碁法の谷の庵にて

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• 「簡易却下」

  　この記事は後日書く記事への布石である。ふーん、と思ってもらえれば十分だし、後日その記事を書いたときに思い出してもらえれば十二分である。　なお、法令データ提供システムがメンテナンス中なので、今日は条文リンクを張りません。　あまりなじみのない制度であるが、簡易却下という制度をご存知だろうか。　まず、刑事訴訟法では、忌避という制度がある。（刑事訴訟法20条以下）　早い話が、不公正な裁判をするおそれがある裁判官を、裁判から追い払う制度である。「除斥」という制度もあるが、一定の型にはまる場合にこれは問答無用で裁判から出て行け！というものであり、忌避は除斥の理由がある場合や、その他不公正の疑われる場合に、当事者が申し立てた上で、その上で出て行けというものである。　実際には、忌避の事由があると裁判官自らが考えるなら、裁判官自身で回避という手続をとって最初から裁判から外してもらうのが基本である。（刑事訴訟規則13条）　公平な裁判所というのは憲法上の保障でもあり、極めて重要な権利ということができる。憲法37条を参照していただきたい。　さて、簡易却下とは、忌避を申し立てられた裁判官が、自ら忌避を却下することができる制度である。　「訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立」の場合のみできる。　だが、普通に考えたら、それって変だろ･･･と思われないだろうか。　「お前は不公正だ」といわれているにもかかわらず、「俺は不公正ではない、それどころかお前は遅延目的だ」と言って裁判を続けるのが簡易却下ということである。　本当に不公正な人間に簡易却下を使われた日には、忌避制度は無意味にもなりかねない･･･とは思われないだろうか。　その批判自体は、確かにその通りである。民事訴訟法にはこの手の規定がないので論争になっているが、民事訴訟法でもこの規定を引っ張ってきて差し支えないという判例に対し、一部の学説はそういう趣旨から批判をしているようだ。　　それなのになぜ簡易却下という制度があるか、といえば、忌避制度を「濫用」する困った人たちがいるためである。また、日本では忌避が認められる事例はほとんどないが、その原因にそういう困った人たちの存在を指摘する見解もあったと記憶している。　つまり、何か訴訟指揮や決定が気に入らないといってはこの裁判官は不公正だ、忌避だ忌避だと言い立てる人たちが後を絶たないらしい。そのために、いちいち別の裁判官を引っ張ってきて・・・というのでは、訴訟が遅延して仕方がない。だから、一定の場合には本人だけで決定させて、どうしてもというなら準抗告をかけさせてそっちで判断させようということになったようである。　　さて、裁判を受けるのは国民の権利であるが、およそ通用しないような請求を続けざまに出してくるようだと、裁判という場所は機能不全に陥ってしまう恐れがある。他にも、応訴せざるを得ない相手方がいる場合にはには多大な負担をかけることになる。　明らかに通用しない訴えに対する対策としては、こうした簡易却下のように、「簡易な方法で退ける」といった手法のほかにも、いくつかの対策が考えられる。一、通らない訴えを提起すること自体に一定の制裁を課す。（例えば、民事訴訟で文書の成立の真正をむやみに争うと過料の制裁がある）二、「本丸」で不利益な心証を取る。（あんまり著しくなりふりかまわない人間は不誠実と見られるおそれあり）三、担保を取る。（会社関連訴訟や保全関連訴訟では、当事者に担保を立てさせて訴訟を起こしにくくすることがある）四、発生する損害を賠償させる。（最高裁判例は民事訴訟が不法行為となる判例を認めている）　なんて方法が今のところあったりする。　しかし、各制度も一長一短である。損害賠償は要件が厳格になってくるし損害賠償を取るための裁判自体が面倒だと言う例もある。簡易に退ける制度もおよそ機能不全にするわけにはいかないのでそれでも主張してくる例はある。　担保を立てさせるというのも、ケースにもよるがなかなか厳しいように思われる。　さて、ある弁護士の先生がある分野についてこうした「通用しない訴え」について手当てをしたほうがよいのではないか、と言う指摘をしていたのだが、そちらは「本丸」の後日の話なので、そちらにまわすこととさせていただこう。　さて勉強しなくっちゃ。

  2007年07月15日

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• 法廷証言と偽証罪の話

  　今日は、先に問題を言いましょう。この問題についてちょっと考えながら、この先の文章を読んでいってください。ちなみに問題は私が作りました。　『B（32歳、男性）は、夜間人通りも少ない暗い通りでA（14歳、男性）を殴打し、そのためにAが昏倒してコンクリートの地面に頭部を強く打って死亡したという傷害致死の訴因で起訴された。　Xは、この事件の目撃者で、被害者Aを迎えに来た親であった。被告人Bは自分が殴ったためにAが死んだことは認めつつ、Aが殴りかかってきたから反撃したら運悪く死んでしまったと正当防衛（過剰防衛）を主張して争っていた。　検察に証人として申請されたXは、法廷で宣誓した後、弁護人の反対尋問で、「AがBに殴りかかったり、あるいは殴り返しているような様子はなかったか」と問われた。Xは、AがBに対して殴りかかっているように見えたのだが、気の弱いAがそんなことをするはずがないと思い、「Aは無抵抗でBに殴られるままだった」と答えた。　後にAの友人Cが証人として尋問され、殴り返していたのはたまたま近くにいたAの友人Cで、息子Bの方は殴られても殴られるままだった事が判明した。　Xは偽証罪になるか。』　さて、日本の刑事裁判では、被告人以外では国民のほとんど誰もに証人義務が課せられている（刑事訴訟法143条）。　裁判所から証人として召喚を受けて、おとなしく法廷に行かないと、勾引という形で強制的に裁判所に引っ張ってこられる事もあったり、軽いとはいえ処罰される事もある。犯罪の被害者なども同じだ。Xさんも、みた事を思い出したくないからといって法廷に出たくないというのは通用しない事になる。　もちろん、忌まわしい記憶を話したくないといったからすぐに過料だなんだというほど鬼じゃないだろうけど。憲法37条2項には、　 　刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。　と書かれている。強制的手続で証人を引っ張って来い、というのは被告人の憲法上の権利でもあるし、そうでなくとも適切な処罰のためには必要な事だ。こと被害者の場合は、直接体験した人ということでもっとも重要な証人である。　最初からいきなり法廷に呼び出しを食う、ということは実はあまりないようである。　普通に暮らしている分には、証人として呼び出すことを申請した検察官や弁護人が、あらかじめコンタクトを取ってくる可能性が高い。その際には、尋問する事項をあらかじめ打ち合わせるなどして、証人尋問がスムーズに進むようにするそうである。（もちろん「こう言え」などと打ち合わせるのはまずいんだけど）　裁判所の呼び出しに応じて、法廷に入ると、証人は誰であるか確認された上で、宣誓を行う。「宣誓良心に従って本当のことを申し上げます。知っていることを隠したり、ないことを申し上げたりなど、決して致しません。右のとおり誓います。」　確かこんな感じの文面であったが、実際には、これを書いた紙を読み上げて宣誓することになる。宣誓拒否は、きちんとした理由がない限り（宣誓はプライドが許さない、とかは×）過料を支払う羽目になるので要注意である。　宣誓をすると、裁判長から嘘をついたら偽証罪になることや、自分や親族が刑事訴追・有罪判決を食ってしまうおそれがある場合には証言拒絶権があることを教えてもらえる。　あとは、検察や弁護側、場合によっては裁判官からされる質問に対して、順繰り答えていけばよい。許可されない限り、とにかくいいたいことを言いたいようにいう、というわけには行かない。そして、質問されたのに理由なくだんまりを決め込むことは証言拒否罪が成立してやっぱり過料などの制裁を受ける羽目になる恐れがあるので要注意である。　ただし、自分や家族が刑事訴追・有罪判決を受ける恐れがある事項については、証言を拒む事ができる。あくまでも刑事訴追・有罪判決を受けるおそれがある場合に限定されるので、もうとっくにその件で有罪判決をもらいましたとか、既に彼は死んでいますなどという場合には証言を拒めないので要注意。冒頭の事例でも、Aが生きていればXは息子が処罰されるような事はいえないといえば証言を拒めたが、Aが死んでいたので証言を拒めないわけである。　　　こと被害者などが証人となる場合には、付添い人をつけてもらったり、証人席や被告人と遮へいしてもらったり、ビデオリンクで尋問という方式を取ってもらえる可能性がある。証人申請する検察官や弁護人に頼めば、適宜裁判所に申し立てるなど善処してくれると思います。申立が通らなかったからと言って沈黙･･･ってのは通らないけど。　証言が終わると、日当や宿泊費などが支払われる事になっている。ただ働き、というわけではないので仕事を休んだ人（法廷はえてして平日に行われるもの）とかも一応の埋め合わせはされることになる。　さて、偽証罪（刑法169条）である。証人に正しい証言をしてもらうための最大最後の脅しが偽証罪ということになる。　偽証罪は、法廷で宣誓した上で嘘をつくと成立する。また、民事裁判でも偽証罪になる。　およそ宣誓していない場合には偽証罪にはならない。まして法廷での証言以外には偽証にならない。何かのテレビで警察官が交通違反相手に「どんな罪になるか知ってるか」といったら違反者が「偽証」といった事があったけど、警察官や検察官に嘘をしゃべっても偽証にはなりません。（ただし、赤の他人が真犯人といったりすると虚偽告訴とかになる可能性はある）　　日本の裁判は、証人が法廷で嘘を語ることはないというのが前提なので、殊更に嘘をつくような行動はもろに裁判を捻じ曲げてしまう恐れがある。そんなわけで、裁判の最中に彼の言ったことが偽証と見破られ判決に影響が全くない場合でも罪になる。その罪も最低懲役3月とかなり重い。偽証はばれたらかなりリスキーなのである。　もっとも、日本では見間違いなどで結果的に偽証になったからと言って処罰する事はない。あくまでも自分の知っているとおりのことを答えている限り、例え真実と違ったことをしゃべっても罪にはならないのである。　ただし、偽証をした場合でも判決前に自分が嘘をつきましたと自白をすれば刑を減軽・免除してもらう事ができる。　また、偽証がばれると再審が始まる原因になることがある。　さて、問題の解答である。早い話が、「これが真実だと思って自分の見聞きしたとおりのことと違うことを語ったら、語ったことが真実だった」という場合に、これも偽証罪に定める「虚偽の陳述」といえるのかということである。　学説は割りと分かれているが、判例ははっきりと「これは有罪」と考えている。学説も多数派は判例支持じゃないかな？　つまり、証人は、法廷では「自分が何を真実と感じたかしゃべれ」というのではなく、「自分の見聞きしたとおりのことをしゃべれ」といわれているというのが基本思考である。それに反して勝手な事をいうのは、それ自体が適正な裁判を危険にさらす行為。結果がたまたまあっていたからと言って、危険にさらしたことには変わりないとして処罰する、ということである。（逆に、そこまでを偽証罪で処罰する必要はない、というのが不処罰説の考え方）　ちなみに、証拠隠滅などの罪は、家族を匿う場合には刑を免除する余地を認めているが、本件のような偽証についてはそのような規定はないから、家族の情に免じて刑を免除してあげよう・・・ということはできない（学説じゃ趣旨から引っ張ってこようという説があるようだが採用されていない）。また、例え証言拒否が使える場合でも、証言拒否をしないでしゃべったら偽証になってしまうのである。　先日、偽証罪で起訴された女性に無罪判決が下る、という事件があった。で、その際の新聞記事にあったのだが、検察庁いわく、今後裁判員制度を見据えて証言の重要性が高まる事から、偽証罪はびしびし使っていくということらしいのである。裁判官も裁判員制度を前に偽証は厳しく非難されるべきという判決を出したりしているようである。　情にほだされてということで起訴猶予にしてもらえたような事案も、起訴猶予とならない可能性がでてくることになる。　　証人が正しい証言をしてくれることは、日本の裁判を適正に動かすためになくてはならない要素である。運悪く証人として呼ばれたら、ぜひぜひありのままを語ってください。

  2007年06月14日

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• 犯罪被害者刑事裁判参加法案衆議院通過らしい

  　母子殺人事件に関わりあっている間に、重要な法案が通っていました。　感づいて法案を読むのに手間取ったので遅くなりましたが。あのバッシングをしていた方々はこの動きをどう見ているのか、とっても興味があるけど、ほとんど触れていません。後で書くつもりなのか、あっそうと流しているのか、みんな支持するものと思っていてサイレントマジョリティーなのか。　犯罪被害者の刑事裁判参加については、このブログでもいくつか記事を書いてきたが、私からすれば安倍総理が鶴の一声を発したらなんだかあっという間に法案が衆議院で通ってしまった印象を受ける。法改正では、併せて民事訴訟で付添い人・ビデオリンク尋問をするなどというのもあり、こちらは特に反論らしきものを見ていない。（見聞不足かもしれないが）　しかし、私がネット上で見る限り、被害者参加について法律家からの評判は必ずしもよろしくないようだ。　とりあえず制度の大枠を見てみよう。提出時法律案をそのまま出します。特にどこが変わったというニュースはないので、それでよいかと。どこか変わったという情報をお持ちの方は、遠慮なくご指摘くださいな。　まず、対象となる事件は限られている。　ざっとあげていくと、故意の犯罪行為により人を死傷させた罪の外、業務上過失致死傷罪、強姦罪、強制わいせつ罪、略取･誘拐などの罪、監禁罪あるいはその未遂罪といったあたりである。　例えば放火とか単純な強盗は入っていない。放火で誰かが火傷でもすれば、未必の故意の傷害罪で攻めることは可能かもしれないが。　被害者は、参加したいと思ったら検察官に申し出て検察官から裁判所に意見を付して送られ、裁判所からＯＫが出れば、参加することができるということになる。不相当な場合などには、参加させない（あるいは後で不相当と分かったら参加は終了）ということになる。また、参加してもその日に限って制限ということも可能であるようだ。この辺は運用次第ということになろう。　参加した被害者･あるいはその委託を受けた弁護士ができることは、一、検察官の権限行使に意見を述べることができる。意見ではあるが必要に応じて理由を説明してもらえる。二、情状に関する証人を尋問することができる。犯罪それ自体に関する事実については不可。三、自分の意見を陳述するために、被告人に質問できる。ただし黙秘権はあるので答えられなければそれまで。四、事実または法律に関して意見を述べることができる。例えば求刑とか。ただし証拠にはならず、また意見を述べる場合は検察の訴因の範囲内。業務上過失致死傷で起訴しているのに危険運転罪を使えと弁舌をふるうのは不可と思われる。まあ、ざっとこんな感じであろうか。　では、なぜ評判が悪いのか。　それは、二つの側面にわけることができよう。被害者救済に役立つのかどうかという消極的な側面、さらには訴訟に悪影響が及ぶという積極的な側面である。　以下は、多くが弁護士の先生や関係者のコメント、大学時代のゼミ論の受け売りに自分の知識その他を塩コショウしたものである。　まず、被告人は、事件によっては情状をよくしようとする。場合によっては恭順戦略までとって多少は違う事実までも認めたりするかもしれない。富山の婦女暴行の冤罪事件など、無実なのに一度自白し、しかもそれで最後までおとなしく恭順してしまったし、その発覚も偶然の要素が大きいと思われるから、その率はかなり高いのではないかと想像せざるをえない。そんな中で、被害者を前にしては本来自分にとって有利な主張さえ被告人は押しとどめてしまうのでは･･･という指摘がある。　私はおよそ無実だ！！というならいざ知らず、正当・過剰防衛の主張や心神耗弱・喪失の主張は厄介になろう。対象事件には業務上過失致死傷罪が入っている（おそらく新設の自動車運転業務上過失致死傷罪も含められると思われる）が、自分に過失はないという主張は大変だろう。少なくとも、被害者と対決姿勢で臨まなければならない。ことに、交通事故等で被害者に何らかの落ち度があってそれが原因だ、こっちには過失はない！と争う場合などには責任のなすりあいのようになってえらい事になる。量刑についても、そんなことは起こりうる。　それを今度の弁護団バッシングよろしくマスコミに報道され、いやネットに流れでもしたら、弁護人はその運の悪さに悲鳴をあげざるを得ない。訴因から逸脱した質問をとめたりすると、裁判官の訴訟指揮などが攻撃されるおそれもあろうし、それによって被害者のためという効果が減殺される可能性も小さくない。　さらに、今後は裁判員である。裁判員の対象事件のかなりと参加できる事件はかぶっている。職業裁判官ならいざ知らず、素人の裁判員にとって、被害者が登場して処罰を求めているというのがどれほどの威力なのか、正直見当がつかない。　被告人サイドでも、裁判員制度に備えてイメージも大切だろうから、身柄拘束されている被告人についてもジャージのような被告人ルックではなく、かちっとスーツで法廷に出そうというような話が既に出ている（院の教材ビデオでみた被告人ルックは、確かにちょっとひどいと思った）のである。裁判員における公平なイメージの大切さは、この問題に小さくない障害となる。　冤罪事件を招いたり、罪刑均衡を破壊するのではないか（破壊といえるかどうかはともかく、少なくとも被害者の多数が重く処罰を望む方向で出てくるのは間違いないと思われる）という指摘もある。　　こんな中で、仮に訴訟で無実が発覚しようものなら、被害者は途端に加害者的な立場になり、大逆襲を受ける可能性だってある。私の知る限り、多くの事件では、冤罪事件といえど被害者・遺族はむしろ同情されている（冤罪の被害にあった側の人々からも）ように思うが、ケースが増えてくると、必ずしもそうなってくるかどうか。仮にも公権力を用いて人を刑罰に処しようと行動するなら、およそ批判の届かない神域にすることも問題がある。　さらに、効果を疑問視する声もある。　恭順な自白事件なら、多くは弁護士を通じて被害者にアポイントをとり、家族から金を集めてでも賠償し、（民事訴訟は強制力はあるかわり関係のない家族から金は取れない）謝罪の意思を表明したりするという。そこで被害者が参加することの意味はあるとは思うがガクッと落ちる。　否認事件ともなれば、否認する人間は私は無実だとしかいいようがない（主張自体被害者のために押しとどめられたとなればそれこそ大問題）し、反省なく否認やふてぶてしい態度をとる人間が法廷で被害者をみたからと言ってどうにかなるのか、かえって攻撃をされるのでは（実際、今なお法廷で検察官・裁判官はおろか弁護人さえ恫喝するような輩もいるという）という不安もある。　黙秘権の壁もある。黙秘を解くまで延々と質問を続けるような行為は許されない。　逆に制度を利用しないと処罰感情が薄いと取られるのでは･･･といったのは、被害者と司法を考える会の代表片山徒有氏である。　衆議院を通過した以上、この法案が通る可能性は正直高いと思われ、これらの批判は、今後運用していくに当たってどう解消していくか突きつけられた課題であると位置づける事ができよう。　私は、かねがねせめて弁護士の弁護人をつけることを「義務化」し、その弁護人に主張させるというワンクッションを置いてはどうかと考えてきた。法律家がついていれば、抑えも利くだろうし、かえって効率的な尋問にも資するだろうと考えている。被害者に公費で弁護人をつける制度と合わせて行い、一石二鳥であろうと都合のよいことを考えている。まあこんな事は正直なところ法律家なら誰かが考え付く方策であり、予算をはじめ、問題点があるから進まないのだろうとも思っているが。　そもそも、検察官がちゃんとその辺をやっていれば、こんな法案が出てくることはなかったというのは、私の勝手な想像だろうか？　今後被害者が加わるとなれば、裁判官の裁判の進行における指揮権も大切になってくるだろう。被害者の訴訟参加が訴訟に混乱をもたらしていないというドイツやフランスなどの国は、えてして裁判官の職権がやたら強い国であるし、ドイツと日本の心性の違いも見逃す事はできまい。　検察･弁護という一応は専門家の方々を指揮するのと異なり、素人相手にするのだから、裁判所に限らず検察が適当なフォローを入れる必要もあろう。それがないとなれば、感情を言い散らすだけとなって結局追い出されたり弁護人に噛まれたりして何のための参加かわからないという事態も起こってきかねない。　ただの「安上がりな刑事政策」（そういう皮肉は言われています）としての訴訟参加ではなく、真にそれを生かすには、法曹三者に限らず、参加をする被害者個々人にもそれ相応の自覚が必要になってこよう。

  2007年06月08日

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• 刑事法における「タテの関係」と「ヨコの関係」

  　えらく哲学的な話をすることになった。　まあ私の知っている話と、愚考を整理した程度のものである。　それなりに裏づけのある領域と裏付けなく自分の脳みそで考えた領域が混在しているので、全部信じ込むと大変な事になるので要注意。　ここで、とりあえず分かりやすい例を取り出してみよう。　人を殺した者は、死刑または無期もしくは５年以上の懲役に処する　いわずと知れた刑法１９９条、殺人罪の条文である。 ここで聞いてみたいのは、「この法律の名宛人は誰か」ということである。　法律と言ったって、誰か特定の人に守らせる法律で、他の人間が守らない法律というのが、世の中にはある。　例えば、学校の校則。これらは学校が児童生徒学生を規律するために用意したものであって、同じ学校の中にいるからと言って、教師その他が必ずしも守らなければいけない、というものではない。（もっとも、教師が率先して破るようでは示しがつかないだろうが）その場合、校則を守りなさいと言われるのは児童生徒学生だけである。　この場合、法律を守れと言われるのが名宛人である。中学高校の校則なら名宛人は生徒というわけだ。　校則というような狭い社会に限定しない、国の法律でも、国家公務員法などは基本的に公務員を対象にしている法律であるし、一定の人間に限定して守らせる法律というのは、決して珍しくもなんともない。　さて、刑法の名宛人は誰か。　当然、国民全体に、「人を殺してはいけない」と守らせるものだ、というのがごく常識的な感覚であろう。　だが、虚心になって刑法１９９条を読んだとき、どこにも「人を殺してはいけない」とか「人を殺す事は禁止する」などということは書かれていない。つまり、国民が人を殺すことは、実は「刑法違反」ではないのである。　もちろん「違法」であって処罰の対象になることは疑うまでもないけども、それは「刑法に違反した」というものではない。彼が違反した法というのは刑法の裏にある秩序としての、これといって法律の条文がなくても存在するような法である。民法の「不法行為」のように、特にどこかにこれが違法と書いていなくても違法となるのと似たようなものだ。　　実は、刑法というのは、第一義的には「裁きを申し渡す機関」に対して命令しているのである。つまり、人を殺した者が裁きを申し渡す機関、日本なら裁判所の法廷に引っ立てられてきたら、「それを受けた裁判所･裁判官は死刑または無期または５年以上の懲役に処しなさい」といっているのである。　犯罪の成立を否定する何らかの事情（正当防衛･心神喪失などなど）がないのにこいつはかわいそうだから無罪ね、刑を免除ね、なんてこともしてはならないし、日本に存在しない鞭打ち刑やいれずみ刑を行ってはなりません、あくまで死刑または無期もしくは５年以上の懲役に処しなさいということなのである。　また、刑を執行する人間にも命令をしている部分があると思う。死刑は絞首によると書いてあるから、死刑判決が出たからといって死刑囚を毒殺することで死刑を執行するような行為は、刑法に違反する行為だということになる。　つまり、刑法に違反できるのは、日本では裁判官や刑の執行者だけだ。　もちろん、裁判所にそうさせる事を通して、国民に殺人をはじめとする犯罪行為を禁止していることは明らかであるといえるから、実質的には、国民が名宛人となっていると言ってよいし、むしろ刑事法の目的はそこにあるといってもよいはずである。　だが、刑法は第一義的には、国民と公権力、いってみればタテの関係を規律しているのである。　では、なぜ刑法はそんなまだるっこしい事をしているのだろうか。刑法に「国民は人を殺してはならない。殺した者は・・・」というように規定しなかったのはなぜなのだろうか。（ただし、刑法以外の処罰について法律では、そういう規定の仕方をしている例が多いことには注意）　以降は完全な私の愚考である。法哲学なり法制史なりの教科書など読んだことすらない人間の。　罪と罰という概念自体は、おそらくムラ社会の中で既に存在していただろう。盗みを働く、人を殺す、火をつけるといった行為をする人間に対し、見せしめにしたり、被害者がいたら復讐感情を満足させたり、反省を促したり、犯罪者を隔離したり、社会復帰を促進させたりなど、そんなこんなでやってはいけない行為としての罪と罰が考えられた。裁判官役となったのは、ムラで一番強い・賢い人間やその子孫だったり、ムラ一番の長老だったり、シャーマンというか巫女だったり、多数決によったりしたことだろう。　いずれにせよ、刑法という概念より先に罪とそれに対する罰という概念ができたと私は思っているし、また、その時代は立法と司法が分化していなかったのではないかと思う。つまり、事件に対して場当たり的に処罰がなされていたと想像している。　ところが、下手に偉くなると悪い事を考える人間もいるし、周囲が支持しない発想をする人もでてくるし、多数派がまともな考え方をするとも限らない。凄惨な魔女狩りを主に担ったのは教会ではなく民衆法廷だったとも言われているし、自分で罪を作り上げ、あるいはちょっと懲らしめれば済む事を盾に政敵その他に重罰を科したり。どこの国かは忘れたが、裁判官が堂々と法廷に賄賂用のカゴを置いておくようなことも、時代によって場所によってあったと聞いたこともある。　こうして、刑罰を課す権限が濫用されるケースが出てきた。　もちろん、そうした中で、一定の犯罪に対してこういう刑罰を科しますと宣言する刑法もできていったことだろう。国家が形成され、それが大きくなってくれば、裁判官が多数必要になる可能性も高いし、その判断がばらばらでは混乱を招く恐れがある。「一番上」の判断を代弁するという形を取るためには、やはり法という形にする必要もあったと思う。しかし、所詮はその運用も恣意的なもので、近代刑法と呼ぶべきものではなかったと思われる。讀神罪とか、そういった罪の運用。今でも北朝鮮の反国家の罪がそうだと言われる。　そんな魔女狩りだの王権裁判だのの時代を経て、啓蒙思想が現れ、近代刑法学の萌芽としての罪刑法定主義その他ができていき、さらには現代の立憲主義、つまり国家権力に対して「これだけしなさい、これ以外のことはするな」と命令する事によって国民の自由を守ろう、という考え方が生まれそれが市民革命で広がった。そして、その時代にできた刑法が日本にも入ってきたわけである。　だから、刑事法というのは、「一面においては」国民を守るために国家に課した枷、凶暴な番犬につけた鎖、強力な劇薬につけられた処方箋だという言い方もできる代物として近代化し、現代に至るのではないか？　上の話はあくまでもちょっと考えてみた程度の仮説である。だがしかし、刑法の人権保障機能、マグナカルタ機能などと呼ばれ、刑法は公権力を押さえつけて国民の権利を守る機能が存在することは、今日疑われていないと思う。　最近の刑事法の論争は、ヨコの関係、すなわち被告人と被害者、一般社会というような対等の市民どうしの視点が広く取りざたされる事が多い。確かに、現実社会の動きを見る限り、そのような分析を間違いということはできない。いや、むしろ当然だろう。　だが、実際にそれで思考を完結させてしまってよいのか、という問題がある。「公権力を使って刑罰を実現する」限りにおいては、当然公権力にかけた鎖の存在を忘れてはならないとふと思うのである。逆に言えば、公権力の刑罰権の強化を求めるということは、否応なくこうした「鎖」に立ち向かうということでもある。　これらは、加害者vs被害者（つまり市民vs市民）という横の関係のみ観察して、刑罰を実現する公権力をその横の関係の内部で把握している間は絶対理解できない。復讐権を国家が奪っているのだからみたいな言説（個人的には復讐権という概念が今なおあるという発想自体に否定的だが）も、タテの関係とヨコの関係と言う視点の変遷を見つめると、とても額面どおりには使えない。仮にそうだとしても復讐権はあくまで国家が行使するものとしてそれにふさわしい鎖をつけざるを得ないのである。被害者vs加害者の関係に着目すれば無問題と言ってもよい厳罰化etcがどうして素直に受け入れられないのか、その辺を考えるとき、一つの視点として考えてみてもらいたいものである。まあ、これだけで刑事法の考え方の方針が決まるもんでもない、せいぜいほんのわずかなごく一部なのだけど。

  2007年05月15日

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• 憲法記念日記念記事：大津事件を考えてみよう

  　このブログ発足から二度目の憲法記念日である。今年は施行６０周年である。　個人的に憲法学がそんなに好きだというわけではないのだが、やはり基本には憲法の発想がなければならない。労働法なら憲法28条、教育法なら憲法26条、家族法は憲法24条、行刑法なら憲法18条や36条を知らないと、まともな事は何一つ考えられない。　一応法律系の記事も扱うブログとしては、憲法記念日はそれなりのイベントである。　憲法に関する記事はこれまでいろいろ書いてきた。　去年の憲法記念日の記事は、憲法はどんな法律なのか、その再考を改めて求める記事であった。ますます憲法論争が喧しくなっている現在、改めて読み直して損はしないと思われるので上のリンクから読んでくださいな。　　さて、本日も当然憲法に関する記事を書くわけだが、今日の話題は大津事件である。　大津事件といえば、歴史の授業で習う人も多いだろう。津田三蔵巡査がロシア皇太子に切りつけた事件である。当時のロシア皇太子の血をふき取ったハンカチがＤＮＡ鑑定されて、一役買ったりもしている。　さて、大津事件で有名なのが護法の神とも名高い、当時の大審院長（現在の最高裁判所長官）児島惟謙である。　この事件、なんと言っても被害者はロシアの皇太子。　大津事件の起こった1891年、日英同盟どころか日清戦争の前である当時の日本が超大国ロシアと張り合う力などあるはずがない。タダでさえ大事なのに、犯人の処罰がぬるかったりしたらそれこそ日本をロシアが本気で潰すという事態が起こりかねない。実際、この事件の直後の日本の国民の多くはロシア怖いで縮み上がってしまったという。　日本政府の要人はびびった。当然、ここは死刑を適用して…と考えるのが普通だっただろう。　ところがどっこい、当時は現在に続く刑法がなく、旧刑法による謀殺未遂罪の最高刑は、無期徒刑、現在でいうところの無期懲役である。現在なら殺人未遂でも死刑にすることはタテマエ上可能（実際はやらないけどね）なのだが、当時はどうにもならない。　そこで登場願うのが皇族に対する罪としての大逆罪である。皇族は万世一系神聖不可侵、殺害などしようものなら未遂でも死刑にできる。被害者もロシアの皇族じゃないか、ここはこの罪を適用して津田を死刑にしよう・・・と声が上がった。　ところがどっこい、皇族に対する罪は日本の主権者で神聖不可侵の日本皇族に対する罪だ、外国の皇族はその射程ではないというのが、当時の法学界の通説的な理解。　政府の要人は、血相を変えて担当の裁判官に皇族に対する罪で死刑をするように干渉に出た。そのためか、一気に事件が大逆罪で地裁から大審院に持ち込まれたのだ。　そして、これに抗すべく戦ったのが児島惟謙。最初は閣僚に自説を弁じたが、閣僚の担当判事に対する説得工作が始まると、担当の判事一人一人を説得し、結果として無期徒刑の判決が出た。　ロシアの方は割りと恫喝っぽい事もいったようだが、最終的にはこれと言った要求や報復を日本に仕掛けてくることはなく、終わったのである。　この事件で、帝国憲法ができたばかりの日本では近代的に司法権が動いていると外国に知らしめた、とも言われる。日本との間での治外法権の撤廃にイギリスが応じたのは、この3年後の事である。因果関係があるのかどうかは知らないけど。　　さて、この児島惟謙の行為。高校レベルの日本史でも学習するであろう。　だが、その行為を、どう解釈するだろうか。　司法の独立を守ったすばらしい行為である・・・と半ば無条件に礼賛する人は多いだろう。少なくとも私は高校までそう思っていた。　だが、ここで司法の独立という言葉から考えると、そこには現代の考え方からすれば検討すべき要素も少なくない事を注意しなければならない。　今の日本国憲法では、裁判官の独立をうたっているのは憲法76条3項である。　裁判官は、独立して職権を行い、憲法と法律と良心にのみ拘束される。　なぜなら、基本的人権をはじめ、多数の論理によっても犯しえない憲法秩序を守る最後の砦として司法が設定されている。そうである以上、その司法の基本構成員である裁判官がよその人間から余計な干渉を受けて判決の中身をほいほい変えてしまっては、最後の砦たる機能が台無しになってしまうから、裁判官を拘束してよいのは憲法と法律と裁判官の良心だけだ、という発想がある。（「良心」の意義はここからどうぞ）　もちろん、干渉するのが他の裁判官であってもダメである。　長沼ナイキ訴訟という有名な判例で、「参考にしてくれ」と私信で担当裁判官に自分で考えた出すべき判決の内容を送りつけた平賀健太裁判官は、厳重注意処分を食らっているのである。（平賀書簡事件。もっとも、その後出世したらしいけど）　では、ここで大津事件に戻り、児島の行った行為を、現代の視点から虚心になって観察してみよう。　児島の行為は、担当裁判官に対して謀殺未遂罪の適用を訴えている。単に一般的な訓示めいた事を述べるのならまだしも、個別の事件に対してああしろこうしろということをいっている。　　これは、紛れもない裁判干渉であろう。参考にしてくれと手紙を送った平賀書簡事件どころの騒動ではない。　つまり、本来、児島は司法の独立を害した存在であると考えられても全く変だとはいえないのである。　ただし、司法内部でのそれは、司法の外からかかってくる圧力に比べれば問題として小さな事であり、政府の方から圧力が現にかかっている状況の下では、ある種の緊急避難だ、というような考え方もあるようだ。これはこれで一理ある考え方であると思う。　　歴史の教科書を読むだけではなかなかこの辺の理解が難しいかもしれないが、一つ視点を変えると護法の神も疑いのまなざしで見ることが可能であるし、むしろその批判に耐え抜いてこそ、身のある賞賛もできようというものだ。　同時に、憲法の番人たる裁判官の独立の重要性に思いをいたしていただければ幸いである。　　明日も有名な憲法判例から一筆ふるいます。　題材は最高裁大法廷昭和48年4月4日、まさしく「その時歴史が動いた」といってもよい判例ですよ。

  2007年05月03日

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• 「判例」の力

  　最近、香城敏麿先生、石丸俊彦先生、渡部保夫先生、佐伯千仭先生など、実務家出身の法学者あるいは実務家でもあった法学者が次々となくなられている。　石丸先生には私も刑法を早稲田の教室で教わったことがあり、法曹育成にはけっこう貢献したと聞いている。特に冥福を祈りたい。　佐伯先生は刑法学者の大長老のような人だった。昔の有名な判例を見ると弁護人に名前があったり。　香城先生は福岡高裁の長官になった実務家だが、理論にも精通した刑事法学者で、憲法解釈にも精通していた。　渡部先生は刑事事実認定について著名な著作がいくつもある。　さて、前置きしたところで今日は実務家の先生方が作り出す法律――判例という世界の一般論である。　日本では、判例が大きな威力を持っている。最高裁判所などが裁判例を出すと、実務家などはその研究に奔走したりする事も少なくなく、最高裁判所の調査官が改めてその判例について一定の解説をする。　判例は、判例の基本となった法律が変わらない限り生きている。　つまり、戦前の大審院や控訴院の判例であっても、現代に通用するのである。もちろん、憲法や刑事訴訟法、民法の家族法などは内容に至るまでガラッと変わってしまったのでほとんど意味がない。だが、民法の財産に関する法律や刑法なんかは戦前からほとんど変わっていない。だから、大昔の判例がぽろっと出てくることもある。　では、判例は法律的にはどんな力があるだろうか。　まず、法律的には、力のある判例は高裁または最高裁以上である。　では、高裁や最高裁の判例に違反したら何が起こるか。　まず、裁判所法４条では、同じ事件について、上の裁判所が法律判断をした上で下級審にもう一度審理を差し戻す場合を想定している。裁判において、証拠の提出や立証というのは、一定の法律解釈を前提に、その解釈に当てはまる・当てはまらないと言うゴールを目指してなされるのがごく普通である。　つまり、一定の法律的な判断を前提に審判しないと、せっかくやってきた裁判が全くあさっての方角を向いた裁判になってしまうかもしれない。　そして、法律的な判断を裁判所がミスった事を理由に当事者が正しい裁きを受けられなくなる理由はない。そうなったときに全部最高裁で裁いた日には最高裁がパンクするので、必要に応じて差し戻す。山口母子殺人事件の差し戻しも、高裁の判断が誤っていた、しかし高裁までのそれは高裁の間違った判断を前提に裁判がされたものだろう、ということで差し戻しがされたわけである。こと刑事裁判など差し戻すのが原則と考えられていると言うわけである。　この場合には、上の裁判所の判断に違反する事が許されず、下級審を拘束する。　だが、一般に判例は判決が下された事件とは別の事件について問題にされる。　起こる事は、「上告・抗告の理由になる」。　つまり、判例に違反しているといって上告すれば、裁判所が判断してくれるというものだ。　・・・実はこれだけである。念には念を入れて、法令データ提供システムに「判例」と打ち込んで検索してみたが、判例の持つ「力」はそれだけだった。　上告理由として裁判所が「受け付ける」ための要件には確かになる。しかし、その先、その「判例の通りに判断する義務」はない。それどころか、高裁・地裁・簡裁・家裁に至るまで、判例に反したからと言ってそれだけで違法となることはなく、あくまで「法律の解釈適用を誤ったから違法」なのである。　また、判例に従ったら無罪だったからやったら判例が変更されて有罪になる・・・ということだってありうる。犯罪があった後に法律を改正して改正後の法律で重く裁くのは罪刑法定主義違反だが、判例変更で有罪にすることは問題ないと裁判所は考えている。（学説上は批判的な見解もあるようだが）　事件によっては、地裁判決だから効力はないんだ、と大騒ぎしている人がいるけど、高裁や最高裁判決だって似たようなもんだということである。極論すれば、こんな先例ありますよってだけ。で、そういう意味なら最高裁も地裁も変わらないともいえる。実際、地裁や簡裁の判決でも、これと言って先例が他にないような事件ではけっこう大切に扱われる。ばっと思いつく限りでも、　牧会活動事件（牧師が学生運動で警察に追われていた少年を匿ったのが信仰の自由の見地から無罪、神戸簡判昭和50･2･25）　死刑囚弁護放棄事件（「死刑囚に慰謝料を支払わされた弁護士」で扱った判例、当時から割りと話題になったらしい、東京地裁昭和38･11･28）熊本丸刈り訴訟（公立学校における丸刈り強制の可否が争われた判例、熊本地裁昭60･11･13）二風谷ダム判決（アイヌ民族にとってその尊重が謳われた判決、札幌地裁平成9･3･27）横浜の安楽死の判例（安楽死や尊厳死について裁判所がその見識を示した判例、横浜地裁平成7･7･28）ハンセン病隔離の国賠訴訟（隔離政策をやめなかった立法の不作為が賠償の対象になった例、日本初かも、熊本地裁平成13･5･11）など。単なる社会的注目に限らず、法律学としてもかなり注目されている判例であるが、牧会事件は簡易裁判所、その他は全部地裁の判例である。類似の事件が最高裁まで上がってこなければ、これらも「司法がどう考えたか」ということで参考になるところ。　いわれてみれば簡単なことで、裁判官は憲法と法律と良心に従うと憲法にでかでか書いてあって、「判例」はそこにはない。判例のとおりにせよと裁判官の法解釈に干渉する事は、下手をすると違憲というようなことも考えうる。　ただし、である。　法実務界においては、やはり最高裁と地裁では、どうしても判例の「威力」も異なっているのが厳然たる事実である。　最高裁判所は法解釈学を専門に扱い、裁判官はもちろん学者や検察官・弁護士など幅広く知識を集めているのに対し、地裁は事実認定をはじめとする「事件処理」を行うという性質上、どうやったって地裁判決より最高裁の方が重視されるのは、考えてみれば当たり前のことでしかない。地裁・高裁の判例は、あくまでも最高裁に上がってこなかった事件がどう判断されたかを見る一つの例でしかない。　　司法の世界に入り込めば、否応なく判例と触れ合う事になるし、判例を無視して勝手な理屈を構築すれば、よほどの事をいえないと馬鹿にされるのがオチである。日本の判例に「法律的な」拘束力はさほどのものはないといっても、実際上の威力は超強力である。　その辺を意識して判例を読むと、また違った点が見えてくるかもしれない。　

