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2019/08/18
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カテゴリ:カテゴリ未分類

温暖化が止まらないままになっているその訳は、二酸化炭素の大量生産を常に続けていなければならない、という火力発電所に課された特殊な事情があったから。温室効果ガスが増加し続けている理由を、世界中で未だに理解し損ねている、という事情が問題の解決をこれほど長く遅らせている。文明が温暖化についての正しい認識を未だに持てないでいる、というそのことが環境の劣悪化を推し進め、気候変動要因を高めることにしかなっていない、習慣的で惰性的な行為の継続を通じて、目標となっている温室効果ガスの排出量削減を、無駄で無効なものへと位置づけた。これら成果のまったくない一連の負の経過が、麗しかった地球環境を却って大いに劣化させてしまう、というその主要な動力源となっている。

 

 温暖化防止に有効であると思われていた再生可能エネルギーを、これまで大量に導入していながら、結果を見ると大気中のCO2濃度は、減るどころか大幅に増加してしまっていた。この事実に遭遇した国連の環境部会が、削減目標を最大化するという決定を下し、達成時期を定めない代わりに、排出量をゼロ%にまで最大化すると定めた。

京都議定書が実効を引き出せないまま失敗に終わったことについて、問題の本質を調査検証しないまま放置し、具体的な手段となる方法を特定することなく、達成目標だけを設定してお茶を濁した。アメリカ以外の国際社会がこぞって、CO2削減に取り組んでいながら、敢え無く頓挫してしまった事実を反省せずに、その対策となるべき有効解をそれと見極められる訳がない。目標値を最大化したことで状況は一時的に悪化するにせよ、最終的に気候変動を抑制することができるだろう、と踏んだ浅はかな経過がそこからは明瞭に見て取れる。

 

 再生可能エネルギーを導入したことによって、CO2の最大の排出源となっている火力発電所で、燃やしていた化石燃料の輸入量がどう変化したのか、という事実を検証せずに電力消費が減れば、その分だけ火力発電所の負担は応分に減る、という勝手な思い込みに囚われてしまい、確認作業を怠ったまま放置し続け、直流回路がそうなっていることを前提に、誤った理解を独善的に持ち込んで、火力発電所で燃やしている化石燃料は、再生可能エネルギーを導入したその分だけ、自動的に減っているとした誤った情報を刷り込まれ、実効なき温暖化対策と揶揄されつつも、訝しむことすらしないで善と勝手に信じ込み、無駄な努力を甲斐もなく続けて、ついにここまでやってきた。

 

 現在世界中のインフラとして採用されている、長距離高圧送電というその方法は、交流電源を用いていることから、環境性能の高い外部電源をどう取り込んだとしても、火力発電所の負担を減らす能力がまったくなくなっている。交流電流は周波数で成り立っているものであることから、発電機の回転数を減らすことが本質的にできない。周波数が安定性を失って乱れると、交流電流の波形が崩れるだけでなく、単線上に複数の周波数が混在する、という状態が唐突に発生してしまう。波形の位相制御は直流化以外に現状で不可能なことから、安全性を考慮して電流遮断が当座必要な措置となる。そこで緊急対策措置としてサーキットブレーカを起動させ、電流を消してしまうことが急務となる。このようにして広域停電が引き起こされる、ということになっている。

 

昨年九月に発生した北海道電力のブラックアウトの長期化は、その実例として最も大きな被害を道全域に押し付けた。このため火力発電所では不断の燃焼が必要不可欠な義務となり、化石燃料の消費抑制を昔からまったく行えなくなっていた。交流送電を直流回路と同一視してしまうと、再生可能エネルギーで温暖化が防止できる、と誤ってそう思い込んでしまうのだ。交流電流は直流電流と違って、止まっていることがつまりできない。発電機が回転し続けているということが、あらゆる温暖化防止対策を無意味なものにしてしまったのである。

 

 この事情は省エネ節電でも同様に当てはまり、電力消費を消費者が頑張って減らしても、火力発電所の燃焼炉で化石燃料が燃やされ続けている以上、大気中に放出される温室効果ガスの濃度上昇は、止まることができずに増え続けるだけとなる。火力発電は原発と同じ蒸気発電であることから、蒸気圧を一定の状態に高めて措くために、不断の燃焼が絶対的に必要な措置となったのである。この事実一つをみるだけで、温暖化がまったくとまらなかったその理由が見えてくる。

 交流送電を前提とした再生可能エネルギー導入という方法では、どのような環境効果も生み出せないのだ。電力会社が買い取っているからといって、それが有効利用されているとは限らない。何故なら太陽光付加金という名目で、消費者全員で電力会社が立て替えた損失を、後でまとめて徴収されているという事実があるからだ。太陽電池が生んだ綺麗な電力を、電力会社が再販売している事実があるのなら、消費者が負担すべき損失は発生しておらず、電力料金にその利益が還元されていた筈なのだ。

 

化石燃料の輸入量が減った事実があるのなら、その記録を公開することによって、電力会社の利益は電力コストに反映されていなければならない。そうなっていないというこの拙い現実は、太陽光付加金を消費者が支払っていながらも、二酸化炭素の発生を減らせていないという明瞭な証拠なのだ。電力会社は地下資源の輸入コストの削減と、再生可能エネルギーが発生させた電力を、再販売して得た利益の双方を同時に得ている、ということになる。獲得した筈の利益がまったくないということは、そこに隠されている何らかの理由がなければならない。消費者が支払った太陽光付加金のすべては、国と電力会社が国民をタバカッた末の損失補填だったのだ。世界中の電力会社がこれ以上秘密主義を続けていると、パリ協定も京都議定書と同様に無効となってしまい、最終的に環境投資が生んだ損失を、更に肥大させるだけとなる。そして生命の多様性がいつしか失われ、地表は繁茂した直物で覆い尽くされ、長い時間を閲した後にそれが化石燃料へと変成する、というサイクルを果てしなく繰り返す。







最終更新日  2019/08/19 07:45:49 AM
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2019/08/11
カテゴリ:カテゴリ未分類

 世界中の自動車産業がリチウムイオン二次電池を採用し、EV革命を推進しようとしている最中だ。電気自動車EVの市場価値に、この措置が限界を設けることになるだろう。温室効果ガスの最大の排出源となっている、世界中の火力発電所を温存すれば、気候変動は今後益々苛烈になってゆくばかり。リチウムイオンという素材が必要不可欠となる以上、その資源価値は今後うなぎのぼりに高まる。移動体の販売価格が高まっていくのなら、EVの普及速度はより遅くなる。環境を復元する能力は失われ、気候変動要因は減らずに増える。

 

