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『犬の鼻先におなら』

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2014年01月21日
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カテゴリ:(・・;)今日の偶然
 病院の待ち時間で赤瀬川原平翁の『ブータン目撃』を読んだ。その後、薬局の待ち時間で『からころ』という病院関連の無料雑誌を読む。
 その雑誌の巻頭に「赤瀬川原平さん入院加療の為、休載」と出ていた。


 知らなかった(>_<)。赤瀬川原平翁の一日も早い退院をお祈りします。






最終更新日  2014年01月27日 08時10分47秒
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2013年12月31日
カテゴリ:-y(^o^)..oO○
本年も物言わぬ「物」達に表彰状を贈る。

 白黒斑の野良(?)猫殿。
 貴殿は散歩中しばしば良く伴走(歩)し、病母を楽しませました。
 特に身をくねらせながら柵を潜り潜り、また飛び降りては足元によるという仕草は、愛嬌と共に猫の不可解さまでも良く伝えました。
 よって、その功績を称え、表彰します。

 ゴーヤと蟷螂殿。
 ゴーヤ殿は種植えが遅かったにも関わらず律儀に実をつけ、11月に入っても蕾をつけるという生命の粘り強さを身を以って示されました。
 また蟷螂殿はゴーヤの蔓にじっと数日間居続けるのみならず、適宜蔓の上を移動し、秋口に日々の楽しみを与えました。
 両者共に、生物は「死ぬまで生きている」という新鮮な感動をもたらしました。
 よってここにその功績を称え、表彰します。 
 
 掃除用ウェットティッシュ殿。
 貴殿は、想像以上の洗浄力で、よく掃除の任に堪えました。
 特に台所の油汚れ落としは当初の予測を遥かに越える洗浄力で、「こういうの宣伝ほどには落ちないんだよね」という発言の使用者を深く恥じ入らせるばかりでした。
 ここに貴殿の能力を高く称え、表彰します。

 
 本年も皆様ご苦労様でした。来年も宜しくお願いいたします。

 

 皆様も良いお年を。






最終更新日  2013年12月31日 12時36分04秒
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2013年11月08日
カテゴリ:(・・;)今日の偶然
 テレビ欄(8チャンネル)を見たら、「財前」という名前が、同じ縦位置に間隔を空けて、三つ並んでいた。
(その内、二つは「財前直見」さん。他はドラマの主役名)



 (「これを偶然とは言わない」とお考えになる方も多いと思います。しかし、偶然とは当人の意識と外界との関係の問題であると考えますので、「偶然と感じられたから偶然」としておきます。)






最終更新日  2013年11月23日 15時57分11秒
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2013年10月18日
カテゴリ:(・・;)今日の偶然
 万歩計の数字を見たら「7777」歩。
(「000」→「111」→「7777」。次はあるのか)






最終更新日  2013年10月19日 18時14分51秒
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2013年10月06日
カテゴリ:(・・;)今日の偶然
夜中、電子レンジのリセットボタンを押して時計表示にすると、表示時間が「1:11」。
(前回の「本日の偶然『12時』」も0:00といえる)







最終更新日  2013年10月13日 21時23分33秒
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2013年10月04日
カテゴリ:(・・;)今日の偶然
時計の針が12時丁度で止まっていた。






最終更新日  2013年10月13日 21時17分10秒
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2013年08月07日
ステレオタイプ。力点の場所を間違えている。固形物ばかり喰うな。「相棒」役者発見祭り。

 この映画は褒めないと“政治的”に正しくない事になりますよ。愛国運動も結構ですが、貶すと馬鹿と思われますよ(BYニポンリベラル)。以上感想終わり。

 
 (以下、“政治的”に“良い子”の皆は読んじゃ駄目だよ)

 アホらしいのでだらだら書きます。

 テレビで充分です。いつか必ず放送するでしょう。作っているのはテレ朝ですし。 
 水谷豊を観に行ったようなもんです(「相棒」好きだから、まぁいいか)。
 想像以上に駄目でした。

