し、控訴の期限も過ぎてしまい裁判が終わってしまえばすべては手遅れです。


「受け取った家族が子どもで、意味が分からず何も言わずに捨ててしまったので気づかなかった」
「重要な書類だと思わないで捨ててしまった」
「架空請求と間違えた」


というような事情を裁判所に証明しても、裁判所の回答は「民事訴訟法がそうなっていますので、裁判のやり直しは認められません。あなたに払えという判決は有効です。実際払う義務がなかったとしても手遅れです。」の一言で終わりです。
(子供の受け取りでも、10歳児の受け取りが有効とされた判例があります。ごく一部の例外はなくはないですが、当てにはできません。)

 債務整理をやっていると、相談に来て「書類を見る限り、あなた裁判所からの書類をスルーしてしまったんですね?もう手遅れとしか回答しようがないです…」と通知せざるを得ない人のなんと多いことか。
(債務整理系の相談者が多いので、その債務以外でも破産直行なケースが多いですが…)


 しかも、最近は記載してある電話番号に電話をかけるのも危険だと広報されています。
 確かに書類が本当に架空請求ならば、言葉巧みに支払いに誘導されかねず危険なのは確かですが、区別を間違えると本物だった場合に裁判所の電話番号にもかけないことになってしまうので、裁判所から「確かにあなた訴えられてますね」と確認することもできず、いよいよ気づく方法は信頼すべき誰かに「これ本物ですか?」と問い合わせるしかないのです。



 ところが,役所などが架空請求かどうかを見分ける手法として書いているのが


「身に覚えのない請求は無視」



というものをしばしば見かけます。
 実は、「身に覚えがあるかどうか」は判断基準として役に立たないのです。

 「身に覚えはないのだが放置したら裁判所から請求が来る」場合として、「裁判所を使った架空請求」というパターンも法務省が広報していますしそれも警戒すべきですが、架空請求とは限りません。
 私に思いつくパターンは以下のものがあります。

①相続が絡んでいる場合



 この場合、当人には100%身に覚えのない(死んだ被相続人にしか覚えがない)請求が来るのはむしろ当然のことです。被相続人も忘れてしまったり、自分の死期が近いと思っておらず伝える前に亡くなったり、恥ずかしかったりして債務の存在を隠してしまうこともあるでしょう。
 それが被相続人の死亡に伴って相続人に請求するのは、債権者としてあまりにも当たり前のこと。架空請求でも何でもないのです。

 例え相続放棄をしていても安心できません。現に裁判になった場合、相続放棄したから引き継いでいないと主張するには,「相続放棄しました」と裁判所で主張・立証しないといけないからです。

 裁判所から書類が届いた時点で弁護士に相談に行っていれば,

「裁判でこの件は相続放棄しましたと言えば大丈夫です。同封されている定型書式のこの欄に相続放棄しましたと書いて、家庭裁判所からもらった申述受理証明書のコピーでも同封しておきなさい。なくしたなら家庭裁判所に発行してもらいなさい。再発行までの間はとりあえず定型書式だけ送れば時間は稼げます。」


のアドバイスがもらえるでしょう。
 あるいは、「今からでも相続放棄しなさい!」というようなアドバイスになるかもしれませんが,請求を正当にはねつける方法がありえます。

 それを怠り、無視を決め込めば、後ではすべてが手遅れ。
 被相続人の債務の額によっては、これまで築き上げてきた人生を台無しにするような責任を負わされることになるのです。


②当人の知的能力に問題が生じてしまっている場合



 金を借りたこと自体忘れてしまう。(債務整理系の依頼者だとどこから借りたかすら正確に言えない人も多い)
 漢字ばっかり書いてある裁判書類は読むのすら苦痛(そういう人も多いです)なので無視。
 債権譲渡されていることが読み取れず、「私はこんな連中からは金を借りてないから架空請求!」と即断してしまう。(譲渡が読み取れず「架空請求ですよね?」というニュアンスで相談に来た方はいました)
 家族が受け取った場合,状況が分からず本人は認知症だから、「またうちのおばあちゃんに架空請求か、ひどい連中だ、ぽい」

 結果として、せっかく時効などが主張できた場合であっても、放り出すという結末になることもあります。


③何者かが氏名などを冒用している場合



 連帯保証人の欄に百均で買ってきた勝手な印鑑を持ち出したり一時盗用した家族の判をついたりする主債務者というトラブルはしばしばです。
 ひどくなると、替え玉連帯保証人を連れてきて署名捺印させるというゲス野郎の事例もそれなりにあります。

 もちろん、勝手に名前を書いた主債務者や替え玉は有印私文書偽造罪&債権者に対する詐欺罪(保証人がいるとだまして金を借りたことになる)で刑務所直行でもおかしくない犯罪ですが、債権者としては主債務者がそんなことをしているとは分からず,本当に連帯保証人だと信じて請求してきている場合も多いでしょう。

 もちろんこの場合、当人としては連帯保証人になったわけではないのですから、裁判で連帯保証人にはなっていない、ついてある印影も誰かが百均で買った偽物だ、実印のそれとも全然違う、筆跡全然違うじゃないかなどと戦うことができます。
 しかし、「身に覚えがないから架空請求」と決めつけて無視してしまうと、裁判所はあなたの名前とあなたの名前と同じ印影がある以上、「あなたにも責任ありますよ」という判決を出してしまいます。
 裁判所は言い分を出してこない当事者については、「佐藤」の印影があるべきところに「鈴木」とでも印影があるような事態でなければ「おかしいな」とすら思ってくれないのです。

 一応,この場合は勝手に名前を書いた主債務者が文書偽造などで刑事処罰されれば救済される可能性はあります(民訴法338条6号)。
 しかし,刑事処罰なので「疑わしきは罰せず」。なんとか処罰を逃れようと「実は許可を取っていた」等と弁解されればその言い分を完全に突き崩すのは難しい場合も多いでしょう。
証拠不十分になればやっぱり責任を負わされることになります。





 こんな風に、「身に覚えがない請求」でも「対処すれば何とかなったのに、架空請求と決めつけて対処しなければ責任を負わされる」というような事例はごく当然にあるのです。

 そのときに、「身に覚えがない」などというような粗雑な判断基準は百害あって一利なし、本来避けられた破滅に人を突き落とすものです。
 しかもこの場合、別に債権者も裁判所も悪いわけではない,というケースも十分考えられます。
 裁判所の手続を悪用する詐欺の手口も最近は広報されていますが、「請求者は悪人でも何でもなく,債務者の状況が分からないまま単に請求しているだけ」というケースもあるので、「誰の責任にもできず最後は民事訴訟法が当然想定している自己責任として扱われてしまう可能性」は考える必要があります。

 そして、「封書の場合は…」「裁判所名義の場合は…」「はがき一枚の場合は…」などと細々場合分けして対応策を広めると混同が生じます。
 「無視!!」が広まると、例え隅っこに「裁判所と思われる組織からの場合は相談!!」と書いてあっても「無視!!」だけが印象に残ることになりかねません。

 その意味でも、架空請求かな?と思ったとしても,封筒に入った書面であるならば近くの交番でも役所でも相談に行くことを原則にしてください。

 そして交番も役所も、対照用の書式のサンプルを用意するなり、別途用意した本物の裁判所の電話番号に架電するなどして確認した上で「これは偽物」「これは本物」と教えてあげ、本物であれば弁護士その他への相談を勧めるようにすべきでしょう。

 もちろん最初から弁護士のいる法律事務所に相談に来ていただいても構いません。
 法テラスの援助対象の方なら実質無償で相談を受けられる法律事務所も多いと思われます。
 私個人は本物かどうかの見極めだけなら無料でやってあげてもいいと思っています。(これは弁護士によりますが)



 また、特に「裁判所・公的機関を騙る書類を送り付ける」のは刑法上公文書偽造罪にあたります。
 例え実在しない役所を騙っても公的機関と誤解させうる名義なら公文書偽造にあたるというのが判例ですから、警察が把握すれば刑事事件として動くべき案件でもあります(金払えと書いていないから詐欺ではない,実行の着手がなく未遂でもないと弁解される可能性はありますが、詐欺でなくとも十分公文書偽造です)。
 その意味でも、本物の裁判書類なら法律家に回せばよいし、架空請求ならそれを警察が把握することは摘発のために重要なことのはずです。