  2007年04月22日

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• 日本にある契約を見てみよう

  　今日取り上げるのは、民法の契約。つまり、この世の中にはどんな契約があるのかな、という話である。　日本の民法には、13種類の契約が契約として定められている。　では、日本において、契約は13種類しかないのか。　それは大きな間違いである。民法のほかにも契約について定めた法律があるから…（例・商法）というのもそうなのだが、それより大きな問題がある。　近代民法の大原則の一つが、「契約自由の原則」。当事者間で合意すれば、原則として契約の中身は自由だよ、ということ。　民法やその他の法律に定められている契約があるからと言って、必ずしもそのとおりにしなければならない、というわけではない。当事者で約束をすればやぶってもいいよ、というのを任意法規といったりするが、民法の規定の大半は任意法規である。実際、民法の規定は消費者に不利なのに、業界が作る契約の大半は業者が不利を引き受けます、なんて領域もあったりする。（詳述はしないけど民法534条1項とか）　もちろん、法律に定められている規定の中には、強行法規といって当事者で約束をしても無効、裁判所は手を貸しませんというのもある。一番有名なのは、利息制限法など利息に関する法律。利息をどれくらい払うか、というのは本来契約の中身で自由に決めてよいはずなのだけど、そこに悪徳金融業者が付け込んで暴利を貪り、自殺に追い込まれるような人だって現れているから、国は一定の額を超える利息を禁止している。　　だが、大半はそうではなく、当事者が自由に決定してよい。言ってみれば民法は契約の雛型として機能しているというわけだ。　その雛型が民法549条以下に13個あるわけである。　では、条文の配置に従って一つ一つ見てみよう。今日は全体の概観なので細かい話は抜きです。一、贈与（549条～554条）　とどのつまり、「あげます」という話である。就職祝いに車をあげよう、とかね。　もちろん贈与と言ってもバリエーションは多い。贈与の代わりにちょっと面倒を見てくれないかというような負担付贈与。自分が死んだらあげるという死因贈与。一定の期間の間金などをあげ続ける定期贈与などなど、すべてここに規定されている。二、売買（555条～585条）　一定の金銭を渡すから、代わりに物やサービス（今後まとめて「モノ」と書きます）をよこせ、というものである。3000万円出してこの土地を買おう、とか。ちなみに、スーパーでの買い物のように契約締結と同時に金も物も渡すというのは現実売買といって厳密には売買とは違うのだが、ほとんど売買と同じ考え方が使われている。　一番典型的なパターンで、他の契約にも、売買に関する規定が横滑りして使われていることが多い。　また、手付金を渡したり、買戻をしたり、キズものをよこされたからどうしてくれるということまで、売買の規定に押し込んである。規定されている事項も多く、考えにくいところも少なくない。三、交換（586条）　売買とほとんど同じである。違うのは金銭とモノの引き換えなのではなく、モノとモノをとっかえっこする事に本質がある点。とどのつまりは物々交換である。　ほとんど売買の考え方が基本。売買さえちゃんとマスターすれば、別に交換について憶えなおす事はないといってもよい。四、消費貸借（587条～592条）　例えば1万円借りて月末を乗り切り、後日1万円を返すときに、「あのときに渡したそのものずばりの1万円札を返せ」という人はいない。代わりに1万円の価値のある金銭を渡せばよい。しょうゆを貸したり、お米を貸したりするときも同じである。　そのものずばりではなく、同じ種類のものを補填して返しなさい、というのが消費貸借である。金銭の消費貸借については利息がつき物であるが、利息制限法など利息は制限する法律がある。五、使用貸借（593条～600条）　車を貸したり、家を貸したりというように、一定のものを借りて使った後に一定のものを返せ、という契約である。ただし、この場合は使用料は基本的にはただでないと後述の賃貸借に分類されるので要注意。六、賃貸借（601条～621条）　契約の中では、司法試験受験生が頭を抱える領域の筆頭格。賃貸借、つまり金を渡すから物を貸してくれ、という契約である。レンタカー、借家などなど。　賃貸借されるものの代表格といえば、家である。持ち家のない人にとっては生命線ともいうべき家の賃貸借であるから、いろいろな意味で賃借人保護の必要は小さくない。だから、借地借家法という法律が賃貸借と合わせて定められ、解釈論も含めて賃借人の保護が図られている。とはいっても、最近は賃貸人の保護も主張されるようになってきているし、問題は大変に難しい。七、雇用（623条～631条）　文字通り雇用契約である。雇い入れてください、雇われている間はそちらの指示に従います、というわけだ。　ただ、民法に出てくる雇用契約の出番は薄い。今は労働基準法を始め、労働関係の法律がばっちり整備されているから、あえて民法という形でここを勉強するより、労働法として勉強する事が多い。八、請負（632条～642条）　既製品を扱うのは売買だが、金などを払って、既製品ではなく新しく作ってくれということがある。これが請負である。工務店に家を作ってくれ、服飾店にオーダーメイド服の作成を依頼するのを想定してもらいたい。　　こと家などの建築物を作る事は、社会的に見てもかなり重要なので、けっこう問題が多く、賃貸借や売買の次くらいには受験生を悩ませている。九、委任（643条～656条）　例えば、他人に代理権を渡しておいて、適当な物件を見つけたら買ってきてくれというように、他人に契約などを頼む事がある。これが委任である。弁護士に依頼するのも委任契約である。　また、代理権云々に関係なく、これ買ってきて、それやってというように頼みごとをするのも準委任と呼ばれ、委任の範囲で考えられる事になる。（656条参照）けっこう社会的に見れば委任って多いと思うのだけど、その割に問題点は少ない（ような気がする）。十、寄託（657条～666条）　（準）委任契約のうち、「物を預かる」という行為が寄託という形で別の契約類型になったものだ。ちょっとリフォームで邪魔なんで、うちのタンスを預かってもらえないか、なんていうのがそうである。　寄託されたものを管理する義務のレベルなど、委任と微妙に異なる部分がある。十一、組合（667条～688条）　集団になって財産をだしっこして何かやろうじゃないか、というのが組合である。集団で金を出してヨットを買ってみんなでヨットを楽しみましょう…とか。（実は組合の有名判例の事案です）　関係者が多かったり、組合内部と組合vs第三者などという関係があったりするので、必要性はそんなに高いわけでもない割りにややこしいし、条文数も多い。　十二、終身定期金（689条～694条）　社会保障が安定していなかった時代に、社会保障に代わる保障をしようという目的で定められたらしく、相手が死ぬまで金を定期に払い続けるという契約なのだが…はっきり言って民法の学習に際して出番はない。名前を知っているだけでも十分。実際あまり出番はないようだ。十三、和解（695条･696条）　さっさと紛争を終わらせたいからこういうことにしてこの件はチャラにしませんか？というのが和解である。200万貸した、100万貸したでもめたときにでは中を取って150万で終わらせましょう、というようなやつだ。あとから200万だったとしても150万で決定、蒸し返しは基本的に許されない･･･のだがこの辺をめぐって難しい問題もある。　もちろん民法の和解も大切だが、むしろ民事訴訟法を勉強しているときに和解という言葉に接することが多いかもしれない。裁判の中でお互いぶつけていく中で和解するということも多いのだ。　細かい内容は、各人で条文を参照してみてくださいな。書き始めたら何万字必要になるか分かったもんじゃないし。　司法試験の受験という意味では、やはり売買、賃貸借、請負が絶対に必須。他も必要ですが、どちらかといえば択一用でしょうか。他は択一知識をそのまま論文に転用するくらいでも何とかなるでしょう。終身定期金や雇用は択一でもほぼ不要です。　さて、そろそろ十段戦第２局や富士通杯が始まる。学年が変わって学生囲碁界もそろそろ動きが出てくる頃だ。楽しみにしていよう。　

  2007年03月27日

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• ドイツの憲法（基本法）の話

  　先日、ドイツであのナチスで有名なカギ十字を使う事を禁じた規定をめぐる裁判の結果が、日本でも報じられた。反ナチであればカギ十字を用いることも差し支えない、とするものである。　今日はこの辺から、ドイツの法律をちょっとだけ。というかちょっとだけしか知らないし、私が持っているのはドイツ法という体系的な知識ではないので要注意。　法体系は、ドイツ・フランスなどを中心とする大陸法vsイギリス・アメリカを中心とする英米法という分類がされることが多かったりする。　そのなかで、大陸法に属するドイツ法は、ことさらにドイツ法というカテゴリに入り込んで勉強しなくとも、現代法、特に刑事法を勉強していると目に入ってくる事が多い。民事法だとフランスが比較的多いかな。　刑事訴訟法の領域では、検察vs弁護が主導して証拠を集め、裁判所は交代した立場で裁判をやっていく当事者主義の日本に対し、裁判所が訴訟の主導権をばしばし握って、当事者を指揮し、検察官には起訴不起訴の決定権限さえない、職権主義であるという対比が語られる。昨今話題の犯罪被害者の刑事裁判参加の先進モデルがドイツであるが、参加が機能しているのは裁判官中心の訴訟であることが一つの原因である。　ちなみに戦前の日本も職権主義であったが、占領軍統治の中、アメリカ流の刑事訴訟になったものだ。　刑法については、日本の刑法がドイツ刑法を継承したという指摘もあることから、昔のドイツの学者の名前が刑法の教科書には次々と登場する。　この辺の食い違いが、日本のある種独特な「刑事法文化」（適当な用語といえるかどうかは分からないけど、とりあえずそういってみる）を形成している、という認識は実務界では強いようだ。　では、憲法はどうだろうか。ここでも、これまで関連するところが出るたびにちょこちょこ触れているのだが、そのまとめだ。条文はここからどうぞ。　ドイツの憲法というと、1919年、世界で始めて社会権条項を入れた戦前のワイマール憲法を思い浮かべる人たちは多いだろう。中学高校とかの公民の教科書にも載っている。　その点から、ドイツの憲法というのは人権擁護に古くから力を入れていて、今もそうなっている・・・と言ったら、ちょっと額面どおりに信じるとえらい事になる。今のドイツの憲法にはこれといった社会権条項がない。別にドイツは人権を軽視しているというつもりはないが、日本・アメリカを中心とする多くの国とはちょっと考え方が違うので、心して読まなければならない。　現在、ドイツには「憲法」はない。正確には「基本法」というのがあり、それが実質的に憲法として振舞っている。本当は憲法制定のための過渡法らしいが、すっかり居座ってしまったもの。ドイツに関して「憲法」と言ったらこの基本法をさしていると思ってね。　　ドイツ憲法の特徴を一言でいうならば、「憲法が超強力」ということであろうか。　もちろん、法の上に立つ法、ということでは、どこの国に行ったって憲法は強力である。だが、ドイツ憲法の強さは日本やアメリカなどと比べると、その強さはまさしく反則級だ。　まず、以前も触れたがドイツには強力な憲法裁判所がある。　日本のように、事件があってはじめて、最高裁判所を頂点にした系列の裁判所が合憲違憲を判断するのでなく、ドイツは法律ができただけで全く事件が起こっていないそばから、憲法裁判所が法律を審査してこの法律は違憲だ、ということができる。以前記事を書いたが、これがそうだ。日本では個人の権利を守るために憲法が出てくるが、ドイツでは個人の権利以前に憲法を頂点にする秩序が重視されるのである。　　もっとも、憲法裁判所自体は、日本にはないものの国際的に見れば珍しい存在ではない。さらにすごいのはこのあとである。　内容的に見ても、とにかく憲法秩序というものが絶対的に動かない、絶対不可侵の神域なのである。憲法の改正自体はけっこうするのだけども、憲法の「根幹をなす価値体系」、すなわち自由で民主的な基本秩序の強さが半端ではない。　例えば、日本では、憲法尊重擁護義務が憲法99条に書かれているが、その対象に「国民」は入っていない。憲法はあくまでも「国家の権能を制限して国民の権利を守るための法」だから、最初から国民個々人に「憲法を守れ」ということなど想定していないといってもよい。例えば中学校レベルで日本国憲法の3つの柱として名高いのは「基本的人権の尊重」「国民主権」「平和主義」であるが、この柱を取っ払え、と主張する事も自由である。（もっとも、公務員になろうとしたときに欠格になることがあるけど）国民に憲法を守る義務がない以上、具体的に犯罪行為に出ない限り、ことさら刑罰などで取り締まる事はかえって違憲とされる可能性が高い。　ところが、ドイツではそんな自由はない。憲法忠誠といって、国民も憲法を守る義務がある。そして、「自由の敵に自由は認めない」のである。言論の自由、出版の自由も、自由で民主的な秩序の敵とみなされれば制限される事になる。こうした考え方は戦う民主主義と呼ばれ、そういった憲法の基本的な理念を取っ払ってしまうようなことは主張する事自体できず、そのような政党は作っても違法ということになる。　実際、私有財産を否定する共産党や、ナチスは「存在自体が」違法であり、実際、共産党やネオナチ系の政党に違憲、解散せよという判決が出た事もあるという。だからカギ十字の使用は禁止、でも反ナチならOKというような、日本人の感覚からすれば正直横暴にすら思えるような取締りも、当然のように適法である。　さらには、「憲法改正が違憲」というすごい概念もあるという。　基本法を改正したのに、その改正は基本法の理念に反するということで憲法改正を無効にしてしまえる、と言われる。日本でも、憲法の基本理念に反する憲法改正は違憲であるという見解が一応通説だが、そのような改正がなされたからと言ってとめる手立てはどこにもない。ところが、ドイツでは憲法裁判所が出てきてその憲法改正は違憲だということができるそうである。　なぜこうなったか、といえば、まあいろいろあるだろうが、一つ言われているのは、ドイツにとっては自分たちがナチスドイツを生み出したという点への反省がものすごく大きいのである。　ワイマール憲法の民主制は、結局ヒトラーを政治に送り出し、一党独裁を生んでしまった。民主主義の生んだナチスへの反省から、民主主義の内部にもきつい制約を設けよう、という発想がある。そのために、絶対に動かしてはいけない価値基準を設定し、民主制を部分的に封じてでも、という考え方である。　念のため、世界的に見ても、ドイツのような戦う民主制は珍しい発想であるようだ。　フランスを始め、諸国の憲法ではこのような考え方は否定する見解が有力で、日本もそうであるとされる。実際問題、あちらを立てればこちらが立たないということから、「自由で民主的」という考え方は多義的に存在する。たまたま多数派についたほうが自分たちの方が自由だといえば・・・というのも困るので、私も正直否定的である。　　ただし、国が違えば憲法の姿もこんなに変わる、しかもキリスト教系vsイスラム教系のように発想が根幹から異なるような世界でもないのに変わる、ということは一つの参考になろう。　

  2007年03月23日

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• さまざまな「心神喪失」

  　先日、心神喪失ということで刑法39条によって殺人犯に無罪判決が下り、遺族が涙ながらに控訴を求めた事件があった。　心神喪失と言うと、刑法39条が問題にされることが多いが、それだけでは十分な理解があるとはいえない。　そこで、今回は諸法に存在する心神喪失を紹介してみるとしよう。刑法39条だけピックアップしてうわーっと言う人たちは、例え何かの弾みで刑法39条の改正に成功しても（あれは法体系の根幹を成すに近い法律なので削除される可能性は限りなく低いが・・・）足元すくわれまっせ・・・と言うことになるので心して読んでもらいたい。　まず、刑法上の心神喪失の話はこの記事で相当詳細に説明をしておいたので、そちらを参照していただこう。　ただ、比較対照用として、もう一度刑法上の心神喪失の定義を書いておこう。　「精神の障害により、自分の行為の是非を認識する能力又は認識に従って行動する能力がない状態」　他方、刑事訴訟法にも心神喪失がある。314条に登場する。心神喪失になったら公判は停止する、と言うわけだ。　オウム真理教の教祖麻原彰晃こと松本智津夫氏の裁判で、弁護側がしつこく主張していたのがこれだ。実はこの記事でも多少解説したけどね。　また、心神喪失のままもう治らないだろう、と言うことであれば公判は打ち切るものと考えられており、薬害エイズの被告人である阿部英氏の裁判はこれによって終了した。　ここでの心神喪失は、「訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態」と定義されている。（最判平成7・2・28）　刑法上のそれとは微妙に違う。刑法は「是非を認識する」能力と「是非認識に従った制御能力」を前提にしている。これに対して刑事訴訟法上のそれは「利害を認識」する能力と「それに従って防御ができるかどうか」と言うのが大切なのである。　例えば、手話も文字も点字も外国語も完全文盲で、黙秘権と言われようと弁護人依頼権といわれようと意味の理解は不可能、弁護人と話すことすらできませんと言うのは、刑法では無関係だが、刑事訴訟法の世界では心神喪失扱いにされる可能性が高い。（最判平成10・3・12参照）　つまり、例え犯罪のときに心神喪失でもなんでもない普通の人だったとしても、後になって強力な薬でも使って裁判が理解できないよ・・・と言う状態になったらもうアウト。彼を法廷に引っ張り出すことはできない（明らかに無罪その他になる場合は別だが）のである。無裁判で処罰することはできず、実際上処罰は宙に浮くこととなる。　怪奇大作戦第24話「狂鬼人間」は刑法39条の問題に切り込んだ問題作（あまりに強烈過ぎたのか公式には欠番扱いされている）として知られるが、あの事件の首謀者の美川冴子は、心神喪失の犯罪がどうこう以前に、自分を永遠に狂わせてしまったため、せっかく刑法的にあれこれ考えても生きることはないのである。　刑事裁判は、被告人を一方的に引っ立てて裁きを言い渡すだけではただのリンチ。被告人に対して手続を受ける権利を保障しなければならないところ。そのためには黙秘権や弁護人依頼権を理解し、自分を防御させる機会を与えなければいけない。心神喪失者なら冤罪その他とは無関係・・・なんて、そんなバカな話があるはずもない。　本人がせっかく与えた機会を用いることができる状態でない場合には、それに従って裁くのは、実質的に見て一方的リンチになるおそれがある。従って、およそ裁判で自分を守ることすらできない被告人を、裁判に引っ立てることはできないのである。　もう一つ、刑事訴訟法上の心神喪失には、受刑能力という視点もある。刑罰の執行方法は刑事訴訟法に書いてあるので、別の意味の心神喪失が同じ法律に同居したりすることになる。　死刑の執行や自由刑の執行は、個人の人格に対する非難を前提にしている。心神喪失状態では、人格に対する非難を彼らは理解できず、刑罰が全くの無意味になると考えられている。　実はここでの心神喪失の定義は手に入らなかったが、自己の行為の責任を認識する能力がない状態と考えていればおおよそ間違っていないと思われる。　だから、心神喪失になった場合には、刑罰の執行は停止される。（刑事訴訟法479条、480条）せっかく判決まで心身喪失でなかった犯人に死刑判決を取ってきても、獄中で心神喪失になったら、彼に死刑を執行することは違法なのである。心神喪失からの回復を待って死刑を執行することになろう。もちろん心神喪失状態から回復しないならば自然死を待つ他はない。　民事法上はどうか。　民事法上はそのものずばり心神喪失とは書いていないが、一般に心神喪失という呼び方をされるのは民法713条。不法行為責任を負わないと言うものだ。　近代民事法の大原則は、「私的自治の原則」と「過失責任の原則」。人間は自分の意志のみに基づいて権利を得たり義務を負うべきだ、というのが私的自治の原則、意志に基づかずに責任を負わせる場合は本人に最低限本人を非難しうる事情として過失を要求すべきだ、と言うのが過失責任の原則である。（多少は修正原理も入っているけどね）　ご多分に漏れず、心神喪失者は過失とか故意で非難することができないから、責任を負わせることができない、と言うわけである。この場合は、監督責任者の監督に過失がある場合に、代わって監督責任者が責任を負うこととなる。（民法714条）実際には、監督義務者が責任を免れる可能性は限りなく低い。　この場合の心神喪失は、「自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態」とされている。条文そのままだ。刑事法の心神喪失に限りなく近い。もちろん、「行為の責任」の意義は難しい。もっとも、そのような人たちが賠償するだけの金銭をもっているとは考えにくいし、実際には監督責任者が責任を負うのだが。　また、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」人間については成年後見制度によって後見人をつけることができ、後見人がつけられた状態で、彼の行動は一部の制約を除けば取り消し放題である。（民法7条以降）旧来心神喪失者は禁治産者・・・という規定だったのだが、言葉が差別的なので改められたそうだ。内容的変更はほとんどないので、いたちごっこじゃないか、という気もするが。　また、例え後見人がつけられないでも、事理弁識能力がない人間のやった意思表示は無効となるのが基本である。現実には立証がとても困難ではあるし、だから成年後見制度が設けられている訳だが。　さて、心神喪失という言葉は、犯罪行為の場面、犯罪を裁く場面、刑罰を受けさせる場面、犯罪について被害者に対しての金銭的償いをさせる場面など、犯罪をめぐる諸相の随所に登場する。そして、その趣旨もさまざまである。　有名な刑法39条も、所詮は犯罪行為それ自体を評価するためのものに過ぎない。確かに他と比べて登場する場面が多いが、刑法39条さえクリアすれば・・・というのは浅はかだ。特に、刑事訴訟上の心神喪失と刑法上の心神喪失は、その内容も趣旨も全く異なる。　日本の裁判が当事者の裁判をする意図に限りなく依存しているのが実態であることは、先日の富山の婦女暴行冤罪事件が争われなかったことからも明らかであるといえる。そんななかで、およそ裁判をする能力さえない人間を裁くことの危険は推して知るべしである。　刑法39条を見直すのは自由だけど、ほかに存在する心神喪失の規定にも、注意を払った方がいいよ。

  2007年03月06日

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• 現実的行刑と犯罪の抑止

  　犯罪者更生もののドラマとかはいくらでもある。日本人にとって一番有名なのはレ・ミゼラブル（ああ無情）といったあたりであろうか。　現在の法制度でも、犯罪者の更生にはかなり力が入れられている。一番手っ取り早い例が少年法。少年に対しては処罰をする場合もあるが、少年院や児童自立支援施設に送ったりしてその更生や社会復帰に力が入れられている。　だが、最近これらの発想は煙たがられているようだ。犯罪者が更生した方がいいか更生しない方がいいかといわれれば圧倒的多数は更生した方がいいというだろう。問題は、更生のために処罰の程度を下げたりすることである。　最近そういう発想が強くなった理由はといえば、とどのつまり被害者の再発見にあるのではなかろうか。更生重視の少年法に遮られて審理の内容も知ることができず、謝罪も受けられず、それでいて厳罰に処されるわけでもない。こと少年事件の被害者などが表に出てくるにつれて、なぜ「更生にそこまで力を入れるのか」という発想はきわめて広くなっている。　今日の文章は、この問いに対して一応の答えを提示してみるものである。あくまでも私の答えであるのでその辺は注意してほしい。　ただ、とても現実的な考え方であるという自信はある。　まず、今の日本に存在する刑罰は何だろうか？　刑法をみれば、「死刑」「懲役」「禁錮」「罰金」「拘留」「科料」「没収」であると書かれている。それぞれの意義は、こちらから条文を参照していただこう。　死刑は、生命刑と呼ばれる。生命を持って刑罰としますというものだ。　懲役・禁錮・拘留は自由を奪うことによって刑罰とするので自由刑と呼ばれる。　罰金・科料・没収は財産を奪うことによって刑罰とするので財産刑と呼ばれる。　では、これらの中で「犯罪者を社会から消してしまうことのできる刑罰」はどれだろうか。（恩赦の類は考えないことにします）　死刑は当然該当。死んでしまえばどうにもならない。　財産刑は、納められないと労役場留置ということもあるが、犯罪者を隔離することを想定した刑罰でないのは明らかである。　自由刑はどうか。確かに一定期間は服役をするし、その間は社会から隔離されるが、その後が問題である。刑期を終えれば、彼は社会に出てくることになる。　例外としては無期懲役・禁錮（今後は「無期懲役」といったら無期禁固も含めます）。無期懲役は仮釈放によって社会に戻ってくる余地はあるが、運用によっては社会から消す効果もあろう。最近は無期懲役の仮釈放がなかなか認められず、終身刑化していると指摘されている。　つまり、今犯罪者を社会から消すことができる刑罰は、死刑か無期懲役ということになる。　では、今死刑か無期懲役が使える犯罪とはどんなもんだろうか。死刑が使える刑法上の犯罪は、政治的な罪を除けば殺人とか強盗殺人などの殺人関連の罪に集中している。放火なども死刑適用の余地はあるのだが、実際問題として死刑の適用が争われるのはほぼ殺人諸罪限定である。　無期懲役はどうか。死刑の使える罪は無期懲役も使える※。他方、無期懲役にできて死刑にはできない罪は意外と少数。強盗強姦罪とか強姦致死罪、通貨偽造といった罪が中心である。傷害致死罪や危険運転致死罪では無期懲役にすることはできない。　こうしてみるとわかるとおり、死刑と無期懲役は相当に重い罪でなければ使わないのが現在の法実務である。　法改正で重くする可能性もあるだろうが、それでも大半の罪は死刑や無期懲役にはなるまい。放火ならまだしも、殺人クラスの罪になると普通の人は怖くてできない。それでも殺人をするというのは、よほど強烈な動機があるということである。そうすると、そこに酌むべき事情が出てくることも少なくない。たとえ法改正で死刑や無期懲役の射程を広げたところで、実際にそれが使われるのは稀な現象ということになろう。あまり死刑を濫発すると、逆に生命の価値を貶めるかのような印象を受ける人も出てきかねない。北朝鮮の死刑について考えてみるとよい。　更生しない犯罪者を釈放することは、やむを得ない。いくら無反省だからといっても、そもそも無反省かどうかは判断するのも難しいし、立ちションで無期懲役とかにしていたら殺人犯が自分は立ちション以下とか思ったりしかねない。無期以外にもどんどん罰が重くなっていき、刑務所のパンクは決定的になるであろうし、国民の自由保障という視点の問題もあるし、刑罰という、それ自体一文にもならない行為のためにどれだけ税金が使われることか。　こうして考えると、死刑も無期懲役もなかなか使える罪ではない。大半はほかの罰を使うことになる。　それすなわち、犯罪者の大半は社会復帰することになる。　大前提を導くのがやたら長くなった。　ここから先は、私の独自の発想である。　社会復帰する犯罪者の再犯防止には更生させるのがもっとも手っ取り早いし、それ以外の現実的な方法はない。いくら保護観察をしたり、保護司さんががんばったところで、２４時間監視しているわけにもいかないし、警察官などにつけ回させるのも金がかかってたまらない。結局のところ、犯罪を止めるのは犯罪者各人の意識に他ならないのである。　自分のしたことは悪いこと、もう二度としませんという意識が植え付けられる・・・そう、それこそが更生であり、社会復帰への原動力であり、是非とも成し遂げてもらいたいことなのである。　更生や社会復帰という意味では、厳罰が効果がある場合とない場合がある。　厳罰で期待できる効果はどうだろうか。　苦痛を与えてそれで悔悟する・・・というのももちろんある。だが、悲しいかな人間は慣れる生き物。およそ慣れることすらできない環境による服役は奴隷的拘束として違憲の疑いさえ生じかねない。刑期を伸ばすという苦痛による悔悟はあてにならない。　むしろ長期の罰による効果は、「長期の罰を食らうほどのことをした」ということを認識させることそれ自体に意義があるというべきだろう。もう一つ、「それだけ罪を償ったのだから、社会としても受け入れてあげようという意識がうまれる」というのも大切なところである。特に後者の考え方については、その他の更生措置では限定的であろう。　では、厳罰が更生や社会復帰にマイナス効果となるのはどんな場合か。　ある程度苦痛を受けて更生したのにいつまでたっても刑期が終わらないのでは、メリハリも利かなくなりだらだら受刑者になるのがオチであろう。長期の受刑はこの見地からはあまり好ましくないといってよいであろう。　厳罰で懲役刑にして収容すれば、犯罪者と一緒に収容されるわけだから、誘惑も大きくなろう。　また、社会との縁は一旦切れるわけであるから、これまで築いてきたものが壊れてしまう。会社員の類は100%クビ、医師も弁護士も何年もの勉強がフイになる。家族も養えない。そういう人間が起こす犯罪というのは、決して少ないものではない。実際の裁判でも、弁護人は執行猶予を勝ち取るためにこいつの仕事先は大丈夫かということを探すという。　もちろん、更生を図る以外にも、刑罰には世間一般への見せしめ的な抑止と言う意味合いもある。だが、一般市民は自分が関係した事件でない限りは殺人などをはじめテレビなどで扱われる事件ばかり興味があるのが通例（仕方ないのだが）。日常的な窃盗や詐欺なら、処罰が確実に行われてさえいればその細かい内容までは問われるのはまれな現象。　また、犯罪者予備軍とて、つかまると知っていれば短期でもやらないのが普通。「つかまらない」と言うクッションの向こうを厳しくしたところで、その効果は怪しい。　それなら、少なくとも重大事件でない場合には、もっと個々人に眼を向け、彼の更生を主眼においたほうがよいだろうと思う。　大半の犯罪者はいずれ社会復帰する、死刑や無期刑や追放刑はまず使わない、行刑にも限界があると言う「現実」を前提にすれば、現実的に犯罪を防止するために司法にできることは何か、と言う視点もおのずとできてこよう。　もちろん、これまで書いてきたのは、そうした大前提を元に私が考えた思考に過ぎない。大前提を基にしても、また違った考え方もあるのかもしれない。　　でも、被害者のためと称して何年先になるか分からず、根拠にも乏しく、およそ当てのない立法論を自己満足的に主張するより、現実を見据えた量刑や行刑を考えることの方が一つのキーとなるものと信じている。　なんだかんだで、ちゃんとした被害者団体は自己満足でなく、それなりの理屈をつけて主張してきている（個人的には批判的なものも多いけどね）。だから、いくつかの彼らの主張が受け入れられるところとなっているのだ。

  2007年03月04日

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• 刑事法の国際化に立ちはだかる死刑の壁

  　未執行の死刑囚が100人に達したというニュースが先日出た。　他方において、フランスで死刑の禁止を憲法に記載する改正がなされたという。　日本では、オウム真理教による地下鉄サリン事件を手始めに、凶悪な犯罪がマスメディアに上ることが増え、また山口母子殺人事件の本村氏を中心に、犯罪被害者の活動が表に上ることが増えたせいか、死刑制度に対する支持はかなり力を伸ばしている感がある。　残虐刑による憲法36条違反などとして違憲判決が下る可能性を別にすれば（実際にはほぼありえない）、死刑制度の存続いかんを最終決定するのは国民の意思であろうから、当分死刑制度は安泰か・・・というところであろうか。　私なんかは、先日の鹿児島や富山の冤罪事件について、重要な参考資料が追加されただと思うのだが、直接死刑が話題にならなかったせいか盛り上がっている気配はない。確かにあの手の事件のほうが証拠が集まらない犯罪なので自白強要の危険は高いが、他方で被害者や国民の処罰に対する希望がさほどでもない件で起こっているという実態を直視して、冤罪を理由とした死刑廃止論を再考することは十分にあるところだと思うのだが・・・。（冤罪は決定的根拠にならんという指摘は存置論側の有力な反論だが、冤罪がバカスカ起こっているのにそれを主張し続ける人はなかなかいないであろう）　さて、死刑制度の是非論については、一応私も死刑制度を調査したことがあってディベート大会ならどっちを持ってもひとわたり語れそうだけども、いまさら私が解説をせずとも私にできる解説の何十倍も詳しい解説や論争整理がなされているので、そちらに委ねれば済むことであろう。　そのうち、廃止論の論拠の一つであろう、国際潮流と死刑の点に今日はちらりと触れてみたい。ちらっとです。　現在、死刑制度を存置しているのは、主だったところでは日本、アメリカの38州、中国、インド、イスラム諸国といったところ。　朝日新聞で法務省関係者は「人口比で考えれば死刑存置国の方が圧倒的」と言っていたけど、存置国はといえば、中国とインドだけで地球の人口の30％は抱えているので、単純国数換算も問題があるとしても、単純な人口比換算も問題ないとは正直言って考えにくいものがある。　ことに日本やアメリカに比べて中国は相当な厳罰主義で、麻薬やポルノで死刑の例もあったという。代わりに死刑判決を下しておいて2年くらい服役させ、態度いかんで死刑を留保する制度があってけっこう使われているそうだけども、それでも中国の死刑のあり方には日本などとは比べ物にならない批判が浴びせられる。　ところで、今ブラジルに逃亡したひき逃げ犯の代理処罰の問題から、外国人犯罪者の引渡しということが話題になっているが、死刑制度がこの問題について一つの障害となりかねないことをご存知であろうか。　というのも、ＥＵ諸国が、死刑制度に対して大変厳しい視線を向けている実態を注視しなければならない。　ＥＵに加盟するには、死刑廃止が条件となっており、ＥＵ加盟希望と言っている国であるトルコは、死刑廃止にＯＫを出している。（ロシアも情勢不透明ながらＥＵに向けて廃止方向に動いている）日本は、地理的条件や経済的条件云々もさることながら、死刑制度という点からもＥＵ加盟は不可能ということだ。　ＥＵ云々は最初から無理だとしても、ＥＵ諸国は、死刑が科されるような場合には、犯罪者を引き渡すことができないとしている。　　つまり、死刑相当犯罪をしでかし、逃亡した外国人を日本に引き渡してもらうことは難しい。（ルワンダは大虐殺に関与した人間を引き渡してもらうために死刑廃止準備をしているという）例え代理処罰をするにしても、死刑はありえないことになる。　それどころか、せっかく犯罪人引渡条約を結ぼうとしても、死刑制度があるがために全体がおじゃんになりかねない。少なくとも、死刑に処される可能性のある罪（殺人とか）の場合は渡しませんよ、という結末が見える。　実際、日本国内で殺人をしてスウェーデンに逃げ込んだ外国人がいて日本が任意の引渡しを求めたところ、「日本には殺人罪に死刑があるから渡しません、渡してほしければ死刑にしないことを確約してくれ」といわれ、結局代理処罰で終わったという例もあった。　いくら日本国内で死刑存置論が圧倒的に優勢でも、外国が死刑制度を導入するかどうかまで口を出すことなどできるはずもないし、外国にいる人間は、その国の主権によって扱われざるを得ない。世界から国境がなくなるか、日本が世界征服しない限りは、日本の立場をどこまでも押し通すわけには行かない。　さて、死刑を存置する限り、あるいは適用をちらつかせる限り犯罪者は引き渡してもらえないというジレンマに遭遇した、というより現在形で遭遇している死刑存置論の皆さまはこの両立しない問題に対してどういう立場をとるのか。死刑存置で処罰はしたいというのが通用するとは正直思えない。バラバラの論点としてみるとそういうことを言っている人もいるけど、通じてはくれない。　ぜひここで両者を統一的にとらえて現実的な考え方をお聞かせ願いたいものである。　ちなみに、この手の問題は共謀罪でもあるという。共謀罪の場合はないことが条約の批准に当たって問題視されているのだけども。

