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石冢雄人のナイチンゲール・カンパニー

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2005年01月の記事

全28件 (28件中 1-28件目)

1

なし崩す

煙草が切れた。先週から新たに吸い始めた簡易葉巻も切れてしまった。砂糖もない。未明、ココアを入れようとしたらひと匙もなくてついに匙を投げた。今夜あたりからまた雪模様になるそうだから買い出しに行くか。ここ数日ブログも敢えて書かずにパソコンのスイッチを切ってもっぱら読書三昧で過ごしてみたのだが、そうするとこんどは広告の紙の裏や買い物のレシートの裏など辺り構わずにメモ走り書きが溜まってしまう。毎日吐き出る自分でもよく分からないこのメモというか言葉の糞は、結局、あるていど外部へ吐き出さないことには重くて歩くのも大変になるようだ。終日誰とも話さない分だけ言葉のゴミも溜まるのだろうか。言葉と言語についても（読み返せばいつでもきっと粗雑でしかないはずの）感想はふつふつぞろぞろ茹であがったアズキの如くに音たてて、こうしているあいだにも時間のすきまから流れ出してくる。孤独な男は多弁（笑）なのだ。１月28日の日記に世界の大金持ちの娯楽会議のことをちょっと書いたが、インターネットをはじめとするあらゆる最先端のメディアによってすっかり情報で飽食となり、貧しい人々に共感することや同情する楽しみを日常の中で獲得してしまった国にいるわれわれは、ここ２年間のイラクについてもまったく驚かない。むしろ非日常的なそれらの推移を連続活劇のようにあるいは、朝のテレビ小説のように眺める。気が向いたら自分の生活のささやかな謝礼だったり良心の存在の自己確認のためにクレジットカード決済で現金を振り込むのだ。わたしは自爆テロは凄惨だとおもうし反対するが、それでもこうした先進諸国のわれわれの裡側で相当前から進行する精神のメルトダウン＝崩壊よりはマシだとさえときどき思うのだ。こういってはなんだが、富とはナンだと、ときどき考える。ビルゲイツが貧しい人々に施しをするときはきっと、Apple社を買収するのとおなじ手つきで小切手帳にサインをするのだろう。彼はほんの少し左手（右手）を動かすだけだ。いっぽうイラクファルージャの少女が路上に倒れた友だちを抱え上げて家に連れ戻すにはその何万倍ものエネルギーと勇気が要るはずだ。しかし左手をほんの少しだけ使った結果としてもたらされる「善意」の効果のほうがはるかに圧倒的で、ほとんどたぶんつねに、このような関係性における両者は、現実における力の大小において極端な反比例関係を示すだろう。もうすこしこうした富めるものの「善意」の正体を調べれば、それらの寄付が寄付である故に税の対象を逃れるというトリックが潜んでいることに誰しも気がつくだろう。つまり彼らは「税金に持って行かれる代わりに善意の寄付をする」ということだ。公的資金に化ける前に自らの「世界」に対する善意の証として彼らはその特権的な行為を許されるのである。善意とは何か、そして、まったく、富とはなんだろう？　目の端に霙溜めたる仁王かな　雑巾控さて、正午が過ぎて、われわれのもう一つの世界では、なし崩しの民主化選挙なるものが予定通りに「世界」から認定される気配となった。内戦でまた貧しいもの同士を相闘わせるか。そうしてまた、特権的なゆえに「善意」を施す人々が存在し、その行為によって社会的信頼をますます確固たるものにする、という、この「世界」とはなんじゃらほい？　事務屋あがりのアナン君よ。…されど現実の経験も言語による経験も共通した特徴を持つ。それらは一度経験されると、あきらかに二度目からはその力が弱まると言うことだ。どのような事件も出来事も、一度経験されてしまえば、鮮度は落ちる。むしろ刺激的な物事ほど麻痺しやすいだろう。9.11などはまさにその嚆矢である。そうしたことを考え合わせると、ニュース報道も解説者の言葉もすべてにおいて、これらは適用されて、毎日のようにわれわれの生きる世界はぐずぐずと「鮮度」を無くしていっているようにみえる。日々、阿呆で鈍感なテレビニュースのキャスターたちによって再生産される陳腐な物語のおかげで、あっというまもなく、われわれの世界は手垢にまみれてしまうのだ。われわれは「手垢にまみれた世界」を生きる。手垢にまみれた感性で。手垢にまみれた物語にうつつを抜かしながら！いろいろあれこれ考えた揚げ句、砂糖はみつかった、ただしきな粉の中に。それでココアの粉に温めた牛乳を注ぎ、砂糖入りのきな粉を混ぜてみた。なし崩しの「暫定ココア」だが、世界もそうなんだからガマンしようとおもう。■ところで、疑問。われわれのこの「世界」では、とりあえずあらゆる富は（歴史的には中世以来の金銀貨幣の金属片から進化して、もう少し複雑なものとなっているようだが、そのことの考察は措いて）、ドル（あるいはユーロ）により担保されるが、そのドル（ユーロ）はさらに「米国（NATO）の軍事力」により担保されているように見える。すなわち世界中の億万長者は、軍事によってその「富」を担保されているのである。われわれが大好きな（笑）「自由」も「民主主義」も、そうして数々の「善意」も米国や旧欧州共同体のEUの軍事力により見事に保証されているわけだ。ちがうだろうか？　またいっぽうで、あきらかにビルゲイツ君らの富を支えるこのインターネットさえもが究極はこれら「軍事力」により担保されている…。このきわめてやっかいだが興味深い事柄については、別の機会に（たぶんIT=情報技術の項あたりで）あらためて考えてみようとおもう。フーコーの『言葉と物』（周知のように、このなかでM・フーコーはきわめて流麗な文体を駆使しつつ貨幣と富について考察している→第一部第六章「交換すること」）などを参照しながら。

2005.01.31

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面会謝絶

いま、玄関のドアに「面会謝絶だ」という張り紙を貼った。ざまあみろである。まったくナンのために山に来たのか判らない。せっかくケータイがしずかになったとおもえば、なにかあったのかと心配して（たぶん）こんどはふつうの電話にかかってくる。留守電にしてあっても18件しか留守録は入らないし第一留守録メッセージが入っていればついなんだろうと用件を聞いてしまう。するとどうしても仕事も考えも中断する。さらに、用件を聞けば相手に連絡をしないと悪いなという気分になってくる。しかし満杯のメッサージはすべて隣人の声である。ホモかきみは。それで放置しておくとこんどはドアをどんどんだ。午後三時から愛犬が入院して寂しいからと酒を飲み、電話にメッセージを吹きこみ、ドアの隙間からおーいおーいと叫び、ついにこちらをも巻き込むことにまんまと成功して、きのうは夕方から酒盛りだった。たしかに寂しいのは判る。愛犬についても隣犬とはいえ心配している。が、東京の病院に入院して白血球が三万にふえただよといっても良性の肉腫らしいし、あんたや俺らのほうがよっぽど悪星のがんもどきだ。さらにわたしは愛犬ではない。しかし面と向かってそういうとひどく落ち込み傷つくタイプなのでここがむずかしい。ケータイを止めた真意を話しても、「ほだべシツコイのがいるからねえ」とあいづち。まさかターゲットの主要なひとりが自分だとは夢にも思わない。機嫌を損ねたらライフルでズドン＆解体され1000度で骨もまだかんべん。それで張り紙ということにしたのだった。やれやれ、これでしずかになった！　おーい、いっぱいやるかい。　日だまりに己と影とふたり有り　雑巾控しびれるような寒さの中、午前八時渓流へ下りた。見れば、降り口のところの日だまりにヤクザ猫のグレが日光浴をしている。向かいのビンボー山のうえに高々と冬の日が回転し、白色のミラクル光線を投げつけてくる。個人が自分の時間を大事にしたい場合、たとえば冒頭にコミカルに書いたような具合な手段がせいぜいで、まあ、たいしたことでもないわけであるが、これが権力を持つ個人や組織、あるいは国家などという場合に発動される「面会謝絶」は始末がわるい。それは近時流行政治外交で言うならたとえば、北朝鮮だろうか。金何某一族による支配体制が誕生したのはちょうど56年前1949年のことだ。いらい東西冷戦の期間を通じ独自のイデオロギーで国民国家を金王朝支配国家へと転換し一貫して独裁国家を演じ続けて今日に至る。背中合わせのふたつの共産国家が、いっぽうは米英帝国との熾烈な戦いに敗れて解体し、またフランス発の共産国家を成就したところの中華人民共和国もまた、天安門事件あたりを先途としての自由の波にあらわれて、中南海の人工湖一帯に住む高級官僚と財閥たちはあたらしい共産主義イデオロギーなる不思議の魔術でもって、大胆な改革開放政策を世界中に公言するや、重厚長大な石炭でばく進する蒸気機関車の迫力でもって、閉じたままの開放自由経済を一挙に実現してしまった。こうして北東アジアにおいて孤立を強いられることとなった朝鮮民主主義人民共和国は外交的にも先鋭化し、ここに他国民の拉致・洗脳・密偵工作を勝手気儘とおこないつつ、いっぽうにおいて「面会謝絶」を外交の姑息な手段として常用することになった、というわけであろう。また、さきごろ打ち上げ花火もなく引退し奥だか上に滑り入って会長から顧問となって、まんまと院政体制を確立してしまった「皆様のNHK海老沢です」にしても、頬被りの「面会謝絶」は常態化していたようである。また北に目を転じれば、海抜1500メートルにある高級リゾート地・ダボスという小さな町でいま開かれている世界支配階層トップエリートの会議においては、気候変動枠組みとアフリカ貧困問題が上程されて、マイクロソフト帝国をひきいるビルとロッカー上がりの億万長者がそろい踏みで世界のためにと放言している。それなら独占販売で世界中のパーソナルコンピュータのOSならびにインターネットブラウザはじめ主要アプリケーションソフトを奇々怪々な複雑暗号マジックシステムで素人がちかづけない未知なる道具にしてしまった責任をまずは何とかしたらどうだいとゲイツ君には個人的に囁いてみたいが、無論、「面会謝絶」であろう。嗚呼まるでブニュエルの放ったドクダミ光線『ブルジョアジーの秘かな愉しみ／Le Charme Discret De La Bourgeoisie』（1972年）。いずれも人肌温みのかんじられない、ぞぞっと凍りつくような不気味の謝絶であるまいか。昼をまわってふたたび戸外に出れば、頬を叩く風がすこしばかりやわらかい。この温みがもうすこし増せば春になるか。がんばれ季節！