 どうしても誰かに相談するのが嫌なら、せめて送付されている書類に書いてある電話番号ではなく、自分で別途インターネットなどで調べた裁判所の電話番号に架電し、本物かどうかを確認するという手も一応あります(私のところに相談に来たら対応はそれになります)。
 しかし,よほど自信があるのでなければ「架空請求だと決めつける」ことだけはせず,相談に来てほしいのです。






最終更新日  2020年06月22日 22時30分06秒
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2020年06月02日
テーマ:ニュース(86511)
まずはこちらの記事を。

ベトナム人殺人事件 裁判所が勾留却下

先月5日、富山市の側溝でベトナム人技能実習生のグエン・ヴァン・ドゥックさんが遺体で見つかった事件では、同居していたベトナム国籍の技能実習生、ゴ・コン・ミン被告(20)が死体遺棄の罪で起訴されました。

 ミン被告の弁護士によりますと死体遺棄容疑の逮捕前、6夜にわたってミン被告を県警が手配したホテルに宿泊させ、長時間の取り調べをした違法な捜査だったとして準抗告し、富山地裁が勾留を取り消したということです。

 県警はその後、殺人容疑でミン被告を再逮捕・送検し、地検が勾留請求をしましたが、富山簡裁は再び却下しました。地検の準抗告も棄却されたということです。殺人容疑に関しては今後、任意で捜査を続けます。




 読んでみた感想は、
「富山県警ってバカなの?
これを指揮した警察官はどうやって警察官の採用試験受かったの?
捜査担当した警察官はせめてヒラ巡査くらいには降格処分して今後の捜査から外さないとダメだろ?」

です。

 「任意」と称して被疑者を宿泊させて帰さず連日連夜取り調べる。
 これは、逮捕や勾留の厳格な期間制限を潜脱するばかりか、被疑者は逮捕されていないので国選弁護人を依頼することもできず、下手をすれば自分が何の罪で取り調べられているかすらもわからず、孤立無援の状態に置かれます。
 
 皆さんは氷見事件と呼ばれる事件を知っているでしょうか。(wikipediaはこちら
 連続性犯罪を犯したとして無実の男性が有罪判決を受け刑務所に服役した件ですが、実はこの事件の冤罪の構図も、「任意捜査」と称して逮捕せずに連日取り調べ(流石に宿泊はさせていませんでしたが)、結局男性は虚偽の自白に追い込まれ、後日偶然真犯人が見つかったことで冤罪が明らかになりました。
 富山県警は、逮捕前の任意捜査で自白するまで取り調べるという捜査手法が冤罪を招くということはこの事件で嫌と言うほど学習しなければならなかったはずです。

 司法試験の受験生なら任意捜査の適法性と言うことで高輪グリーンマンション事件を思い浮かべる方も多い(実際私も真っ先に高輪グリーンマンション事件を思い出しました)と思いますが、当事者が富山県警であるという点で、あえてこの事件については氷見事件から切り込みたいと思います。

 つまり、氷見事件と同じ富山県警が、同事件で無実の男性を虚偽の自白に追い込んだ捜査手法をもっと危険・悪質な形で導入しているという事態には驚愕の一語です。
 まして、今回の被疑者はベトナム人です。どれだけ日本の法令に詳しいか、日本語ペラペラかはわかりませんが、年齢からすれば到底自分で適切に弁解することは望めないとみるべきでしょう。
 しかし形式的には逮捕も勾留もされていないため、彼は捜査対象の殺人事件について国選弁護人を依頼することすらできず、金がなければ私選弁護人も頼めず、殺人事件に関して適切な弁解など出しようもありません
 実は無実なのか、正当防衛の類など適切な弁解がある案件でも(死体遺棄では起訴されているそうですが、正当防衛の類だとしても死体を見れば怖くなって遺棄してしまうことは別におかしくない)、日本語もわからず日本の法律もわからない被疑者は出しようがなく、孤立無援に追い込まれます。

 日本生まれ日本育ちの氷見事件の男性ですら虚偽の自白に追い込まれたというのに、日本語すらわからないベトナム人の被疑者がこれで真実を話すと考えているのならば、ただのバカと断じてもいいでしょう。(県警がどうやって通訳を確保しているのかもそれはそれで興味がありますが…)



 こうした警察の「任意捜査を利用して国選弁護人もつかないままに先行して自白を取る捜査方法」に対しては、今回の富山簡裁に限らず、日本中の裁判所が断固たる措置をとるべきと考えます。
 重大な事件だからなどと言って許してしまうと、なし崩し的に捜査の原則が骨抜きになってしまいます。


※※追記(6/5)※※

県警幹部曰く(​こちら​参照)
「殺害現場となった自宅のアパートにゴ被告を戻すことはできず、県民の安全のために今回の措置を取った」

 見苦しい弁解にもほどがありますね。
 もしかしたらこの県警幹部は直接は関与しておらず、士気維持などを踏まえて「現場の暴走」に必死に理由をつけているのかもしれませんが、まったく理由になっていないと思います。
 せめて裁判所の認定は事実誤認だとかいうならまだ話も変わったのでしょうが…
 私がこの件で今の所検察官に矛先を向けていないのも警察の暴走を尻拭いさせられている可能性を考えているため(警察が暴走したからと言って勾留の必要性が消滅するわけではないと思われます)ですし、検察官もまさか特別抗告状に「県民の安全のため」なんて書いてはいないと思いますが…

 刑事訴訟法に定められた逮捕要件が整っていないなら、県民の安全でも被害者の安全でも被疑者当人の安全でも逮捕してはいけません。
 しかし、住所に戻れず固定住居が用意できないなら刑事訴訟法60条1号に当てはまりますし、6日も延々調べ続ける程度の嫌疑があるなら、それで十分逮捕状も取れるでしょう。
 たったそれだけの簡単な結論なのです。
 なお、被疑者当人が自殺しかねないなら警察官職務執行法上の「保護」の手続を使います。

 しかも、「どうしても住む場所がないから住居を準備してあげた」ならその間取り調べをしなければよかった訳ですが(普通なら役所の福祉課や国際課にでも連れて行くのが限界だと思いますが)、実際にはずっと監視下で取り調べを行ったと認められています。
 
 現在最高裁に特別抗告ということですし、最高裁は「これらの取り調べは違法」とは考えつつも「事案の重大性や必要性」などと理屈をつけて「取調べは違法だが勾留は認める」というような結論を出す可能性も正直あると思います(要は私が最高裁を信用していないということです)。
 
 重大な事件で事件が重大だとかで勇み足に緩い対応をとってしまう。
 私が弁護人なら「絶対許さん!!」と噛みつきます。
 しかし、私が裁判官だったら、「ちょっとした勇み足、事案も重大だし、当人も抗議してないし別にいいじゃん?」というような対応を取りたくなる可能性はあると思います。

 しかし、「本当はダメなんだけど今回だけだよ…?」という対応をとった結果、そういった例外的な対応が「標準」になってしまい、なし崩し的にさらに踏み込もうとする事例が現れ、原則が歪められることはよくあることです。
 前記した​高輪グリーンマンション事件​も、「本来よくないんだけど、重大事件で必要があったから見逃す」という判決で、それが今回のようなより強烈な事態、しかもそれで社会的に注目を集めた冤罪を出した県警が性懲りもなく繰り返し、弁解にもなっていない弁解をマスコミに堂々とコメントするという救いようのない事態を招いたと思います。
 高輪グリーンマンション事件​では、二人の裁判官が「違法である」と反対意見を書き、その理由に「捜査官が、事実の性質等により、そのような取調方法も一般的に許容されるものと解し、常態化させることを深く危惧する」と書いていました。
 反対意見の示した懸念が的中してはいないでしょうか。


※※追記(6/10)※※

最高裁も特別抗告を棄却したと報じられました。
第1次追記のような懸念が当たらなかったことは何よりです。
富山県警もこんなくだらない手法を使わず堂々と逮捕状を請求していればこんな問題にはならなかったでしょうに…

