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一 夢 庵 風 流 日 記

コラム NHK・中也・・・

          < 9月18日 日記より転載 銘言 >

  後進諸国では武力によるクーデターや独裁政治が行われ先進民主主義国家の
  識者の非難を買うことが少なくないが、当の国民は意外に平然としていて、
  好意ある外国の忠言や支援をかえって迷惑がることが少なくない。

  国民の政治意識が低い場合、国民が腐敗して衆愚政治に陥っている場合、
  外敵や経済事情などにより国家が存亡の危機に陥っている場合などには英雄待望論が起こり、
  とにかくきびきび仕事を成し遂げてくれる人が采配をふってくれることを
  期待し独裁による不利などは問題にしない。

  問題は緊急事態を乗り切った後にある。

  信長ー秀吉ー家康 的リレーの機を失してはならない。
  それを判断するのは、トップであり、国民主権である我々の責務である。


  ここで英雄の言葉を載せておこう。


  ・国民というものは、苦しいときには実行力のある政治家を望み
   その欠点を意に介しない。
   楽になると、彼の良い点を無視して欠点だけを責めたてる。


  ・人民の腐敗堕落した国を維持するには
   少数の専断が必要である。


              (それぞれナポレオン(上)とマキャべりの言葉)


          




          < 9月22日 日記より転載 26歳議員とマスコミ報道 >

  今や時の人となった自民党比例区「杉村太蔵」議員26歳。

  彼が取り上げられるようになったキッカケが何かは正確にはわからないが

  「年収2500万、すぐにBMWを購入」「JR乗り放題、グリーン車に乗る」
  「佐藤ゆかり議員のことをインタビューでゆかりたんと発言」「議員宿舎の3LDKが楽しみ」等

  こういう発言が、彼がこれほどまでにメディアに取り上げられる要素となったのではないか?
  今は、選挙運動中のテレビ番組で軽々しく増税を匂わせる発言をして小泉首相に
  大目玉を食らった武部幹事長に議員の心得とマスコミ対応の基本を注意され勉強会に出て
  いろいろ叩かれているようだ(武部さん、あんたは言えねえだろ)。

  杉村太蔵議員はマスコミにとっては「いいオモチャ」である。

  馬鹿発言を繰り返してくれれば、それを取り上げゲストコメンテーターに
  おもしろおかしく分析してもらい、視聴率を狙うための道具。

  そしてこれを見て、こいつは馬鹿だという視聴者もいれば、こういう奴のほうが実は裏表がなく
  信頼できるとか、面白くて政治が身近になったとか、こんな奴は早く議員を辞めさせろとか・・・
  会話のネタには事欠かないだけの人物。

  私にとっては、ただひとつ彼に注文がある。

  彼がどんな考えを持っていてもいいが、あるインタビューで彼は

  「父母に自分らしさを出せと言われた、等身大の自分の議員体験を素直に話したい」
  (なんかこういう感じの内容だった)

  はっきり言っておくが、国会議員とはなにか?
  私たち有権者の一票が大切に使われることの意味はなにか?


  あんたの体験記なんかどうでもいいんだよ

  たった一言

  「国会議員は国民の幸せを実現するために尽力する」

  こういう覚悟が自然な言葉で出てこない人間が国会議員になるべきではない。

  マスコミは普段は、税金泥棒だとか議員を叩き、部数や視聴率を上げようと
  しているのだが、彼の場合にはキャラがかっているから面白おかしく取り上げ
  都合よく利用している。

  そのうち、国民が飽きてくれば反転、叩き始めるであろう。

  杉村議員には国会議員は、国民の幸福を実現するために存在しているということを
  認識さえしてくれればいい、その他のどうしようもない発言は、
  別にそれほど叩く内容ではないと思う。

  なぜなら、変な政治的思想を持って、国民を欺き自己の利益誘導に奔走しているだけの
  「馬鹿発言」を繰り返す○○議員や我が国民が他国でどんな目にあっているかもしれないのに、
  それを「無い」と発言し、それを手土産に国家を売るようなことばかりしている
  ××議員などのほうが私にとってはよほど問題だと考えているからだ。


  そのうち彼も疲れ、イライラしてマスコミに対しても愛想を振りまく余裕がなくなるかもしれない、
  しかしその疲れが国民のためになる努力をしている疲れなら、
  どんなにマスコミが叩き始めても、国民は見捨てることはないと信じる。







          < 10月2日 日記より転載 喉元過ぎればNHK >

  いつもよほどの先行話題で無い限り、私は少し遅らせたりして記事を取り上げることにしている。
  理由は「喉元すぐれば熱さ忘るる」の精神が我が国民は骨の髄まで沁み込んでいるから。

  今回はNHKさんをちょっと取り上げよう。

  < NHK新生プランの骨子 >

  1)NHKだから出来る放送の充実
   ・迅速で的確な災害報道、緊急報道
   ・視聴者の声を反映させた番組つくり
   ・デジタル技術を活用した「人にやさしい」放送への取り組み

  2)組織や業務の大幅な改革、スリム化
   ・部や局の統廃合、管理部門の縮小
   ・放送設備の整備計画や教育テレビと衛星ハイビジョンの24時間放送見直し
   ・06年度からの3年間で全職員の10%にあたる1200人を削減
   ・関連団体でもNHKと一体の諸改革