温暖化を止める有効な手段を見失っている以上、気候変動の振幅は拡大する一方となり、受ける被害を募らせて破壊力を増やすのみ。環境破壊を避け難く増長させている因子を、野放し状態で増やしつづけてゆくのなら、淘汰圧の作用で多様性は短期間で失われてしまうだろう。リチウムイオン二次電池は充電と放電を、同時に行うことができないため、充電している時に放電を行うと、発火事故や爆発事故を引き起こす恐れがある。電解質内部で行われる電荷の移動が、内部で接触する確率を高めると、蓄電装置の損傷を引き起こすからである。このためモーターに動力を与えるための放電時に、充電を並行して行うと、電荷の移動が高密度で発生し、プラスとマイナスの電荷同士が接触する機会が増える。EVが充電するために停止していなければならないのは、偏に蓄電デバイスの選択を誤ったからに他ならない。

 

 充放電を同時に行うことができるタイプの蓄電装置なら、タイヤなどの回転体を発電機として使えるようにすればよい。回転するものはすべて、発電機として利用することができる。進化したEVは充電ステーションに立ち寄ったり、プラグを差し込んだままの状態で、その場に止まっていたりする必要性がない。リチウムイオンを採用したのは、充電間隔を長くとることが目的であるのだから、長距離走行ができるようになったとしても、充電するための時間を割くことにはならない。これが電気自動車の自由度を狭め、環境型移動体であるEVの普及推進を、却って大きく阻害する要因となっている。

EVが長距離走行をすればするほど、大量のバッテリーを搭載する必要が生じてしまい、それがEVのコストパフォーマンスを引き下げるだけでなく、使い勝手の悪い移動体という評価を拭いがたいものにする。

 

 EVを充電するための電気はCO2と引き換えであるため、環境の復元効果など永久に得られない。移動体の持つ慣性エネルギーを利用する、未だ知られていない方法に切り替えるなら、商用電源に依存しない方法で、エネルギーの自給自足を成し遂げることは十分可能。エネルギーコストは最終的にゼロにまで下がり、大気中のCO2濃度は時間の経過と共に確実に低下する。この方式は移動体でなければ利用することできないので、家庭用の電源には応用できない。EVに蓄電してある電気を利用すれば、一定程度の電力供給はできるのだが、双方向性のプラグインモデルなら、環境復元効果がすぐにでも引き出せる。リチウムイオンに拘っていると、エネルギー密度を高めたその分だけ、退席と重量が共にこぞって増えてしまうため、普及条件に一定の飽和が生じる。二次電源に備わる効用と限界に無関心なままでいると、環境投資のすべてが悉く失敗に帰すこととなる。

 

 思考力があれば飽和点と逢着する運命にあることを、それと悟るまでにさほど多くの時間はかかるまい。成果のない対策に執着しているその間に、貴重な資本と時間とを大量に失ってしまうのだ。そういう展開に落ちってしまったら、環境の復元など果たせる筈もなく、温室効果ガスの大量生産システムから、文明は永久に離れらなくなってゆく。問題の本質が見えていないとき、成果のない不毛な経過が待っている。認識能力の欠陥を疑う必要性に、できるだけ早く気付くべきなのだ。止まらない温暖化というこれまでの成果のない経過をみれば、損失だけを大量生産するメカニズムの関与に気付ける。これまでの環境対策が無意味でかつ成果なきものであったからこそ、大気中のCO2が増えてしまっていたのである。

 

交流電流の意味を知識階級が正しく認識していたのであれば、再生可能エネルギーなどの過去の大量導入で、二酸化炭素濃度を却って高めてしまっていた、というその不毛な事実がもつ意味の儚さを、ことここに至るはるか以前の段階で、理解する程度のことは固より楽にできていた。

 火力発電所を温存したままの状況で、EVの普及を闇雲に急いだところで、環境問題の改善を図る手段は見いだせまい。健全な思考力を取り戻さない限り、気候変動とそれによる異常気象の横行と増長は、破壊力を時と共にいや増すばかり。未来型の新電源の開発に遅れをとれば、環境破壊は加速度的に進むだけ。地表は降水量の異常な増加で荒み、海岸線は海面水位の急速な増加で、その延長距離を漸減させる一方となる。問題認識能力に生じた瑕疵の関与に早く気付けば、有効解を特定することにさしたる困難などはない。問題の所在に気付かなければ、文明の崩壊は一気呵成に進みだす。不正な判断は、最悪の結果をただ単に引き寄せる







最終更新日  2019/08/11 05:23:17 PM
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2019/08/04
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 有害物質を再生産しないこれまでにない新しい方法で、効率的な電力創出を可能にする電源開発を急げば、温暖化を止めることは容易であろう。超伝導現象を利用した電源に統一するなら、温室効果ガスの発生は次第に止まり、化石燃料を輸入するために支払われていた、資源コストは最終的にゼロへと落ちる。電車を動かすための電力コストは大きく下がり、電気自動車を充電する費用もかからなくなる。電気炉や電熱器などと同じ方法で、電力から熱を取り出す方法は数多くあるので、不足する熱は発生しない。冷媒である液体窒素LN2はにするための元素は、地球大気の78%を占めるほど多いことから、枯渇する心配は無用である。課題となっているのは冷熱の安定確保なのだが、蒸発した窒素ガスを再冷凍してやれば、冷媒の再生と再利用がどこででも簡単に成り立つ。そのための電力に事欠くようなことは起きない。

 

 超伝導現象とは電気抵抗が突然ゼロになる、という特異現象のことである。冷媒の温度が閾値を超えて一定の温度帯に達すると、唐突に電気抵抗が消えてなくなってしまうため、電流が熱に化けて消失するという変化が起きず、一度与えた電流は制限なくループ状のコイルに存在し続ける。この電流は超電流と呼ばれ、電気抵抗をもつ常電流とは区別されている。超伝導が発見されたのは1910年のことであり、当時は液体ヘリウムを使って、再現性の確認実験を行っていた。その後80年代の後半頃高温超電導が確認されたのだったが、マイナス270度の液体ヘリウムよりは高い、マイナス150度付近で超伝道を引き起こす素材の開発がその頃進み、無尽蔵といってよい液体窒素の冷熱を利用した、MRIなどにも応用展開されるようになっている。

 

 リニアモーターカーはこの超伝導現象を利用して、磁気浮上型の列車を線形モーターで加速するモデル。実用化のタイミングは既に決まっていて、品川名古屋間を一時間で結ぶことになっている。超伝導は当初超磁場を作るための技術だったのだが、温暖化が急速に進み気候変動が深刻な問題となってきたため、超磁場を利用して超電流を生み出せば、補充する必要のない電力を、大量かつ永遠に生み出せるようになるということは分かっていた。

