～ 　i n n o c e n t　 t r i p　 ～

ＡＭ９：３０．担当教員と明日からの実験の打ち合わせをし、『それでは今日は何しましょう？』と訊ねると、「今日は特にないっ」と言われた。

先週水曜日にそう言われたときは苦笑いしたが、今日はおそらく何もないんだろうと僕自身わかってもいたので、素直に内心喜んだ。

いちおうの仕事として、明日からの実験に使う弁当箱を洗い、マジックで記入された文字をアセトンで消し、蓋に密閉用の輪ゴムをはめ、蓋を閉める。これを２０個ほど組み立てた。

まるで工場でパートしているおばちゃんの気分だ。ひたすら箱を、組み立てる。

箱に書かれていた文字は、９４．０７．××。今からちょうど10年前に使われていたものだ。

何せ僕の卒研、うちの研究室で８年ぶりに動き出したものなので。。。

「10年前はsino君何してた？」と担当教員に聞かれた。

『10年前…まだ小学生ですねぇ』

「小６かな、ちょうどうちの子とおんなじだね」

小学校６年生。何もかもがうまくいっていた頃。。


僕は今日、小学校６年生の頃にこの場所で書かれていた文字を、消していた。

10年前にこの文字を書いていた人は、10年後にこの文字をアセトンで拭き消している人のことなんて、考えたこともなかっただろう。（ちなみにこの文字を書いたであろう人を僕は知っているが）

10年前の僕は、10年後に自分が関西にいることなんて、考えたこともなかった。

10年後の僕は、10年前に自分が何を考えていたかなんて覚えてもいないだろう。

10年後の僕は、31歳。10年前の僕のことを思うと、果てしない時間のように感じる。

10年後にひょっとすると、僕の書いた「０４．０９．××」という文字を、消している人がいるのかもしれない。

10年後の僕は、どこで何をしているのだろう。

10年後の僕は、10年の間にどれだけのことを思ってきたのだろう。


10年の狭間にいる僕は、ちょっと不思議な気分で、弁当箱を組み立てていた。


明日からは、忙しい。


今日は早く帰宅して、本を読みながら、コーヒーを飲み、アーモンドチョコをつまみ、たまにパソコンに向かって文章を打つ、休日よりも優雅な時間を過ごしていた。