ただ、公判になった別件死体遺棄での勾留はされているそうなので、そこで被告人の恐怖心などに付け込み、「任意」と称する取り調べを延々と継続してくる可能性はあります。
そして,公判裁判所が任意捜査で殺人の追起訴を待つために公判を延々と開き続け、いつまでも追起訴を待っているようなことが許されると、結局こうした違法捜査と同じ結果を出来させることになりかねません。

その場合、下手をすると「殺人について逮捕・勾留されていた方が国選弁護人がついて期間制限もある分マシだった」という事態になるリスクさえもあります。
特別抗告まで棄却されたような状態でなおも「任意捜査」など怖くてやれないのではないか…と思いたいですが、そんなのにビビる神経があるなら最初からこんな取り調べ自体やらないと思われますので、やはり今後は予断を許さないことには変わりないと思います。

こういった捜査手法に対して裁判所が本当に厳格な対処をするかどうかについて、特別抗告の棄却は通過点に過ぎず公判裁判所の審理まで含めて判断する必要があると思います。






最終更新日  2020年06月10日 18時38分51秒
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2020年06月01日
テーマ:ニュース(86511)
朝日新聞で、2年で時効なのに、14年分の債権を請求し、それが裁判所で通ってしまった例を扱っていました。


 時効には、「当事者の援用」が必要とされています。(民法145条
 当事者が「この件時効です!」と言わないと裁判所としては例え時効期間が経過しても時効と扱うことができないのです。
 裁判官が内心「主張すれば時効で請求の大半を認めないのになぁ…」と思っていたとしても、当事者の主張がなければ時効だから債権が消えた!と言うことにはできません。


 裁判所から当事者に主張立証を促す「求釈明」もあります(民事訴訟法149条)が、中立性を維持する要請上時効のように一発で勝敗が決まってしまいかねない事項を求釈明するのは問題があるという意見もあります。
「弁護士に相談した方がいいよ、弁護士会とか法テラスの連絡先はここだから」くらいに匂わせるのがおそらく裁判所の限界であり、それでもなお「お金かかるので弁護士は頼まない」で押し切られれば裁判所もお手上げでしょう。

 私個人として、この自治体の対応には正直かなりの違和感があります。
 ただ、これはあくまで個人的な違和感に過ぎず、町側があえて教えてあげる義務があると言えるかと言うと…少なくとも私には義務があるとは思えません。
 なぜ相手に自分の権利を捨ててまで有利な方法をあえて積極的に教えてあげなければいけないのかとなればそうした義務を裏付ける根拠は必要でしょう。
 私には、その根拠が見つからないし、記事の弁護士も具体的にそういう根拠を持っているわけではなさそうです。


 もちろん、請求側が相手からの回収のためなら何をやってもいいという訳ではないと思います。

「弁護士などに相談したら強硬手段に出ると申し向けて孤独に追い込み、時効について知る機会を妨害した」
「即答以外認めない!即答しなければ即座に裁判申し立てて強制執行、払えなければ家屋敷追い出して家財道具全没収!!と申し向けて相談の機会さえ奪った」
「時効期間について嘘を教えて時効主張そのものを断念させた」


 とかなら裁判を受ける権利や弁護士を依頼する権利の侵害などを根拠に違法と評価できると思います。
 実際、夜中に相手方に突然ファミリーレストランでの直談判に連れ出してその場で判をつかせた弁護士は業務停止の懲戒処分になっています。(以前の記事参照

 しかし、淡々と裁判手続を使って請求しただけである限り、特に権利を侵害したという訳ではなく自治体の対応に問題があるとは言えません。




 個人的に、「時効には援用が必要である」という法律の規定が一番問題であるようにも思います悪徳業者に使われている面も否定できません。

 例えば、知識に乏しい人たちなどは請求されても「援用」などと言うことに思いが至らないばかりか、弁護士に「請求されたら援用しなさい」と言われていてもいざ請求された時にはすっぱり忘れてしまい、業者の言いなりに払ってしまうこともあります。


時効には援用が必要である
→時効を援用しないという期待を抱かせることがあるなら時効援用は信義則違反
時効でも一部払ったら時効援用権は喪失!


なんて解釈はその最たるもので、一部の金融業者はこの解釈をしばしば悪用します。
債務者宅に突如押し掛け、弁護士や消費生活センターなどに相談する暇も与えずとにかく一部でもいいから払って!!と迫り、帰ってもらうために払った数千円の小金を盾に時効援用権を喪失したという主張を平気で出してきます。(一応これには裁判所も救済するケースがありますが)

 時効に援用を必要とする趣旨は、債務者の時効に頼らない意思の尊重などとしばしばいわれます。
 しかし、現実には債務者の意思の尊重としてではなく、単純に無知、あるいはパニックに陥った人たちが適切に対処できないことにつけこむことに使われているというのが実情ではないでしょうか。
 少なくとも、時効に頼るくらいなら払った方がマシだ!なんて債務者は私の知る範囲で見たことがありません。



 


 最後に、請求を受けたならば例え身に覚えがあって払う必要がありそうだと思ったとしても、一度は弁護士に相談に来てください。
 生活が苦しいようなら法テラスの援助制度で無料相談になる可能性もありますし、自治体などが無料の弁護士相談をやっている例は多いです。
 結果的に状況が好転しない可能性はありますが、せっかくの権利を放り出すよりはずっといいはずです。






最終更新日  2020年06月01日 21時03分20秒
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2020年05月05日
ダウンタウンで有名な松本人志氏が、後輩芸人に100万円を無利子で貸し付けることを表明しているそうです。

お笑いコンビ「トレンディエンジェル」の斎藤司(41)が4日、ブログを更新し、同日付スポニチが報じた「ダウンタウン」松本人志(56)の後輩への計最大10億円貸し付けプランに「ほんとにすげぇぜ松本さん。器がデカすぎる」と感謝をつづった。所属の吉本興業にも「めちゃくちゃサポートしてくれてます」と、休業補償など十分な対応を受けているとした。

 松本はツイッターで「善意にケチを付ける人たちがいます」と切り出し「それは寄付や義援金をしたい人たちの心を削ります。そして回り回って自分や自分の大切な人たちをも救えなくなるのです」と警鐘を鳴らした。



 しかし、私はこのニュースを聞いた瞬間「これ、貸金業法大丈夫なのか?」と感じました。
 

 本件で松本氏がどこまで考えているか、どんなスキームを考えているのか、実情は不明です。手法によっては違法であるとは限りません。
 松本氏もそこまで踏まえ、見通しがついた上で話した可能性もあると思います。
 ただ、似たようなことを考えた篤志家の皆さんもいるかもしれず、気を付けてほしいので松本氏が今回特に何も考えずに貸付をしていたらどうなるか、と言う視点からこの先を書き記します。

 貸金業法2条では
この法律において「貸金業」とは、金銭の貸付け又は金銭の貸借の媒介(中略)で業として行うものをいう。(後略)


更に、3条では
貸金業を営もうとする者は、二以上の都道府県の区域内に営業所又は事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては内閣総理大臣の、一の都道府県の区域内にのみ営業所又は事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては当該営業所又は事務所の所在地を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない。


となり、11条1項で
第三条第一項の登録を受けない者は、貸金業を営んではならない。


とされます。
そしてこれに違反すると47条2号によって

次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
二 第十一条第一項の規定に違反した者


重い刑罰が設定されています。

 「業として」に当たるか否かは個別の事案に応じて非常に難しい所で、裁判で弁護するということになれば当然そこが最大の争点になる可能性が高いと思います。
 ただ、少なくとも無利子であれば業に当たらない、とは解釈されておりません。
 こちらのHPに詳しい所ですが反復継続の意思と事業的規模の2つが必要と解釈されています。
 単なる個人間の一回的な貸付に貸金業法は出てきません。
 たまたま金持ちが付き合いのある友人や労働者などに金を貸すというのがいくつか積み重なった程度では業には当たらないことになります。