 決して減衰しない超電流は、超電導コイルを永久に流れ続ける。そのための条件となるのは、液体窒素の冷熱の関与だけなのだ。窒素は活性がなく大気中に無限に存在するため、冷媒として大量に用いたとしても、CO2のように大きな影響を環境に及ぼすことはない。気化した窒素ガスは冷凍機で液化すれば、繰り返し使えるので全く問題がない。輸入しなければならない地下資源と比べれば、資源コストはほぼゼロであることから、その効果でエネルギーコストは短期間で最小化してしまう。

 

 実用化が遅れている理由とは、交流電流を超電流化する方法に、未だ誰も気付いていなかったからなのだ。やっていることは電信柱に乗っている変圧器と、まったく変わらない誘導電源という内容で一致している。誘導電源はファラデーが法則化した、電磁誘導を応用した理論で説明でき、増幅する効果を利用すると電源としても使えるようになっている。来年はファラデーの法則化から数えて200周年となる節目の年に当たっており、超伝導現象を確認したオネスから数えると、110年目となる記念すべき年となる。温暖化を確実に止めるためのきっかけとなる画期となれば、人類と文明にとってまことに幸いなことであろう。

 

 超伝導現象は電磁誘導の法則が存在していなければ、間違いなく発見されていなかった。交流電流が定着するようになったのは、1890年代になってから。直流電流を主軸とする電力供給に拘ったエジソンと、交流電流の特性に注目したニコラ・テスラとの間で、直交戦争と呼ばれる論戦を展開していた頃のことである。交流電流による送電システムの構築を主導していたテスラの名を冠したEVメーカーが、リチウムイオン二次電池を採用して直流化を先導していることに、今や隔世の感なきにしも非ず。交流電流による長距離高圧送電が世界展開されていなければ、気候変動を引き起こす原因物質であるCO2の大量発生は、間違いなく起きてはいなかった。

 

直流電流には周波数がないため、発電機を回転させる必要がなかったからである。太陽電池や燃料電池などの電池と名のつく電源は、おしなべて直流電源であるという意味をもつ。直流電源を大量に増やすことができたとしても、既に交流電源が世界中に網羅され、地表を席巻している状況となっている以上、温室効果ガスの発生を減らすことはまさに不可能。周波数に拘束されている交流電流は、絶えざる回転運動が必要条件となっているからである。ここが国連の環境部会の参加者たちに、まったく見えていなかった項目なのだ。交流と直流の違いを弁別することなく、混同してしまっていたということが、温暖化を止まらなくさせているたった一つのその理由。電力会社の秘密主義もさることながら、調査検証を怠ってきた世界中の当事者のすべてが、気候変動を加速させる役割を今も尚果し続けているこの事実。壮大な共同幻想というものが、環境異変をのっぴきならないものにした。







最終更新日  2019/08/06 05:59:23 AM
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2019/07/28
カテゴリ:カテゴリ未分類

再生可能エネルギーを導入したその分だけ、大気中の温室効果ガスを減らす効果が得られる、と日本中がそう思い込んでいるのは誤ったままの勝手な思い込み。真っ赤なウソであるその事実を、国連の環境部会が自ら認めている。パリ協定はその対策の一助として、急遽策定されたものなのだ。節電努力を実施すれば火力発電所の負担が応分に減る、というのも同じ内容のウソである。世界中の知識人たちが誤ったままの思い込みを、未だに強く信じ込んでいるというのが現状なのだ。その熱意の程は狂信的なほど、堅く凝り固まっている。京都議定書を遵守していたその期間を通じて、温室効果ガスである二酸化炭素の大気中濃度は、340ppmから415ppmへと、却って大幅に増えてしまっていた事実が既にある。

 

 交流電流による長距離高圧送電を実施している以上、火力発電所は単独で操業を止めることが、まったくでてきなくなっているということなのである。交流電流は止まっていることが、そもそも一瞬たりとも不可能な電流であるからだ。周波数で成り立っている交流電流であるからこそ、直流電流のようにそこに留まっていることが、つまりできなくなっているということなのである。交流周波数とはSとNからなる異なった磁極が、それぞれ切り替わるその頻度のことを意味しており、電源の回転力が安定性を失って波形の位相が少しでも乱れると、たちまち周波数変動を生き起こしてしまうこととなる。異なった周波数が導体上に混在すると、電圧変動と周波数変動とを同時に引き起こす結果を生む。去年の九月に北海道電力の管内で発生した事実が示している如く、長期間に亘るブラックアウトへと発展してしまうからである。

 

 電力会社は交流電源の運転を、四六時中正確に保ちつづけていなければならない立場に置かれている。直流電源である再生可能エネルギーが増えたからといって、火力発電所が燃焼炉の火を落とせるようになる、という理屈はまったく成りたたない。既存の環境対策で所期の環境効果が得られた事実は、一例も確認されたものがない。電力会社が輸入している地下資源の推移をみれば、確認することは容易にできていた。だが、温暖化対策に関する検証確認作業を、すべての国家機関と環境保護団体は、三十年以上に亘ってナオザリにし続けている。検証作業を一律に怠っていたという過去の経過が、温暖化を止まらないものへと位置づけている。

 

国会議員には調査権が付与されているにも関わらず、どのような調査行動も起こしていなかった。それどころか立法機関として物理法則に反する、温暖化防止に関する法律を先走って制定してしまい、すべての国家機関と民間団体までもが、誤った法律に従って電力消費を減らせば、発電で生じたCO2がその分だけ減っている、とした誤った認識であると確認しないまま、効果のない無駄な節電努力を善と信じて、国民に強いてきたその独善的な経過のすべてが、気候変動を驚異的なまでに高めさせることとなり、京都議定書を遵守してきた無辜の民を今尚苦しめている。犯意の自覚が欠如しているのだから、反省する姿勢がみられないのは当然の帰結というものだ。

 

 交流電源は誘導法則に基づいた発電を実施しており、火力発電所で地下資源を燃やして蒸気を作り、それを加圧して高温の蒸気をタービンブレードに吹きつけ、タービン軸を高速で回転させる仕組みで発電を行っている。来年はファラデーが電磁誘導の法則を体系化してから、丁度二百周年目となる節目の年。気候変動が急速に悪化するのに、二百年という長い時間の経過が必要だった、ということになる訳だ。

 交流電流を成り立たせておくためには、毎分三千回転するタービン軸が必要なのだ。そうしなければ、50ヘルツの周波数を与えられないからである。交流起電力は磁束密度と磁場変化の交点で発生するため、負荷に応じた電流をそのとき回路内部へと誘導する仕組み。高圧送電は電圧の制御が可能であることから、電流値を最小化して電流損失を減らしながら、熱損を抑制して効率よく送電するための便利な仕組み。電力は電圧と電流の積(相関)で成り立っているものであることから、一方の増加は他方の低下となって顕れる。電圧を高めてやれば、電流値を引き下げることができるため、電流損失を減らして熱損を減らす効果が楽に得られる。この事情が交流の高圧長距離送電という方法を、世界中のインフラとなるよう短期間で普及させることに寄与した。

