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碁法の谷の庵にて

2020年02月06日
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裁判に関連する話ですが、まずピンと来る人の多そうな話題として漫画のネタを出しましょう。
 国民的漫画「ドラゴンボール」からです。


「ドラゴンボール」でなぜミスター・サタンは魔人ブウに挑もうとしたのでしょうか。


 サタンがセルゲームでセルに挑もうとしたのは、当時のサタンにはセルの力がほとんど分かっていなかったからです。
 しかし、魔人ブウ編の時点では、サタンは自分が魔人ブウ相手に勝負にならない、戦えば殺されることは分かっていたはずなのに、です。

 それは,サタンを救世主と信じる人々の期待です。
 サタンはセルゲームの時にセルと戦うと名乗りを上げ、更に戦後に自分がセルを倒したと名乗って人々を巻き込みました。
 結果、サタンは後に引けなくなり、魔人ブウに挑むことを余儀なくされたのです。
 
 ドラゴンボールの世界は色々物語補正が働いたのでサタンは死ななかったどころか本当に世界の救世主になりました。
 本当なら、さっさとチョコにでもされておしまいだったでしょう。



 現実の世界には,そうした周囲の期待に押されて破滅した人物として,ドナルド・クローハーストという人物がいました。

 彼は、ヨットの技術についてはほとんど素人同然であるにもかかわらず、世界一周無寄港ヨットレースに参加。
 この構図に人々は熱狂し、クローハーストを一躍時の人と祭り上げ、ヨット制作に大金を出資してくれた人まで現れました。
 しかし、クローハーストはヨットについては所詮素人でしかなく、レースに参加して自身の無謀を悟りました。
 クローハーストは、最初不正行為でヨットレースを完走したように見せかけようとしましたが、不正が到底無理であることに気づきます。
 そして、棄権することもできないまま、本部に嘘の連絡を重ね続けた挙句,ついには海に身を投げてしまいました。

 クローハーストのレース参加の見通しが甘すぎたことは確かですが、やっぱり無謀だった、すいませんでした、棄権します助けてと言えば、彼も命を失うことはなかったでしょう。

 なぜ彼にそれができなかったのか。
 それは地元で待っているスポンサーをはじめとする多くの人々の期待であったと言われています。
 クローハーストは、資金集めなどをする際に、ヨットの知識のない多くの人を巻き込んでしまいました。
 結果、自ら作り出したそう言った知識のない人の流れに自らが逆らうことが性分故かリンチ怖さかできなかったために、命まで捨てて逃げてしまった、というのです。
 周囲が祭り上げてしまったのも問題ではないか、という意見もありますが、ヨットレースについての知識がなかったのであればやむをえない面はあったでしょう。

 




 さて、裁判の話題です。

 私はいつか、裁判を舞台にしてこのクローハースト事件や魔人ブウに挑んだミスターサタンのように多くの人を巻き込んでしまい、酷い目にあう人が出てくるのではないかと危惧しています。
 たとえ自殺まで行かなくとも、裁判を棄権(取下げや請求の放棄)することができず、心に取り返しのつかない傷を負うまで戦い続けることを余儀なくされはしないか。
 そうした不安を抱くことがあります。


 裁判や紛争ごとになると、しばしば当事者が神輿やヒーローのように祭り上げられることがあります。
 当事者も、人にもよりますが最初のうちは気分も悪くないでしょうし、その動きに乗ってしまう人が現れます。
 そうすると、当人や身近な人、弁護士以外にも多くの人を巻き込んだうねりが出来上がります。

 しかし、裁判は疲れるものです。
 勝てる裁判であっても裁判をしている状態それ自体に疲れ果ててしまい、もう裁判自体やめたい、その覚悟すらできずに裁判自体諦めてしまうという方は決して少なくありません。
 裁判に疲れ果てて「負けたのは残念だが、判決が出たことでほっとした」程度なら、いくらでもいます。

