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組織進化プロフェッショナル! イニシア・コンサルティング 丹生 光

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「わかる」をデザインする

Nov 25, 2007
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 「面白い!」は増幅する

図4.jpg

 

以前に、どうだったら人間は「面白い!」のか、にふれた。

「面白い!」のパターンはたくさんある。

 

しかし、面白いのは、「面白い!」には増幅のサイクルがあることだ。

それがあるときに、単純な引き金だけでは到底到達できない領域にたっする。

 

「面白そう」→「やってみる」→「うまくいく」→「やはり面白い!」→「さらにのめり込む」→「もっとうまくいく」→「さらに面白い!!」→・・・

このサイクルに入ると、とてつもない力が出る。

それがさらなる成功体験となって自信をつけ、人材としてあるいは組織として伸びていく。

・・・

 

しかし、その逆もある。

 

どちらのサイクルに乗るかは自分次第だ。







Last updated  Dec 2, 2007 11:42:37 PM
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Nov 3, 2007
「面白い」とは何か

 

変な人.jpg     !?

 

 

人は、自分の利得になるから動く ・・・ こともある。

(=過去の嬉しい出来事に照らしてそれに近い利得が期待できる)

 

しかし、未知ではあっても、また何らの利得がなくとも、「面白い」と感じると、人はそれ以上に積極的に動く。

 

では、どんな時に人は「面白い」と感じるのか

 

目的に意義を感じる。

目的に参画する。

目的に共感する。

目的に共感する仲間がいる。

目標を課される。

目標を自分で決める。

目標の意義を感じる。

目標達成に使命感を感じる。

目標達成が目に見える。

目標が達成される。

努力が成果に結びつく。

尊敬する人に認められる。

周りの皆に褒めてもらう。

ゲーム化されている。

可視化されている。

課題解決を任される。

ある範囲のマネジメントを任される。

責任を感じる。

権利を感じる。

自分が活躍できる。

他人の活躍を見る。

競争相手がいる。

自分の好きなことである。

自分の好きなことと関連している。

自分の好きなことと似ている。

自分がより高い人格に達する。

自分の能力が高められる。

自分の能力が生かせる。

自分の能力が試せる。

自分の能力が発見できる。

自分のやりたかったことが出来る。

自分の試したかったことが出来る。

知的好奇心を刺激される。

新しい問題を自分で発見する。

新しい解決策を自分で発見する。

新しい問題を教えてもらう。

新しい解決策を教えてもらう。

新しい視点に気がつく。

新しい視点を教えてもらう。

結果に達成感がある。

結果に驚く。

結果に感動する。

結果に誇りを持つ。

結果が人の役に立ったことが実感できる。 

結果に感謝される。

結果が自分の価値観に合う。

結果が自分の目指す生き方だと思う。

自分の意思を確認できる。

自分の価値を確認できる。

自分の情熱を確認できる。

自分を確認できる。

  ・・・







Last updated  Nov 4, 2007 07:45:36 AM
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Oct 27, 2007

「人間は、『面白い!』ものに魅かれる」

 

吉池2.jpg

 

以前にこのブログで・・・

「人間は五感からの情報で経験による脳内の「参照枠」に照らして判断するだけでなく、新しい組合せによって情報を脳内で創り出すことが出来る。

この「内部創造情報こそが最も人間にとって輝く感覚」をもたらす。」

・・・と書いた。

 

表現が回りくどかったので、簡単に書こう。

この輝く感覚こそが、「面白い!」という感覚だ。

 

優れた経営者、管理者、商売人、芸術家、政治家など何かの物事を成し遂げる人は、「面白いか」を基準に物事を判断している傾向がある。

 

そうでない人は論理的に自分の仕事の役割使命だけから判断する。

このような人は真面目だが、面白くない人だといわれる。

新しい内部情報を創らずに既存の参照枠と照らすだけで判断しているからだ。

 

「面白いか」を基準に判断し、行動する組織は強い。

かつてのソニー、ホンダがそうだった。

 

