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imimiのリトリーバル日記

タオとは何か

2009.7.19 の記事から

今回は、前回予告した通り、「タオ」とは何かについてお話ししたいと思います。

まず、今日の入浴中、ある高次の存在に聞いてみました(たぶん、ガイドの誰かでしょう)。

それによれば、タオとはエネルギー系だということです。

自分自身もエネルギー系ですから、タオとは、自分自身だ、こういうことになります。



つまり、自分が自分自身であることに気づくこと。

それがタオ(に従った生き方)なのだ、といことでした。

なお、これは私のガイドの考えでして、本来の私に後で聞いてみると、微妙に違った答えが返ってきました。

本質的には同じことをいっているのでしょうけど、限られた人間の言語で翻訳する場合、たとえ自分自身から得た答えであっても微妙にその答えが違ってくるみたいです。

ちょっと興味深いところではありますが。



その後、つぼのような透明なガラスの水槽の中に一匹の金魚が入っている様子を見せられました。

どうやら、この金魚は自分自身のようです。

どういうこと?と思って見ていると、なんと、この金魚の様子を上の方から見ている人間のような存在がいます。

しかも、それは自分自身でもあります。



つまり、自分は金魚でもあり、その様子を見ている人間でもある。

そのことを認識する道が、タオに生きる道なのだ、こういうことのようです。

もちろん、これはもののたとえでして、金魚はC1に生きる自分、その金魚を上というか別の次元から見降ろしているのは、創造主なのでしょう。

自分は金魚でもあり創造主でもある、そのことに気づくことがタオに生きる道なのだ、こういうことを伝えようとしているみたいです。



では、日々の生活で具体的にはどうすればよいのでしょうか。

それについては、喜怒哀楽のすべてをありのままに表現し、自分が本当に望んでいることは何かを日々の「気づき」によって得、自分にとって本当にやりたいことをやることだそうです。

つまり、人生そのものがタオなのだとか。

したがって、へミシンクや瞑想だけでなく、日々の生活の中で、自分らしく生きることが、タオに生きる道なのだそうです。



そんなこと言ったって、現実の世界では楽しいことばかりじゃない、つらいことだっていっぱいあるし、実際どうしたらよいのかわかんないよと思われるかもしれません。

私自身そうですから。

男性であれば、学生時代には勉強を嫌でもしなければなりませんし、社会人になれば生きていくために好きでもない仕事をしなければなりません。

女性であれば、主婦として育児に専念しなければならないでしょうし、正直つらいなあと思うことがたくさんあったりします。

でも、高次の存在によれば、それから逃げずに、まずは受け入れること。

つらいなら、つらいなと感じる。それ自体が学びなのだそうです。

その上で、自分が本当に進みたい方向はなんなのか、自分自身と対話し、自分自身に問いかけてみます。

そうして、自分の本来進みたい方向に進んでいきます。

その際には、一人よがりの判断にならずに、他人に意見を聞いた上で、総合的に判断をして、自分がどういう人生を歩んでいくかを決めることが大切なのだとか。
  


高次の存在いわく、「瞑想やへミシンクは、そのような自分にとって必要な「気づき」を得るための手段の一つとして活用していけばよいのです。へミシンクや瞑想自体が人生の目的ではありません。人生において無駄なことは一つもありません。」



でも、そんなことを言われても、学生のうちは勉強、社会人になってからは一生仕事で追われる人生。

高齢になってからは、あるいは人によっては若いうちから病気で苦しむ人もいます。

なぜそういった辛いことがあるのかと聞いてみると・・・


「人生において無駄なことは一つもない。

すべてその人にとってかけがえのない経験の1つです。

幾世にもわたって、様々な経験を積み重ねていきます。

人生は過去生・未来生を含めたトータルな側面としてみれば、舞台のようなものです。

すべての『役』を演じ、それらの経験を積み重ねることにこそ、人がこの地球上で生きていく意味があります。」



最後にこう言われました。

「今を生きることの大切さ。

現実から目をそむけないこと。

人生を大いに楽しみなさい。」



次に、へミシンクをしてしっかり変性意識に入った上で、本来の自分に会って、本来の私が考えている「タオとは何か」について聞いてきました。

今回は、とにかく深い変性意識に入るように心掛けました。

情報は、いったん短期記憶としてとどめたものをC1に戻ってから記憶喚起して復元したものですので、言い回しが聞いた通りではありませんが、だいたいこういったことを言われたのだと思ってください。



