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家庭から宇宙へ

2010.10.15
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カテゴリ:家庭から宇宙へ
 人間関係に限界を感じている人は沢山いると想いますが、そんな時は、積極的に「関わらない関係」をすすめます。私自身、夫婦関係に限界を感じていた時にある人に相談して教えられたのですが、「関わらない事」という関わり方がある、という事。いつだったか養老孟司さんも何かの番組で「夫婦の関係」について同じような事を言っていました。「交わらない関係」とでも言うのでしょうか。起点だけは一緒なんですが、各々は決して交わらない。この起点は共有する「家族」とか「家」(帰る場所としての)だったりするんですね。たまに交わったりすると「犬も喰わない」事になる。言い換えれば「お互いを尊重しあう関係」とでも言えるでしょうか。関わらないといけない間柄でありながら、あえて「関わらない関係」とは?…。助言を受けた当初は何を言われているのか判らずに、以来しばらく考えてきましたが、相手のやっている事や相手の心の中の問題に対して「からまない」或いは「かきまわさない」という事と読みかえました。事の重大さにもよるでしょうが、些細な事であれば「放っておく」のが良いのです。
これは子育てやしつけにも同様の事が言えるのではないでしょうか。朝起きてから眠るまで、四六時中怒りまくっている親がいます。子どもは気力を失い、疲れ果てます。自己肯定感は一つの芽も生えてきません。子どもたちも学校で疲れて、家でも疲れて、習い事の梯子で疲れて、何だかひと頃の「企業戦士」を見ている様です。たまには心休まる家で、ボーとさせてあげましょう。
ひと昔前の子ども達は、暇が沢山ありました。子どもは暇があるから、沢山の冒険が出来るんです。(良い事も悪い事も…)子ども達に暇をつくってあげましょう。子ども達は暇のまんま過ごす事はあまり出来ません。暇が「遊びをつくる」といってもいいでしょう。時代が違うとか良く言われますが、幼児や小学生が塾に行っているのは「異常」な事だと思うんですよね。子どもは何時の時代も「無垢の子ども」です。管理しやすい「子育て」?なのか、共働きでお金に余裕があるけど、子どもと向き合う時間はない。そういう負い目からなのか。兄弟が少ないせいなのか。いろいろな理由があるんでしょうが、「誰々ちゃんは○○と○○を習っている」…じゃあ家も…とか考えていないだろうか。
特に今の学校では「学ぶ」ことの楽しさを中々教えられません。テレビで流行っている芸能人のクイズ番組のような感じでテストをこなしています。「当たった」「はずれた」という言葉を聞きます。肝心なのは「理解」することなんです。答えが「当たれば」良いのではありません。答えは間違っても、その過程に自分なりの工夫や新しい発見があれば素晴らしい事なんです。そう言う事は「学校では中なか教えてくれません」。学校で教えてくれないんだったら、『たまには』家で親が教えてあげましょう。(信頼関係が出来ていないと、素直に聞いてはくれませんがね…)






Last updated  2010.10.15 12:24:24
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2009.04.14
カテゴリ:家庭から宇宙へ
組織というものを考えます。わたしはいままでどれほどの組織に属してきただろうか。家庭、学校、クラス、子供会、アパート、会社、サークル、デッサン教室、病院の患者の会、町、県、区、都、日本国、地球、宇宙。まで、それぞれの組織にはそれぞれの意義があり、目標があり、楽しみがあり、色々な人間模様がある。
そのなかで家庭という組織には「生まれた時から…」の関係があり、一番の影響を受ける社会の一番小さな組織である。親と子…祖母、祖父…兄弟…親戚…従兄弟…血縁だけでも結構な数になる立派な社会である。そのなかで親と子の関係をとりあげると、子どもとしてみたら絶対の頼りになる1番目の人である。わたしも物心つくまで、「親爺は絶対に死なない存在だ」と心のどこかで思っていました。自分が二十歳のとき父の病気に出合い、兄弟を集められて医者から「もってあと三年、何かあればいつでも亡くなる可能性がある」と聞かされて頭の中が真っ白になったことを思い出します。人が死んでいく過程をみた最初であり、その衝撃は病院から電話がなった瞬間から父の遺体といっしょに家に帰ったあとまでをいまだにつぶさに覚えているほどの大きな出来事でした。棺に入れられても泣かなかった妹を親戚の叔母さんが、一生懸命なかそうとしていたのも覚えています。蓋をする段になってから妹が大泣きしました。わたしはその場にいられずに表に出ました。 つづきます。






Last updated  2009.04.14 18:45:45
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2009.04.09
カテゴリ:家庭から宇宙へ
家庭が崩壊したと言われたのは何時ぐらいからだろうか。戦後の高度成長期なのかそれ以前の戦後なのか。田舎の若者達が都会に出て働きだし、都会の近郊に住みはじめてからだろうと思う。農家の旧家には「家憲」というものがあった。知り合いの水俣のお茶農家の家憲を見せてもらったことがある。それがなかなかユニークな内容で面白かった。『笑う門には福来る』家庭の中に笑いがある家をめざす、なんていうのもあったし、厳しいところでは『お酒に呑まれてはいけない』『がお客さんが来た時には御相伴ていどは出来なければいけない』なんていうのもあった。いわゆる先祖が経験から感じたことや考えたことを次の世代に書き残して、同じ過ちをしないようにまた良いと思ったことを伝えていきたいと次世代に託したのだろうと思う。宮大工の世界やマタギの世界では『口伝』という形で伝えてきたようだ。理想はおじいさん、おばあさんがいて次の世代がいて孫も同じ家で暮らしている形がいい。同じ家でなくてもすぐ近くにいるのがいい。第一世代から第三世代
への伝えが途切れてしまっているのが不味い形だと思う。その第一世代がきちんと伝えられないのも困りものだと思う。伝えたいものが『物』で無い方が良い。そういうものを持っている第一世代が少ないのだとも思う。家庭が幸福でなければ世界の幸福はありえないとかの宮澤賢治が書いている。一番ちいさい社会がいわばブリザード状態で閉塞的なのが、それがそのまま世界に波及して行くのだと思う。家庭の中から幸せづくりを始めたいとつくづく思う今日この頃です。






Last updated  2009.04.09 10:14:57
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