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いいこと探検家の人生冒険ポジティブ日記

2005.03.16
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◎環境イベントのお知らせ



3月20日(日)に、「あまがさき市民環境会議」と「尼崎市」の主催で、

環境イベントあまがさき市民 環境フォーラム」

を行うことになりました。


私は、「あまがさき市民環境会議」の座長をしておりますので、15分
程度の発表をする予定になっています。


そしてメインイベントは、

映画「デイ・アフター・トゥモロー」の上映会

があります。


参加費は「無料」となっています。


また、尼崎市民以外の参加もOKです。


詳しくは、↓をクリックしてください。

あまがさき市民 環境フォーラム」


もしよかったら、どうぞ。。。。


-----------------------------


◎環境に関する疑問に応えます・その28




■「環境に配慮すると経済発展が妨げられる」と聞いたのですが、
   本当ですか?



最近、このような意見が非常に増えています。


確かに、もっともらしい意見ですね。


本当はどうなのでしょうか?



今日は、このテーマに沿って考えてみましょう。




◆エコ・リュックサックを考慮する



大部分の人は、

「商品は多く買うほど単価が安くなるべきだ」

と信じています。

しかしこれは。自然の法則とは真っ向から対立する信念(思い込み)
なのです。


たとえば、熱帯林の木を1本伐って椅子を1脚作り、1万円で販売
するとしましょう。

このとき1本の木の「再生コスト」は1本の苗木代で済みます。

この場合、「再生責任」も1本の苗木相当分になるでしょう。

しかし、同じ熱帯林の木を1千本伐って1千脚の椅子を作るとすると、
「1脚当たりの製造コスト」は低下しますが、「再生責任」は1千本の
苗木分だけですまないのです。


熱帯林では、1千本の同種の木を伐採するのに300~500ヘクタール
も探し回らなければなりません。

さらに1本の木を伐採するために、運搬道の造成などで多くの木が
道連れになります。

このような目に見えないところで発生している環境負荷を

「隠れたフロー」

とか

「エコ・リュックサック(エコロジカル・リュックサック)」

と呼んでいます。


椅子の背もたれに環境負荷という「目に見えない巨大なリュックサック」
が掛かっているというイメージです。


こうして森林地帯の生態系、保水能力、土壌、光合成の能力などが
失われているのです。


これらを再生しようとするならば、当然のことながら「再生責任に
関わる費用」は巨大なものとなります。



このように自然界は、たくさん伐れば伐るほど、つまりたくさん買えば
買うほど商品を高くしないと成り立ちません。


今まで成り立っていたように見えたのは、「再生責任」を考慮すること
なしに価格が設定されていたからなのです。

これを外部不経済といったりしていますが、「レスポンシビリティ」
つまり「責任」や「義務」という観点に立てば、大量生産をしたから
といって価格を下げる必要はないし、むしろ価格を上げることも考え
なければならないのです。



「環境のことを考慮すると儲からない」。


「【もったいない】が、経済発展を阻害する」。


「【物を大切に】が資本主義を崩壊させる」。



特に知識人(自分で勝手にそう思い込んでいる人)の中に、このような
自説を吹聴している方がおられます。


これはエコ・リュックサックや再生責任を無視した、あるいは知らない
がゆえの暴論なのです。


第一、環境配慮や再生責任を「外部」と呼ぶこと自体が、私には理解
できません。


もともと、「もったいない」とか「物を大切に」を無視して発展して
きたのが、現代経済であり、資本主義なのですから、彼らにとっては
極めて理論的な結論なのでしょうね。




◆砂時計の譬え



地球は有限です。

資源量・廃棄場所・自浄能力はすべて有限ですよね。


これは誰でも分かっているようでいて、実は「分かっていない」
典型的な例ですね。


という訳で、地球の有限性をイメージできるように、

「砂時計の譬え」

を考えてみました。




今ここで、砂時計をひっくり返したとします。

砂が流れ落ちています。

計ってみると、1秒間に5グラムずつ流れています。

さて、このままのスピードで砂が流れづけるとすると、この部屋が
砂でいっぱいになるのは何日後でしょうか。




「そんなアホな!」とか「バカにするな!」という声が聞こえて
きそうです。


しかし、現実を見てください。


石油、炭水、鉱物資源、森林資源・・・・。

「このままずっと存在し続けることはない」とは知っていながら、
永遠に存在するが如く消費し続けているのではありませんか。


「今の状態が続くとすると」

とあり得ない仮定を平然とやってのける経済学者も、

「経済成長を永遠に続けなければならない」

と錯覚している政治家や経営者も・・・・。

「砂時計のたとえ」を笑い飛ばすことができるでしょうか。



砂時計に「容器中の砂の量」という制約条件があるように、

この地球にも

「資源量」

「廃棄場所」

「自浄能力」

の有限性など、だれでも知っている「制約条件」があるのです。


この「制約条件」を無し続けていることが、現代社会の寿命を縮めて
いる「大きな原因のひとつ」ではないでしょうか。



最近、「資本主義社会が崩壊する」と予言する人がおられますが、
予言者や霊能者でなくても、このままでは「そうなる」ことは明白
なのです。




◆競争社会の行き着く先は?