 まず原作。これが一部では有名な代物。妹尾河童の『少年H』。これが酷い、作者の人格が疑われるレベルと大評判(?)。
 「自らの記憶と体験を元に書いた作品である」と言いながら、「お前は超能力者か!」のありえない記述のオンパレード。戦後明らかになった史実を何故か父親が知っていたり、参考にしたモト本『昭和二万日の全記録5巻・一億の「新体制」』の誤記を右から左に写していたりと、「何がどう、自らの記憶と体験なんだよ」の世界。
 あんまりにあんまりな内容に、児童文学者の山中恒氏が『間違いだらけの少年H』という本を態々、病(癌、心筋梗塞)をおして著した程。『少年H』より『間違いだらけの少年H』の方がずっと分厚く興味深い本になりました(笑)。
 
 念の為に書いておきますが山中氏は別にネトウヨ(笑)でも軍国主義者でも何でもない、強いて言えば寧ろ左翼の人です。「夥しい数の歴史的な齟齬と事実誤認」の出鱈目さが嫌なだけ(「年表と新聞の縮刷版をふくらませて作り上げたような作品」「戦争体験者の酒の席での与太話を小説風にまとめただけのもの」とは山中氏の評との事)。
 なお山中氏は野間児童文学賞最終審査会でもオカシイ点を指摘したそうですが、ハイ無かった事にされました。出版社もグル。そして目出度く340万部のベストセラーになったとさ。
 これはある意味戦前より酷いんじゃない?それともニポンリベラルなら言論弾圧と印象操作はスバラシイのか。せめてやるならスターリン並に徹底すべきでしょうね。左翼の人の批判なのでニポンリベラル大困惑の大混乱。 

 なお、この『間違いだらけの少年H』が発表されると、妹尾河童はこっそりと指摘された箇所を修正しています。

 結局、“超能力”少年「H」クンの「ボクの一家はこんなに聡明で道徳的にスバラシイ一家でした。ドウダ。周りの人間は戦争賛美の馬鹿ばっか。だから僕達のような偉大なリベラル一家が迷惑するんだよね」という自慢話で、当然「ボクのような全知全能、道徳完全人間のリベラル人が、永久戦犯民族ニポン人を支配する。その為には、嘘に印象操作に隠蔽工作と、何をやっても許されるのさ」に繋がる訳です(ニポンリベラルというのは思想上の問題ではなく、ある種の人格異常者が自己の異常性を正当化する為の「オイシイ理屈」として所謂左翼思想を利用しているんでしょうね。〔もっとも「利用できてしまう、親和性がある」と言う事は結構大きい。フランス革命の時から左翼の歴史は言論弾圧、大量虐殺、強制収容所の歴史だからね〕)。

 (関係ないけど、山中恒氏ってNHK少年ドラマシリーズの『とべたら本こ』『ぼくがぼくであること』の原作を書いた人だったんですね)


 しかし、原作がクソでも映画が素晴らしいと言う事はありえるしな(脚本は『三丁目の夕日』の古沢良太氏)。

 それに、「盛られている思想がウ○チでも、映画としての評価は別」だしね(ナチの宣伝映画『意志の勝利』は冒頭の空撮から見せたものね)。

 という訳で、観てきました。同行者は戦争体験者の老母(昔の事を思い出すのはとても良いそうだ)。

 
 前半は当に上記の原作のノリ。“超能力少年H”の“超能力者”ぶりを遺憾なく発揮されております。「新聞で報道されているのは皆嘘だぁ」とかね、超能力で判るの(笑)。
 ニポンリベラルのプロパガンダ。
 プロパガンダでも別に構わないけど、台詞で主張(イデオロギー)を“説明”しちゃうというのは、映画として駄目なんじゃない。
 以下、如何にもニポンリベラルが言いそうなエピソードの連続。所々に妹尾氏の“自慢”が入ります。
 ステレオタイプのオンパレード