  2007年03月02日

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  受刑者アンケートから見る受刑者処遇

  　施設を出所する受刑者に、法務省がアンケートをとったという。詳細はこれだ。　釈放前にアンケートを取って職員を通じて回収したそうだが、どのような受刑者に対してやったのかが気になるところではある。窃盗や詐欺などの財産犯か、暴行や傷害・脅迫などの粗暴犯か、交通業過やひき逃げなどの過失犯あるいはその延長かなどがいろいろと気になるし、そういう意味ではもっとちゃんと細かく集計してほしかった。　また、匿名アンケートだからといって安心して書いたとは限らない。これから仮釈放を迎える人が答えたアンケートとなると、当たり障りのないことばかり書いていた可能性があるから、その意味では眉につばをしておく必要もあろうし、アンケートに答えなかった人たちが持つ一定の傾向というのもいろいろと憶測が可能である。　ただ、たとえ目安でも一応の声はこれまででも聞いておく必要があったはずである。　さて、処罰される側の言いなりになって刑罰を決めるのは、流石に問題があることは子どもでも分かる。だが、そこで思考をストップさせてしまうのではただの子どもレベルだと思う。　刑務所と言うのは、どうしても性質上1箇所に受刑者を集めなければならない。　その中で秩序を維持するのは、受刑者たち自身に自発的に秩序維持に協力してもらわなければならない。例え警察官よろしく刑務官に拳銃を装備させ、それどころか思い切って反抗的な受刑者を射殺することを許可したとしても、本気になった受刑者の大軍にかなうはずはないのだ。受刑者自身の作用に関係ない秩序の維持をするには、今の何倍何十倍の予算を配分してもらわないとどうしようもない。　最近は過収容（平成16年12月31位日現在で117.6%、120%オーバーで暴動が起きるとさえ言われる）が刑務官の過労という形ででも結実していると言われるし、アンケートでも受刑者関係の悩みが受刑者のトップに達している。ことに、粗暴犯系の人間と狭い部屋に押し込められるのは、相当な苦痛を伴うであろう。塀の中でも一人になりたいあまりに怠業をやって独居房にぶち込まれる人間が既にいるという話は、ここでもしたことがある。　たぶん某M・H教授あたりは犯罪者を甘やかすなと怒るのであろうが、刑務所の秩序は囚人が協力しなければ成り立たないのだから、更生を考えずやたらめったら締め上げることがいいとは思えない。それは受刑者の人権がどうこう以前の問題だろう。（受刑者の人権の見地から問題が無いといいたいのではない）それに、行刑には絶対的な外枠として奴隷的拘束の禁止（憲法18条）や残虐刑の禁止（憲法36条）がかかってくる。また、苦痛を与えようにも人間というのは多かれ少なかれ慣れる生き物。その辺を見据えずに厳罰化や処遇の劣化を主張するのは非現実的な発想だろう。　さて、刑務所は、社会復帰に役立たない、といわれることが多いという。　平成11年出所者は、なんと47％近くが平成16年12月31位日までの間に刑務所に再入している。（犯罪白書2005）そして、新入受刑者の半数は、過去に服役経験がある人間である。前科があれば累犯加重で刑は重くなるが、それでもそれなりの事件でなければ執行猶予判決が多いのは同じである。　つまり、刑務所に勤めていた人間がきちんと更生していてくれれば、あるいは再度犯罪に手を染めざるをえなくなるような環境（生活苦で泥棒とか）でなくしていれば、刑務所に送るような犯罪は少なからず減少していたというのが現実だ、ということである。「犯罪防止市場」というものがあるとすれば、刑務所はもっとも簡単に目標が発見できる場所だ。　釈放前のアンケートだから本当に役立たないのかよく分からないとは言いながら、社会復帰後に役立たない刑務作業をさせていていいのだろうか？　罪に対する償い、と言う意味は、受刑には確かにある。だが、刑務所内部の処遇において、実際に期待されるべき「機能」という視点に代えると、受刑者の更生その他による再犯の防止と言う視点が第一のはずである。刑務作業の顧客が伸び悩んでいて、現状においても担当者の労苦は凄まじいものがあると聞いている。担当者でどうにかならず、かつ本格的に犯罪を防止したいのなら、国の方で税金を使ってでも何とかそのあたりを吸い上げなければならないはずだ。それには市民の支持が欠かせない。犯罪抑止のために厳罰といっている人たちの大半は、この辺にはとんと無頓着である。　奴隷的拘束禁止や残虐刑禁止の外枠の中で、処遇それ自体に抑止効果をことさらに期待するのは、相当な無理を伴うだろう。いってはなんだが、世間の人々は判決と言う刑期の外面的な長さにしか興味はない。つい先日、未執行の死刑囚が貯まり貯まって100人という事態になったが、世間の人々の執行に対する興味は、判決に対する興味と比べれば相当に低いのが一つの原因だろう。　刑期と言う外面だけ見てどうだ、というのは仕方のない側面もあるかもしれないが、現実的ではあるまい。　　私は、晩酌をするとなると、2年前、府中刑務所見学のときに購入した100円のおちょこで日本酒をぐいっといく。岡山の刑務所で作ったと聞いている。値段が値段だけに無骨だが、備前焼で名高い岡山産（岡山の刑務所では陶器系の刑務作業をよくやっているらしい）だけあってさすがに丈夫に出来ていて今なお全く問題ない現役だ。少なくとも私にとってはかなりのお買い得商品である。刑務作業生産品は割と質も高いらしいので、ここを見た皆さんも、てこ入れしてあげてほしいものだ。　せっかくなので愛用おちょこの写真を公開しよう。　私を人権派系だと思っている人は多いらしい。　だが、実際はそうではないと思う。今ある法理の外枠の中で考えれば、割と現実的な発想をしているタイプだと思う。法理の外枠が人権派系に出来ているだけだと思っている。それどころか、同じ事件書類を見て周囲の同業者が軒並み執行猶予をつける中（別に執行猶予をつけろなんて教育を受けた覚えはない）で、私だけ実刑だったなんてこともある。あんなに厳罰主義に噛み付いている私も、ある意味では厳罰主義者かもしれない。ただ、それなりに現実的でない罰は語らないけどね。　行刑が受刑者にどう思われているか、その辺を考えてこそ、現実的な処遇につながっていくものであろうと思う。

  2007年02月22日

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• 被害者質問に立ちはだかる黙秘の壁

  今日は先に事件から書くとしよう。まさしく黙秘権vs真相究明というのが問題になった件である。　札幌高裁で平成14年3月19日に下された裁判例。「城丸君事件」と呼ばれる事件だ。知っている人もいるかもしれない。　この事件はなんと専門家の検察官が黙秘権を部分的にでも切り崩しにかかった事件といえる。黙秘をめぐって世論＆被害者vs法曹界の対立が現れたカレー事件と異なり、弁護・裁判所vs検察官という構図が現れたのだ。　この事件は、被告人は「人を死なせた」ことはごく普通に情況証拠から認定されていた。重大な犯罪により死亡させた疑いが強い、とまで言った（無罪判決なのにこんなこと言っていいのかという気はするが）。もしかすると、踏み込めば傷害致死くらいまで認定できたのかもしれない。　ところが、この事件が起訴されたのはなんと被害者の死亡時期から14年11ヵ月後。殺人罪の時効15年ぎりぎりで、過失致死どころか傷害致死でも時効。被告人を処罰するには、なんとしても「殺意の下に死亡させた」ということ、つまり殺人罪を立証しなければならなかった。　だが、被害者の亡骸は骨片と化し、DNAでやっと身元を判断する状態。死因さえわからない（死因→殺害方法と分かれば殺意の認定は比較的やりやすい）し、殺意を推認させる動機も見当たらないというまさしく八方ふさがりの状態だったのだ。　検察官は犯罪者を訴追するが、その立場は「公益の代表者」で「法の正当な適用を要求する」立場。内心で黙秘権にどれだけムカついていようとも、現行法上黙秘権が大々的に認められる以上建前で黙秘権は大切だという。それなのに黙秘権を崩すような主張をしたのは、こうした極めて特殊な事件の背景もあったことを忘れてはいけないだろう。　検察官が普段から黙秘相手に本件のような徹底抗戦はしないとは思っている。　さて、この事件で被告人は、取調のときに事件とのかかわりを聞かれたあたりから黙秘を始め、そして公判では完全に沈黙。被告人質問を行い、質問の回数は400回になったにもかかわらず、ずーっと何も言わなかった（言ったとしても「お答えすることはありません」とか）のだ。　そこで、検察官は「黙秘の事実は他で形成された有罪の心証を強めるためになら使ってもよい」という、正直私にはよくわからない理屈（裁判所がそう読んでいるだけなのだが・・・）で応戦を試みた。　だが、この発想はあっという間に蹴っ飛ばされてしまった。検察官の言っているのは、黙秘を事実認定の情況証拠に使うこと。黙秘「権」があるという趣旨を実質的に没却することになるとして受け入れなかったのだ。この辺の詳しいことは、後で説明しよう。　それどころか、検察としてはヤブヘビな事態が起こった。なんと400回の質問自体に疑問が投げかけられたのだ。判示の該当部分を要約すると、　「もともと弁護人は被告人が黙秘するつもりだとして被告人質問に反対していた。弁護人が反対していたとしても被告人質問を行うこと自体は不当ではないが、被告人質問を実施して、それでも黙秘することがはっきりしたのに、延々と質問を続けるのは黙秘権の行使を危うくする。黙秘が明らかになったのに質問を続けたのは答えを期待したというより、沈黙する被告人をさらして裁判所に不利益心証を作らせようというつもりなのではないかと思われるが、それで不利益な心証をとることを裁判所はしてはならない」　おそらく、黙秘権があるとしても黙秘しないよう説得する、あるいは心変わりに期待して質問ということは許されるとしても、その見込みもなくなったのにしつこく質問を続けるのは、黙秘権を行使する権利自体危うくしてしまうんじゃないの、と発想があるようだ。　そこまで言うなら裁判官もとめろよという感じがするが、証拠がない重大事件だったからそこまで踏み込めなかったかもしれない。　結局、この事件はもろもろの情況証拠も殺意立証には至らず、控訴審も無罪となり、検察は上告を諦め、判決は確定した。後日、被害者遺族は被告人に対する民事訴訟を断念、また被告人の女性は刑事補償金をもらったという。　さて、日本の憲法38条1項は自己に刑事法上「不利益な供述を強制されない」権利を保障している。いわゆる自己負罪拒否特権である。　さらに、日本の刑事訴訟法はそこから進めて黙秘権を認めている。「全てにおいて被告人は完全沈黙していてもよい」、ということだ。自分に有利なこと、有利にも不利にもならないことまで含めて言わないでよいのである。　個人的には、自己負罪拒否という発想自体消化不良なので、憲法38条1項を改正するという選択肢自体は、あるかもと思っている。もっとも、最近論じられる憲法改正云々に憲法38条云々は聞いたことがないけど。　だが、一度自己負罪拒否という大原則をぶち上げたら、ほとんど自動的に有利不利に関係ない黙秘権を認めることになるとも考えている。被告人としては、言わなければ有利不利を知るのは厳しいし、裁判所としても言われなければ有利不利なんて判断しようもない。少なくとも、氏名・年齢のような、かなり型にはまった事項でなければ無理がある。（ちなみに氏名限定で不利益にあたらないとする判例はある、最大判昭和32・2・20）　どうしてもというのなら、判断や取捨選択の必要さえない状態、つまりアメリカのようにその事項の処罰を免責したり、証拠不使用を確約するしかなかろう。（個人的には証拠不使用の確約でも十分かどうか疑問だけど）　また、黙秘権に関して言えば、冤罪防止のため必要という指摘も見逃せない。この点は私は消化良好である。　黙秘をめぐり世論と法曹界が激突した和歌山カレー事件、地裁の裁判官はなかなか世論その他に気配りのきく人だったようで、わざわざ黙秘権の必要性を判決文に記した。　わかりやすく言えば、捜査＝国家権力と被疑者＝個人の力のアンバランスを是正して両者を対等にする（国家権力に真相解明の全面的義務があって被疑者に殊更疑いを晴らす義務を認めない）ことによって冤罪を回避するという刑事裁判の基本理念があり、黙秘権はそのひとつである。黙秘権を否定すれば両者のアンバランスが是正されないよ、という指摘なのだ。　アンバランス是正というような哲学のほか、実際にも取調べで黙秘とかただ「やっていない」というのを超え、供述しても、警察などが既にある証拠その他から描いたストーリーまで引っ張っていかれることはある。で、自分の言い分が信じてもらえないというところまで追い詰められ、結局虚偽の自白をしてしまう。そんな構図で起こっている冤罪事件は未だにあるという。　そして、先の例を見ればわかるとおり、黙秘権は強力な権利として設定されている。　黙秘自体を直接不利益の原因にすることは許されない。（黙秘がいろいろな事項の間接的な証拠になったりするので厳しい部分もあるが、全て捜査段階の問題である）　捜査から公判に至るまで貝のように口をつぐんでよい。取調をする、公判をするとなったら取調担当者や裁判官はわざわざ「黙秘していてもよい」と通知しないと違法。黙秘しているのはやましいところがあるから、犯人に違いないと認定することも許されない。　量刑はどうか。よく言われるのは、自白をすることが反省悔悟の情を示すのでそれとの対比で黙秘が不利益になるのは許される、というもの。黙秘を直接不利益にしてよいとはみられないようだ。判例でも、自白との対比で量刑を差別することを認めたものが下級審であるようだが、端的に黙秘を不反省の証拠に認めるというのは見当たらないらしい。　さて、やっと本題に入る。　この記事を書いたのは、今度、被害者が裁判に参加するというのが検討されるので気になったためだ。参加すれば、検察官と並ぶ当事者として被告人に質問したり、法廷に在廷したり、証拠を提出したりということになるという。　実は学部時代、２年半くらい前にゼミで多少扱ったりもした。　だが、例え被害者が参加しても、黙秘権は動くまい。すなわち、せっかく被害者が質問をしたとしても完全沈黙されればそれまで。城丸君事件の発想からすれば、沈黙を貫いている被告人への質問は、制限されることさえあると考えられる。　場合によっては被害者が更に傷つくこともあろう。私はだから反対という立場ではないが、結局のところそれで傷ついたとしても被害者たちの自己責任ということにならざるを得まい。黙秘で被害者が傷ついたからといって罪を重くするのはやはり許されないと考えられる。　また、被害者の意見陳述に際して、黙秘をあげつらうような被害者の意見陳述が許されるのかどうかという問題もある。意見陳述を量刑資料にすることは許されるといわれるようだが、黙秘している→反省していない→許せないという遺族の陳述に乗っかって、その通りに判決文に書いたりすると違法とされる可能性がある。　さらにさらに、裁判員ということになると更に厄介だ。裁判に参加するのが検討されるのは裁判員の対象事件が相当数含まれ、裁判員担当事件は全部参加可能と言うことにもなる可能性が高い。裁判員が、そのような意見陳述を受けて量刑を設定するに際して、そのような思考ができるかどうか？という問題もある。　こと否認事件については、裁判員に悪影響を及ぼすので意見陳述を止めよう、と言う事態が起こることも考えざるを得ないかもしれない。　被害者の刑事司法参加はけっこうかもしれないが、被告人に黙秘権を認め、被害者に過酷な尋問をし、公訴時効を設けるなど、被害者の思いを踏みにじるような刑事司法の構造も、一面においては冤罪を防止すべく、適正な手続を保障すると言う方向に役立ってきたことを忘れることはできない。刑法が被害者の利益を第一に追求すべきものと見ていない（まず追求すべきは公益である）と言うことも、注意しなければならないだろう。　その中に被害者を組み込ませると言うことは、口で言うのは容易いし、理念的に間違いとはいえないと私は思う一方、却って傷を深められる覚悟もしなければならないということでもあると思われる。　裏づけのない、感情に安易に乗った改正にならないよう、慎重な検討をのぞみたいところである。

  2007年02月03日

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• 火災保険加入はしたほうがいいよ。

  　別に私は保険会社の回し者じゃないよ。ただ、やはり危機管理として火災保険はぜひとも必要だぞ、と言うことを言いたいのである。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日本にある法律の数は超膨大。国会が決めた法律に限らず、内閣が決めた政令・省令だって大切だし、都道府県・市町村の条例だって数知れない。断言するが、例え最高裁判所の長官といえど、これらの法律をすべて知っているわけではない。（全法律見てみたいならここからどうぞ）　そのせいかどうか、日本には手付かずのままかなり古い法律もある。法律を廃止するのだって国会の権能であるから、いったん国会が作った法律は国会が忘れ去ってしまったとしても有効であるし、裁判所その他が勝手に無視することは許されない。　だから、戦前から連綿と受け継がれる法律など別に珍しくもなんともない。　民法の財産法部分や刑法は、文体が現代語風にわかりやすくされる改正はされたが、戦前から内容面を根本から動かすような大規模な改正がなされたことはない。「戦後60年も経ったから憲法は時代に合わない、改正せよ」と叫ぶのは、憲法に限らない日本の法体系のかなりの部分にケンカを売ることなのだ。　それでも、そうした法律の中には、現代の実情にあわないだろう･･･ということで法律の存在に批判的な見解が有力になっているものがある。夫婦別姓などもそうした論争のひとつであるが、今日取り上げるのは題名のとおり、火災保険が必要になる原因となっているひとつの法律である。　ちょうど輝かしいナベの季節であり、同時に火災の多い時期でもあるのでぴったりであろう。　その名は「失火ノ責任ニ関スル法律」。　略して失火責任法である。この法律は明治32年にできた、というから100年以上今のままで存続していることになる。条文はたった1条だけ。全部引用しよう。　民法第七百九条 ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス　平たく言えば、本来過失で他人に損害を与えれば賠償する（709条）のだが、失火の場合は過失については責任はない、故意または重過失の場合は責任ありというものである。　特に重要なのは、過失については責任はない、というものである。　火は恐ろしいものだ。火災の報道を見れば一目瞭然、家に火がつけば、たちまちのうちに家自体はもちろん、中にある諸道具、人の生命に至るまで奪い去ってしまう。まさしく「多すぎる火は何も生みはせん、火は森を1日で灰にし、水と風は100年かけて森を育てる」のだ。（「風の谷のナウシカ」より）また、消火活動で水をかぶったりして損害が発生することもあろう。　そんな被害を蒙った人たちが失火の主に責任を問うのは当然ともいえる。そんな当然のことを、この法律は制限しているのだ。　例えば、隣の家で風呂を炊こうとしていたら栓が壊れていて結果的に空焚きになってしまい火事になり、もらい火で自分の家が全焼したとしよう。この場合、炊いた人には過失はあるかもしれないが、重大な過失があるとはいえない。　この場合、この火事でもらい火になってしまった人は泣き寝入りするしかないのである。例え火元が火災保険に入っていて全損害補填されたとしても、もらい火は泣き寝入りである。　ちなみに、天ぷら油の放置による過熱や寝タバコの場合は重大な過失ありと見られる可能性が高いようだ。　なぜこんな法律ができたか、この法律の時代背景を考えてみれば、多少はうなずけるものがあると思われる。　この法律ができた100年前、日本は今のような消防設備と通報体制とがあったわけではなく、木造家屋ばかりで、その上密集している。失火を出した方としては、ほんのわずかなミスで、自分の家や財産を失った上に更に他人の損害賠償を支払うとなれば、あまりにも責任として強烈過ぎるだろう･･･という配慮があったといわれる。　なるほど、これ自体は一理ある考え方である。ない袖が触れない以上、あまりに高すぎる賠償額は実際上何も生みはせず、人のこれまで築いてきた人生と関係を一瞬で粉々にしてしまうのだ。　ところが、今の日本はそうだろうか？消防車も新式で通報ネットワークもかなりのもの。木造家屋が多いとはいえ耐火建築や火災保険もかなり普及しているご時勢だ。過剰な債務には破産で免責という手もあるかもしれない。　そうすると、自分の損害に1件や2件くらいがプラスされるのは、呑ませてもいいのではないのか？という点が、割と協力に主張されているのが実際である。また、そういう考え方の学者は、失火責任法はもっと狭く解釈すべきではないかという考え方をする人も多い。もともと国民感情としても、火を出しといてそれはあんまりでは？という発想は決して弱いものではないはずである。　しかし、どうがんばっても失火責任法があるのは変わらない。失火責任法を廃止してくれれば楽なのだが、当分その気配はない。　単なるもらい火はもちろん、隣の家の小学校低学年くらいの子どもが隣の家に火を出してしまったりしても、親に監督上重大な過失がある場合でなければ失火責任法で責任は問えないとされる。　結局、もらい火から自分の身を守る方法は火災保険しかないのである。　だいたい、どうがんばったってない袖は触れない以上、家が燃えてしまった上に金のない相手からは何もふんだくれないから、失火責任法があってもなくても火災保険は本来必要なのだが、失火責任法がある以上火災保険は絶対かけておけということになるのだ。　火災保険の加入率は9年前の資料ながらこのページの通り。意外と低い。残り４０％はもらい火がくれば泣き寝入りと言うことになる。　・・・案外、失火責任法が残っているのは火災保険業界が儲け口を増やすためだったりして。いやつまらない邪推ですので真に受けないように。　ちなみに、失火責任法は、火を出した人が借りている借家や賃貸アパートには適用がない。家を借りるということは、「契約が終わったらちゃんとした家を返す」という契約を同時に結んでいるということ。契約の内容をまもれということについては失火責任法は口を出さないというのは大審院以来からの判例だ。借家がよそ様からもらい火したことについては責任がないので賠償義務はないが、自分の失火の場合にはどうしようもない。　借りている家を燃やしてしまえば当然重たい負担をしょって生きていっていただく事になる。　また、失火は刑法上処罰される。業務上失火を起こせば3年以下の禁錮になるし、人がやけどすれば業務上過失傷害ということにもなりうる。　自分の火の用心は当たり前だが、他人の火から自分の家の用心をすることも大切なことなのだ。

  2007年01月31日

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• 交通事故、また厳罰化するの？

  　内閣というか法務省の方で、今度は自動車運転過失致死傷罪という罪を作ると言う。もう運転による過失致死傷は業務上過失ではなくすべて重い処罰（危険運転致死傷罪よりは軽く、最高懲役７年）の対象にしようというものであるらしい。　今回の改正がどのようになるかは今後を中止する他無いが、報道を見る限り、これらを「厳罰化」と評価することには、正直言って疑問の余地がある。今分かっている範囲では、最高刑だけを引き上げるわけだから、世の中の軽微な一般の事件に関する運用がこれまでと根本的に変容するとは思われない。最低刑をことさらにいじらなければ、実務家が困ることは無く、実質的な厳罰化の効果は低いと思われる。　また、実際問題、危険運転致死傷罪が使えないがためにもめた件は少なくない。　つい先日も酒気帯びの人間（「酒酔い」ではないのだ･･･）が信号を見間違えた可能性のある事故について、危険運転致死傷罪は使えないという判断をしたら、判決を下した裁判官がネット上で袋叩きに遭った。裁判官に対する非難はレベルの低いものばかり（裁判官の判決は、裁判官の認定した法令適用では最高刑であったことに触れている人はいない）であったが、それでは刑が低すぎると言う感情が根底にあることはとりあえず理解できる。　また、逃げたほうが証拠不十分で罪が軽くなる事態がひき逃げとの刑の不均衡の原因に業務上過失致死傷罪の量刑があったのも確かである。　しかし、正直言うと「もうここまで来ちゃったのかな･･･」という印象がどうにも拭えない。　危険運転致死傷罪は、まだ比較的理解がしやすかった。（解説記事はこれをどうぞ）　人間の生命に明らかに危険な行為を、ことさらにして、結果人間の身体や生命を害したのだから重く処罰しようと傷害致死罪の発想を危険な運転に持ち込んだと言うことである。また、「飲酒運転」とか「信号のことさら無視」とかは意図的にしなければまずはおこりえないこと。抑止力として厳罰に一定程度の効果も期待できるであろう。　ところが、業務上過失致死傷罪を運転だけ取り上げて、ことさらにほかの業務上過失より重く処罰しようと言う発想については、はっきり言って「国民感情」以外の根拠があるとは思えなかったりする。きっかけが国民感情にあるのはよいのだけど、それを裏付ける理屈的な根拠が薄弱であるにもかかわらず法改正が進む、と言うのは歯止めのかからない事態を招きそうで恐ろしい。　交通事故は確かに危ない。だが、それこそ電車の脱線事故・飛行機事故とか、大火災とか、交通事故よりも一度に何人も人が負傷・死亡するような事故のタイプは実際には数知れない。それらの事故の方こそむしろ厳罰が妥当なケースは少なくないはずなのだが、それらは今回検討の俎上に上がっていない。　それに、日本の交通事情を考えれば、交通事故の加害者になるのも決して珍しいことともいえない。運転免許を取った身として言わせてもらうが、完璧な安全運転をするのに十分な教習がなされているとは到底思えない。運転免許を持つ多くの国民が「重大な犯罪者になるのと紙一重」と言う発想自体、刑法と言う視点からすれば妥当とは思われない。そう思えばこそ、交通事故の多数が起訴猶予にされているし、危険運転致死傷罪の導入と同時に交通事故による軽微なケガに関する刑の免除規定もできた。　刑罰怖さに運転が注意深くなるとも正直思えない。それなら最初から誰も運転はしなくなるだけである。むしろ刑罰怖さなんていう余計なことを考えている方が運転への集中の邪魔だ。最初から交通安全に注意を払わない人間が、ちょっとやそっと刑を上乗せしたごときで注意を払うとも思えない。　無免許運転、無保険運転を処罰するのはいいけど、今だって処罰にはその点が十分に考慮されているし、事故のときになって処罰するより、無免許運転や無保険運転それ自体の罪を重く見るほうがよほど合理的である。運転マナーを守っていないと言う点だけを捉えて刑罰を重くすると言うのは、あまりに刑事法を感情に依存させすぎであろう。　実際問題、過失において刑事責任を追及することのひずみは少なくない。　医療過誤の過失責任を問うことが医療崩壊につながると言うので現在医療界と法実務がものすごい論争になっており、現在は福島の産婦人科医の起訴についても論争がなされている最中だ。また刑事責任は個人責任なので、病院の体制とかで責任は問いにくい。　刑事責任を問うとなれば、自己負罪拒否の特権が発生する（否定するには憲法を改正する他無い）。そうすると、沈黙されることによって真相が分からないということになる。ことに、航空機事故に関しては、機長が真実をしゃべれば、例えミスがあったとしても重大な過失でもない限り責任を問わないから、とにかく悲惨な事故を防止すべく真相を明らかにしよういというやり方が国際的に存在するそうだが、日本は警察･検察が機長その他を処罰するために証拠を集め、動いてしまうので、真相が十分に解明されないという批判があると言う。　そこまでして過失を処罰することに、一体何を求めるのだろうか？　　およそ過失を不処罰にしろというのは、さすがに極端であろう。過失について刑事責任を問うことで人々がある程度気を引き締める効果があることは考えられるし、処罰を恐れればこそ被害者に対しての賠償も進む（賠償を刑罰で考慮するのはやはりある程度必要だろう）可能性が高いし、すべてを処罰の射程に含ませてにらみを利かせることは、やはり必要なことにうつる。　だが、実際上過失の刑事責任を問うことがどれほど社会の利益になるのか、と言う点からすればことさら処罰を重くして締め上げることがいいのか、と言う点には疑問の余地がある。　まして、交通事故が許せないからと言ってどんどん法定刑をあげていってしまったら、結局人が死ぬのにちょっとでも関わればその人の人生は全てアウトと言うことになりかねない。人権上の見地からも問題があるが、誰もが重大犯罪者予備軍と言うことになれば処罰にメリハリは無くなっていき、本当に何よりもきつく処罰すべき重大犯罪の扱いに苦慮することになりかねない。　まあ今回の法改正はまだ検討中のようだし、例え報道されたとおりの法改正がなされたとして、重大犯罪の扱いに苦慮なんて事態は当分先であるとは思う。　しかし、感情をきっかけにするのはよくても、裏づけの無い制度改変は恐ろしいことである、と思う。誰もが犯しかねない交通事故という当然の認識を、運転者、立法者、場合によっては事故の遺族も含めてあらためて噛みしめるべきではあるまいか。

  2007年01月28日

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• 「まだ最高裁がある！」？

  　昨日、前最高裁判事の滝井繁男氏へのインタビューが朝日新聞に掲載された。　それを見て、刑事裁判における最高裁判所のお仕事について一筆。　有名な冤罪事件である八海事件（最高裁で差戻→高裁審理が繰り返された超混迷裁判）を元にした「真昼の暗黒」という映画で、有名になったせりふに「まだ最高裁がある！！」と言うのがある。　無実の罪にはまった人たちにとって、最後の希望の星は最高裁判所・・・なのだろうか？　それが今日の話題だ。　日本の刑事裁判は一般に三審制である。裁判は３回にわたって審理が受けられ、新たな裁判では前の裁判は間違っていないかどうかが確認される。　そして最後に集約されるのが最高裁判所。１５人の判事たちは、裁判官から出世した人間はもちろん、検察官や弁護士、法学者、行政官まで集めて衆知を形成し、日夜持ち込まれる紛争と戦い、実務を動かす法律解釈を形成している。これは刑事に限らず、民事･行政・国際といったその他の法分野も同じである。　その能力も勉強量も伊達ではなく、一受験生が簡単に身のある批判ができるものではない。まして結論だけ捉えて「最高裁は非常識」と語るなど、自分の不勉強を自白するようなもの。　だが、憲法を虚心になって読めば、憲法のどこにも「三審制は保障する」とは書いていない。裁判を受ける権利は憲法32条で保障されているが、裁判を何回するか、各審理をどのように行うか（審級制度）は、それは法律の定める事項。　裁判の完全拒絶＝零審制はダメといか、憲法問題の終審は最高裁（憲法81条）と言うような制約はあるが、一審制にしようが十審制にしようが違憲だとか合憲だとかと言うことはない。実際、内乱罪とかは高裁から二審制であるし、差戻で審理回数が増えることも当たり前。　憲法に三審制が明文化されない以上、それをことさら憲法違反などと言うことはできないのである。　では本題に戻ろう。　無実の罪に陥れられた人たちにとっても最後の希望の星は最高裁判所･･･と思われるだろうか？　残念ながら、日本の裁判はそうはなっていない。　確かに、冒頭の八海事件のように、大混迷裁判の末、高裁まで有罪判決を食らった人間が最高裁で冤罪だと言うことで無罪判決を勝ち取る例もあった。だが、日本の裁判の構造を考えれば、それはかなりの例外現象に属する。最高裁でやっと無罪になると言うのは、冤罪と言うことではなく、「事実は事実だがこれは罪にならないんだ」と言うことの方が裁判の構造からはむしろ普通である。　まあ、ちょっと考えれば一発で分かるが、日本では、裁判が刑事・民事・行政まで合わせて何万件何十万件と起こっている。いくら上の裁判所に訴える権利があるからといって、判決に不満を抱える人間が皆揃って最高裁判所まで上告してきた日には、たった１５人の最高裁判事ではどうしようもない。　事件の記録を読むのだって、ものすごく大変である。私自身、法科大学院生用にさほど難しくない事件記録を読ませてもらったりするが、それだって楽な作業ではない。最高裁まで上がってくるような事件の場合、裁判の資料はそんな記録の何倍にもなるし、件数も膨大である。　そんな中で、最高裁判事は部下の調査官（これも2006年現在で34人）に調べさせつつも、最終的には自分たちで将来の法実務を担うような法解釈を作らなければいけない。ただこの事件の判決を言い渡せばよいと言うものではない。その上、最高裁判事には、裁判以外の仕事もあるし、休みだって取らなければどうしようもない。　最高裁判所は、一般論たりうる法律の解釈を示すのが基本的な仕事である。いちいち事件を事実認定したり、量刑判断したり、そういうことは例外現象に属するのだ。　例え法律解釈から高裁の判断は間違っていると判断したところで、事実認定をやっている暇など無いし、他方で再度最高裁判所の解釈に従って事実認定や審理をしなおす必要があるから差し戻すのである。こと刑事裁判については刑事訴訟法413条を見れば分かるが、判決を破棄した場合は「差し戻すのが原則」であって、差し戻さないで判決を下すのは最高裁に送られた全資料で完全に大丈夫、と言う場合に限定されるのだ。　山口母子殺人事件が差し戻されたのも、完全に大丈夫、と言えるかどうかを「死刑と言う判断の重大性を含めて」不安視したため。迅速化云々で自判せよと騒ぐ人たちは、そもそもその辺が分かっていないのだ。　刑事裁判では、原則として上告の理由になるのは「憲法違反」「最高裁判所の判例（最高裁判所の判例が無い場合は大審院や高裁判例もOKになることがある）違反」これだけである（刑事訴訟法405条）。　たとえ「法令違反」、つまり、この判決は法律に違反する考え方をしているだろう･･･と言うのを発見したところで、原則として上告することはできないのである。（例外として406条はあるが、これは最高裁判所が独自の立場から受理することができるだけ。それが使われた例として新潟女性監禁事件の最高裁判決など）　また、「事実誤認」も上告理由ではない。例えば有罪判決を食らったけど私は無実だ！！と言ったところで、それが憲法違反であるとか判例違反であると言うことはまず無い。裁判の判決の内容の公平さや正しさと言うのは、実は憲法が保障するところではないとされており、無実の人間を処罰するから違憲である、上告を認めよと言うのは通らないのである。　他にも、懲役５年の判決を食ったが重過ぎる、懲役３年にせよと言うような「量刑不当」も、上告の理由にならない。　そして、上告の理由に記されていないものについては、最高裁判所がことさら審理･判断する義務はなく、つまり実質的に門前払いに等しいことになる。　もちろん、「量刑不当」「事実誤認」「法令違反」に最高裁判所が干渉する例がある。裁判所が当事者の申立を抜きにして裁判所独自の立場から（職権で）判断し、「著しく正義に反する」と判断した場合に、最高裁判所が量刑不当だ事実誤認だで被告人を救ったり、あらためて処罰するような例も無いわけではない。（刑事訴訟法411条）むしろそのわずかな例こそが最高裁判所に現実に期待されているようだ。　一番有名な例は、去年の山口県光市母子殺人事件である。あの事件は、検察官の上告理由それ自体は「不適法」として退けた上で、職権で判断して「この事情の下での無期懲役判決は著しく正義に反する」として、量刑不当で差し戻したのである。　しかし、これは「著しく正義に反する」ことが必要だから、違法だけど、著しく正義に反するとは言えないな･･･では結局結論は変わらない。　公訴棄却判決は間違い、無罪でもないと破棄したのに、処罰しないことは正義に反しないから破棄しないと言う大技を使ったりしたこともある。（さすがにこれは批判があったようだが）　実際問題、どうしても上告してほしいと言われれば、弁護士は判例違反や憲法違反を趣意書に書いても、本音では職権破棄を祈って上告趣意書を書くらしい。仮に死刑判決なら、「死刑は違憲」と書けば一応上告はできる。　だが、最高裁判所の違憲でも判例違反でもない破棄はあくまで例外措置。去年、量刑関連で最高裁判所が高裁の判決を破棄したのは2006年1年間で光市母子殺人事件ともう１件（この件です）だけだという。　そんなわけで、日本の刑事裁判では最高裁判所への上告はそうそう簡単ではないし、ましてや上告審でひっくり返ることを期待するのは、こと冤罪の場合には全くあてにできない。　つまり、裁判と言うのは実際には高等裁判所までが勝負だというわけである。最後に一縷の望みを託すのはありだとしても、「もう最高裁しかない」と言うほうが本当は正しいのである。　実際問題、裁判で重要なのは何より第一審である。控訴審や上告審など、弁護士によってはノウハウが無く、ベテラン弁護士でさえ、高裁の裁判官から見ればお前上訴審分かってないだろということだって珍しくないという話も聞く。　たった15人の最高裁判事ではなく、実際には多数の地裁･高裁の判事が日本の司法を担っていると考えなければならない。　ちなみに民事も上告についてはそれなりに制限があるのだが、それはまたの機会にでも。

