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今が生死

2022.03.16
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カテゴリ:悲しかったこと

今までずっと寒い日が続いていたがここ数日急に暖かくなってきたので庭の草木も芽を出したり花を咲かせてきた。モクレンもずっと前から蕾をつけていたが寒さで花が開かなかったが昨日一気に開花した。
このモクレンは昭和59年(1984年)1月に私が北里大学岡部治弥教授主査で肝機能検査に関する論文で博士号を頂いた時に記念に植えた花である。今から38年前のことで既に岡部教授もこの世にはいないが、面接考査の時緊張していた私に岡部先生がおっしゃた言葉が忘れられない。
「医学博士号なんて特別なことではないんだよ。審査で合格すれば研究者として認められるが、それはこれから何らか医学の進歩発展のために頑張って下さい。そのスタートの第一歩が博士号なのですよ」と言われた。それまで博士号というと何か一段偉くなるものかと思っていたがそうではなく、少しでも人類に役立つ研究をして下さいというメッセージだとお伺いして心が洗われ「やるぞ!」という気力も湧かせた。
それから38年何をしてきただろうか?日々患者さんと接する中で病気が少しでも快方に向かうように工夫努力はしてきたが今度の新型コロナにどのような対応をしてきたかと言われると心苦しく感じている。
これは日本だけでなく全世界的問題で研究者の第一歩を歩み始めた称号である博士号を持っている人は世界で何十万といる筈である。
自分も含めその人達は何をしてきたのだろうかと思う。確かに今度の新型コロナは今までの一般常識では考えられないような変異や動きをしており、一筋縄ではいかない面もあるが博士と言われる人たちがそんなに大勢いてかろうじてワクチン開発は出来たがその他には殆ど何も出来ずにウイルスのなすがままで押されっぱなしだった現実は反省しなければならない。
博士とは名ばかりで本当の研究者はいなかったのではないかと思えた。研究者と言ってもそれぞれ専門があり、博士(研究者)全てを無能と非難するのは当たらないとの反論があるかも知れないが、研究者全体を見る時、今回はウイルス関係の学者が先頭に立たなくてはならなかったが、それにはすそ野を支える様々な分野がある。免疫学や社会医学、遺伝学など様々な学問が関係しており、ウイルス学を頂点とするすそ野を含む研究集団全体が脆弱だったと考えざるをえない。
モクレンが咲く頃になると自分も研究者の一員に加えていただいたが果たして人類のためにどれだけ貢献してきたかと反省している。
コロナを3年も放置して多くの犠牲者を出し、人々に不便な生活を余儀なくさせているのはいわゆる研究者と言われる人達がしっかりしなかった結果ではないかと思っている。社会にはそれぞれの守り手、専門家がいる。病気の蔓延については世界の医学者達が専門の筈だった。その我々が何の役目も果たせなかったというのは深く反省すべきことだと思っている。






Last updated  2022.03.16 21:41:47
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