 

 交流送電を実施しているその限り、火力発電所の燃焼炉では、地下資源を絶えず燃やし続けていなければならない、ということなのである。だから温暖化は絶対に止まらない、という現実をどこかで受け容れなければならない筈だ。蒸気圧を常に一定の状態に保っているためには、絶えざる燃焼の継続という状態が必要なのである。どんなに再生可能エネルギーの導入量を増やしたところで、地下資源を燃やし続けている以上、CO2の排出量は増加することにしかなり得ない。それが、火力発電所の絶対条件となっているからである。電力消費を減らす節電行為に於いても、消費者が節電にどれほど熱心に取り組んだとしても、地下資源の燃焼を減らす効果はまったく得られない。これが京都議定書を、パリ協定へと変更せざるを得なかったその背後の事情。交流電流の意味を知らない世界中の知識人たちが、直流電流と混同してしまっていたために引き起こした、余りにも粗末で愚かな経過が、既に成立しているという事実がそこにある。

 

 大量の知識があってもその意味を理解していなければ、ものの役には立たない道理。その結果温室効果ガスの代表的存在であるCO2の大気中濃度は、一方的に高まり続けることとなり、異常気象を今年欧州各地で引き起こす事態へと発展させてしまっていた。直流と交流との違いを理解していなかった知識人たちが、こぞってこの異常事態を生み出すことに貢献した、ということができるだろう。思考力を欠いたままの知識は、教育投資の成果を環境破壊へと向かわせ、有害な結果を率先して引き寄せた。誤った認識は状況の劣化と悪化とを、ひたすらヤミクモに急がせる。交流と直流との違いを知らないまま、直流電源を増設すれば交流電源の負担が減る、と単純に決めつけている知識階級がもつ劣化したままの問題認識能力は、異常気象を止められずに却って多発させてしまうこととなり、社会資本と生命の多様性を同時に奪う淘汰圧となって作用しはじめた。教育の高度化が生んだ知の劣化というその状態が、温暖化を一層止まらないものにしたのであった。







最終更新日  2019/07/28 05:21:12 PM
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2019/07/21
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 基軸通貨とされているドルの発行権をもつアメリカは、欠くべからざるエネルギーとなった地下資源の決済権を賦与されて、石油の需要が高まれば高まるほど、ドルを供給しなければならない圧力を、世界中から強く受けなければならない立場となった。ドルの供給を米政府が怠ればドルの通貨価値は上昇し、為替相場の影響をモロに蒙る身分となる。エネルギー資源の需要増加はドル高要因となり,ドルの供給を拒めば国際経済は成立しなくなる。このため基軸通貨としてのドルの発行権を、アメリカは常に最大化しておく必要性に迫られている。

このためアメリカはドルの需要がある限り、その供給を拒むことができない。多少の制御は可能となっていて、それがドルに強いドルと弱いドルの二面性を与えている。さして魅力のないローカル通貨に対しては、ドルの流通インターフェースの役割を果たしている現在の国際金融資本が、ドルの流通量を間接的に減らす行為を許している。70年代に浮上した南北問題(貧富の差のアフリカ大陸に於ける地域間格差の拡大)の発端は、ここにある。

 

 ドルの属性となった過剰流動性は、地下資源の決済を円滑に行う目的で、産油国と石油消費国との取引に於いて、ドルを介在させることによって滞りなく進めることができるようになったのであり、その副産物として国際経済の反応場に、ドル余り現象と呼ばれる強い影響力を与えることとなった。2008年の金融危機は、その過剰流動性が原因となった負の事例。アメリカはローカル通貨としてのドルと、基軸通貨としてのドルという二重性を常にもつ、ドルの発行権を支配することで、富の集積地としての恩恵を、何の疑いも持たせないばかりか、少しの犠牲も払わずに得ることがうまくできている。アメリカが国際経済の枢軸的存在となれたのは、連合国によって創設されたブレトンウッズ体制の賜物だったのである。

 

 中国が農業国の立場から身を起こして、世界第二位の経済大国に僅か三年で上り詰めたというのも、人民元の追加発行を重ねてきたその結果として得た身分。親中国的な立場にあった民主党政権時代に、中国を世界の生産基地にするとアメリカが宣言し、世界中にドル余り現象を引き起こしていた過剰流動性を、中国大陸へ向かうよう方向づけた。世界中からドルによる資本の移動が発生し、そのすべてが中国を目指して押し寄せたことから、人民元の通貨価値を執拗に高める動因となっていた。共産党政府は対抗策として人民元の供給量を増やし、獲得したドルを担保とする人民元の追加発行を重ねてきた。ドルの中國への流入量が増えれば増えるほど、人民元の通貨発行量は連動して必要以上に高まった。

 

為替市場に於ける人民元の通貨価値とドルのそれとは相拮抗する状態となっていき、ドル安にして相対化することで、人民元の交換レートを日本が円高となって苦しんだ事例を参考に、予てから引き上げておきたい意向のアメリカは、その結果人民元の過剰発行を容認せざるを得なくなり、結果として中国にドル建ての資産を大量に与える、という意図しない経過と結果を図らずも引き寄せた。中国がたったの三年で突出した成金国家になれたのは、ドルの過剰流動性のお蔭だったということなのである。だがそれは中国共産党政府に軍事的優越性をも与えることとなり、農業国であったが故に放置されていた海軍力を、増強する機会を提供することともなったのである。米中間の貿易戦争の背後には、この時生じたミリタリーバランスの調整圧力が働いていた。

 

アメリカと中国とが経済大国となったその背景には、MMTが指摘する通貨発行権の行使、が与って力となった経緯があった。MMTは通貨発行権(シニョレッジ)をもつ国家は、制限なく当該ローカル通貨を発行することができるとした。通貨価値は国内市場に於いて、恒常的に安定したレベルを保つからである。通貨発行権は印刷コストを負担するだけのことで、券面記載の通貨価値を国家が享受することを可能にするだけでなく、通貨価値を補償して常に価値の同一性を保たせる。

 

通貨発行権を政府が活用すれば、利息を前提とする国債の発行に頼る必要はたちまち消え、印刷コストと実態コストとの差額を、国家収入として享受することが可能となる。シニョレッジが国家に与えられている以上、支払利息を負担する前提の国債の発行に頼らずとも、経済効果の拡大を推し進めることは容易にできる。財政赤字の累増という日本の財政赤字の山は、この正反対のプロセスを辿ったが故に生み出されたその結果。アベノミクスの失敗がMMTの正当性を、雄弁に物語っていることは自明の事実。


