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今が生死

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悲しかったこと

2019.06.03
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カテゴリ:悲しかったこと
6月1日に元農水省事務次官(76歳)が44歳の息子を殺す事件があった。相当悩んだ上の犯行だと思う。息子は引きこもりでゲームばかりしていて仕事をしていない。母親にゲーム機を壊されたことを根に持って激しく憎悪していた。両親ともいつも暴力を振るわれていていつその息子に殺されるか分からない状況だったとのことである。川崎の事件を目にしていつ自分の息子もあのような事件を起こすかも知れないと不安になったとのだと思われる。
自分が殺せば自分の残りの人生全ては監獄の中で暮らさなければならない。それでも息子が不特定多数に対して殺傷事件をおこして人様に迷惑をかけるよりもよいと考えたのだと思う。
事務次官と言えば官僚のトップで最高のエリートである。東大法学部卒業ということで恵まれた人生を歩んでこられたのだと思う。息子にも期待をかけ勉強を強制したかもしれない。おもちゃで遊んでばかりいて勉強しなかった息子の大事なおもちゃをお母さんが壊したことがあったかもしれない。そのため命を狙われることになったお母さんも気の毒だ。それならいっそうのことと思って父親が凶行に及んだと思われるが通常息子の方が若くて体力がある。いかに刃物を持っていても若者に奪われて老人が犠牲になるのが普通だが、父親の執念が勝ったのか息子は力はあったがさすがに父親に歯向かうことが出来なくて自ら命を落としたのかも知れない。犠牲者が逆でなかったことがせめてもの救いだが悲しい事件であった。引きこもりに対して身内の対応は難しい。英国のように引きこもり省を作って国で救い出す方法を考えてもらいたいと思う。






Last updated  2019.06.04 13:47:16
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2019.04.23
カテゴリ:悲しかったこと



家の庭に咲いているボタンである。季節が巡ってくるとつらいことは何もなかったかのように美しい花を咲かせる。花を羨ましい。人間にはつらいことが多すぎる。
年賀ハガキの当選番号の一次発表が1月20日にあり、ダブルチャンスの発表が4月20日にあるとのことで、楽しみにして昨夜500枚を調べてみた。当選番号は973157、960380、685677、172768 で1枚1枚調べてみたが当選はなかった。100万枚に4本つまり25万枚に1本の当選とのことで景品は記念切手で景品を欲しくてというより25万分の一の幸運にありつけるかと思ってトライしてみたがそれは報われなかった。
世の中には努力すればある程度むくわれることがあるが、このダブルチャンスはただ1枚の切手のために何千枚何万枚努力して調べても当たる可能性はゼロに近い。郵便局もそのようなことのためにダブルチャンスと宣伝して国民に労力と心労を与えなくてもよさそうにと思った。
しかし世の中にはこのようなことは一杯あるように思った。最初からそれが叶う可能性はゼロと決まっていることに精力を注ぎこんでいることが結構あるのではないかと思った。それが叶う可能性と叶った時の報酬の価値を見極めて努力すべきだなと思った。






Last updated  2019.04.23 15:57:49
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2018.11.29
カテゴリ:悲しかったこと
私には音楽的センスが全くない。忘年会とか歓送迎会などで私が歌うとあまりに音が外れているので皆が転げまわって笑うのが常だった。名曲を聴くと心が洗われるとか、疲れがとれるとかいう人がいるが、自分にはどれがそういう曲なのかはさっぱり分からなかった。これは遺伝的素質でどうすることもできないものと思っていたが、最近の子供達には音痴の子供はいない。ラジオやテレビやスマホなどで音楽を聴きながら育ってきている。私達の子供の頃は貧乏な家庭にはラジオも蓄音機もなかった。私の母は歌が好きでよく歌っていたがそれが全く音程が外れていたのだと思う。子供達にしてみればラジオもテレビもなかった時代、母親の音程が間違っているなどと知る由もなく知らず知らずの内に母親の音程になじんでしまったのかもしれない。音痴は先天的なものではないかもしれないと思うようになった。
音程が外れていて人から笑われるのはあまりいい気分ではないが、人生はそればかりではないのでそれほど苦にしないことにしてきた。しかし心の奥底では上手に歌いたいという気持ちがあったのでどうせ死んでいくのだけれど死ぬまでに何とかまともに歌えるようになりたいとの思いで、歌の先生についてレッスンを受けている。ピアノも習っている。しかし本より音楽的センスがゼロに近かったので殆ど上達していない。それでも最初の頃からみればほんの少し上達したかもしれないので、今年の忘年会には恥も外聞も捨てて一曲歌おうかと思っている。