  2007年01月25日

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• 徹底解説！！罪刑法定主義

  　罪刑法定主義。日本、いや近代刑法の第一の指導原理である。　考えてみればまだ扱った事はない。解説などをしていく中で何度か使った事はあるし、注と言う形で多少解説したことはあるが、ページを丸々割いて扱ったことはなかった。　よし、今日は罪刑法定主義を扱うとしようじゃないか。　罪刑法定主義、それすなわち「いかなる行為が犯罪となるか、どの犯罪に対してどの刑罰が科されるかは成文の法律で明確に規定しておかなければならない」と言うものである。　成文の法律で明確に規定されていないものは、どんなに処罰が妥当だとしても不処罰だし、あるいは科される刑罰の内容を越えた処罰はいかにそれを越えた処罰が妥当だとしてもダメ、と言うことだ。　法律で規定、と書いてあるけれども、法律が何を処罰するか、細かい部分については行政の法で規則を作って決めてくれ、と言うこともある。これはある程度は許される。また条例による処罰は地方自治法上許されている（地方自治法14条3項、ただし法定刑に上限有）。　今この原則が出てくるのは「処罰したいのに処罰できない」と言う場合が多いので、ある意味では煙たい原則と言える。　そんな訳かどうかは知らないが、罪刑法定主義は全体主義・独裁主義の国では否定されやすい。ナチス時代のドイツは罪刑法定主義の一部を否定、北朝鮮が罪刑法定主義をぶっ壊すような法の運用をしていることはこれまでにも何度か書いてきた。　だが、日本では大日本帝国憲法でさえ、法律によらなければ処罰をされないとされた。　現在でも刑罰法規の適正をうたうとされる憲法31条や事後法禁止原則を定めた憲法39条前段、政令による罰則を制限した憲法73条6号但書、さらには国際人権規約B規約の15条（日本も批准済）が罪刑法定主義の根拠である。　さて、罪刑法定主義を最初に唱えたのはフォイエルバッハであり、「犯罪と刑罰を予告しておけば犯罪は抑止できる」といったのだが、残念ながらその犯罪抑止力は机上の空論と考えられている現在、まあそんなこともありましたねと言う程度の意味しかない。　現在における罪刑法定主義の要請は二つあるとされる。（１）まずは人権保障である。裁判官に対して恣意的な刑罰権行使に対する歯止め、と言うのもあるし、国民個々人に最低限自分の行為が処罰されるかどうかを予測する機会を与えておくことも大切である。世の中は殺人のような分かりやすい罪ばかりではない。（２）さらに、何を犯罪として禁止すべきかは国民が民主的に決定すべきだという民主主義的な要請もある。　そして、罪刑法定主義からは、次の派生原則が導かれるといわれる。実際問題、この派生原則の方が登場場面が多いかも。（１）まずは、慣習刑法の排除である。世の中に存在する慣習は法として人々を規律する力がある（法例2条参照）のだが、処罰の根拠として慣習しか持ってこないというのはダメだ、と言うことである。　例えば、「○○県では成人式で必ずバンジージャンプをしなさい、しないと処罰するという慣習があります」と言ったって、その慣習を理由に裁判所が処罰してはいけないのだ。　もっとも、罪刑法定主義が帝国憲法以来浸透している現在、処罰する慣習なんてことはないと思うが。　また、現実の刑法を解釈するに当たって、慣習を穴埋めに持ってくることには問題はない。詐欺罪で言うところの詐欺なのか、単なる商売駆け引きなのか、なんてのを判断するに当たっては、商売上の慣習が出てくるだろう。（２）ついで、刑罰法規は適正に作れということもある。　何のために罪刑を法定するのか、それは国民の権利を守るため。しかし、法定しても内容がめちゃくちゃでは結局国民の権利が守られない。だから刑罰法規の内容の適正も罪刑法定主義の要請だとされる。　その内容としては、明らかに処罰すべきでない行為の処罰（例・税金を納めたら処罰する！）や罪に見合わない処罰（例・ただの立ちションで死刑）の禁止なんていうのもある。　私の教科書では（３）とまとめて語られているのだが、今回は分かりやすくするために分けました。（３）明確性の原則と言うのもある。　これは、刑罰法規は読んで理解できるように作らなければならないと言うこと。　例えば「やってはいけないことをしたら罰金」と書いてあった場合、「やってはいけないこと」なんて人によって千差万別なのが当たり前でこれを読んだ国民は自分がどうすれば処罰されないか理解することができない。人権保障が果たされないし、下手をすれば裁判官が恣意的にその解釈をいじるおそれがある。　それからすれば、理解できるように作れ、と言うのは当然の原則なのである。　もっとも、ただ斜め読みして理解できないというのまで面倒を見るほど甘くはないけど。（４）法律を犯罪行為の後から作ってそれで処罰してはならんと言うものがある。憲法39条に明文化されている。　例えば、先日の少年による殺人事件を契機に18歳未満にも死刑適用の機運が高まり、法改正がされたとしよう。では、先日の殺人事件に遡って、死刑を適用してよいだろうか。　これがダメだ、というのがこの原則なのである。国会が「あとから」法律を作ってその法律で処罰することは許されないのだ。あくまでも前の法律に従って処罰しなければ行けないのである。先述したように国民に犯罪と刑罰を予測させるのが趣旨なのに、あとから変えてもいいよ、と言うのではぶち壊しになってしまうのである。　もっとも、被告人の権利を守るための原則だから刑を軽くしたり処罰しなくする分には問題ないとされており、刑法７条は法改正で刑が軽くなったら軽い方の刑を科す、と言うことにしている。改正前の重いままの刑にしたところで罪刑法定主義違反ではないが。（５）「類推解釈の禁止」というのもある。　類推解釈と言うのは難しい言葉だが、例えば、「イヌを殺してはいけない」と言う法律が定められている場合、「イヌを殺してはいけないのはイヌは人間にとってとても身近な愛玩動物だからだ、ネコはイヌと同様にかわいがられている、と言うわけでネコを殺してもいけない」と言うのが類推解釈だ。趣旨論を別の物事に引っ張ってきて解釈してはいけないぞ、と言うことなのである。それをやれば国民の予測可能性が大幅に奪われると考えられているためだ。　もっとも、「別の物事を引っ張ってくる」のではなく、「言葉を広く解釈する」こと、これは拡張解釈と言うのだが、は問題ないと言われている。イヌとネコは全然違うとしても、オオカミならイヌ科の動物なので、犬に含めて解釈するのは拡張解釈ということもできる。　類推解釈と拡張解釈の区別は実際上とても難しいし、拡張解釈だって法の趣旨などから明らかに無理なものまで認められるわけ（オオカミを犬に含めるのは趣旨論から無理と言える）ではないので注意しないといけない。（６）「絶対的不確定刑禁止」と言う、正直なじみの薄いものもある。これは、例え犯罪だと宣言していても刑罰の内容を定めない法律はダメだよ、と言うことだ。　例えば「○○をしたものは処罰する」としか書いていなかったら、今日本の刑法に定めてある死刑から科料まで全てOKということになって罪刑法定主義の意味がなくなってしまう。だからダメだとされる。　また、「死刑又は無期もしくは30年以下の懲役又は禁錮、罰金又は拘留又は科料に処する」なんていうのも×だろう。一見すればちゃんと定めているように見えるが、早い話が今日本にある刑罰をほぼ全部羅列したもので結局上の条文と同じである。　日本の刑法は法定刑の幅が相当に広く、こんなんで本当に罪刑法定主義なのかよ、と言う批判も実はあるらしい。それを支えるのは裁判官と検察官の卓越した力量（きちんとした力量があるならばむしろ事件に応じた柔軟な処理が出来るとも言える）だが、さて今後そこに裁判員が入ります。どうなるんでしょうね？　刑事法について考えるときのイロハとも言うべき罪刑法定主義である。刑法について最初から学びたい人は、今日の記事と前に書いたこの記事とこの記事を参考にするとよいでしょう。　というか、それくらいマスターしないと永遠に進まないよ。

  2006年12月21日

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• 法解釈論と立法論

  　法律家でない、評論家の皆さんは、当然法律に関連する問題についてもいろいろな評論をすることがある。まあそれはどうぞご自由にということでよい。大学教授やら評論家みたいに評論で飯を食っている人も、ネット上でいろいろ評論を試みる人もだ。　だが、そういう評論家の人たちには、一つの困った傾向が垣間見える。　困ったことに、ある程度名前の知れた評論家の人たちでもそういう人は少なくない。とある評論家のページを見てイライラしたので、今日はその点を指摘しておこう。　法律をめぐって実際上の是非論が戦わされる場合、その論争の土俵は大きく分けて２種類ある、と言うことにまず気付いてほしいのである。　第一に法解釈論は、「今ある法律をどう解釈しようか？」と言う問題である。　実務の世界ならば、法を解釈適用する国家作用である司法権を行使する裁判官の仕事であろう。また、行政も法律に基づいて行われることからすれば、行政にだって法解釈の責務があろう。　第二に立法論は、「これから法律を作る（改正・廃止する）に当たって、どのように作っていこうか？」と言う問題である。　これは、憲法41条で言う「唯一の立法機関」である国会議員、すなわち国会の仕事だ。また、国会が行政機関に内容を定めてくれと委任することもある。この場合は決定する行政の仕事と言うことも出来るだろう。また、実務上法案提出は内閣が行うものがかなり多いので内閣の方に文句をつけることも実際上はありうるといえるだろう。　当然、この両者は性質が全くもって異なる。　立法論は、べき論が強く出てこられる。「ある意味では」言いたい放題論じたい放題である。規範それ自体をいじってしまえば、いかに規範ではこうなんだと主張したところで効果がない。憲法と言う制約もありうるが、憲法でさえ改正は可能である。　これに対して、法解釈論は、「既にある法律」というのが、強力な足かせとして存在している。いかに「こうあるべきだ」と主張してあがいても、お釈迦様の手の中の孫悟空の域を出ることは許されない。そんなの無視していいんだ、といってしまったら、法治国家も法の支配もあったものではない。　といっても、この両者の「境目」は、実はあいまいである。　法解釈論の中にも、ある程度はべき論が入ってくる。法は解釈して行間を埋め、言葉を定義していかなければ使えないものだから、そこにべき論を絡ませることが可能であるし、むしろ可能な限りで絡ませていくべきだ。ことに民事法ならば権利濫用や信義則と言った大技も使用可能である。　とはいっても、権利濫用や信義則で解決できる部分が全てではなく、現在の法体系上やむをえないとして退けられることもある。ましてや、特に刑事法となると、これ以上はどんなに法を読み込んでも無理、言葉の定義の域を逸脱していると言うような領域は大いに存在するといわざるをえない。　実際問題、法律家や法学者と言われる人たちでさえこれは法解釈論として成立するvs法解釈論としては無理、立法で何とかしろというような激論を戦わせていたりするので、両者の境目を完全に見極めることが出来るとするならばそれは半端な能力ではない。　司法試験など一蹴するような、とっても高度な法的能力が求められるだろう。　しかし、境目が極めてあいまいだとしても、両者の中心点は見える。現行法を前提に考えていれば法解釈論、現行法を越えた自由な立場からいろいろ語るのが立法論ということになろう。　そして、法解釈論を巡って現実の現象を批判するなら先述した仕事場を持っている人たちを批判することになる。法解釈論の問題なら法を解釈適用する立場の裁判所や法に基づいて政治をする行政がその対象になり、立法論の見地から批判するなら国会あるいは行政がその対象となるであろう。　また、裁判所の判決はどうあがいたって法解釈しか出来ない。立法論なんて、せいぜい最高裁判所の補足意見の類で「立法的解決が望まれる」みたいなことをさらりと言うくらいしか出番がないのが実際である。　ところが、両者を区別して論じられない人が多く、しかもそれはみな司法＝裁判所に対して、「司法がおかしい」というような批判として存在するのは、とても困った現象である。　三権分立は中学校で習うと思うが三権の具体的な意義はなかなか習わないので、判決と言う形で裁定する裁判官に目が行きがちな現象は分からないではないが、裁判所としてはそんな理不尽なと言いたくなるだろう。　先日囲碁界に関する評論でも有名な林道義教授のページをのぞかせてもらったところ、警官の発砲を違法とした判決を厳しく論難していた（ここです）が、明らかにべき論で埋め尽くされているとしか読めず、立法論としてはともかく法解釈とは呼ぶに値しないものであった。裁判所を非難するなら、関連する条文の解釈として何とかすべきだろうし、林教授の言う高裁での逆転判決を判例検索で確認したが、当然ながらきちんと国会の決めた立法にひきつけて解釈している。　行刑改革についても批判的な言説を向けていた（こちらからどうぞ）が、なぜか批判の対象は行刑改革を主導してきた法務省をはじめとする行政や改革の法を全会一致で認めた国会ではなく、司法に向いていたりする。　裁判所は裁判の運営をするための規則を作る権限は確かにある（憲法77条）が、刑罰を実際に行うのは行政である。司法権は、そこについては規則も何も作れないし、法案を作る権限もないし、それどころか改革の原因となった名古屋刑務所の特別公務員暴行陵虐致死事件では執行猶予のついた判決だって出している。　いや司法がかかわっているんだ、と言うのなら、本当に司法が具体的にどのようなことをやってきたのか、きちっと論証しなければならないだろう。　行刑に関する林教授の見解についてはまた別個に検討したいが、心理学者とはいえ東大法学部卒の彼がその辺の問題を明らかに履き違えているのだから、問題の根っこは深い。　こうあるべきなんだ！と言って、法律の条文を一度も引っ張ってくることなく、それだけで判決や裁判所を批判する人は、まちがいなく立法論と法解釈論がごちゃごちゃになっていると評価せざるを得ない。　裁判所・裁判官にケンカを売りたければ、最低限裁判所が出ることのできない、法解釈の土俵に乗らなければいけないのだ。　もちろん、一旦土俵に乗ってくるならば、当然容赦のない批判はかかってくる。私素人だからわかんなーいなどと言うような態度は通用しない。（この辺についてはまた後日話をしようと思う）　それが嫌なら、もっと自由な立法論の土俵に載るか、是が非でも勉強して自分の主張を法解釈論に組み込むかしかないのである。　　いかに内容がある批判でも、相手をきちんと見定めなければそれは狂犬の噛み付きにも似た行動でしかないのを悟ってほしいものだ。

  2006年11月10日

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• 楕円の論理

  　先日なくなられた前最高裁判事にして大弁護士と賞賛する人も多い大野正男先生の書かれた論文「楕円の論理」について、拙筆を振るってその内容を解説させて頂く。　しがない法科大学院生の読みであり、誤った解釈をしているかもしれない。モロに文章を写すのは著作権上問題がありそうなのでちょっと遠慮するが、私の解説を呼んで少しでも興味が湧いた人はぜひ原文を手に入れて原文を読んで欲しい。ほんの4ページであるし、特別な知識がなくても高校卒業レベルの頭と読む気さえあればたぶん読めるはずである。　この論文は今から20年以上前、1984年に発行された判例タイムズ528号掲載。古い法学雑誌であるから、公立の図書館でもなかなかなく、大学図書館の書庫の類を何とか利用しないと手に入らないかもしれないが、必読である。早稲田なら法学部の学生読書室を利用すればよい。　これから法科大学院にいきたいと言う人たちも読んで損はないはずだ。　弁護士についてなんとなくイメージが変わる、と言う人もいると思われる。　さて「楕円の論理」とは何か。分野を言ってしまうと、弁護士論。弁護士と依頼人との関係である。　分かりやすいように先に結論を述べさせてもらうと、基本となる真円が依頼人であり、弁護士はそれに対して楕円だ、ということなのだ。弁護士は真円すなわち依頼人とイコールにはならないよ、ということである。　ロッキード事件当時、田中角栄氏にはいろんな弁護士がついたようだが、そこに俗に言う「革新系弁護士」がついたことが話題になった。　マンガにも取り上げられたようで、自分は奇異に思わないが、世間では奇異に思われているんだなあと言うところから大野先生の話が始まっている。従来の田中角栄氏との思想的な立場とその弁護士のそれが思いっきりかけ離れていることと分析する。　さて、なぜ田中氏に革新的弁護士がつくことが話題になったのか。それは、被告人と弁護人を一体視する見方がその原因だ、というのが大野先生の見解である。　弁護人は被告人の代理人としてその利益を守る立場にあることは言うまでもないが、真に利益を守るためには、なにから何まで一体であるべきだという考え方が出てくる。先述した楕円の論理に照らせば、完全に一致する二つの真円であることが要求されるというわけだ。　弁護人としたって、ある程度共感を持っている相手を弁護する方が熱が入るし、逆におよそ共感できないような奴の弁護なんかしたくない。依頼者としても、こと自分が正義だと思っていると、一体となるべきと考えるという。　こういう風に、一体化が要請される中で、思想的な確信を持っている人を思想を異にする弁護士が弁護することは厳しい。　大野先生が引き受けた日中友好協会（当時は毛沢東思想を信奉するもっとも過激な政治団体の一つと見られていた）の佐藤首相訪米反対集会が公安条例で起訴された事件。　大野先生は「公安条例の適用は間違っていると思うし、その点なら全力で弁護するが毛沢東思想の正当性を主張して欲しいというのなら応えられない。法廷でそちらが勝手に言うのを止めはしない」と言う方針で弁護をするといったが、結局そのような方針でよいと弁護を引き受けた。　簡単な事件なのに1980年の判決確定まで裁判は13年にわたり、その間に社会状況は変化、協会の内紛があって、大野弁護士のほかに毛沢東思想の正当性を主張していた弁護士は法廷に出てこなくなってしまったという。　依頼者と弁護士の間に一体化したいという傾向があり、また両者との信頼関係が業務において中心となるといっても、弁護士は法律家である限り司法機関として責任がある。当初の大野先生はこのあたりの弁護士の機能を「楕円」と当初表していたようだ。さもないと職業としての弁護士の否定に通じてしまうような危険を指摘したかったのだという。　だが、この論文で大野先生は弁護士の思想信条や政治的立場と依頼者のそれが同じであるべきだという視点に同等の危険を感じ、ここに楕円の論理の意義を見出している。ている。むしろ、弁護士がなまじ一体でない方が通常なら一体感などつくれない被告人の権利擁護を行う動機付けがされるのではないか、とさえ言う。　例えば戦後の冤罪事件において犯人とされたのは、ちょっと善良な市民と評するには厳しい人が多かった。だから警察も別件逮捕やら何やらで攻めることができた。その上にマスコミも犯人と信じ込む。その中で弁護をする弁護人の労苦は甚大だ。　一・二審で死刑判決が出ながらついに無罪となったとある強盗殺人の冤罪事件では、近所の人が大勢傍聴に詰め掛けて弁護人に後半や現場検証のあとで「なぜあんな奴の弁護をするんだ」と詰られたという話もある。　それでも弁護を動機付けるのは、一致する真円の論理ではなく楕円の論理だろうと言うわけだ。　弁護士の評価の基準は、誰を弁護したかではなく、どういう弁護をするつもりで引き受け、その点に依頼者に了解を取り付けたか、どういう弁護をしたかであろう。大野先生は、誰を弁護するかといかに弁護すべきかをはっきり区別すべきと主張する。そして、社会では前者のみが問題視されて後者は無視・軽視される傾向がある。まあ情報量上仕方のないことではあるが。　しかし、フェミニズムで通した弁護士が男女差別の正当性を主張する企業の弁護人となっても、批判をされるのは弁護人をすることではない。過去に自分が言ってきたことと矛盾することを言うことである。　弁護士がその事件をいかに弁護するかと言う観点抜きに、弁護の結果誰が得をしたかと言うようなことを問題にするのは、職業的使命を否定することにつながりかねない。　弁護が誰に利益をもたらしたのかと言う評価は緩やかに、いかに弁護するかと言う評価は厳しい評価をすべきと言う。前者の視点や、弁護人と被告人に一体性を求める論理は排除の論理につながりやすく、弁護士の法律家としての中心点を希薄にし、ときとして破壊すらしてしまう。　弁護士のように、矛盾するかもしれない価値基準を持ちつつ両者を調和して仕事をしなければならないような仕事は理解が難しい。日本の国旗は日の丸、単心円だ。そこにおいて楕円の論理はゆがんだものととらえられやすい。三百代言とか二枚舌というような批判も出てこよう。　多元的な、時として矛盾する社会的価値の間の調和を懸命に図っていくことが、弁護士に限らず、あらゆる分野にますます必要オ思われるという指摘をして、この論文は結ばれる。　私のほうから一言、二言付け加えると、昨今は日本の刑事事件に対する弁護士のあり方が問われるようになってきている。　昨今において、弁護士の倫理が問われるようなバッシング事件は、一見すれば、弁護士の行動や弁護方針が問題視されているように見える。和歌山砒素カレー事件の黙秘戦術しかり、オウム裁判の遅延戦術（と目されるもの）しかり、山口母子殺人事件の欠席事件や「ちょうちょ結び」弁論しかりだ。　ネットで騒ぐバカな人たちは格別、それなりに表に出てくるタテマエ的見解は一応「こういうことをすべきでない」と言うものばかりである。弁護をしているという原因だけで批判をするものはなかなかない。　だが、その後ろにあるホンネは凶悪犯を弁護する人間は許さない、凶悪犯を弁護する人間は悪いという価値観に他ならないと感じている。上の事件が、仮に殺人犯にも十分な酌量の余地があり、逆に被害者はとても同情されないような立場の事件であったなら、あのようなバッシングが起こるなんてとても考えられないからだ。　確かに弁護士は依頼人を抜きにして語ることができない職務である。しかし、弁護士と依頼人はイコールにはならない。弁護士は依頼人の立場とはことなる倫理や行動規範があるし、そういう立場だからこそ、弁護自体が日本中を敵に回すような弁護もすることができ、重大な冤罪事件で無罪判決を勝ち取ったりできる。検察や警察の能力が上がり、冤罪事件を反省するようになって、大きな無罪事件がなかなか起こらなくなった現在、その点に目を向けることは難しい。　弁護士の職業的使命に支えられた倫理の思考を身につけた上で、弁護士を批判していくことこそが、実り多いものとなる。その倫理の思考の基本とも言うべきところを、上の論文は提示してくれていると思う。　では、最後に大野先生の冥福を祈って、合掌。

  2006年11月05日

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• 「絶対に訴える」ことの恐ろしさ

  「絶対に訴えてやる！！！」　これは、バラエティー番組「行列の出来る法律相談所」のキャッチフレーズである。　人が何らかの紛争に巻き込まれたとしよう。　殺人のような故意の犯罪行為はもちろんのこと、不幸にして起こった交通事故、貸した金返せ、労働がらみで差別された、離婚してくれ、会社の支配が捻じ曲げられている、税務署の課税が明らかにおかしい…etc。　日本において起こる紛争は、数え切れるものではない。種類も多種多様だ。ある程度パターン化された領域ももちろんあるが国民の裁判の受ける権利が憲法32条で保障されている限り、裁判拒否というのは許されない。逆に言えば、裁判に持っていけば、正当な権利を有する人間は、それに応じて救ってもらえるのが建前ということになる。　・・・そう、あくまで「建前」である。　裁判に持ち込むと、裁判官が従うべきものはなんだろうか？　憲法76条3項には、この憲法（日本国憲法）と法律と良心のみと書いている。　良心の意義については、解説についてはこの記事の最下部を反転して御覧いただくとして、一応の定義を言っておけば憲法・法律を解釈・適用する裁判官としての良心。憲法に違反する法律が効力を有しないのは憲法98条1項から明らかだが、憲法や法律に反する良心にも拘束されてはならないのだ。それに、裁判官も公務員、憲法99条によって憲法尊重擁護義務があることは言うまでもない。　では、その法律はどうなっているだろうか。　正当な権利を持っている人のニーズに応え、また市民の持っている妥当だとおもわれる感情に応えるために、多種多様な方法が用意されている・・・と思ったら、それはとんでもない誤った思い込みでしかない。　殺人にせよ交通事故にせよ、使われる条文は民法709条。交通事故だと自賠責保険法とかが使われることもあるが、基本はそこにある。故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。　日本の不法行為法の条文は、どこをどう見ても故意も過失も全く区別がない。アメリカなら、懲罰的損害賠償という制度があるから、故意とか過失とかの区別もそれなりに意味があるが、日本の民法709条は「損害を」賠償するもので「懲罰として払わす」という規定は日本の民事法のどこにもない。交通事故で過失相殺が使われる場合でない限り、殺人も交通事故も、すべて一緒くたに扱われることになる。　また、賠償の方法も金銭賠償が原則（民法722条1項、417条）で、名誉毀損の場合に、辛うじて謝罪広告というのが認められる（民法723条）程度。　人によっては、「金なんか要らないから謝れ」「慰霊碑を建ててくれ」「真実を教えてくれ」というようなことがあるかも知れず、こと重大事件では遺族が真実を知りたいといって民事訴訟を起こすというのがある。しかし、裁判の過程で真実が暴かれることはあるにしても、「真実を教えろ」という請求を立てても、今の法律にそんなのはないということで退けられることになる。　そういう現象を見ると、何かにつけて司法関係者の怠慢だなどと騒ぐ人間がいるが、私に言わせればバカの骨頂以外の何者でもない。何せ裁判官は法にしか従えない。いくら彼の良心が請求を認めてあげたいと思っていたとしても、それは彼の個人的な良心でしかないのである。　そんなわけで、裁判に訴えて例え勝てるとしても、希望通りになってくれる保障はどこにもないのである。　思ったとおりの解決が出来ないだけではない。　裁判をするなら裁判をするだけで費用がかかってしまう。弁護士だって裁判をするというならちゃんと着手金なり報酬なりをいただくことになる。本人訴訟する手もあるが、裁判所に支払う印紙代や交通費などはどうしようもない。　時間もかかる。地裁ならまだしも、高裁までいこうということになると数年は見込んでおかなければならない。ちなみに、最高裁は少ない人数に膨大な紛争を全部持ってこられてはたまらないので、ある程度法律上の問題点がある場合でないと高裁の方で抗告をはねる制度（民事訴訟法318条など）になっている。先日の向井亜紀さんの代理出産事件での上告受理申立というのは、そういうことだ。　法廷は公開だ。傍聴人もいることになる。内側の紛争が皆世間にふきっさらし。それこそこの記事で取り上げた隣人訴訟のように、マスメディアに目をつけられて祭り上げられようものなら目も当てられないことになる。騒ぎをするマスメディアが今なおあるとすれば問題外だと思うが、いくらマスメディアを責めた所で事態は好転してはくれない。判例集に名前が載せられたりする可能性もある。　殺人ならともかく、過失の事故やご近所紛争では、あまり事を荒立てずに済ませることが長い目で見れば得策なこともありうる。判決ということでは、たとえ裁判に勝ってももう永遠に直らないヒビが入る可能性もある。　こうして見ればわかるとおり、裁判に訴えるということをするのは、そこまでのリスクを負っていることなのだ。それなりの覚悟をしなければならない。弁護士だって、裁判をするかどうかはそれなりに見極める。弁護士をどやしつけて無理やり裁判をさせて、裁判になってそうなって困ったどうしてくれるんだと詰め寄られたところで弁護士のせいではない。　「行列の出来る法律相談所」の、あんな程度の紛争で、「絶対に訴えてやる」というのは、裁判というものを本当に分かっているのかという気がしてならない。　刑事法はそうではないが、民事法の場合、法律は当事者で話し合いがつかないときに補充的に出てくるものであることが基本である。民法91条には、公の秩序に関しない規定よりも当事者間の約束が優先すると書いてある。民事法では当事者の約束が第一なのだ。　当事者で解決できるなら、裁判所が出てきて判決という形で解決する必要はないといえる。裁判をしない弁護士が増えているという話を耳にするが、そういう弁護士は裁判外の交渉で何とかするのに長けているのだと思う。　それだけではない。当事者の約束だったら、上に書いたような「賠償は金銭だけ」というようなうるさい制約はない。「謝れ」「慰霊碑を建ててくれ」「真実を教えてくれ」というような約束も出来る。　また、そのような約束をしてそれが誠実に履行されるならば、当事者間の関係回復にもつながる。　当事者の合意を秘密のうちにやっていれば、マスコミに目をつけられる可能性は低い。時間も短くてすむし、費用も安く済む。　裁判に訴えたあとでも、裁判官が和解を勧めることがある。判決を下さず、当事者の合意で事実上その通りの判決を出したようにしてしまうものだ。その和解の通りに執行できる。裁判官が民事裁判で和解を勧めるのは事件をとっとと処理したいからだという黒い噂もあるが、それに限らずこの辺で紛争を終わりにして当事者間である程度話し合いませんか、という発想があるのだ。　場合によっては、当事者で合意して裁判を形だけ起こして和解してしまうこともあると聞いたことがある。　もちろん判決を求めるか、当事者の話し合いで何とかするか決定するのは当事者である。弁護士に話し合いを勧められたにせよ裁判を起こして裁判官に和解を勧められた場合にせよ、和解がいやなら嫌だと言えばよい。少なくとも理屈の上でそういう権利はある。　だが、裁判による紛争解決が本当にいいことなのかは、考えた方がよい。熱くなってもいいことはないのだ。あ、明日はちゃんと速報しますのでお楽しみに。

  2006年10月14日

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• 司法試験に関する誤解

  　司法試験。日本で一番難しいとか冗談抜きで言われる試験である。倍率も３０倍とかで普通である。　さて、昨日島谷さんがこんなことを言っていた。「司法試験に受かれば十分であって、司法研修所の卒業試験までやって法曹資格を難しくすべきではない。狭き門になって非日常的のことしか考えなくなり日常感覚から乖離した人を生みかねない」　私は島谷さんの発想をこっぴどく非難することも珍しくないが、この話は割と世間でも誤解されていることなのであえて語ってみよう。　なお、今日語るのは、旧司法試験に限定させていただく。新司法試験でも割りと当てはまる話だとは思っているが、まだ１年目で資料が少なすぎる。また、私は旧司法試験に択一試験しか受かっていない人間であるということを前提に読んで欲しい。もっとも、司法試験委員などからも聞いた話も少なくないので、そこそこ自信を持ってはいるが。　さて、島谷さんのこの発想には、「司法試験に受かれば十分法律家としてやっていける」と言う誤認が前提にある。　まさかして、法律家としておよそやっていけないような人間を法律家にしろと言うわけではないであろう。　だが、司法試験は、はっきり言って受かれば実務家として十分やっていけるというわけではない。いや、司法試験に受かってすぐさま実務家としてやっていける人などいないと思っていた方がいい。　合格率が３０倍で、狭き門で、合格者は猛勉強をしている人が多いとはいっても、それは厳然たる事実として存在している。私の何倍も勉強してるのに択一試験さえ受からない人だっているわけで、ある種の才能も必要ではないかと思っている。（ちなみに、合格率３０倍と言っても過半数記念受験なので実倍率はもっと低いと思ってよいが）　まず、司法試験の科目は、憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法。この６科目である。６科目とはいっても、関連法令まで「多少は」含めて聞かれるが、そんなものである。　製造物責任法、知的財産法、労働法、少年法、消費者契約法などなどは、司法試験にはまず出ず、受かったあとに別に勉強しなければどうしようもない。民事執行・保全法などはっきり言って知らないとやばいのだが、司法試験の科目ではない。（昔は民事訴訟法と絡めて多少聞かれていたようだが）　さらに、弁護士となるからには、単に法令に詳しいだけでなく「裁判ができなければならない」。単に法律を教えるだけならことさら弁護士にしなくてもよい。実際、企業法務などで活躍する人たちには、その方面について言えば、知識も思考回路も弁護士顔負けの人たちも少なくないという。　それなのに弁護士が弁護士として特別扱いされる所以は、法廷に出て、代理人や弁護人としていろいろ語れるという所にある。裁判をしない弁護士も増えているようだが、紛争を最終的に解決するにはやはり裁判は避けては通れないことも少なくない。　そして、裁判をするためには、単に法令の知識が必要だというだけではなく、「実務」に精通していなければならない。弁護をするなら、訴状や趣意書をどのように書くか、どのような考え方で弁護するか、証人をどのように尋問するか、被疑者とあって何を話すかなどなどのノウハウをマスターしなければならない。それができないと、それこそ麻原弁護団のような事態になる。　そういうところまでばっちり知って、使いこなせないと実務ではギャフンである。　それだけではない。社会に存在する事実はごちゃごちゃで雑然としている。事実の９０％以上は法律と何の関係もない。その中から本当に法律的に紛争解決に必要な事実を見抜く能力が必要だ。いくら法律を知っていても、現実に当てはめられなければ困る。　また、事実を認定していく能力も、法律家としては不可欠である。民事裁判の事実認定と刑事裁判の事実認定は一緒くたにできない。また、事実認定をするのは裁判官や裁判員だけではない。弁護士にせよ検察官にせよ、事実認定を知っていれば、どんな証拠を集めれば裁判官を説得できるかを考えられるようになる。　しかし、司法試験はそんなところは聞いていない。起訴状が書けなくても、証人尋問がろくすっぽできなくても受かってしまう試験である。また、司法試験ははっきり言って社会に存在する生の事実から問題点を抜き出す作業は要求されない。　こうした能力は、研修によって身につけるものである。もっと言えば、その研修に耐えるだけの法律の知識と思考回路があるかどうか判断するための試験が、司法試験なのである。たぶんではあるが、研修で身につける能力を司法試験の段階で求めると、それこそ途方もない激難試験になってしまうのだろう。　いくら司法試験が難関でも、難関であることは使えるということを意味しないのだ。　ちなみに、新司法試験では生の事実から問題点を抜き出す作業が求められる。もっとも、その試験を受けるために法科大学院を卒業しなければならないが。　それだけではない。例え研修を終えて晴れて弁護士になっても、実際にはベテランの弁護士の下で働いて、そこでノウハウを憶えてやっと一国一城の主になるのが通常。弁護士になった途端事務所を開く人はほとんどいないと言う。（今後そういう人は増えるとも言われるが）　法実務を使いこなす能力は、司法試験とは異なるものである。　司法試験の受験生や学部生では、裁判どころか十分な法律相談だって出来るかどうか怪しいのだ。その辺はご理解いただきたいものである。

  2006年09月30日

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• 週刊碁の記事から可罰的違法性論を語る

  　週刊碁で、谷岡先生がまた賭博について色々書いていたが、その中にたぶん耳慣れない言葉があったと思うので、今日はその言葉を解説してみよう。　その言葉とは、可罰的違法性。　犯罪の成立には、構成要件、違法、責任と言う話は以前ここで大々的に解説したのでそちらを参照していただこう。　可罰的違法性とは、その３つの中で文字通り違法性の話である。　先に判例を二つ提示しよう。前者は戦前の大審院（現在の最高裁判所）明治４３年１０月１１日の判例、後者は戦後の昭和３２年３月２８日の判例だ。　「戦前は、タバコは専売品でタバコ農家も作ったら納入しなければならなかった。　とあるタバコ農家は、葉タバコ7分（２．６ｇ）、価格にして一厘（１円の千分の１）のタバコを納入せず自分で吸ってしまったとして起訴された。　タバコを納入しないことは犯罪であると法律にしっかりしるされていた。　しかし、大審院は零細な反法行為は犯人に危険性があると認められるような特殊な状況がある場合を除けば共同生活の観念上刑罰を持って保護するようなものではない、立法の趣旨もそうであるとして、被告人に無罪判決を言い渡した。」「戦後でもタバコは専売品で勝手に販売することは許されず、販売は処罰の対象だった。　とある旅館は、客に頼まれると他所からタバコを買って渡していたが、タバコを売っている店は５００～６００m離れている上に午後１０時にしまってしまうし、送る人手ももったいないこともあった。そこで、その旅館は売っている店から頼まれやすいタバコを定価で大量に買い取って、客に頼まれると定価で渡していた。　高等裁判所はタバコを販売した罪に当たるとして有罪判決を下したが、最高裁判所は、この程度の行為はタバコ専売法の趣旨や目的に反せず、社会的に許容される行為であるとして無罪判決を言い渡した。」　これらが事例である。　平たく言えば、確かに処罰規定に当たるかもしれないけど、処罰する必要もないよ、と言う判断がなされた事例だとされる。　一般に、犯罪と言ったって軽微な犯罪はある。街中で１円玉を拾って自分のものにするとか、立ちしょんしたり、ネット上で人のことを「アホ」「バカ」と書き込んだり、そうした行為については、立派に処罰する法律がある。　もっとも普通、そのような行為は、検察官が不起訴処分してしまう。そんなのをいちいち処罰していたら国民ほぼ全員犯罪者同然になってしまうし、第一検察官はそんなにヒマではない。検察官にさえ送らなくてよい事件さえあるほどだ。（刑事訴訟法246条但書）　だが、これら以前に、確かに違法だけど、刑法ってそういうのを処罰するためにあるもんじゃないでしょ、ということで、そもそも犯罪行為からはずしてしまう。それが可罰的違法性の法理なのだ。検察官の不起訴処分は検察官がそれでも起訴する、と言うのなら有罪判決だが、こっちはどうあがいても無罪である。　谷岡先生のした賭博の話なら、確かに賭博は違法かもしれないけど、その程度の賭博ってわざわざ処罰するほどのこともないでしょ、と言うことを主張したらどうだったのと言うことだと考えられるのだ。　最近はたった２円盗んだ行為にこの法理の適用が否定される裁判例があったりするので、出番は限りなく薄いかもしれない。実際問題この法理が使われるような事例を起訴するほど、検察官は暇ではないと思われるのだ。（ちなみに2円盗んだ事件は他にも彼は罪を犯していてついでに起訴したもの）　最後に難しい話を。難しい話が嫌な方はここにてお引き返し遊ばせ。　可罰的違法性は違法性レベルの話なのは間違いないが、実際には構成要件のレベルで検討される場合が多い（こういう考え方には批判的な学者もいるが・・・）ことに注意を要する。すぐに、可罰的違法性の話だと言うことで飛びついて偉そうな事を語ると、見る人が見ればこいつは聞きかじりレベルだなと言うことが瞬時にばれてしまうので要注意だ。　例えば他人の持っている何の価値もない小石を盗んだ場合を考えると、「窃盗の構成要件に該当するが可罰的違法性がない」と言うような考え方は通常しない。窃盗罪とは他人の「財物」を盗むことなので、「小石は財物ではないから盗んでも窃盗罪の構成要件に当たらない」という考え方が実際にはかなり多く、刑法の構成要件の解釈論でも、実質的な可罰的違法性の見地から刑法の言葉の内容を考えることがよく見られる。　実を言えば、上のタバコの買い置き事件の判例も、そのような考え方に基づいて、「タバコを売る行為に当たらない」と判断しているし、賭博罪の可罰的違法性も、実は刑法185条但書の「即時の娯楽」でかなり判断されていると思っていてよいとおもわれる。　自分で言うのもなんだが、ファジーなお話なのに、書いた文章はつまんないなあ。

