合宿-解決編-6 「アリバイが無いのは分かった。じゃあ、動機は?俺らの中に犯人がいるとして、どうしてあいつらを殺す必要があったんだ?」 言いながら、野村は立ち上がりタバコをジャケットから取り出して、火をつけた。 「この際、動機なんて分からないんじゃないの?」 「そう、志水さんの言うとおり。今の状況で動機を探るのは難しいです。僕たちが知らないような事だって沢山あるはずです」 野村はいらいらした様子で、少しくわえただけのタバコを灰皿に押し付けた。 明らかにさっきまでと様子が違う。落ち着きがない。よく観ると河村も足を小刻みに揺らしているし、志水も目が泳いでいるように見える。 「じゃあ、犯人は分からないままか?」 「いえ、それはさっき野村さんが言ったように、犯人だけならアリバイや、状況からある程度推測は可能なんです。いかに信じがたい動機があろうと、なかろうと、そのとき犯行が可能であった、物理的に実行可能であった人物が犯人なのです」 「じゃあ、俺らが犯人ではないわけだ。みんなそれぞれアリバイがあったんだから。犯人は管理人か、武田だ」 河村はまだ武田犯人説を言っているようだった。 事件を整理してみる必要がある。まだ眠たいのか、頭の中は霧がかかっているようにボーっとしているし、手足の感覚も鈍いようだ。 武田は朝電話してきたきり、連絡はない。いざペンションについてみると武田はおろか、管理人もいない。夜中、二階へ上がり部屋を調べている間に、三嶋が消え、階下では小川と神乃が消えた。翌朝、起きてみると山田と吉野が消え、鍵かかかった部屋あって、気がつけば竹之内が殺されていた。鍵のかかった部屋を空けてみると、中には消えた順に殺されている、みんながいた。アリバイはひとつずつ無い。 自分で言ったことだが、この状況下では動機から犯人を当てることは難しい。でも、今までの情報から、ある程度ここで起こったことを再構築するのは出来る気がする。 頭がガンガンする。考えがまとまりつつあるのに、きっと座っているのが精一杯だろう。 雅人は背もたれに深く寄りかかった。 「分かった。犯人は俺じゃない」 不意に、野村がそんな声を上げた。 「そうよね。野村君は小川さんと付き合ってたのよ?それなのに殺すはずが無いわ」 「じゃあ、志水さんじゃないですか?犯人は。俺だって三嶋さんを殺す理由もないし」 こいつらは何回言えばわかるのだろう。 「さっきも言いましたけど、今回は理由を気にしていたら犯人は分かりません。野村さんは小川と付き合ってた。それは誰もが知っています。例えば、例えばですよ?神乃が小川とよからぬ事をしていたら?それを知った野村さんが嫉妬して、2人を殺したって言われても仕方が無い。それに河村だって、殺したいくらい邪魔な人がいるかも知れない。志水さんもそうです。僕らが分からない理由で犯人と思われるかも知れないんです。狂人には狂人なりの理論っていうものがあるって言う人もいるくらいです。殺人を犯すときだって、ちょっとした弾みって事もあるし、前々から計画していたかもしれないし、いつ、どんなタイミングで自分が殺人者になるか分からないんです」 野村がうんざりしたように、片手を挙げて話を止めた。 「分かったよ。お前が言いたいことはわかった。そこまで言うなら、お前が殺してないっていう正当な理由があるんだろうな?」 雅人は野村の発言が矛盾していると思った。理由も何も関係ないと、今話したばかりなのに、雅人には殺していない理由があるか、と聞いてきた。 どうもおかしい。雅人の頭がおかしいのか、それとも…… 「あれっ?野村さん。それは今こいつが言ったことと矛盾してません?」 河村が気づいたようだ。雅人が言うよりも早くに発言した。 「そうか?」 「そんなこと無いんじゃない?雅人君だって犯人かもしれないのよ?」 またおかしなことを言う。 