Last updated  2018.11.29 21:28:38
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2018.11.18
カテゴリ:悲しかったこと
日本の近代化をもたらした二人の英雄、西郷隆盛と大久保利通、二人は鹿児島の同じ村に生まれ育って互いに励ましあいながら成長してきた。
 西郷は男気、大久保は頭の良さでお互いを支えあい、大久保は西郷を兄貴と思い、西郷が島流しにあった時などはその救出に全力を尽くしてきた。二人は竹馬の友で親友で明治維新を成し遂げた後は力を合わせて新生日本の舵をきっていくはずだったが大久保が岩倉使節団の一員として先進のヨーロッパ諸国の研修に行ってきてから二人の関係はおかしくなった。
 西郷は国内に残り朝鮮問題などに取り組んでいたが大久保の頭の中は近代化が進んだ西洋諸国のことで頭が一杯で朝鮮など問題外だった。西郷にとっては朝鮮は大問題、強情な二人が真正面から衝突して決別することになるが、もし西郷も海外視察団に加わっていたらこのようなことにならなかったと思う。
 薩摩の田舎武士の倅が時代の流れの中で国を動かすまでに成長したことは信じられないほどすごいことだがその彼らの一方が外国に行ってきただけでこうも違ってしまうのかというのも驚きであった。こののち西郷は西南戦争で自決し、大久保は暗殺されて亡くなるが、日本の新しい時代を切り開いた二人の英傑の最後は悲しい。しかし彼らのお陰で今があることをしみじみ思う。






Last updated  2018.11.18 23:04:36
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2018.08.02
カテゴリ:悲しかったこと
西郷隆盛は明治維新の立役者で、その人物像はまず民のことを考え己を捨てて民のために尽くす人間で時代の先を読み広く世界を知り、度胸があって心優しい人間として描かれてきた。しかし征韓論になるとあの西郷どんがそんなことを思うはずがない、するはずがないと西郷どんの人物像に傷がつくからと触れたがらない人が多い。しかしどんな人間もいいところもあるし悪いところもあし、間違ったことをすることもある。明治新政府が出来て朝鮮にそのことを認めさせようとしたが頑としてそれに応じようとしなかったことに腹を立てて朝鮮を軍事力で打ちのめそうとしたことは事実であの西郷がそんなことを言うはずがないと言っても駄目である。
新政府が出来るまでは朝鮮の釜山で日本の対馬藩(長崎県)を通じて交易がおこなわれていたが今度は新政府が出来たので日本政府と交易するようにしてくれと言っても応じず、明治6年釜山の交易所の役人を対馬藩兵を追い出して新政府軍が入った時に三井の商人もそこに入ってそこを拠点に密貿易を始めた。朝鮮側からそれを取り締まる「伝令書」なるものが掲示されそれは密貿易に対するものだったが日本を馬鹿にする文言が含まれていたとして西郷を含む新政府の高官はいきり立った。朝鮮を軍事力で叩き潰せという声の中で西郷は自分を朝鮮への使者にしてくれと申し出るのである。先週のテレビで禁門の変後長州征伐の時一人で長州に乗り込んで戦争にしないで長州を降伏させたように一人で朝鮮に乗り込んで戦争にしないで朝鮮を降伏させてきますというならかっこよかったが実際は板垣退助への手紙で「自分が一人で朝鮮に乗り込むと必ず彼らは自分を殺すだろう。そうすれば朝鮮はひどいことをするとして攻め込めばよい。そうすれば世界の理解も得られる。」と述べている。
伝令書に端を発したいがみ合いから戦争まで起こそうとしていた。しかも自分の命をそのための捨て石にするというのだ。その時代は国のために命をささげるということはよくあったことかもしれないがたかが「伝令書」の文言で戦争を思い、しかも自分の屍を乗り越えて戦ってくれというのだからあの西郷にして浅薄、薄情のそしりは免れないと思う。しかしこの考えは岩倉使節団が帰国して挫折することになり、中央政府を去って鹿児島に帰ることになるが、伝令書などに振り回されてあの西郷が軍事力で朝鮮を威圧しようなどと考えたことは情けないと思う。
私は西郷を好きである。英雄だと思う。しかしだからと言って間違ったことをしないとは限らない。一人の人間としてよいことと悪いことは冷静に見ていく必要があると思う。






Last updated  2018.08.02 23:18:56
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2018.07.18
カテゴリ:悲しかったこと


アメリカで生活している娘一家が来日して今夜家族のピアノ演奏会を開催した。写真は娘と孫息子が連弾している所である。予め日が決まっていたので私も練習して参加した。私は「旅愁」と「マイオールドケンタッキーホーム」と孫娘との連弾で「ともしび」を弾いた。練習ではある程度弾けていたが本番となると一杯つかえて恥ずかしかった。特に連弾では孫娘に迷惑をかけたのではないかと落ち込んでしまった。それなりに練習はしたが家族とはいえ人様の前で弾くとなると殆どダメだった。でもこれにくじけないで努力を続けていこうと思う。