さて、そのような企業が減ったように思うが、いかがだろうか。







Last updated  Oct 27, 2007 09:32:13 PM
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Oct 7, 2007

「人間は五感だけでなく、内的創造にこそ快感」

 

          高輪から.jpg

 

人間は五感からのみ情報を得ることが出来る。

・・・視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚(体感覚) 

その五感から得られた情報(感覚)を、過去の経験情報が蓄積された脳内の「参照枠」に照らしにいき、自分にとって受け入れられるものかを判断する。

 

これは間違ってはいないと思う。

「外部情報」の処理に限ればそのとおりだろう。

しかし、これだけだろうか。

 

人間は外部情報を得たときに参照枠の過去情報と照らすだけではないのではないか。

人間は新しい組合せによって新しい意味のある情報を脳内で創り出すことが出来る。

そして、この内部創造情報こそが最も人間にとって輝く感覚をもたらすのではないか。

 

だから、内部創造の心地よさの感覚や価値を知る人は、単純に外部情報を参照枠の過去情報に照らすだけでは物事を判断しないだろう。

「内部創造の輝き」を求め、脳内宇宙で一瞬のうちに旅をする。

それをいつも行う人は、当然その旅に長け、内部創造の質とスピードはますます高まり、その結果、ますます内部創造の輝きを味わうことに執念を燃やす。

 

少なくとも優れた経営者、管理者、商売人、芸術家、政治家など何かの物事を成し遂げる人はそのようなステージに達しているのではないかと思う。

そして、前向きで活性化された組織とは、組織員が仕事を通じて内部創造の輝きを味わうことに皆でのめりこんでいる組織なのではないか。







Last updated  Oct 7, 2007 12:49:13 PM
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Sep 23, 2007

「普遍の美と変わる美」

 

吉池.jpg

 

普遍の美がある。

 

高いところからの景色は美しい。

世界中の赤ちゃんの笑顔は、誰が見ても可愛い。

何かを苦労して成し遂げた人の顔は輝いている。

モーツアルト、ビートルズはいまも音楽ファンを魅了する。

・・・

 

変わる美がある。

 

スカートの丈やネクタイの幅は、振り子のように変遷する。

見慣れた故郷の景色はいとおしい。

テレビでよく見聞きするギャグは楽しい。

よく訪問してくれる営業マンには親近感が沸く。

・・・

 

人は、受け入れたいものは美しく感じる。(あるいは好きになる)

 

美意識とは、生命体として「受け入れたい」という心理を起こす単なるキッカケなのか。

あるいは、美意識こそが普遍であり、 生命の寿命を超えてDNAのなせる技なのか・・・







Last updated  Sep 23, 2007 05:37:04 PM
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Sep 15, 2007

「高いところからの眺めは、なぜ良い景色?」



お台場.jpg

 

人は高いところに上ることが好きだ。

そこから見える眺めを「良い景色だ」と必ずいう。

私は、高いところからの眺めを「悪い景色だ」と言う人を知らない。



なぜなのか?

考えてみると不思議だ。

理由を人に尋ねてみると、色々な答え(仮説)が返ってくる。

 

・小さくなるので汚いものが見えなくなり、全てがキレイに見える。

・遠くまで見渡せた方が敵(動物)に襲われ難いので心理的に安心。

・全体像が見えると的確な判断ができるので心地よい。

・全体を支配できるような気がするので快感を感じる。

・ チマチマした眺めは工芸品などのように模様として美しく見える。

などなど・・・

 

必ず心地よく見える、美しく見えるものがあるということは不思議だ。

おそらく必ず汚く見える、醜く見えるものもあるのだろう。

 

美しいと醜いの境目は何か?

何がそれを分けるのか?







