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花と野菜とクラシック音楽と...~松江市の農家より

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仕事

2011年12月08日
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カテゴリ:仕事
 念願の木村秋則さんの講演会 『奇跡のりんごと自然栽培』
を倉吉で聴きました。
 生の木村秋則さんを初めて見て、やっぱり人間だった、というのが第1印象。
神のように思える人ってたまにいますが、やはり、人は人です。

 木村さんの第一声。「どうも皆さん、こんばんは」
そして、葬儀の時のあいさつのような感謝の言葉が続きました。
それから、ゆっくりと大きな声で話されました。
 内容は、地球温暖化の話等、ちょっと飛躍しているなあ、と感じてしまうことも
ありましたが、自然栽培の話も、スライドを交えながら話されました。
自然栽培を全く知らない人にもわかりやすいようにという配慮だったのでしょう。
木村さんの著書に書かれていることがほとんどでした。そうした中、ひとつ、
来てよかったなあ、と思う話がありました。
 それは、ある米農家を対象にした会合での話でした。

木村さん 「皆さん、今日はどうやって来られましたか?」
米農家  「車です」
木村さん 「それは誰が買った車ですか?」
米農家  「自分です」
木村さん 「本当に自分ですか?お米が買ってくれた車じゃないですか?
       皆さん、田んぼにお礼はされましたか?」
 そして、その時の懇親会は中止になり、その時にふるまわれるはずだった
酒を持って、皆が田んぼにお礼を言いに行ったそうです。

 自然栽培は決してほったらかしの栽培ではなく、観察を繰り返して、手間ひま
をかける栽培だということを強調されました。

  奇跡を起こす 見えないものを見る力







最終更新日  2011年12月10日 06時01分25秒
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2009年04月29日
カテゴリ:仕事

 恥ずかしながらこの本の存在を最近まで知りませんでしたが、ようやく目を通すことができました。
seiten[1].jpg
 Sir Albert Howard 『An Agricultural Testamennt』
 アルバート・ハワード著 保田茂 監訳 『農業聖典』

 書店や近くの図書館にも見当たらず、市立図書館での購入のリクエストを出しておきました。すると、約1週間後にその本が入ったことを知らせるメールが届きました。意外と早いなあと思ったら、岡山県立図書館の蔵書でした。こんなこともできるのかと感心しつつ、感謝して大事に読ませていただいています。表紙の絵が絵本作家の田島征三さんなのがいいですね。
 某サイトのレヴューではあまり興味をそそられなかったのですが、この本が広く読まれるのは、ハワード氏が実際に農業を行った研究者だということがあるようです。それと、19世紀頃の日本の農業技術について多くふれられていることもあるのでしょう。現在、有機農業についての情報は氾濫しており、これといって目新しい記述はあまりありませんでした。ただ、今の有機農業で言われていることが、ここからの引用が多いのかもしれません。ひとつ、わたしが気になった事例がありましたので、以下、引用させていただきます。

 1923年7月に、地中に穴を掘って生活するアナホリネズミが、一部のライムとビワの果樹の下に棲みつく。どちらの穴も、南側に掘られていた。しばらくすると、ネズミの掘った穴の真上の葉が他の葉よりも非常に濃い色になる。穴のすぐ周辺の土壌を調べたところ、新しい活性細根が標準区の表層土の活性細根よりも大幅に発達していることが観察された。
 穴を掘ったことによる土壌の通気の増加は、草生区においても、活性根の発達に驚くべき刺激的影響を与えたのである。葉はまるで窒素肥料を施されたかのように見えた。同じような観察結果がプラムの場合にも見られた。このプラムの木は枯れつつあったが、アナホリネズミの掘った穴によって新たな生長が促されたのである。







最終更新日  2009年04月30日 05時09分31秒
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2009年03月26日
カテゴリ:仕事

 「灯台もと暗し」とはこのことか、と思いました。
最近まで、近くの雲南市木次(きすき)町で有機農業が行われていることを
知りませんでした。それは1960年代にさかのぼると言われます。
そのことについて知ろうと、