Last updated  2018.07.18 22:29:03
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2018.07.02
カテゴリ:悲しかったこと
昨年の7/7の甲府の七夕祭りでメダカ掬いで掬ってきた4匹のメダカの内途中で2匹は死んだが残りの2匹はずっと生きてきた。アメリカに住む孫たちが掬ってきたので何とか彼らが夏休みで再来日する夏までは生かしてやろうと水を替え、餌をやり、対流を起こすモーターを買ってきて大事に大事に育ててきた。おかげで彼らが来日した今年の夏まで元気一杯に生きててくれた。所がである2匹では寂しいだろうと来日した彼らが新たに2匹買ってきてそれをそのまま同じ水槽に入れた。すると数日して新しく入れた一匹が死に、さらに残りの新しく入れた一匹を前からいた雄と思われるメダカがおいかけ攻撃するので攻撃するメダカを別の水槽に移したが元気なさそうなので元の水槽に移したらまた攻撃するのでまた分けようかとしていた矢先、攻撃されていたメダカが死んでいた。そしてその翌日の昨日は攻撃していたメダカも死んでいた。水が悪いのだろうと思って昨日水を替えたが今朝残りの一匹も死んでいた。これで総てが死んでしまった。娘がネットで調べてくれて新しいメダカを入れるときには10日くらい別の水槽で飼って様子を見てから入れた方がよかったとのことだった。いずれにしてもこれで全部死んでしまい寂しい。昨日は日曜日だったので死んだメダカを畑に埋めて皆で線香を立てて手を合わせた。生きとし生けるものは必ずいつかは死ぬ。しかしその死に方にもよるが手をかけて面倒見てきたペットが死ぬと悲しいものである。






Last updated  2018.07.02 13:57:27
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2018.04.22
カテゴリ:悲しかったこと


庭の牡丹

昨年7月の七夕祭りの屋台でメダカ掬いで4匹のメダカを掬ってきた。1日おきに餌を与えて今日までに2匹死んで2匹が残っていた。お腹の大きいメダカがいたのでアメリカに住む娘に話したらどこかに連絡してくれて海草を送ってくれた。卵を産むかもしれないとずっと水を変えないできたがその気配もなく水も汚くなったので本日水槽の掃除をして水を変えた。最後にあらかじめ分けておいた小皿の中のメダカを水を変えた水槽の中に戻そうとしたらメダカ以外に5mm位の糸くずのようなものがあった。よくみたら動いており、稚魚だと分った。もっといっぱいいたのだと思うが水を変えたために一匹しか残らなかった。その一匹も水を変えたために環境の変化で死んでしまうかも知れない。あまりに小さなものなので気が付かなくてすまなかったと慙愧の思いに駆られた。6月にはまた孫達がアメリカからやってくる。昨年7月メダカを掬ってきた子供達である。彼らが来るまでは何とかメダカを生かしておこうと思って餌をやったりしてきたが、もし小魚が生まれて増えていたら最高だったがそうはなりそうもない。彼らが来るまでに何とか生きていてくれと願っている。






Last updated  2018.04.22 22:29:01
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2018.04.21
テーマ:ニュース(77436)
カテゴリ:悲しかったこと
福田次官がセクハラ発言をしたとの報道で辞任した。そのような発言が悪いことには異論はない。しかし福田氏側からすれば信用していた女性に無断で何回も録音を取られマスコミに渡されて社会から非難され抹殺された事態は深刻だ。
最近は女性の権利擁護が行き過ぎてなにかあるとすぐセクハラで訴える傾向がある。そのような事例を通じて男女の溝が深くなっているように思う。実際は素晴らしい男性もいっぱいいるのに男性はセクハラするものと思って距離をおく女性もいる。逆に男性もセクハラと受け取られてはいけないと萎縮する傾向もある。男女は互いに思いやり協力すべきなのに敵対しているようにみえる。
我々の職場では女性が圧倒的に多く、彼女らの支えがなければ仕事はなりたたない。男女互いに尊敬しあい協力し合って仕事しているが他の社会でも同様であってほしいと思う。一部のセクハラ行為が男女の溝を深めている。男女とも心当たりのある人は猛省してもらいたいと思う。






Last updated  2018.04.21 23:24:06
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2018.03.23
カテゴリ:悲しかったこと
先日私より一つ年下の従弟が亡くなった。私の二人の姉もすでにいない。同級生も数多く亡くなった。自分の明日も分からないがお迎えが来るまではしっかり生きようと思う。悲しみや苦しみはさらりと水に流して明るく前をむいて着実に生きていこうと思う。

My cousin of a year younger than me died the other day. I have not even two older sisters. A lot of classmates also died. I do not know my own tomorrow, but I think I will live firmly until the pickup comes. I think I should sneak the sadness and suffering into the water and advance brightly and live steadily.






Last updated  2018.03.23 23:02:24
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