「そうですよ。僕が犯人かもしれないんです。それは動機からじゃ分からないって、何回いえば分かるんですか」 いきなり志水が立ち上がり、怒鳴りつけてきた。 「じゃあ、雅人君は犯人が分かったって言うの?どうなの?言ってみなさい。あなたに分かってるんなら、言ってみなさいよ!」 怒鳴りながら寄ってきた志水の眼を見ると、血走っていた。相当なストレスで参っているのか。 犯人が分かっているかといわれれば、分からなくもない。見当は大体ついていた。理由はさっきからいっているとおり、分からないが。 「大体めぼしはついています。今言えというなら言えます。でも、まだひとつ分からないことがあるんです」 「おまえ、分かってるのか?犯人が」 野村もこちらを見て、身を乗り出した。 雅人は体勢を立て直して、座りなおした。 「ええ、大体ですけど。無駄にミステリを読んでいるわけじゃないんで。ただ、分からないことがまだいくつかあって…」 「いいよ、そんなん。言いながら分かるかもしれないから、とりあえず言っちゃえよ」 河村もはやし立てる。 「分かりました。その代わり、話が終わるまで邪魔はしないでくださいよ」 雅人はそのときだけ、出来るだけ大きな声で、部屋中に響くように言った。 3人はいきなり雅人が大声をだしたからか、ちょっとびっくりした様だったが、雅人はそのまま続けた。 「動機は完全に無視します。後で犯人に聞きますから。さっきから話しているように、アリバイと現場の状況から犯人を割り出します」 皆がうなづいた。 「まずは小川と神乃の時。確かあの時アリバイが無かったのは、河村でした。他の僕たちは2人以上で行動していたので、不可能です。と言うことは河村が小川と神乃を殺した犯人です」 河村が立ち上がろうとしたので、雅人はにらみつけて、手を上げて制した。 「河村は部屋の探索もそこそこに、みんなの姿が部屋の中に消えるのをみてから、大急ぎで一階に行き、酒で熟睡していたと思われる、小川と神乃を手近にあった灰皿かなんかで、ためらわずに殴り殺しました」 雅人は近くにあったガラスの灰皿を持ち上げて、振り回して見せた。 「なんで、神乃の顔だけあれだけ激しく殴られていたのかは分かりません。とにかく、二人を殴り殺した河村は、急いで二階に上がって階段の前で誰かが来るのを待ちました。これで、河村の犯行はおしまいだと思います」 「おしまいって、他の殺人は?」 野村が妙にあせった表情で聞いてきた。 「まだ、続きがあるんです。次は三嶋さんの時。そのとき単独行動を取っていたのは、野村さんです」 雅人は野村をちらりと見た。さっきとは打って変わって、涼しい顔をしている。感情の起伏が激しいのか、それとも……。 「なので、三嶋さんを殺した犯人は、野村さんだと思います。たぶん野村さんは、みんなが探検をしようと言い出したときに、『みんなを脅かしたいから一人になったら、ベランダにでも隠れていてくれ』とでも三嶋さんに言ったんでしょう。野村さんはこの通りおどけた行動をすることが多いから、三嶋さんも特に気にすることも無く、一人でベランダに隠れたはずです。そして、みんなで三嶋さんが隠れている部屋に入って、さりげなくベランダに出た野村さんは、油断していた三嶋さんの首をベランダにあった縄で絞めて殺します。たぶんこのとき、物干し用にベランダに張ってあった縄の一部を使ったんでしょう。時間的にも、野村さんはこの後すぐに三嶋さんの遺体をベランダに残し、誰もいなかったと言って、部屋から立ち去ったのです」 ひとつ息を吐いて呼吸を整えると、志水が下を向いたまま青ざめた表情でうなだれていた。これら言おうとしていることをなんとなく、というよりもはっきりと意識しているのだろう。震える手で、タバコとライターを取り出して、火をつけようとしている。 「次は、山田と吉野の1年生女子コンビ。もうお分かりですね。