  2006年09月22日

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• 天皇関連の話をちょっと

  　皇室に現皇太子以来の男児御誕生記念で皇室典範の改正論議も先送り模様だそうだが、ませっかくだしここで天皇に関連した話をちょこっとしてみましょうか。　えっ、と思われるかもしれないが、司法試験を勉強するとなると、多少は皇室関連のことを勉強する必要がある。　司法試験の択一試験は、憲法の科目がある。実務家になってから使うことなどほとんどないそうだが。そして、憲法の科目では、日本国憲法の条文に限らず、すでに廃止された帝国憲法や国会法、内閣法、地方自治法と言った統治機構の具体的内容を定めている条文、人権関連の条文でも、関連する法律はたくさんある。そして、こうした関連する法律について、全暗記までは不要でも割と幅広い知識が要求される。　憲法に天皇制がばっちりと定められている以上、皇室関連の事項についても、ご多分に漏れず無視することはできない。天皇や皇室が出てくる条文はもちろん、皇族のありようについて定めた皇室典範についても主要な内容についてはばっちり憶えておかなければいけない。　と言っても実務家になってから使う人はほとんどゼロに等しいような気はするし、極論すれば捨て問にしたところで他をばっちり解ければまあいいのだけど。　戦前の皇室典範は、憲法と同格だったと言う。万世一系の現人神の天皇を決する皇室典範であるから、最高法規としての地位は憲法と同じだったという。　だが、今の皇室典範は、ただの法律でしかない。ごく普通に国会が議決して決めている。　皇位継承については、憲法上の制約は唯一つ。憲法2条の「皇位は世襲のもの」。万世一系（？）の天皇家でなければ天皇にはなれないということである。例えば、民間人出身の皇后陛下などを天皇にすることは許されないというしかないであろう。　ちなみに、実は女性天皇を認めない皇室典範は違憲と言うウルトラ少数説も存在するらしい。さすがにほとんど相手にされてないのは、現状を見ればお分かりだと思うが。　さて、天皇はお飾りで、国の政治の意思決定などをすることはできない、と言う話は、多くの人たちは中学生でも習っているものと思う。内閣総理大臣を任命するのも国会の指名に従わなければいけないし、最高裁判所長官の任命も内閣の指名による。拒否しますなんてことは許されない。　もちろんそうなのだが、現実にはいろいろな仕事をしている。意思決定ができないだけで、物事を認証したり、法律を公布したり。新年に「おことば」を言ったり、宮中の晩餐会の類で顔を出したり、外国の使節などを歓待したり、地方の施設を巡って顔をだしたり。　天皇は決して暇人ではない。　さて、今の皇室典範には、天皇になるについて年齢制限がない。となると、安徳天皇や清和天皇みたいに、小さな子供が天皇と言うことだってありうると言うことである。また、年をとってボケたからといって、天皇を退位させる制度はない。　そうなったら、上に書いたような仕事はまずできないことになる。　そういうときのために、それこそ平安時代みたいな話だが、「摂政」を置く事ができる。（憲法5条）摂政になったら天皇の名前で天皇と同じ仕事をすることになる。また、順番次第だが民間人出身の皇后なども摂政になることが可能だ。　そして、摂政をやっている間は、その摂政は刑事裁判で訴えられることはない。（皇室典範21条）なお、天皇には実はこうした条文はないそうだが、解釈上天皇はなにをやっても処罰の対象にならないとされる。それどころか、天皇に対して民事裁判を起こすこともできないとされている。（民事責任自体は存在すると言われるが）　象徴たる者を法廷に引きずり出して裁くのは象徴の地位に合わないとされるのだ。極論すれば、天皇に殺された人がいたとしても処罰はされない可能性が高いのである。　はい、ここで問題です。「内閣が衆議院を解散するのはどうやるの？」　重要な政治問題があるとき、内閣は衆議院を解散して総選挙を行って民意を問うことがある。先日の郵政民営化をめぐって解散、自民党が大勝したのがその例だ。　だが、ちょっと待ってほしい。「内閣は、任意に衆議院を解散できる」などという条文はどこにもない。憲法69条は、内閣不信任案が出されたときの解散について定めているが、別に内閣不信任案など出されてはいないで解散することはある。　与党と内閣でつるんで形だけの内閣不信任案を出して可決・・・なんてことはやっていない。　その根拠はなんと天皇の職務について定めた憲法7条にある、と聞いたら驚くだろうか。　先日の解散のときにも議長が「憲法7条に基づき」などと言い放っているのだから、実務は完全にそれで動いている。学説上はもっと別の条文を使うべき、と言う見解やそもそも根拠条文もいらないという見解もあるが。　憲法７条３号は、内閣の助言と承認に基づいて天皇が行う職務として衆議院の解散を掲げている。だから、その点に助言と承認を与えれば一発、と言うことなのだ。　　三星火災杯の記事については、また明日ね。

  2006年09月07日

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• 厳罰化の副作用

  　近年説かれるのが厳罰化だ。治安の悪化や被害者の再発見が、厳罰化を求めているといわれる。もちろん、厳罰化だって一つのあり方であることは否定できないだろう。　だが、厳罰化には副作用だってあることを忘れてはいけない。　被告人個人に対しての人権擁護、という点でも確かに副作用ではある。しかし、この点についてはそもそも副作用と認めない人もおり、万人に通用するものではない。　そこで、もっと社会一般の利益から見た厳罰化の副作用について語ってみようじゃないか。何か問題現象が起こると、判でついたかのように抑止には厳罰と言っている人たちは、斎戒沐浴して読んでいただきたいものだ。第一に、「後戻りの阻止、被害者救済への障害」である。　刑法４３条但書は、いったん犯罪行為を始めたのに、自分の意思で犯罪をやめて、結果が発生しなかった者については、刑を減らすあるいは免除することを定めている。例えば、ピストルで相手を射殺しようとして撃って命中させたが、かわいそうになって病院に通報して一命を取り留めた場合には、刑が半減あるいは免除と言うことになる。　この規定の趣旨について、一つの有力な説がある。それは、「後戻りのための黄金の橋」という考え方で、いったん道を踏み外した者でも、助けるなら刑を軽くしましょう、免除しましょうと言うことで、最悪の事態を防止することに趣旨がある、と言うものである。一度犯罪に手を染めてしまった者でも厳罰を回避する余地を残しておくことは、被害者を助けるためには有効な手法なのだ。　下手な厳罰化は、これを萎縮させてしまう恐れがある。せっかく危険な運転をしてケガをさせたり死亡させたら傷害罪･傷害致死に近い法定刑を科すような危険運転罪を設置したら、ひき逃げが増えたと言う事態が本当に発生しているそうだ。　危険運転罪は本来構成要件が厳格で使いづらい罪なのだが、処罰怖さに加害者が逃亡すると言う事態が増えていると考える方が自然だろう。それが証拠にひき逃げの動機の上位は飲酒運転や無免許運転である。つまり、「処罰が怖いから」。　処罰して人の生命を守るつもりが、かえって人の生命を危険にさらしては何にもならない。第二に、「犯罪者の神格・英雄化」がある。　犯罪者は、処罰を免れたいばかりに犯罪を隠したがるものとは限らないことに注意しなければならない。　身代わりで名乗り出る「自称犯罪者」は少なくない。　有名な事件だと、自分は罪を犯してもいないのに妄想で自分が罪を犯したと告白する人間は後を絶たないそうで、有名なリンドバーグの息子誘拐殺人事件では２００人もが犯人は自分と名乗ったというし、つい先日ジョンベネちゃん殺害事件で逮捕された容疑者も、そうではないかと言う説があると言う。　また、ヤクザなんかも、服役が勲章になったりする。　もちろんこれらは珍しい類型には違いないが、この視点から疑問視されるのが、アメリカ流の「懲役１万年」と言うようなほとんど上限のない懲役年数を言い渡せる制度。　実態が終身刑とまったく変わらず、普通の犯罪者に対する抑止としても終身刑と差がないと思われるし、これを変に数値化すれば、そんな数値が彼らにとっては勲章化されるようになってしまい、抑止にならず狂信的目立ちたがりがそういう刑になるのを狙いかねないどころか、世間でそのような犯罪者をあがめるような風潮までが作られる恐れがある。第三に、「刑務所の限界」。　今の日本の刑務所の収容率は100％をとっくに超え、115％くらいになっていると言う。近年の厳罰化や被害者の再発見で収容率は増えたらしい。だが、実際には収容率120％を超えれば暴動が起きるといわれているほどだそうである。　つまり、今の日本の刑務所の状況は相当危機的なのである。（こんな話もしたので読んでみてね）　仕事の種や人口増を狙って刑務所を誘致する自治体と言うのもあるそうだが、間に合ってはいない。　本当に懲役や禁錮が必要な人たちで刑務所は埋めるべきで、あえて処罰しなくてもいいだろうと言うような人たちについては執行猶予や罰金刑、不処罰などと言う形で刑務所に入れないようにすることは、本当は喫緊の課題なのである。例え厳罰に効果があったところで、それを受け止める土台ができていない点に配慮を払わなければ、砂上の楼閣のような論理になる。第四に、「社会復帰や更生の阻害」。　死刑や無期懲役で仮釈放なし、獄死などしない限り、犯罪者はいずれ釈放され、社会復帰する。いかに厳罰化したところで、ここは北の将軍様の国ではない。死刑や無期懲役が使える犯罪はそう多くはなく、いかに適用範囲を拡大したところで、この構造は変化しないというべきだ。そして、社会復帰をするともなれば、社会にうまく溶け込んでいただかなければならない。　前科者だと言うことで仕事がなく結局食うものに困って泥棒しましたで一番困るのはその泥棒の被害者である。（ちなみに、協力雇用主と言って前科のある人たちを積極的に雇用する人たちもいる）しかし、刑務所にぶち込めば社会との縁は切れてしまう。公務員はもちろん、弁護士をはじめ○○士と言う職業の人たちはほぼ間違いなく失職するし、民間企業の人たちでも同じであろう。　社会政策がうまくいっていれば防げる犯罪はいくらでもある。処罰により再犯罪を招く恐れがあることは認識すべきだろう。　その上刑務所は個室ではなく雑居房。真人間に戻ろうとしていた人が、犯罪をやめる気のない者と一緒に収容・触発されて、出所後に再び犯罪に手を染めるなどと言うことだってある。　更生は犯罪者個人の問題ではなく、社会一般の問題として捉えないと、大変なことになる。第五に、「感銘力の低下」。　刑罰に効果を上げるものの一つに、「めったなことで処罰しない」と言うものがある。　めったなことで処罰しないからこそ、逆にそれでも処罰された人間にとっては、自分はそんなに大変なことをしたのかということで自制するし、社会一般としても、彼のしたことはそれくらい悪いことなのだと言うことが認識できる。　刑罰を安易に濫発するならば、刑罰を受けた人間も「どうせ自分もほかの連中と同じ」と言うような感想を抱くことは避けられなくなってくる。交通違反のキップがいい例だ。そうすると、更生に支障をきたし、ひいては再犯防止と言う点から問題が発生する恐れがあることは、認識しておかなければならないだろう。　また、死刑の場合など、安易に濫発するならば逆に生命は軽いものだと言う印象を国民に植え付けかねない（死刑廃止論の論拠の一つでもある）ことにも注意しなければならない。もちろん、何を持って安易と言うかは難しいところであるし、死刑があることこそ生命は重いと言う証拠と言う見方もそれはそれで正しいのだが、それこそ「北の将軍様の国」のように、刑法に罪刑法定主義の原則を認めず、国家反逆と称して死刑を濫発しているところに対して、多くの人は人命を軽視していると思っているのではないか、考えてみたほうがよいだろう。　人間は罪と罰を比較して、罰が重ければ犯罪をしない、だから刑罰を予告しておけば犯罪は抑えられると言ったのはフォイエルバッハだという。啓蒙思想の時代に過酷で恣意的な刑罰への批判として生まれたものだ。　確かに、犯罪と刑罰は予告しなければならないと言うのは現代の刑法学の根本的イロハだが、それは民主主義の原理や人権保障が目的。現代の刑事政策や犯罪学は、犯罪を抑えられると言う点は机上の空論であると見ている。もう数百年も前の机の上の思想なのだ。実証的な研究もすでに進んでいる現代の犯罪学に太刀打ちできるはずがない。　刑事政策を考えるならば、現実的に可能（物理的、法理的双方）な施策はどれで、どれが有効で、どのような弊害がありうるか、そういうのをいろいろと分析しなければならない。　大事件のたびに、上に掲げたような本来守ろうとした利益が逆に害されるおそれを考慮せず、中学高校で習うような基本原理さえ無視して、極論で塗り固めたような刑事政策を主張する人たちは、自分たちが被告人や被害者・実務家・学者・立法担当者・刑罰担当者と言った刑事諸問題を扱っている関係者を愚弄していると言うことに気づくべきだろう。司法試験の世界でも、特に刑事法で死ぬ思いをしている人は多い。　刑事政策は日々の鬱憤を晴らすための場所ではない。残虐刑を「絶対に」禁止した憲法36条があるのに、憲法論争を始めるまでもなく臓器移植に使えとか、薬品の人体実験や地雷除去に死刑囚を使えとか言っている人たちは、自分がたとえ無意識にでも単なる鬱憤晴らしに刑罰論争を使っていることに気づいてもいいのではないか。　そういう人たちが決まって持ち出す「被害者の権利」だが、刑罰以外の被害者救済問題に私より詳しい人は、ネット上でそういうことを言っている人たちは一人も見たことがない。私だって決して専門的に追究したつもりはないが、それでもである。それどころか被害者や遺族当人や被害者の会を除けば、はっきり言って厳罰主義反対の人たちの方がよほど詳しいのは、どういうわけなのだろうか。　　「そういう風に厳罰を主張する人たちは、人権をはじめとする制度への不信から他律的に主張しているのでは」と言う指摘があった。場当たり的で言うことが事件によってころころと変わる人たちを見ていると、それも頷ける。　まがりなりにも4年間刑事法と格闘してきた私としては、いい年した人の事実も法も見ないでの言いたい放題は不快以外の何者でもない。おそらく刑事法を扱う実務家においてはもっとだろう。検察官が「なぜ裁判をしなければさばけないんだといい年した大人まで考えている」と嘆いている寄稿文を見たこともある。犯罪者の処罰を求める立場の検察官が言っているのだ。　もうやめようよ、刑罰でドラえもん願望を口にするのは。　

  2006年08月31日

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• 不法領得の意思の話

  　なぜこんな話を今するかって？？昨日ひよこ先生を撲殺して上機嫌のosama先生が私に「不法領得の意思について論ぜよ」　って問題を出してきたからさ。　けっこう専門的な話になるのでいくら読んでもぴんと来ないだろうけど、まあたまにはこんな話もいいだろう。私個人の復習ついでもあるし。　さて、刑法235条以下は、窃盗、強盗、詐欺、恐喝、横領と言った罪を定めている。これらの罪の共通点は、「他人の財産を自分のものにしてしまう犯罪である」ということだ。　そして、これらについて共通の解釈論の一つに、「不法領得の意思」と言うものがある。　もともと、刑法に規定がない限り、故意犯でなければ処罰はされない。（刑法38条1項）ただ他人の占有物を自分の占有に移すだけでは処罰できず、「他人の占有しているものを自分の占有に移そうという意識のもとで行って」初めて罪になるのだ。これらが窃盗や詐欺と言った罪の「故意」である。　ところが、窃盗・強盗etcについては、さらに「故意とは別に」そこに「不法領得の意思」が必要で，それがなければ窃盗や強盗にならないというのが裁判例である。　そして、その不法領得の意思の中身は、「利用処分する意思」と「振舞う意思」であるというのが裁判例である。　ちなみに、窃盗罪を始め、これらの犯罪について定めた条文には、「窃盗罪の成立には不法領得の意思がいります」などとは一言も書いていない。それなのに、なぜそんな解釈が生まれたのだろうか。　先に結論だけ憶えておいてもらって、これらについて噛み砕いて説明してみよう。結論を知った上で途中の思考を読むと言うのは、分かりやすい説明や入試の読解などでも有効な手法だ。　ここでちょっと考えてもらいたいのが、器物損壊罪（刑法261条）との関係。　器物損壊罪は、他人にとってはものがなくなってしまうが、とったほうとしては自分のものにするわけではない犯罪だ。　器物損壊罪は、最高で懲役3年、罰金刑もあるし、被害者が告訴しなければ起訴できない。　これに対し、窃盗・詐欺・恐喝は最高で懲役10年。窃盗罪には最近罰金刑ができたが詐欺や恐喝は最低でも懲役。横領罪でも最高懲役5年。（「業務上横領」は最高懲役10年）また、わずかな例外を除けば被害者の告訴なくして起訴できる。　しかし、この量刑について、なんか変だぞ、と思わないだろうか。特に、「被害者のために厳罰化！！」とか言ってる皆さんはすかさず突っ込んでほしい所だ。　例えば、ルーブル美術館がモナリザを盗まれた、騙し取られた場合と、モナリザを破られてしまった場合を考えてみよう。　もし盗まれた、騙し取られただけなら、モナリザは万に一つでも戻ってくる可能性がある。　これに対し、破られてはもうモナリザは何をやっても永遠に戻ってこない。レオナルド・ダ・ビンチはとっくに死んでしまっている。　そう、被害者の立場から見れば侵害される利益が大きいのは、実は窃盗ではなく器物損壊だ、と言う点を考えて欲しいのだ。　じゃあなぜ器物損壊より窃盗の方が重く処罰されるのか？　これについては、こんな説明がされている。　窃盗や詐欺と言うのは他人の利益を吸い取って自分が得をしようと言うことで、利欲目的である。そういう犯罪はただ他人のものを壊すより厳しい非難に値する、また抑えるために処罰をそれなりに厳しくする必要がある、というようなことなのだ。　だとすれば、そういうような利欲目的がある場合に、はじめて窃盗や詐欺の成立を認めるべきだろう。そういう考え方から、不法領得の意思と言う考え方が生まれたのだ。　その上で、不法領得の意思の内容を検討すると、さらに下のような考え方が出てくる。　まず、不法領得の意思の内容の一つは、「物の本来的用法に従って利用処分する意思」である。　これは、まさしく器物損壊との関係で問題となる。　モナリザを破壊してやりたいと思う人間は、ルーブル美術館の展示場で破壊するより、一旦外に持ち出し、自分の手元においてから破壊する方が普通だろう。しかし、一旦外に持ち出すのは、それだけでルーブル美術館の占有を自分のところに移したわけで、窃盗だ。　つまり、ちょっとやり方が違うだけで法定刑が3倍も違うわけで、なんか変だということになる。そもそも、そこで、モナリザを利用・処分する意思、処分と言うのはこの場合捨てるということではなく例えば売ったり、他人にあげる、自分で見て楽しむなどその利益に預かることだが、そういう意思を必要とするのである。　また、振舞う意思と言うのも必要であるとされる。振舞う意思とは、「本来権利のある人間を追い払って、自分が権利のある人間のように振舞う意思」であるとされる。　例えば、街中にある自転車をちょっと拝借して元に戻す行動。されたほうとしてはとても迷惑だが、この場合とった方が得ているのは自転車によってもたらされる利便に過ぎず、自転車そのものではない。　この区別はとても重要である。特に窃盗罪の場合は「利便」を他人から取ってしまっても罪にならないのだ。　彼が実際問題とろうとしたのは「物からもたらされる利便」ではなく、「物」そのものである。「物」そのものを取ろうとした、と言うためには、自分が権利者であるように振舞う意思が必要とされるのだ。　第一、これが不要だと言ったら落し物を届けようと警察に届け出るのまで占有離脱物横領罪になってしまう。（刑法35条で攻める手もなくはないけど）　じゃこんな場合は？「他人の盆栽を壊そうと思って持ち出したら気が変わって自分のものにしてしまった」　壊そうとして持ち出した以上不法領得の意思がなく窃盗罪にはならない。壊してないから器物損壊にもならない。　成立するのは占有離脱物横領罪（刑法254条）。　早い話が、落し物をネコババするのと同じ罪である。ちょっとそれはあんまりな気がしないでもないが、そのような解釈をするならば他にはどうしようもない。　まあこういう問題もあるので、不法領得の意思については、学説上はそもそも不法領得の意思なんて一切いらないという見解もあるし、また不法領得の意思は必要だがそのうち振舞う意思はいらない、あるいは利用処分する意思はいらないという説もある。　もちろん判例を支持する見解もあるし、見解は分かれているのだ。　さて、こんなもんで十分でしょうか、osamaせんせ。　

  2006年07月26日

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• 司法と「相場」

  　山口の殺人事件で話題になったものの一つに、「量刑相場」の話がある。　つまり、犯罪の量刑について、「人一人殺せば無期懲役が関の山、2名では死刑にならない」というような量刑相場で司法が動いていることに、相場の中身批判に限らず相場で動くこと自体に批判が集まっているようだ。　そこで、今日は司法の「相場」について話をしてみよう。　一般社会にも、一定の相場がある。　典型的なのは不動産や芸術品などの金額の相場だ。相場があるから鑑定士と言う人たちが必要になる。　契約のタテマエで言えば、お互いが合意した上であれば、純金1トン（ちなみに時価だと14億くらい）を100円で売ったってかまわないし、何の変哲もない紙切れ1枚を1億円で売ったっていい。（税務署が税金逃れと目をつけることはあるかもしれないが･･･）　逆に、紙切れ1枚を1億円出すから売れといっても、1兆円じゃなきゃやだといって売らないのも自由である。　こういうタテマエから極論すれば金額に相場なんかいらない、売りたきゃ売れ買いたきゃ買えともいえる。　だが、それでは芸術品を手に入れる人や所有する人が困ってしまう。買い叩きやぼったくりが横行するだろう。　だから、ある程度「これくらいなら出す」と言うのを標準に、相場が出来上がっている。　そして、ご多分にもれず、司法の世界にも相場は数多い。　民事裁判であれば、慰謝料の額や過失相殺の割合に至るまで、大体過去の判例の積重ねによる相場が出来上がっている。　両目の視力が0.05以下になったら労働能力喪失率は○○％で慰謝料は○○円とか、信号が点滅状態で飛び出してきて轢いたら過失は歩行者○割、車○割というのに至るまで詳細に定まり、こうした基準は公表もされている。　刑事裁判でも、相場はごく普通にある。裁判員制度の実施に合わせて国民の量刑意識を調査したアンケートで出したとある殺人の事案の場合、一般市民の判断した量刑は死刑から執行猶予付きまで分かれていたのに対し、裁判官の出した量刑は大体同じ所に集中したという。　最初から結論を言ってしまうと、私は相場の中身を厳しく吟味することは必要であると思うものの、やはり司法に「相場」というのはどうしても必要なものだと思っている。　まず、裁判官の能力の問題がある。それは別に日本の裁判官が無能、というわけではない。　例えば、慰謝料。つまり目に見えない人によって千差万別の精神的損害が慰謝料だが、それを金額に直すなど、はっきりいって最初から無理がある。　だが、被害を受けているのは事実だし、被害の解決は原則として金銭でやると言う法の建前があるから、ムリヤリ金額に直して何とかしているのが本当のところである。　刑罰だって同じだ。日本の広ーい犯罪の法定刑の内部でどれがいいか、なんて、そう単純に読めるはずがない。人命にせよ自由にせよ財産にせよ、死刑や懲役・罰金で返ってくるなら目安になるが、残念なことに返っては来ない。　こんな世界では、何らかの目安がなければ裁判官だって困り果ててしまう。一定の相場を作って、それを元に考えざるを得ない。　ついで、平等の問題がある。　どの裁判官に当たったから勝ち、どの裁判官に当たったから負けなんていう事態は、裁判官が日本に複数いて、その職権行使の独立が保障されている以上必ず起こる。もちろん職権行使の独立は少数者の基本的人権を守るための憲法上の要請（憲法76条3項）であって、止めるべきだ、などとは絶対にいえない。　しかし、あまりそういう不公平な事態が起こるとなると、司法の信頼にも関わる。日本人は不思議と公平を重んじて、ややもすると公平のためなら全体が不正義には目が行かないことさえあるという所感は私自身にも何となくある。　そういうわけで、日本では判例が絶大な影響力を持ち、相場を形成することによって、判断がやたらとぶれる事態を回避してきている。それによってある程度裁判の公平性が保たれることになる。　ことに、あの裁判官に当たったせいで死刑になりました、などという事態は絶対に避けなければならないことから、死刑の適用についてはどうしても相場の威力が高くなってくる。　最後に、予測可能性の問題。以前した話と共通するが、裁判の結果が予測できる、というのは、紛争解決のために非常に重要なこと。　民事裁判では、裁判の結果が予め分かるならわざわざ裁判なんかしない。交渉のために弁護士を雇うことはあっても、例えば交通事故なら予想できる裁判の結果に従って金銭を払い、裁判以前に一件落着させる。それなら裁判の費用を追加で支払わされることもないし、検察官も先に支払ったことを知れば反省していると認めてくれて刑事裁判の方で起訴をしなかったり、裁判官も量刑を引き下げてくれる。　刑事裁判そのものでも意外と重要のようだ。量刑が不満だと言って上の裁判所に訴えている間も、被告人は結局身柄を拘束されている。これで上の裁判所が訴えを退けたら、裁判をやっている間の身柄拘束は丸損である。もっとも、有罪判決でも、裁判をやっている間閉じ込められていたことについて懲役の日数に数えてあげましょうということは普通のことだが、全部数えてあげましょうというのはなかなかないようだ。　私は無実だ！と言うのならともかく、事実を認める場合で上の裁判所に持ち込んでも相場的にどうにもならないなら、意地を張らずにおとなしく服役してさっさと出てきた方がいいという計算だって、それはそれで重要である。　裁判員制度でも、おそらくこれまでの相場は結局生きてくると思う。　日本の広―い犯罪の法定刑の内部でどれがいいか、なんて、そう単純に読めるはずがない。裁判員ならその一点がスパッと分かるなんてことはなおさらあるわけがない。　何せ基準はひろーい法定刑しかないのだ。治療代が1000万円かかったから1000万円、利息が法律で年5％と決まってるから5％というような分かりやすさはどこにもない。　実際裁判員裁判のリハーサルで量刑を争点にしたら、裁判員にとっては雲をつかむような話に結局評議はまとまらず、結局過去の似たような事例の量刑はどんなもんですか、という声が出てそれで判断されるという、何のための裁判員か分からない事態も聞いたことがある。　　全能ではない裁判官、全能ではない裁判員を助けるため、全能ではない裁判官の判決など予想できない当事者をたすけて見通しを与えるため、人々が求める公平のため。そうした要請が、司法の相場にはある。　相場で司法が動くことを批判するより、相場の内容を吟味することが重要なのではないだろうか？

  2006年06月29日

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• 法の限界

  　法は万能ではない。　当たり前のことである。　例え法でこうしなさいといくら書いたところで、社会にある現実は必ずしも変わってはくれない。　憲法９条でいくら平和主義を主張したって、どこかが攻めてこないという保証がないからこそ９条は論争の対象になる。世界中の国や組織の類が９条に従ってくれると確約して確実に実行してくれる保証があるのなら、９条を廃止しろという意見など、一部の変人を除けば誰も主張しないはずである。　それなのに、法を使えばなんでもできる、と勘違いする人が出てしまう。　世間一般でよく見かけるのは「法律家は法は万能だと思っている」という批判である。確かに、そういう現象もあるだろう。法にはまると法の世界だけが唯一至上だと思ってしまう人は出るのかもしれない。　だが、私の目線からすれば、実は法万能主義に陥っている「世間の人」の方がずっと多いんじゃないのか？という気がする。　なんだかんだで、法律家と言われる人たちで、実務に携わっている人たちは法の現状における「限界」と「落としどころ」をそれなりに把握している。その上で、既にある法をなおざりにすることができないという立場、あるいはより勉強して世間の人が見えてない部分が見えている関係上、法におとなしく従って、それが「法律家は非常識・世間知らず」「法律家は法を万能だと思っている」と言う批判につながっているのではないか、と思っている。　では、世間の人が法万能主義に陥っているとはどういう場合か。　具体的な話の前にちょっと哲学みたいな話をすると、法律と言うのは「幻想の産物」である。　法律と名のついた「形あるもの」なんて、はっきりいってどこにも存在しない。六法全書とかは法律をただ単に誰にも読みやすいように文書に文字でアウトプットしただけのものであって、法律そのものではない。　国会が勝手に「これが法律だ」と言って、諸々の「国家機関や国民が」それに従っているだけである。　要するに、法律がいくらあったって最終的に法律を実現するのは「法律に従う人」の「力」である。つまり、法律に従う人の力でどうにもならない法律は、いかに立派な中身を持っていても実現しないのだ。　そこんところは、いまひとつ理解されていない気がする。　裁判に訴えれば、裁判でどうにもならないなら法を改正すれば、世の中の問題現象が全て解決される。そんな万能物としての法が、世の中の人には描かれているような気がしてならない。　現実にはとてもそうではない。　例えば、こんなことを考えてみよう。「ミュージシャンに１０００万円出して公演をやってもらう契約をしたがいつまでも公演をしてくれない。どうやったら公演をしてもらえるか。」　法律の世界では、契約をしてそれを破ったら国が強制的に契約を実現してくれるのが建前である。　例えば約束した金をいつまでも渡してくれないなら、強制的に財産を取り上げて競売にかけて、その金を渡してくれる。（強制執行）　家を建てる約束をしたのに建ててくれないなら、別の業者に依頼して建ててもらって、その費用を金にして、あとは上と同じ方法で埋め合わせる。（代替執行）　では、離婚して親権を失った母親が子どもかわいさに親権者の父親のところから子供を連れ去ってしまったらどうか。子どもに代わりはたてられないし、人をやって取り上げようとすると一番大事な子どもに害が及ぶおそれがある。そこで、一日引き渡さないごとに金を取り上げるという手法で強制する。（間接強制）　だが、ミュージシャンに公演をしてもらうのは例え金を取り上げたところで国が強制的に実現することはできない。　刑罰で強制するのは行きすぎだと考えられるし、例え実現しても刑罰受けてでもやりませんと言われたらそれまでである。仮に間接強制を使い、金銭で強制的にさせたところで、そうやってやってもらった公演に意味はない。　他のミュージシャンでは意味がないので、別人にやらせる手法も使えない。　法律上は「やらなければいけない」はずなのだが、結局実現させる手法がないのだ。結局、損害賠償を支払ってもらって（支払ってくれないなら差押えで）満足するしかないことになる。　それさえそのミュージシャンが金を持っていなければ裁判のための費用まで含めて丸損、泣き寝入りである。人の力ではどうしても嫌がる他人に強制的に公演なんかさせられないし、ない金を出すことはできないから、そこは法の限界となるのだ。　　他にも、国旗や国歌に関して、敬えという法律をいくら作ったって、法的な強制にはなじまない。憲法に思想信条の自由があるとか何とか以前の問題である。国歌を歌わない人間にムリヤリ口をあけさせたところで、出てくるのは荘厳な歌声ではなく単なる悲鳴でしかないし、敬えと法が宣言したところで敬わない人の思想が変わってくれるわけでもない。　愛国心を盛り込もうとする教育基本法も同じである。（というより、その辺の記事を見てこんな記事を書いたわけだが）いくら教育基本法に愛国心云々を描いたところで、愛国心を植えつけることは必ずしもできない。　所詮は法なんて、中身のないものである。　それに中身を入れるのは法律家であり市民である。　でも、中身をいくら入れたってできないものはできない、と言うことを覚えていただければと思う。

  2006年06月17日

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• 緊急文：被害者の立場に立つ人たちは自省をしよう

  　とあるブログで冤罪に泣く人と被害に泣く人の総和が少なくなるように過誤の可能性を設定すべきだ、と言う。　確かに、灰色無罪と言われるような無罪判決は世の中にいくらでもある。アメリカのOJシンプソンの事件などはそのように受け止められているようだ。日本でも具体的事件名は差し控えるもののそういう事件はある。　だが、それでも本音を言えば、かの言説には憤懣やるかたないのが実情である。そう思ったから、記事を見てすぐさまこんな記事を書いたのだ。　確かに、理系の脳ミソで持って功利主義的にだけ考えれば、それは明らかに正しいことであろう。だが、人は一定の秩序の元に生きていかざるを得ない。その中で純粋な功利主義がどこまで使用できるのか、考えてみたことはあるだろうか。　考えたことはありませんでは本来困るのだが･･･。　犯罪を抑止する方法は、はっきり言って簡単である。　公道はもちろん、国民全員の家にくまなく防犯カメラを入れ、厳しい思想統制をしき、電話や手紙を全て傍受したり検閲をし、凶器になりうるものは全て登録制にし、国民に定期的にポリグラフ検査などをかけたり、国民全員にICチップを埋めたり、定期的に家などに捜索を入れたりして統制すれば、犯罪の大半は事前にどこかでひっかかる。　激情等に駆られてついやってしまいましたといっても、事後にはほぼ確実に見つかる。　嫌疑刑など必要としないで、犯罪率も激減、検挙率も激増するだろう。　では、日本の法体系はそれを認めたか。今日本でそれが導入されないのはただﾞ単に金や技術がないせいだけなのか。　断じてノーである。日本に限らない。世界中で、軍事独裁をしている国でなければそんなものを認めはしない。　日本に限らず先進諸国の憲法は「国家に対して」国民の自由や権利を守れ、不可侵領域に入ってくるなと義務付けている法律である。そうした中には、国民を個人として尊重すると同時に、その中身として平等権、表現の自由はもちろん、刑事手続に関する諸規定も置かれている。　では、疑わしきを罰することはどういうことか。　それは、人が犯罪に該当する行為をしたから処罰すると言うのではなく、疑わしいだけだが全体の秩序維持のために犠牲になれといっているのに等しい。早い話が、国民一人をいけにえにして、秩序を維持しようと言うものである。　個人として人を尊重しろと言っている憲法の下で、そんなことが認められるはずもない。国民は「疑わしいから処罰する」のではなく「罪を犯したから処罰する」という大原則は、てこでも動きはしないのである。たまたま自分が多数派にいたからＯＫと言うのは認められない。少数派になっても守られる最後のライン、それが憲法だ。　治安が悪くなったからでぐらつくようでは、もはや憲法どころか普通の法と呼ぶにも値しない。　被害者の権利はどうなるんだ、と言うかもしれないが、それは厳しいようだが最初から想定の範囲内である。　そもそも憲法によって、我々は思想信条にせよ、営業活動にせよ、私生活にせよ、自由な生活を手に入れた。だがそれを守るためということで、我々の犯罪抑止への熱望には厳しい枷がはめられてしまったのである。　刑罰と言う形で、国家権力を通じて権利を守りたい、と言っても、その国家権力は憲法で縛っている。　要するに、犯罪の被害を受けるかもしれないし、その代償に得た自由が基本的な価値になっているのだ。ご都合主義にいいとこどりなどできるわけがない。　国民が被害者に対してできることは、奪われた権利を出来る限り回復するために国民一人ひとりが力を尽くし、犯人を発見し、十分な立証ができるだけの証拠を集めるのに協力し、場合によっては保護するための可能な立法に向けて世論を形成していったりそういう議員を国政に送り出すことなどである。　裁判官や制度を、何にも理解しないままに叩いたってただの自己満足。まして、自己満足でつるし上げられる個人や裁判官はいい迷惑である。　被害者を守りたいという本音が、あらぬ方向へ行き、被害者のためなら目障りな制度は捨てろというような風潮が最近見られるように思う。安田弁護士叩きに黙秘権批判。重罰化や時効撤廃説はまだまだそれなりに強力な論理がついているが、後ろにはそんな風潮も見える。　およそ法律家や立法府の意識が被害者に向いていなかった初期はまだしも、今はある程度被害者を保護する法制度も整ってきている。もう言いたい放題言って、国会にこんな意識があるんだと言っていれば実現するような改革はほぼ終わっていると思ってよいとさえ思っている。　被害者が何を求めているのか。何が実現可能で何が実現不可能なのか。今できることは何か。改めて足元を見直すことが必要なのではないか。

  2006年05月12日

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• 司法試験択一の話

  　明後日は現行司法試験の択一試験である。　現行司法試験とは、今までどおり、誰もが受けられる司法試験。新司法試験と言ったら、新しく始まった法科大学院の出身者が受験することが原則となる司法試験である。　現行司法試験は、去年は合格者１４５４人を出した。しかし、今年新司法試験が始まるのに併せて合格人数を一挙に６００人まで減らした。来年は３００人にし、２０１０年には５０人に減らしてそこで打ち止める予定だと言う。新司法試験受験組としては色々と書けることもあるのだがまだ不確定な要素もあるし想像の域を出ない部分が多いので今日は択一試験の思い出とかの話を。　現行司法試験と言ったら、大きく分けて４つの試験がある。　まずは教養試験。基礎教養が求められるのだが、大学の学部２年をそつなくこなせば免除になるので実際にこの試験を受ける人は少ない。　次が択一試験である。詳しい話は後で。　その次が論文試験。７月の中旬に２日がかり、総計１２時間もかけて行われる天王山。憲法･民法･刑法に商法･民事訴訟法･刑事訴訟法が加わって６科目。出題された問題をどう法的に処理するか論文を書く。マグレで受かるにもすさまじい実力が必要だ。もともと択一試験に受かっていればそれなりの実力者だが、その実力者の80％くらいはここでさようなら。私もその一人。　ラストに口述試験。試験委員と直接口頭で問いに答える。問題自体は論文試験と同じくらい難しいのだが、試験委員の方もヒントを出したりしてくれるのでそれに乗っかっていければ落ちないといわれる。実際9割くらいは受かっている。また、ここまでくれば翌年は冒頭3つの試験が免除になる。　さて、今日のテーマの択一試験は５肢択一式で、憲法･民法･刑法の３つの法について各２０問ずつ、合計６０問が出題される。この６０問を３時間３０分で解かなければいけない。１問あたりの所要時間は３分３０秒。最終合格予定者の４倍～５倍位の合格者を出すようで、だいたい合格点は４５点前後に落ち着くことが多いようだ。去年は４２点、その前は４５点だった。　これに合格すれば花の論文試験である。　民法は、基本的に知識問題が中心になる。　こういう場合はこうなる、○か×かと言うのを４つとか５つくらい組み合わせて５肢にする問題が多い。つまり、たまたま正解を一つ知っていただけでは正解にはたどり着かないようになっている。入試その他の選択問題とはそこが決定的に違う。　ただし、知識問題と言うことは答えを出すのには時間をかけなくてもよいということ。時間の節約には都合がいいし、対策も立てやすく、勉強すればそれに報いるだけの点数が手に入りやすい世界ではある。　私自身は勉強量が少ないせいか２回受けて両方いまひとつであった。（論文の民法は評価が高かったけど）　刑法は、民法とは打って変わって思考問題が中心である。　学説がずらっと並んでいて、どの学説に従うとどうなる、と言うのを当てはめたり、この学説はこういう批判がある、というのを踏まえながら空欄を埋めたりする問題が多い。知識は不要ではないが基本的思考回路のできの方がむしろ必要である。　そして民法で稼いだ時間は惜しみなく刑法に注がなければならない。１問に５分も６分もかかることだってある。　受験生の多くが苦しむのだが、私自身はなぜか刑法はほとんど勉強しないで得意科目にしていたし、解くのも速かった。１年目から刑法はＡ評価、２年目は刑法でウハウハな点数を稼いだ。　他方憲法は、民法と刑法の中間と思っていればだいたい間違いはない。ただ、憲法に限っては日本国憲法に限らず、もう使われない大日本帝国憲法や、国会法・裁判所法・地方自治法と言った周辺法令の知識もある程度必要だ。　問題には半ば論じつくされたようなものに限らずなかなか現代的、世間一般の人にも興味がわくような問題も多く、ことに予備校などで練習問題を解くと新たな問題や視点に感動することもあった。　実際問題他の科目より勉強していておもしろいが、判例の暗記にはちょっと辟易したなあ。割とスーッと入っていけたが、思ったほど点数は伸びず。論文は崩壊だったし。　去年は、憲法→民法→刑法の順番で解いたが、思いのほか思考がすいすいとめぐりわずか２時間４０分で全６０問を解き終えた。見直しで直したときに点数が２点くらい上がったようだが、上がっていなくても悠々合格。予備校などでの練習ではとても出せなかった点数だが、問題と波長が合ったのかな、とも思ったり。　３時間半ぶっ通しで解き続けるのはきつくないといったら嘘になるが、正直囲碁と比べればマシな気もする。　囲碁は最善手なんかアマがちょっとやそっと考えたくらいでは分からない。下手すれば処方箋なし、最善手なんかないということだってありうる。　択一試験はそうではない。解答のヒントは全部紙の上にあるし、どれか一つは必ず正解、しかも２つの正解はないことまで確約されている。これだと二重解答だからこれはありえないなんてずるい思考も出来る。また、問題を作っている方も司法試験受験生のレベルを見極めているので、無理難題は出さない。しゃにむに勝ちに来る囲碁の対局相手とは違う。つまらないひっかけ（条文数をずらすとか）なんかやってこないという信頼も出来る。純粋に問題を見極めていればよいのだから。　今年は、合格者数が大幅に減少したことから、少なからぬ上位者が法科大学院に流れたと想像される。　また、今年受験する人の中には、択一試験を最終合格へのステップではなく法科大学院へのはく付けと位置づけている人も少なくないと想像している。　もう本気で受験する人たち（司法試験だと３人に１人は記念受験しているといわれる）は各人１４日の１３：３０からの３時間半に向けてスパートしているはずだ。　みんながんばれよ。今となっては私は現行試験の落ちこぼれだが、エールを送るぞ。

