いつかの少年
俺にとってKagoshimaはいつも泣いてた
ひ弱で不親切で邪険な街だった
親父とお袋は泥にまみれ銭をうらやみ
そのド真中で俺は打ち震えていた
ごうごうと不安が立ち昇る棲み家を
凍える風が暮らしをすりぬけていった
雨どいを伝う雫を見るのがたまらなく嫌だった
逃げ出したくて想いをかきむしるだけだった
俺の人生はどこから始まり
いったいどこで終わってしまうんだろう
突き動かされるあの時のまま
そう"いつかの少年"みたいに
(長渕剛詞)
「雨どいを伝う雫を見るのがたまらなく嫌だった
逃げ出したくて想いをかきむしるだけだった」
が辛い時、何故かいつも口ずさむ、そして落ち着かせてくれる。
思春期のあの頃、親の言葉も、先生の言葉も全然耳に入らなかった。
長渕剛と小林真三の声しか聴こえていませんでした。
鹿児島は私にとって第二の故郷です。
長渕剛さん抜きで学生の時野宿旅行、卒論車椅子旅行、卒業野宿旅行で3回、長渕剛さん抜きで社員旅行、長渕剛さん抜きでそして新婚旅行。
新婚旅行でとても暖かい歓迎を頂き、鰹も美味しく、
リタイア後は嫁には言っていませんが、
あの土手っ腹に移住したいと思っています。
帰省中の楽しみは、童たちとの入浴。
いつもより広い風呂で
初めていつかの少年を全力で歌うと
「何それ?」といつも歌わない私にビックリしていました。
「お金が増える物を買えよ」と熱弁したら「わかったー」
解っとる?
…あっ、今は長渕剛さん以外の声も
ちゃんと聴こえます!