 しかし、松本氏の貸付を例にとると貸付総額が想定10億、貸付が最大100万円と言うことになりますと、1000人以上を相手にすることが想定されていることになります。
 貸金業法上、資本面で言えば資本金が5000万円あれば貸金業の登録は受けられる(6条1項14号、同条3項)訳です。
 そうすると、松本氏の貸付を例にとった場合「業でない」と言う主張を通すのは正直なところかなり厳しい、少なくとも「業に当たる」と判断されてもおかしくないように思われるのです。


 実際、闇金融に限らず、諸々の業法に要求される登録を受けずに営業する悪徳業者の類はしばしば「私たちは単なる個人間の取引をしているだけだ、業として行っているのではない」などと弁解してきます。
 大体、怪しすぎるので国民生活センターに照会をかけると日本のあちこちで似たようなことをやっているのがバレるので、流石にそうなれば裁判所も「業に当たる」と判断しますが…

 個人で免許を取ることがないまま10億円を1000人に貸し付けるのに踏み切り、それが業ではない個人的貸付とされると、悪徳未登録金融業者が大規模な貸付を行い、業法を守らない取立て行為や貸付を行った挙句、追及に「俺のやっていることは業としてのそれではない、特定の目標を持つ者に対する個人間の情誼による貸付だ」とかわす余地を与えてしまうことになりかねません。
 そうした未登録業者は、貸付の総量規制(貸金業法13条の2)や取立規制(貸金業法21条)などなど債務者保護の諸規制も及ばないため、債務者が危険にさらされることになります。

 貸し付ける側が個人的には善意であっても、悪徳業者が同じ手を使えば多くの被害者が生まれるという結果になりかねないのです。
 そして、そういうことを許さないために善意かつ内容的にも適法にやっている人にも形式的な免許を要求するのが免許制度と言うものです。





 今回のコロナ禍で多方面への貸付を考えている篤志家の方々は、法的にグレーゾーンを突っ切るのではなくぜひ貸金業の登録を行うとか、登録を受けた貸金業者の協力を仰ぐなどの形で真っ白な形で進めてほしいと思います。






最終更新日  2020年05月05日 08時13分53秒
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2020年04月22日
広島県知事が、政府の一律給付金を供出してもらって財源にするということを検討中と表明しました。


 広島県の湯崎英彦知事は21日、新型コロナウイルス感染拡大の緊急経済対策として国が行う現金10万円の一律給付について、県職員が受け取る分を感染防止対策などの財源として活用する可能性に言及した。

 県は21日、休業要請に応じる事業者向けの協力金について記者会見を開いた。湯崎知事は会見で「休業する事業者の支援だけでなく、感染拡大を防ぐために必要な事業もある」と指摘。「圧倒的に財源が足りない。どう捻出するかについて、給付される10万円を含めて聖域なく活用したい」とした。

県内の他の市町に同様の考えを呼びかけることについては「ない」と話した。
(日経新聞令和2年4月21日、リンク先)


 見た瞬間、私は「こいつどういう思考回路してるんだ」と思いました。
 脳内で閃くくらいならまだしも、公に表明することに問題を感じないという発想に驚きです。知事の周囲に止める人はいなかったのでしょうか?

 しかし少したつと、「こういう思考回路の人って、偉い人にも多いよな」ということに思い至りました。

 財源が足りないので何とかしたいという考え自体は知事として真っ当ですし、他の報道と照らし合わせる限り、一応は供出は任意と言うつもりのようです。
 しかし、国や地方自治体が金銭や財産権を受け取ることについては、強制とならないようにすることに非常に慎重な配慮が必要です。
 そうでなければ財産権を侵害することになってしまうからです。特に、役所のおひざ元で勤務する者も多い公務員に、財源まで指名して「そこから出して」と要求するのは、極めて強制の度合いが高い行為だと言えるでしょう。昇進や査定、職場環境に響くことを恐れざるを得ません。

 もとより国民から金銭をとるなら租税という制度があります。
 もちろん,その分租税法律主義の厳格な規制に服する(憲法84条)ことになりますが、その厳格な規制の下で正当化された課税である以上やむを得ないということになる訳です。


 ただし、これに近い発想で「いろいろ圧力はかけてるけど、本人が選択したんだ、あくまで自分たちが行ったことは説得にすぎないのだからあくまで自主的な選択だ」という思考は、実は法律家界隈でも公務所界隈でも珍しくもなんともない思考だったりします。

 例えば捜査機関や刑事の裁判官。
 逮捕された被疑者に対して行うのは大概が「任意捜査」です。
 被疑者は「捜査に応じなければ裁判にされるのでは?前科一犯になるのでは?刑務所に叩き込まれるのでは?」という恐怖に襲われた状態になっている場合が多いです。
 しかし警察も検察も裁判所も「そんな不安があったにせよあくまで捜査機関が行ったのは説得。この証拠は任意捜査の結果であり令状なんかなくたって構わない」という判断をしばしば行います。
 以前裁判所での身柄をとっている事件で追起訴の予定を破って裁判の進行を遅らせる検察官の話を書きましたが、これも「被疑者は閉じ込められ、捜査されてる件での弁護人がついてなくても捜査に応じていれば任意」という「任意」観が反映されています。「そんなの任意とはいえない」と裁判所が言うなら、検察だって怖くてそんな捜査はできず、毎度令状を取ってくるはずです。
 
 例えば貸金業者。
 法的手続に入ってとっくに消滅時効になっている財産を差し押さえますと通知してきます。
 債務者は驚き、家屋敷を追い出され家財道具も全部売り払われて場合によっては家族もろとも野垂れ死にするのではないかと思って工面できた僅かな金銭を支払います。
 そうすると、貸金業者は「一部払って返す姿勢を示した以上、後から時効不成立を主張するなんて言うことをころころ変える不誠実な野郎だ、そんな不誠実通るもんか、全額返せ!!」と主張してきます。
 一応裁判所も時効の援用は認めてくれる場合はそれなりにありますが、一部でも返した金を返しなさいとはまず言ってくれません。
 時効であることを知らずにわずかな金銭を支払ったのは「任意」という感覚でいるという訳です。

 例えばブラック企業。
 労働者を労基法(就業規則)上定められた労働時間をはるかに超えて拘束します。
 当然残業代が発生してしかるべきところですが、ブラック企業は「これは彼らがスキルアップのためにやっていた任意な仕事の結果であって拘束してないよ」と主張してきます。
「むしろ電気代などを払って場所を開放してやってるんだからその費用を払ってほしいくらいだ」とホワイト面することさえあります。
 「残らなければ懲戒処分するぞ」「規則に残れと書いてある」くらいでなければ「任意」だという感覚なのです。

 北九州で生活保護受給者が「オニギリ食いたい」と書き残して餓死した事件。
 この受給者は生活保護を途中で辞退しており,市の担当者は検証委員会の聴取に「受給者が自分から生活保護辞退届を書いたんだ」と言い張りましたが、受給者が死んでから見つかった当の受給者の日記には
「せっかく頑張ろうと思った矢先切りやがった。生活困窮者は、はよ死ねってことか」
「小倉北のエセ福祉の職員ども、これで満足か。貴様たちは人を信じる事を知っているのか。3 月家で聞いた言葉忘れんど。市民のために仕事せんか。法律はかざりか。書かされ印まで押させ、自立指導したんか」

 と書いてありました。
 少なくとも、彼は「餓死するような状態なのに、生活保護を辞退するような何か」があったことは確かですが、担当者はこれも「自分から書いた」という認識なのです。(受給者がうつ状態だったので気づかなかった可能性があるのは確かですが…)



 裁判官や検察官、その他公権力の上位にある者は相応に努力ができる人、知識のある人なので、上記程度なら「嫌なら断る程度のものだから任意だ」という感覚の人が多いのかもしれません。
 こうした広島県知事の「現実に10万円を供出しても、それはあくまでも任意なんだから問題はない」という見解も日本のあちこちにある「任意」の感覚と照らし合わせると、「ある意味普通の言動」とも思えてきます。

 公権力が絡めば全て強制だということで統制することも流石に現実的とは思えず、どこかで線を引くこと自体はどうしても必要になります。
 私が広島県知事の思考回路を疑っていることは今でも同じであり、財源確保が必要であるにしてもこの方法はダメだという主張は全く変更はありません
 ただし、権力側の考える「任意」の線引きとして、この知事の感覚は意外と一般的な感覚に近いということは、知っておいた方がいいのではないでしょうか。






