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カテゴリ:政治
沖縄県議会、与野党が謝罪・撤回要求 自民・西田氏のひめゆり発言
第二次世界大戦末期の沖縄戦に動員された「ひめゆり学徒隊」の学生や教員を慰霊する「ひめゆりの塔」の展示について、自民党の西田昌司参院議員が3日に那覇市であった憲法記念日のシンポジウムで「歴史を書き換えている」という趣旨の発言をした。西田氏は一連の発言について「事実を言っている」と述べ、撤回しない考えを示したが、与野党からは批判の声が上がった。 シンポジウムは沖縄県神社庁や神道政治連盟県本部、日本会議県本部などでつくる実行委員会が主催し、自民党県連が共催した。 西田氏は記念講演で、2007年に参院議員になる前に訪れたというひめゆりの塔について「今はどうか知りませんが、ひどい。あの説明のしぶりを見ていると、要するに日本軍がどんどん入ってきてひめゆり隊が死ぬことになった。そしてアメリカが入ってきて沖縄は解放された。そういう文脈で書いている。歴史を書き換えられると、こういうことになっちゃうわけだ」と発言した。 その上で「沖縄の場合は地上戦の解釈を含めて、かなりむちゃくちゃな教育のされ方をしている。自分たちが納得できる歴史をつくらないと、日本は独立できない」として歴史観を見直すよう呼びかけた。 西田氏は会見で「今回の発言で県民を傷つけたとの報道になっているが、そういう意図はない。切り取られた記事が誤解を生んだ。そこは非常に遺憾に思う」と述べた。ひめゆりの塔の展示については、20年以上前に視察したとして「(ひめゆり平和祈念資料館の)近所の洞窟のようなところに入って、その展示を見た記憶がある。一つ一つの言葉は覚えていないが、明確に違和感がある印象を受けた」などと説明した。(以下略) --- 2か月ほど前にも、この人の発言を記事にしたことがありますが、その時には、夏の参院選について自民党が「今の体制では戦えない」などと石破首相の退陣を求める発言でした。いやはや、400万円の裏金議員が自分を棚に上げてよく言うよ、と思ったものですが、またも暴言です。 西田自身は「真実を言っている」のだそうですが、「一つ一つの言葉は覚えていないが、明確に違和感がある印象を受けた」のだそうです。いやはや、今回、わざわざ那覇まで行って講演でひめゆりの塔に難癖をつけようというのに、20年前のおぼろげな記憶だけで、一つ一つの言葉は覚えていない、というただの「印象」だけでこんなことを言ってしまうことに、驚きを禁じえません。 わざわざ沖縄で講演するんだから、文面を見てくればいいじゃないですか。あるいは、それこそひろゆりの塔にもホームページがあり、そこに当然沖縄戦についての記述もあるのだから、それを確認したうえで発言すればいいじゃないですか。 西田議員にとって講演というのは床屋政談、飲み会での放談と同レベルの無根拠言いっぱなしでOKの場、なのか、と言わざるを得ません。 事実として、沖縄県は一般国民が生活している場としては唯一、日本の領土で本格的な地上戦が行われた場所です。公式な戦死者は18万人とされ(それも、過小評価であった可能性はありますが)、1944年の沖縄県人口77万人のうち、4人に1人近くが亡くなるという悲惨な戦いとなったことは、明白な事実です。 その中で、日本軍が住民に牙をむいた事例(スパイ容疑をかけて住民を処刑、砲弾が飛び交う中で地下壕から住民を追い出す、集団自決の強要や投降の禁止など)が少なからずあったことは、数多くの証言によって裏付けられています。 「地上戦の解釈を含めて、かなり無茶苦茶な教育のされ方をしている」と言ったようですが、無茶苦茶だったのは地上戦の実相そのものです。だからこそ多くの住民を巻き込んで、人口の4人に1人に近い戦没者を出したのです。事実が無茶苦茶なんだから、無茶苦茶だったのだと教えるしかないでしょう。無茶苦茶だった事実を隠蔽するべきだ、と西田は言いたいのでしょうか。 「日本軍がどんどん入ってきてひめゆり隊が死ぬことになった」は、そりゃあ西田議員の歴史感には反するでしょうが、明白に歴史的事実です。それを歴史を書き換えている、と称する西田議員こそが、歴史を書き換えているのです。西田の言う「自分たち納得できる歴史」とは、ありていに言ってウソの歴史ということです。ウソの歴史で得られる「日本の独立」とは一体何か、皇国史観イデオロギーで粉飾されたかりそめの独立でしかありません。 負の歴史に目を閉ざし、書き換えた歴史によって捏造した「日本の独立」先に、明るい未来などないと私は確信します。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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