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今が生死

2021.12.01
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カテゴリ:生き方
玄関前の南天

今日ある新聞の社説で日蓮上人のお言葉「一日の命は三千界の財にも過ぎて候なり」が引用されていた。一日の命は宇宙の財宝全てを集めたものより尊いという意味だと思うが、現代人でそう思いながら暮らしている人は少ないと思う。
一日と言ってもそれぞれの人によってその意味は違う。入院して病床にある人の一日、スポーツ選手の一日、恋愛している人の一日、若者の一日、老人の一日、等それぞれ違うと思う。しかしどのような状況、どのような立場にある人に対しても同じように一日は与えられている。死の寸前の一日もあるかも知れない。その一日が如何なる財宝よりも尊いのだとおっしゃっておられるのだなと思った。
自分自身についていうと一日がそんなに大切なものとは思っていないので辛い苦しい時には「早く一日が過ぎてくれればいい」と思うし、金がない時には給料日が一日でも早く来てくれと思う。一日を日蓮上人が言うように大切には思っていなかったなと思った。
今は高齢になってしまって一日一日が死に近づいている心境にあるが、改めて一日を見直す必要があると思った。若者であろうと老人であろうと一日には変わりない。人間として生まれたのだから一日一日生命を輝かせて楽しく生きて行かなくては駄目ではないかと思えてきた。生活の基本は一日だと思う。この言葉に触発されたので今以上に一日を大切にして有意義に充実して過ごそうと心で思った。






Last updated  2021.12.01 14:31:06
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