2005.01.28

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公正中立（断章）

…餅のようにおなかもふくらんで数時間。うたた寝から目を覚ませば正月27日木曜日のまもなく午前8時に。炬燵のまわりにたむろする猫どもを零下の戸外に追い出し、書斎に行ってストーブを付けてお湯を沸かしこれから夜明けの珈琲を飲む。一週間ほど山を空けている間になぜだか床に散乱する本の山があちこちで崩壊していて、水道をひねれば水が湯気を上げて噴出した。そうして唯一の財産である文豪風厚板机に向かえば、机上煙草の灰が9.11の惨状のようにキーボードの周囲に散乱し、寝る前に充電器に安置したばかりのケータイも止まっていることにいまさらに気がつく。せっかく最新の機種に換えても回線が止まっていては仕方がないか。そういえばどこで観察しているのか帰宅するといつだって素早く「おかえりい、どういっぱい？」などとケータイに掛けてくる隣人が昨夜は掛けてこないからへんだなとおもっていた。しずかなわけだ。ちょうどいい、このまま暫く放置しよう隣人ごと（笑）。じつをいえば、旅の途中でふらり入った古本屋で半村良の『完本　妖星伝』をみつけ持ち帰った。それで鞄から出して、読み出したら止まらなくなってしまったのだった。あらかた忘れてしまったが、第一部の鬼道の巻を読んだのはもう二十年も昔か。完本が出ていることさえ知らなかった。未読の後編だけで、ざっと1000頁余ある。しばらくは楽しめる。で、数日は行方不明になることに決めたのである。電話も留守電に切り替えよう。おや？　さきほどから鎧戸をがたがたと揺らせているのはだれだろう？？　…まさか鬼道衆ぢやあないよな。朝飯をせびる猫衆か。そういうわけで、あとすこし夢助の夢の中へもどります。正午、風呂に入りながら、窓からのぞく雑木と青い空をみる。青い空はよく見ると青ではなくて紫色である。雑木の樹木の色との対比からそのことがはじめて解る。いちめんの青い空だけからではこのことはなかなか解らない。水彩画などで描こうとすれば判る。青空は山でなく海でもたいていはわずかに紫を帯びているのである。ああ、この窓の七割を覆う目隠しさえなければそのまま半露天風呂だがなあ、などと考えながらぬる湯につかった。それで風呂を出てから昨日の新聞を眺めていると、社会面だったかに、〈通常国会本会議で共産党殻田恵二議員が例のNHK番組改変問題に触れて、NHKの番組を「明確に偏った内容」とする立場の安倍晋三自民党幹事長代理が「公正中立に」と言ったこと自体が、番組内容への政治介入ではないか、と質問した〉という記事に出会って吹きだしてしまった。まったくだなあ。風呂場の青空みたいな国会である。いや日本国の青空そっくりな「公正中立」である。「公正中立」ーーいい言葉だ。辞書を引いてみる。広辞苑第五版には「公正＝公平で邪曲のないこと」とある。「邪曲」か、「よこしま、不正、非道」なこととある。では「中立」はどうだろう。「中立＝いずれにも偏らずに中正であること」。すると、「公正中立」とは、「公平でよこしまでなく、いずれにも偏らなくて中正である」ということになるらしい。「公平」「よこしまでない」「不偏」「中正」と、ほぼ同じような謂いの言葉を四つも重ねるくらい大した公平な状態、といちおうは理解した。しかしこれではさっぱりわからないなあ。辞書とこちらの能力不足が公平に理解を胡散霧消してしまったかんじだ。やはり具体的な事例で見てゆかなくては、空論にしかならないということなのだろうか。もちろんそうであるけれど、その前にじつは大事なことが先ほどの青空のように抜けているのだ。つまり、「何に対して」公正なのかというその対象物の措定である。これは別の例でいうともう少し分かり易いか。たとえば大小の「おおきさ」という言葉。これも比較の対象物が無くては成立しない言葉である。単に「おおきいね」といわれても困る。「顔か？」と聞きかえしてみたくなる人もいれば、「わはは！」と勝手にカンチガイしてトタンにすこしえらそうに大股で歩き出す男もいる、という具合だ。まあ、中立も公正もそのたぐいなのである（平和という言葉も似てますね）。つまり、きっとこれは、NHKはいったい何に対して「公正中立」なのか、という設問にもなるわけだ。自民党の未来のホープ馬に対してなら、なるほど公正中立であったとしても、視聴者にそうであるとはかぎらない。そして朝日報道もまた告発した番組制作者もそのあたりのことに異議を唱えたはずである。あ、NHKの場合なら、「受信料をいただいている国民の皆様」ということかな。そもそものそのあたりのところが、今回の騒動ではいっこうに不明瞭で、いつもの泥仕合のほうへと運ばれていって仕舞うかんじに見える。だから、わが自宅の浴室から見える青空ほどにすこしブルーで滑稽で、ちびた想い出なども排水口などに詰まっていたりして、ときには物悲しい気分になるのだろう。

2005.01.27

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いわざる

目を閉じ耳を抑え、ついでなのでまる二日余、口のほうも閉ざしてみたわけだが、その間に千キロほどの距離を彷徨してタイタンのメタンの海ならぬ雪解け水の溢れかえる渓流の山へと軟着陸したのであった。そうして世界をあらためてみれば、雪催いの空にはところどころに光がはしりあたかも震災の地割れの如く、かっと時を浸食している。またそうした変転する空を映す水はひとりに問いかけるもうひとりにほかならない如く相聞歌をうたいながら十五糎の落差をトロッコのように滑り落ちてゆくのであった。目に映ることは移ろいとうたかたであり、耳にきこえることは幻聴にほかならず、そうしてこうして喋ること（パロール）もまた、極北の地で吐き出す言葉が口元でただちに凍えるように空しい。ひたすらにそれらは外部世界へと還流されて、立ち迷う。むしろ見ないこと、聴かないこと、そうして能動的にお喋りをやめるとき、生まれる沈黙の中からおのずと立ち現れる世界にこそ真の豊かさを見出すのだ、などとつぶやきながら、冷蔵庫をいま覗いてみた。猫どもの餌用に買ってある寒鰤のあら１パック、ラーマのマーガリン未開封２個、おかめ納豆３パック、それにバターとチーズががらんとした空間の中で身を寄せ合って内緒話をしている風情である。冷凍庫のほうにも買い置きの珈琲豆がどさっとあるだけで、猪肉も鹿肉も消えた。餅の残りが四切れあるからこれを今夜の食料にしよう。そういえば、　　田一枚植ゑて立ち去る柳かな　と、三百年前、風狂の幻視者は詠んだのだった。その五百年前に立ち去った法師の姿は見えるものにしか見えないのであった。さて、貧者の夕食をはじめるか。