 横目で見たら、老母は寝てました。そりゃ寝るわな。
 起こす鬼息子。

 映画終了後、感想を尋ねたら一言「(主人公一家が)固形物ばかり食べている」。そこですか(笑)。
 ここ、説明が要りますかね。当時、日本の都心部は食糧難でとても薄い雑炊(?)ふうの“何か”を食べているのが普通だった訳です(念の為、書いておくと、日本の全地域がそうだった訳ではないよ。地方の農村なんかでは、一番酷い時でも白米をお腹一杯食べていたという所もある。色々ね)
 
 ストーリーの展開上、“液状食品”を出せなかったのかも知れないが、“プロパガンダ”としてここは間違えていると思うよ。「戦争は悲惨だぁ~。だから反対だぁ」と言いたい訳でしょ。だったら、こういう点をリアルに描写しなきゃ。台詞で“説明”してどうすんの。

 反戦物は細部描写が大事
 
 私も寝そう。
 ここで映画評論の神、淀川長治の精神を思い出します(笑)(この人は凄かったね。「どんな映画でも必ず良い所がある」と必ず褒めるの。どうしようもないクソ映画でも「レストランのシーン。出て来たお皿の模様が素晴らしかったですね」(笑)スゴイよ)

 という訳で、「脳内『相棒』祭り」(笑)。

 この映画、「相棒」でお馴染みの役者さんが結構出ているんですよ。君は何人見つけられるか。

 「小野田官房長」の岸辺一徳さんは直ぐに判る。吉村役の国村隼さんは「劇場版2」に悪役の「長谷川警視庁副総監」で出てたね。他、錠剤大好き「大河内監察官」の神保悟志さんがチラリと出ていた(たぶん)。

 「脳内『相棒』祭り」の最大の山場はこれ。
 トリオ・ザ・捜一の一番若い「芹沢巡査」が「杉下右京」を拷問していた(笑)。鉛筆を指に挟んでグイグイ。いいのか、芹沢。イタミンならまだしも、芹沢が杉下右京に拷問かけるとは。芹沢、大きくなったな。ファンとして嬉しい(笑)。

 本来なら特高警察は鬼畜のイメージ(ステレオタイプ)なんだけど、「芹沢巡査」のイメージが強すぎて、そんなに悪い人に見えないなぁ。

 結局、この映画の最大の問題点は「鑑識の米沢さん」の六角精児さんと、「暇かっ」の「角田課長」山西惇さんが出ていない事にある、といえるだろう(なんかもう、「相棒」の役者さん観に来てる感じ)。


(その2)に続くのかぁ。







最終更新日  2013年08月23日 07時23分46秒
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2013年08月06日
(その1)の続き。

 後半は少しマシに。
 ステレオタイプではなく、“人間”として父親が描かれる様に。

 少年Hが、人格のマトモな軍事教練担当の軍人から、自分の教練射撃部に入部しないかと誘われた時の、父親のアドバイス。「それで配属将校から目をつけられなくなるなら、入ったほうが良い」。同様のアドバイスを母親にも与える。

 また、少年Hが米国から来た絵葉書を友人に見せたばかりに、机に「スパイ」と落書きされる破目に。怒って少年Hは友人を詰問しに行こうとすると「その友人もお前に言われた通りの事を友達に喋っただけじゃないのかい。犯人探しなんて詰まらないからおやめよ」。

 大人の優しさと知恵で諭す父親。水谷豊の演技もあって味わい深い。

 こういう所を膨らますべきじゃないのか、この映画。力点の場所を間違えている。
 
 イデオロギー宣伝に主力を注ぐと、“硬直”した平板な人間像しか描けなくなくなってしまう。それは、どこの時代のどの国、どの民族にも通じる、豊かな人間描写を放棄するという事なんだよね。