あたらしいプラットフォームであるMMTを、デフレ経済を俎上に乗せている陳腐化した行為の意味に気付かずにいる、蒼古たる教科書的な経済学を真に受けてきた、知識だけは豊富だが思考力の裏付けのない、劣った認識に基づいた旧弊なエコノミストたちが、訳も分からずに徒にただ騒いでいるようにしか見えない。問題認識能力に課題を残したままの知識階級が、アベノミクスに根拠なく賛同して経済を低迷させ、消費増税を善と信じて日本経済に止めを刺そうと、今まさに身構えている最中に驚天動地の理論が紹介された。このMMTという新しいプラットフォームを陳腐化した古いプラットフォーム上で、訳も分からずに混乱した頭で、無理やり解釈しようと努めているエコノミストの何と多いことか。アメリカのドルと中国の人民元とは、通貨発行権を活用したことで経済大国となったその事実に、彼らは謙虚になって学ぶ必要があるようだ。








最終更新日  2019/07/21 06:40:13 PM
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2019/07/14
カテゴリ:カテゴリ未分類

 この先温暖化が更に進むようになると、地下資源を燃やす行為が環境破壊活動ということになり、社会資産の暴力的な破壊という評価が定まる。テロ行為を抑止するための破防法が適用される、過去に類例のない時代がやってくる。破防法はテロ行為に対する予防的な性質をもっていたが、環境破壊防止法(拡大破防法)は過去の事実に対して適用されるものとなる。物理的破壊活動のみならず、環境破壊活動全般に拡大して適用されるであろう。温室効果ガスを発生させる行為の総てが犯罪となり、すべての火力発電所が違法な存在となる。自動車メーカーや石油会社も過去の責任を問われ、ボイラー設備や焼却炉の保有も同様の扱いとなる。製鉄所や窯業は犯罪企業という位置づけとなり、ガス会社と雖も存在を否定される身分となる。

 

 パリ協定が完全実施に移される時代がくると、世界中がこのように大きく変わらざるを得なくなる。移動体の総ては電気で動くものと成り、そのための電源は地下資源を燃やさない方式で統一される。それを可能にするための電源開発に成功した組織が、国際社会を指導する強大な権限をもつだろう。石油の利権を掌中のものにしたそのアメリカが、現在の社会体制の中心的存在となっているように。ドルは基軸通貨の座から放逐され、平和本位制という新たな枠組みで、国際経済全体を統御するシステムで統一される。平和に勝る価値の基準など本来存在しておらず、富の奪い合いが環境の劣化を推し進めて、99%を犠牲とすることによって、たった1%に過ぎない富豪を支える異常な構造を、一刀両断にしてしまう時代がその後訪れる。

 

 CO2を発生させない方法だけが、ビジネスとして認められ、そうではないものの総ては犯罪として括られる。炭化水素系地下資源であるメタンを燃やせば、温室効果ガスであるCO2が一つできると同時に、二倍の水蒸気H2Oが大気中へと放出される。90年代を迎えてから始まった、異常な降水量の急激な増加という環境異変のありようは、メタンCH4を大量に燃やしたからこそ生じたもの。温暖化の結果である平均気温が高くなった、という変化が定着して生み出されたものではないのだ。異常なほどの降雨量となった変化を語るには、温暖化の結果で説明することはできず、温暖化の原因を調査してはじめてその原因がみえてくる。平均気温の上昇を以て水蒸気が増えた理由とするのは、不合理。

 

火力発電所で燃やしている炭化水素(メタン)が、大気中の酸素と反応したことで、二酸化炭素を一つ合成する過程で、気体の水つまり水蒸気を二倍生み出しているということが、京都議定書を遵守していた時代に、減らしたはずの二酸化炭素を、却って増産させてしまっていたのだった。交流電流は周波数で成り立っているものであることから、止まっていることがまったくできない。毎分三千回転する発電装置だけが、50ヘルツの交流電流を安定的に生み出せる。節電したからといって発電機が止まっていると思い込むのは、交流と直流を弁別する能力のない似非知識人。火力発電所は交流電源であることから、周波数を維持しておくことが義務付けられており、そのために耐えず毎分三千回転しているタービン軸が、絶対的に必要なのだ。この事情が、温暖化を止められないよう仕向けていた。

 

50ヘルツの周波数は磁極の数が二つなら、毎秒50回切り替わる磁場変化を、四六時中保っていなければならない。交流電流が止まっていることができなくなってしまったのは、周波数をいかなる時でも、常時維持していなければならなかったからである。これこそが温暖化が全く止まらずにいる事実の、最大の理由だったのである。交流と直流とを未だに取り違えていることに気付かない似非知識人たちが、環境投資の一切を無駄にして、温室効果ガスの濃度上昇を一方的に高めさせている。無知ほど恐ろしいものはない。環境破壊防止法の適用が、有害な個人の活動にまで及ぶ場合はあってよい。

 思考力の劣化または欠如という状態は、それほどまでに気候変動の加速要因となっている。教育の高度化を目指して画一化を急いだことが、有効解を特定する機会を遠ざけて、環境投資を失敗に終わらせただけでなく、経済成長の足を国民のすべてが強く引っ張る、という実に愚かな展開を定着させた。石油の利権を握り締めている快楽に、アメリカ浸りきっている以上、破防法の適用拡大と即日実施は、紛れもなく世界の急務なのである。そのために代替電源の開発に、世界は資本を集中的に投下する義務をもつ。だが、実効がない対策では効果はない。コストアップしてしまったのでは、何の成果も得られない。認識能力のレベルが試される切実な時代は、未だかつてないほどの喫緊の課題となった。環境投資に失敗すれば、生命の多様性は短期間で失われる。その時人口調節機能が働いた、という評価を静謐が下すだろう。







最終更新日  2019/07/14 05:16:48 PM
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2019/07/07
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 商業ベースに乗せるだけがビジネスという訳ではない、ということを日本政府のこの度の毅然たる態度が示すこととなり、結果として生じた従来の姿勢の変更が、世界にそれぞれの立場の違いを示すよい機会となるだろう。周到に準備を進めてきた抑制された抗議の仕方は、対象となったその国に致命的な打撃となり得る。需要があるからといって無批判に、供給に応じてきたというその商業的な姿勢こそが、対象を一方的に増長させてしまい、譲歩することをつづけてきたその対応ぶりが、半島国家に執拗なほど居丈高な態度をとらせる原因となっていた。

 