現在は、競争社会といわれています。

しかも、この競争は「遅速はあるがみんなゴールにたどり着ける」
ものではなく、「きわめて少数の勝者以外は、全部谷底に落ちる」
というものです。


さて、1%の企業が激烈な競争に勝利して、後の99%が潰れた場合、
どこの誰が勝ち残った会社の商品を買う気になるでしょうか、

また金銭的に買える余裕があるでしょうか。

しかも、勝者に対する恨みのエネルギーも凄まじいものになるでしょう。


私は、現在の競争社会の行き着く先は「共倒れ」だと思っています。




◆資本主義社会は崩壊する?



少し話がそれますが

「金融ビッグバンで生き残るためには」

とか

「ITを活用したシステムを構築しないと生き残れない」

とよく言われます。


個人的には、

「英会話ができなければ、ビジネス社会では生きていけない」

などと、半ば脅し文句が飛び交っています。



ところで、

「生き残れない」

とか

「生きていけない」

というのはどのような状況を差すのでしょうか。

「死ぬ」ということなのでしょうか。

「みじめな生活を強いられる」のでしょうか。


私たちは、「生き残れない」「生きていけない」ということについて
真剣に考えてみる必要がありそうです。


ひょっとすると、

「こんなちっぽけな世界で生き残る必要がないのではないか」

「生き残ったとしても、その向こうは断崖絶壁ではないのか」

とか

「今の価値観の中では生きていけないと思ったが、別の価値観の中では
楽しく生きていけそうだ」

など、新たな視点が得られるかも知れません。



また前述のように、このままでは

「日本が崩壊する」

とか

「資本主義社会が崩壊する」

という声が強まっています。



では、「崩壊する」とはいったいどのような状況をいうのでしょうか?


私たちは、みんな餓死してしまうのでしょうか?

人類が絶滅してしまうのでしょうか?

 
確かにその可能性も否定できませんが、私はそうはならないと思います。


崩壊が起こったとき、確かに多難な世の中になると思います。


しかし、そのことが必ずしも「不幸」には直結しないのではないかと
考えています。

「多難だから悪いことが起きる」と思えばそうなるでしょう。

また

「多難だからこそ、これを乗り越えると素晴らしい世界が開ける」

と思えばそのようになるでしょう。

さらに

「多難と思う心があるだけで、多難という事実などない」

という考えもあるでしょう。


多難だから不幸と思うか、多難だから幸福と思うか。


私は、躊躇することなく後者の道を選びます。

というのは、崩壊が起こったとき、お金がタダの紙切れになり、
所有の意味がなくなる、つまり分かち合いの世界が実現すると
思うからです。

終戦直後の日本、阪神・淡路大震災後の阪神地方を見れば、一時的
ではありますが、このような世界が出現しました。



人間の根底には、分かち合いのエネルギーが光り輝いているのだと
思います。

ただ、人間の決めた法律や道徳に縛られたり、囚われたりして、
光に蓋がされているだけなのでしょう。



私は、「(今の)資本主義社会」は間違いなく崩壊すると信じています。

とはいっても、経済理論や政治論などの高尚な分析結果から

「そう断言する」

のではありません。



理由はもっと単純で、

「他人の幸せを素直に喜べず、他人の失敗を喜ぶような社会が
長続きするとはとても思えない」

ということなのです。

昨今の様々な状況を見ると、もうすでに崩壊が始まっているようです。




◆いいこと探し(いいこと探検)



マスコミでは、毎日のように凶悪犯罪や家庭崩壊・学級崩壊、不正
などが大々的に取り上げられています。

でも、そんなことに振り回されてはいけません。

素直な心で観察すると、素晴らしい善行や心あたたまる話が街中に
溢れています。


「いいこと探し」のモードになりましょう。


「悪いこと探しのセンサー」をOFFにして、

「いいこと探しのセンサー」をONにしましょう。


すると、今まで見えなかったことが見えてくるはずです。


これこそが、私が「いいこと探検家」を名乗っているゆえんです。



この光の部分(いいこと)に視点を移すだけでも、ずいぶん住みやすい
社会になると思うのですが、美談や善行を抹香臭い話と斬って捨てる
風潮がそれを妨げているようです。



ともあれこの崩壊は、人類が他人の成功を自らの喜びと感じ、幸せを
実感できる社会(永続可能な社会)を創造する最後のチャンスかも
知れません。


私たち人類が、「循環・共生・調和」という地球のニーズ(宇宙法則)
に則した生き方を選択するのは、今、ここにしかあり得ないのです。




明日は、次の質問にお応えしたいと思います。







最終更新日  2005.03.16 18:48:54
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