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令和4年の平左衛門日記

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開運「神社*お寺*城跡」

2021年12月13日
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かねてから欲しかったもので3寸と小ぶりですが表情は繊細でした。

吉祥天とは金運も含む様々な幸運を授けてくれるとされる天部という仏教の神様で、美女としても描かれ美の神様とも言われます。 「吉祥」という言葉自体が「幸運・繁栄を意味する語」ですので、その言葉がついた吉祥天は「幸運・繁栄の神様」となりますね。 さらに、吉祥天は「功徳天」とも呼ばれます。 「功徳」とは神仏のご利益を意味する言葉で、まさに拝むことで功徳を得ることができるという神様です。






最終更新日  2021年12月13日 21時03分35秒
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2021年09月09日

本日、日光大猷院より破魔矢が届きました。
丁寧な説明文があり、早速 玄関に置きました。
ありがとうございます。






最終更新日  2021年09月09日 17時02分37秒
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2021年07月02日

先日、公民館で新陰流「上泉伊勢守」講義と演舞の講座に参加しました。

 上泉城(前橋市上泉町)の四代目城主として、永正五年(1508年)に生まれました。初代は足利幕府の重臣一色(いっしき)家の出自で、衰微した親類の大胡氏を救援のため派遣され、上泉に城を築きました。

 信綱は、十代の半ばで鹿島に行き、松本備前守に剣を学び、帰郷後も熱心に修練を続けました。その上、時折訪れる陰流の剣客愛州(あいす)移香斎に指導を受け、卓越した資質と努力を見込まれて、陰流の全てを伝授されました。信綱はさらに厳しい修練と工夫を重ね、遂に『新陰流』を創始しました。

 当時の上州は、周囲から大勢力の進攻を受けました。上泉城は小さな勢力でしたが、信綱は柔軟な対応と、巧みな外交で危機を乗り切り、領地と領民を守っています。何やら、厳しい環境下で業績を伸ばしている中堅・中小企業のようです。しかし、同盟関係だった箕輪の長野氏が、武田勢によって滅亡しますと、信綱は臣従の勧めを断って、新陰流を広めるため、門弟二人を連れて旅に出ました。行く先々で、おおぜいの門人ができました。

 やがて京にのぼり、将軍義輝に剣を指導、正親町(おおぎまち)天皇の模範試合天覧というたいへんな名誉を受けます。信綱はこの時従五位下でしたが、即日従四位下に昇任し、御前机拝領の栄に浴しました。

 また、有力公卿であった権大納言山科(やましな)言(とき)継(つぐ)卿との親しい交友も知られています。

 一方、大和宝蔵院の胤(いん)栄(えい)、柳生の城主柳生宗(むね)厳(とし)に剣の指導を行いました。とくに、宗厳の熱心さと、優れた素質を見込んだ信綱は、新陰流の全てを伝え、後継者にしました。こうして、信綱が創始した新陰流は『柳生新陰流』として現在に伝わっています。

 信綱の精神は『人を生かす剣』人の命を大切にする、いわば人間愛に貫かれています。信綱が考案した袋竹刀は、剣の修業で怪我をしたり、命を落とすことがないよう工夫されたものです。

 信綱のこの考えは、悲惨な戦乱の世を収束し、平和な世の中を実現させようとするものでした。徳川三百年の泰平の基礎も、幕閣に強い影響力があった柳生家の力だともいわれています。







最終更新日  2021年07月02日 07時45分51秒
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2021年05月06日


今年のGWは御朱印(御城印)のお客様が多くお見えになりました。
また日本100名城など全国から宿泊に訪れていただきました。
名胡桃城*箕輪城*沼田城*金山城*岩櫃城など~~






最終更新日  2021年05月06日 14時00分34秒
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2021年03月02日


沼田領主の悪政で苦しむ領民を救うために命を捧げた月夜野の百姓「杉木茂左衛門」を祀る地蔵尊は、農民たちが茂左衛門の千日間の供養を行うために建立した。
今年はコロナウイルスの影響で3月20日の縁日は中止だそうです。
いろいろな御朱印があります。また、近くには名胡桃城跡があり、お城好きの人の見学がお勧めです。








最終更新日  2021年03月02日 16時20分22秒
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2021年02月01日

妻沼聖天山歓喜院の本殿「聖天堂」は、宝暦10年(1760年)に再建されました。
日光東照宮を彷彿ほうふつさせる本格的装飾建築で、その精巧さゆえに「埼玉日光」と称され、国宝に指定されています。
250年の時の流れとともに生じた傷みや、剥落した彩色を、建立当時のように美しくよみがえらせるため、平成15年10月から約7年間の歳月をかけ、「平成の大修理」が行われました。
そしてついに、平成23年6月1日から、保存修理の終了した聖天堂が一般公開が開始しました。現代に蘇った聖天堂の輝きを、ぜひその目に焼き付けてください。
妻沼聖天山めぬましょうでんざんは日本三大聖天の一つとして知られ、特に縁結びの霊験あらたかです。

夫婦の縁をはじめとし、家内安全・商売繁盛・厄除け開運・交通安全・学業進学などのあらゆる良縁を結んでいただけます。
残念ながらコロナウイルスの影響で見ることができませんでした。







最終更新日  2021年02月01日 16時36分04秒
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2020年09月08日

全国から健康長寿のまちとして注目される佐久市のシンボルとして、地元の「のざわ商店街」により、平成15年に「成田山薬師寺」参道に建立されたお地蔵さまです。
健康で元気に長生きして、寝込まずに大往生を祈願して「ぴんころ地蔵」と名付けられたこのお地蔵さまは、その容姿のかわいらしさから、全国から健康長寿や子どもたちの健やかな成長を願う参拝客で賑わっています。
また、成田山参道で終戦直後まで続いていた伝統ある「市」も「のざわ山門市」として復活し、毎月第2土曜日に開催され、旬の野菜や特産品が販売されています。






最終更新日  2020年09月08日 19時18分35秒
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2020年09月04日


かねてから注文しておりました「ツゲの木彫り お坊っちゃん」が到着しましたので
ケースにいれてみました。
切り株にニスを塗り仕上げました。「名前は修行僧*子坊主」と書いてみました。






最終更新日  2020年09月04日 12時56分21秒
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2020年02月25日


天下の義人「茂左衛門」みなかみ町
■杉木茂左衛門
上毛かるたで『天下の義人 茂左衛門』と読み継がれています。
 
□1662年 沼田藩主 真田信利の悪政が始まる。
その後、大飢饉の発生で経済状況がさらに悪化。
1681年、悪政に苦しむ領民の為に月夜野の百姓 杉木茂左衛門は直訴を決意。
大老酒井忠清を訪ねるが門前払いにあう。そこで茂左衛門は知恵をめぐらし、輪王寺の紋箱に入れた訴状をわざと茶屋に置き忘れ、茶屋の主人に届けさせた。
無事に訴状は将軍徳川綱吉に届き、沼田藩主真田信利は改易となった。
□1686年、茂左衛門は直訴の罪で妻子もろとも磔刑に処される。
赦免の使者が出ていたが、使者が到着する前に刑が執行されてしまったと伝わる。
その後、村人は千日堂を建立し茂左衛門を祀った。






最終更新日  2020年02月25日 15時05分41秒
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2020年01月08日


「烏子稲荷神社」高埼
初詣に行ってきました。毎年ここにはいきます。






最終更新日  2020年01月08日 16時23分33秒
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