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カテゴリ:「創造する」ということ
よく、「これからは創造性が大切だ。しかし、日本人は創造性がない」などという評論家のご意見を聞く。私はまったく違う考えだ。
だいたい、そのような意見をいう人の中で何かを「創造した」実績のある人を私は聞かない。 そもそも自分が何も創造したことがないので、「創造する」ということ自体がわかっていない、未知の世界のことなのに最初から独断を下しているのである。 「創造する」という行為はどんな行為か? それは創造したことのある人にしか、絶対に分らない。 だから創造したことのない人の創造論には耳を貸さないことである。 そんな時間があったら、自分で何かを創造してみようともがくことの方がはるかに有効である。 あるいは、本当に価値ある創造をした実績のある人の創造論に耳を傾けよう。 かつて、ノーベル賞の利根川さんが受賞の前に日本でされた講演をたまたま聞かせていただく機会があった。当時メーカーのエンジニアであった私は非常に触発されたものである。 それは若い人々に向けた創造の本質に迫るご意見であった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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このインターネットの初訴訟は
日本のハイパーネットが作り出した ハイパーシステムなどがありますからね。 今、僕はもがいている最中です。 (Jun 10, 2006 11:01:03 AM)
稲福 一也さん
>このインターネットの初訴訟は >日本のハイパーネットが作り出した >ハイパーシステムなどがありますからね。 > >今、僕はもがいている最中です。 ----- そうですね。 もがかない限り、創造はないですね。 それは必要条件ですね。(十分条件ではないですが) (Jun 10, 2006 11:04:15 AM)
日本人の創造力は比類なき次元のものである。あらゆる分野でその遍歴を見れるはずであります。造船しかり、建設しかり、自動車しかり、家電しかり、新幹線しかり、掲げるのが面倒なほどあります。日本という国は、中途半端なものを輸入してきては、完成品を創造してしまう民族なんですよね…。仏教しかり、禅しかり、漫画しかり、数え切れませんね。それに独創性がないというならば、そういうものを利用せずに、中途半端なものに固執すればよろしい!たぶん、もの足らないはずですよ!
(Nov 23, 2007 05:44:26 AM)
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