 それに、時間も喰われちゃう(笑)。
 後半は、折角“面白く”なって来たにも関わらず、詰め込み、端折り過ぎ。

 終戦後、あの聡明で物静かだが強い意志を持った父親が気が抜けたような虚脱状態になる。
 興味深いエピソードなのに、ここ説明不足。軍国主義者、国粋主義者が負けた為に放心するのは判る。しかし、父親はそれらと全く正反対の人物の筈。何故、虚脱状態になるのか。これは「ミシンが焼けて仕事が出来なくなった」だけでは説明がつかない。

 少年Hが自殺を決意するまで悩む、というのも、描写が足りないせいで「なんじゃこりゃ」。唐突に始まり唐突にエピソードが終わる。

 ホント端折りましたね。
 ここをメインに描写しなきゃ駄目じゃない。
 
 原田泰造演じる軍事教練教官が可笑しい。脚本家も監督も恐らく意図しない所で可笑しい。
 戦前は少年Hをボコボコに殴る鬼畜野郎で、おぉ、原田泰造氏見事に好演。
 で、戦後コロリと180度転向。共産党の演説集会なんかに出席している。 
 で、少年Hは「大人は信じられなぁ~い」と。

 でも、そうは感じられない。
 少年Hが転向を難詰すると、原田泰造、やたらと腰が低い。人の良い庶民という印象だけ。小狡さ、卑屈さが感じられない。
 つまり戦争中という特殊な社会状況だったから、凶暴であっただけで、元々は小心で善良な人物。単に元に戻っただけ(これ演じた原田泰造氏の解釈か)という事。転向という感じではない(糅てて加えて時々テレビで観るお笑い芸人としての印象もあって、「原田泰造。許してやろうよ。根はいい奴だよ、たぶん」(笑)。

 「大人は信じられなぁ~い」という話にするのなら、「腰が低い」では駄目。
 『橋のない川』の住井すゑレベルのクソクズ人間を出さなきゃ駄目
 
 「戦争はありがたい。戦争は価値の標準を正しくしてくれる。そして人間の心に等しく豊かさを与えてくれる」「戦争はありがたい。あり余る物によって却って心を貧しくされがちな人間の弱点を追い払って、真に豊かなものを与えようとしていてくれる」 住井すゑ。このクソクズは戦争中散々、こうした戦争賛美の随筆や小説を書いていたのだが、戦後一転「戦犯天皇粉砕ぁ~い」の反戦反差別作家として出版、言論界で絶大の権勢を誇っていたのだ。
 
 「そんな筈がある訳がない。ネトウヨには困ったもんだなぁ。ははは」と思ったでしょ(脊髄反射かい)。

 これは朝日新聞社の雑誌『RONZA』(95年8月号)に特集を組まれていたもの(「朝日はネトウヨだぁ」か)。
 あのアサピーですら、この住井すゑのクソクズっぷりに腹を据えかねたのだろう。
 だが、それだけではない。
 朝日の記者がこの件を突っ込むと、なんと住井すゑは「ほほほ・・・。何を書いたか、みんな忘れましたね」「書いたものにいちいち深い責任感じていたら、命がいくらあっても足りませんよ」と答えているのだ
 
 本当の人間のクズ。というより人格異常者だろう。正にこれが“ニポンリベラル”の正体。
 (今、この“衣鉢”(笑)を継いでいるのが、大江健三郎。このクズも原発を容認していたくせに、なんの説明もなく口をぬぐって反原発の旗手サマに御転向で、一山当てました。さすが、独裁国家北朝鮮を賛美しているだけの事はあるよ)

 そう、このレベルの鬼畜、クソクズっぷりを出さなきゃ「大人って信じられなぁ~い」の説得力が出ない。原田泰造じゃあ、ただの「いい人に戻ってよかったね。目出度し目出度し」だ。