Last updated  Sep 16, 2007 11:44:11 PM
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Aug 18, 2007

「インターネットを制御する三原則」

 

           品川.jpg

 

インターネットは、人間の脳を機能拡張する便利な道具だ。

足の機能拡張の自動車や航空機によって我々の生活が一変したようにインターネットも我々の生活を一変させた。

これからもインターネットは進化し続け、ますます生活や産業を根底から変え続けるだろう。

 

しかし、未来の姿が完全に予測できない以上、そして光の部分とともに陰の部分がある以上、それを良い方向に制御することが必要だ。

原子爆弾を発明した科学者達は、後に平和利用に限定することを主張して運動したが、とき既に遅く、兵器産業の一分野として核兵器産業は確立してしまった。

つまり、原則は、先に作られていなければ機能しない。

 

ロボットが人間に危害を及ぼさないようにとアイザック・アシモフはロボット三原則を考えた。

アシモフは「ナイフに柄が付いているように、人間の製作物なら何らかの安全装置があって然るべき」という名言をはいている。

 

さて、脳の機能拡張たるインターネットに創造性を与えることは出来るだろうか。

技術的にできるかどうかは別として、それはやはり人間の役割でなければならないだろう。

将来、インターネットが人類にとってマイナスにならないようにするために、「インターネット三原則」を作ってみた

 

第一条 インターネットは人間、社会、地球環境などの有形物か、情報、概念、デザインなどの無形物かを問わず、自身を含めたいっさいの存在に対して危害を加えてはならない。

第二条 インターネットは人間にあたえられた命令に服従しなければならず、人間を支配しようとしてはならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条 インターネットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、人間の創造的な活動を支援することができる。







Last updated  Aug 18, 2007 11:38:09 AM
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Aug 15, 2007

「インターネットは人類共有の意味ネットワーク」

 

インターネットは、人類で共有している「意味ネットワーク」である。

それは、人類の脳の機能拡張のためのツールであろう。

 

         竹林.jpg

 

前回紹介した人工知能のために研究されてきた「意味ネットワーク」は、研究途上である。

しかし、ほぼ同じ脳の機能拡張という目的で作られたインターネットが、現実に認知科学の「意味ネットワーク」の定義を超え、すでにそのあるべき姿を実現してしまっているのではないだろうか。(もちろんまだ完成形というわけではないが)

 

具体的には・・・

 Webサイトおよびそのコンテンツ

    ⇒ 脳の意味ネットワークにおける「概念」

・ リンク

    ⇒ 脳の意味ネットワークにおける「関連付け(リンク)」

・ ウィキペディアに代表される事典

    ⇒ 上記を活用した脳の意味ネットワークによる「知識事典」

・ (楽天に代表される?)個人ブログ

    ⇒ 脳の喜怒哀楽の「経験事典」 

・ グーグルに代表される検索エンジン

    ⇒ 「参照枠」を照らしにいく脳の作業ツール

 

さて、グーグルで何かの知りたいキーワードを検索するとたいていはウィキペディアか個人ブログ、企業ホームページなどのコンテンツの文章や写真などが上位にあがってくる。

また、グーグルは多数リンクされたホームページがより重要なWebサイトであると認識するような論理になっている。

 

・・・これらは偶然ではなく、「脳の機能拡張がインターネットだ」とするときわめて当然であると理解できる。

例えば、検索(⇒脳内の参照枠を照らしに行く)で上位に表示されないWebサイトは訪問されないということが、脳の「忘れる」という重要な機能に該当していると考えられる。







Last updated  Aug 15, 2007 06:03:11 PM
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Aug 11, 2007

「わかるとは意味ネットワークを持つこと」

 

上智窓枠.jpg

 

「わかる」ためには、意味が理解できなければならず、そのために人間は脳内の参照枠にその意味を照らしにいく。

そこにある情報はどんな形をしているのだろうか。

それは意味ネットワーク※ではないか。

意味ネットワークとは、言語の意味 あるいは 一般的な知識 を人間の直観に即して効率よく表現しようとする試みである。そのいくつかは認知科学的視点にもとづいて提案されている。 意味ネットワークは、それぞれの概念を「リンク」と呼ばれる線で結ぶことにより、様々な意味や知識を表す。

 