アリバイが無いのは志水さん。つまり志水さんが二人を殺した犯人なはずです。志水さんは同じ部屋にいた河村が寝たのを確認すると、山田たちが寝ている部屋に入ります。鍵はかかっていたはずですが、あの二人ですから、きっと鍵はかかってなかったんでしょう。二人の遺体のあの燃え方からすると、何かアルコール類をかけられていた感じがしますから、食堂から何か持ってきてから部屋に向かったのかもしれないですね。部屋に入った志水さんは、すばやく二人にその何かをかけて、その持っていたライターで火をつけます」 雅人は志水が今取り出したライターを指差した。この合宿で志水がタバコを取り出したのはこれが初だった。なので、今ライターを取り出すしぐさを見た雅人は、とっさにこのことを思い立ったのだった。 志水の手は相変わらず震えており、なかなか火はつかなかった。 「この暑さですから、二人は布団なんてまともにかぶっていなかったでしょう。ふたりが黒焦げになって死んだのを確認すると、その足で河村を起こしに行きます。殺してから燃やしたのかははっきりしませんが、殺さずに火をつけたのなら、燃えているとき二人が暴れたはずですが、幸いにも河村は熟睡していた。志水さんの場合は非常に運が良かったんですね。と言うことで、今僕が分かっているのはここまでです。何か違っている点はありましたか?」 やっといい感じになってきた。これこそ『僕』が求めていたもの。 「俺から言おう」 野村が口を開いた。再びタバコを取り出して吸い始めた。 志水のライターはいまだ点かない。 「今雅人が言ったことで大体合ってる。ひとつ以外は」 そのひとつが気になるところだが、後で聞くことにした。 「どうして三嶋さんを?」 「さっき雅人に言われて、ドキッとしたんだけどね。三嶋さん、小川に手をだしたらしいんだ。二人がラブホから出てくるのを見たって言うやつがいて、町で何回かデートしてるのを見たって。でも、小川は嫌そうで、三嶋さんが無理やりつれて歩いてたって。だから、俺、なんか、頭にきて……それで」 見解どおりと言うところか…… 「俺もそう。ひとつを除いて雅人が言ったことで間違いない」 野村に続いて、河村も話し出した。河村のそのひとつもちょっと気になるが、きっと野村と同じ点だと思う。 「俺さ、ひそかに小川が好きだったんだよね。野村さんには悪いと思ったんだけど。で、それをしってる人から、神乃が小川にいろいろ手をだしてるって聞いて。だから、ホントかどうか確かめようと思ってあの夜、神乃と小川だけにしたんだ。こっそり戻ってきたら何してるか見てやろうと。そしたら、二人が同じソファで、重なるように寝てて、それで、俺、カァーっときて、上にいた小川をその灰皿で吹っ飛ばして、そのまま神乃をぼこぼこにして、まさか死んだなんて思ってなくて」 言葉に詰まる河村を横目で見ながら、志水はまだライターをつけようとしていた。 「志水さんも話してくれますよね?」 雅人は志水を見た。ライターをひねる手を止め、志水は顔を上げた。 「ある人から、河村君があの二人に嫌がらせメールを受けて、困ってるって聞いて。あたし、河村君が好きだったから、バスの中で二人と話したのよ。本当にそんなメールをしているのか、してるんならやめるように言うつもりだった。そしたらあの二人そろって、笑いながら、『私たちも河村先輩好きなんです~』って。それも全く悪びれた様子もなくて、まるでそれが当たり前のような顔して言うから、もういつか殺すしかないと思って。そうしたらちょうど良くみんながいなくなって、この騒ぎに乗って殺しちゃえばいいと思ったのよ」 志水は発言が終わると同時に再びライターひねった。今度はすぐに点いた。 「志水さんの場合は運が非常に良かったのと、ある意味悪かったんですね」 「どういうこと?」 野村が聞いてきた。 「運が良かったのはさっき言いました。