 だが、クスクズは出せない。無理だ。何故か。
 作者の妹尾河童も、“ニポンリベラル”だから(笑)。


 モスクワ映画祭で受賞したのは“政治的”理由だろうな(地下資源がらみの問題でロシアは接近したがっているからね)。

 いや、もっと情けないレベルで、そもそも「戦争中、日本人が大量虐殺されていた」という事に衝撃を受けたからかも知れない。
 殆どの大都市は空襲で徹底的に破壊され、日本人非戦闘員が大量虐殺されていた(1945年3月10日の東京大空襲だけで死者10万人以上)。海外では、一流のジャーナリスト、インテリの類でさえ、こうした事実は全く知られていない。えっ!って驚くぐらい知られていない。


 結論。
 プロパガンダなら、プロパガンダでもいいけど、プロパガンダ映画としても三流。
 出演俳優のファンだけ、テレビで見ればいい。

 たぶん、ちゃんとした“反戦”映画を作りたいなら、第二次大戦に材を取ってはもう駄目なんじゃないでしょうか。



ひょっとして角田課長出てた?






最終更新日  2013年08月23日 07時32分25秒
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2013年08月05日
カテゴリ:(・・;)今日の偶然
 路上で安全ピンを拾う。長さ5センチ程の物。針を引っ掛ける部分はプラスチック製で色はピンク。

 翌日、全く別の場所で同一製品を拾う。どちらも「LOCK R JAPAN」の文字。他、一方は「D-1」、もう一方は「MD-5」の文字も。







最終更新日  2013年08月10日 05時18分41秒
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2013年07月09日
豊富な写真。鯨発条の限界が残念。

 からくり人形の写真が多数収録されています。からくり人形は美術品としても側面もあって目を楽しませます。
 ただ惜しむらくは、どのような動きをするのか判り辛い点。分解写真のような図解が欲しい所です。

 江戸時代、金属発条がそれ程普及していなかったのは残念な事です。鯨発条は金属発条に比べどうしても力が弱い。

 メモ書き。

p4
 からくり儀右衛門こと田中久重の製作した「弓射り童子」の連続写真。的を見定める首の動きが大変素晴らしい。ほんの少しだけ首を傾げている。
 この「弓射り童子」人形は個人向けの商品であった。お金持ちではあろうが、貴族や特権階級向けではなく庶民が買っていた物だったのだ。
 この辺り当時の歌舞伎とオペラの客層の違いと似ている気がします。日本文化の特異性とは庶民文化の洗練に多く拠っているのでしょう。
p74
 「弓射り童子」の人形の表情。
 「西洋のオートマタであれば、目や口が動くところであるが、『能』にみられるような極めて日本的な動きで、同じ動きであるのに、矢が当たったときはうれしさが、外れたときは悔しさが見事に伝わってくるのである。」
 そういえば、現代のからくり人形とでも言うべき恐竜のロボットで、日米に差が見られたのは面白い事と感じた事がありました。米国製の恐竜ロボットは眉の辺りが動くのです(これは科学的にはオカシイよね)。これは恐竜の登場する子供向きのアニメなんかも同じですね。欧米人が作ると欧米人の“顔”をした恐竜になる。

p22
 「中国では時計でも、世界に先駆けて優れた機構を発明していた。11世紀、宋の時代に蘇頌(そしょう)、韓公廉(かんこうれん)らが水運儀象台なる天体観測機械を作っている。この機械は水を利用して動きの周期を決め、天球儀や時計などを自動運行していた。この機構が後に西洋に伝わり、機械時計の基になったとも言われている。」
 中国の技術の多くは一部特権階級に貢献するだけのものだったのに対し、西洋は実用、生産の手段として発達させた、との事。どうして両者にこのような違いが生まれたのか(技術的には本来支那の方がずっと上位であった)。生産力と生産関係で政治体制や文化が決定されるとする唯物史観の観点からはどう説明されるのか、なんて考えると面白いかも知れません。

p36
 「遊女の愛したからくり」
 吉野太夫「蟹の杯」。精巧な蟹の細工物。甲羅に杯を載せると、歩き出して客のもとに杯を運ぶ。見せてもらった滝沢馬琴が『著作堂一夕話』に記しているある。このからくりは現存している。
 他に同種の現存するからくりとして亀もある(蛙や兎だったら(笑)。

