琉球処分
人は過去からしか学ぶ事は出来ない。
現状で採りうる手段の最良を選択する事、未来を予測する事、すべて過去を学びその結果を研究して出していくしかない。
『琉球処分』大城立裕著という本がある。59年から琉球新報で連載されていた作品で、現在は講談社文庫に入っている。
琉球処分とは明治政府が琉球王国を統治下に置き、『日本』としていく琉球解体の事である。
当然の事だが、江戸時代まで沖縄は琉球王国であり、琉球国王が治める国であった
そして、琉球は薩摩の属領とされつつ清にも朝貢を行い、国王交替の折りには冊封を行っていた。
その後、明治になり日本政府が琉球を日本とする。
この辺は、普通に学ぶ歴史である。
しかし、この教科書なら数行で終わる事件も、現実には様々な問題が起こっており、それは現在にも問題を積み残している。
詳細は勿論、本小説を読んでいただきたい。
寧ろ、現代日本人が読むべき小説であると言っていい。
小説であるからフィクションではあるが、其処には琉球の人々の想いや考え方、対する政府の思惑なとが生々しく描かれている。
結果から言えば琉球を沖縄として『日本』になっている。
しかし、この道筋、方法が正しかったのか、それはそれぞれの考えがあると思う。
しかし、現在の普天間基地他、在日米軍問題などにも繋がる禍根を遺したとの指摘もある(佐藤優解説)
解説で佐藤優は『沖縄の人での間に、かつて自らの国家であった琉球王国が存在し、それがヤマトによって、力によって滅ぼされたという記憶がよみがえってくる。そうなると日本の国家統合が内側から崩れだす。』と記している。
沖縄が日本である事は俺は疑わない。しかし、沖縄には独自の文化や言語が存在し(本土各地域にも独自文化は存在するが、その差違が特質)、このアイデンティティーの方向によっては危惧が現実化する可能性も皆無ではないと思う。
では、どうするか。
それは個々に考えてもらいたい。
俺にも考えはあるが、此処では沈黙しよう。
いつか書くかもしれないが、まっさらな気持ちで読んで、考えてもらいたい。
ただ、この小説から琉球とヤマト、現代日本に於ける沖縄問題だけを読み解くのは勿体無い。
此れは日本という、世界の中の小さな国が如何に生き残って行くかを考える指針にもなるのではないかと思う。
清と日本という二つの大国に挟まれた琉球という小国の採った道から、我々も考えるべき事があるのではないだろうか。
流れの中で、曖昧に過ごしていると、自分の思う場所ではないところにたどり着いてしまう。
曖昧なままに激流に嵌まってしまえば気付いても遅い。
常に、危機感を持ちつつ先を見据えていなければ、いつ激流に準備も無いまま放り込まれるかも判らない。
今の政治エリート達にその危機感はあるのだろうか。
国民に、そんな政治エリートに対する危機感はあるのだろうか。
俺は俺の出来る事しか出来ない。
そして、それが正しいかを考え続けるしかない。
結果は現在が過去にならなければ判らない。
ベタな言葉であるが、結果は歴史が判断する。
このブログを読んで呉れた方がこの本を読んで考えるきっかけになれば幸いである。