運が悪かったのは気持ちが高ぶっていたときに、みんながいなくなりはじめたこと、部屋の鍵が開いていたこと、二人が暴れても河村が起きなかったこと。どれかが欠ければ思いとどまれたでしょうに」 雅人は3人の意見を聞きつつ一番気になったことをまとめた。 「皆さんが言う、うわさとか、誰かから聞いたとか、ある人とか、いったい誰ですか?まぁ、大体分かります。その手の情報を話す人も」 すると、みなが声を合わせて 「武田から聞いた」 と答えた。 やはり、思ったとおりだった。武田は副部長の立場を生かして、幹事などを沢山やっていたので、色々情報通だった。 「皆さんが一番不思議に思っていることは、自分が殺した人の遺体がいつの間にか消えて、ひとつの部屋に集められたことでしょう?河村の場合だって、野村さんの場合だって、時間的な問題からも、自分で死体を動かしたとは思えないんです。そんなことが出来そうな人で、いまだに発見されていないのは、武田だけです」 3人の目からは驚きがにじみ出ているようだった。 「こうは考えられませんか、武田は下準備として、あらかじめみんなに小川が三嶋さんと町を歩いているとか、神乃が小川に手をだしているとか、河村がメールに困っているっていう話をしていました。当日、自分がいなくてもちゃんとペンションに行くように、僕に行動表やら地図やらを渡して、自分は前日からひとりで単独行動を取り、一番にここのペンションに着きました。途中、石沢先輩の不在を告げる電話が僕の所にありました。石沢先輩はなかなか頭の切れる人物だし、別の大学に彼女がいるから、きっと仕掛けができなかったんだと思います。とにかく、石沢先輩と管理人をどうにかして遠ざけた後、自分は見つからないようにこのペンションに身を潜めます」 「そうだ、すっかり忘れてたけど、石沢先輩がいたんだ。どうしてるんだろう今頃」 河村がのんきに言った。かまわず雅人は続けた。 「そこへ僕らがやってきて、痺れを切らした河村と野村さんが、武田の思惑通り、ほぼ同時期に犯行に踏み切ります。この段階で死体が見つかっていれば、志水さんも変な思いはおきなかったでしょう」 雅人は火のついたタバコをただくわえているだけの志水を見た。 諦めなのか、どこかのねじが外れたのか、志水の目線ははるか遠く、窓の外だった。 「隠れていた武田は、計画通り河村が二人を殺してくれたので、河村が二階に上がったあと、二人をどこかに隠します。その後、みんなが三嶋捜索を終えて、食堂にいる間に例の部屋に行くと、こちらも計画通り三嶋さんが殺されていました。そこで一旦、部屋に鍵をかけて部屋に入れないようにします」 「ちょっと待って」 いきなり、志水が手を上げた。もうこちらの世界には帰ってこないような目をしていたのに。やはり、何かがおかしい。 「それをやったのが武田くんだとして、鍵はどこから手に入れたの?あの部屋の鍵はあたしがもってて、次の日になくなっているのに気がついたのよ?」 「一番にペンションに来て、管理人をどうにかして消しているんです。もしかしたら殺したかもしれない。そうすると、マスターキーを持っていた可能性があります」 なるほど、と野村がうなづいた。 「続けます。みんなが寝静まった後、どこかから、三嶋さんが死んでいる部屋に、小川と神乃を運びます。このときもしかしたら、武田がマスターキーを使って山田たちの部屋の鍵を開けておいたのかもしれません。部屋にこもって、死体を今朝の様にセッティングしていると、どこからか暴れまわる音がしたかもしれません。御察しの通り、志水さんが二人を焼いている音です。それに気づいた武田は、志水さんが河村を起こしている間に、急いで二人を三嶋さん、小川、神乃が置いてある部屋に運びます。河村を起こすのに手間取ったと志水さんは言っていました。どのくらいかかったか、覚えてますか?」 