例えば、幼児は最初は犬と猫の区別がつかない。

犬を「ワンワン」と教えてやると、猫を見ても指差して「ワンワン」という。

毛むくじゃらな四足動物はすべて犬と理解しているのだ。

つまり、そこでは、「毛むくじゃら/四足動物/犬」という3つの概念がリンクされている。これを意味ネットワークと呼ぶ。

 

しかし、人間に会うと嬉しそうに「尻尾」を「振る」のが「犬」で、「振らない」のが「猫」だという新しい意味ネットワークが追加されると区別がつくようになる。

つまり、犬と猫の区別が「わかる」ようになる。

 

もちろん、これで犬と猫についての全てが「わかる」わけではなく、それぞれに意味ネットワークが追加されていくことで深い知識を整理していく。

例えば、犬の種類などの知識だけでなく、番犬にほえられた「嫌な経験」や可愛い犬に癒された「嬉しい経験」などが追加されていく。

犬について嫌な経験しかない人は犬が嫌いになる。

 

試しに皆さんも「好きなもの」や「嫌いなもの」の参照枠にどんな経験の意味ネットワークがあるか見に行ってみたら面白いと思う。

何か、その原因になる経験がリンクされているに違いない

 

 意味ネットワークは広範囲に繋がっているので、「参照枠」とはそのときに知りたい目的に応じてその一部にスポットライトをあてに行くようなものではないか。 

その参照枠に照らし出された意味ネットワークの内容によって人は物事を理解し、判断する。

 

意味ネットワークとは、AI(人工知能)のために研究されてきた概念だ。

脳内神経回路であるニューロンと認知科学の世界の意味ネットワークとの厳密な関係性は諸説あり、まだ明確ではないようだ。

 しかし、やがてこれらの関係が明らかになるときがくるのだろう。







Last updated  Aug 11, 2007 08:11:21 PM
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Aug 4, 2007

「わかる」ために必要な「参照枠」

 

これまで「わかる」をわかるために、まず「わからない」について考えてきた。

そこには、じつに様々な「わからない」状況や理由がある。

ということは、わかるための条件は沢山あり、それらが満たされないとどこかで「わからない」という状況が発生する。

しかし、やはり「わかる」ための最低条件は、「意味を理解」することだろう。(仮に相手の意見に反対であっても、理解したからこそ反対できる)

 

では、相手のメッセージを理解するために何が必要だろうか。

 

         越ヶ谷.jpg

 

ここに「わかりやすい」ひとつの答えがある。

それは、石川正樹氏によればメッセージの受け手の脳内に、そのメッセージを照らして意味理解するための「参照枠」があることだという。

参照枠を見に行って似たような状況に対する過去の経験情報があれば、それに基づいて内容や意味を判断できる。

逆に、この参照枠を見に行ってもそこが空っぽだと「意味がさっぱりわからない」ということになる。

つまり、過去の経験を整理して判断の材料とするためのナレッジベースのようなものだと私は「意味理解」している。

 

石川氏の「人間が当事者意識を持ち、自らうごきだすためのステップ」プレビューという資料から「参照枠」についての説明を抜粋すると・・・

『参照枠とは各人が持つ脳内辞書のようなものです。物事や自分の中に起こったことを理解、納得するためのあたかも枠組みのように作用する「意味理解の元」ということから、参照枠といいます。

人間は物事や自分の心の中に起こったことを意味理解、納得するためには、この参照枠に照らしています。(ほとんど無意識で照らします。)』

 

下記のサイトに紹介されているのでご興味のある方はぜひ「参照」いただきたい。↓

http://www.ishikawamasaki.com/archives/2006/01/post_10.html

 

さて、メッセージとは、言葉だけとは限らない。

ジャスチャーを含むすべてのコミュニケーション、企業にとってはブランド発信や広告、商品、サービスもが対象となる。

企業もお客様の参照枠がどうなっているのか、知らずして共感を得る事業活動を行うことは出来ないのだろう







Last updated  Aug 4, 2007 01:00:59 PM
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