『自主独立農民という仕事』 森まゆみ 著

に目を通しました。ところが、書いてある内容は有機農業に関しては
少なく、木次乳業創業者の佐藤忠吉氏の生涯と語録が主だった
ものでした。それはそれで面白く、木次の(出雲人らしくない)革新的で
歯に衣着せぬ物言いをあらためて認識したのでした。(一般的に
出雲の人は保守的で何を考えているかわからないと言われる)
また、佐藤氏の話の中で、木次について、スサノオノミコトがヤマタノオロチ
に追いついたところ、とありました。他説では、オオナムチノミコトが
追っていた敵に追いついて、討ち滅ぼした場所が木次町付近で、
「追いつく」ことを「きすき」「きすく」と昔は言っていたことがその名の由来
と言われています。木次と杵築(きづき)って発音が似ていますが、もしかして
古くは杵築大社(出雲大社の古名)は木次にあったのでしょうか?
そういう説を唱えた人がいるかは知りませんが、わたしの勝手な想像
です。

以下、本から抜粋させていただきます。

 あすこの田はねえ
 あの種類では
 窒素が余り多すぎるから
 もうきっぱりと灌水(みず)をきってね
 三番除草はしないんだ
 ・・・一しんに畔(あぜ)を走ってきて
   青田のなかに汗ふくその子・・・
 燐酸がまだ残っていない?
 みんな使った?
 それではもしもこの天候が
 これから五日続いたら
 あのしだれ葉をねえ
 そういう風なしだれ葉をねえ
 むしってはらってしまうんだ
 ・・・せわしくうなづき汗ふくその子
  冬講習に来たときは
  一年はたらいたあととはいえ
  まだかがやかなりんごのわらいを持っていた
  今日はもう日と汗にやけ
  幾夜の不眠にやつれている・・・
 それからいいかい
 今月末にあの稲が
 君の胸よりのびたらねえ
 ちょうどシャツの上のぼたんを定規にしてねえ
 葉尖(はさき)をとってしまうんだ
 ・・・汗だけでない
   涙もふいているんだな・・・
 君が自分で設計した
 あの田もすっかり見てきたよ
 陸羽百三十二号のほうね
 あれはずいぶん上手にいった
 肥えも少しもむらがないし
 いかにも強く育っている
 硫安だって君がじぶんで播いたろう
 みんながいろいろいうだろうが
 あっちは少しも心配ない
  反当三石二斗なら
  もう決まったといっていい
 しっかりやるんだよ
 これからの本当の勉強はねえ
 テニスをしながら商売の先生から
 義理で教わることでないんだ
 きみのようにさ
 吹雪やわづかの仕事のひまで
 泣きながら
 からだに刻んでいく勉強が
 まもなくぐんぐん強い芽をふいて
 どこまでのびるかわからない
 それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
 じゃさようなら
 ・・・雲からも風からも
  透明なエネルギーが
  そのこどもにそそぎくだれ・・・
         宮沢賢治「稲作挿話」  1928(昭和3)年

「失敗のない人生は失敗でございます」 佐藤忠吉氏

画像 041.jpg
天(あま)が淵(木次町)
ヤマタノオロチが住んでいたといわれるところ 







最終更新日  2009年03月26日 06時21分27秒
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2008年10月13日
カテゴリ:仕事
 『Don't sweat the small stuff ..... And it's all small stuff
-Life is a test. It is only a test』by Richard Carlson から
引用させていただきます。

