カテゴリ:法律いろいろ
今日ゼミ論文を書くために図書館で調べ物をしていたのだが、そこで知った話から。 85000円強 「強」がついているがこれが何の金額かお分かりになるだろうか。「季刊刑事弁護」と言う雑誌に掲載されていた、公判を3回開いた事件での「標準的な国選弁護の報酬」が86400円。ちなみに和歌山弁護士会の声明文では85200円と記載されている。変更されたのかどうかはよく知らないが、いずれにせよ85000円強が国選弁護の標準報酬と言うことになる。 刑事事件の弁護人や弁護士には、犯罪者の味方であるという認識が浸透しているためか、ひどい罵声が浴びせられることが多い。国選弁護は小遣い稼ぎなどと言う言いがかりはザラだ。 とある囲碁系掲示板を今日覗いてみたところ「死刑廃止すれば弁護士は楽になる」などと言うアホなことが平気でのたまわれていた。仮に廃止したって無期か有期か終身刑(死刑の代わりに導入すれば)かで思いっきり争われるのは見え見えなんだけど。 まあこうした例にも分かるとおり、弁護士と言うのはとかく槍玉に挙げられやすい職業だ。 国選弁護の報酬がそんなに高いだろうか。 確かに、公判3回で86400円なら、一見する分には安いように思える。公判といったところで何時間もするわけではなく、時給は万になると考えてもよい。それなら弁護士とはなんておいしい仕事なんだと思われる人もいるかもしれない。 しかし、国選弁護の世界の実情はこんなものではない。はっきり言って、弁護士の大半は「国選弁護など大嫌い」である。国選弁護だけ引き受けますという弁護士がいたら、きっと彼は神同然にあがめられるだろう。 福岡・大牟田の連続殺人事件で、福岡の弁護士会が国選弁護人をアミダくじで決めた、として一時騒がれたことがあったが、弁護士はそれくらい国選の刑事弁護を嫌がるものだ、ということだ。 というのも、刑事弁護と言うのは、公判のときにしゃべればよい、というものではない。 公判のときにきちんと弁護をするには、勾留されている被疑者・被告人と接見して話し合い、信頼関係を築かなければならない。事件によっては弁護人に対しても反抗的態度を取る被告人もいるそうで、そんなのに当たったら運のつきだ。 事務所に戻ったなら戻ったで、事件に関係する書類を作らなければならない。 場合によっては被害者と示談交渉をして量刑を被告人に有利に持っていきつつ、被害者の救済もしなければならない。 証人を呼ぶ、と言うことになればその証人と会って話をすることも必要だ。 保釈を希望するなら保釈請求のための手間や書類も作成しなければならない。 さらにコピー代や交通費、翻訳費用などの実費を忘れてはいけない。こうした実費も決して全額支給されているわけではなく、弁護士が持ち出す例が少なくない。 こうした諸々の費用をひっくるめて出される金額が85000円強という金額である。 国選弁護の報酬が安いことは昭和38年の裁判例で裁判官が認めてしまったこともあるくらいだ。さらに国選弁護が導入された1949年時点と比べても報酬は34倍だという。ちなみに裁判官の報酬は53倍、国家予算は116倍だそうだ。 では、公判をたくさん開けば報酬は増えるのか、というと確かに増えないわけではないらしい。しかしその分必要な手間も増え、裁判が長引くことは実際には国選弁護人にとっては非常な損失なのだ。 さらに、世間を騒がせた重大事件では、弁護を引き受ければ弁護人にも心無い攻撃がなされることが多い。真犯人より悪いやつなどと言う批判が弁護人に飛んでくるのはザラであり、引き受けるに当たって家族に相談する、と言う話もある。 また、弁護人にとって一番の収入源は定時収入になる企業の顧問弁護だが、そういう事件を引き受ければ、イメージの低下につながるということで顧問になっていた企業からお役御免をもらってしまう。 そしてとどめと言うべきは「国選弁護人はやめられない」ということ。 正確に言えば、国選弁護人は「私はやめます」と言ったところでやめることはできず、裁判所にいってやめる許可を取ってこなければならない。たとえ被告人が無茶なことばかり言ってきてついていけないからと言って、勝手に弁護放棄をすれば訴えられても文句は言えないのだ。 やめるのを認めて次の弁護人を呼んでを繰り返し、いつまでも裁判をやっているわけにはいかないので、やめさせてあげませんと言う判断がされることだってある。 というわけで、国選弁護の報酬が安いと主張する弁護士たちの言い分(一例としてこちら)は、切実な問題なのである。 これから司法制度改革で弁護士に求められる役割も増える可能性は高い。そうなったときに今のままでは手抜き弁護の量産になりはしないか。弁護士の精神論を語るだけではどうにもならない問題だ。 また、弁護士の法律相談と言えば30分5000円と言うところが多いが、これすら時給1万円と言うのは大嘘で実際には原価スレスレか原価割れだという。事務所の家賃をはじめとする維持費やスタッフの経費、弁護士会への登録料などが高くついているのだ。 先日の法科大学院の面接で知ったのだが、弁護士の多くは生活保護を受けてさえいるという。 こうしてみれば分かるとおり、執筆の機会に恵まれました、というような一部の例外を除けば、基本的に弁護士は儲かる職業でもなんでもないのだ。テレビに出てくるような弁護士など、本当に一部の恵まれた人物だけだ。 と言って、では検察官や裁判官になればというものではない。報酬面については確かにマシかもしれないが、日本中を転勤でうろうろと言う事だって珍しくなくなってくる。 多くの司法試験受験生は、1年も勉強していれば多かれ少なかれ弁護士のこうした事情を知ることになる。 弁護士をはじめ、法律関係職も大半は花形でもなんでもない下積みなのだ。
最終更新日
2005年12月07日 15時35分17秒
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