  2006年05月12日

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• 憲法と刑事訴訟法

  憲法記念日の続編で、今日は憲法と私が好きな刑事訴訟法の関係のお話です。　主要六法といわれているのは、憲法・民法・商法・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法である。　この中で、憲法と一番関係が深いのはどれか。　実は、刑事訴訟法なのである。日本の憲法は、諸外国に例を見ないほどに刑事裁判に関する規定が多いそうである。　今日は引用が多いから条文にいちいちリンクするのめんどいんで今日はこちらから参照しながら見てね。　まず、基本として３１条で手続なくして処罰なしの原則を明らかにした。３７条１項では迅速かつ公平な裁判も保障する。　そして、捜査の段階では、逮捕・捜索・押収などに令状主義を要求する（３３条･３５条）し、その理由は公開法廷で教えてもらえる（３４条）。身柄拘束を受けるときには弁護人依頼権も付与しなければならない（３４条）。取調を受けたとしても自分に不利益なことを言う義務はない。（３８条１項）　裁判になったらなったで、やっぱり自分に不利益なことは言わなくてもよい。（３８条１項）さらに、証人には公費での尋問する機会が与えられる（３７条２項）。弁護人を依頼する権利もしっかり保障されているどころか、弁護人がつけられなければ国選弁護人まで必要だ。（３７条３項）　いざ判決となったら、拷問や脅迫による自白は証拠にできないし、自白しか証拠がない場合には有罪にできない。（３８条２項･３項）　例え有罪判決が出ても、刑罰として残虐な刑罰は禁止される。（３６条）刑罰としては奴隷的拘束も禁止である（１８条）。　また、無罪判決が出たら刑事補償法の定める所に従い、刑事補償を受ける権利がある。（４０条）また、例え後から決定的物証が出てきてももう起訴しなおすことは許されない。（一事不再理、３９条）　日本の刑事裁判は、アメリカの刑事裁判に深く依拠している。　そこでアメリカ合衆国憲法（こちらへどうぞ）を見てみると、刑事補償請求権、自白しか証拠がない場合の不処罰、拷問による自白の証拠排除などは、実は規定が存在しない。弁護人を依頼する権利はあっても、国がつけてくれるという規定はない。　自白しか証拠がない場合の不処罰が憲法に定められているため、自白で有罪認定を終了し量刑判断をするというアレインメントの制度は、アメリカではごく普通に行われているの日本では違憲だとされる（私のゼミの教授は合憲説だけど･･･）のだ。　ましてやドイツなど、日本に比べればザルもいいところである。別にドイツでは人権保障が不十分だ、といいたいわけではないけど。　では、日本はなぜこんなに細かく規定したのだろうか。　まず、刑事裁判というのは当然だが個人の人権を制限しなければ絶対に成り立たない。捜索も押収も逮捕も一切しないで犯罪の立証なんかできるはずがないし、と言って犯罪者を捕まえないわけにもいかないだろう。　国民の権利を守るための法である憲法は、当然こういうところでも厳しく権利擁護に目を光らせなければならない。　しかも、日本の戦前の刑事裁判では、被告人の権利保障は不十分であると一般に言われ、特別高等警察による言論弾圧や拷問が有名なところである。　さらに、憲法制定当時にその事を考えていたかどうかはともかく、現在は刑事裁判は被告人vs国家というより、被告人vs国民という色彩が非常に強くなってきている。元々民主国家だから刑事裁判は被告人vs国民なのだけども、国民による処罰のプッシュは特に昨今恐ろしく高い。散々に私が弁護士非難を論難してきたことを覚えている人は多いはずだが、まさしくあの現象なのである。　処罰するという希望があまりに強いとなると、国民の手による被告人の人権保障は期待できないということにもなる。　国民のストップが当てにできなければ、憲法をしっかり作っておくしかない。憲法だって国民の手で改正可能だが、さすがに憲法に書いてあればそう簡単には改正できない。憲法に定めてあるということだけで国民に再考を促すことも出来るだろうし。　　幸いにも（？）、憲法改正の論議が喧しい中で、これらの規定については、特別とりあげるような改憲論議もないという。解釈で隙間を埋めているところを明文にしようとか、犯罪被害者の権利を載せようというような見解はあるようだが、条文を削除しようというような抜本的な改正論議はないようである。　この現象は、なんだかんだで憲法に定められているからではないか？とも密かに思っている。刑事訴訟法の規定だったら、弁護士に関する法は改正しろという動きが無視できないものになっていたのでは、と思えてならない。　　刑事訴訟の基本は憲法である。なにか刑事裁判で分からないことがあったら、刑事訴訟法を読むよりまず憲法を読んで、沢山の規定の趣旨をマスターして欲しい。　それこそが、刑事訴訟の理解への近道である。　さて、明日は５月５日。関東学生囲碁リーグ戦の最終日。　学生十傑の申し込みがてらに応援に行こうかと思っている。速報も一応しようかと思ってます。ただし、１日の日記として出るかもしれないので、見に来た方はご注意を。

  2006年05月04日

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• 憲法を知らずに憲法を語るな！

  　大げさな表題をつけましたが、別に司法試験に受かるくらいの勉強をしろなどという意味ではありませんよ。これから語ることをマスターしていただければ。　さて、今日は59回目の憲法記念日である。　1947年の今日、日本国憲法は施行されたのだ。　ちなみに公布されたのは1946年の11月3日。今は文化の日ですね。　今日も憲法記念日だということで、あちこちでなかなか喧しい憲法論争が繰り広げられているようだ。　議論の最大の目玉は、9条を主軸とした憲法の改正。もはや憲法をどう運用していくかなどというレベルではなく、ある程度抜本的改革が要求されているようだ。また、憲法改正の国民投票法も整備する予定らしい。改正するかどうかは別にして必要な規定だろうね。　いろんな政党とか人が、9条はもちろんのこと国民の義務だとか愛国心をもっと盛り込むとか、犯罪被害者の権利を明記するとか、首相公選とか、相当な論争を繰り広げている。　ちなみに実務家にとって評判が悪い条文の一つは裁判の公開を定めた８２条。知的財産関連の裁判が使いにくくてたまらないという。　まあ色々意見はあるけど今日は、細かい個別の論争の内容につっこむことはやめておく。　さて、そういう論争をしている人たちにでは聞こう。　これが分からないままで如何に憲法を論じても、碁が陣取り合戦だということを知らない人が「日本の碁がなぜ弱いか」を語るようなもんで、白々しいことばっかりになる。　なんだかんだ言って、９条関連以外での護憲派の人たちはそういうことは割と理解できていることが多い（気がする）。問題です。「憲法ってなんだ？」　憲法という名前がついていれば憲法だ、というような人はさすがにいないだろうね。ちなみにそういうのを「形式的意味の憲法」と言う。まあしかし憲法論争では無意味。　「国の法律の中で一番偉い法律」という人たち。多分日本人の過半数はそう答えるだろうな。確かにそれも間違いではない。だが、それしか知らないのでは白々しい論争以外はできないことになるぞ。　近代において、憲法というのは「国家権力を制限して、国民の権利や自由を保障するという考えを基本に持つ国家の基礎法」である。通称「立憲的意味の憲法」。フランス革命をはじめとする、権利のための闘争を経て、近代国家ならどこの憲法もそういう風にできている。　戦前の大日本帝国憲法さえ、絶対権力者天皇の統治権の総攬は帝国憲法の条規によって行うと示していたのだ。程度に差は大いにあったかもしれないが、基本理念は戦前から同じなのである。では応用問題。「憲法はどうして国の法律の中で一番偉いの？」ヒント：憲法の条文の中に書いてあるよ。　まず、日本国憲法の第十章は「最高法規」という章になっている。　そして98条は、憲法に反する法律や命令･詔勅の類は全部無効と定めている。これを見れば、確かに憲法が一番えらいということになる。　だが、ちょっとまってほしい。そんな規定を作ればどんな法律だって憲法でございでは、あまりに形式的である。第一、さっきの問題と繋がらないではないか。（マテ）　最高法規の章には98条の前に97条がある。　第九十七条 　この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。　この条文はなんなんだろうか。なぜこの「基本的人権の本質」を語る条文が「国民の権利および義務」の第三章ではなく「最高法規」の第十章に書かれているか。　思い出して欲しい。近代における憲法は、「国家権力を制限して、国民の権利や自由を保障するという考えを基本に持つ国家の基礎法」である。これと97条が結びつくと、何となく見えてくるだろう。　そう、97条の国民の権利や自由を保障するという立場をここで改めて鮮明にし、どうして「日本国憲法」が「憲法たり得るのか」。それを示したのが97条なのである。大げさに言えば、憲法が憲法たる所以は97条にあるといってもよいのだ。　この本質が見えればこそ、例えば憲法に「国民の義務」を書くなどということが本当によいことなのかどうか、盛り込む時にどの点を検討しなければならないのか、見えてくるはずである。　はっきり言って9条さえ各論に過ぎない。平和路線の堅持が国民の自由と権利を守るのか、軍事路線の整備が国民の自由と権利を守るのか、それはテクニック論に近くなってくる。　ましてや、押し付け憲法だの、内容もないのに憲法は時代に合わないだろう、そうに決まっているといった内容のない言説は憲法改正を論じるに際して何の役にも立たない（本当に議論が出来る人にとって五月蝿いだけ）言説であることは一層明確になるはずである。　　　憲法を論じることはいくらでもあってよい。改正されたとしても、それに従って作業するのが法律家の任務である。　だが、憲法がどんな法律かも知らずに憲法を論じたり、憲法の改正で一事が万事解決するかのような過剰な期待を抱いたりするならば、それは何の役にも立たない。憲法改正論議が今まであまり盛り上がってこなかったのも、そういうところに一つの原因があったのでは･･･というのは私の勝手な想像だろうか。　いずれにせよ、憲法のいろは（基礎理論）くらいは知ってから憲法をかたって欲しいもの。改正を論じたいなら改正する部分ももちろん知らなければならないけど。

  2006年05月03日

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• 「正義」をどう捉えるか

  　法の世界における「正義」。　こんな基本的な単語なのに、この単語の後ろには国民vs法曹で重大な価値観の軋轢がある。そして、以前私が問題視した刑事弁護と世論の軋轢は、少なからず「正義」観の相違による、とも思われる。　今日はその話をしてみよう。　例えば、先日の安田弁護士のような弁護活動や、あるいは黙秘を勧めるような弁護活動に対する「一見もっともらしい」批判に、弁護士法1条1項が使われることがある。「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」　そんな風に条文にあるので、「真犯人を逃がすような弁護活動は社会正義に合致しない」と噛み付いてくる人がいるわけだ。　ここで真犯人を逃がすことを不正義ととらない（正確には、一方の優先される正義のためやむをえないととる）のが、「法律家の持つ正義観」であり、おそらく「市民一般になかなか受け入れられない正義観」なのではなかろうか。　はっきり言って、論客といわれるような人だってこの概念をちっとも理解できていないケースだって珍しくない。そのくせ、この正義観を理解しない者に対して、何を言っても無駄という意味もあるので相当に困った領域だといえる。　まず、基礎知識として実体法と手続法の話から。　「実体法」というのは、まさしく世の中に存在する普通の法律。　つまり、「こういう場合にはこういう権利が発生します」「こういうことをしたらこういう処罰をします」と言うような法律である。　これに対し、「手続法」というのは、裁判に関する法律。　例え実体法に「人を殺した者は死刑または無期もしくは５年以上の懲役」と書いたところで、実際に懲役○年か死刑にできないのでは意味はほとんどない。そんなことをさせないべく、「実体法のとおりにするために」裁判に訴え出る場合どのようにするかを定めた法律である。　例をあげると、犯罪者を処罰するための実体法である刑法には、手続法として刑事訴訟法がある。　市民の財産や家族の関係を規律する実体法の民法や商法には手続法として民事訴訟法とか人事訴訟法・家事審判法が用意されている。行政のあり方を決定する行政諸法には行政事件訴訟法と言うのもある。　また、独占禁止法のように、一つの法律の中に実体法と手続法が一緒に規定されているものもある。　そして、正義の概念も実は上の二つの大きな法の区分から、「実体的正義」と「手続的正義」の二つに大分される。　そして、法律学の世界で「実体的正義」といったら、実体法が適正にきちんと実現されること、ということになる。　「手続的正義」というのは、手続法に基づき、裁判が適正にきちんと行われること、と言うことになる。　さて、手続法と言うのは実体法を実現するための法律である。　実現すべき実体法抜きでは、手続法は意味がない。脳ミソのない人間と同じである。逆に言うと、手続法というのは、実は脳ミソ実体法の命令を受ける手足だということが分かる。　ところが、現在の日本では、手続法は実体法と同格かそれ以上に重要な法律である。手続法が実体法を動かすことだってある。手続法のような「手段」に過ぎないものがどうしてそんなに偉そうな顔をしているのだろうか。　まず、日本では、国民に裁判を受ける権利が保障されている。また、こと刑事手続に関していえば、適正な手続が保障されている。　そして、「適正な手続によらなければ、いかなる犯罪者と言えど処罰することは許されない」という建前までが確立している。　こうした手続をしっかりすることによって、刑罰と言う厳しい人権制約を受けなければならない人間であるかどうかをしっかり見定めることができ、人権保障につながる。国民の権利の制約を合法的に行える刑事法の世界は、国家（民主制と言えどもそれはかわらない）による人権侵害の温床だから、手続をいい加減にすることは許さないよ、と言うことがどうしても必要になる。　そして、もうちょっと哲学っぽい話もすると、手続法を重視するということはどういうことか。　それは、「真実に至る過程」を重視するということ。つまり、「結果オーライ」は許さず、真実に至るまでの過程をしっかりしようという発想である。　人間は、神さまではない。どうしても限界のある生き物である。そんな人間ごときに「真実」などと言うものが予め分かるはずがない。そして、きちんとした過程を踏みもしないで、正しさに至れるはずがない。結果的な正しさを先取りしようとするなら、かえって正義をねじまげてしまうだろう。　だから、手続はしっかり行う。しっかり行った結果として実体的正義が実現されなくてもやむをえない。そんな考え方が根底にある。　例えば、100人殺した殺人犯がいたとしよう。彼は裁判では「証拠不十分」だとして、弁護活動や裁判官の判断をふまえて、全くもって適法な手続によって無罪になった。　ところが、無罪判決を受けて重圧が解けた彼は、今度は「自分が犯人だ、裁判官も検察官もちょろい」と言い放ってふんぞり返っている。後から決定的物証も出てきたが、もう遅い。一事不再理の原則により、もう彼を法廷に引きずり出して刑罰を受けさせることは不可能になる。　実体法からすれば、彼は本来殺人罪で裁かれるべきだったということになる。　100人殺せば心神耗弱とか18歳未満でもない限りほぼ間違いなく死刑になるだろう。だが、彼を犯人と認定する手続法の段階で待ったがかかったというわけである。　ここで、裁判手続に何らかのミスがあったら、もしかしたら彼は死刑になっていたかもしれない。弁護人がつかなかったとか、裁判官が証拠能力の判断を誤ったとか、結果オーライで死刑になることは絶対にありえないとはいえない。　そうなれば、実体法の通りにはなっている。その意味で実体的正義が実現されたといってもよい。そして、その意味では裁判官や弁護人の行動は不正義だ、と言うことにもなる。　では、それでよいのだろうか。日本の法はそうは考えていない。裁判をきちんと行った上で法は執行しなければならない。いかに結果が正しいものであってもそれは「たまたま」。不適法な裁判をやっての死刑など認めない。それは、手続的正義が実現されていないし、それによって実現される実体法などダメ、ということになる。　つまり、彼を弁護した弁護人も、彼を無罪とした裁判官も、しっかり正義を実現したと考えられるのだ。　光市の妻子殺人事件に当てはめれば、きちんとした弁護活動が行われてこそ「手続的正義」が実現される。弁護活動を省いたら彼が死刑になりました。死刑は適正でめでたしめでたしなどという「正義の先取り」による「実体的正義の実現」など、実は不正義以外の何者でもないということになるのだ。　「人間の能力ではいかんせん無罪判決が限界だったんだから仕方ない」という、ドライで、遺族とかにとってはおそらく到底受け入れられないであろう感覚。それが手続的正義の発想であり、今日の日本の法体系で基本となる感覚である。　もちろん、実体的正義も当然実現されるべき価値である。手続的正義の履行がすなわち実体的正義の実現となることが当然の理想である。また、先進国でも、ドイツ･フランスと言ったヨーロッパ大陸法系の国では手続的正義より実体的正義の実現に力が入っていると評される国もある。（私自身は詳しくはないけど･･･）　日本がこうなったのは、戦後になってアメリカ流の裁判が導入され、それが単なる法制定･法解釈のレベルではなく憲法上の秩序とされたことに大きな由来があるだろう。　そんな正義認めたくない、と言うのは仕方ない。実際問題、日本人にとって手続的正義論は建前論に過ぎず、本音ではもっと実体的正義論が賛成されているし、手続的正義は煙たいものだと思われているのが実際ではなかろうか。この間のバッシングはその一つの証拠ではないか、とも考えている。　ただ、こんな正義の捉え方があり、日本の法体系はまさにそのことを第一義的に正義と捉えているのだ、と言うことは、しっかり頭に刻んでほしいものである。この正義の概念が見えてきたとき、日本の司法に対する理解はぐっと進むと私は思う。　

  2006年04月30日

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• プライバシー侵害と名誉毀損

  　以前の朝日新聞に、防犯カメラが安全な市民生活を守るという投稿をしていた年配の方がいた。　防犯カメラの防犯力については以前こんな記事を書いたけど、それは本題ではない。　彼が言っていたことで一つ気になったのは、プライバシーの侵害と言う批判に対して、「自分が防犯カメラに映ったとしても、天地神明に恥じぬなら恐れることはない」　という見解が出てきたことである。　うーん、申し訳ないがこの人はプライバシー侵害と名誉毀損の区別がついてないのではないだろうか？と言う感想を私は持った。（新聞社が編集したときに内容が変わった可能性はあるかもしれないが･･･）　と言っても、こういう意見は別に珍しいものではなく、割とよく見かける。保守か革新かと言われれば保守系の人が中心かも。　名誉毀損とは？　それは、他人にとって不名誉な事柄を公表して、彼の社会的評価を低下させることを指す。ちなみに、その不名誉な事柄が真実であるかどうかは関係ない。　名誉毀損は刑法230条で処罰される。量刑は3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金である。では、プライバシーの侵害とは？　裁判例は、プライバシーについて、「私生活をみだりに公開されない法的保障または権利」という。つまり、そういう事項を他人に教えてしまうのがプライバシーの侵害と言うことになる。　刑法134条には「秘密漏示罪」と言う罪があり、秘密を漏らすと罪になる。ところが、その量刑は最高でも1年の懲役。しかも、弁護士とか、宗教関係者のような人が仕事に関して知ったことを教えてしまった場合だけである。　他に信書開封と言う罪もあるが、量刑は同前である。　さて、これまで見たように、プライバシーの侵害と名誉毀損は刑法上はっきりと区別されている。つまり、明らかに違うのだ。　確かに、「裏取引をすっぱぬく」という例を考えてみると、プライバシーに踏み込んでいると同時に彼の名誉を毀損している。だから名誉毀損とプライバシー侵害は重なり合う部分が少なくないのは事実だとは考える。　だが、人間が「他人に知られたい」と思わないのは「不名誉なこと」ばかりだろうか。　実は、プライバシーと言うのは、大半の人にとっては、特別に「恥ずかしいこと」でもなんでもないし、これが分かった所で社会的な評価が低下する、と言うわけではないものが多い。　昨日の夕食に何を食べたか知られたところで、多くは「ふーん」でしかない。あんなもの食べるなんて・・・と陰口を叩かれるような食生活をしている人はなかなかいないだろう。他にも、実名や住所･電話番号を知られても、それだけでは別に社会的な評価が下がるわけではないのである。　では、トイレと風呂以外全部ガラス張りの家で、動物園の動物よろしく24時間監視されながら暮らしたいという人はいるだろうか？断言するが、例え清廉潔白な人でもまずいない。たまにいたとしても、それは報酬として支払われる金目当てか、あるいはよほどの変人である。　つまり、名誉毀損ではないが、プライバシーの侵害にはなるという領域は間違いなく存在するし、その領域は非常に重要なのだ。　そもそも、人はなぜプライバシーを主張するのか。そして、裁判所もプライバシーを法的に（憲法上！）保護すべき利益であると認めているのはなぜなのだろうか。　まず、プライバシーとはその陰に隠れて不届きなことをするために認められるものではない。そんな権利を、裁判所が憲法を用いて保護すべき利益などと認めるはずはないのだ。　プライバシーは、不届きなことをする意図がなくとも、他人に監視されず、自分が心許せる人（例･家族）と静謐な環境で生きていきたい。そうした希望に応える権利だ、と私は思っている。　そういう希望が広く国民的に認知されてきた。さらに、現代の情報化社会でそれが守られないということが増えてしまった。それで裁判所も法的に認める必要が出てきてしまったから、あえて法的な権利として認めた。そういう権利である。　だから、「やましいことがないなら見られてもいいはずだ」と言うことを言い出したら、プライバシーは「やましいこと」を他人に教えることを問題にする名誉毀損と同質化してしまう。　同質化するだけならいいが、そうするとプライバシーと言う権利は内容を失ってしまう。するとそもそもプライバシーと言う権利はいらない、国民全員の家の中に国が強制的に監視カメラをつけても問題ないというぶっ飛んだ話が、本当に実現してしまうのだ。　他にも、名誉毀損なら、後になって書いた人が「あれは間違いでした」と書けば名誉もいく分かは回復されるが、プライバシーは後から何を書いてももう遅い。むしろなまじ謝罪広告とかを書いたりするともっとプライバシーが侵害される結果になるという非常に厄介な性質を持っている。　こんな風に、プライバシーと言うのは、その性質に注目しないと大変なことになる。ことに、プライバシーの権利と言うのは世間一般の持つ「知りたい」と言う希望と衝突する場合が少なく無いだけに、国民一般の感情的なもので他人のプライバシーをいじくりまわすのは大変なことになるおそれがあると思う。　プライバシーと一言で言っても、その中身はとっても難しいのだ。

  2006年04月16日

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• 精密司法と日本人の国民性をちょっと考えてみた

  　日本の刑事司法の一つの特徴に「精密司法」と言うものがある。（対概念としてラフ･ジャスティスと言う言葉もある）まず、犯罪は合理的な疑いの余地なく立証されなければならず、疑わしきは罰せず。これはもう当然の話であるし、法律家ならこの点に異議を申し述べる人はいないといえる。　ところが、日本では更にそれ以降も細かく立証をしていくという実務がある。犯罪の動機や背景と言った犯罪の背後事情どころか、犯人の趣味から経歴からなにから何まで洗い出して、量刑を設定しようとする。　こうした実務のありさまが精密司法であり、刑事訴訟法の長老学者である松尾浩也教授の命名が実務家にいたるまで広く使われるようになったものだ。　もちろんこうした精密司法によって誤判防止であるとか、適正な量刑の設定については一応の効果を挙げているのではないか、とも思う。（想像です）　他方において、裁判がやたらと長引いてしまい、こと将来裁判員制度が導入されたらこのままでいいのか、と言う批判がなされることは昨今珍しくない。　しかもその精密司法のために捜査側に立証要求がきつくなり、仕方なく逮捕勾留が長期化、取調べがきつくなる･･･というような事態も指摘される。　また、検察官がよほど容疑が固まらない限り起訴せず、起訴すれば99％有罪という、「疑わしきは起訴せず」の運用もここに原因あり、とされる。この運用は、無罪者が早期に開放されるメリットはもちろんあるが、推定無罪原則への無理解の原因となったり、裁判官に有罪偏見を与える危険がよく指摘されている。　また、被告人自身の裁判を受ける権利を奪っているのではと言う面からも検討される必要があるだろう。近年の法改正で時効期間が延びたので、長期間経過後の裁判のもつ危険を増大するおそれもあるのだ。（アメリカだと、俗に51％ルールと言い51％有罪だと思えば起訴し後は陪審に任せる）　裁判員制度の導入により、精密司法の姿に変革が迫られることも間違いない。　しかし、日本の司法はなぜこんなに精密司法なのだろうか？　この原因は日本の実務家が団藤重光先生の「人格形成責任論」に従っているから･･･みたいな話を３年前だったか、予備校の弁護士の先生から聞いたことがある。団藤先生と言えば、最高裁の判事もつとめられた刑事法の大権威である。　以前犯罪論の体系を語ったときに、「責任」の話をしたが、「責任が重いというのはどういうことか」と言う本質的な問いに、団藤重光先生の説は「犯罪をしでかすような人格を作ったのが責任である」と言うことでその人格形成の段階をつまびらかにする必要が出てくるのだ、ということらしい。　もっと知りたい人は、彼の著作などで当たってね。　しかし、私が昨日考えたことは、これは日本人の国民性による要素も大きいのではないか、ということなのである。　ワイドショーなどを見ると、すぐに「犯罪者の心の闇」などと言うタイトルがついて、犯罪心理学者が呼び出されて、事件の犯人の精神状態を分析しようとする。　そんなもの、彼に問診もしないで正確なところが分かるとも思えないし、仮に分かったところでどうなるもんなのさ、と言う気はするのだが、そういうワイドショーは現実に放送されている。　さらに、仮に被疑者が逮捕されると、被疑者の過去暴きが始まる。前科のようなものはもちろんのこと、これまでどういう生活をしていたかとか、家族構成、出身地や学校での様子、普段の言動に至るまで細かーく報道の対象にされる。ちょっとでも動機になりそうなことは、すぐに週刊誌その他が取り上げる。　これって、精密司法の姿そのものではないか。　「犯罪」に関連する5W1Hにはどう考えたって「犯人の生い立ち」とかは入らないものだと思うのだが、日本の犯罪報道にはえてしてそういうものが多い。　また、被疑者段階だから推定無罪で匿名にしよう･･･と言う主張に対し、「知る権利」と言う批判が出てくることも多い。　また、黙秘権に対する非難もそれと通じるものがあるだろう。　要するに、日本人は犯罪について何でも知りたがる。　単に事件の存在が知りたい、と言うだけではなく、なぜそんな事件が起こったのか、その裏の裏まで突っ込んで知りたくなってしまう。それが精密司法の後ろにあるのではないかと思う。　　さて、裁判所としても、それが明らかにできないと国民にぎろりと見られるおそれもある。　麻原彰晃氏の裁判が控訴棄却された際にも、さっさと処罰してしまえという意見のほかに「彼の口から事件の全貌を知りたかった」と言う意見が、被害者や遺族どころか一般国民からも出てくる。決して彼の刑事責任を適正に定めるために必要だから、と言うのではなく、あくまでも知りたいという希望として出てくるのが特徴である。　精密司法の功罪は一概には言えない。今後見直しを迫られるのも、決して精密司法が悪慣習だったから、と言う理由だとは私は思っていない。　でも、日本で裁判が遅い理由は一つには国民のそうした要望があるんじゃないか、と思った。だから、一方で裁判が遅いと言って国民になじられても、裁判所は困ってしまうこともあるのだと思う。

  2006年04月04日

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• 「人権派弁護士」

  　この言葉自体ははっきり言って典型的な二重表現である。弁護士法は、第1条に「弁護士は基本的人権を擁護し」と書いてある以上、人権派でない弁護士と言うのはありえない、と言うよりあってはならない。弁護士の仕事よりテレビ出演に忙しそうな橋下徹弁護士だとか丸山和也弁護士も然りだ。　それだけではない。公務員一般だって、憲法を尊重・擁護する義務がある（憲法99条）のだから、国民の憲法で保障されている権利を守るという意味では人権派である必要がある。もちろん警察官でも検察官でも同じである。　にもかかわらず、なぜ人権派弁護士と言う言葉は広く使われているのだろうか？　まず、そもそもその意味はなんなのか？それを考えてみよう。それさえ分かればこの問題は９割解決するといってもよい。　まず、「人権派弁護士」は俗語であって法律用語ではないし、広辞苑や法律関連の教科書などを見たところで定義などはっきり言って存在しない（wikipediaにもなかった）ので、外堀を埋めていって中心をおぼろげに見せるしかない。　それで、輪郭をつかむべくだいたいインターネットとかの世界で「人権派弁護士」と言われる人たちの特徴と見られているものを挙げると、こんな感じだろうか。（１）死刑廃止論、少年法改悪（あくまでも彼ら流にね）反対、厳罰化反対をはじめ、採っている考え方が犯罪者に甘い。（２）刑事弁護はじめ、犯人の権利を守るのには熱心で被害者の権利救済は熱心でない。（３）刑事手続で黙秘権だとか弁護人をつけてもらう権利とかとにかく被告人の権利を主張する。（４）すぐに精神鑑定を要求する。（５）表現の自由・思想信条の自由にうるさい。（６）労働者の権利問題や報道関連問題・在日外国人の権利保護、行政訴訟にうるさい。（７）反戦運動に熱心。なんてところが思いあたるところだろうか。　私自身は人権派と言う概念自体を自分から使わないので、不十分なところもあるかもしれないが、だいたい感触として得られるのは「権力あるいはそれに準じた強大な力に対抗するという意味での人権擁護に熱心な人たち」だろうか。これらの内部にだって反戦型、刑事弁護型、労働型みたいに色々な性質のものがあり、どう考えてもすぱっと一つにまとめるなど無茶なのだが、あえて言うならそんな感じである。そして、一つの大きな特徴として、「人権派」と言う言葉は、侮蔑語（日本人を「ジャップ」と呼ぶような）であることだ。　侮蔑語として使わない人も、多くは侮蔑語として使う人たちへの対抗意識が見えることが多い。別に人権と言う言葉も「派」と言う言葉も悪い意味など全くないのだが、言葉の運用によって「人権派弁護士」は厳しい非難の対象にされる。もっと強烈な「人権屋」と言う侮蔑語もあるけど。　とどのつまり、特に刑事事件などで活躍し、重罰などを推進する路線を批判する弁護士を揶揄することに人権派と言う言葉の主眼がある、と私は見ている。　もちろん、ここで少年法がどうだ、死刑問題がどうだ、反戦問題は、などというように法律の改正を伴うようなものを論じだすと私自身詳しくない部分もあってキリがないうえに、うるさい人からにらまれる原因にもなるのでそういうことはここではやらない。 　ただ現実問題として、「刑事弁護と言う領域について」「人権派と言う個人への」「現実の活動への」批判には当を得ないものが多い感じがする。　検索してヒットする人権派批判は、裁判に関する法律を少しでも学べば大半は的外れなものである。しかも、彼の行動の「妥当不当」の問題で済むならば価値観の相違かねえと言うことで済まされるのだが、人権派批判の通りに司法その他を動かすのは「そもそも憲法違反、あるいは違法で問題外」じゃないか、と言うことだって少なくない。　彼らは人権派かどうかはともかく弁護士である。　基本的に彼らは司法試験に合格し、検察修習を含めて司法修習を受けている（弁護士になる人でも検察修習はやるらしい）のだから、法律の解釈でもそう考え方が変わるものではない。　もちろん「場は人を支配する」と言う言葉もあるので、検察官vs弁護士で対立が目立つ事項だってあるけど、人権派批判の多くは検察官vs弁護士で検察官を支持していると言う生易しいものではない。　はっきり言って、人権派批判は検察官からも支持されないようなものだって多いのが本当のところだと思う。　たまたま結論が同じなだけで、思考回路は結論を異にする弁護士と検察官の方がそっくりなんてことはごく普通の話である。　インターネット上などで「人権派弁護士」と言う言葉を見かけたら、眉に唾をして読んだほうがよいだろう。　その後の話が本当に正しい法律的発想であるかどうか、あるいは事実認識に基づいているかは、かなり疑わしい。

  2006年04月03日

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• 量刑の市民感覚

  　裁判官と市民で量刑感覚がどれくらい違うか、司法研修所がアンケートをとったそうだ。けっこう前の記事なのに遅くなったなあ。　質問項目と回答については詳しいことが分からないが、新聞で特に回答が分かれたものの片鱗を見てみると（１）犯人が少年なら大人と比べてどうする？（２）飲酒で被告の判断力が低下していた場合はそうでない場合と比べてどうする？（３）被害者が配偶者である場合にはそうでない場合と比べてどうする？今日はこれに関して私の回答その他を書いてみよう。裁判官は大体回答が集中した。（１）は「軽くする」方向に行くのが中心。重くする見解はなかった。（２）は65％の「どちらでもない」か30％の「多少軽くする」という見解が目立った。（３）は比較的割れたものの「どちらでもない」が80%弱、15%は「軽くする」、重くするというのは少数意見だった。国民一般は見事に割れた。（１）は半数の「どちらでもない」を軸に、重くすると軽くするが大体半々になった。（２）は6割弱の「どちらでもない」が中心。それ以外では重くするという見解が大勢を掌握した。（３）はやはり6割弱が「どちらでもない」。他は大体重くするという理解に落ち着いている。「どちらでもない」と言う票には「わからない」とか「場合による」と言う意味で投票してしまっている人もいるのではないか、と思うのだが、大体そんな感じである。ふむ、見事にバラバラである。　先日犯罪論の体系について考えてみよう、と言うことでずらーっと書いた（前編と後編）が、相手が人間である限り、誰を殺そうと殺人と言う「構成要件に当たる」ことには変わりない。　殺人罪の量刑は、死刑又は無期もしくは5年以上の懲役である（刑法199条）。また、犯罪の事情に酌むべき事情がある場合には、「酌量減軽」によって、刑を半分にすることができる（刑法66条、68条）。もっとも、酌量減軽は「刑法の各条文に定められている量刑（法定刑）の一番下を使っても重すぎる場合に使用する」という考え方が既に確立しているので、ある程度合目的的に（好き勝手にと言う意味ではない）使ってよい。彼には5年じゃ重いなあ・・・と思ったら5年の半分である2年6ヶ月まで引き下げてもよいと思って差し支えない。　つまり、裁判員になった場合、殺人犯に対してあなたが選ぶべき量刑は実質的には懲役2年6ヶ月～死刑のどれかと言うことになる。　この刑罰の中で、違法性（主にどのような利益の侵害があったか）と言う点と責任（本人をどれほど非難できるか）と言う見地を基礎に、刑事政策と言うことで抑止力としてはどうか、本人の社会復帰や更生の可能性などを加えていって検討していくことになる。やっぱりこういうところでも法律的に理屈っぽく考えてしまうのは性と言うものかな。私の見解は以下の通り。（１）少年であることは罪が軽くなる要素と言うことになる。　というのも、ある一定の年少者の犯罪は処罰されないという刑法41条。少年法51条で18歳未満は死刑がなく、無期懲役も減刑される。　例えそれをオーバーしていても、やはり少年ならではの配慮として刑は軽くするのが（是非はおいといて）法の建前である、と考えられるためだ。量刑判断でもやはりそうした法の建前にはどうしても目がいく。それは、少年は行動制御能力や是非を判断する能力が十分でないおそれがまだまだある、ということなのだろう。　さらに、少年である限り早期に社会復帰させる方が更生させられるということも考えられる。死刑にする、と言うような例外的場合を除けば、安易に刑期を長くしてもだらだら受刑者になるだけ。長期間経って出所する場合彼が真人間に戻れる可能性はがた落ちする。　たぶん重くする、と言った人たちは重罰で叩き直した方がいい、と思っているのではないかと思うが、私は反対である。　ちなみに、某番組サイトでは、「殺人に年齢は関係ない」と言うような趣旨で重くすると回答した人が大半だったようだが、それは少年を特別扱いしない根拠にはなっても、成人より重くする理由にはならない。（２）これは正直言って答えようがない。　私はもう22なので飲酒の経験も何度もあるし、まあ強いと評価されているのだが、例え吐くほど飲んでもまず心神耗弱にもなりはしないというのが実感。判断力が低下しているといってもちょっとやそっと気が大きくなっているという程度では、特別刑を軽くすることはないという答えである。　ただ、心神耗弱ではなくとも、心神耗弱に近いくらい善悪の判断が難しくなってくると、やはり刑を下げることになると思う。ちなみに、飲めば粗暴になるような人がやった場合でも、そういう場合に下げない、と言うだけで特別重くはしない。（３）これははっきり「どちらでもない」。 　誰が相手であれ殺人は重大なこと。損害賠償と言う形で金銭評価する場合はともかく、人を道徳的に非難するのに被害者の属性はまず関係ない。人命の価値についても配偶者だから所有物になるわけではないので、当然通常の殺人と同等に判断する。　ただ、配偶者と言う身近な人だからこそ発生しやすい怨恨（例･不倫した配偶者を殺してしまう）と言うのはあると思うが、それは別個の考慮要素（もしかすると軽くすると答えた裁判官は別個ではないと見たかもしれない）だということである。　また、子どもがいたりすれば罪は重くする。子どもの将来をも破壊したという点で重く処罰する必要がある。　実際には、ここまで理屈立てて考える必要はない、と思う。必要なことは裁判官が教えてくれるし、そもそもそんなに理屈っぽく考えなければいけない世界なら量刑選択を裁判員にさせるはずがないのだから。（でも、指宿信教授によるとアメリカでも量刑選択は陪審にはさせないらしい･･･）　最後に念を押すと、私自身はこんな抽象的一般論を尋ねるアンケートで正確な結果がでるのかは疑問に思っている。　配偶者である、酔っている、少年であるといっても事情次第でいろいろと分かれる。単に「少年だから」と言う一言でケリをつけるのは実際のところ難しい。少年は軽くするのが建前、と上には書いたが、軽い罪の場合など、大人なら社会にい続けた方が真人間でいられるだろうから猶予にするが少年だから今のうちに実刑で反省して来いと言う「配慮」だってありうるのだ。　また、このようなアンケートの結果が出たからと言って現実に裁判員がそのように考える保証はない。裁判員になれば裁判官がする話も聞くだろうし、本当に自分の思考、決定で人一人の人生を変えるとなれば誰もがびびる。お茶の間でせんべいをかじりながらワイドショーを見ているときと同じ感覚で裁判員をするような、品性に欠ける人間はまずいないと思いたい。　実際、裁判員制度を見据えてあちこちで行われている模擬裁判ではむしろ裁判官の方が裁判員より重い量刑を考えているという話もあるのだ。

