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いい星つくろう

2019/05/19
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  交流成分の一つである周波数の意味を確認せずに、メガソーラーやウィンドファームに対する普及活動を促進すれば、大気中の二酸化炭素が自動的に減る、と世界中が未だにそう思い込んでいる。交流電流に周波数を与えているのは、交流電源がもつ回転数に他ならず、永久磁石の置き方をそうなるように条件づけ、交流電流に進行する電圧の波と後退する電圧の波とを、交互に与えることが円滑にできている。交流の正弦波はもうひとつの電流、を意味するAC(Alternative Current)という記号が与えている。上向きの山が進行波である場合、下向きの谷は後退波として示される。

磁束の向きが相互に切り替わるその頻度が、毎分三千回転となっているとき、そこに50ヘルツの周波数をもつ交流電流が発生する。60ヘルツの交流電流を生み出すためには、毎分三千六百回転するタービン軸が必要となる。この回転力を与えているのが、火力と原子力の場合高温の蒸気なのである。原理は蒸気機関車のそれとまったく同じ。蒸気機関車の動輪を動かす力と、タービン翼を回す力との違いであるに過ぎない。双方ともに重要なのは、蒸気圧を高めることで円形の運動能力を高めている、というその事実。蒸気圧が恒常性を失えば交流電源の回転力は低下し、それに伴って周波数は安定性を失ってしまう。電力品位を保っておくためには、蒸気圧を一定の水準に保っておくための努力が、四六時中欠かせなくなっているということなのだ。節電で電力需要を減らしても、周波数を維持するためには、地下資源の持続的燃焼が必要かつ不可欠となっている。これが環境投資から有効性を奪っている、たった一つのその理由。


 火力発電所では蒸気圧を一定の状態に維持しておくために、絶えざる燃焼を義務付けられている。回転数の変化はとりもなおさず、周波数の乱れとなって、電流の品位を著しく貶める。互いに逆行している交流電流の二つの波が、位相を乱して相互に接触してしまったら、発火事故を引き起こすことになる。乱れた周波数は電圧の制御を困難にするのみならず、広域停電を発生させる動因ともなるのだ。昨年九月の北海道地震が発生した直後、複数の電流を再統合しようとして、サーキットブレーカを起動させて電流を遮断した事例が残された。このとき長時間の停電が北海道全域で起き、冷凍食品などの損失を同時多発させてしまった。同じ周波数でも位相が異なれば、単一の電流と呼ぶことは最早できない。

  この事情が火力発電所の燃焼炉で、四六時中化石燃料を燃やし続けさせているその理由。再生可能エネルギーの大量導入や、省エネ節電にどれほど励んでみたところで、火力発電所では電源の回転数を減らすことがまったくできない。出力制御を強行すれば、周波数変動の発生が不可避的に起き、火災や停電の原因になってしまうからである。その結果京都議定書が定める節電の励行や、再生可能エネルギーへのシフトを精力的に行っていながら、大気中の二酸化炭素濃度は減るどころか、却って大幅に増えてしまっていた、という現実と図らずもついに遭遇してしまったのである。パリ協定は、この成果なき結末が生み出したものなのだ。交流電流の性質をすべての地球人が、共にまったく理解していなかった、ということが環境投資の悉くを、壮大な損失の発生源へと位置づけていた。

温暖化対策から実効が完全に消え失せてしまっていた、というのは知識階級の怠慢がその原因となって引き起こしたことなのだ。こうして無駄な時間を長期間挿入してしまっていた、ということが後に気候変動をのっぴきならないものにすることとなる。交流と直流の違いを弁別して扱った形跡は、どこにも見られない。その違いの意味が分かっていたのであれば、既存の温暖化防止対策が無効である、ということくらい一瞬で理解することは楽にできていた。


 止まらない温暖化とは要するに、教育の高度化に伴って起きた、思考力の劣化という変化がその起源。知識の大量投与は咀嚼するための時間を奪い、学力の消化不良という経過を呼び寄せた。文明は交流電流の成り立ちについて、調査したこともなければ、周波数の意味について確かめたこともない。その結果実効のない温暖化対策を独善的に推し進め、貴重な資本を無駄な環境投資で失っていることにさえ気づけずにいる。それどころか問題の解決を先伸ばしにしてしまい、気候変動を加速する結果を自らの手で連れてきた。問題の本質はこれら一連の負の経過を、誰一人自覚していないというその事実にある。教育の失敗という以外に、当てはまるべき適切な表現が見当たらない。


 問題の所在を見失っている以上、有効解を特定するには時期尚早。気候変動が最悪の状態を迎える前に、自己認識能力を高めることができていなければ、文明の自然淘汰は避け難いものとなるのは必定。自業自得の見本のような展開が、これまでもそしてこれからも、延々として続いてゆきそうな塩梅だ。交流と直流の違いを弁別する能力が身に着くまでは、無駄な環境投資で富を失い続ける経過を辿るのが、現代文明に課された義務的な課題。ここに至らしめた生産性の低さこそ、文明の将来を占う最善の指標。どんなに優れた頭脳を誇っているにせよ、その使い方に問題を残しているのであれば、ものの役に立つことは永久にない。重要なのは知識水準の高さではなく、思考力に備わる問題認識能力の有無と、それに基づく批判精神のありようなのだ。批判精神を失って既に久しい知識階級は、止まらない温暖化の前に打つ手なく只佇んでいる。温暖化一つさえ止めることが長期間できないでいるこの文明に、一体どのような価値があるというのだろうか。











最終更新日  2019/06/24 07:33:48 AM
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