2005.01.26

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目を閉じることで見えてくるもの

目をつぶってみよう。世界がはるかに深くなることを感じないか。テレビのニュースよりもわたしはラヂオのニュースを聴く。耳だけから入る情報のほうが、情報をより的確に判断できると感じるからだ。じつはテレビ番組もできるだけラヂオで聴くように心がけている。討論番組などは、発言者の表情やその場の様子や誰がいま発言しているか、そして画面下などに出るテロップなどはわからないが、却ってそのことで余計な先入観なく発言内容に集中できるのである。溢れかえる情報の中で、惑わされないためのこれはひとつの積極的な方法ではないかとむしろ考えている。写真や映像はさまざまな情報の宝庫であるのは当たり前の事実ではあるけれど、同時に彩り豊かな情報は惑わせもするものだ。欲張りはしばしばその欲に目が眩む、頭の働きも鈍るのだ。ひとつところで、できるだけシンプルな情報の回路を選択し、そこからしっかりと世界を見る。目をつぶった世界は、より内省的な世界をもたらしてくれる。テレビは見るな、聴け（笑）。じつは、ほぼおなじような考えから写真はモノクロームに拘ってきた。べつだん気取って白黒写真を愛好するのではなく、色彩が少々五月蝿い、惑わされるというオノレの「かよわき感性」をおもんばかったある意味できわめて実利的判断が、まずはカラー写真を欲しない理由だ。色欲を絶つ坊主の気分もほんのすこしあるかもしれない。だが、本当の理由は、もうすこし別のところにある。過剰は過少をもたらす、とでもいったらいいのだろうか。過ぎたるは及ばざるが如しなどというじつに的確な箴言があるが、あれである。いはば過剰な社会に生きる知恵だ。モノについてとおなじく、情報もまた過剰・過多の社会にあっては、ものの実相とでもいったらいいか出来事の奥にある骨というか、あるいは背後に控える本質とでもいうべきかそうしたモノについて視覚嗅覚聴覚も大事だが、肝心の脳覚が眠っていたり鈍っていては、今回のNHK番組改変問題などでもそうだけれど、諸事万端、出来事の背後に隠れた、ことの本質を見失ってしまいかねないのである。さて、目を瞑ったついでだ、耳も閉ざしてみるか。最近の小道具でなかなかいいなとおもうのが外部の音を完全にシャットアウトしてくれるヘッドフォンだ。5万円近くするらしいが、興味深いのは、音を遮断するといっても完全に遮断はできないこと、また完全な無音が、無明とおなじくらいに物理科学的には実現困難であることだ。たとえばこうして両手でそれぞれの耳を塞いでも音は漏れてくる。音も光と同じく周波数帯域のその器量と、こちらの耳覚の受信可能な帯域の器量のマッチングであるから（スイマセン雑ですが）、骨振動や空気振動さらにいうなら自らの心音など臓器が発する音などを遮断するのは困難なわけである。もちろん科学実験ではないのでそのような心配は要らない。目を瞑るごとくにただ耳を閉じる。すでに目は閉じているから光ははいってこない、そしていま音も遮断された。さあ、なにかが向こうのほうからやってこないだろうか。わたしの場合、やってきたのは足元にゴキブリ、背にも無数の虫の群れ、そうしてざーという雨の降りしきる音であった（これ、ほんとの話です。むかしはじめてこれを実践したときの記憶による）。あははは。しかし、無明の闇などというけれど、闇には色もありまた音もあるということが実感されるのではないでしょうか。情報を自ら遮断することで、見えてくるものの豊かさはそれを体験したものにしか分からないところがあるようで、こうして文字というものに落として伝えるのはなかなか困難である。…ひと言で言うと、「直覚の世界」である。悟りなどというとナンだから、うんと控えめに言うが（笑）。五感では感じなかったもの、見れなかったものが見えてくる。シャープとゼブラのコマーシャルではないが「みえるみえる」。さらに呼吸法なのだが、これは稿を改める。まあ、たとえば気配というものをすこしは分かるようになるのです。さて、ここまでで起承転結。しかし、半角6000字の空間がもったいないので埋めることにした。ちょうど昨夜NHK総合が憲法についての討論番組（『シリーズ憲法第二回・徹底討論どうする憲法9条』午後9時から11時）をながしていた。憲法をいじるか否かということをめぐる討論。以下、そのテレビ討論をラヂオで聞きながらのメモである。9条の2項の問題。交戦権をこれは認めない、という項だ。現状に合わないから、憲法を変えるという態度は、おかしい。それをやれば、将来、かならずまた新しい現状が出てきて、また変えるということになって行くだろう（土井たかこ）。国際貢献などは、実に滑稽である。自衛隊とは関係がない。国際貢献だからと自衛隊を派遣する理由にはならない、胡散臭い。軍事力に国際貢献なるものを結び付けて考えるという方向には非常な怪しさがある（加藤周一）。日本の自衛隊を海外に派遣するための、口実として使われているのが実体であろう。こうした逆立ちした議論が何の疑問もなく行なわれることを見るとき、嘆息が出るばかりだ、じつに情けない話である。戦争に貢献すること？　それでアフガニスタンに行く？　情けない話だ。人道支援の場に、武装組織である自衛隊を派遣することは根本において間違っている。現地の人たちは戦後六十年戦争をしてこなかった日本を信頼している。このことは大切なことだ。自衛隊は専守防衛で、海外へ派遣する必要などはない。安保条約を、軍事関係の条約だけ狭くと考えないことだ。さまざまな文化的側面も持つ日米安保条約は必要だが、軍事条約という側面を変えて、友好条約、平和条約へと移行させてゆくことだろう。軍事力では国家は守れない。守れるというのは幻想である（加藤周一）。国連憲章の51条に、国際連合加盟国に対して武力攻撃があったときと書いてある。イラクとは何の関係もないでしょう。（集団的自衛権の行使について）。日本が攻撃されたときに行使するのが集団的自衛権の行使。大国が小国を蹂躙するときの名目として使われてきた。集団的自衛権を認めるということになれば、憲法が、戦争をする国に変質してしまうでしょう（土井たかこなど）。最終的に寄せられた視聴者の意見。13517件（午後10時40分すぎ）。最終的には14170通。亜米利加への従属はやめるべきだが、まさにそのためにこそ改憲すべきだ（森本敏・元外務省南東アジア2課　現在拓殖大学教授　安全保障専攻）日本の安全に限って言えば、北東アジアの平和と無関係でない。しかしながら北東アジアの平和を築くことにかつて日本は失敗した。北東アジアの平和を構築してゆくとき大切なものこそが、憲法のとくに9条だ。憲法9条は守る必要がある（加藤周一）。憲法を変えるなどということが、当然のように討論番組でも扱われるようになった。それなりに多様な意見が出ていて、聴いていて個人的にも参考になったけれども、しかし…やはりこれは、憲法改正に向けての、露払いではないのかと疑う。異論をこうして矯めてゆくのだろうと疑う。議論をするのはいいことだ。だが、施政者が別のたくらみを持ちながらこうした巨大マスメディアを動員して、すこしづつ巧妙に世論を誘導してゆくことを疑っておいたほうがいい。以上、テレビの討論番組を画面を消して、ラヂオで耳で聞いたメモと、最後のくだりは、聞き終えた直後わたしがつづった感想である。番組では若い層からも改憲すべきという意見は出ていた。しかしいま読み返すと、手元のメモに改憲推進派の意見がない。きっとメモを取るほどの説得力のある意見がなかったのだろう。（うーん過剰だ。え、なにが？）ちなみにわたしは、改憲には反対です。

