2004年12月8日掲載プロローグ 逆 襲4 『北日本新聞 沈黙の森』2004年12月8日掲載山の王者 「慎重な性格」がなぜ? 飢えで行動圏が倍に 大山町の山間部で十一月二十八日、成獣のクマがわなにかかった。数日前に、県が行動範囲調査を行うと発表したばかり。捕獲したクマに電波発信機を付けて追跡しようというものだ。ドラム缶形のわなに入ったクマは、さっそく同町東福沢の町施設に運ばれ、関係者が集まった。 「では今から手順を説明します」。富山市ファミリーパーク飼育課技師の白石俊明さん(29)は、首輪型の電波発信機の付け方、毛や血液のサンプル採取などについててきぱきと説明した。 わなに掛かり、奥山に放された体長140センチの雄の成獣。やぶに向かって走り去った=大山町内 白石さんは平成十三年にファミリーパークに来るまで、川崎市にある野生動物のリサーチを請け負う会社に勤めていた。担当は大型ほ乳類。約三十頭のクマに発信機を付け、行動を追い続けた経験がある。 「クマは本来すごく慎重な動物だ」と、白石さんは話す。自分の安全を確保するために逃げ道を用意していたり、人に見つからない方策をちゃんと考えていたりする。 日本には北海道に生息するヒグマ、本州などにすむツキノワグマがいる。ツキノワグは文字通り「月の輪」を思わせる白い模様が首の下にある。専門家が少なく、生態は謎に包まれている部分も多いという。九州では絶滅したとみられ、四国では激減している。 山の斜面の雪が半分くらい溶けた四月中旬、クマは長い眠りから覚め、越冬した穴からはい出してくる。森の緑が芽吹く前で、前年のドングリや雪崩で死んだ動物が餌だ。餌の場所が集中しているため群れるように見えるが、一頭一頭が単独で行動する。夏にかけては草木の芽やキイチゴ、ハチなどの昆虫も食べる。 秋は大切な季節だ。越冬するための脂肪を蓄積しようと活動が活発になり、大量の餌を食べる。ところが今年は、主食のブナやミズナラが大凶作になってしまった。 クマ研究で国内の第一人者といわれる米田一彦さん(55)が、調査に上市町を訪れたのは十月。「こんなに人が被害に遭うのは、異常だと思った」からだ。 秋田県職員として自然保護にかかわり、今は広島県廿日市市にある「日本ツキノワグマ研究所」の理事長。何十頭ものクマに電波発信機を付けて追跡した経験から、成獣の雄の行動範囲は四十平方キロ程度と推定する。 「ただ、ドングリ類などが不作の年は行動範囲が通常の倍以上になる。今年はそれにあたります」 米田さんによれば、クマは「森の王者」だ。森の中で一番強く、他の野生動物と出合っても悠然と歩く。クマを特別な存在として認めるのは、白石さんも同じ。「クマがすんでいるということは、自然の質と広さがそろっているから。富山の人はもっと誇っていいと思う」 ただ今年は違った。悠然と歩くはずの「森の王者」が、飢えてさまよい、慎重さを忘れて人里へ下りた。「餌不足、台風、猛暑などさまざまな要因がある」と米田さん。白石さんは「慎重さが失われるほどの激変が、山々で起こったに違いない」と表情を曇らせた。 |