2004年12月7日掲載プロローグ 逆 襲3 『北日本新聞 沈黙の森』2004年12月7日掲載飢 餓 真夏の警告が現実に 凶作の周期重なる 猛暑の夏、元富山大教授(植物生態学)の長井真隆さん(73)=黒部市金屋=は、既に山の異常に気付いていた。 長井さんは二十五年前から、立山で特定のブナやミズナラを決めて実のなり具合を調べている。今年も八月中旬、立山黒部アルペンルートに沿って山道を歩いた。標高約千五百メートルから下に落葉広葉樹林が広がり、ブナ坂から下がクマの生息域の中心だ。汗をふきながら歩くと、異常はすぐに分かった。木々がほとんど実をつけてない。 猟大辻山の周辺でドングリを探す研究員。この日、木の実は一つも見つからなかった=10月27日、立山町内 一般に「ドングリ」と呼ばれるのはブナ科ナラ属の木の実を指す。ブナとミズナラは周期的に豊作、凶作を繰り返す特性を持つが、今年はどちらも極端に結実が少なかった。秋の山が“飢餓の森”になることは、容易に想像できた。 長井さんは平成十年に「ブナとミズナラの凶作が重なるとクマが異常出没する」との論文を発表している。山を下りた後、県自然保護課に電話を入れた。 「今年の秋は、クマに注意したほうがいい」 赤や黄に紅葉した静かな森に、クマよけの鈴の音が響いた。 「見つからないねえ」 「あってもいいはずなんだけど」 環境省の委託を受けた自然環境研究センター(東京都台東区)の研究員ら四人が、何度もつぶやいた。はうようにして顔を大地に寄せ、横では双眼鏡で細い枝先まで調べる。探すのはブナ、ミズナラ、クリの実や、殻斗(かくと)と呼ばれるドングリの“帽子”の部分だ。 全国的なクマの出没を受け、環境省は十月二十七日からクマの餌不足について現地調査に入った。全国のトップを切って四人が立山町の大辻山(一、三五一メートル)を調査。山に入って四時間後、ようやく殻斗が三つ見つかった。日没まで山林を巡ったが、ドングリ類の実はゼロだった。 「もっと簡単に見つかると思ったが…。想像以上に少ない」と、上席研究員の永津雅人さん(43)は思わず漏らした。 林野庁も十月中旬、クマが生息する本州三十二都府県の百六十六地区を緊急調査した。クマの被害が相次ぐ日本海側十府県の四十九地区でブナは92パーセント、ミズナラは78パーセントが凶作だった。県の聞き取り調査でも山間部の旧二十八市町村のうち二十六市町村が「不作」「やや不作」と答えた。 長井さんの予感は現実になった。冬眠前のクマはカロリーの高い餌を求めて森をさまよう。だが餌はなく、飢えたクマが人里に相次いで下りてきた。 もともと、長井さんがブナやミズナラを調べ始めたのは、地球温暖化の影響を研究するためだった。ドングリ類の作柄の周期には、気温の変化が影響しているという。気温の上昇が、ブナの結実率を下げるというデータもある。 「クマ対策は大きな視点で考えないとだめだ。大地には多様な命が共存していると、クマは訴えたかったんじゃないのかな」 人間の文明は、癒やすことのできない傷を森に残しつつある。長井さんの中では相次いだクマ被害も地球温暖化も、因果関係の糸でつながっていた。 ジャンル別一覧
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