  2006年03月23日

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• 裁判は自分でできる！

  　少し前、最高裁大法廷で実質的に租税に近い国民健康保険の料率が明示されないのは憲法84条に違反するのではと言うことで争われた裁判があった。　ただ、私はこの辺の憲法問題には残念ながら詳しくないので、その辺には口出しをしない。　今日の話題はこの裁判の原告である杉尾正明さんが、なんと最高裁まで本人だけで弁論を行ってきたということ。専門家である弁護士の助けは一切借りなかったのだ。そりゃすごい。　　以前日本人の裁判嫌いの話をしたが、なぜ日本人は裁判をしたがらないのだろうか？　その一つに、市民に身近な在野法曹としての弁護士の問題がある。（あくまでも「一つ」だからね）　裁判のノウハウはほとんどの場合一般市民にはなく、弁護士に頼らざるを得ない場合が多いのが現状である。しかし弁護士も当然それなら報酬をよこせ、と言うことになる。専門職を雇う以上、それなりに報酬は高くつく（最近は金額が自由化されているけど･･･）。たとえ裁判に勝っても、その報酬ですぐに足が出てしまうのだ。　また、日本では一部の例外を除けば裁判に敗れた方に弁護士費用を負担させないという実務が確立している。弁護士は裁判では絶対に必要なものとはみなされていないので、弁護士費用を損害賠償に含めることはできない。そうした制度については導入も検討されているようだが、特に大企業などを相手にした場合かえって裁判を起こしにくくするものだ、として法律家からはむしろ反対の意見が表明されているようだ。　といって、当事者（当事者の企業取締役･親権者など含む）と弁護士以外の人間を代理人として裁判に関与させることは基本的に禁止されている。（民事訴訟法54条1項）「三百代言」とよばれる法廷荒らしや当事者の利益を食い物にするような人間がいるためだ。今でも、交通事故とかになって代理人と称して暴力団をバックにした人物を絡ませてくる人もいる。　その点弁護士なら、弁護士会や日弁連から監督を受けているからまあそれなりに質は保たれる。なお、今後はこの世界に司法書士なども参入してくる。　（ちなみに弁護士や関係者相手に「三百代言」というのは「人間のクズ」と同級の侮辱なのでご注意を･･･）　しかし、ものは考えよう。　刑事裁判はともかく、民事裁判では弁護士は絶対に必要と言うわけではない。　だとすれば、弁護士に頼まないで自分だけで裁判をしよう、といういわゆる本人訴訟について、近年ハウツーが広まっているようだ。　元々本人訴訟の需要は大きい。私の手元にあるのは古い平成5年の資料だが、簡易裁判所（当時は金額90万円以下のみ扱っていたが、現在は140万円以下）では90％近くが原告･被告とも本人訴訟だったし、地裁でも原告･被告双方に弁護人がついているのは41％、原告に弁護人がついていない裁判が23％あったという。　現在は多少増えているようだが大まかな数値は変わっていないようだ。　本人訴訟を一躍有名にしたのではないかと思われるのが、ロス疑惑で有名な三浦和義氏。　彼は報道各社に対して自らを犯人扱いした報道は名誉毀損であるとして慰謝料などの請求を行い、弁護士のついている報道各社相手の裁判でつぎつぎと勝訴判決を取ってきた。彼自身が本人訴訟のマニュアル本を書いている。　具体的なハウツーを知りたい人はそういう本をあたってね。　本人訴訟のメリットは、何より弁護士費用がかからないこと。　弁護士との意見の食い違いとかそういうことも起こりにくくなって、裁判をやっていて空中分解などと言うことにもなりにくい。そのために、金額の小さい裁判（100万円以下くらい）では弁護士を雇わない方がむしろ普通になりつつある。近年導入された少額訴訟制度など弁護士を雇っているほうが珍しいという。　書類の作成方法については裁判所の事務官が教えてくれる。また判決の見通しだけなら弁護士相手の法律相談で済ませるという手法を使えば安く抑えられる。　ただし、本人訴訟は当然その分のデメリットは覚悟してもらわなければならない。　本人訴訟をするなら開廷されるたびに毎度毎度裁判所に自分で行かなければならない。原則として平日にしか裁判をやらないので、仕事などに支障をきたすおそれもあるし、と言って裁判に出なければ擬制自白と言って相手の言い分を認めたことにされてしまう（民亊訴訟法159条）。　また、ややこしい裁判になると足元がふらつきやすい。特に相手に弁護士がいる場合、自分が全面的に勝てる裁判なのに、相場より不利な条件での和解にもちこまれてしまう可能性もある。　あとになってそのときは相場を知らなかったんですなどと言ったってもう遅い。　弁護士だって、自分が訴えられれば自分で全てやるのではなく他の弁護士にお願いするという話を聞いたことがある。　そうなってくると、本人訴訟を使う裁判は、やはりある程度選んだ方がよいだろう。　「貸した金返せ」と言う裁判で借用書がある場合のように証拠が十分揃っているのは必須だ。また、金額に「相場」が必要なものは避けたほうがよいだろう。「金返せ」みたいに借りた金そのままというような方がいいと思う。　弁護士に相談費用だけ払って本人訴訟をやって大丈夫かを聞いてみるのも一つの手だ。　冒頭に掲げた裁判のように、憲法の解釈が絡む大裁判を本人訴訟で乗り切ろうと思うなら、さすがに並大抵の努力では厳しいだろう。　だが、基本的に裁判に弁護士は必ずしも必要ではない。もし身近な紛争で裁判を考えるなら、弁護士なしでの裁判を考えるのは決して無駄ではない。　ちゃんちゃん。

  2006年03月10日

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• 犯罪論の体系を考えてみよう～後編～

  　さて昨日の続編である。　昨日は犯罪が成立するには（１）構成要件該当性（２）違法性（３）責任という３つを満たすことが必要と言う話をして、更に構成要件該当性（刑法に書いてある「人のした行動の型」）の話をした。　今日は残り2つ、違法性と責任の話である。　構成要件該当性の話はどちらかと言えばテクニック的だが、残り2つは犯罪の本質にかかわる部分。法律を改正するときにも注意を払わなければならない世界なのだ。さて、（２）違法性の話。　違法性とは、「彼の行動が法的に見て正しくない行動」かどうか、ということである。　というのも、構成要件に該当しても正しくない行動であるとは限らないためだ。　例えば、「正当防衛で人を殺してしまいました」とか「ボクシングの試合で強く殴ったら相手が死んでしまいました」「警察官が現行犯罪の被疑者を逮捕しました」というのがある。　これらは、刑法199条（殺人罪）の「人を殺した」とか、刑法220条（逮捕監禁罪）の「人を逮捕した」と言う構成要件には「間違いなく該当する」。が、だから犯罪、処罰しますと言う訳ではない。　彼の行動を悪く言う人は普通いないだろう。刑法の定めた構成要件に該当する行為でも、社会的に必要な行為であってむしろ推進されなければいけないような行動は実はいくらでもある。　つまり、例え構成要件に該当しても、本当に彼の行動が法的に見て正しくないかどうかは改めて検討する必要があるのだ。　それが違法性の問題である。　法的に見て正しくないと認定されて、違法であるとしてまた犯罪成立に一歩近づく。　また、違法には違いないが、処罰するほどでもないといういわゆる「可罰的違法性」と言う問題もある。　ちなみに、この「違法性」の「本質」については、現在では「法的に保護すべき利益の侵害」が基本と言うのは概ね疑われていないが、「道徳違反」を含めるかどうか、と言うので学説が大きく割れている。（最近少し沈静したかな？）　また、「道徳違反」を含めるにしてもどのくらい力点をおくかと言うのでは学者なりに感覚がバラバラだ。　一般に構成要件に該当するのに違法性がない、とされる行動は、正当防衛や緊急避難のように、刑法上正当と宣言されている行動（刑法36条、37条）がある。　また、犯罪の嫌疑がある者の逮捕（刑事訴訟法213条）のように、他の法律の条文で許可されているものもある。　法律に具体的に書いていなくとも、スポーツのように社会的に容認されているものも存在する。　ただ、法律のどこにも書いていないときに、正しいか正しくないかは、当然好き勝手放題決めていいものではない。刑法に限らず、日本の法全体を概観してどのような法制度になっているかをとらえないといけない。この問題をしっかり考えられるようになったら、あなたの法的な素養はかなりのレベルだ、と言っていいと思う。　さらに、この話は量刑の面でも重要だ。　例えば、人の死亡人数とか、財産的損害の量とかが大きい方が量刑が重くなる理由を理屈っぽく言うなら、それによって違法性が大きくなり、犯罪の度合いが増すためなのだ。最後は責任である。　責任とは、「犯人を非難できるかどうか」と言う問題である。　この概念がおそらく世人に一番理解されていない概念だろう。責任が絡む問題点になると、被害者の立場を無視するものだ、と言うような意見も散見される。　構成要件に該当し、違法なのにそれでも処罰できないというのはどういうことなのか。　以前書いたのだが、刑罰は厳しい人権制約である。罰金どころか禁錮･懲役･死刑と言う可能性だってある。　そういうことをするのなら、せめて処罰されてもやむをえないような、非難できる事情がそういう違法な行為をした人にあるのかどうかという視点が必要とされた。非難できる事情が大きければ処罰も重くなるし、小さければ処罰は軽くなる。　そして非難できる事情がなければ？当然処罰しない→犯罪不成立と言うことになる。　これは近現代の個人主義に相当深く根ざした考え方。これを否定することは日本国内の法秩序はもちろん、世界中の個人主義や人権思想の多くを敵にまわすことになる。　責任がない、と言うので一番有名なのは心神喪失である。これについては以前長々と解説文章を書いたのでそちらを参照して頂こう。　また、期待可能性と言う考え方も提示されている。　心神喪失ではないが、彼に違法な行為をするな、ということを期待するのが不可能である場合、責任がないから処罰しないという考え方だ。基本的に受け入れられているが、実務で使われる事例はまずない。　また、責任と言う概念は犯罪の成立･不成立もさることながら特に量刑を選ぶ場合などには非常に重要である。　人を「殺そうと思って」射殺すれば殺人罪で死刑又は無期もしくは5年以上の懲役。　「獣と間違えて人を撃ってしまって」死亡させても業務上過失致死罪で最高で懲役5年。　人を鉄砲で死亡させたという意味では何も変わらないこの2つの現象。　むしろ現代社会ではミスによって引き起こされる事故の方が凄惨な場合が多いくらいだ。「過失」の中華航空機事故の死者は264人。福知山線の電車脱線事故の死者の数は106人。「故意」の地下鉄サリン事件と松本サリン事件の死者は合計でも19人。それなのにどうして故意のほうが量刑が著しく重いのか？　それはミスによるものでは意図的にしようとした場合ほど犯人を厳しく非難できないから、と言う責任の考え方がやはり基本にある。　実務上刑罰において一番重視されているのはやはりこの責任と言う考え方だと思われる。さて、以上3つが非常に重要である、と言うわけだ。　最後に全体のまとめを少々。　特に一番最初の構成要件は重要である。　というのも、現在実務でも学説の大多数でも「構成要件に該当すれば基本的に違法な行動で責任もある」と言う考えがほぼ確立している。　逆に、責任のところでも挙げたように、各構成要件に対応して掲げられている量刑のところにも、違法や責任と言った考え方は大いに生きているし、また構成要件の解釈でも、違法や責任と言った考え方を理解しておくことは不可欠なのだ。　もちろん、この3分類はあくまでも基本である。　この3つを踏まえて、検討しなければ、たった一人の犯罪者さえ「お前は犯罪者だ、刑務所に行って（死をもって？）罪を償って来い」と言うことはできないのである。　　これで足かけ２日の犯罪論体系基礎講義は終了である。　大変かもしれないが、これを読みこなして体得することが、独善的でなく人を納得させる刑法を考える第一歩なのだ。

  2006年03月07日

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• 犯罪論の体系を考えてみよう～前編～

  　「なぜ人を殺しておいて執行猶予がつけられるのか。それは人を殺してもいい、と言うことなのか。」　そんな感じの非難をする人は、いわゆる厳罰化を主張する人の中に散見される。　そういう人たちは、「犯罪ってそもそもなんなの？」と言うことを考えたことはあるだろうか？　ただ単に自分や世論の気に入らない、処罰したい行動を「司法が処罰すべき」犯罪だと思っていないか？残念ながらそんな発想では自分のお仲間以外には受け入れられないぞ。　そこで、今日は刑法における犯罪論の、基礎中の基礎を話してみよう。これをマスターしておけば、犯罪や刑罰について考えても深みが増すし、裁判官がどういう思考をしたのかがある程度わかってくるようになる。　なんと豪華前後編2本立てだ。　これから学部や法科大学院（未修）で刑法に触れます、と言う皆さんもぜひ読んでってね。　刑法と言うのは「特定の行為が犯罪である」と言うことを宣言することに重要な意義がある法律である。つまり、なにがどういう犯罪で、処罰の対象になるのか、と言うのを考える、いわゆる「犯罪論」が非常に重要なのだ。　なお、刑法のもう一つの意義には刑罰の内容を定めるというものがあり、そこを研究した「刑罰論」もあるが、これは現在は刑法学と言うよりむしろ刑事政策と言う学問の中で扱われることが多い。今回は脇へ。　さて、特定の行為が犯罪であるとは一体どういうことなのだろうか。「こいつを処罰したいから犯罪が成立します」と言うのでは、少数者を闇に葬る暗黒社会への道だ。　「どういう条件なら犯罪が成立するか」という基本を設定しなければいけない。　そして、犯罪が成立するには、３つの要素が必要であるというのが今日全く動かない考え方である。司法関係者はもちろん、立法担当者もその考え方に従っている。　この３つは「順番も含めて」しっかり憶えなくてはいけない。憶えられないと大学に入っても永遠に刑法の単位はもらえないよ。一つは、構成要件該当性。（Tb）二つは、違法性。（R）三つは、責任。（S）　さて、この３つはどういうものか。これを解説してみよう。ちなみに（）内は講学上の略語。　まずは、構成要件該当性。　「構成要件」とは、刑法の条文に書いてある、「人のした行動の型」だ。　例えば、刑法１９９条の殺人罪なら「人を殺した者は死刑又は無期もしくは5年以上の懲役」と書いてある。　「構成要件該当性」とは、その「人を殺した…」に当てはまるかどうか、と言う問題である。当てはまるなら、おめでとう。犯罪成立への第一歩だ。（全然めでたくねえ）　刑法には罪刑法定主義と言う指導原理がある。　刑法をはじめとする法律などで犯罪だと宣言されている行為でなければ、どんなに極悪非道で許し難い行為であっても犯罪ではないし、処罰もできないのだ。刑罰と言う強烈な手段で国民の権利を制約するなら、最低限国民には自分がなにをすれば処罰されるのか予測の機会を与えるべきだとされているのである。　だから、構成要件に該当する行為かどうかを真っ先に検討しなければならない。例え後の2つを満たしていても、これが飛んでいれば処罰はできないことになる。　比較的単純な「人を殺した」と言うフレーズの中にも「殺すの意義」「人の意義」と言うような重要な問題点が隠れていて、条文を読めばよいというほど簡単な問題ではない。　さらに、「これは横領ですか？背任ですか？」みたいに、犯罪が成立する・しないに限らずどっちの罪ですかということだってありうる。　さらに、構成要件といっても、微妙に構成要件を修正したものがある。「人を殺した者」には、「人を殺し損なった者」は入らない。ところが、現実には「殺人未遂」と言う形で処罰される。「人を殺した者」には、「人を殺すためにピストルを調達した段階で警察につかまった者」は入らない。ところが、現実には「殺人予備」と言う形で処罰される。「人を殺した者」には、「人を殺すためにピストルを貸した者」は入らない。ところが、現実には「殺人幇助」と言う形で処罰される。「人を殺した者」に、「食事を与えないで餓死させた」者が含まれる。（関連記事はこれね）　これらについて検討をすることが求められるのが構成要件の世界だ。　相当長くなったが、実際のところ「犯罪が成立するかどうか」を考えるに当たって一番大事なのは構成要件該当性の話なので、頑張って読んで欲しい。　さて、ここまでで相当長くなったので残りの2つはまた明日に回しましょう。　残りの2つは比較的問題になることが少ないが犯罪の本質にかかわるし、犯罪の成立はもちろん「量刑を考えるに際しても」必須のところなので外せないところだ。

  2006年03月06日

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• 「公判前整理手続」の話

  元ネタは今日の新聞記事と弁護士のインタビューですが、そのまえに突然ですがここで問題です。「裁判を一番手っ取り早く進める方法は何か？」　答えは、「警察官に裁判官をさせる」ことである。警察が持っているありとあらゆる証拠を全部考慮に入れて、必要に応じて自分で捜査できる。しかも裁判所に移したりする手間を省いて判断できるわけで、非常に合理的と言えば合理的だし、いつでも証拠を大量に集めることができて真相究明にも相当便利だ。　フランスの予審制度なんかは大げさに言えばそれだといってもよいし、江戸時代の大岡越前とか遠山の金さんのような町奉行も警察署長兼裁判長と言ってもよかった。　では、戦後日本でなぜそれがされなかったのか、それはひとえに「公平の維持」による。　警察の仕事は「こいつ怪しいぞ」と思って捜査することにある。「Ａは殺人もしていないことを確認、強盗も、公務執行妨害も、詐欺も、公正証書等原本不実記載も･･・」なんて、そんなの思考経済上無理なのだから、警察はそうやって捜査するしかない。　そんな警察に裁判させたら、「こいつが犯人じゃないの」と思っている人に裁判されてしまうわけで、判断の公平さが保たれないおそれがあるのだ。　判断の公平さを保つためにされたことは、裁判所と警察・検察を切り離すことである。　裁判所は、検察･弁護で法廷で両者からいきなり出される証拠に突然向き合わなければならないとされている。刑事訴訟法は「起訴状には証拠とか、裁判官に予断を与えるようなものをつけるな」（刑事訴訟法256条6項、通称起訴状一本主義）と定めているのだ。もちろんそれ以外の方法で証拠を渡してもいけない。　そして、裁判所自身が警察･検察となることを防ぐべく、証拠調べは当事者に原則出してもらう。裁判所が自ら証拠を探し出すことはほとんどしない。　ところが、そうした裁判の構造に一定の修正を迫る制度が最近導入された。それが「公判前整理手続」と言う制度の導入である。（刑事訴訟法316条の2～）　裁判員制度をするならば、一般の人を裁判員として駆り出すわけで、彼らの負担を軽減するためにも裁判を早く終わらせる必要が出てくる。　そして、裁判を終わらせるためには、「この裁判では何が問題になっているのか、どのような証拠があるのか」と言う争点を明らかにした方がいい。最初から「やった、やってない」を争うのか、「正当防衛だ、そうじゃない」を争うのか、「事実は認めます。でも愉快犯じゃなくて怨恨で、情状酌量されるものです」と言う風に争うかと言うのを理解しておけば、裁判員も裁判の全体像がつかみやすくなって、裁判がスムーズに進む。　それをするのが公判前整理手続というわけだ。この制度により、検察はもちろん、弁護側もなにを争うのかをはっきりさせなければならない。また、専門性が特に必要であることから、この手続をする場合には必ず弁護士がつく必要がある。　ただし、実際に心証を作る前に証拠がある、争いがあるというのをばらすわけだから、ある程度裁判官に予断や偏見を持たせることは避けられない。　一部の弁護士たちはそうしたやり方に懐疑的のようだが、こうした制度が予断排除の大原則に反するとはいえないと思うという裁判官の論文もあり、論争があるままに制度が始まったというのが実情のようだ。まあ仕方がないといえば仕方がないのだが。　また、こうした手続では、証拠開示と言うのも行われる。（316条の25）　お互いの持っている証拠の中で、被告人に有利な証拠を裁判所の裁量の上で強制的に出させることができるのだ。検察は「被告人を有罪にすることを求める」のではなく「法律の正当な適用を求める」立場である以上、被告人に有利に働く証拠でも提出する義務がある（弁護人は被告人を保護する立場なので不利な証拠を出す義務はない）というのが通説なのだが、実際のところ「裁判所は検察でも弁護でもない」と言う立場上、それを強制することは難しく、裁判例上も制限的にしか認められてこなかった。　それを認めるのだから、弁護について相当な前進になるようにも思われる。　ところで、歴史的に見て失敗したといわれる争点の整理手続がある。それが平成8年改正前の民事訴訟での争点整理手続。　この整理手続、せっかく法律に定められていたのに、失権効という強力な制度があったためにほとんど役立たずに終わった。　失権効とは、「整理手続で出せた証拠は後になって出したいといっても認めません」と言う制度。その制度のために、弁護士は後から証拠が見つかった場合とかに備え、「○○だったかもしれない」「△△だったかもしれない」というような根拠もないあやふやな主張を次々と繰り出すほかなくなってしまった。　また、証拠調べが一切出来なかったので、あやふやで根拠のない主張を見破ることもできなかった。　そのため何が問題なのかがそういうあやふやな主張で覆いつくされて分からなくなるという弊害が発生したため、ほとんど利用されなかったのだ。　平成8年に民事訴訟法が大規模改正されたとき、目玉とされたのが整理手続の改革。このとき、証拠調べが認められたのと同時に、失権効は大幅に緩められ、ある程度ましな制度になったとされる。（遅れた場合にはその理由を教えなさいというだけ）　ところがところが、実は今度の公判前整理手続にも、失権効に似たような規定がある。（316条の32）下手をすると整理するつもりがかえって泥沼化したり、そのしわ寄せが裁判員にいったりということにもなりかねない。　しかも今度は民事裁判以上に速度優先で内容無視などということが許されない刑事裁判の改革である。　このような制度改革を実りあるものにするには、ひとえに実務家がどれくらい制度をうまく運用できるかにかかっている。既に私の住む所でも法曹三者が勉強会を開くなどして制度に本格的に備えだしているようだ。　裁判員制度が始まるのが先か私が司法試験に受かるのが先かは分からない（ぜひ裁判員より早く受かりたいものだが･･･）が、今後はそういったことに備えることも不可欠になるだろうね。

  2006年03月05日

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• 軽い罰の要請？

  　最近は厳罰化厳罰化と言うことで何かと軽罰を重くすることが語られるようだが、一方で軽い罰が論争され、導入されていることは意外と知られていない。（１）危険運転致死傷罪（刑法208条の2）の導入と同時に、交通事故の軽微なケガは刑を免除する規定（刑法211条2項）が導入された。（２）強盗致傷罪は最低刑が懲役7年だったのに懲役6年になった（刑法240条）。（３）現在、法務省の方で懲役刑しか用意されていない窃盗罪（刑法235条）について罰金刑の導入が検討されている。といったあたりだろうか。　国民の厳罰志向の中でどうして軽罰を軽くするような法律を作るの？と言う疑問に今日は答えてみよう。　まず、刑罰は当たり前だが重すぎる刑罰はダメだ。犯人の犯罪行為に見合う範囲内での刑罰でなければならない。　そうすると、死刑とか無期懲役を「使うことを考える」犯罪もかなり限定される。それに無期懲役だってかなり仮釈放されているのだ。　つまり、犯罪者と言っても、刑罰を受ければいずれ社会復帰をするものというのが基本になる。社会復帰をするということであれば、彼の更生や社会復帰の可能性も考慮して、刑罰を設定しなければならない。それは単に犯人が得をするというだけでなく再犯防止と言う社会一般の利益にもつながるのだ。　そして、刑罰と言うのは長ければ長いほどいいもの、というわけではない。　　　長い間刑務所にいれば、その間社会との縁は切れてしまうわけで、社会復帰に支障をきたすことだってありうる。社会復帰に支障をきたせば、また犯罪者として刑務所に戻ってくるという事態も引き起こしかねない。　それに、刑務所は雑居房。犯罪者と一緒に狭い部屋に収容されるわけで、せっかく真人間に戻ろうとしていた人が彼らに勧誘されて本物の犯罪者になってしまうという最悪のパターンだってありうる。　ただでさえ、日本の刑務所は過剰収容に頭を痛めているのだ。　まあこんな風に実際には刑罰を受けさせるのは社会復帰の点から見るとちょっとなあ･･･と言う例は少なくない。社会の中で普通に生活していた方が彼は真人間でいられるだろうということだってある。　他方、刑罰と言うのは、例えちょっとだけでも受けさせた方がいいことがある。　いわゆる「感銘力」というやつだが、犯罪者が、刑罰を受ければそれだけで、「自分は刑罰をうけにゃならんようなことをしたんだなあ」という感銘を受け、自制するようになってくれる。説教だけで放免ではそうは行かない。　しかし、刑法を無視して裁判官は量刑を設定してはいけない。「殺人罪は懲役5年以上だけど、彼はかわいそうだったから懲役1ヶ月」なんていうような判決を下す権限は裁判官にはない。刑を軽くする方向と言えど、既にある法律をないがしろにすることは許されないのだ。　そうすると、彼の更生とかを考慮するには、検察官の方で、彼を説教した上で実際のところ一切放免する起訴猶予にするか、起訴した上で重い有罪判決を下してもらうか、という両極端な措置しか取れない場合が出てきてしまうのだ。　だとすると、刑罰を軽くしておいて、とにかく「刑罰は科すけども軽いもので」と言う処置を可能にすることは一つの重要な効果を持っている考え方なのだ。　先述した例だと（２）とかは象徴的である。懲役7年以上と言うことは、情状酌量をつけて刑を半分にして（刑法66条、68条）も懲役3年6ヶ月。執行猶予がつけられるのは懲役3年以下のときだけ（刑法25条）なので、確実に刑務所行きである。どうしても刑務所に送りたくないなら起訴猶予にして放免するしかない。　しかし、万引きで逃げている間に店員を転ばせてケガさせても強盗致傷になったりと、けっこう簡単に成立してしまう強盗致傷罪なので、それで100％実刑はあんまりでは･･･と言う実務の苦悩から、では懲役6年にして、情状酌量すれば執行猶予だけでもつけられるようにしましょう、と言う考え方から刑罰が引き下げられたのだ。　窃盗罪における罰金刑なんかも、刑罰は受けさせたほうがいいけど、起訴するとなると絶対に懲役刑と言うのが困るのだ。　例え執行猶予をもらっていても、弁護士･弁理士・精神保健福祉士・社会福祉士･不動産鑑定士・行政書士・税理士・司法書士・保育士といったいわゆる「士業」と言われる職業の人たちは猶予期間が終わるとか、猶予期間が終わっても何年かは仕事ができなかったりする。（弁護士について弁護士法7条）　万引きのような犯罪で仕事がなくなってしまうわけで、社会復帰のために非常に厳しいことになる。場合によっては家族まで巻き添えと言うことにもなりかねない。　それなら、罰金刑ならそういう職業への制約はとりあえずないし、刑罰を科せば本人も大いに自制してくれるだろうという期待から、もっと軽い刑罰を用意して欲しいという希望が出てくるのだ。　他にも、罰金刑となれば略式裁判（刑事訴訟法461条～）が使えるようになる。被告人の同意の下、書類審査だけで一応判決が出されるシステムで、争いがない場合では多数の裁判をスムーズに行う可能性も出てくる。　厳罰化厳罰化と騒がれる昨今の風潮の中で、軽い罰の持っている効能は重要である。いわゆるダイバージョン（diversion）といって、犯罪を刑罰ではなくもっと違う方向で処理するという要請が高まっているのだ。　犯罪と言っても全部が全部殺人・強盗・放火と言った重罪ではないし、殺人や強盗でさえ酌むべき事情のある事件もある。　マスコミで扱われるような事件など本当は例外で、多くは軽めに扱うのが実務に必要な感覚なのだ。　厳罰化と言うのはどうも殺人犯に懲役3年は軽すぎる→じゃあ最低5年にしようというようなのが多いが、日本の刑罰の「上限」はそれなりに高くできている。　そして、「下限」をいじると現場の検察官にとんでもない苦悩を強いるようなことにもなるのだ。　軽い罰の効能も、ちょっとは見直してね。

  2006年03月02日

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• ホリエモンメールに関連して･･・

  　昨日の記事、自分でふと見たがちょっと浮かれすぎですねえ。　今日は法科大学院のガイダンスに出てきて奈落の底とまでは行かないまでもけっこう雰囲気どよんとしてるんですが。はあ。　さて、今日は法律のお話です。　民主党の永田寿康議員が提示した「ホリエモンメール」。　しかし実物であるという証拠がどこからも出てこず、どうやら真偽不明と言うことで落ち着くムードである。もちろんこれから証拠が出てくる可能性はあるとしても、勇み足だったことは否定できなさそうだ。　では、このまま実物でない、あるいは真偽不明であると言うことで落ち着いたとしよう。永田議員はどのような責任を取らされるだろうか。まず可能性としては、（１）政党（民主党）から処分を受ける。（今回は党で処分する気はないらしいが･･･）（２）次の選挙で選挙民に当選させてもらえなくなる。（３）議会で彼の発言が軽く扱われるようになる。（４）懲罰委員会で懲罰される。（国会法１２１条～）　ここであれっと思われる方はなかなかセンスがあるかもしれない。　そう、彼の取らされる責任は国会議員とか政党の党員としての資格に基づくものばかりなのだ。　一般国民に本来課される以下のような責任はどうなっているのだろうか。（１）根拠があやふやのままにメールを提示すれば、名誉を毀損されたホリエモンや武部幹事長に慰謝料等を支払う義務が発生する。（民法７０９条）（２）名誉毀損罪と言うことで処罰される。（刑法２３０条）真偽不明であっても関係ない。　実は、こういった責任は取らなくてもよいのである。　憲法５１条はこう定めている。（普段なら条文とリンクを張るけど今日はサーバーが落ちているみたいなので･･･）両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。　これは免責特権といわれる。つまり議員の中で行った表決やら討論やらのために、議院の外で責任を問われないということを保障されているのだ。上に掲げた責任のほかに、また弁護士兼国会議員である場合に弁護士会が懲戒処分を与えることも許されないとされている。　ここで言う責任とは、法律に基づいて課される責任。　能力不足を見咎められて引き摺り下ろされる、というようなのも広い意味では責任をとらされているのだが、この場合の責任にははいらない。　なぜこんな規定があるのか。私の説明より実際に裁判官が書いた判決文を持ってきたほうがよいだろう。「そして議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためには、国民の代表たる国会議員が右統一的国家意思を形成していく際に行う議会における言論の自由が最大限保障されていることが必要であり、その際、国政を批判し又は反対党を攻撃する議員の発言が他人の名誉やプライヴァシーを侵害する場合のあることも避けられないところである。　そして、それらの言論を一般国民がした場合には、違法な言論をしたとして、民事上あるいは刑事上の責任を問われることになるが、議員が民事上、刑事上の責任を問われるとすると、政府が反対党議員の言論をとらえて法的責任を追求する等により、議員が言論活動をするについて萎縮し、自由な言論活動をすることができなくなる可能性がある。憲法51条は、国民の代表者による政治の実現を期し、議会における議員の言論の自由を最大限保障するために、右のような他人の名誉・プライヴァシーを侵害することによる責任を含め、議員の議会内における言論に基づく一切の法的責任を免除したものである。」　分かりやすく言ってしまうと、国の政治の根本にかかわる議会で、自由かつしっかり討論してもらうためには、そうした責任の免除が必要なんだ、ということである。そうでないと、反対党の人間が法的責任の追及で言論封殺などと言うことをしないとも限らないわけだ。　この免責特権で、けっこう悲惨な事態も発生している。実は上の判決文の元ネタとなった裁判例だ。（最判平成9年9月9日の第１審、札幌地判平成5年7月16日）　議院で、医療関係の法律をめぐって討論が行われたとき、とある議員が病院の名前と院長の名前を出して「安定剤をいつもポケットにばらにして入れていて、お菓子のようにボリボリと食べていた。」「こういうふうに、枚挙にいとまがないほど大変な院長さんが今この病院を現実に経営しておられるわけです。」「女性患者５名に破廉恥な行いをした。そのうち一人に対しては性行為を強要した」などと言ってのけたものだからたまらない。　ホリエモンメールなら疑いがかかっているのは政治家。即刻反論できる。　だがそうでない人が反論することは難しい。この議員が言った内容の真偽は不明だが、翌日この院長は自殺してしまったのだ。　院長の妻は怒って裁判に訴えでたのだが、その発言をした議員には、免責特権と言う壁のために責任はどうしても問えなかった。国に対しては一応賠償請求の可能性があることが認められたが、結局は斥けられている。　もし週刊誌か何かが同じことを書いて、その噂が真実であると証明できなければ、確実に妻が勝っていただろう。しかし、国会議員のそれの場合、国の政治をしっかりやるためにはそれは我慢してくれと言う結論にならざるを得なかったのだ。　こうしてみると、国会議員はある意味では人を殺すような恐ろしい力を持っていることがお分かりいただけただろうか？

  2006年02月25日

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• 激突！！参議院法務委員会vs最高裁判所

  今、ホリエモンから送られたとされるメールで、国政調査権を行使するかどうかが議論されている。　国政調査権は、憲法６２条で国会の両議院に認められた国政に関する調査権限だ。　どんな人でも、強制的に喚問・書類提出を命令することもできる。また、証言を理由なく拒絶したり、偽証したり、出頭拒否をしたりすると処罰されることもある。（議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律）　この国政調査権によって、立法と言う国会の重大な権限が適正に行使されるのだ。適正な現状認識のないまま立法をされても、役立たずどころか有害の法律のオンパレードになる可能性もあるので、こうした調査権限は不可欠なのだ。　また、国民の知る権利に奉仕する、と言う意味でもひとつの重大な権限である。　ところが、国会の国政調査権をもってしても立ち入れない領域がある、といわれる。　それが裁判の世界だ。戦後間もなく、浦和事件と呼ばれる一大憲法論争があり、その論争の末概ねケリがついた論争なのである。　事のあらましは、浦和充子事件と言う殺人事件にある。子供を殺して自分も死のうと思った母親が生き残り、自首をしたという事件。戦後すぐの生活苦によると言うのが一応判決の認定した事実である。母親に浦和地方裁判所（現在さいたま地方裁判所）の判決は殺人罪で懲役3年、執行猶予3年だった。検察は控訴権を放棄し、判決が確定した。　検索をすると当時の参議院法務委員会の議事録が出てくるが、どうやらこの判決は「子供を一個の人格ではなく親の所有物のように扱ったからそうなった疑いがある。不当ではないか」と言うことで参議院の法務委員会が問題視。国政調査権によって裁判官を喚問しようと言う声が上がり、更に量刑不当の決議を行ったのである。　当時はまだ憲法が施行されて時間が経っていない時期。憲法の感覚で裁判をしていない、と言うのは大きな問題になりうる時期だった。　ところが、最高裁判所はこれに厳しい批判を浴びせた。そうした国政調査権の行使や量刑不当の決議こそ憲法に違反するのだというのである。　もちろん参議院の法務委員会もそれなりに法律に詳しい人物で構成されており最高裁相手だからと言って黙ってはいない。国会が日本国の最高機関である（憲法41条）として、「最高機関」国会の持つ国政調査権は当然司法権にも行使できる、と言う意見があった。　法務委員会が言わなくとも、国会が最高機関なのだし、別にいいじゃないか、と言う意見は一見すると普通の意見に見える。　だが、最高裁判所はこの言い分を打ち砕いた。この最高裁判所の見解を多くの学者は支持したし、その見解は今日でも通説の地位を占め、国会も基本的に刃向かってはいない。私も司法試験でその手の問題が出たら最高裁判所の理解に従って考える。　そもそも、国会はなぜ「最高機関」なのだろうか。最高機関と言うからには何か特別な権限があるのだろうか。　行政は内閣、司法は裁判所がするというのが、日本の統治の基本である「三権分立」からすれば至極当たり前である。司法も行政も法律以外で立法府の言い分に全部従え、と言うのでは三権分立ではない。特に、司法権の場合には「司法権の独立」と言う言葉があるくらい分立が重要になる。　要するに、司法・行政の上に立つという意味で「最高機関」であるということは考えられないのである。　現在は最高機関と言う言葉については「いよっ、日本一！程度のほめ言葉である」「法律を作って内閣・裁判所がそれに従うという意味で最高である」「内閣にも裁判所にもない権限は皆国会に権限がある」「三権の関係を調整する権限がある」などという学説が論争を繰り広げている（ほめ言葉だという学説が今は強い）が、どの説にしても三権分立の見地から司法や行政の仕事の領域に勝手に上ってくることは許されないと考えているのは同じである。　つまり、裁判所の権限である個別の事件の裁判について国会が国政調査と称していちいち妥当不当を云々することは国会の権限外なのだ。その上、裁判所は他の国家機関にやたらに干渉されないといういわゆる「司法権の独立」と言う見地からすれば、裁判官を証人喚問することは、実際には判決に圧力をかける行動であり問題外だと最高裁判所は言ったのである。　先日のヒューザーの小嶋社長の証人喚問を見ていた人は分かると思うが、証人喚問と言っても実態は面前吊るし上げに近いので、その圧力は計り知れない。　もっとも、現在でも司法権に対して国政調査を行うことはある。ただし、それはあくまでも法律を作ったり、裁判所に与える予算を決定したりするためのもので、現に下された判決がおかしいなどというようなことを論じる目的の調査はやはり許されない。　更に、起訴不起訴を決定する権限がある検察についても、厳密に言えば検察は行政機関であるが司法権の独立に準じ配慮を要すると一般に言われている。　この浦和事件を巡る話は、私の知っている憲法の話の中では一番好きな話で、できれば「そのとき歴史が動いた」あたりで取り上げて欲しいんだけどなあ。農心杯第11局、中国・常昊九段vs韓国･趙漢乗八段は黒番･趙漢乗八段が中押しで勝利！！明日は日本の大将依田と激突である。詳細はまた明日。