最終更新日  2020年04月22日 12時21分57秒
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2020年03月25日
カテゴリ:カテゴリ未分類
犯罪被害者(本記事では遺族含む)が、刑事裁判に参加する制度ができてもう12年ほどになります。
 犯罪被害者の皆さんは,参加することで自らの意見を裁判に反映させてもらう可能性が生まれるという訳です。

 今時、被害者のある犯罪なら、捜査機関側も被害者の処罰に関する事情は聞いた上で調書に録取し、処罰感情は裁判所に伝えられるようにしています。
 私は基本的に刑事弁護人側ですが、被害者の調書にはほぼ100%処罰感情に関する記述が出てきます。
 
 ただ、処罰感情に関する記述は捜査機関を介した伝聞という形にならざるを得ません。
 また、事件にもよりますが処罰感情を伝えると言っても調書の中で数行書くくらいがせいぜいのことが多いです。
 その意味でも、そういった捜査機関の運用と別にして,被害者の方々が直接参加する制度には被害者保護の視点から一定の意味を見出すことができます(刑事弁護人的な視点からの懸念は相応にあれど、本記事での主眼ではありません)。
 被害者参加制度の対象犯罪としては、「故意の犯罪行為による被害者死傷事件」「強制性〇等の性犯罪」「逮捕監禁罪」「略取・誘拐の罪」「過失運転致死傷罪」などがあります。(刑事訴訟法316条の33以下参照。〇は制限に引っかかるため伏字)


 ところが、この被害者参加制度を骨抜きにしてしまう事態が生じています。
 それが略式裁判制度です。

 略式裁判制度の概略は以前こちらの記事にも書いていますが、要は被疑者の同意の下、裁判官が検察から送付された書類を見ただけで審理する裁判形式になります。公判(公開法廷で当事者・検察官・弁護人が出頭しての裁判)が開かれず、裁判官が検察から送付された書類を見ただけで、罰金刑(罰金・科料以外は言い渡せない)を言い渡して終わることになります。

 略式裁判制度そのものは、特に争いのない軽微な事件に、裁判のためのソースを割かせないと言う見地から私は良いことととらえています。
 本当に罰金刑が相当であるのか、という問題点もあるのですが、そこについては本記事では検察・裁判実務を信用します。

 しかし、被害者参加制度が認められている状況下で略式裁判が用いられた場合、「被害者として見れば自動的に被害者参加をすることができなくなってしまう」という問題が生じます。

 略式裁判において被害者参加ができるかについて法律の規定に明文は見当たらないものの、私は被害者参加は認められないものと考えています。
 また、仮に認められると解釈したところで、略式裁判は起訴されてから1日程度で略式命令まで出てしまうのが通例のため、参加の意思を表明した時点ではもう裁判自体終わっている可能性が高くなります(起訴前に参加しますとあらかじめ通知しても有効な意思表示にならない)。
 仮に終わっていなかったとしても略式裁判の場合は公判自体が開かれません。
 従って、被害者参加人は公判に出席できず、証人・被告人質問もできず、処罰について意見陳述もできずということになり参加にほとんど意味がなくなってしまう可能性が高いでしょう。


 裁判所が「略式裁判を使うのは不相当なので略式ではなく正式裁判にする」という決定をすることは許されている(刑訴法463条1項。電通の労基法違反の事件などで使われました)ので、そこが一応の歯止めにはなりえます。
 しかし、検察も被告人もそれでいいと言ってるなら…という視点からこのあたりのチェックは甘いと言わざるを得ないのが実情です。
 平成30年司法統計だと略式裁判は22万6000件ほどが係属しているのに対して、正式裁判を相当としたのは僅か34件。6500件に1件くらいです。
 もちろん、被害者参加対象事件においても同様で、過失運転致死傷事件は41000件ほどあるのに対し、略式不相当で正式裁判に回した事件はわずかに9件、4500件に1件でした。
 令状自動発券機だと揶揄されることも多い裁判所による逮捕令状ですが、それすら平成30年で請求9万件に対して却下57件で、およそ1500件に1件です。(しかも却下以前に前裁きしていると言われそれを入れるともっと率は上がる)

 むろん、被害者・遺族全員がせめて法律の許す限りの厳罰希望、被害者参加でも何でもする!!という訳ではないにせよ、流石にこの率になると「被害者側の意向が考慮されて略式不相当・正式裁判になっている例はないか、あったとしても非常に少ないのでは」という疑念は生じます。
 私自身、そういった被害者側からの意向が無視されてしまったと思われる件に接しています。
 (その件に接するまで検察は被害者の意向が強い件は略式にしない運用をしていると勝手に推測していました)
 

 しかし、本当に罰金が適正な処罰なら正式裁判にした上で罰金を求刑すると言う方法もあるにもかかわらず、裁判のスムーズ化という都合で被害者から参加する権利を事実上奪うことは果たして適切でしょうか。
 被害者参加制度の導入は、参加に伴う負担はある程度はやむを得ないという考え方が前提ではないでしょうか。被告人の略式裁判への期待は、そこまで保護すべきものでしょうか?
 参加させるために裁判をすると本来不要な被告人の身柄拘束が必要になるまたは長期化する、と言うことなら略式でやらざるを得ない(流石に刑事弁護人としてそこは譲り難い)かと思いますが、元々罰金求刑の件なら、被告人を釈放した上、自宅から裁判所に出頭してもらう在宅事件として扱うことも問題なく可能なはずです。
 

 そんな訳で、私としては、被害者参加対象事件については,

・罰金相当事案であっても略式裁判にはせず正式裁判で罰金を求刑する。
・略式裁判による罰金刑にする場合には被疑者段階において被害者が参加する意思を持っていないことを積極的に表明しているような事案に限る。無論、その場合には検察の方で被疑者段階から参加制度につき被害者に十分な説明を行う。
・裁判所も前記した被害者側の意思表示がある件以外が略式裁判にされた場合には略式不相当として正式裁判に移行する。


というような実務を定着させるべきではないかと考えています。
 


 ちなみに、「略式裁判されるくらいなら不起訴になった方がまだいい」、という考え方もあります。
 もちろん不起訴も問題ですが、この場合には被害者は検察審査会に申立てをし,その中で被害者は検察審査会に見解を求めることができます。
 検察審査会は検察の「不起訴処分」について審査する組織であるため,検察審査会は略式裁判の場合「検察が略式であっても起訴している=不起訴処分に当たらない」ということになってしまい、審査する権限を持っていないのです。
 つまり、略式裁判に納得できないからということで検察審査会にもっていっても、検察審査会は法律上門前払いしかできず、被害者側の不服は行き場を失ってしまうことになるのです。






最終更新日  2020年03月25日 23時00分05秒
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2020年03月04日
田代まさし氏が、またしても覚せい剤で有罪判決を受けました。(こちら参照
 ここで一部執行猶予と言う判決が使われたので,ちょっとだけこの制度について解説したいと思います。
 


 まず,通常の執行猶予について。

 例えば,懲役2年,執行猶予3年の判決を言い渡されたとしましょう。
 この場合,判決が確定した後被告人はすぐに服役をする必要はありません。
 判決が確定したあと3年間罪を犯さなければ,懲役2年の部分はなかったことになります。
 しかし,3年間の間に罪を犯すと、懲役2年+新たに犯した罪で服役をしなければならない可能性が高いことになります。
(もっと細かい場合分けも色々ありますが,本記事では割愛いたします)


 では一部執行猶予はどうでしょうか。

 田代まさし氏の判決は「懲役2年6月、うち懲役6月を保護観察付き執行猶予2年」ということだったのでこの判決をベースに説明します。
 この場合,判決が確定すると田代氏は2年間服役をすることになります。
 そして2年の服役が終わると釈放されて2年間保護観察付きの執行猶予ということになります。
 そして釈放後2年間のうちに罪を犯すと懲役6月+新たに犯した罪で服役をしなければならないことになります。