 一見、奇妙な提案に思われるかもしれない。植物をかわいがって
なんの効果があるんだ、と。精神的な生活と心の充足に欠かせない
ことの一つに、無償の愛を学ぶことがあげられる。
 どんな相手でもその人を無条件に愛するのはとても難しいことだ。
私たちが愛そうとする相手は、決まって気に入らないことを言ったり
したりし、こっちの期待をうらぎる。すると私たちは腹をたて、愛情に
条件をつける。「愛してあげるけど、あなたも変わらないとだめ。私の
期待どおりにしてくれなくちゃ」
 なかには周りの人たちよりペットを愛するほうが得意な人もいる。
とはいえペットに無償の愛を注ぐのも大変なことだ。真夜中に
ワンワン吠えて起こされたり、お気に入りの絨毯を汚されたりしたら?
それでも変わらず愛せるだろうか?私の娘たちはウサギを飼って
いる。だが私の美しい木彫りの門扉がかじられたときは、さすがに
そのウサギに愛情をもてなかった!
 その点、植物なら、そのままで愛することができる。植物を育てる
のは無償の愛を注ぐ絶好の機会になる。
 どの宗教も無償の愛を説いているのはなぜだろう?愛には
すばらしい変換パワーがあるためだ。無償の愛は与える側と受ける
側の双方に平和な気持ちをもたらす。
 室内でも戸外でもいいから植物を一つ選び、毎日それをながめ
よう。その植物を自分の子供のように育てて愛してみよう(自分の
子供よりずっと手間がかからないー夜泣きもしないし、オムツも
いらない)。その植物に話しかけ、どんなに愛しているかささやこう。
花が咲いても咲かなくても、すくすく伸びても枯れても愛を注ごう。
ただ愛するだけでいい。その植物に無償の愛を注ぐとき自分が
どう感じるか気づこう。そういう愛情には、イライラや憤りはまったく
含まれない。植物を見るたびに、一日に少なくとも一回はそういった
愛を注ぐ練習をしよう。
 しばらく続けると、じきに愛情と思いやりが植物以外にも向けられる
ようになる。愛を注ぐ心地よさに気づいたら、周りの人たちにも
注げないかどうかためしてみよう。相手が変わることを期待しない
でも愛せるように練習する。ありのままのその人を愛せるように。
 植物はすばらしい教師ーあなたに愛情のパワーを教えてくれる。

邦題『小さいことにくよくよするな! しょせん、すべては小さなこと
    -人生はテスト。ただのテストにすぎない。』訳:小沢瑞穂
画像 012.jpg
 頂いた鉢植えのエピプレムヌム(旧属名ポトス)の葉が完全に
落ちてしまい、その茎を水につけておいただけで、見事に回復
しました。毎日、葉露をもちます。 
画像 011.jpg






最終更新日  2008年10月14日 07時58分35秒
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2008年08月01日
テーマ:お勧めの本(5271)
カテゴリ:仕事
 久しぶりに本の一気読みをしました。

 『奇跡のリンゴー絶対不可能を覆した農家 木村秋則の記録』
   石川拓治 著
   NHKプロフェッショナル仕事の流儀製作班 監修
奇跡のリンゴ-「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録
 番組を観たときにも思ったのですが、「まだまだ自分には苦労が
足りないなあ」と。
 それと、今の有機栽培から自然栽培への転換が必要なのではないか、
と考えさせられます。わたしたちが取り組んでいる有機栽培に使う肥料
には外国産のものもあるので、それらが安定的に入り続けるのか、
という不安があるからです。
 ただ、自然農法で人類の食糧がまかなえるのか、という疑問は残ります。
けれど、すでに環境破壊等で世界的に食糧が不足している中、無農薬・
無肥料の農法が必須になっていくことは確実だと感じています。







最終更新日  2008年08月02日 06時14分12秒
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2008年07月01日
カテゴリ:仕事
『Life is tremendous -
Enthusiasm makes the difference!』 Charlie Jones
『「成功おじさん」の最優先ルール』チャーリー・ジョーンズ著 楡井浩一訳
から引用させていただきます。