雅人は志水を見た。 「よくは覚えてないわ。でも、怖かったから、結構がんばって起こしたの。『二人の様子が変なの』って。それでも、10分くらいかかったかしら」 二人が死んでいると志水が言っていれば、その時点で事件は終わっていたかもしれないな、と雅人は思った。 「ならば、時間はあったと思います。武田は『ひまわり』に再び鍵をかけると、志水さんと河村に見つからないように、二人の部屋に忍び込み、鍵を盗み、また隠れました。だから、僕の考えがあっていれば、今もどこかに隠れているはずです」 雅人がそういうと、3人はあわてて周りを見回した。 そう、今も近くで、この状況を見ているに違いないのだ。でなければ、説明がつかない。 すると何かに気づいたのか、河村が声を上げた。 「竹ノ内さんは?あの人の場合はどうなんだよ?」 「そうよ、忘れてたけど、あの人はあたしは殺してないのは確かだわ」 「俺だって」 野村もあわてて否定する。 「だから言ったでしょう?分からない点があるって。それは竹ノ内さんの場合です」 すると野村が何かに気づいたように言った。 「河村のトイレはアリバイがないって言うんじゃないのか?30分近くも行っていたんだぞ?」 「それは本当です。俺は本当にトイレでボーっとしてて…」 「それにそれだって武田くんがやったかも知れないじゃないの?」 ここぞとばかりに3人は突いてきた。 「だからどっちがやったか判らないから、判らないといったんです」 「どっちがやったかなんて、俺はやってないんだからな」 これはおかしなことになってきた。『僕』が予期していないハプニングだ。 「俺は見てたぜ」 食堂の入り口から不意に大きな声がした。 雅人たちがほぼ同時に振り返ると、そこには武田が立っていた。 武田も疲れているのか、少し顔が青いようだった。服は黒く汚れていて、何かをしていたのは明かだった。 「武田!!」 叫んだはものの、誰も近寄ろうとはしなかった。今聴いた話が頭に残っているのだろう。 「いま、雅人が話したことで大体あってるよ。よく少ない情報量でそこまで考えたもんだよ。でもさぁ、やっぱ、頭おかしいな、雅人は。ミステリの読みすぎだよ」 笑いながら、武田は部屋に入ってきた。 「見たって言ったよな。何を見たんだよ」 河村が立ち上がる。 「だから、竹之内が殺されるとこをだよ」 武田はさらりと言ってのけた。 見た?まさか。あの時は…… 「まあ、言っちゃえば、あれも俺が仕掛けたようなもんだけど。よく考えれば、犯人もすぐ分かるよ」 武田は笑いながら、何かを忘れてるぞ、と言うような目で雅人たちを見た。 「なんなの?武田君、あなた何を知ってるの?」 志水が立ち上がった。 そこは雅人もわからないところだ。河村があそこまでやってないと言うのだから、賭けだがやったとしか思えないのだから。 「俺は自分がやったことには一貫性を貫いたつもりだ。つまり、ただ死体を移動するだけ。凶器も、死体にくっついていれば、そのまま移動させた」 よく思い出してみると、三嶋の死体にはロープがまきついたままだった。 「それがどうしたって?」 野村がさらに突っ込む。 「つくづくバカだなとおもうよ。でもさぁ、いくらバカでもここまで言えばわかるだろ?凶器だよ、凶器。竹之内は切り裂かれて死んでたんだろ。それが出来るのは刃物だ」 「そうだよ、ナイフ類が部屋になかったじゃないか」 野村は気がついたらしく、妙に納得したような目で雅人のほうを見た。 「部屋に凶器がないということは、どこかに捨てたか、今も犯人が持っているということだ」 武田はこれでとどめだと言うように、口を閉ざし、ソファに深々と腰掛けた。 「今も持ってるって事は……」 「持ち物検査だな」 志水の後に河村が続けた。 まず野村が、河村と雅人に検査され、異常なし。怪しい物はなかった。志水も同様だ。