その事実に国民が正しく学んでいたのなら、今後の展開を有利に運ぶことは十分可能。キーテクノロジーやキーデバイスなどの最重要項目を、ビジネスだからといって疑うことなく安易に提供し、国内産業を空洞化させてきたそのツケを、この国の産業界は長期間放置してきた。一次産業以外にさしたる州的源はなく、工業化に後れをとっていた韓国が、戦後経済的に急成長することができたのは、信託統治時代からの遺産が奏功した結果に過ぎない。

日本の統治時代が敗戦で終わり、工業国となろうとした韓国に、製鉄技術を移植して繁栄の足掛かりとしてきたその企業が、一転して賠償責任を負わせられる立場となった。その悪しき慣例を明示する必要に政府が迫られた、ということがその後の対応方法を吟味して、機会の到来を窺っていたところで、その効力を遺憾なく発揮させる最初の一歩を踏み出す機会が訪れた。

 

 民間企業ではできなかったこの抗議行動こそ、これからの日本が世界に対してとるべき、唯一の道ととして統一されることだろう。僅かな収益の確保に腐心しつづけていた企業が、この国の安全保障を台無しにしていた、という事実を立証する最初の機会がほどなくして立証される。尖端技術のガラパゴス化という体制への変更こそが、国家の安全保障を万全なものにするための、重要なツールの一つとなって機能する。対策を履行するその方法の選択如何によっては、領土領海問題を解決するためのヨスガ(便宜)ともなる筈だ。温暖化を止める環境電源の完成を急げば、核廃絶を実現するための最後の砦として、有効に機能する体制を成立させることが可能となる。何故なら世界中が追い求めている環境電源は、まだどの国も開発に成功していないからである。

 

地下資源を用いない起電システムの開発は、日本に最高度の安全を保障するものとなり、核の廃絶を強力に推し進めるための、極めて重要な因子としても機能する。垂涎の的となっている環境電源の供給権をもつ国は、どこからも攻撃されることがない。生殺与奪の強力な権利を、地球から与えられているからである。

 

 温暖化を実効的に止めるためには、火力発電所を真っ先に廃止しなければならない。火力発電方式の電源が日本に健在である限り、温室効果ガスの排出量は増え続け、減るという望ましい変化が起きることなど絶対に起きない。周波数で成り立っている交流電流には、周波数という成分がどうしても欠かせないものであるからだ。50ヘルツの周波数を常に保っているためには、発電機の回転数を毎分正確に三千回転させておく、という状態に保つ必要があるのだ。この周波数が交流電流に備わっているからこそ、磁場変化が維持されているのであり、それが起電力を効率よく高めさせてもいる理由となった。

 

起電力は磁束密度と磁場変化の割合で、一義的に決まってしまうものであるために、世界中で交流電流による長距離高圧送電の、現状維持に努めていなければならなくなった。それが温暖化を止められないように抑えつけている、という事実に世界中の知識人が未だに気付かずにいる。交流と直流の違いについて、一定の理解力を失っているからである。

日本が世に先駆けて環境電源の開発の尖端領域に到達してしまえば、すべての国家が否応なしに日本の後ろをついてくる。環境電源の供給権を維持するということが、日本の安全保障をなによりも万全なものにするための基礎。この環境電源を使うことができない国は、世界市場からオミットされてしまうのだ。つまりグローバル経済から、はじき出されることになるという訳だ。この事情を正しく知るということが、日本の安全保障政策の実施にとって、不可欠でかつ最も重要な措置となる。日本が環境電源の供給に応じない限り、あらゆる国家は存続することが難しくなる。その最初の先行事例となる予定の国が、他ならぬ韓国となるようだ。この方針は、既に確定していることである。後戻りすることは最早不可能。自分で蒔いた種は、自分で刈るというのが本来のあるべき姿。社会性に価値を措こうとしない国家は、その姿勢をとり続けてきたが故に、手痛いシッペイ返しに見舞われる。これはやむを得ないことなのだ。

 

 パリ協定を批准したすべての国家は、未だ知られていない環境電源の確保を、最終的に世界中から迫られる。この段階で核保有国に対する電源供給のプライオリティを引き下げ、環境電源の供給先リストの末尾に記すこととなる。温暖化を推進することしかできない国の経済と、温暖化を止めて核の廃絶を可能にした国の経済とが、同一の繁栄を閲するということは不公平。そこに生じた経済格差こそ、地上から核を消し去るための残された唯一の道。この最後のチャンスを失えば、世界は臆病者が恐れ戦く現状のまま、魑魅魍魎が跋扈する暗黒へと舞い戻らざるを得ない。気候変動を人質として利用する、この方法の存在に気がつけば、世界中の資本を集約する中心的存在という、重要な役割がこの国にやってくる。熱エネルギーの相を経ないエネルギー創出法の開発を、急がなければならない理由はここにある。

 

核のすべてが廃棄され敵対する勢力も不在となっている条件下で、軍事予算を膨張させる理由はまったくない。恒久平和の実現がこのとき初めて可能となる、その条件が漸く整うチャンスが目前まできている。問題の本質を見失ったままで過ごしていると、有効解とは一体何か、という疑問にすら気づけなくなってしまうだろう。問題認識能力の欠如ということが、環境投資のすべてを無駄にして、温室効果ガスの濃度を高め、パリ協定を誕生させた経緯に潜むその意味を、文明は謙虚な姿勢で振り返る機会を漸く得る。ガラパゴス電源のもつ存在価値と、潜在化していたその意味とを、世界がその時同時に知るだろう。温暖化は核廃絶を実現するためのツールでもあれば、平和を実現するための誘導灯でもあったのだ、というそのことを。







最終更新日  2019/07/07 05:43:20 PM
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2019/06/30
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 現状で判断する限り中国共産党政府には、自らがトラムプ政権の制御下に置かれている、という自覚が欠けているように思われる。状況分析の結果に瑕疵がある、ということをこれまでの対応姿勢から推察できる。責める立場となったアメリカ側から、想定外の要求を突きつけられて、事態が変容してしまった結果の意味を、あたかも計りかねているかのようにさえ見えるのだ。アメリカによって仕掛けられた勝敗の行方について、攻勢が始まった時から既に決定づけられていたにも関わらず、駆け引きのやりとりや落としどころの設定などは、アメリカの目論見通りの展開となっている。経過の事実に鑑みると、何も学習していないと言わざるを得ないほど、それは余りにも拙劣なプロセスをなぞっている。いかにも強気で威圧的なその高飛車な姿勢こそ、自らの命脈を断つことになり兼ねない、という危惧を観察者に抱かせた。

 