 昨今は、誰もが自分にふさわしい職業を探している。「天職にめぐり
会いたいんです」と言う人もいる。わたしは、「もっと大事なものを手に
入れてほしい」と願っている。わたしたちが学ぶべきは、職業が人をつくる
のではなく、仕事にふるい立つ人間が職業をつくる、ということだ。
 出世コースを歩んでいる人を観察してみよう。その人が、自分にはなんの
価値もなく、すべては周囲からの恵みだと感謝していることがわかるはず
だ。それと逆に、何に対しても借りがなく、何を手にしても当然という
気持ちになったら、そのときから、その人物は、自分でも気づかないままに
坂を下り始めるだろう。よく目を見開いてみて、ほんとうかどうか、
たしかめてみるといい。
 どうして仕事に対する意気込みがそこまで重要なのか?百万ドルを
相続する夢を見た男の話をしよう。
 その男は、夢のなかでシャワーを浴びようとしたが、シャワーが出な
かった。電気かみそりを使おうとすると、動かなかった。コーヒーをいれよう
とすると、コーヒーメーカーが動かず、トースターもパンを焼いてくれない。
新聞を取りに出ると、新聞がなかった。バスに乗りたいのに、バスが
来ない。1時間近く待ったころ、通りの向こうから男がひとり、息を切らせ
ながら歩いてきた。その男に聞いてみた。「ここらでは、いったい何が
起こったんだい?」相手があえぎながら、「し、知らないのかね?この
あたりの、連中が、みーんな、百万ドルを、相続、したんだ!もう、誰も、
働かなくて、いいんだよ!」
 ちょうどそこで目が覚めた。みんなが苦労せず富を得るような世の中が
もしもあったとしたら、誰も仕事にふるい立つ人がいなかったら、そこは
とんでもなく生きにくい場所だろう。そういうことに気づいたのだ。
 その男は、すばらしいシャワーを浴び、すばらしいひげそりを終えて、
すばらしいコーヒーとすばらしいトーストをたいらげた。すばらしい新聞を
読み、すばらしいバスに乗り、すばらしい職場に着いた!きょうの仕事に
ふるい立つようにすれば、すべてがちがってみえてくる。







最終更新日  2008年07月02日 05時43分52秒
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2008年06月12日
カテゴリ:仕事
 ジャック・ウェルチ&スージー・ウェルチ著 斎藤聖美訳
『WINNING:The Answers』
『ジャック・ウェルチの「私なら、こうする!」』の
「他人の失敗を喜んではいけない理由」の項に、古いことわざからの引用が
ありました。

 誰かのろうそくが消えても、自分のろうそくが明るく燃えるわけではない。
部屋全体が暗くなるだけだ。

2008 114.jpg
 ユキノシタ







最終更新日  2008年06月13日 05時46分13秒
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2008年05月20日
カテゴリ:仕事
 昔、あるオランダ人留学生と日本語で会話したことがありました。随分
流暢な日本語で、感心しました。ただ、出身地の話になったとき、
「あなたは田舎者ですか」と言われました。正直むっとしたのですが、
すかさず反対側に座っていた年配の日本の方が、
「田舎者と言うとよくないイメージがあるんですよ。田舎の人とか、地方の
人という表現がいいでしょう」
と言いました。そのオランダ人は熱心にその話に耳を傾けていました。
つまり、田舎者という意味をよく理解しないまま使っていたのです。
 言葉というものが、使い方で印象を大きく変えるエピソードでした。

 イギリスの古典、『Load Chesterfield's Letters to His Son』
チェスターフィールドの「息子への手紙」 竹内均 訳 には、
それを思い出させるものがありました。
 以下、抜粋させていただきます。

 話し上手の人間になりたかったら、どうしたらいいのだろうか。
 話し上手の人間になりたいという目標を常に心に置いて、その表現の
ために本を読んだり、文章の練習をするなど、全神経をそこに集中させる
のだ。
 とりあえずは、自分にこう言いきかせてみる。私は社会でいっぱしの
人間になりたい。そのためには、話がうまくなくてはならない。まず、
日常会話を磨き、正確で品位があり、気取りのないは話し方を身につける
よう心がけよう。古典、現代ものを問わず、雄弁家の書いた本を読もう。
話がうまくなるためだけにそれを読もう。そう自分に言いきかせるのだ。
 実際、そういう目的で本を読む時は、文体、言葉の使い方に気をつけると
いい。どうすればもっと良い表現になるか、自分が同じことを書いたとしたら
どこが劣っているかを考えながら読むのだ。
 同じ意味合いのことを書いても、著者によってどれだけ表現がちがうか、
表現がちがったら、同じことでもどれだけ印象がちがうか、に気をつけながら
読むといい。どんなに素晴らしい内容でも、言葉の使い方がおかしかっ
たり、文章に品位がなかったり、文体がそぐわなかったら、どれだけ興ざめ
するかをよく観察しておくといい。
 また、どんなに自由な会話でも、どんなに親しい人にあてた手紙でも、
自分のスタイルを持つということは大切なことだ。
 話をする前に準備をすることは大切だが、それができなかった場合でも、
せめて話が終わった後に、もっと良い話し方はなかったか、と考えてみる
だけでも向上につながるだろう。







