2004年12月11日掲載プロローグ 逆 襲6 『北日本新聞 沈黙の森』2004年12月11日掲載動 転 県都にクマ 担当はどこ? 森の保全へ課新設 「体育の日」の十月十一日、朝からけたたましく自宅の電話が鳴った。富山市農林水産課長の下林善恒さん(54)は、富山署からの連絡に耳を疑った。市の南部地区でクマが人を襲ったという。 市内でクマの目撃例があることは知っていたが、数十年前のことだ。どう対応するのか、市には前例もマニュアルもない。「とりあえず子供が危ない」と市教委に知らせ、クマを担当する県自然保護課に報告した。農林水産課は猟友会との連絡を受け持つが、これまでは農産物に被害を与えるカモやウ、カラスの駆除で話す程度だった。「クマなんて」…。 市生活安全交通課長の佐藤章さん(53)も、朝の自宅への電話で一気に目が覚めた。現地で情報を把握しなければ動きようがない。同時に「うちの課は関係あるのかな」と一瞬、頭をよぎった。「あれこれ迷わず、まず思いつく地元団体に連絡しよう」と自宅を出て、自治会関係者などに緊急連絡を入れた。 熊野川のそばに仕掛けたわなを視察する森富山市長(右)=富山市月岡地区 そのころ、大沢野町寄りの同市青柳など南部地区一帯は、クマ襲撃で騒然となっていた。 午前六時十八分ごろ、畑にいた女性(76)が突然襲われ、わずか四十分の間に三人が重傷を負って病院に運ばれた。急きょ猟友会のハンターと富山署員が巡回し、寺の境内で親子とみられるクマを発見した。九時十五分、竹やぶに逃げ込んだ一頭は射殺されたが、一頭は逃げ去った。 午前十一時、市月岡地区センターに市の農林水産、生活安全交通の両課職員や消防団員、地元の住民らが集まり、なんとか最初の対策会議が持たれた。ここで巡視態勢や緊急時の連絡網を確認。まだ行方が分からないクマがいて、厳重な警戒が必要だった。 夕方になって一頭目が射殺された寺の近くで雌グマが射殺された。やせ細り、腹はぺしゃんこ。「山に餌がないのだろう」と、疲れた表情で猟友会員がつぶやいた。 地元では住民や関係団体のパトロールが続いた。児童は集団登下校し、通学路の途中には父母や教職員が立って警戒した。体育の日から二カ月が過ぎたいまも、近くの熊野川そばにはわなが仕掛けられ、集団登下校は続いている。 後日、現地を視察した森市長は、住民との会合で率直に話した。クマが出ることに対して市は「そもそもどこが対応するかさえ、はっきりしていなかった」。人が襲われて初めて、市民への広報や警戒通知、地域の連絡網、駆除についての態勢が整えられた。さらに森市長は十二月議会で合併後の新富山市に森の保全を担う課の新設も表明した。 「正直、クマ被害は人ごとだと思っていた」と下林さんは明かす。市町村合併すると、広大な森林の生息地そのものが「市内」になる。「新市ではしっかりした態勢で、互いの経験を生かさなければ」と、下林さんは考えている。 一方、頼りになる前例がなく苦慮したのは県自然保護課も同じだ。九月に福光で三人が襲われた事件。それが、野生生物を担当する職員たちにとって、大変な秋の幕開けだった。 |