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imajou@ 歴史の解明は一次史料に基づいて > まさか・・・! とはどういう意味…
ゆうあいママtosa@ 藤田達生教授の話 昨年、高知で講演お聞きしました。 時間…
ゆうあいママtosa@ imajouさん > 高知県史が「土佐物語」など軍記物の…
imajou@ 今頃何を寝ぼけたことを  あの記事は少々呆れました。十何年も前…
ゆうあいママtosa@ おはようございます 我が、長宗我部フアンクラブでも話題にな…
imajou@ Re[1]:祐忠の次男良氏(孫左ェ門)子孫現存(02/17) 小川さん うっかりしていて、コメントを…
小川@ Re:祐忠の次男良氏(孫左ェ門)子孫現存(02/17) こんばんは祐忠の子孫20代目です
小川@ 小川土佐守は可能性が無なそう 小川祐忠の子孫20代目です15歳です今…
imajou@ Re:小川良氏(14代目)さん、ようこそ 小川良氏(14代目)さん  よくお出で…
小川良氏(14代目)@ 祐忠の次男良氏(孫左ェ門)子孫現存 小川祐忠の天正時代に次男の良氏が分家で…

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 伊豫の歴史・文化・風土を訪ね、古きものや心打つもの、市井の片隅で目に止まったものなど、様々な出会いを紹介するサイト伊豫漫遊や、日記imajouの独り言を開いておりますが、当ブログをそれらの書庫として参りたいと考えています。
 しかし表を使えないとどうにもならない等、機能の面で若干不足する問題もあり、どこまで出来るか判りませんが、徒然なるままに、気ままに、ゆっくりと進めて行く積もりです。

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June 12, 2011
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カテゴリ:河野氏と湯築城
 
[歴史]長宗我部元親が土佐守になったのは(2011-05-22「imajouの独り言」から転載)

 海遊庵主さんから電話あり、長宗我部元親が土佐守を拝領したのは天正16年(1588年)で、秀吉から貰ったとのこと。

 笹ヶ峠合戦(天正2年、1574年)の前に元親が送った書状に長宗我部土佐守元親とあるが、土佐守を貰うのはずっと後のことなので、この書状は偽物ということになる。書状が偽物とすると、笹ヶ峠合戦に関する一次史料は皆無となり、同合戦が疑問視されるのも無理からぬところだ。元親が土佐守を貰った時期が長年気になっていたが、これですっきりした。庵主さん、サンキュー。

[歴史]墨書土器の「土州様」に関する考察(2011-06-09「imajouの独り言」から転載)

 湯築城跡で「土州様」と墨書された土器が出土しているが、この土器が出土したことは、ここで「土州様」を交えた宴席が設けられたことを意味する。問題は「土州様」とは誰か。次にその宴席が設けられたのはいつか。この二点を先ず明らかにしなければならぬ。

 湯築城拡張時(1835年)以後、この近傍で土佐守を拝領した人物、もしくは土佐守を名乗っていた人物は誰か。これが意外に判らない。

 この近傍で土佐守と言うと先ず頭に浮かぶのは長宗我部元親であるが、元親が土佐守を貰ったのは天正16年(1588年)秀吉からで、湯築城開城後である。もう一人の土佐守は今治7万石小川祐忠であるが、今治に居た時期は1598年から関が原合戦のあった1600年までの足掛け三年間である。

 もしこの二人のうちどちらかが伊豫を訪れ、湯築城での宴席に出たとしても、時期は湯築城開城後となるので、それを迎えたのは河野氏ではあり得ない。勘では加藤嘉明だが如何?






Last updated  June 12, 2011 08:35:17 PM
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