最終更新日  2008年05月21日 07時00分21秒
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2008年05月04日
カテゴリ:仕事
 『蘇るおいしい野菜』飯田辰彦著の中で、
「環境にやさしくない有機農業」というちょっと刺激的な項目がありました。
以下、その一部を抜粋させていただきます。

 平成7年の夏、オランダからスウェーデンへ飛んだ永田さんと私は、
ストックホルムで小型飛行機に乗りかえ、バルト海の島、ゴットランド島に
向かった。ゴットランドはスウェーデンの夏のリゾート地として知られ、その
中心都市であるヴィスビーは中世ハンザ同盟の重要な貿易港であった
ため、今でも3.6kmに及ぶ当時の城壁が坂の町をウネウネと巡っている。
 一方で、ゴットランドはスウェーデンでも指折りの農業の盛んな土地でも
あり、ゴットランド農協を中核に、2200軒の農家が牧畜と蔬菜(そさい)
生産に励んでいる。永田さんと私がこの島にきた第一の目的は、あとで
述べることになるスウェーデンの養鶏事情を調べることにあった。しかし、
永田さんには島に着くまで私に明かすことはなかったが、もうひとつの
重大な目論見があったのだ。
 その日の夜、ヴィスビーの気のおけないレストランで夕食をとったあと、
白夜の明るさに誘われて、我々は遊歩道がのびる中世都市の海岸線を
散歩することになった。大樹がこんもりと茂る市民公園を抜けて、そろそろ
海に出ようかというあたりから、何やら異臭が鼻につきはじめた。じつを
言うと、この臭いは昼、ゴットランドの空港(島中央部の高台にある)に
着いたときからすでに臭っていたものなのだが・・・・・。
 海岸の遊歩道に立つと、その臭いはついに頂点に達した。足元の磯を
見やると、腐乱した大量の藻が波打ち際を埋めつくしている。強烈な臭いは
ともかく、まさにそれは背筋の寒くなる光景だった。バルト海はすでに
数十年前から約半分の海域で、海底深くまで酸欠状態をおこしていて、
魚や藻が生存できない死の海と化しているのだ。
 (中略)
 さて、こうした北極圏に近い土地だと、素人でも想像がつくように、
農作物は基本的にほとんど育たない。穀類ならせいぜいライ麦で、あとは
子どもの拳ほどにしか育たないリンゴぐらいしか望めない。おのずとそこ
での農業は、まさにゴットランドがそうであるように、牧草を育てて畜産に
励むという図式にならざるを得ないのだ。畜産が盛んな結果、膨大な量の
堆肥が生産されることになる。作らざるを得ないと言ったほうが正確かも
しれない。
 当然、その堆肥は牧草地にばらまかれる。ところが、岩だらけの農地で
あるため、ショック・アブソーバーの役割を果たすバッファ(緩衝剤)になる
土が少なく、有機肥料(堆肥)は雨のたびにストレートにバルト海に流れ
こんでしまう。ライ麦にしたところで、摂氏5度以下に気温が下がれば、
まったく窒素分を吸うことができないから、その摂取力には、この北国では
大して期待はできない。やがて海底300mあたりに沈んだ堆肥は、
冷たい水のなかで100年ぐらいかかって、ゆっくりゆっくり腐り、海水中の
酸素を奪っていく。有機物は分子が大きく、分解するのに時間がかかる
わけだ。