 この「蟹の杯」や茶運び人形のような給仕をする人形は西洋にはない。オートマタは完全に観賞用の人形。

p42
 「段返り人形」はしばしば失敗するという話(「段返り人形」とはとんぼ返りのような動きをしながら階段を下りていく人形。人形胴部に納められた水銀等の移動による)。
 「綾渡りと同じように、失敗するから人気があったと思われる。西洋のオートマタで、失敗を売り物にしたものなど聞いた事もない。日本人独特の感覚から生まれたからくりである。」
 「弓射り童子」には意図的に失敗する矢が混ぜられています。
 演出上の効果としては日本の方が一枚上手。
 ただ、もしからくりを自然の模倣、再現と捉えるなら、西洋と日本の自然観の違いが現れているのかも知れません。謂わば、最初に神様が螺子を巻けば後は自動的に間違いなく運行される“自然”と、その都度生成し変化する“自然”の違い。

p76
 江戸時代の日本は「無螺子文化」。
 技術レベルは非常に高く、かつ「螺子」という概念を全く知らなかった訳でもないのに、普及しなかったのは何故だろう。

p49
 「幕末から明治初期に活躍した田中久重は現在の東芝の前進である芝浦製作所の創始者としても有名である。
」からくり儀衛門が東芝を作ったのか。

p108
 「(幕府)天文方に文化八年(1811)設けられた蛮書和解御用係は後に、開成所を経て、東京大学の母体となっている。」東大のルーツは幕府天文方だったのか。

p108
 伊能忠敬が全国測量に使った器具を製作したのが、大野弥三郎規好。その息子の大野規周は文久二年(1862)、欧州に留学生として派遣されている。この当時から職人(技術者)を派遣していた訳だ。
 彼の腕にはオランダ人技術者も驚嘆したという。

p108
 文政年間には大野規周らの他にも天文具司や測器師が現れる。それも幕府御用ではなく、一般庶民向けであった。
 大隅源助を名乗る店の引き札(広告)が残っている。江戸時代から浅草茅町二丁目で営業され、眼鏡、望遠鏡、温度計、時計、幻灯機らしいものの広告がある。
 凄いね、江戸時代。流石に子供が「望遠鏡、買って、買って」と店先で駄々を捏ねていたとは思いませんが、大店の道楽息子が買って帰り、太鼓持ちが「よ、若旦那、粋なご趣味でげすな」ぐらいは言っていたかもしれません。女の子にも、もてたんじゃないでしょうか。

p110
 からくり伊賀七の「酒買い人形」の話。
 「茶運び人形」の様なものであろうか。筋向いの酒屋まで酒を買いに行ったという。酒の量を誤魔化した時には動かなかったという。
 動力は何だったのであろうか。誇張された伝説のような気もします。

p113
 「からくりでは、まさに科学と技術の区別がない。目に見えるものが全てである。」
 名言のような気がします。

p86
 1800年代には真鍮の手延べの発条が使用され始める(田中久重らが使用)。
 金属加工の為の知識と技術は当時の最先端のもの。例えば、沖牙太郎は江戸時代は秋芸藩の銀細工師であったが、明治になってからは、その知識と技術を活かし、電信機などの製作を行い、現在の沖電気の創始者となったのである。 
 
 日本の電気メーカーの歴史を辿ると、江戸時代まで行き着くというのは興味深い事です。明治維新でいきなり近代化した訳ではないんですね。







最終更新日  2013年07月31日 22時59分57秒
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