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テーマ:本のある暮らし(3185)
カテゴリ:Other topics
(高遠弘美訳,2010,光文社古典新訳文庫,光文社)
1冊目を読み終わりました。直後は漠然とした印象が残るのみでしたが,よくよく思い返してみると,その特徴がおぼろげに把握できてきました。 ■ あらすじなど 主人公の男は19世紀末フランスのブルジョワジーで,幼いころ夏に滞在した田舎の邸宅での生活を,真夜中のベッドで反芻する。 スワン氏というブルジョワへの憧れ,その娘への思慕の念など,ドラマを予感させるくだりこそあるものの,いわゆる娯楽小説的な盛り上がりは全く無い。ふわふわと,日常は過ぎていく。 情景描写と主人公の回想が複雑に絡まり合い,視点がせわしく移動するために,なんとも読みにくい文章になっている。 では私は一体,本作の何を楽しんでいるのかというと,それが知りたくて頁をめくる感じです。不可解の快とでも言いましょうか。 ■ 第一印象 意外に感じたのは,ひとつひとつの文章はかなり論理的なことです。 主人公は,感覚や認識という捉えどころのないものを把握しようと努めています。ちょうど,記憶メカニズムを研究しようと意気込む(けれど論文の書き方がわかっていないために空回りする)修士1年目の学生のように,自分の記憶の成り立ちを思い起こし,客観的な言葉へと置き換えていきます。 果てしなく長く曲がりくねる道のような冒頭のシーンは,いわば「回想の自己分析」でしょう。 自分はなぜあんなふうに感じたのか,なぜそのような考えを持つにいたったのか,相手の態度に影響を受けたからか,周囲の風景がそうさせたのか,あるいは過去の経験からくる思い込みに縛られてしまっていたのか。。などというように。 ちょっとこの歌を連想しました。 あしひきの やまどりの尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む しかし作者はあくまで感覚「について」述べているのであって,けして「感覚的( ≒ 非論理的)」に述べているのではありません。読者をけむにまこうとしているのではなく,うつろいやすい煙や水の流れのようなものを言葉にしようとした結果,こうなったのだと思います。 まあそれでも,いわゆる「よくできた小説」とは言えないでしょう。ただ,歴史のあやで,なぜかかくも愛されてしまった幸福な作品,というものなのではないかと想像します。そういうものはたくさんあります。 * ということで,もうしばらくこの小説に付き合おうと思います。ねみー,だりー,などと呟きながら。 やっぱり岩波文庫版の文章も読みやすくていいなあと思う今日この頃。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.05.20 09:47:10
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