 そして、当事者が裁判が進む中で形勢不利を悟らざるを得なくなることは常に視野に入れざるを得ません。
 ついつい針小棒大に言ってしまったが、相手の証拠から針小棒大が発覚した。
 全くの新論点であり弁護士も予想しきれない新たな法解釈が登場したなどというのが裁判の中で発覚することもあり、自分の見込み違いを悟らざるをえないことは起こり得ることです。
 勝敗が逆転するかはともかく、裁判で相手の言い分が出てきて見て「え?」という事件など珍しくもなんともありません。


 それでも、純粋に個人で起こしている裁判であれば、形勢不利を悟った当事者は訴えの取下げや請求の放棄という形で「矛を収める」ことができます。
 既に支出した弁護士費用や裁判費用は相応に無駄になりますし、費用がもったいなくて最後まで突っ走る(コンコルド効果)ケースもあるでしょうが、既に払った犠牲を諦めさえすればとりあえずそれ以上の費用の拡大は抑えられますし、関わり合う手間も抑えられます。
 あくまで裁判は個人のこと。自分の裁判をどうするかは自分で決められるのです。
 弁護士も、アドバイスはしますが当人のそうした意向を踏みにじることは基本的にしません。
 訴訟が明らかな無理筋になったなら,弁護士からのアドバイスをするもなじみやすい所です。

 ところが、多くの人を裁判に巻き込んで形勢不利を悟ったときに、当事者は金銭を捨象して「後に退ける」でしょうか。
 法律的には後に退けますが、周囲のうねりが出来ていると後に退くことはそれ自体に前進以上の度胸が必要になります。
 そうした度胸といった精神的な要素については、個人差が大きすぎて弁護士でも踏み込んだアドバイスは難しくなりますし、「あなたの精神が持たないから弁護士の方で勝手に裁判を引っ込めました」なんてことが許される理由はないのです。


 そうして後に退けなかった結果が棄権できずに自殺したクローハーストであり、魔人ブウに挑んだミスターサタンです。
 後に引けなくなって勝てる見込みがないままの裁判に控訴・上告をせざるをえなくなる。
 当然疲労困憊、時には経済的負担も追加されます。

 多くの人を巻き込んでしまった裁判がダメだったとなれば、当事者はいよいよ追い込まれます。
 たとえ99%から同情的に見られても、残り1%が口汚く当事者を「不利な事情を隠して俺たちの金を取ったな!詐欺師め!」などと罵れば、1%の罵声の方が響くものです。
 そうして後に引けなくなって逃げ場を失った当事者は最後には命を断つとか失踪するという形で「逃げる」のではないか。
 裁判が終わった後も裁判所が不当判決だと意気込む人もいるでしょうしもちろんそういう場合もあるでしょうが,裁判所のせいにすることで逃げているだけ…そういうケースもあるように思います。

 裁判に世論をはじめとする多数の人々を巻き込むのは,そういった精神に巨大な圧迫を受けるリスクと引き換えの行為だと考えます。



 最近、裁判の資金をクラウドファンディングで集める、と言う話題があり,それを使って裁判したい!!と言うような動きがあります。(クラウドファンディングでの集金は弁護士倫理上の問題も指摘されますが、そこは解決したものとします)
 弁護士の手弁当ではできることに限りがあり、当人に金銭がないならそういった手法があると言うのは「選択肢を広げる」と言う意味では決して悪いとは思いません。

 しかし、金さえあれば勝てると意気込んでいる当事者に、後になってとんでもない現実を突きつけることがあると言う裁判の性質からすると、個人的には裁判向けのクラウドファンディングは勧めない所です。
 裁判それ自体も覚悟のいる危険なことなのに、更にクラウドファンディングで多くの当事者を巻き込み、紛争の内実を大々的に公表することは、いよいよ「後に退けない」状況を作出します。
 そして、担当している弁護士も敗訴リスク前提にそれを説明しなければならず、そういった危険性から当事者を説得するのが難しい(勝てると意気込む本人に負ける危険を説くのは信頼関係を壊しやすい)所です。

 


 記者会見やクラウドファンディングで世論を巻き込もうとすることは危険であることをよく理解して頂きたいと思います。






最終更新日  2020年02月06日 17時44分40秒
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