力と力の戦いというものは、経験値の多少が決定因子となって作用する。自由主義経済を先導してきたアメリカと、遅れてきた農業国に過ぎなかった中国のもつ、当該分野に於ける問題認識能力の差が、現状の逼塞した窮屈さを共産党政府に与えている。中国が短期間で日本を抜き去って、アメリカに次ぐ世界第二の経済大国となったのは、大挙して海外市場から一斉に流入してきた、基軸通貨としてのドルがもつ過剰流動性の結果に過ぎない。国家の政策判断が奏功したとする事実など、存在したことすらない筈だ。中国の現在の突出した繁栄は、アメリカのドルが支えている。その構造のあり方が、中国経済の成長余地の天井となって機能している、という現状が既に成り立っている。

 

中国政府がAIIBを設立して、IMF体制に比肩する制度を敷くことができたとしても、その行為は井の中の蛙の如きものであるに過ぎない。人民元を基軸通貨とする新しい消費市場を、ドルがその役割を果たしているのと同程度の仕組み、を新たに生みだすことができない限り、世界の経済大国となった共産党政権は、アメリカの後塵を拝する立場に置かれ続け、その運命的な桎梏から逃れられなくなるサダメ。そこで一体一路という名称をもつ、二つのシルクロード計画を実現することで、世界市場の覇者として君臨する、という野望を婉曲に披歴する経過を肯ってきた。

 

 市場統合で成功した実績をもつASEANに学べば、海のシルクロードと陸のシルクロードとによる、広大な規模の流通経路と大規模な消費市場とが、人民元を主軸とする通貨政策を中心に据えることで、単一市場の土台の上に、共産主義体制の世界展開を、自由主義経済の手法の下で、晴れて実行することが抵抗なくできるようになる。そういうロマンチックな想いの中心的存在となったのが、中華思想というものであったのだが、その実施主体が共産主義体制に代わっていた、という所に大きな違いを形成していて、余計な軋轢を生じさせている、ということについては思いが至っていないようである。独善的な判断が往々にして陥る普遍的な陥穽に、ものの見事に嵌りこんでいる、という現実には相変わらず気付かない。

 

 人民元というローカル通貨そのものが、ドルの通貨価値に支えられているものである以上、中華思想の世界展開は願望のままでありつづける。かつて日本が中華思想を信奉している中国大陸を、敢えて支邦と呼んだ事実があるように、行為の質が新たな反目を生むその動力源となったのでは、切歯扼腕するその度合いは一層募る。品位なき独善的な高揚は、要するに逆効果。共産党政府は中国が何故短期間で経済大国になれたのか、ということについてその理由を一切説明していない。そこに共通する理解力のレベルは、世界中のすべての国家が問題認識能力を失っている、という事実ともののみごとに符合している。経済認識能力と政治判断能力とを、独善的な姿勢が劣化させている、というその事実を世界規模で指し示すための、明確かつ有益な資料となっている。

 

 中華思想の世界展開を目論んで、基軸通貨となっているドルの後を襲って、人民元の通貨発行権を高度化しつつ、広大な消費市場を中国大陸を中心に据えて、世界展開しようとする一帯一路政策を実現するには、第五世代の通信革命が絶態的な要件となる。アメリカがこれを黙過することができないのは、まさしく理の当然というものだ。中国経済の弱体化を図るには、人民元の発行権を担保している、ドル資産の厚みを削ることこそが、その最も有効な対策となる。

 

 中国政府がドル資産の売却を急げば、人民元の発行権を担保している資産価値を直接失う。外貨準備を減らしてしまえば、世界規模の経済展開など到底不可能。信用力を失った経済は成長力も失い、衰退の一途を辿る。外貨準備を増やすためには、人民元を売ってドルを買うことが必要不可欠。世界の製造業が中国大陸からでていけば、人民元の売り圧力は高まる一方となり、ドルの通貨価値は上昇して為替差損を拡大させる。雪隠詰めともみえるこの苦境から、中国政府は今後どのようにして、脱出を図ろうとするのだろうか。







最終更新日  2019/06/30 03:46:43 PM
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2019/06/23
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 基軸通貨となったドルの通貨発行権をアメリカが未だに握っている、ということがドルの発行益そのものだけでなく、交換して得た外貨が生み出した価値を富へと換えながら、更に為替市場を通じた通貨価値の移転の度に、為替差益(または差損)なども同時発生させる機能を、アメリカが終始一貫して成り立たせてきた。ドルを供給する任務は、アメリカと国際金融資本とに莫大な収益を齎し、機会ある毎に利益を富へと換えさせて、再投資へと向かう資本の流れを扶育してきた。ドルの度重なる移動で発生した各種の恩恵が、北米大陸に富を一方的に積み上げる土台となっている。

 

 MMTに共鳴する当事者たちは、そこに踏みこむことを当初から何故か避けている。基軸通貨としてのドルの特別な属性を見過ごし、有害な過剰流動性となって国際市場に滞留し、ドル余り現象を起源とした、世界規模の金融危機を発生させた事案を、未だにまったく考慮していない。MMTはローカル通貨の発行権の機能について、一定の水準にある有益な知見を与えたのだが、グローバル通貨となって権能するドルの属性については、言及もしていなければ問題点を指摘したこともない。

 

要素抽出が不完全であるのなら、要因分析を誤って成果を挙げるどころか、判断そのものを迷わせて、不首尾に終わらせる原因となり兼ねない。問題の所在を特定してからでなければ、解の正当性を担保する能力は定まらない。為替市場でドルが果たしている固有の機能について、点検してそれが生むダイナミズムを、予め確認しておくということが重要な手順となろう。経済というものは(経済学ではない)、知られざる見えない力学的要素で充たされている。これが指導体制の判断能力を毀損する大きな要因となり、リアルタイムで世界に対して同時多発的に作用する、経済の不確定因子となって圧(の)し掛かる。

 

 通貨間の価値の移動で生じる調整機能を果たしている、為替市場に於けるドルの隠然たる関与を、MMTはこれまでのところ、完璧に無視し続けている。ローカル通貨の発行権は価値の移転を伴わないため、その供給量には制限を設ける理由がそもそもない。単独通貨としての固有の価値が、ローカル市場ではまったく変化しないからである。MMTが論理的に有効である場合とは、通貨交換の反応場である為替市場の関与がない、独立した状態で成り立っている、アメリカ以外の国の市場に限られる。通貨価値の移動で生じる為替差益(差損)の影響を受けないためには、基軸通貨であると同時にローカル通貨でもある、というドルに固有の二面性を排し、すべての国の通貨を公平な条件で、統一的に決済するための計画づくりが必要となる。例えばビットコインのような人工の第三通貨、を経由するシステムを取り入れる、ということなどが現段階で考えられる。

 

