2004/06/21(月)15:03
イルカマニアの歴史8:終焉
解散を決めた最後のライブ。
それが1991年12月の、横浜西公会堂でのライブでした。
このライブは、希望者にCD-Rでライブ録音をしてくれるという、当時としては異例のオプションが施されていました。
よもや自分たちのライブがCDになるなんて、夢にも思わなかったぼくらは、即座にお願いしました。
かくして、解散ライブはCD録音のおまけ付きという形で行なわれたのです。
最後のライブだからといって、取り立てて気合が入ってるわけでもなく、むしろ平静を装ったままのいつも通りのライブを心がけました。
それでも会場は西公会堂という、いつものライブハウスとは全然ケタが違う広さだったので、ただその広さに飲み込まれないようにするのに必死だったのですけど。
オープニングは「きっといつの日か」。
PSYCHEDELIXにとっての初めてのオリジナル曲となった、思い出深い曲です。
解散が決まった時には既に選曲していたので、偶然以外の何ものでもないのですが、これも運命というものだったのでしょう。
そして、最後は「DREAMMAKER」。
この曲もイルカマニアのライブで数多く演奏してきたので、ご存知の方も多いと思います。
PSYCHEDELIXの最後を飾ったこの曲を、今でもライブの最後に持ってくるのは、こういう経緯があったからかもしれません。
無事、ライブは終了しました。
最後まで下手くそだったぼくらの演奏は、永遠に色褪せることなく、CDとして手許に残りました…。
世界に4枚しかないライブアルバム(w
この頃から、自分の絵をジャケットに施していたのです。
PSYCHEDELIXの活動は終了しました。
最後まで、僕自身の中では納得いかない形のまま…。
そしてその思いは、まさみにとっても一緒だったのです。
PSYCHEDELIXを終了したあと、これといって活動の予定がない二人は、何の迷うこともなく、一緒に活動することを決めました。
イルカマニアの原型が出来上がったのです。
しかし、イルカマニアとして本格的に活動するようになるまで、まだだいぶかかるのですけど…。