女性なので、手加減した部分もあったかもしれないが、刃物はなかった。 そして、雅人の番になった。 「さぁ、次は雅人だ。大丈夫だよ、顔色が悪いけど」 「そうそう早く終わらせよう」 野村と河村にあおられる。 「まずは上着からだ。内ポケットとかも見ないとな」 雅人はゆっくりと上着を脱ぐ。 「どうしたの?」 上着を脱ぐところで動きが止まった雅人を、志水が見つめる。 他の3人からは凶器は出なかった。残るは自分だけ。もし自分のポケットに入っていたら、自動的に自分が犯人だ。 だとしても、なんで、自分のポケットに入っているのか分からない。まさか本当に自分が犯人なのか。自分も他の3人と同じように、武田に乗せられたのか。 「早くしろよ」 雅人は力なく上着を落とした。 「ん、なんか音がしなかった?」 河村が上着を持ち上げて、ポケットをまさぐった。 「おい、これって……」 右のうちポケットから出てきたのは、折りたたみ式のサバイバルナイフだった。 みんなが雅人を見た。 「僕は…僕は…」 それ以上言葉にならなかった。もちろんやったと言う記憶は全くない。少なくとも起きている間は。 「俺もびっくりしたよ。まさか雅人まで、こうもうまく動いてくれるとはね」 武田が笑った。 「みんなが寝静まった後だったな。時間は覚えてないけど。様子を見るために各部屋を回ってたんだ。そしたら、雅人が竹之内を殺してたよ。腹を切り裂いて」 「でも、竹ノ内君は寝てたんじゃないの?」 「雅人の演技だろうよ。本当はもう死んでいるのに、まだ寝ているような感じで起こそうとしてた」 そんなはずはない。もしやったのだとしたら、無意識にやっていたことになる。そんなバカなことが。 「そんなはずはないと思っているんだろ?」 武田が雅人に言った。 「自分でどんなに否定しても、凶器を持っているのはお前だし、俺という目撃者もいる。竹之内を殺したのはお前だよ」 「私たちだけを犯人にして自分は助かるつもりだったのね」 「汚いやつだなお前も」 「どうせろくな理由もなしに殺したんだろ」 ああ、分からない。目が回る。もう時間か?でも、このままだと…… 7 そこで、僕は目が覚めた。 「どうだったかね」 横を見ると、白髪で、白衣を着た老人がたっていた。 「どうにもこうにも、ここまでうまくいくと思えない」 僕は頭に乗っかっている、ヘルメット状の装置をはずしながら言った。 「じゃが、今までの下準備はばっちりなんじゃろ?」 「まあね。でもさぁ、いまひとつ雅人の動機が弱い気がするんだよね。うっとしいからの理由で殺したりするんかな」 「あんたの計画だとちゃんと雅人君の上着からはナイフが見つかって、記憶がないうちに殺したことになっているんじゃろ?」 老人は装置のスイッチを切った。 「そうだよ、うまく河村が、あたかも『ポケットからナイフが出てきました』っていう風にやってくれれば、だけどね」 「そんなに言うなら、自分の視点でシミュレーションしてみればよかったのに」 「それでもよかったんだけど、石沢の次に切れるのが雅人だしね。どういう反応をするか知りたかったのもあるし」 「装置の充電にはあと2週間ほどかかる。合宿までに次のシミュレーションをするのは無理じゃな」 「わかってる。合宿はあさってだもの。今から石沢を呼び出して、殺しとかないと」 「石沢君を殺す理由はあるのかな。理由をつけて休ませればいいと思うのじゃが」 「いいの、いいの。細かいことは。とにかくこの『シミュレーションマシン』のおかげで、合宿前に計画がうまくいくと確信できたよ。さすがはドクターだね。良いマシンを発明してくれたよ」 「ばれないように計画がうまくいくことを願うよ、武田君」 僕は力強くうなづいた。 完 ジャンル別一覧
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