2005.01.24

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all's right with the world

夕方、早稲田通りを歩くと、舗道の街路樹がつぎつぎ伐られている光景に出遭った。ほぼ一直線の見通しのきく街路の、ずっとおくまでフウの樹木が樹高およそ2メートルばかりをのこしばっさりと伐られている。もっとも手前、交差点かどの樹は掘り起こされ横倒しになって、根を寒風に晒している。樹齢はどれくらいなのか。信号待ちをしながら目測したところ根元のところで径三十センチほど、八方に延びていた筈の根は元から断ち切られ、いくつもの円形の断裁面が降りてきた闇の中で仄かに白い。角を伐られた巨大な黒いサザエのようだ。無惨という言葉はきっとこういう光景をこそ指していうものなのかもしれない。樹に針金で括りつけた白塗りの金属板に「街路樹植替え工事」とあった。三月下旬までに順次伐採撤去して、秋にはあたらしい樹木を植えるらしい。きっと細くてたよりのない若木なのだろう。代替わりといえばそれまでだが、ざっと三十五六年は見慣れてきた風景だったのになどと考えながら通りのほうへ視線を戻したその一瞬に、奇妙に見たこともない中東の市街が眼前し、悲鳴のようなものが耳底を掠めすぎていった。そうして、黒い人影と信号機の赤い点滅のむこうから、何か得体の知れないものがやってくる幻影を見た。結局、横浜まで足をはこぶこともせず、ぶらりあたりを散策して一日が暮れた。なんとはなしの時間というものが、むしろ宝石のようにかがやいてみえるときがあるが、遮断した情報はいずれ機をあらためてむしろどっとつぎには襲ってくる。デュシャンをじっくり体験するなら、角を矯めるように想いも矯めるか、ときに大ガラスについてはあらためて考えてみたいこともあった。後付けの理由ながらそのようなことを考えながら、あいかわらず空いた時間に書店を覗き込んだりした。ぞろぞろと週末の人ごみに海のにおいをかぐというのもなんだな、とむかしはたいていがそうして夏の夕暮れを海岸のほうではなく街のほうへ向かった。高台からみわたす海にはちょうど夏の夕べなら青い帯のかなたにブリキの船を見ることも有った。古い双眼鏡でのぞくと吃水線のあたりにタグボートが吸いついて荷を上げているのがかすかに認められるのだった。丘を下ればまだ長い重工の引込み線が残っていて、線路伝いに幼年期をたどるように巨大なクレーンの鉄の骨格のなかをくぐった。造船所のある小さな運河の風景のなかでは松本俊介が工員服のようなだぶだぶの衣装で立っていたりして、青と黒のその絵の全体に下地の厚塗りの白（おそらくはシルバーホワイトの地塗り）が透けて見えるようだった。あの寒い青はプルシャンブルーにちがいなく、生乾きなホワイトの地塗りのうえに透明に薄く、やわらかなテン毛の筆で幾度もかけられたものなのだろう。時がたって空気中の酸素と結びついた絵具の層は黒ずんで画家の計算外の効果をもたらしたのだろう。午後十時ごろに寝たら奇妙な夢を見た。仔細はわすれてしまったが、猫が大型車に轢かれて潰れている光景だった。茶色のトラで山のチャタローに似ているがむしろ貌面はやくざ猫のグレそっくりでただ鼻づらの周囲にピンクの斑点があった。そいつが胴体のうしろ半分を轢かれて潰されているにもかかわらず、頭も顔もまるで元気でストップモーションで面を起こしその目がこちらを見た、ま、そこでああ夢だなと気づいたのだったが、覚醒したあとの自分のあたまをよぎったのが、山へ電話してみるか、だったのが我ながらちょっと吃驚した。まさか掛けなかったが、電話口に六匹の誰かが出たらこちらも困っただろう。そもそもが猫の夢を見てさらにその猫に電話をしてみようかなどと一瞬でも考えるというのは、それだけ猫ドモに気持ちの百万分の一くらいが横取りされているわけで、冗談じゃあないな。四時に配達されてきた朝刊一面には「宇宙ゴミ」の記事が載っていた。数百万の宇宙ゴミがこの地球の周囲を時速3万５千キロで廻っているという。ゴミのようなあたまでそれを読んだ。グロテスクな夢といい、こういう未明の時間には、しばらくこの世から消えてみたくなる。まもなく日曜日の朝がくる。ゴヤのたしか「理性が眠ると…」というような題の版画の絵柄があたまの後ろのほうを駆け抜けていった。きっと、この世界のことなのだろう。NHK番組改変問題は、なにやら当該NHKと朝日の代理戦争の様相を呈してきた。NHKが安倍、中川二頭の自民馬の代理で朝日に文句を言っている。そうじゃあないって？どうやら世間の反応は朝日報道に不利らしい。しかし公平に見たところ、問われているのはNHKの番組作りの不透明さであって朝日の報道の仕方が云々ではないはずだ。ついでにいえば、公平に見て朝日は筋を通している。NHKには筋など何もない。報道機関などという構えた見方はハナからしていないが、本当にチェック機関としての報道をと主張するなら、寄って立つ哲学というもの、あるいは信念でもいいが、そういうものがあるはずであろう。朝日にはとりあえずまだそうしたものが窺える。しかしNHKにはむかしから一貫してそうした拠って立つ信念も哲学もない。だから政治屋に右往左往する。NHKには視聴者の代表として有識者で構成すると協会側がいう「経営委員会」というものが置かれている。彼ら委員がまったく声を上げないのも不可解だ。ネットを検索して、http://www.nhk.or.jp/pr/から、昨年末に開かれたという「日本放送協会第985回経営委員会議事録」なるものをあらためて見たが、そこには、《平成16年度の第2回視聴者会議は、「受信料」をテーマに、10月4日から11月17日まで全国54か所で開催し、 519人の委員から1,176件の意見が寄せられました。テーマは「受信料」ですが、27か所の会場には副会長をはじめ役員や本部局長などが出席し、会議の冒頭で、不祥事について各地域の放送局長とともにお詫びをしたうえで、不祥事への対処、コンプライアンスへの取り組みについて説明を行い、委員の意見を伺いました》　という理事からの報告が載っていて、そうか「視聴者会議」なるものがあって、年に数回だけ意見を吸い上げるだけなのだなとあらためて愕然としたのだった。小役人の考えそうなアリバイ工作である。1万3千人の大組織は強固な官僚組織の閉鎖集団なのであろう。昨夏のプロ野球スト騒動のときのあの高給を食むだけの元検事総長をおもいだす。午後7時のNHKラヂオのニュースを聴いていたら、安倍晋三馬が「朝日新聞は国民の前に取材の方法などをあきらかにせよ」などと発言したという。じつはここが大切な点なので（安倍馬はこのことを承知だから発言しているのだとおもうが）、一言ここで触れておこう。新聞社も記者も取材源の秘匿は絶対でなくてはいけない。その取材の方法、具体的に言うならどのように取材をして当該の情報を入手したかは厳に守られる権利であるということ。朝日はこの問いかけに答えてはいけない。もちろん現在までの朝日はこのことを承知しているからこそ沈黙をしているのであって、それを具合が悪いから、嘘をついているからだろうなどというのは、いわゆる「ゲスの勘繰り」というやつである。もしもこうした取材源の秘匿が破られるとどういうことになるか。被取材側（たとえば政府や権力保有側など）に取り都合の悪い情報はいっさい表には出ることのない北朝鮮のような閉じた社会が現出することになるだけだ。はっきりいうが、政治家や権力機関などへの取材活動では、子供の使いのような取材はほとんどなにものももたらさない。相手が話したがらないところにおおくは肝心要の情報は秘匿されている。それを取るのが記者の本来の仕事で、その点に厳とした姿勢を貫くとき、エッセイや感想文を書きなぐるものドモをわたしは記者とは呼ばない。たんなる政府や政治屋どもの広報機関に成り果てる。そんなことは記者活動のいろはにほへとの、「い」の左下の撥ねてるあたりの先ほども当然すぎることである。むかし外務省漏洩事件というのがあった、アノ取材で外務省の秘密ファイル（外交電文）をすっぱ抜いた毎日新聞記者は、その取材方法において、外務省勤務の女性と「情を通じ」たということでモラルを問われる形でまるで犯罪者の如く政界と世間から指弾され、社を追われた。毎日新聞は一個の自社の記者を見殺しにしたわけだ（ほぼ同様に今回告発したNHK職員の話を信じるならば、NHKにも毎日とおなじことが言えなくもないとおもうが、話がややこしくなるから今は触れない）。いま、安倍馬やNHK管理者たちが考えるハラのうちにそうした不届きがないとはいえないだろう。「報道の倫理」とか「モラル」が独り歩きをはじめたとき、危うい言語状況が来る。いつもひそかにそうしてみてきているけれど、今回の騒動の奥底に、どうやらどろっとした妙な手触りの闇を見た。事態ここに至って、ガンバレ朝日、ゲロするなよお！　と言っておこう。

2005.01.23

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「悪の枢軸」から「圧制の拠点」へ

この週末、海の向こうでは第43代米国大統領ジョージ・W・ブッシュプッシュマンが二期目の就任演説をおこない、此方の列島の首都においては、怪談小泉八雲じゃなかった小泉ドコモ首相が第162国会開会に臨んで施政方針演説を開陳した。演説というのはたとえクグツな人形でも腹話術師の手にかかればあたかも生きた人間が喋っているかの如き錯覚を容易に演出可能であり、美辞麗句、明るい未来、深遠な理想がたいていはちりばめられている。まちがっても浜の真砂が尽きるとも世に悪党の胤は尽きまじなどという科白は聞けないものである。大量破壊兵器詐欺師の前科者の場合は正味20分の演説の中に「フリーダム」という単語を27回、「リバティ」を15回使ったそうだ。いっぽうわがライオン首相のほうは、施政方針演説に「安全」と「安心」それに「官から民へ」「経済活性化」「人間力」などといった有名無実を並べたてて見せたらしい。巨大宗教団体が「世界平和」を謳うのに似て、つねに悪党ほど善人ぶるものである。それにしても、なるほど自由か。新聞に和訳された大統領演説の要旨をながめると、「米国は半世紀にわたり、はるかかなたの国境を常に監視しながら自由を守ってきた」とのっけにまず登場し、「憎しみと怒りの支配を打ち破り、圧制者のうぬぼれを暴き、優れて忍耐強い人々の希望に報いるのは、歴史のどんな時も人間の自由という力だけだ」などとつづく。「圧制者のうぬぼれ」…ん・ん？自分のことをいっているのだろうか。つづけてすぐに「我が国の自由が生き残るかどうかは他国に自由が広がるかどうかにかかっている」と。お客さん、買わなくたっていいけど、いま買わないとあんた損するよなんて科白を浴びせる柴又の帝釈天前のトラみたいだなまるきし。そのあとには「平和のための最善の希望は全世界で自由を発展させることだ」という。「全世界」か。「全宇宙」でないだけまだマシかも知れない。このあとがまた素晴らしい。感動しながら引用してみる、嗚呼、感動でキーボードを打つ手も震える。舌も震えるか。「我々は米国建国の日から、すべての男女は諸権利と尊厳、無比の価値を持つと宣言してきた」もちろん、伝来の土地を奪われた米国先住民のインディアンの男女は、この「すべての男女」にはふくまれていない。しかしそのようなことは演説では隠して言わないのが米国の自由である。「何世代にもわたり、自治の重要性も掲げてきた。…中略…いま、それは我が国の安全にとって切迫した要請であり、神からの召命だ」ふむふー、「それ」は何を指しているのだろうか。センター試験で出してもいいな、英文解釈。スピーチライターも苦労してる、翻訳者も。それは「自治」か。それが「切迫した要請」で「神からの召命」なのか。どの「神」だ？住所氏名五指指紋照合虹彩登録してある神なのか。日本の場合は皇居におわしまするは「人間宣言」してしまった元神ご一族だが、ブッシュ君の祖国では石油から噴出したテキサス魂の神でもあるのだろうか。ああ、夜が明けてしまうな。すこし寝よう。　墨汁をぶちまけてみる大寒日　雑巾控とうとう午前七時をまわってしまった。土曜日か。自由を安売りしているブッシュ演説とつき合うのも飽きたので、横浜美術館のデュシャン展にでもおもむこうかな。ブッシュ演説の終わりの頃に「オーナーシップ・ソサエティ」という言葉が登場している。これは先の大統領選でも彼がさかんに言い触れ回った言葉らしい。所有者社会などと朝日は訳し、日経も「所有者のための社会」などと和訳している。自分で稼いで頑張って生きろよナ、てめえたち。国家の福祉だなんだなんてえのに頼るんじゃあねえよ、というほどの謂いであろうか。裏を返せば、貧乏人は麦を食えと戦後まもなくに登場した日本の総理大臣が言い放って顰蹙を買ったアノ台詞とおなじ意味合いになる。ライオン首相の演説では「官から民へ」という表現になる。ま、最近の流行語では、「自己責任」でしょうかね。国家は豊かな人間たちの「自由」は認めるけれども、貧しい連中は勝手に死ねよなあ、それがいやならせっせとこの体制を支持して働いて神に感謝して金持ちになれ、ここがブッシュ演説と米国の高らかに掲げる「自由と民主主義」のいわば肝か。いっそ「獣の民主主義」といいかえるとより真相に迫っているようにおもう。だから、ゴルフ会員権所有者がゴルフ場のエグゼクティブクラスのロッカーに放り込んだ財布の中のキャッシュカードの電子情報が、プレイ中にこそっと掏り盗られ、2000万の預金が知らぬうちに引き下ろされてしまったからといっておどろいてはいけない、自己責任なのだ。ユーロ建てでのアブラのカネ勘定の隙に国ごと盗まれてしまったイラクのフセイン君だってきっとこの言葉の意味を、いまごろは牢獄の個室でしみじみと味わっていることであろう、きっと。M・デュシャンが便器を「泉」と名づけたように、ブッシュ＝チェイニーの米国は、侵略を「自由」と言い換えているにすぎない。前衛なのである。

