あさりのパスタと白ワインあさりのパスタと白ワイン僕の彼女はカンがいい。今日の昼のメールはこうだ。 『今日のお昼は社食でカレー。これからたべるよ~ タカちゃんもお昼はカレーでしょ!』 僕は今日は外回りで、早めの昼メシを食べ終わった後にメールを見た。カレー屋を出たところで。念のため、タカちゃんというのは、僕のことだ。 出会った時には、三つ上の姉が僕のことをタカちゃんと呼んでいることとか(年齢まで当てた!)、男子高だったこととか、趣味が散歩とか、なんでそんなことが分かるんだろうかと驚いた。 一度なんで分かるのか、真剣に聞いたことがある。僕からなんか出てるの? と聞くと、彼女いわく、顔に書いてあるらしい。でも、今日のカレーのこととか、顔には書いてないし、見えないんじゃないんだろうか。 とりあえず、報告しておこう。 『外回りで早メシだよ。さっき、カレー食いおわったよ。あのさ、今度の金曜日、うちに来ない?』 最後のは、ほんと、関係ないけど、脈絡ないけど。初めて彼女をうちによんでみる。 惚れた弱みというヤツか、彼女を誘った後、メールがさっぱり入ってこなくて正直焦った。ぐるぐる考えて、嫌われたかとか、どんどん悪い方向に考えすぎて、胃が痛くなる。残業の後、電車の中でもポケットの中の携帯を意識して、駅を出てから歩いている間も握りしめて。自分でも、ほんとバカだ。 うちに着いて、考え考えようやく携帯を手放して置き、着替えている時に携帯がなった。慌てて携帯をとって通話ボタンを押すと、彼女の声が聞こえた。 「タカちゃん? うちに着いた?」 「うん。さっき着いたよ」 「ごめんね。お昼にメールもらったあと、返事したと思ってたら保存しただけだったの。メール送り損ねちゃってたんだ」 「あ、そうだったんだ。忙しいのかなーって思ってたよ」 内心、どきどきだ。ほっとしていいのかな。 「うん、ちょっと忙しかった」 「そっかー」 僕からはなんとなく、切り出せない。 「あのね、金曜日だいじょぶだよ」 優しそうな、恥ずかしそうな彼女の声が聞こえた。 「う、うん」 僕はロクな答えができない。 「それで…わたし、ごはん作ってもいい? パスタとかどうかな?」 「おー、いいなー。最近、まともなもの食ってないから、楽しみだな」 余裕な声で言ってみる。でも、内心めちゃくちゃ嬉しい。 「うん、じゃあ、何作るか考えとく」 「うまいヤツね」 その後は、彼女は実家暮らしで料理は土日にしかしたことがないとか、僕が自炊をあまりしないこととかを話して、じゃあ金曜日に、と言って電話を切った。 金曜日はいつもよりは少し早めに上がれたので、デパートの地下でワインとチーズを買ってみた。デパートで、の前に、ワインは買ったこともないので、店員に聞いて勧められたのを買ってみた。彼女が気に入ってくれるといいんだけど。 待ち合わせは、僕の最寄りの駅にした。メールでは、彼女は僕よりも二本後の急行で着くらしい。改札を出たところでしばらく待っていると、たくさんの人の中から彼女が現れた。 「お疲れ様。あ、ワイン買ったの?」 歩きながら、彼女はワインの入った紙袋を見た。 「お疲れ。ワインさ、何買っていいか分からなくて。店員に聞いちゃった。これおいしいといいけど」 「タカちゃんて、そういうところ素直だよね。僕が選んだって、言っちゃえばいいに」 「一回だけだったら僕だって言うよ。絶対次でボロが出るからだめ」 「ふーん。あ、そういえば、いろいろ聞こうと思ってたんだ。買い物しながら聞いていい?」 「何を?」 少しどきりとして彼女を見た。部屋は昨日、掃除したはずだ。 「鍋はありますか? から始まるんだけど」 「え、そっからくるか」 「だって、自炊しないって、言ってたじゃない」 「ラーメンぐらいは作るから、鍋はあるよ!」 