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テーマ:暮らしを楽しむ(383620)
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秋も深まる頃になると、ポエ爺は決まってここにやって来る。
入江に沿って南北に伸びるその自然公園を地元の人たちは「太陽の広場」と呼んでいる。 平日の昼下がり、夢遊病者のような足どりで、その広場内を無軌道にうろつき回るポエ爺の姿を見ると、良識派の人たちはこれを瘋癲老人の徘徊と見なすかもしれない。 瘋癲老人? それじゃあ、まるで谷崎潤一郎の小説に出てくるエロじじいじゃないか。 せめて「フーテン老人」くらいにしといてくれ、とポエ爺は心の中で呟く。 質問者 : ところで、何故あなたは定期的にここを訪れるのですか? ポエ爺 : さあ、そんなこと言われてもなあ… まあ、一つ言えることは、こんなだだっ広い空間にだーれもいないってことは、そりゃあ、気持ちのいいことではあるな。貸し切り状態って言うのかな。でも、それとはまたちょっと違うような… うーん、この微妙な感じを表現する言葉なんて実はないんだが、あえて言うと、精霊に歓迎されてるって感覚かなあ… 質問者 : … ? 道路を挟んで北側にあるイベント広場の駐車場に車を停めて、南の方、すなわちフィトネス広場の方へとひょこひょこ歩き出したポエ爺。 道路の手前には赤く色づいたカエデの木と並んで、綻びかけた星条旗が風になびいている。 ジャポンのローカル都市になんで星条旗なんじゃー! それはねえ、カエデの木は誰にでも見えるけど、星条旗はポエ爺の頭の中にしか存在していない、という説明でよろしいかな? ポエ爺本人に聞いてみないとわからないけど、たぶんカエデの木と何か関係があるのだろう。 道路を渡った所には、左手に給水塔らしきタンクがあり、ポエ爺はそれを見るたびにベッヒャー夫妻の写真を思い出す癖があるのだが、今日は何故かしら、そのタンクには目もくれず、スタスタと1本の木のもとに向かったので、この話題はここで終わり。 ポエ爺はおそらくこの木がお気に入りなのではないか。 というより、この木、すなわち、ナンキンハゼの落ち葉が好きなのかもしれない。 もっと言うと、この落ち葉を踏んで歩くのが好きなのかもしれない。 ほら、嬉しそうな顔をして、この木のまわりを歩き回っているではないか。 ナンキンハゼのような落葉樹に混じって、あたりにはヤマモモやクロガネモチ、その他、ポエ爺の知らない木が何種類か植えてある。 少し先に行くと、噴水のプールと藤棚が視界に入る四阿があり、そこに木製のベンチが設置されている。 やあ、こんにちは。 誰も座っていないはずのそのベンチに向かってポエ爺が挨拶する。 質問者 : 誰かいるんですか? ポエ爺 : デレク•ベイリーの亡霊だよ。いつもここに座ってギターの練習をしてるんだ。初めは誰だかわからなかった。けど、ただ者じゃないってことはすぐにわかったよ。彼の紡ぎ出す音は常に新鮮だ。けど、初めて聞く人は呆気にとられるかもしれないな。 ほら、次から次へと音が飛び出してくるだろう?でも、調性がまったくないっていうか、イディオムの痕跡がかけらもないっていうか、後に何も残らないんだよね。心がざわつくこともない。まるでギターの音の質感だけが耳に響いてくるような感じ。ああ、いい感じ、いいねえ。 質問者 : はあ… 。 四阿の先には円形花壇が点在していて、今時分はいつもアメジストセージの長い花穂が風に揺れている。 何度も見ているのに、ポエ爺はスルーすることなく、またこれを写真に収めている。 でも、今回、彼の心をパッと明るくしたのは、お隣の花壇に咲く色とりどりのジニアではなかったか。 なんとビビッドな光の競演だろう! いかにも心ウキウキ、ご満悦な様子のポエ爺。 しかし、この花、去年まではたしか咲いてなかったよなあ。 咲いていたら写真を撮っているはずだけど… 広場の脇の遊歩道に出ると、イチョウの落ち葉が黄金色に輝いている。 いつかどこかで見たような懐かしい景色。 木の下に佇んで、足元に目をやると、あちこちに銀杏の実が落ちている。 そうか、この木は雌株か。 それにしては匂わんなあ。 落ちてから間がないからだろうか。 誰か詳しい人がいたら、ポエ爺にそっと教えてあげてほしい。 がらんとした広場を乾いた風が吹き抜けていく。 遊歩道沿いのニセアカシアやウバメガシの枝が揺れている。 11月にしては気温が高めなので、寒さは感じない。 凧揚げにはもってこいの日和だわい。 そう思いつつ、自らが糸の切れた凧よろしく蛇行気味に歩を進めるポエ爺。 ここで風流人を気取って一句ひねりたかったが、何も浮かばなかったので、代わりに蕪村の句を呟いてみる。 凧(いかのぼり)きのふの空の有り所 やがて、広場の南端に聳えるセンダンの老樹の所まで辿り着き、いつもどおりここでUターンして戻ろうとしたその時、ポエ爺の脳内スクリーンに意外な光景が映し出された。 丈の低いイロハモミジの木の根元近くにうずくまり、小学生くらいの男の子が何かを観察している。 「ボク、そこでいったい何見てるの?」 「見てるんじゃない。聞いてるの」 その声を聞いてハッとするポエ爺。 ボーイッシュな髪型と服装から、てっきり男の子だと思って声をかけたが、どうも女の子のようだ。 「ほう、で、何を聞いてるの?」 「落ち葉の声」 「落ち葉の声かあ、そりゃあ面白いなあ。で、落ち葉さんは何って言ってるの?」 「さようなら」 「さようならかあ、そりゃあ、ちょっぴり淋しいなあ。で、おじさんにも聞こえるかな?」 「たぶん、耳をすませば聞こえるよ」 「どれどれ」 そう言ってポエ爺が腰をかがめようとしたその刹那、背後からサッと一陣の突風が吹いてきて、真っ赤に染まったモミジの落ち葉がパッと宙に舞った。 「おおっ!」 驚いて反射的に顔を上げたポエ爺の視線の先には、何とまあ、あの女の子が宙に浮いているではないか! そして、その体は少しずつ空の高みへと昇ってゆく。 「さよーならあぁぁー」 満面の笑みを浮かべながら手を振る少女には、悲愴感らしきものなど微塵も感じられない。 その姿はどんどん風に乗って遠ざかってゆき、やがては点のようになって空の彼方に消えてしまった。 「スゲーもん見てしまったぞ。あれが噂のバイオカイトちゅうもんか。 それも、ガーリーバイオカイトなんて、レア中のレアじゃなかろうか。 よし、さっそく家に帰ってブログで報告するとしよう」 足どりも軽く家路を急ぐポエ爺の表情はいつにもまして明るかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020.12.13 19:51:35
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