2005.01.22

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文字が記された紙束の話

東京にでてきたので、ひさしぶりに本屋の梯子をしてきた。かつてこの梯子はわたしにとって生活のなかでも相当に重要な位置を占めていた。ほとんど朝から深夜まで都内の大中小の本屋（そこにはむろん古書店も多く含まれる）を経巡り歩いた。池袋にJUNKU堂が開店した直後には、数日通しで入り浸った。いまとはちがって経済的に多少の余裕があった時代には、買いまくったりもした。いまも古書店に注文して取り置きのような状態の本が十数冊あるが、そんなものでなく最盛期には百冊単位で買っていた。ビューキだと自分でおもったこともある。スローなビンボーになってみて、ほかに不満はないが、ときどき、買いたい本があっても買えないことがすこし残念におもうことはある。生活の中心が山の中に移って、本屋がないことであきらめもついて、半ばその気分から解放された。しかし、実際にこうして梯子をしてみれば、やはり本屋のタナというのはわたしにとって、日銀の地下にあるとかいう金の延べ棒を保管する部屋よりも数万倍は魅力的であった。もっとも、あの延べ棒が一本で10キロとすれば、グラム1600円のいまの金地金相場で計算すれば、ざっと一本で1600円の本換算で1万冊だ。金庫室丸ごとならばまあ、よく考えなくても、日本中の大型本屋をビルごと買い占められるわけだから、狙うなら日銀地下金庫室か。新刊本ではとくに買いたいとおもうものも無かった。すこし前に話題になった例の海外ミステリー『ダビンチ・コード』も手にとって眺めはしたが文庫になってからで十分か。レンヌ・ル・シャトーと牧師ソニエールにまつわる話はすでに10年ほど前に柏書房だったかから出た英国BBCプロジューサーのリンカーンの著書『レンヌ・ル・シャトーの謎』で読んでいるしなあ、などとつぶやきながら書棚をまわってあるく。文庫や叢書ではいくつか欲しいものがあったが、これもまあ、いますぐに読まないでもいいかと買うのは止める。結局、何も買わずに帰ってきた。スローなビンボーの効果はなかなかである。あ、これから晩酌。（この間、数時間経過）…それで寝て真夜中に起き上がれば、某掲示板に　> 精液がぶっ飛んでゆく生ぬるく　坂本梵という一句を見る。これはいい。しがない♂の性のみならず生そのものに纏わる空虚にまで踏み込む。何年かぶりにいい句に出会った。発射の空虚とは結局はこの生そのものの虚しさ、そしてまたぐだらぐだら文字に連ねることのつまらなさまでをも顕現する。行き先知れず。知ったことか、である。ちょっとこれにくっつけることは困難だなあ…紙風船を膨らましておいて、バシっとぶったたけば、すこしは似た状態が得られるが。しかしこの空間は特異である。わが日本国の出生率１．２９をおもいだす。この数字は100年後には日本人の人口が現在の半分になるという未来を示している。パラサイトイヴ。メスによって構成されるアリマキの社会か。レスター・ブラウンという米国人学者は、このままゆけば2050年までに60歳以上の人口に占める割合はほぼ3人に１人ということになり、日本は社会全体において労働人口を維持するために、年間60万人の移民を受け入れなくてはならなくなるだろうなどと指摘していたものだ。その発言の背後にはなにやらヒト社会への警鐘とともに欧米白人種一流の傲慢も感じるのであるけれど、上の句はそのような暗澹たる未来までをも想起させる。ところで、文字の印字された紙束の話に戻る。ただいま正月22日午前三時。都会の闇は薄明るく、その視界の届く向こうに1200万余が眠っているわけだ。なるほど夜がざわついている。書店めぐりが愉しいのはモノとしての書物というものに出会うからにほかならない。ネットの本屋めぐりなどにこのような愉しさもワクワク感もない。あるのは便利さ、コンビニ感だけだ。じつにそぞろ寒い。ふとコートの襟を立てたくなる。この管理されまくり世界の空漠に。子どもたちは不幸だ、それはよくいわれるイラクやアフリカの子どもたちの不幸とはまた異なる種類の不幸だろうが、人間性の温かみを喪失したという点では、より根源的な不幸はむしろ経済先進国にしてデモクラシーという魔術によってより巨大なまやかしの幻想世界に生まれて在る日本をはじめとする国々のほうにこそあるのかもしれない。書物はしかしどのようなちっぽけなものも、大げさに言うなら沼地に咲く蓮の花の一輪のようなぐあいにわれらを閉塞する世界から何処のまた別な世界へといざなう。デジタルの空虚には薄明の闇もない。紙の伝える温かさ印字された文字の人肌感は失いたくない文化のひとつである。ちかごろは諭吉や英世の新札さえもそれが三椏楮の紙にインクで以って印字された紙幣であるというただそのことの故に書物の如くに懐かしい。うーむ懐かしい。帯封つきの束もしばらく見ていない。おーい。