 田代まさし氏が覚せい剤を繰り返してしまっているのは有名な話です。
 執行猶予判決も,一度服役したら刑を終えて5年間は言渡すことができないのが刑法の原則です。(刑法25条1項2号。田代氏の場合、最後の刑期を終えてから5年以上経っているのではないかと思われますが,この先は解説用という事でご理解願います)
 一部執行猶予でも,本来その例外ではありません。


 ところが,覚せい剤などの薬物を自ら使用する犯罪の一部執行猶予についてはこの5年間は言渡すことができない原則が緩められています。
薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律、以下「薬物犯執行猶予法」と呼ばせていただきます」)


 何でそんな規定になっているのか,薬物犯執行猶予法の第1条にはこう書いてあります。(下線筆者)


この法律は、薬物使用等の罪を犯した者が再び犯罪をすることを防ぐため、刑事施設における処遇に引き続き社会内においてその者の特性に応じた処遇を実施することにより規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑み、薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関し、その言渡しをすることができる者の範囲及び猶予の期間中の保護観察その他の事項について、刑法(明治四十年法律第四十五号)の特則を定めるものとする。



 今の日本の刑法においては,実は実刑になったとしても、釈放後について被告人を監督する仕組みがありません。
 例えば覚せい剤から足を現わせるカウンセリングなどを強制的に受けさせることはできません。
 被告人の自助努力に丸投げ状態なのです。
 家族や勤務先などが支援してくれればいいですが、家族の行方が分からない・見放された,勤務先なんてない,手持ちの資金もないという被告人の方が多数派です。

 行き先がない被告人の場合には更生緊急保護と言うような制度もありますが、これも「行き先がない人にとりあえず住居や生活を提供する」仕組みであって「薬物から足を洗わせる」仕組みではありません。


 そして、覚せい剤を大量輸入したとか売人組織のボスだったとでもいうのならともかく、覚せい剤を自分で使っただけで未来永劫刑務所に入れておくのは現実的とは言えません。
 一方で、刑務所に入れたら覚せい剤がやめられるか,2年服役でやめられないなら3年服役すればやめられるかと言えば答えはノーです。
 むしろ服役期間をむやみやたらに伸ばすよりもいったん社会に出した上で、社会に出た後に国家の監督の下で覚せい剤から足を洗わせるための治療やカウンセリングを受けさせた方が効果があるのではないかと言う考え方が登場しました。

 そこで、薬物犯罪についてはむやみやたらに服役期間を延ばすよりも、本人のために覚せい剤から足を洗わせるプログラムを受けさせるのがよいのではないかという考え方が強くなり、薬物犯執行猶予法が平成25年から施行されました。

 一部執行猶予期間中には保護観察がつけられ、逃げたりすれば執行猶予取消・刑務所に逆戻りになります。
 少なくとも社会に出たとたんに本人の自助努力に丸投げと言う事態にはなりません。
 この期間を使って社会の中でいかに覚せい剤から足を洗うかを専門家のカウンセリングの下で身につけさせるというのが、この一部執行猶予制度の趣旨であると言えるでしょう。



 私も薬物犯執行猶予法施行以前なら旧来ならば全て実刑不可避な被告人に対して一部執行猶予を取った件はいくつかあります。
 裁判官によって使う使わないに温度差を感じることもあります。
 平成25年から始まった制度であることを考えると、どのくらいの成果が出ているのかはまだ分からないのではないでしょうか。(刑務所の釈放後5年以内再入率が目安になると思いますが制度が始まってから一部猶予になった被告人が5年経った件数が多くないと思われる)



 田代氏は薬物の啓発活動でも有名でした。
 田代氏の今回の再逮捕時には単に田代氏を貶すばかりでなく「覚せい剤ってここまで怖いものなんだ」と言うネットの意見も多かったように思いましたし、個人的にそのことを広めたいと言う田代氏の気持ち自体には嘘はなかったと考えます。
 その気持ちが嘘でなくとも負けるのが覚せい剤の誘惑なのです。

 こういう制度が何のために導入されたかと言う点でも田代氏の件が良い題材であったと思いますので,題材として使用させていただきました。
 更生は大変であろうとは思いますが、「どうせ更生しないに決まっている」と決めてかかれば更生できる人の更生すらも阻害してしまいます。
 一部執行猶予で得られた機会を有効に活用して更生して頂きたいと思います。






最終更新日  2020年03月04日 23時23分43秒
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2020年02月17日
カテゴリ:囲碁~碁界一般編
来週日曜日、日本棋院でジャンボ囲碁大会です。
 私も一応出場予定になっています。

 それはいいのですが、ちょうど、今コロナウイルスの蔓延が大きな問題になっています。
 国から不要不急の集まりをなるべく自粛するよう呼びかけがなされることとなりました。
 棋士の手合や碁会所経営者が碁会所を開店するうちはともかく、アマチュア大会であるジャンボ大会は基本的に不要不急の外出だろうと考えざるを得ないように思います。

 ジャンボ大会の場合、何百人もの出場者が一堂に会します
 しかも対局中何時間も向かい合ってじっとする上、狭い建物の中で皆で弁当を食べることまで一緒にすることが想定されています。
 コロナウイルスの感染経路は未だ不明のようですが、一般のイベントよりかなり感染の危険が高いものと考えざるを得ません。

 高齢者や未成年者、場合によっては小学生くらいの年代で感染した場合に危険性が高いと思われる年代の出場者も結構多い大会です。
 特に未成年者の場合は事態の危険性への理解が難しかったり、大人との混成チーム(囲碁教室系チームだといくつかある)では遠慮して「行かない」と言い出しにくいでしょう。

 アマチュア個人戦からはとっくに引退しているが昔の仲間と会えるジャンボ大会だけ出ている、という人も何人か知っています(学生タイトルクラスの実力だったりする)。
 そう言う人たちにとっては欠場は決断力がいるものです。
 また個人戦なら自分一人だけ我慢すればいいですがジャンボ大会の場合団体戦ということもあり、欠席がチームに及ぼす影響を考えてある程度なら体調不良さえも押して出場する人たちもどうしても出てしまうと思われます。
 

 国からも呼びかけられる状況に至った以上、ジャンボ大会の延期ないしは中止を日本棋院側で断行することも視野に入れるべきであると思います。
 「団体戦」という性質、さらに未成年者が多いなど個々人の自己判断に任せることが難しい状況下。
 楽しみにしている人や何とか当日の予定を開けるために苦心した人もいて、葛藤も多かろうと思います。
 チーム全員が「出ます!」と言ったら私も心が弱いので出てしまうと思います。
 
 棋院の決断が出ないのであれば各団体の幹事の皆さんが同様の決断をせざるを得ないでしょう。
 非常にしんどい決断になることと思いますが、事態を踏まえ、勇断を示されることを望みます。
 チームの皆さんから白い目で見られても、私はその決断を評価致します。






最終更新日  2020年02月17日 10時55分45秒
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2020年02月06日
裁判に関連する話ですが、まずピンと来る人の多そうな話題として漫画のネタを出しましょう。
 国民的漫画「ドラゴンボール」からです。


「ドラゴンボール」でなぜミスター・サタンは魔人ブウに挑もうとしたのでしょうか。


 サタンがセルゲームでセルに挑もうとしたのは、当時のサタンにはセルの力がほとんど分かっていなかったからです。
 しかし、魔人ブウ編の時点では、サタンは自分が魔人ブウ相手に勝負にならない、戦えば殺されることは分かっていたはずなのに、です。

 それは,サタンを救世主と信じる人々の期待です。
 サタンはセルゲームの時にセルと戦うと名乗りを上げ、更に戦後に自分がセルを倒したと名乗って人々を巻き込みました。
 結果、サタンは後に引けなくなり、魔人ブウに挑むことを余儀なくされたのです。
 
 ドラゴンボールの世界は色々物語補正が働いたのでサタンは死ななかったどころか本当に世界の救世主になりました。
 本当なら、さっさとチョコにでもされておしまいだったでしょう。