「ほら、立ち止まらないで、買い物行こう」 彼女は僕の腕を引っ張って、スーパーに向かった。 彼女は、スーパーの売り場のあちこちで僕を質問した。さすがに、塩とコショウはあるよ! と言うと、聞いてみただけ、と彼女はかえした。 僕の部屋に着くと、彼女は料理を始めた。僕は、せっかく買ったワインが冷えていないので、風呂から洗い桶を持ち出して、冷凍庫から氷をガラガラと出して入れた。 「タカちゃん。それってどうなの」 野菜を切っていた彼女が手を止め、あきれたような口調で言った。 「しょうがないだろー。他に入れ物ないんだから」 「せめて、お鍋にしてね。パスタ茹で終わったら、お鍋洗って移して。そのまま食卓の上は認めないから!」 「ひどい、僕の家なのに」 「関係ないよ」 そんな軽口を言いながら、彼女はテキパキと料理を進めた。 僕は、彼女の邪魔をしながら買ってきたチーズを切り、皿に並べた。それから、折り畳みのテーブルを出して、彼女に言われるまま食器を出して並べた。 まだ少し時間があるようだったので、ワインのボトルをくるくる回しながら、早く冷えてくれますように、と願った。 料理が出来た。彼女はあさりのパスタと、海老入りの温野菜サラダを作ってくれた。テーブルに運んでいる間にも、おいしそうな匂いがした。 「すごい、うまそうだね」 ワインはなんとか冷えて、氷と一緒に鍋に移してテーブルの横に置いた。台所の引き出しからコルク抜きを取り出してきて、ゆっくり栓を開けた。 「タカちゃんうまいね」 「大学の時、バイトしてたからね」 「そっか。様になってるから、どうしたのかと思ったよ。でも、ワインは分かんないんだ」 「そりゃ分かんないよ。種類多すぎだろ。一応、グラスは買ったけどね」 彼女の前に置いたグラスに、少し注いだ。 「はい、お客様、テイスティングをお願いします」 「おー、本格的」 彼女はグラスを傾けて、少しワインを飲んだ。 「おいしいです」 「よかった!」 僕は彼女のグラスと僕のグラスにワインを注いだ。 「はい、乾杯」 「乾杯。いただきまーす」 ふと、気づくと、ソファの下に彼女が座っていて、笑いながらテレビを見ていた。いつも話していた、お笑いの番組。今日だったけ。僕はなんでソファで横になってるんだろう。 そこでワインを飲んでいる間に寝てしまったことを思い出して、焦った。 「ご、ごめん。寝ちゃった」 「やっと起きたか」 彼女はちらりと僕を見てから、またテレビを見た。 時計を見ると、多分一時間ぐらい寝てしまっていたらしい。 「片付けてくれたんだ」 テーブルの上には、空のワインボトルと、空のグラスが一つ、飲みかけのグラスが一つ、彼女が飲んでいるらしいコーヒー入りのマグカップ。それだけだった。 「うん」 彼女はマグカップをとると、一口飲んだ。 「ありがと。…ごめんね」 僕は彼女の隣に下りて、顔をのぞきこんだ。 怒っていないことは分かってるけど、謝った。せっかく家に来てくれたのに、ほったらかしにしてしまった。僕が寝ている間に帰ってしまっても、僕は気付かなかっただろう。 「パスタ、おいしかった?」 「うん」 僕は彼女の手を握った。僕の手よりも小さい。少し冷たい。 「また、作りにきていい?」 「ほんとは…明日もお願いしたい」 「えー、明日?」 本当は毎日。そう言おうとした。でも、まだもうちょっと経ってから言うんだ。 もう片方の手首をひっぱって、僕は彼女にキスをした。 [おわり] 2009.06.05.UP もくじに戻る ジャンル別一覧
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