2005.01.21

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物語が地球を駆ける

いつだってなにかが起こっている。足元で火が消えても数歩も歩けばまたあたらしい焚火に出会える。そこに集まる連中がうざくなったら、べつの焚火へ出向けばいい。夜が星空を用意する如く人類にはいつだって物語が必要らしい。浜辺で語り合う物語、ときに満月を眺めながら。砂漠では千夜一夜が待っているだろう。砂丘のうねりのように物陰からいきなり奇怪な小さな生き物だって出現してくれるだろう。異星人と遭遇したいならおおきな森や空軍基地へゆこう。デザートな乾燥地帯では岩山にふんばったテロリストのわしづかみの手首だけを見つけたり、転がった首にはウオンテッド！！　な値札を発見できるだろう。アブラのアラブで駱駝に乗ると尻がかゆくなる。従者にはサンチョパンサもタイの王女も用意するからCIAの坊やたちを寄こしてくれないか、至急だ！電文が油で真っ黒い指から指へ手渡されて、アルジャジーラの時給2000ドルのデスクのまえに届けられる。「すごいぞ！！」　…こうして、またあたらしい物語が生まれる。わたしはここでは俺である。俺が最近読んだ物語はこうだ。帝国軍が異教徒の国をほろぼす。その国の元首はかつては帝国軍のわりと優秀な情報工作員だった。名前はサダムだったか。仲間内ではアセットのサダムと呼ばれていたそうだ。アセットとは資産だが、現地にあってさまざまな情報工作を受け持つリーダー的存在という役付けにしてある。その彼もしかしいまは帝国軍の牢獄で多数の医師団によって改造手術を受けているらしい。この物語は世界中で評判を呼んだ。既成メディアはさまざまなエピソードを製造して帝国軍に蹂躙されるサダムと彼の小国の物語に彩りを加えた。世界の主要新聞とテレビメディア、それに前世紀末から加わったインターネットメディアを駆使して物語は極北の地から砂漠、熱帯雨林、亜熱帯の島国に新興国の猥雑な夜の街路の隅々まで流されていった。しかしもう山場も終わって人々はあらかた飽きてしまった。だから、あたらしい物語がそろそろはじまるだろう。チャンネルナインのTSUNAMIの物語は、死者20万人ということで相当ハデにつくってみたけれど効果も評判もイマイチだ。ミャンマーという独裁国などは物語の渦中にあるにもかかわらず参加を拒んでいる。もう少し工夫してくれないかディレクターを交代するか。やはり異教徒が絡む物語がいちばん受けそうだ。これならネットに蝟集するあの連中だってけっこうおもしろがってくれるのじゃないか？　…たしかに俺もハリネズミの一人には違いない。こうしてモニター画面をのぞき込みながら目新しい餌を物色する。むかしボスに言われたもんだ、おまえがもうすこし頭が切れれば一階級上のネズミに昇格してあげたのになあと。冗談じゃあないぜ。俺様はいまの身分で満足だ。はぐれたまんまが性に合っている。小さな物語もわるくない。ささやかな恋愛喜劇なら腐るほど冷蔵庫に詰め込んでおいた。取り置きが無くなっても配達人に電話すれば土星からだってあたらしいぴかぴかのが届くだろう。どれ、すこし書庫のほうへ出向いて毛色の変わった奴を探しに行ってみるか。行ったか…。ああした「俺」をわたしは無数に見てきた。自分を見つけない「俺」たち。たえず刺激を求め、あたらしい物語を見つけるとむしゃぼり付く。自分をもたないハリネズミたち。いまもそこらじゅうにくんくんと鼻先の髯を震わせながら徘徊する。連中にとって自分以外はエンターテインメントでしかないのだろう。しかし、その自分さえも無いのだ！　嗚呼なんという皮肉だろう。というのも、そもそもが情報は生存と深くかかわりあっていたはずだったからである。けして「俺」ではないわたしはおもうのだ。生命を維持する生活の、もろもろを獲得し保存し他者や後の世代へ伝えるものが情報であったと。狩猟時代ならばどこそこへ行けばいい毛皮が獲れるとか肉のおいしい野牛があつまっているなどという、生存に不可欠なものごとがすなわち「情報」というものだった。時がたち共同体が生まれると、それらはその共同体を維持してゆくためのさまざまな規律、約束などまでも含むものへと拡張され、やがて共同体が国家へと成長すると、情報は個体の生存や共同体の維持にかかわるものよりもさらにおおきな物語を形成し始めるようになる。考古学者たちのあいだでは最近まで、文明の発祥の起源には「戦争」が重要な役割をはたしていたのではないのかという見解があったという。複雑な共同体社会はなぜ生まれたか、それは戦争の恐怖を克服するためではなかったのかというのが、大雑把に言えば彼らの論拠であった。このような文明の最初の萌芽を宿した共同体を彼らは「マザーシティ」と呼んで、それを捜しつづけた。近年南米ペルーのインカ文明にどうやらそのマザーシティが見つかったという報道がなされた。もう数年も前だったか。そこがマザーシティである決め手となったものは遺跡の神殿の壁に戦士の像が彫刻されていたことからだったという。この話はいまだに終わらない物語の始まりなのだが、ともあれさきをつづける。戦争と国家の誕生は、情報の役割を根幹から変質させることになったらしい。すなわちより大きな物語、神話の誕生だった。それには文字やさまざまなあたらしい伝達の手段が生まれたことも大いに関係する。国家という巨大な共同幻想を維持するために、本来の生存情報は拡張を続けて、人類という種そのものにかかわる物語を生み出し流通させてゆく。わたしはこうした推論がどこまで正鵠を得ているかじつはまったく分からないのだが、それでも現実に世界中に神話が生まれ、民族の物語が各地で誕生した事実は承知している。わたしという個体は、こうして「世界」というものをその脳味噌の中に創りあげたのであろうか。たしかに、わたしが見ている「世界」も、さまざまな情報によって形を成しているものにはちがいない。この現在の日本にも国家の物語はいくつも生産されてきたし、いま現在も生み出されている。高度経済成長という時代の物語、バブルとその後の失われた十年の物語、天皇の世紀という物語、戦後という物語…物語は無数にあってそれらのいちいちを検証することもなくわれわれは、とりあえずのイマを生きるのだ。これは、奇怪な話であるだろうか。なあ、わたしでない「俺」よ？俺か。わたしのなかにいる、また別のもうひとりの俺。その俺は、世界に満ちる物語にはもううんざりだ。何が見える？　毎朝届けられる新聞、テレビジョンが映し出す映像、あの映像を撮っている人物がどこのだれかを俺は知らない。あのショットがどのような思想の下で撮影されたかを俺は知らない。映像にかぶせられるナレーションを誰が書いているのか、俺は知らない。それでも物語は毎日のようにつむぎ出される。イラクの街路で少年が叫んでいる、血まみれの男がそばに倒れている、俺はその場にいない。しかし映像は何かをこちらに訴えかけるようにブラウン管に映し出される。こうしたものがニュースなのか。物語は何も教えてくれない。むしろ、空虚を映し出しているのだと俺はおもうようになった。世界はもういちど空虚になる必要があるのかもしれない。俺たちは、俺たちの生存にかかわるところからまったく新しい物語を自分たちのこの手でこの目でこの耳で、この五体であらたに創りださなくてはならないのだと、俺はおもいはじめているよ。そうか。ところで君は誰だ？わたしか。…わたしは俺だ、そして君やみんなの中にいつでも同時に存在しているものだ。ただのハリネズミさ。ただし神とか国家とかという大きな物語がつくりあげようとする集団からたえず逃げつづけようとしているしがない一匹の鼠だ。

2005.01.20

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原爆玉子

とりあえずタイトルだけ付けてみました。ねます。８時間たっぷり寝ておきた。これで、32083-32134＝-51　タイトルだけで51アクセスも付いてしまった。なんだかせっかく来てくれた人たちに申し訳ない気分である。ここはただリロードボタンを押しただけではアクセスカウントは変わらないから、この数値も正味の来訪者数にちかい。このうえはこちらも正味の内容で報いなくては申し訳が立たない。そのような気持ちで午前十一時すぎの今朝、台所に立ち珈琲をまずは点てている自分がいる。それでこんな地方に来てみてつくづく思うのはわがニッポンは中央集権だなあということである。駅前のタクシー運転手がぼやいていた、年が明けこれから年度末に向かってのシーズンは、中央からエライ役人が視察という名目でやってくるんだそうだ。人事異動でトップが交代するトップの下も交代する、その下も又交代しその又下のまたまたまたまたあたりがちょうど三十代前半のキャリアの課長補佐あたりで、その連中がこの季節「とーきょーのほうがらさアやってくっだよはあ」。連中は黒いスーツにアタッシュケースのゴルゴ13風カッコマンになりきっていて、パンツの下がおねしょだらけだって外見は中央官庁の殺し屋に化けている。そいつらはきまって黒塗りのハイヤー仕様の車でなくちゃ機嫌が悪いそうで、そのためにこの季節、配車手配が歯医者なみに痛いそうだ。30代のガキがエラそーなのはひとつにあいかわらずのオカミ根性が民の側に抜きがたく有り、また中央はエライという無意識も手伝うのかもしれませんが、なにより予算も何もかもが皇居の方向に集中していて、そこにガキどもも棲息しているからだと最近地方公務員を退職した中高年収入役が吐き捨ててベロだし、そうして0.5秒後ににやりと笑うのだった。　はらからも子どもだします酉の春　雑巾控地方でも中央でも、現場仕事に従事するひとびとはおしなべて真面目である。そうしてときにしたたかであったりもする。面從腹背というほどに別に深刻でもなく、とりたてて指摘するほどのこともなく上手に生きていたりする。それが日本民族といういささか正体の妖しいことばでくくれば、代々の生きる知恵などになってしたたかなDNAにより脈々と受け継がれての今日ただいまおはようございますな日本となっている。昨夜の客も自民党を支持して親子代々にこの地方で田畑を維持してきた、そうして地方役場に勤めてきた。最後のほうでニヤリするところにローカルな民族の恩讐が実存していることにエリートキャリアなガキが気づくはずもない。　鳩胸を開いてきみの賀正かな　雑巾控起きてまだ数時間しか経たないというのに日はもう傾いてきた。自転車を走らせてきたけれど、風がつめたい。あちこちの道ばたに掻き集めた雪が山になっている。車のほとんど通らない側道では轍の黒い痕がまるでなにか事件でもあったかのように鮮やかである。たいていはこうした鄙びた集落でひっそりと生きる人々のなかに真の人間というものの凄さや無垢さなどは潜んでいるもので、それらは通りがかっただけでは永遠にわからないたぐいのものなのだろう。いったい人たるものの価値というものについて現代ほど考えなくなってしまった時代もめずらしいのではなかろうか。昨夜のことだが、NHKBS1を客とともに観ていたら、小野田寛郎のインタビューを流していた。昭和49年だったかたしか、その年の暮れ近くには一人の文学者が自死するわけだが、そのおなじ年であったか、南方の密林から30年ぶりにでてきた元陸軍少尉のあの人物の現在を伝えていた。ブラジルに移住して30年という。まもなく83歳になるそうだ。画面に映されたその顔はおどろくほどに若く、白い歯を見せて元気そうにインタビューに答えていた。もうひとりの横井庄一氏が召集兵だったのと対照的に彼は軍人でありそれも軍の特務機関に属する男であった。いまでいえば諜報部員である。30年間彼がジャングルから出てこなかったのは、上官からの直の命令がないかぎりいかなる事態があろうと投降してはならないという軍務規律に忠実だったからにすぎない。現地に上官が出向いて拡声器で呼びかけてはじめて彼は密林の奥から現れたのだった。せっかくもどった故国に定住せずにブラジルに第二の人生を求めた理由について、「もうここは自分の居場所ではない、南の島ならふさわしいかもしれないとかんがえた」というきりで、多くを語ろうとはしなかったが、ルパング島では生きるために現地の人からは「カネの代わりに銃でおどして」食糧をうばったとも告白する。おそらくはそれ以上のもろもろがあったのだろうとおもう。「ひとは絶対に一人では生きられない、そのことをわたしは30年の密林生活で実感した。簡単に切れて親でも殺してしまう、そういういまの子どもたちに自然の中で生きる大切さのようなものをせめて自分の体験から教えてあげたい」と自然塾というフリースクールをブラジルでつづける。いまだ明晰な頭脳と、己をじっと抑えなおかつ笑顔のその表情が印象的であった。戦後民主主義というもののもとで、平等と平和を無条件にあたりまえのようにまるで夢の世界かおとぎ話のようにこの小さな島国の学校教育の中で教えられて、殺し合いも騙し合いも肥後の守の小刀も危ないもの危険なもの戦争の素の味の素なのよぼくちゃんとも聖なる母さまからPTAまで口そろえての大合唱の、嘘偽りは申しませんでもぶち切れちゃいますダダダダダアアアとばかりに、闇も雲も汚れもきれいに拭き拭きされた清潔大帝国。いったいきみたちは人というものが魔物であるなどとおもったことはないのだろうね。夜道は街灯で昼のように明るく恋人はいつだって優しく先生は教え子の下着などには興味がないそのような明るい社会では、こころがたとえ虚ろでも、虚ろがどのようなものかは冷蔵庫の中を覗いたって見えないわけだから、こまったものである。平和がいけないわけではないだろう。殺し合いがいいわけでないだろう。優しさは大切なものにちがいない。犯罪のない明るい世の中はだれだってもとめるものだ。近しい人々の幸せを求めることが悪いわけもない。民主的で自由であることは、全体主義国家体制を体験した人々ほど、そのかけがえのないことを噛みしめるはずである。それでも、戦後六十年の「平和」がもたらしたはずのこのわれわれがいまこうして生きる社会は、どこか奇妙ではないか。どこかなにかおかしくはないであろうか。「カネの代わりに銃で」原住民の食糧を奪い取って生きたという小野田寛郎にこだわれば、カネでもって人の有り様や心を奪うシステムがもしもこの世界にあるのなら、銃すなわち武力でもって食糧等を強奪する戦争というものの、その有り様と、果たしていずれがまっとうだといえるだろうか。　広島や卵食ふ時口ひらく　と詠んだのは俳人の西東三鬼である。この卵はカラをむいたあとのツルンとしたゆで卵にちがいない。それはピカドンにより一瞬にして皮膚を剥かれ街をさまよう被災者を連想させる。灰燼の街のたぶん夜の底で（われらは）それを口を開けてそっと食う、食うとは生きることにほかならない…。原爆という、一瞬にして生きるものすべてを根絶やしにしてしまう兵器を人類が手にしたあとの世界に、われわれはいまも生きている。死者を食ってわれらは生きる…慄然とせざるをえない平和ではないか。