 現実の世界には,そうした周囲の期待に押されて破滅した人物として,ドナルド・クローハーストという人物がいました。

 彼は、ヨットの技術についてはほとんど素人同然であるにもかかわらず、世界一周無寄港ヨットレースに参加。
 この構図に人々は熱狂し、クローハーストを一躍時の人と祭り上げ、ヨット制作に大金を出資してくれた人まで現れました。
 しかし、クローハーストはヨットについては所詮素人でしかなく、レースに参加して自身の無謀を悟りました。
 クローハーストは、最初不正行為でヨットレースを完走したように見せかけようとしましたが、不正が到底無理であることに気づきます。
 そして、棄権することもできないまま、本部に嘘の連絡を重ね続けた挙句,ついには海に身を投げてしまいました。

 クローハーストのレース参加の見通しが甘すぎたことは確かですが、やっぱり無謀だった、すいませんでした、棄権します助けてと言えば、彼も命を失うことはなかったでしょう。

 なぜ彼にそれができなかったのか。
 それは地元で待っているスポンサーをはじめとする多くの人々の期待であったと言われています。
 クローハーストは、資金集めなどをする際に、ヨットの知識のない多くの人を巻き込んでしまいました。
 結果、自ら作り出したそう言った知識のない人の流れに自らが逆らうことが性分故かリンチ怖さかできなかったために、命まで捨てて逃げてしまった、というのです。
 周囲が祭り上げてしまったのも問題ではないか、という意見もありますが、ヨットレースについての知識がなかったのであればやむをえない面はあったでしょう。

 




 さて、裁判の話題です。

 私はいつか、裁判を舞台にしてこのクローハースト事件や魔人ブウに挑んだミスターサタンのように多くの人を巻き込んでしまい、酷い目にあう人が出てくるのではないかと危惧しています。
 たとえ自殺まで行かなくとも、裁判を棄権(取下げや請求の放棄)することができず、心に取り返しのつかない傷を負うまで戦い続けることを余儀なくされはしないか。
 そうした不安を抱くことがあります。


 裁判や紛争ごとになると、しばしば当事者が神輿やヒーローのように祭り上げられることがあります。
 当事者も、人にもよりますが最初のうちは気分も悪くないでしょうし、その動きに乗ってしまう人が現れます。
 そうすると、当人や身近な人、弁護士以外にも多くの人を巻き込んだうねりが出来上がります。

 しかし、裁判は疲れるものです。
 勝てる裁判であっても裁判をしている状態それ自体に疲れ果ててしまい、もう裁判自体やめたい、その覚悟すらできずに裁判自体諦めてしまうという方は決して少なくありません。
 裁判に疲れ果てて「負けたのは残念だが、判決が出たことでほっとした」程度なら、いくらでもいます。

 そして、当事者が裁判が進む中で形勢不利を悟らざるを得なくなることは常に視野に入れざるを得ません。
 ついつい針小棒大に言ってしまったが、相手の証拠から針小棒大が発覚した。
 全くの新論点であり弁護士も予想しきれない新たな法解釈が登場したなどというのが裁判の中で発覚することもあり、自分の見込み違いを悟らざるをえないことは起こり得ることです。
 勝敗が逆転するかはともかく、裁判で相手の言い分が出てきて見て「え?」という事件など珍しくもなんともありません。


 それでも、純粋に個人で起こしている裁判であれば、形勢不利を悟った当事者は訴えの取下げや請求の放棄という形で「矛を収める」ことができます。
 既に支出した弁護士費用や裁判費用は相応に無駄になりますし、費用がもったいなくて最後まで突っ走る(コンコルド効果)ケースもあるでしょうが、既に払った犠牲を諦めさえすればとりあえずそれ以上の費用の拡大は抑えられますし、関わり合う手間も抑えられます。
 あくまで裁判は個人のこと。自分の裁判をどうするかは自分で決められるのです。
 弁護士も、アドバイスはしますが当人のそうした意向を踏みにじることは基本的にしません。
 訴訟が明らかな無理筋になったなら,弁護士からのアドバイスをするもなじみやすい所です。

 ところが、多くの人を裁判に巻き込んで形勢不利を悟ったときに、当事者は金銭を捨象して「後に退ける」でしょうか。
 法律的には後に退けますが、周囲のうねりが出来ていると後に退くことはそれ自体に前進以上の度胸が必要になります。
 そうした度胸といった精神的な要素については、個人差が大きすぎて弁護士でも踏み込んだアドバイスは難しくなりますし、「あなたの精神が持たないから弁護士の方で勝手に裁判を引っ込めました」なんてことが許される理由はないのです。


 そうして後に退けなかった結果が棄権できずに自殺したクローハーストであり、魔人ブウに挑んだミスターサタンです。
 後に引けなくなって勝てる見込みがないままの裁判に控訴・上告をせざるをえなくなる。
 当然疲労困憊、時には経済的負担も追加されます。

 多くの人を巻き込んでしまった裁判がダメだったとなれば、当事者はいよいよ追い込まれます。
 たとえ99%から同情的に見られても、残り1%が口汚く当事者を「不利な事情を隠して俺たちの金を取ったな!詐欺師め!」などと罵れば、1%の罵声の方が響くものです。
 そうして後に引けなくなって逃げ場を失った当事者は最後には命を断つとか失踪するという形で「逃げる」のではないか。
 裁判が終わった後も裁判所が不当判決だと意気込む人もいるでしょうしもちろんそういう場合もあるでしょうが,裁判所のせいにすることで逃げているだけ…そういうケースもあるように思います。

 裁判に世論をはじめとする多数の人々を巻き込むのは,そういった精神に巨大な圧迫を受けるリスクと引き換えの行為だと考えます。



 最近、裁判の資金をクラウドファンディングで集める、と言う話題があり,それを使って裁判したい!!と言うような動きがあります。(クラウドファンディングでの集金は弁護士倫理上の問題も指摘されますが、そこは解決したものとします)
 弁護士の手弁当ではできることに限りがあり、当人に金銭がないならそういった手法があると言うのは「選択肢を広げる」と言う意味では決して悪いとは思いません。

 しかし、金さえあれば勝てると意気込んでいる当事者に、後になってとんでもない現実を突きつけることがあると言う裁判の性質からすると、個人的には裁判向けのクラウドファンディングは勧めない所です。
 裁判それ自体も覚悟のいる危険なことなのに、更にクラウドファンディングで多くの当事者を巻き込み、紛争の内実を大々的に公表することは、いよいよ「後に退けない」状況を作出します。
 そして、担当している弁護士も敗訴リスク前提にそれを説明しなければならず、そういった危険性から当事者を説得するのが難しい(勝てると意気込む本人に負ける危険を説くのは信頼関係を壊しやすい)所です。

 


 記者会見やクラウドファンディングで世論を巻き込もうとすることは危険であることをよく理解して頂きたいと思います。






最終更新日  2020年02月06日 17時44分40秒
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2020年01月07日
カルロス・ゴーン氏のレバノン逃亡で一躍話題になった保釈中の被告人の逃亡。
 保釈中の被告人の行動が問題になった例としてはPC遠隔操作事件もありますが、あれは「逃亡」とは異なります。(証拠隠滅に近い)

 ちなみに、保釈金を取り上げることは法律上「没といいます。
 「没だと厳密にはペケですが、意味的には似たようなものだし、意味が分からないという事にはまずならないので間違えたからと言って気にするほどのことはありません。
 法律家でも割とその程度の間違いはしている認識です。




 その上で一般論を語ります。

 いくら弁護人であっても、被告人を「裁判から逃がす」ことは許されません。
 例えば、警察の留置管理の隙をついて逃げる方法を教えるのを「弁護人は被告人を守るのが仕事だから」では正当化できないでしょう。
 弁護人の権利義務の範囲について争いはあれど、積極的逃亡援助は正当化不能という結論は争いがないだろうと思われます。

 他方において、弁護人は被告人に最大限有利に観察判断して法律上用意されている身柄拘束に関して、被告人の意向に応じて諸々の申立てを行う責任があります。(弁護士職務基本規程47条参照)
 「逃げません証拠隠滅しません」と言っている被告人の言動が嘘か本当か弁護人が「完全に」見抜くなど不可能な話です。
 私は神ではないので先のことを見通せませんが、「逃げる可能性なんて100%ない」と考えるのは「信頼関係が強固」とか「神の目を持った弁護人」ではなく「単なるノー天気」だと考えています。
 逮捕~起訴後すぐの場合、検察が収集して提出予定の証拠すら弁護人の手元にはない可能性が高く、弁護人にも被告人にも想定外の証拠があるという可能性もありますし、その時は強固な意志があっても釈放されると弱い方向にフラフラと行ってしまう人は後を絶ちません。
 (善悪は脇において)そう言う人間の弱さなんてありえない!と言う考えの人はぶっちゃけ弁護人どころか検察官にも裁判官にも向いていないと思います。