  3)受信料の公平負担
   ・単身赴任者、学生の料金割引制の新設
   ・口座振替利用者、長期支払者の優遇措置
   ・不払い者などに対する民事手続きによる督促の検討


  NHK側は現状の不払い状態が続けば、今年度500億円の減収と踏んでおり、
  05年2月に提出された予算案は収入のほとんどを占める受信料収入が
  04年度予算比1.1%減の6478億円と初めて前年割れとなっていた。
  不払い・保留は3月末には45万~50万件に上り、04年度の受信料収入も前年度を下回っている。

  このようなバックボーンがあってNHK橋本元一会長が「訴訟を辞さない」と言い放つ、
  言うだけでは国民の理解を得られないから「NHKも血を流します」という発言に至る。

  ではここから問題を。

  まず放送法という法がこの半強制的徴収の根源にある。

  放送法第32条(受信契約及び受信料)
  協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の
  受信についての契約をしなければならない。
  ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を
  送る放送であって、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。)
  若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

  協会は、あらかじめ総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ、
  前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない。

  協会は、第一項の契約の条項については、あらかじめ総務大臣の認可を受けなければならない。
  これを変更しようとするときも同様とする。


  受信規約第5条(抜粋)
  放送受信契約者は、受信機の設置の月からその廃止の届け出のあった月の前月
  (受信機を設置した月にその廃止を届け出た放送受信契約者については、当該月とする。)まで、
  1の放送受信契約につき、その種別および支払区分に従い、次の表に掲げる額の
  放送受信料(消費税および地方消費税を含む。)を支払わなければならない。



  これ自身、相当古い法なのだが、注目してもらいたいのは協会は総務大臣の認可を
  受けなければならないという箇所、つまり国会で真摯に取り上げ総務大臣が
  認可すれば受信規約は変更可能なのだ。

  災害や緊急放送の必要上、どうしても国家管理の部分を抜けられないことは仕方ないが、
  民間との競合上、今までのような受信機があれば強制徴収なんていう法は改訂しなくてはならないと思う。

  大体、民間と比べてリストラチュアの具体策がまったくない。
  行うと書いただけで関連企業をどこまで再編成するのか?
  しっかり結び目を切らないと、大元がリストラを形だけ行っても天下りが続くだけだ。

  次の大問題、橋本会長の20日の発言に「受信料を払っている人から
  不払いを放置するのかという声が寄せられている」というのがあった。

  支払っている人間からすれば、「自分だって払わなくてもいいんだったら払いたくないよ」
  ではないだろうか、橋本会長のようなことを言っている支払者は少数だ、
  そんな意見を水戸黄門の印籠のように出されてもしらけるだけである。NHKを
  擁護するような視聴者っているのか、再放送ばっか流して、ニュースは時折、偏向報道を行う。

  看板番組、視聴率の取れる番組、「大河」「朝ドラ」「プロジェクトx」など、
  スポンサーの影響を受けない範囲で部分民営化してもいいのではないかと考える。

  まあ、NHKがここまで失墜したのはあの不祥事事件が引き金なんだけどね
  リストラも重要だけど、不祥事を無くす社内秩序をつくりあげて国民に
  時間をかけて訴え続けることのほうがスピード感はなくても王道だと思う。







          < 10月5日 日記より転載 中原中也へ >

  私の書籍棚に古い文庫本が他のハードカバーに負けじと座っている。

  この文庫本は中学の頃に学校の図書室で借り、その後返すのを忘れていたのだが、
  誰もここ何年も借りてない作品だったので、
  友人の図書委員が持ってけ泥棒と私に叩きつけたものである。


  この本は私の心の本流を占拠することはなかったが、
  思春期の頃の微妙な感性をくすぐるに十分な本であった。



  その本は「中原中也詩集」である。

  蒼い彷徨を放つ作品のなか、ひとつの有名な作品。



        「 汚れちまった悲しみに・・・ 」

   汚れちまった悲しみに  今日も小雪の降りかかる

   汚れちまった悲しみに  今日も風さえ吹きすぎる

 
   汚れちまった悲しみは  たとえば狐の革衣(かわごろも)

   汚れちまった悲しみは  小雪のかかってちぢこまる

 
   汚れちまった悲しみは  なにのぞむなくねがふなく

   汚れちまった悲しみは  倦怠(けだい)のうちに死を夢む


   汚れちまった悲しみに  いたいたしくも怖気づき

   汚れちまった悲しみに  なすところもなく日は暮れる・・・



  中也よ、私はあなたが詠んだ詩を大人になれば理解できると信じたが

  私はあなたほどに、悲しみを深く知ることが出来ていない。

  私はあなたほどに、その悲しみを他者にぶつけることはできない。

  私はあなたほどに、悲しみの濁流に身を任せることはできない。

  私はあなたのように、悲しみと心中することはしない。

  あなたの世界は私が闊歩する道と大きく違うところにあったのだ。

  思春期に感じた言いようのない荒涼感は、
  今となっては頭では読み取れても、心では感じ取れないであろう。



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