2005.01.19

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よっちょいよっちょい

いちめんの銀世界のなかにところどころ赤いアクセントが目にあざやかである。いや正確に言うなら、いちめんの銀世界、は誇張で、太平洋の水気をたっぷり吸い込んだ雪たちは丸二十四時間経ってガマンしきれなくなったらしくどじゃどじゃあとばかりにいっせいに解けだしている。したがって朝の散策の道もどじゃどじゃあな雪と土のどろんこ道で、そこに新春の光がごめんなすってと入りこむもんだから、擬音羅列でもって表現するなら、どじゃどじゃああごめんなすってぶんちゃかどろどろ♪といったかんじであろうか。しかし日の当たらないところでは白い雪と青い雪と黒い雪がほぼそのままの格好で凍結していて、スニーカーの底のぎざぎざくらいではあっという間にすってんころりんなおむすび山になるから要注意だ。それで、まだらな道と風景全体のみごとな展開の中に、冒頭のような赤い点々が見えるのだった。ちかづいてみればそれは村社の茂みにかたまって自生する南天の赤い実だった。一粒がグリコの三百メートルくらいは紅い。そしてそれが数千粒の塊で神社の石の鳥居の周辺を飾っている。思わず石段を上がって賽銭を投げたくなり、側道からどどどっと急坂を駆け下りたその勢いが余ったらしく、側転横転展開して、したたか肋骨を痛めてしまうのもナンだから、もんどりうって真っ白い雪の汚れのないあたりへ軟着陸してしまった。　ヒトガタの解けたるところたら芽吹く　雑巾控なるほど。きのうの日記にすこし書いたが、きょうからブログにまた新機能が追加されたようだ。その一環でトップ頁の日記がそのままで全文が表示されるようになった。ま、便利になるのはけっこうだが、目先あんましくるくる変わったところで、その内実が変わらなければ変化などたいしたものではない。日記もブログも呼び方がどうあれ見かけデザインがどうあれ、書き手の主体や参加者各位の本体ならびに未来へ投げかけるさまざまな企てそれら全体がはたしてどうかという問題において、解けゆく雪のようにうたかたである。しかし、うたかただからどうでもいいというものでもない。刹那において生命も世界もかがやくであろうし、滅亡も誕生も創世も刹那において生起する。わたしもまた刹那において肋骨数本を折ることかつてしばしばであったが、今朝ほどは、その刹那にあって身体を半ひねりして無事を得たのだった。おお正午！米国ABCニュースが、エールフランスのあたらしい大型旅客機を紹介していた。両翼がフットボール場ほどもあるA-380型機で、一機２億５千萬ドルだそうだ。画面でみるところその内部は新幹線よりも広い。将来800名の旅客を乗せるようにするという。あの悲劇的なコンコルドの事故を想い出してしまった。ところで、本日はすこしテーマに沿ったことを書かなくては。そういえば、まだテーマが未定だ。なんとかしよう。軒下、道路端、橋の欄干、電信柱いたるところ雪解け水がぽたりぽたりと垂れている。うららかな日射しについつられ、谷川を見下ろす崖の角に座ってしばらく新聞を読む。2005.01.12の日記「自由の憂鬱」でも取りあげたが、先日のNHK番組改変騒動の検証記事「NHK番組改変　本社の取材・報道」が、けさの朝日新聞第三社会面に載っている。どうにもよく分からない事件である。被害者であるはずのNHKが、新聞報道の直後になぜだか大あわてで「うちらは被害に遭っていません」などとわざわざ自局の電波をつかい流して見せれば、当該二頭の馬たち（安倍晋三＆中川昭一）もうちそろって、「圧力」の有無を否定し出す。安倍晋三馬にいたっては、北朝鮮のスパイが絡んでいるなどとなるへそどうだあ～みたいないきおいだ。まことにもって狡い連中だ。祖父の代からのDNAなのだろうか。こういう有象無象が跋扈する景色は、なるほど北朝鮮に棲みつく魔物一家と同類である。カンジンの朝日にしたところで、「中立公正な記事づくり」などを金科玉条として、しかしその、肝腎の正体はどうも依然不明である。自民党の内部事情の中で踊って売るんですから♪にしたところで、もうすこし売りかたに工夫があってしかるべきではなかろうか。他のメディアがどうなのかあいにく山の中では確かめられないが、このような内部告発にはきまってあとづけのもろもろな詮索や時局がらみのたわごとやでっち上げがぞろり噴き出して、揚げ句、告発そのものがいつの間にか断ち消えになる。どのような番組であれ報道であれ、はっきりいうが偏らない番組も記事も屁ほどもおもろくないに決まっているではないか。物事万端ひとつの意見はかならず依って立つ信念や哲学や論拠を持つ。当然の話である。賛否両論併記が平気な朝日はじめ各紙もまた、エリートディベート小利口阿呆馬鹿な屁理屈ばかりがのさばって、いずれ気概も萎えたもの同士のトンカチトントンな泥仕合におわるのか。それならばややおのれに酔っているとしても、つぎのようなメンタリティ「勝谷誠彦の××な日々」（http://www.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=31174&log=20050118）には、おなじメディア芸人としても、まだしもな率直さがある。この一件、もうしばらく注視しておこう。予定通り夕方が来た。近在のひとに呼ばれて出向けば、野菜をくださった。そういえばきのうは隣人のところで採れたての京菜の浅漬けを馳走になる。それでビールをひと缶飲んだのだっけ。もう暫くするとめずらしく来客の予定。凄まじい部屋だが諦めてもらおう（汗）。いよいよ総務省が乗り出してきた。来客と新酒酌みつつテレビをプチすれば、民放各社の持ち株が特定報道機関に偏っているなどという、とっくに承知の事実をいまさらに持ち出して午後七時のニュースで流したのである。わっははは。だれがみたってこれはもう素っ裸なNHKの応援である。なるほど総務省は旧内務省もどきでありかつ情報監視・操作省である。コヤクニン風情にモミテして自局の職員をいたぶる天下の公共放送か。なるほど、逆らえば天下の朝日もこういう目に遭うんだぞか。まだまだ自民党も流木どてかぼちゃな政治利権の集合体で、みなさまの小泉も無理ないな。よっちょいよっちょい担げや御輿！　ですね。さきほどは自民党のオフィシャルサイト（「jimin.or.jp」）からもアクセスがあった。きちんと読んで批判があればここに寄稿くださいね。ウラから手を回すのはナシだ（笑）。せっかくの機会だから、皆様のNHKと「趣味はNHK」という海老沢勝二君が物議をかもしたのは去年今年だけではないことを手近な資料から指摘しておこう。世界という雑誌の1998年９月号『読者の談話室』という欄に「『視点・論点』の歴史捏造とNHKの放送責任」という一文を大学教員の渡辺武達というひとが寄せている。前半部は寄稿者の歴史認識を披露した箇所なので省いて、後半さわりの箇所のみを以下に転載する。…この歴史的事実に対し、四月二十九日、NHK教育テレビは『視点・論点』で上智大学教授の渡部昇一氏を起用し、「戦争中の日本政府は人種差別政策をとらず、ユダヤ人への暖かい配慮をしていた」「杉原氏は外務省の方針によりユダヤ人に通過ビザを出した」という内容の番組を制作、放映した。朝鮮・中国への植民地政策の実相、それに当の杉原氏が戦後、外務省の命令に背いたかどで辞職に追いこまれたことを知れば、渡部氏（引用者註＝雑誌では「渡辺」となっているが明らかな誤植なので訂正）主張の間違いは明らかである。私がNHK海老沢勝二会長にそのことを指摘し、放送法第四条の二「放送事業者が真実でない事項を発見したとき」は「その放送をした放送設備と同等の放送設備により、相当の方法で、訂正又は取り消しの放送をしなければならない」という規定にしたがい訂正せよと申し入れると、解説委員室の堀口悟氏が「上司と相談のうえ」、「あの番組はNHKの取材によるものではないから、論者の主体性が尊重される」という支離滅裂な文書回答をしてきた。私は視聴者としてNHKが公共放送を標榜しながら、この回答のようなごまかしを行うことを遺憾に思い、海老沢会長への再確認、さらには中央番組審議会会長と郵政大臣にたいし上記回答への監督者としての見解を現在問い合わせ中である。これを放置して大本営メディアが復活することを恐れるのだ。（雑誌『世界』1998年9月号18頁より）自民もNHKも総務省も、事態を甘く見てると北朝鮮を嗤えなくなってしまうぞ。ねえきみ？■「よっちょいよっちょい」は御輿をかつぐときの囃子ことばであるそうな。大好きな樋口一葉ちゃんの『にごりえ』に出てくることばなのです（笑）。