 ドルにだけアドバンテージを与えている現在の通貨交換方式は、公平でもなければ平等でもない。そこに生じている落差こそ、偏頗な経済構造を容認して、貧富の差を生み出したそもそもの決定的な要因であった。いまではたった1%に過ぎない富裕階級を、99%の無産階級が支えている、という構造が普遍化してしまい、それが移民と戦争難民に対する攻撃性を高めさせ、イギリスをEUから離脱させようとする勢力や、極右政党を躍進させる動力源となっている。統合体となったEUを空中分解させる可能性を、一連の変化が高めているかのように思われる。

 

北米大陸にだけ富が偏在する仕組みを作ったのは、基軸通貨としてのドルがもつ公平ならざる偏った傾斜と、可処分所得を増税で圧縮され続けてきた、かつて消費行動の主体的存在となっていた、八割方を占めていた中産階級が、有効需要の創出に失敗し付けている大きな政府に、デフレという経済環境を強いられた企業から、可処分所得を減らされつづけて一斉に下層化してしまった、という負の経過に対する抗議行動となって、感情の高まりを顕在化させたものとみられる。権威主義的で教条主義的な姿勢の経済学者たちが、判断を誤っていながらその事実に一向に気付かない、という余りにも不毛なこの現実こそが、MMTに取り立てて脚光を浴びせているようである。







最終更新日  2019/06/23 04:47:40 PM
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2019/06/16
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 これから再発見されることになると思われる、ベーシックインカムと現代貨幣理論とを組み合わせる、という未体験の新経済政策が、未来社会のありようを大きく変えることになるだろう。ベーシックインカム(BI)とModern Manetary Theory(MMT)との融合は、経済学だったものをただの経済へと単純化し、これまで解釈を通じて組み立ててきた、概念的でいかにも古臭い過去の学問体系を、よりスマートなものに仕上げるための出発点となる。

 勝手な判断で誤った解釈を施し、それが真実であるかのように数式を用いて、理論構築して作られたのが経済学。だからこそ経済学者は常に誤る、と機会あるごとに揶揄されてきた。蒼古たるものと化した経済理論を奉り、判断を誤っても反省することなくひたすら正当化して憚らない。その典型的な事例が、アベノミクスというものなのだ。国民から資産を奪っていながら、その失敗の責任をどこまでも避けている。中産階級だった中核的階層を落伍させ、無産階級の厚みを増やした事実を、国会の成員すべてが訳も分からずに、善と信じて宗教的に奉っている。

 

解釈が間違っていたからこそ消費増税が不可欠だ、と根拠を確認しないまま権威主義的に断定したのが、知識階級を自認して恥じない、この国のエコノミストが共通にもつその知性。劣化という名の方向付けを国民すべてに強要し、負のスパイラルの生成に加担したという事実に、相変わらず誰ひとりとして気付ない。そのままノー天気に過ごしている。国が劣化してしまった真の理由が、ここにある。バブル経済が潰れていたのも知らぬまま、総括する機会を先送りしつづけて現在に至っている。要するに彼らの経済認識能力はゼロなのだ。右顧左眄して本質を語ろうとしないことが、共通の特徴だとして敢えてここに指摘しておきたい。

 

 実施されるかどうか現段階では不明なのだが、BI導入に当たって悪用を未然に防ぐ必要がある。個人を特定するための措置として、指紋認証や虹彩認証そして声帯認証などの技術導入を急ぐ必要がでてくる。更にキャッシュレス決済、を前提としたシミュレーション期間も必要となる筈だ。本人であることを確認してからでなければ、BIによるあらゆる消費行動が、成り立たないようにしておくという事前の工夫が、未来社会に於ける経済パラダイムシフトを成立させるカギとなる。

経済学の定義によるとインフレは、貨幣価値の下落のことであるとされている。それは供給の過不足が引き起こしたもの、という理解が未だに成り立っていないということ。紙幣を大量に印刷して国民に給付したところで、実害は発生しない。信用経済が成り立っている環境下で、信用不安が募っても売り上げが多少減るだけのこと。ドルの過剰流動性を国際金融資本に回収させながら、ドル紙幣の新規供給を事業として、アメリカが行っている既成の事実が成り立っている。ドルに備わる基軸通貨としての機能は、通貨の需要増大に対する供給努力を、政府が怠ってはならないというその点にある。制御できずに増長する一方となった状態のドル高は、アメリカの輸出を圧縮して国際収支を悪化させる。同時に財政収支も悪化させるため、双子の赤字を政府が必然的に抱え込む。この経過は、基軸通貨となったドルの宿命なのである。
 

MMTの有効性は、日本で既に実証されている。債務規模が異常に増えても、何の弊害も長期間に亘って起きていない。通貨発行権を活用すると裕福になる、という事実をアメリカのドルと人民元との大量供給が夙に立証してもいる。紙幣の印刷とその拡大再生産がインフレを惹起した、という事実はどこにも存在したことがない。ドルの発行益を謳歌しているアメリカが、世界最大の経済大国となったのには理由があるのだ。過剰流動性を身に着けたドルが、集中的に流れ込んだ中国では、今や世界第二位の経済大国へと上り詰め、しかも大量のドル資産保有国となった事実は覆らない。通貨発行権(シニョレッジ)を最大限に活用すると、このような変化で国を潤すことができるようになる。

 

プラザ合意後にドル安政策が即日実施に移され、ドルを売って円を買う潮流が急遽発生し、日本市場へと流れ込んだ大量のドルが、不動産市場を主戦場とするバブル経済で、日本市場は一頃大いに潤ったものだった。大蔵省(当時)は異常な規模に達した円ドル相場を、理由のない円高といい募り、僅かな為替介入と多くの口先介入を実施しただけだった。この時円の通貨発行権を行使してドルを買い支えていたのであれば、日本は中国を凌駕するドル資産保有国になっていた。

 

問題認識能力のない経済官僚と素養に欠ける選良のすべてが、このチャンスを棒に振ってしまったのである。アメリカに為替操作国の烙印を押されることを、彼等が極度に恐れていたからである。円の発行権を有する日銀が紙幣の印刷に励むと、ドルを大量に買い取ることができるのみならず、円売り行動を意図的に派生させることによって、株式相場に影響を与えることも可能になっていた。現在の株式市場の不自然な推移には、その反復行動を示すための痕跡が残されている。

これからも旧弊な教科書的な経済理論を、熱心に信奉したままでいたいと思うなら、財務省が目論む消費税率の恣意的な改訂は避け難い。その行為は国家と国民とに、決定的なダメージを与えることとなる。経済認識能力の落差はこれほどまでに大きくなっていて、それ故に極めて有毒な結果を国民に押し付けるものとなる。







最終更新日  2019/06/16 08:17:45 PM
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