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碁法の谷の庵にて

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2023年01月19日
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逮捕・勾留された被疑者が外部との交通を保つのは非常に大切なことです。
 弁護人がどれだけ足繁く面会に通ったところで、特に国選の場合、弁護人は所詮逮捕されてから知り合った人物に過ぎないケースが大半です。
 突然現れた謎の弁護士よりも、ご家族と会えることで安心できるのは当然のことです。

 ところが、勾留されている場合、被疑者は第三者との面会を禁じられる場合があります。
 しかし、その場合であっても、弁護人は家族だけは面会させて欲しいと申し立てるのが通例です。
 少年事件の場合、親権者についてのみ、最初から面会禁止から外されているケースもあります。






 なのですが・・・




 実は、家族との面会が原因で、かえって刑事弁護上まずい事態になってしまったというケースがあったので、今日はそれを紹介しようと思います。
 とある私自身の実体験を一部改変しています。


 ある被疑者が、とある窃盗事件の共犯者と疑われて逮捕・勾留され、私が国選弁護人になりました。
 本人的にはまるで身に覚えがない事件ですが、身に覚えがない分、何を言えば適確な反論になるかも分からず、そもそもなぜ疑われているのかすらよく分かりません。
 裁判になるまでは証拠も閲覧できず弁護人も途方に暮れていたような事件でした。

 ただ、私としては被疑者に黙秘を指示していました。
 というのも、共犯の疑いというのは、犯罪の実行に直に携わるものだけではなく、犯罪を共謀することまで共犯として扱われてしまう(共謀共同正犯)というのが、現在の日本の法解釈です。
 共犯の疑いのある者は被疑者と知り合いであることは判明していたので、もし犯罪について何らかの話し合いを持ったと見なされてしまうと、それだけで「共謀があったのだから有罪」となってしまう危険性が高いのです。
 場合によっては、「共犯者としては犯行について話した」が、「こっちは聞いていなかった」というようなことも考えられ、僅かな事実認定のズレが一発で冤罪につながるような事件です。


 そういう中で、もし供述したらどうなるでしょうか。
 供述は、警察官がまとめ直しをします。まとめ直しの中で、趣旨やニュアンスが違ってしまい、認めたつもりのないことが認められてしまっていたとなってしまうことはしょっちゅうあります。
 本人に確認はさせてくれますが、本人には趣旨やニュアンスの違いが分からないので、なんとなく「これでいいのかな」で供述調書に署名捺印してしまい、結果的に非常に重要な事実について間違った調書が作成されてしまうと言うのはよくあることなのです。
 そうであれば、とりあえず黙っておけというのは、自体をこれ以上悪化させないという意味では有効な作戦です。
 話したからと言って状況が良くなる可能性も特に見えないので、ここは黙秘が最良戦略と考えたわけです。
(弁護方針としての黙秘には相応の議論がありますが、この事件であれば黙秘が良い戦略であることに異論を主張する刑事弁護人は少ないでしょう。被害者の知る権利!でケチをつける弁護士も稀にいますが…)

 それと同時に、状況が分からないなりにできる範囲のこととして、接見禁止を一部解除し、家族との面会を認めさせました。
 家族と面会できていれば励みにもなり、辛い中でもなんとか黙秘できる可能性が上がる、と考えたからです。




 ところが、この家族との面会で思わぬ事態が起きました。
 会いに来たご家族は被疑者の母親だったのですが、母親が

「警察に対して正直に話しなさい」


と被疑者にお説教をしてしまったのです。
次に私と面会した際にこのことが発覚。そのときまでに喋って調書を取られてしまい、何が書いてあるか戦々恐々…と言う事態になってしまったのです。

幸い、この事件では喋ったことが悪い方向に転がってしまったという事態にはなりませんでした。
とはいえ、これは結果オーライだったに過ぎず、事件によっては悪い方向に転がる可能性は十分以上にあり得る事件です。




もちろん、この母親としては別に子を追い落としてやろうなどとは全く考えていませんでした。
素直に喋れば警察は分かってくれて、処罰はないし、真相も解明されるし、仮に処罰があるにしても適正妥当な範囲に収まる。そういう風に思っているからこそ、「素直に喋りなさい」と言ってしまったのです。

しかしこれは、医師の治療を民間療法でもって上書きするような危険極まる行為です。
素人考えで弁護ができるなら、弁護人が司法修習を受けた有資格者である必要はどこにもありません。

もちろん、この事件では、母親とは事前に連絡が取れていましたし、母親に対して自分が釘を刺しておかなかったと言う点で、落ち度があったとも思います。
弁護士の言うことも全く聞かないような露骨に凝り固まった母親ではなく、事後に連絡した際には「自分のやったことがまずい」とは全く気づいていなかったようなので、事前に言っておけば避けられた事態とも言えます。


しかし、特に面会禁止がついていなければ、親などが弁護人より先に面会に来て話すことだってあり得るわけで、その状態で面会に来た家族から素人対応を吹き込まれてそれに従ってしまうと、取り返しのつかない事態が…と言うことも起きえてしまうのです。
(そうならないよう、選任されたら一刻も早く面会に行くようにはしていますが…)
もし、親が「とにかく素直に喋れ、弁護士の言うことなんか聞くなと伝えるつもりだ」と弁護士にまで言っているようなら、接見禁止解除の申立をすべきかどうか、弁護士でも見解が分かれてしまうかも知れません。


弁護人として、逮捕された被疑者の方と面会するご家族の方が重要であることは、冒頭で述べたとおりです。

しかし、今後の方針などについて、素人考えで勝手な教示をされると、それはかえって被疑者の方を追い詰めることにも繋がってしまいます。
どうしても何か指導したいなら、ご家族は「弁護士さんの言うことをよく聞きなさい」にして下さい。





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最終更新日  2023年01月19日 23時00分07秒
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