  2006年02月21日

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• 牧師は犯人を匿っても罪にならない？

  　昨日、ドイツで懺悔のときに拳銃をもらった神父さんが警察に届け出たけど教会の決まりで誰からもらったかは黙秘していたという話を聞いた。　別にこの話自体はふーんで聞き流してもらって構わない。　今日の話はこの話を聞いて思い出した一つの裁判例から。　　ちなみに日本の刑法に照らし合わせても、この神父さんが犯人が誰であるかについて黙秘していても犯人隠避罪になることはない。国民には犯罪の捜査を妨害しない義務はあるけども協力しなければならない義務はないためだ。　ではこんな話ではどうだろうか？　通称「牧会活動事件」。（判決文はこちら）　日本であった有名な判例（神戸簡裁判例昭和５０年２月２０日）である。簡易裁判所の判例としては一番有名かもしれない。「高校運動が華やかだった頃、警察は建造物侵入や凶器準備集合の罪で少年２名を追っていた。　少年の一人の母親を仲介人にして、牧師として少年への魂への配慮から、過激派と接触させず反省と深い思索をさせられる場所と機会を与えることが必要と考え、友人の牧師に話して少年を預からせた。警察から牧師に少年たちの所在が尋ねらせても知らないと答えた。　やがて牧師は彼らの復学の可能性を念頭に置きながら説得し、事件後８日で少年２名は警察に出頭した。　牧師は少年の２名を匿ったとして、犯人蔵匿の容疑で起訴された。　牧師はいったん略式裁判で罰金刑を受けたが、「牧師として牧会活動は正当な行為。有罪は納得できない」として正式裁判に持ち込んだ。」　早い話が、この裁判で信仰の自由か、犯人を捕まえて処罰するという国家的利益かと言う問題が突きつけられたのである。　まあ普通の人は、いくら信仰の自由と言っても、処罰されるんじゃないの？と思われるかもしれない。　これで判決が「無罪」だったといわれればあなたは驚かれるだろうか？判決の要旨を判例百選から抜粋すると「牧会活動は宗教職にある牧師の職務の一つの内容。そして憲法２０条の信仰の自由によって牧会活動は最大限尊重される必要がある。」「社会で活動する牧会活動だから当然公共の福祉で制限を受けるが、信仰の自由を侵すおそれもあるので慎重にその制限は配慮しなければならない。」「刑罰法規に触れる行為だから普通は公共の福祉に反するけども、相手は宗教行為で、しかも公共の福祉に奉仕する牧会活動である以上、刑罰法規に触れるということだけで公共の福祉に反して違法とはいえない。」「彼の行動は牧会活動として道を外したとはいえない。少年も牧会活動のために反省し、８日後には任意に出頭している。彼らが人間的に救済されたのはもちろん、彼らの更生で捜査も容易になったことを考慮すれば、牧師の行動は社会的に許容できる範囲のもので違法ではなく、信仰の自由に基づく正当な業務行為（刑法35条）である。」　ふう。こんなもんか。　信仰の自由というのが、個人の内面にかかわる非常に重要な自由だから、国家のもっている犯罪者に刑罰を貸す権利は一歩退こう、というのがまあこの判決の目玉である。　誤解して欲しくはないのだが、この裁判ではある程度特殊な状況があったから牧師は無罪になったといわれる。　牧師の活動が成功して少年たちがしっかり更生したことや、短期間で自首をしたから無罪判決になったのであって、いつまでも少年たちが逃げ回ったり、結果的に更生に失敗した場合、逮捕が大幅に遅れてしまった場合には牧師はおそらく処罰された可能性が高いと言われる。　ただ、信仰の自由と言うものがいかに重大なものであるものか、それを前提にどう考えたらよいかが現れた一つの有名な裁判例なのだ。　本当は日韓十段戦とかがあったらしいのでそれを書こうと思ったのだがいっこうに情報がないのでこんな話を書いた。日韓十段戦の記事はまた明日。情報が入れば。

  2006年02月16日

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• 被害者支援に弁護士が加わる

  　日本司法支援センター（こちら）と言うこの秋発足する団体が、被害者の支援に本格的に乗り出す、と言う。　日本司法支援センターは、もっと国民に法律の助けを身近にしよう、と言う組織だが、その組織がはっきりと「被害者支援」を打ち出しているというわけだ。　弁護士の仕事は犯罪の疑いがある被告人を弁護することだけではない。弁護士だって法律の専門家であるからして、被害を回復してもらう被害者の法律上の権利を守るということだって立派な仕事である。　・・・とは言っても、弁護士としても主たる仕事はやはり「加害者を訴えて賠償を取らせる」ことに集中しやすく、それさえ「加害者はお金持ってないようですから訴えても空振りなのでは・・・」と言うことで裁判を思いとどまらせざるを得ないことだってある。　被害者としてはそれで弁護士不信になったりするようだが、実際のところ訴えても取れない裁判をたきつけて訴訟費用をドブに捨てさせれば逆に弁護士が訴えられかねない。　一部の刑事弁護叩きに熱心な方々は、こうした状況をとらえて、「加害者ばかり守って被害者を軽んじる人権派弁護士」などという揶揄をする。（「人権派弁護士」と言う言葉については、また後日）　だが、実際のところどう支援したらよいかと言うノウハウも一部の専門弁護士にしかないのではなかろうか。元々法律の世界はあまりに広くて、実務に追われる一弁護士に学べることはどうしても限界がある。被害者支援と言うのもある程度踏み込んで学ばないと厳しいのだろう。「刑事弁護のやり方」は司法修習で教わるが、「被害者に殺到するメディアへの取り組み方」なんておそらく司法修習では教わらない。　司法修習で被害者関連で教わるのは加害者からいかに金銭を分捕るか、と言うことが中心になるだろう。どうにかしてあげたくてもあげられなかったのが本当のところではないだろうか。　被害者の支援が立ち遅れていたことは事実だし、弁護士たちが本腰を入れてこなかったことにも原因はあるけど、個々の弁護士は別に何も悪いことはしていない。　実際、日弁連や各都道府県の弁護士会も、被害者運動が高まってきたのに対応して被害者に対応するための専門の委員会や相談室を作ったりしている（日弁連の委員会はこちら）し、和歌山の砒素カレー事件では被告人に弁護士がしっかりついたのはもちろん、被害者たちにも8人の弁護団が結成されたのである。　さて、実際には被害者のニーズは決して金払えと言う問題に限らないようだ。　被害届を出して欲しい、マスコミに対応して欲しい、検察に告訴・告発して欲しい、検察審査会に申し立てたい。あるいは裁判にちょっとでも参加できるように検察官に自分たちの立場を主張してほしい。　これらは建前では弁護士なんかついていなくてもよいのだが、司法について素人の人たちには専門家の弁護士がついているほうが心強いらしい。　また、告訴とか被害届のときに弁護士がついていると検察や警察の方でも対応が違うと私の予備校で先生をしていた弁護士（被害者問題に取り組んでいる）の話もある。弁護士がついているというのはそれだけで大きいようだ。　日本司法支援センターでは、被害者問題のほかにも、刑事弁護であるとか、法律相談と言った色々な仕事がある。そして、それぞれの分野にエキスパートが作られていくことが期待できる。そうすると、もっと被害者を弁護士が保護していくという体制が期待できるのだ。　さらに、日本司法支援センターの取り組みにより弁護士や法制度に対する国民の感情的な非難を緩和することだって期待できる。　日本の刑事弁護活動が先鋭化するのは、弁護士が被害者問題にさほど取り組むわけではないことに一つの背景がある、と言う裁判官の論文が、近年改善の兆しが見られるという判断つきとはいえとある法学雑誌に掲載されていたこともあったのだ。（ちなみに著者の裁判官に今年の春から刑事法を教わる予定です）　日本司法支援センターは、被害者を守る活動とともに、金がなくて勝てる裁判も起こせない人を援助したり、弁護士の少ない地域にも法律サービスを提供したり、捜査段階からの刑事弁護を行うなどの仕事が予定されている。　要するに、国民に使いやすい法律サービスを大きく広げる中に、被害者の支援も組み込まれる、と言うわけだ。　　　国の方は、公費で弁護士をつけることについて検討に入るという。今は法律扶助協会が頑張っているが、それを国のほうでもっと進めるかどうか、と言う問題だ。犯罪の被害者ばかり特別扱いしてよいか、という厳しい問い（ちょうど、今の耐震強度偽装問題をどうするか、って言うのと関連するかも）に答えが出せるか。あるいは国民的合意が得られるか。　なかなか難しい問題だが、ともあれ今後弁護士に求められる役割が更に増えることはまず間違いなさそうである。　

  2006年02月15日

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• 困った弁護活動

  　弁護人は、法廷はもちろん、捜査段階でも被疑者・被告人の立場に立って行動しなければならない。　被疑者・被告人の立場に立つということは、例え内心で被疑者・被告人が真犯人ではないか、と思ったとしても弁護しなければならない、と言うこと。そうしないと弁護人の「真犯人では…」と言う疑いが間違っていたときに無実の被疑者被告人が四面楚歌になってしまう。この辺についてはこちらを参照していただきたい。　検察官だってそんなことはわかっているので、表立っては弁護人の仕事には敬意を表する。　だが、それを考慮に入れても、「困った弁護活動」と言う現象も往々にして指摘される。　弁護士は当然被告人の立場に立て、と言うことであるがその活動には制約があるというのは理解されている。　もともと犯人であると思いつつ「彼は犯人ではない」と弁護することは要件としては犯人隠避罪にあたるが、弁護士がそういう仕事をするのは刑事司法のシステムとして法律上認められた当然の行動なので罪にはならない。そういう行動があってこそ刑事裁判は機能するのだ。　また、黙秘権があることを教えても問題ない。捜査官に教える義務のある黙秘権（刑事訴訟法198条2項）なのに弁護人が教えてはいけないというのは考えられないのだ。　では証拠の隠滅はどうか。これは許されないというのが通説だ。また、偽証を唆すのも許されないと言われている。　この辺まではまだ大体定まった理解があるところである。ところが、「こいつ偽証するんじゃないか」と思っている証人を法廷に呼び出すことは？「あの封筒の中身を同僚に渡しといてくれ」と言われて怪しい封筒を共犯の疑いがある同僚に渡すことは？「私は身代わり犯人です。裁判では自分を有罪にしてください」と言われて被告人の言うとおりにすることは？とかになってくると話がかなり微妙になってくる。　弁護活動として認められないとなると証拠隠滅罪や犯人隠避罪、偽証罪の幇助犯と言う形で処罰される可能性さえあるし、と言って弁護活動をさぼったと見られると弁護士会や日弁連から懲戒処分を受ける可能性も有る。　弁護人をやめる！と言う大技はなくもないが弁護人抜きで裁判を進められない裁判は相当多い（刑事訴訟法289条）し、国選弁護人は裁判所の許可を取らない限りやめられないというのが判例。弁護士が微妙な判断を迫られることはありうるのだ。　他に、困った弁護活動はどのようなものがあるか。　その辺について去年10月の検察庁見学のときに検察官の先生に質問をぶつけてみたのだが、偽証を唆すのはまずいのでは…みたいなあたりさわりのないことを言ってきたのでちょっと業を煮やして最近「これって問題じゃないの？」といわれている「供述調書にハンコを押さないようにしろ」と言うことについて聞いてみた。今ホリエモンがやっているやつ（これね）である。　するとなかなかいろいろなことが聞けた。　その辺については、やはり検察官として真相解明の要請があり、困るという見解であったが、ここで一つ検察官が強調したのは、「むやみやたらに黙秘などをすれば被疑者自身が困る」ということであった。　つまり、黙秘は確かに権利として保障されているし、その必要性に疑いを投げかける余地は無いと言ってもよいが、現実には黙秘をしても得にはならないことが少なくないのだ。特にアリバイなどがある場合には、それをしゃべってくれれば検察官としても確認を取って、確認が取れればすぐさま釈放などできる。　それなのにむやみやたらに黙秘しては検察官としても「何かあるな」と言うことで取り調べを強烈に行うしかなくなるし、反省がないということで軽い事件でも起訴する方向で考えるしかなくなってしまうことだってありうる。　実は、去年この問題について調べていて一つ知った裁判の例がある。　強姦事件で判決は無罪だったのだが、裁判官が検察官ではなくて弁護人の弁護活動に苦言を呈したのだ。無罪判決としては異例の事態と言って間違いない。　この事件について、裁判官は弁護人は被告人に黙秘させ、さらに警察・検察の一挙一動について裁判所に審査を申し立てるなど確かに精力的に弁護した。　でも、弁護人が黙秘などさせずきちんとしゃべらせていれば真相も早期に解明され、被告人もさっさと解放されただろうに、黙秘させたものだから裁判が長引き、170日も身柄拘束を受けた上、被告人が体調を崩すなど散々な目にあった、と批判したのだ。　こういう弁護をするのは活動家系の弁護士が多いという指摘もある。個別の弁護活動を通して刑事訴訟の問題のある実務をただしていこうと言うのであるが、そういう弁護活動をするとかえって被告人は困ってしまうのである。　また、断言はできかねるがこれは弁護士の質にも一つの原因があるように思う。黙秘がよいか、否認がよいかと言うのを十分に自信を持って見極められない弁護士は、被告人から「やってません」と言われてそのとおりに弁護しようとしても勢い全部黙秘と言うような大技に打って出るほかなくなる。一応それでも真相が無実である限り無罪判決には資することが十分考えられるのだが、その分捜査は進まない上に、捜査のために被告人にまで余計な負担をかけてしまうのだ。　検察官だって捜査が仕事、検察官が身柄を拘束したことを悪いとはなかなか言えない。　　　最後にちょっとした話だけど、ブラックなので反転してね。　話はずれるが、昨夜楽天ブログを検索してたら、なんと司法書士を目指す人が「被告は酔っ払ってなかったなんて法廷で言う弁護士は弁護士資格の剥奪すべきじゃないの！？」だって。武士の情けで名前は伏せておくけど。　他人の不幸を願うのは恥ずかしいことだと思う私が、このときばかりは「こいつは司法書士試験に受かりませんように」などと本気で祈ったものだ。　普通の職業の人はそれでもいいけど、広い意味での法律家である司法書士希望者がそんなことをブログに書いて、しかもそのブログで私は司法書士志望者ですと堂々と書いているというのはすごい物を感じた。　司法書士試験には確かに刑事訴訟法はないけど、全く勉強しないとこうなってしまうのか？いやはや。　「資格試験のためだけ」の勉強は要注意かもしれない。

  2006年02月05日

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• 弁護人２１００人！？

  　今日の夕刊によると。負債を抱えた企業の財産を隠したとして、強制執行妨害罪（刑法96条の2）に問われた安田好弘弁護士に、なんと2100人もの弁護人（たぶん全員弁護士）がついているという。　企業などがつぶれた場合、残った財産は企業の債権者などに平等に配布される。ところが、中には別にダミー企業を作ったりしてそっちに財産を与えて、財産の配布が終わった後にダミー企業に入り込んで甘い汁をとっておくと言うようなやり口をする奴がいる。そうされれば、債権者としては困ってしまうことこの上ない。今の法律では、それは強制執行妨害罪に当たる。　今回の安田弁護士は、かつて整理回収機構などで辣腕を振るい、一時マスメディアでもよく取り上げられていた中坊公平弁護士に告発され、そういう嫌疑で起訴されている。　しかし、「別の会社を作って会社を立て直したり、従業員の雇用・給与を確保すること」は悪いことではない。特に、従業員を何とか守ろうとすると、ある程度強制執行の妨害のような行動になることも避けられない。　一審では、これは違法な妨害などでなく、適法な建て直しの作戦だということで無罪となったそうだ。実際一審判決の後には、「こういうのは弁護士がある程度日常的に勧めているものだ」と言う話も聞いたことがある。　しかし、私はこういった問題には詳しくない。これ以上詳しい話はこの辺の専門家に聞くように。　さて、今日の本題はこの話ではない。2100人もの弁護士が安田弁護士の弁護人に名を連ねたことである。　この事件に限らず、一定の事件では、弁護人が100人も200人もついたりすることがある。　弁護人の人数は、法律上特別限定はされていない。1人で済まそうが100人だろうが2100人だろうが、何の問題もない。　実際のところ、弁護人2100人と言うが、実際に弁護人として行動するのはおそらく100人に1人より少ないであろうと思われる。船頭多くして船山に登るということわざだってあるし、本人だって混乱してしまうだろう。　地下鉄サリン事件などの首謀者とされるオウム真理教の教祖の麻原氏について、地裁での弁護人は12人であるが、あの事件は多数の事件が訴えられ、事実認定を争った上に事件の数も膨大だった。今度の事件はそこまで複雑ではない。　第一、法廷の映像なら見たことがある人もいるかと思うが、傍聴席まで含めても200人入れなそうな法廷である。2100人の弁護人が入れ替わり立ち代り法廷に出てくることなどほとんど考えにくい。　それに、刑事訴訟法では、弁護人が複数いる場合には主任弁護人を決めろ、と言う規定（刑事訴訟法33条）がある。　そして、2100人のうちで報酬を手に入れる人もおそらく実際に弁護人として活躍した人たちだけであろう。　なぜ、それなら2100人の弁護人が集まったのだろうか？　名前を売るためだろうか？　どう考えたって、2100人もいる弁護人に加わったところで名前など売れるはずはない。逆に、一度有罪判決が下ろうものなら世間から袋叩きにされてしまう。それに、刑事弁護が金にならないことは、裁判の世界では常識に近い。刑事弁護で名前を売ったところで、だからなんなんだということになってしまう。　おそらくではあるが、弁護人たちの目的は、今回の検察の起訴･さらに一審の無罪判決に対する控訴に対する抗議を意味しているのだろう。ちょうど、人々が署名を集めて、官公庁に突き出すというのと同等の行動であると考えることができる。　安田弁護士は、死刑廃止運動をしており、またオウム事件の主任弁護人だった。それでいて、弁護士がごく普段からやっている（らしい）行動が起訴され、求刑はこの手の罪では最高刑の2年。その上、一審判決文では検察の行動が「アンフェア」と批判される一幕も。　真相は分からないが、起訴の後ろ側に何らかの意図があるのではと勘繰られるのはやむをえないし、弁護士が自分たちの行動も目をつけられるのではと恐れるのももっともだろう。　起訴は法的には確かに検察の権限だし、起訴が「違法」とは言えないかもしれないけど、それは起訴が「妥当」であったということを意味しない。そのような事実関係で起訴するのは不当な起訴だ、と言うことで弁護士たちが抗議するために名前だけ出した。それがあの2100人の弁護団、と言うことになったわけだと私は考えている。　2100人の大半は名前だけなのだ。　ちなみに、裁判所としては別に弁護人が1000人でも2000人でも10000人でも何の関係もない。主張の正しさは内容で判断されるので、（こちらを参照）このせいで判決が揺らぐということはたぶんない。

  2006年02月01日

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• 憲法は改正できない！？

  　心神喪失論を語ったときに、時代に合わない法律は変えるべきと言う意見が投稿されていた。　もちろん、既にある法律の趣旨を何ら検討することなく、嫌いな法律に適当に「時代に合わない」と理屈をつけて変えろというような発想は問題外である。お前それでも大人かよでバカにされ終了である。　でも確かに、法律は時代に合わなくなることだってある。場合によっては変えるべき、と言うことだってある。民法とかだって実情に合わないとしてつい先日も改正されたりしているのだ。　ところが、内容をかえることが許されていないといわれる法がある。それが憲法である。といっても、憲法には改正規定（９６条）があるし、なんでやねんと思われる人がいるだろう。　正確に言えば、憲法の一部の規定は、その基本を変えてしまうことは許されていないと言われているのだ。文章をちょっと変えるとか、条文の位置を変えるとかは問題ないとしても、内容を根本的に削除したりしてはいけないというのが通説である。　それはどういうことなのだろうか。どの条文がそれに当たるか、と言うのを解説するより先に、そのような思考がなされている背景を検討してみよう。　憲法とは、そもそもなんなのか。　ただ単に国の法律の頂点の法律なのだろうか？確かにそれも間違っていない。いわゆる固有の意味の憲法である。だが、それだけでは理解不十分である。　近代立憲主義における憲法は、「権力を分立・相互抑制させることによって、国民の自由や権利を守るための法」である。ＥＵや欧米を始め、先進国と言われる国なら、どこの国だってそういう憲法を持っていると思っていてよい。　憲法９７条を見てもらいたい。法律にしては、一風かわった文章だが、非常に重要だ。この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。　この憲法９７条は、「最高法規」と言う章においてある。そして、９７条は、憲法が何故最高法規なのか、その意味内容を明らかにしたものである、とされている。つまり、基本的人権の尊重や国民主権のような基本原理を持たなければ、そもそも憲法ではないと憲法は考えているのだ。憲法の前文にも、権力は国民の代表者がこれをもち、福利は国民が享受し、そうした原理に反する憲法やら詔勅やらは排除するということが書かれている。　そして、憲法はそういう価値基準の体系である。前文を見れば、そういった原理に基づいて憲法を定めると書いてある。もちろん、改正を認める規定だってそのためにおいてある。　だから、憲法の基本的人権の尊重や民主制・平和主義と言った根本的な理念をなくしてしまうような「改正」は許されない、と言うのが通説になっているのだ。　もし仮にそれに反する改正がなされた場合、それは憲法改正ではなく、革命のような大事件であって、法律学の出番ではないとされるのだ。　では、どのような規定は改正できないか？（１）まず国民主権をやめることはできないとされる。全ての公務員（国会議員とかを含めて）を選ぶときに国民投票はしませんと言うような憲法はダメ。さらに、憲法の改正に国民投票が現在は必要だが、その削除もダメだといわれる。（２）平和主義も、平和と言う理念自体は変えられない。今日の世界情勢では、軍隊保持と平和の否定は結びつかないと言う意見は有力であるが、新日本帝国はいくらでも戦争して世界征服、日本人以外の総奴隷化を目指しますというのはダメ。（３）人権の方はどうか。まず、個人の尊厳を尊重していることを変えることはできない。表現の自由や信仰の自由と言った精神の自由に関することも一般に変えてはいけないとされる。　ほかはかなり難しい論争があるが、裁判に関する法律などは変えてもいいとされる。　このような考え方は、決して学者の脳内の産物などではない。外国にはもっとすごい例があるのだ。それがドイツである。　ドイツでは、憲法（正確には基本法）の力が非常に強い。憲法の自由主義や民主主義と言った根本的な考え方を改正することは許されず、憲法裁判所がそのような憲法改正を無効にできるとされる。　その上、憲法の根本的な考え方に反するような政党は存在が禁止されるし、またそういう教えを大学などで広めたりすることも禁止できるそうだ。　いくら憲法を守るためとはいえそこまでやっていいか、と言うのは日本や他国では批判があるのだが、憲法の基本的な「変えてはいけない発想」というのは多かれ少なかれ認められているのだ。　確かに法律は変わって行く。　でも、時代に合わせたと称して、本当に大事な物を忘れそうにもなる。そこで待ったをかけることができるし、待ったをかけなければならないのが、憲法と言う法律である。だから憲法の改正は大変にしてあるのだ。　時代に合わない、変えましょうが安易に乱発されるなら、どんなに立派な憲法も絵に描いた餅、そこらへんの法律と同じになってしまう。　憲法改正をするな、と言いたいのではない。憲法を変えることがどれくらい重いことか考えてもらえれば幸いである。　以下は個人的な話にもなるので反転して読んでね。　去年退任なさったが、私の大学にこうした憲法の原理の大権威である樋口陽一という教授がいて、一昨年、その年限りで退任なさることを聞いたので去年彼の講義を２コマ受講させて頂いた。正直眠かったけど、その気になって聞けばアカデミックで内容の深いことを語っていたと思う。　　その２コマ目の期末試験の問題がこれに関連する問題だった。　答案を早だしして、帰るときに試験の会場に入ってきていた教授に最敬礼をしたのを今でも印象深く覚えている。　憲法の原理論など社会で生きていくのにはまず必要ない。弁護士だって実務で憲法を使いますということはまずない。ましてやその基本原理などに思いを馳せることなどまずない。　この辺を考えていて、少しその辺で感慨深くなったのでこんなことを書いてみた。

  2006年01月24日

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• 死刑と法務大臣の署名

  　とある囲碁系ブログでいわく「死刑の執行に法務大臣のサインが必要ということは行政が司法に干渉することで憲法違反」だって。刑事訴訟法４７５条のことを指しているのだろう。にしても人体実験に使えば…みたいに残虐刑の禁止（憲法36条）を無視しといて後から憲法違反もなにもないだろうに。　愚痴はこの辺にして、学界や裁判所でこの制度が憲法違反であるという説はたぶんない。それは別に学者が死刑廃止論だから、というわけではない。存続論・廃止論は何の関係もなく、存続論で憲法違反だという言説もない。その理由を今日は解説してみよう。　たぶん学部レベルでこの話を私程度に知っている人は少数だと思う。このあたりは刑事訴訟法の教科書でもよくてさらっと触れる程度、司法試験に出る可能性もほぼゼロだし。1年のときに書いたレポートに感謝しよう。　さて、ここでは元々刑罰を行うのは誰かに着目しなければいけない。司法権の仕事だろうか？　以前書いたが、司法と言うのは「個別具体的な権利義務関係に関する紛争を法律を解釈・適用・宣言することにより終局的に解決する作用」でしかない。　そう、司法と言うのは解釈適用→判決を言い渡すことまでが仕事。　実際に刑罰を執行するのは行政なのである。　もちろんその刑罰の内容は裁判所の判決に従うのだが、刑務所・拘置所のような監獄も行政機関、刑の執行を監督する検察も行政機関なのだ。つまり、刑罰の執行はトップである法務大臣が指揮する法務行政の中の一角だから、法務大臣が指示すればそれに従うのはもともと当たり前のことなのである。　つまり、たとえ罰金刑や懲役刑までを執行するときにいちいち法務大臣の署名などを要するとしたとしても、実は憲法上の問題は生じないのだ。司法の判決を尊重し、法令に従っている限り、元々そこに口を出す権限は司法にはないのである。　現実には特に死刑に法務大臣のサインが要求されている。　これは、生命は奪ってしまったら取り返しがつかないこと甚だしいので、法務大臣にとりあえず大丈夫ですか？という審査の機会を与えているものだと言われている。　仮に審査の結果、あれっ、この死刑判決検討しなおしたほうがいいんじゃないかということになったら？判決を取り消すことはもちろんできない。　まずは、指揮権（検察庁法14条）によって検事総長に非常上告（刑事訴訟法454条）をさせ、裁判所に是正を求めてみることになるだろう。それでも結論が変わらないなら、判決を尊重しろと言うことになるだろう。　また、恩赦や刑の執行免除をかける権限も内閣にある（憲法73条7号）。今の日本では恩赦の認証をするのは天皇（憲法7条6号）だが、天皇は何の決定権もない。恩赦は内閣に憲法上認められた正当な権限なのだ。またどんなときに恩赦がなされるかは恩赦法があるほか、行政の規則や裁量に委ねられている。つまり、大赦が認められる場合に、大赦してあげよう、だから執行のための署名はしませんという可能性もあるのだ。　もちろん、恩赦を決定する内閣は、何故こんな人間を恩赦したのだ、と国会で政治的な責任を問われる可能性はあるが。　死刑囚を恩赦するというのは日本ではともかく、外国では決して珍しい話ではない。ベルギーでは今は死刑が根本的に廃止されているが、それ以前も死刑判決が下りれば国王が慣例として必ず一段階罪を減らしていたという。　ちなみに、この制度を巡っての憲法論争が生じるとすれば、それは特に理由もなくいつまでも署名をしない場合である。いつまでも署名をせず死刑を執行しない行為については、（１）死刑囚をいつ自分が殺されるか分からない状態にいつまでも置いておくことは残虐で、憲法３６条に違反する。（２）実質的に死刑判決を法律の根拠なく取り消すのと同然で、三権分立の視点から問題がある。　という余地があることになる。それについては、以前にも記事を書いたので、こちらを参照していただきたい。　もっとも、裁判所は、６ヶ月を過ぎてしまったことを違法とは見ていないようであるが。　この下は反転させて読んでくださいな。内容がとてつもなく重いです。それなりに軽く読み終えたい人は読まないことを勧めます。本気で。　　私は、ここで死刑制度の「是非」を論じることはタブーにしている。　死刑について微妙に語ったことはあっても、存続論にも廃止論にも中立なことしか語っていないはずである。　もちろん、個人的な感想自体は持っているし、理屈立ててはある。自説はもちろん、反対説からのツッコミも相当勉強してるし、反対説に立ってディベートをしてもそれなりにいける自信さえある。　しかし、ここで個人的な感想を語れば、たちまちのうちに論争の嵐（荒らし？）に巻き込まれるだろう。存置と言ったら、廃止と言ったら、それだけで色々な人があーだこーだと言ってくるのは、どこでもよく見られる現象だ。中立的な話を書くのでさえ、本当は怖い。今回は、存置・廃止を主張するコメントやＴＢは削除させていただく。そしてこの話題は重い。　死刑にするということは人の命一つを閉ざす、それも自分たちの手で閉ざすということだ。普通、人は死刑廃止論でなくとも好き好んで死刑執行スイッチは押せない。死刑を執行する人間の苦悩は死刑のあるところならどこでも解決に苦慮している。　他方、死刑なくして本当に犯罪から国民が守れるのか、と言う問いは、今なお結論は出ていない。被害者や遺族が犯人に極刑を望むことは全く珍しくない。死以外で償えるのか、と言う日本の道徳感情は健在というよりも強化されているようだ。　こういう世界での話は、ともすると生命を愚弄するおそれさえある。　実際、人体実験・地雷除去に使えとか、生きたまま臓器を取り出してしまえなどと平気で語る人もいる。人の皮をかぶった悪魔だと言ったって現実に執行人は苦悩している。そういう人たちは多分もう「犯罪者同様に」生命への敬意を忘れているのだろう。　生命の尊厳をうたっているのに被害者その他の生命には毛ほどの敬意さえなかったり、理屈が意味不明の国家陰謀論で塗ってあって、この人多分アンチ権力の旗印にしてるな・・・と言う人も見える。　それは私にも当てはまりうる。並より勉強している自信はあるが私は学生。死刑に関係するような事件にも、具体的に担当した人にも関わることなく生きてきた。その私が語ると、生命の敬意が感じられない人と同次元のことを語るおそれがある気がしてならない。　だから語らない。

  2006年01月20日

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• 昨日の続編

  　さて、昨日の解説でまっていた突っ込みが釣れた（失礼）ので、解説してみよう。　酒を飲んだり、覚醒剤を打ったり、催眠術をかけても心神喪失になることがある、と書いた。これは現在、学説も裁判例からも全く疑われていない。昨日書いた定義（ここ）にぴったりマッチするからだ。　だが、そうすると、悪い奴はこんなことを考えたりする。「べろんべろんに酔っ払った状態で人を殺せば罪にならない。仮に酔い方が足りなくても心神耗弱になって刑罰が減らしてもらえる。（刑法３９条２項）よし、では景気づけに酒を飲みまくって、それで人を殺してしまえ」　こいつも処罰しないの？あるいは刑罰を減らしちゃうの？そんなのあんまりだ、と言う感想は誰しもが持つところである。　実際には心神耗弱や心神喪失になるまで酔っ払うのは並大抵の飲み方では無理なのだが…。　まあしかしそんな人間もいることは事実。この辺を解決するために考え出された法理を、「原因において自由な行為」と言う。　難しい言葉だと思われるかもしれないが、ドイツ語（日本の刑法はドイツ的だと言われる）の直訳が根付いて、最高裁判所までこの言葉を使ってしまったのでしょうがない。私はノート取るときは省略したりもするけど、ここでは混乱するんでちゃんと書きます。　さて、学説も裁判例も、こうした行動は処罰できるという考え方でほぼ一致している。たぶんこれが処罰できませんと言う学説は今はないのではなかろうか。　でもその理由は、「超法規的に」とか「あんまりだから・・・終了」では失格。相手は刑法。しっかりとした理屈を作らないと、「自分が気に入らないことは全部処罰するの？自分が王さまか神さまのつもり？」と言われても文句は言えないぞ。　迷ったら趣旨に立ち返るのが法律学の常道であるので、趣旨に立ち返ろう。　元々責任と言う考え方はどうして生まれたのだろうか？　昨日した話では、「本人にとって止めようがないことで、処罰することはいけないからだ」ということである。　でも、この例では、本人は自分が酒を飲んだりして心神喪失になることを利用しているわけで、いうなれば「本人にとっては止めようがあること」だ。つまり、「犯罪には心神喪失でないことが必要」という理由がないのである。　だから、こういう場合には心神喪失者の行為でも、「責任能力のあるときの意識（責任能力・故意や過失）を持ち出して処罰したとしても、責任が必要と言う考え方には反しない」と言う考え方がもう確立している。　もっとも、その理論構成には多少ブレがあるし、各説に微妙な一長一短があるのだが、紛糾を招くので説の紹介にとどめておこう。（Ａ）心神喪失になっている自分を道具のように利用して犯罪をしているから処罰できる。（Ｂ）心神喪失と言っても実質的には自分の心神喪失ではないときの意識が及んでいるから処罰できる。（Ｃ）心神喪失のところでなされた行動には自分を心神喪失にした行動とつながりがあるから処罰できる。　どう違うのかさえよく分からない人は多いだろうし、実は私もそうなのだ（マテ）が、もし司法試験を受けようという人は特にＡ説とＢ説の違いを抑えておくといいでしょう。それでたぶん十分です。　よーし、では酒を飲んだときの行為は全部罪だ！と思われたあなた、それは早とちり。（1）最初の事例は、「殺してやろう」と思って酒を飲んで、心神喪失になって殺した場合である。殺そうという意思があるから、殺人の故意があって殺人罪である。これは一番分かりやすい。（2）では、普段から酔うと粗暴になる人で、ただ単に酒を楽しもうと思って飲んで殺してしまった人は？これは実は殺人罪にはならないのだ。　なぜなら、原因において自由な行為とは、「責任能力があるときの意識」に注目して処罰する理論。責任能力があるときに殺意がなければ、殺人罪にはならない。責任能力があるときに人を殺すかも…と予想できれば（重）過失致死罪だし、予想できないよ、と言う場合は無罪になる。まあ普段から粗暴になるような人であれば過失はまず認められるだろうけど。（3）さらに、誰とも知れぬ他人が寝ている隙に勝手に覚醒剤を打ってしまった場合などは、全く故意も過失もないわけで、全く処罰の対象にならない。（４）さらに、「泥棒の勢い付けに飲んで、気がついたら自分がやったのは殺人だった」という場合は？これも殺人罪ではない。　刑法38条2項は、自分のしようとした犯罪より重い犯罪をしてしまった場合は、重い犯罪について故意がないと規定している。もちろん原因において自由な行為も例外ではない。せいぜい過失犯でしかないのである。　ちなみに、民事法では民法713条に規定がある。民事不法行為で、「せめて金を払え！」と言う場合も、本来責任を認識できなければ責任を問えないのが原則だ。ただし、責任を認識できないのはお前が悪いんじゃないかと言う場合には責任があるのだ。　刑法と民法では似ているけど、民法の場合は「心神喪失になったこと自体に故意・過失があればよい」。だから（２）では、人を殺すかも…と予測できなくても責任があるのだ。　空想科学研究所の特別研究室でも、これと似たような事例を扱っている。学生より弁護士を信用する、と言う人、あるいは少しでも楽しく学びたい人はこちらも見てみてね。

  2006年01月19日

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