 原因を堆肥だけに断定していることに少々疑問を感じますが(パルプ
廃液等の汚染も指摘されている)、有機農業なら何でもいいという考えに
警鐘をならし、違った側面から見ることを教えてくれます。







最終更新日  2008年05月05日 06時22分24秒
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2008年03月29日
テーマ:お勧めの本(5271)
カテゴリ:仕事
 久し振りにすばらしい本に出会えました。

 『The Seven Stages of Money Maturity』
 邦題『「お金の達人」7つの教え』 ジョージ・キンダー著 渡会圭子訳

 お金について自分がどんな深層心理をもっているのか探り、そこから
お金との上手なつきあい方を示唆してくれます。

 以下、一部抜粋させていただきます。

 「無知」というと、わたしは童謡に出てくるハンプティ・ダンプティを思い
出す。ハンプティ・ダンプティは塀の上に座っている。丸くてつるりとして、
子どものころのわたしたちのようだ。やがてお金と、それについての矛盾が
人生に入りこむ。父親は「時は金なり」と言うが、子どもにとって時間は
遊ぶためのものでしかない。先生は「一銭の節約は一銭のもうけ」と説く
のに、悪友どもには「一銭亡者」とののしられる。母親は「お金がすべて
ではない」と助言するが、父の「お金が世界を動かす」という言葉も頭に
こびりついている。別の先生は「100万ドルなんて、とても稼げない」と
言い、祖父は「一発勝負に賭けろ」とささやくのだ。突然、お金についての
矛盾と、不愉快な意味づけにぶつかる。ハンプティ・ダンプティのように
墜落して、現実の堅い地面に打ちつけられて、粉々になってしまう。どんな
にしても、決して元には戻れない。
 なぜそのようなことが起こるかと言えば、耳に入ってくる言葉が、現実に
合っていないこと、そして互いに矛盾していることが理由としてあげられる。
大人であれ子どもであれ、複雑なお金の世界に立ち向かおうという人は
多くない。それよりは、実際より世界は単純だと感じさせてくれるメッセージに、
しがみついている方が楽なのである。
 子どものころ聞いたお金にまつわるメッセージはどれも本当のことだ。
しかしそれはごく限られた場面でしか使えない。ある特定の経験に
おいては、非常に的を射た表現となるかもしれないが、人生のあらゆる
機会に、当てはまるというものではない。「時は金なり」は、事業計画には
有効だが、精神的な問題に対しては不適切だろう。「愚か者に金をもたせる
とすぐになくなってしまう」という言葉は、人を信じすぎたり、開けっぴろげな
性質を責めているように思われるが、これはたいへん魅力的とも言える
性格である。「もらった馬の口の中を調べるな」は、労せずして得たもの
には、何であれ感謝しなければならないという意味だが、同時に正反対の
ことが真実ともなりうる。誰が、何を、誰に与えるのか、常に懐疑の目を
向けるのは、決して損にはならない。-ギリシャ兵の潜んでいた木馬を、
何の疑念も抱かず城壁の中に入れてしまったトロイア人たちは、それを
痛いほど思い知らされたはずだ。
 ハンプティ・ダンプティを壊したのは、それぞれの思いこみに真実の芽が
含まれているのに、完全な真実は存在しなかったという事実である。人は
部分的な思いこみにしがみつき、自分の内部で築き上げた世界観に
合わないものは、すべて拒絶しようとする。「無知」が”愚かしさ”になり、
全体を知りたいという、心の底からの望みを踏みにじってしまうのだ。
 わたしは最近、家族、クライアント、生徒などから聞いた、数多くの格言、
警句、ことわざ、そして家訓をリストにまとめた。そしてそれぞれの要点と、
その逆の意味を書いてみた。そのどちらもが真実たりうるー少なくとも
ある特定の場所においては。
 (中略)
・お金がすべてではない
 (表)お金は人生の一部に過ぎない。
 (裏)ほんの一部かもしれないが、残りのすべてを破滅させる力がある。


(なぞなぞ:ハンプティ・ダンプティはだあれ
 こたえ:たまご)







最終更新日  2008年03月30日 09時25分18秒
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