 逃げも証拠隠滅もしないと言っている被告人に,被告人を守る立場の弁護人が「君は逃げる」と決めつけるなど、弁護人が神の目を持つことを前提にしなければなりたちません
 弁護士は真実を尊重して職務を行うべきである一方(弁護士職務基本規程5条)、弁護士の信じるものなど所詮は限られた証拠や供述から得られる主観的真実であり流動的なものにならざるを得ず(検察もそれは同じ)、そこで神の目から見た真実を要求していてはそもそも弁護が成り立ちません。
 そんな能力が弁護人にあるなら、弁護人にあって裁判官にはないとは思えませんし、裁判官にそういう能力があるなら検察官も弁護人もいらないでしょう。人手が足りないなら検察官も弁護人も廃業させて全員に裁判官をさせればよろしい。
 もちろん、こんな制度設計多分どこの国でも採用していないし、手放しで称賛する人はそういないでしょう。そんな能力は絵空事だからです。


 私も当然保釈の申立をしますが、「私の保釈請求の内容が認められるべきでないものなら、ストッパー役の検察や裁判所が止めるだろう」という認識で申立てをします。
 私や被告人が法律上認められた異議申立をしたり、内心、あるいは誰にも聞こえない所で文句を言うことはあれど、少なくとも「保釈を認めない」という「守られるべき結論」はそれで出ていることになるのです。
 本当に保釈が認められるべきでないなら、検察がそこを目指して保釈不相当であることを論証すべきですし、または裁判所が保釈を認めない、あるいは逃亡を阻止するに足る保釈金を課すのが適切ということになります。
 ちなみに、「自分が裁判官だったら保釈通さなかったんじゃないかな」と思う被告人の保釈を申請して通したことはあります。(彼は逃げずに最後まで裁判を受けました)

 「自分の主張が100%正しい」というノー天気ではなく、「当事者(&弁護人)に保釈を請求する権利を認める」現行法制度において、「自分が間違っていたなら止められるだろうから申し立てる」は普通の考え方だと思います。
 制度設計を現在のままに、「弁護人の責任」を声高に主張する見解には何の説得力もありません。
 現在の制度設計を前提に現在の制度設計で動いており、違う制度設計なら違う制度設計で動くまでの話なのです。(制度設計そのものへの賛否は別論として)

 保釈申立について弁護人に責任があるとすれば、保釈申立に関して証拠を捏造・背信的な悪意を持って虚偽の事実を記載した(「真偽未確認だが被告人の言うことを信じた」は背信的悪意とは言えない)とかそれくらいだと考えます。
 なお,弁護士職務基本規程上も「虚偽証拠の提出」は違反(75条)となり、露骨な虚偽主張をしたことが懲戒となった例もあります。







 最後に長い余談ですが保釈に限らず、ゴーン氏の件に関連しそうな件で、個人的に問題だと思っている・思っていたことは個人的にいくつかあります。

 日本は特に否認すると保釈がなかなか認められない、人質司法だと言う批判はもう今更という所です。
 ゴーン氏が逃亡したとは言っても、平成30年の司法統計では保釈が認められた人のうち保釈が取り消されたのは100人に1人を切っています。
 ゴーン氏のように海外に逃亡して裁判がほぼ不可能になった例に限らず、正当な理由なき不出頭や連絡途絶、被害者に連絡を取ってしまう(謝罪目的のつもりが被害者を怖がらせてしまうなど)ように「裁判そのものは行えている」例を考えるとさらに率は下がるものと思われます。
 しかし、取消原因が逃亡・行方不明なのか証拠隠滅なのか被害者との連絡なのか再犯なのかすら統計が見当たらないので、こういった統計も取り、まずは正確な実情を把握する必要があると思います。

 保釈金の額が横並びであり,逃亡防止のために適切な保釈金を積ませているのか、親族の出す保釈金と本人の出す保釈金、保釈保証協会の出す保釈金と保釈金を出す主体が異なる場合でも横並びな保釈金でいいのかと言う問題もあります。
 ゴーン氏の保釈金15億円は、確かに歴代でもトップクラスに高い保釈金ですが、「ゴーン氏の逃亡防止のために有効な金額なのか」と言われると首をかしげる所があります。
 日本は保釈が認められないというけど,認めてる国だと「形式的には保釈を認めるけど、そういう国だと端から準備しようがなく身柄解放につながらない保釈金要求してる」「保釈金を貸し付ける団体があるが、警察よりきつく追っかけてくるので裁判所が信頼している」なんていう話も聞いたことがあります。
 裁判所や検察官・弁護人としても精緻な財産調査が難しいため、やむを得ない面も一応ありますが、保釈金額の設定の在り方(実務運用の問題)や保釈金以外に逃亡を阻止する方策(法改正も必要)もこのままでよいのかは問題と言えます。

 他方、なんで保釈を認めるべきかと言えば,一つには「長期化する裁判と身柄拘束の負担が大きすぎる」こともあるかと思います。
 拘置所にせよ警察の留置場にせよ,「それでもボクはやってない」で見る通り雑魚寝を強いられ、自由がないどころか電話もメールもネットも使えない。
 医者にかかることもたまに医者が来た時だけ。薬など弁護人すら差し入れさせてくれません。必要なら入院させるからと言いますが,その必要性の判断も素人判断になっている。
 さらに関係者が面会に来てくれるとも限らず、来てくれたところで厳しい時間制限がある(休日は面会させてくれない)。
 弁護人の義務もあくまで公判廷の弁護活動とその準備に過ぎず,例えば企業経営者が逮捕されて経営者がやることを全部代わってくれと言われても別料金、国選弁護人ならNoと言う対応になるでしょう。
 それでいて厳しい取調べが待っている。
 こういった環境に被疑者や被告人を置きっぱなしにしておくことが「無罪推定原則」「供述の任意性の担保」と言う見地からまずいことくらい、裁判所も分かっているのではないかと思いますが、かといってそこに大鉈を振るうこともできない(大鉈を振るう行為は、例え法律上可能であろうとある種の才能がいります)まま、ずるずると現状を追認して現在に至っているようにも思います。
 保釈はされていないが、外との連絡は取れ中は外と変わらない程度には快適、有罪になったらその時にバシッと処罰。
 身柄拘束の本来の「筋」はこちらであり、そうなっているならそこまで頑張って保釈を認める必要もないという立論だって立ちえると思います。
 要は身柄拘束環境の改善も、一つ解決すべき問題点であると考えます。


 また、刑事司法の適正な運用を出入国管理が阻害する、きちんと連携が取れないと言う縦割りこれ極まれりな問題点も、実は昔からありました
 重要な証人ということで裁判所も証人として予定していたのに入管の方が強制送還してしまい、もう証言が取れない。
 「強制送還が原因で証人尋問ができず、通訳を介した検察官調書(その通訳のレベルすらこんな有様)が証拠としてほぼ素通り」などと言う問題は何十年も前から指摘されていました(最三判平成7・6・20刑集49巻6号741頁など参照)。
 一審で無罪になったので釈放…して検察官控訴したいが、釈放された途端に強制送還してしまい、控訴審が開けない。(勾留することになるが、「一審無罪なのに?」「入管法の穴を勾留で埋めるな」という批判が当然飛ぶ)
 これらについて調整する法令の規定が乏しいため、縦割り行政で入管に出られれば裁判所としては厳格に法律を運用する限りなす術がないことも、大きな問題でしょう。



 今回出入国管理とゴーン氏の逃亡との関係については今後の捜査や全容解明を待ちたいとは思いますが、今回の件を契機に保釈・出入国管理と刑事司法との関係全般の問題点を見直してほしいと思います。






最終更新日  2020年01月07日 16時46分14秒
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