F10で高次の自分(セイント聖矢みたいな恰好をしています)と出会い、本来に自分に会いたいと告げ、別の高次の存在の力も借りて、高い領域を目指しました。

すごい加速感があります。

言語を超えた感覚ですが、「確かにフォーカスレベルを駆けあがっている」感覚があります。

ある程度進んだ時に、誰かから「アパーチャーを超えるか?」と言われました。

最近わかったのですが、これは私にとっての儀式のようなもので、私自身の持っている信念体系のためにアパーチャーを超えることが必要になるみたいです。

高次の存在からそのように言われて、私はアパーチャーを超えました。



すると、私は今まで何度もお話ししてきた私のいう実在界にいます。

実在界で高次の自分(本来の自分)と出会いました。

日本人女性です。

ものすごく美人というわけではないのですが、自分にとっては魅力的に見えます。

たぶん、女性の方が私と同じ状況に置かれたとしたら、目の前のこの人物は魅力的な男性に見えるのかもしれません。

いつもは、本来の自分は常に男性でしたし(私にはイエスの姿に感じられることが多かったです)男性だと信じて疑わなかったのに、目の前にいる本来の自分は女性なのです。

すると、本来の自分によれば、本来の自分には、男性、女性両面があるのだそうです。



そして、次のようなことを伝えてきました。

「物事には常に二面性がある。

男性と女性、陰と陽、プラスとマイナス、正と負、

転じて人生においても、常に男と女がいて、戦争があれば平和がある。

楽しみがあれば悲しみがある。

希望があれば絶望がある。

そういった二面性から、人生もそうだし、この宇宙全体が成り立っている。

陰陽対極図を思い浮かべてみるとよい。

あれが宇宙の実相を表している。」

どうやら、このことを伝える手がかりとして、本来の自分があえて女性の姿で現れてきたみたいなのです。



本来の自分によれば、「タオ」とはすなわち「(宇宙の)実相」をいうのだそうです。

言い換えれば、物事には常に二面性があるということに気づき、それを認識すること、

もしくはそれらすべての存在そのもの、これが「タオ」なのだそうです。



では、先ほど聞いた私のガイドの言ったことはどう考えればよいのかと聞いてみると、

「それはタオそのものではなく。タオに生きる道だ。」とのことでした。

「タオ」に従った生き方のことを話していたみたいですね。



話がなんとなく抽象的でしたので、もっと具体的に聞いてみることにしました。

「なぜ世の中にはつらいことがあるのでしょうか?それに対してどう向き合っていけばよいのでしょう?」

すると、次のように言われました。

「物事は常に中立的である。

それ自体がつらいわけではなく、つらいと自分がおもっているからつらいのだ。

つまり、今置かれている環境に対してどう受け取るかという問題なのだ。

取り越し苦労をしないこと。

何も考えずにただそれをやればよい。

それなのに、ぐたぐたといろんな取り越し苦労をするから不安になったり、心配したりするのだ。

なぜ自分がいまそのような環境に置かれているのか、もう一度考えてみるとよい。

すべては自分自身で選択した結果なのだ。」



もちろん、これはトータルな意味においてです。

人によっては、家柄とか生まれながらにして置かれた環境とかは自分で選んでないぞと思われる方がいらっしゃると思いますので。



「タオとは人生そのものですか?」

「タオが人生そのものというより、君自身がタオそのものなのだ。

人生で何かをやらされるというのではなく、君自身が人生を主体的に生きるという姿勢こそが大切だという意味だ。

やらされているのではなく、君自身が選択してやっている。」

これは、日々の生活で物事に対してどう対処していったらよいのか、その精神面というか、気持ちの面について言っています。

どういう心持ちで日々過ごしていけばよいのか、そういった点です。



「取り越し苦労をせず、今置かれた環境をどう自分が受け取るのか、君自身の認識が問題なのだ。あらゆる人生において自分にとってプラスになることを得ることができる。

たとえどんな環境に置かれていたとしてもだ。

その環境自体はあくまで中立的な意味しかない。

そこから君が何を学ぶかが問題なのだ。

そうやって、主体的に人生を生きること。人のせいにしないこと。

取り越し苦労をせずに今を精一杯生きること、そうすれば、おのずから道は開けてくるのではないかな。」このように言われました。



要するに、私の高次の存在、そして本来の自分はこう告げたかったようです。

タオとは物事の諸相すべてを表したものであり、特に物事の二面性にその本質が現れている。

タオに従った生き方をするには、自分自身の神我(=創造主としての部分)であることに気づくことが重要だが、それは何もへミシンク中や瞑想中だけではなく日々の生活そのものがタオに従った生き方の舞台であるのだと。

しかも、自分がやらされているという感覚ではなく、自分が選んだ人生であるのだという自覚を持って、取り越し苦労をせずに日々楽しく今を生きていけばよい、こういったことみたいです。


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