2005.01.18

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6433

一千メートルの高度で洋上を飛ぶ。さまざまな形をした巨大な氷塊が眼下をゆっくりと流れてゆく。雪が解けて青い空とまぶしい日の光が差していた。地上はまるで雲海でわたしは逆さまの世界をながれてゆく。空が動くと地平の山も平野も川も断崖も畑もおいてけぼりをくらったままにただ濃い影だけを走らせる。どうやら上空は風があるようで、わたしは寝床からパソコン画面をまるごと180度反時計回りに回転させて起きあがった。地上の上に構築されたはずのこの床の上の畳という敷物の上に立ち上がれば、どうやらこの世間は2005年の正月17日月曜日正午前という時間になっているらしかった。やれやれ。雲の速度が時速では新幹線をはるかに超える400キロもあるといった類の話を軍用ヘリを操縦した経験のある凶暴な隣人と話しながらおもいだして、それから帰宅すると残っていたワインの瓶を綺麗に平らげながら、奥歯の痛みを騙すために冷水浴をした。体中がぽかぽかしているあいだに布団に潜り込んだが、先客がいてあやうく同衾させられそうになってあわてて飛び起きたのは、昨夜のまだ午後九時頃だったか。それでまた眼が冴えわたってしまった。周期的にうずく奥歯はむかし記者をしていたときに某大手出版社トップの自宅玄関前で深夜、素っ裸で飛びだしてきたその主からぶん殴られた後遺症なのかも知れない。一緒にいたこちらの編集者も殴られて、そのあとでわたしが背広の内懐に仕掛けておいたテープレコーダーを取り出して一部始終を聴かせてあげたところ、翌朝編集局長だかを通して丁重な懐柔兼御食事宴会ご招待の旨が届けられたのだった。しかし、そのキズだけが疼いたわけでもなくて、その後のぼろぼろずぼらな生き方全体が、こうしてときには偏頭痛や虫歯の痛みなどに形を変えて襲ってくるのにちがいなかった。やれやれ（二度目）。とりあえず目を覚ましたけれど、ブログのトップ画面がなんだかだらしない。七日分の日記が全部ハダカになってだらんと垂れ下がった状態だ。くたびれてしまったのかそれとも腹筋が萎えて胃下垂にでもなってしまったのか、あるいはハッカーでも侵入して悪戯でもしていったのか。いずれにしてもお疲れ様！ソーセージを浮かべたコンソメスープにパンで朝食。そうかもう18日だったか。では本日の日記のほうに移動しますか、やれやれ（三度目）。阪神淡路大震災の死者6433。この数字はヒロシマやナガサキの原爆投下、東京大空襲や沖縄戦などの死者数などとも拮抗する歴史に刻まれた数字だ、忘れてはならないとおもう。しかし、「不明３」が気になるナ。

2005.01.17

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墨汁一滴

　足跡てんてん空の上まで雪まつり　雑巾控午前七時になってすこしだけ明るくなってきた。硝子戸を開け放てば猫どもがいっせいにのろのろと雪の中へとびだす。ここいらあたりでは猫も犬並みであるようだ。人間の餌などにたよらない、その気概がいい。積雪は30糎を越す程度。雑木からの雪解け水が驟雨のようにあたりの雪に穴を穿つ。真っ白い中に黒猫があるく。まるで、和紙に墨を一滴こぼしたようである。雪が解け凍結がはじまらないうちに食糧調達にでた。空模様と気分模様ではきょうの遠出は止めるほうがいいというので、いちばん近い（それでも2キロ）スーパーへ行った。谷をあがるやや急勾配な坂が難所だとおもっていたところ、すっかり雪かきがされている。駐車場もスーパーの店員が総出で雪かきで店内入口ではみそ汁をふるまっていた。大晦日に降った雪とちがって昨夜の雪は太平洋の水をたっぷり含んだドカ雪だ。解けるのもはやそうだ。

2005.01.16

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谷間の雪

　白雪に閉じこめられし猫と俺　雑巾控未明からの雪で、どこにもでられない。猫の餌も人間の餌も尽きた。きのうのうちに食料調達をしておくべきだった。車でもちょっとむずかしいほどの雪だ。まあ、人間分はなんとかなるが、六匹の猫どもはどうする。このうえは、共食いしかないか。灯油も切れて零下のまま、猫も炬燵の中である。もうだいぶ積もったなあ。にゃあ。…それが、正午前だった。昼を越したあたりから雪がすこし温かくなったらしく、フェンスに積もる雪の様子を子細に観察すると、10糎ほどの雪の嵩がむしろぐんぐんと減りはじめた。それからまもなくぽっとんぽとんと明らかに軒から雨だれ雪解けが降ってきて、見る間にフェンス上の積雪は三糎くらいまで減少した。空は相変わらず雪模様だが、降るもののほうは霙のような状態になったのだろう。すこしがっかりしたが、これなら隣人をけしかけても罪の意識はさほどにならないな、すこししたら餌仕入れに往くか、などと考えつつ猫とともに抱き合いながら、いや六匹にのし掛かられた状態のまま寝てしまった。それで午後三時前だ、もう。空も雪も地上もフェンスも人が変わったように吹雪いているではないか！　あきらかに本日は徹底的にガサ入れしてやるからな、みたいな俗流三文警察小説の悪徳警官の如き景観になっていた。ちょっとこれでは四輪駆動でも、本日三体しか焼いていなくても、猫の餌買い行こうかなんて言い出しにくい。だいいち寒い。豆腐にソーセージの鍋で焼酎という線でがまんすることにしよう。猫たちには庭に積もる雪でも眺めさせておこう。午後11時をまわったが雪は降り止まない。背後の山の樹木から雪の凍結した塊がときどき屋根に落ちる。そのたびにどすんというかなりおおきな音がする。向かいの山の中腹に設置された村の共同テレビアンテナは雪のために受信ができないらしく、地上波はほとんど映らない。庭先の衛星アンテナも雪が積もるため、桶にお湯を汲んでときどき戸外に出てばしゃっと雪を溶かしてやらないと映りが悪い。べつに見たいものもないので朝からほったらかしだから、中華鍋のような皿に雪が積もってつららができている。屋根に落ちる雪のどすんがときどき響くだけで、あとはしんしんとひたすらに静かだ。驚いたことに猫どもはずーっと寝たまんまだ。食い物がなければ寝る、なるほどえらいものである。さて、こちらも彼らを見ならって、今夜は早めにやすむか。雪は朝まで止みそうにない。

2005.01.15

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イヴの時代に

きのう深夜にもどって倒れるように眠った。昼前にいったん起きたがまた寝て午後三時の時報とともに飛び起きた、鳩時計みたいだ。すでに冬の日は打ちそこなったゴルフボールの如く連山の芝の上を力無くころがる。正味で13時間ほど寝たか。鳩時計の平和は精密工業だけでなくしたたかな金融バリアーを成し世界の富を通過させているわけだが、「親愛なるフレディ、これから僕が君に話そうとこころみるのはローザンヌの街についての短編映画のことだが、相も変わらず何々について試みている。話にはならないが、それでも君に話すのはガイドと思ってくれ。あの連中は、かれらはどうせ怒るだろうし言うだろう、発注もしたカネも払ったのにできた映画ときたら、これはいったいなんだ。海のものでも山のものでもない、深層で眠ってると。真相をいえば君も僕も年はくったが、映画はもうすぐ若死にするね、有り余る可能性を追求しないまま。だから深層へ直行だ、緊急事態さ…」というモノローグではじまる1981年のゴダール映画のブべーとジュネーブのあいだの街では、ひかりはみごとな緑の交響楽を奏でながら、東と西とを、上昇と下降を、空と水とのあいだに見いだそうと試みた、緑から青へ…その無限の変化の連続性。あのわずか12分の記念映画の映像のような夢の時間を、昼下がりのけだるさの中でわたしはじわっとやり過ごしていたのだった。たしかにひかりの分子も食べ物の分子も、外界からわれわれの体内へと摂取されて身体の一部となり、やがてふたたび環境の中に流れでる。生命はルドルフ・シェーンハイマーが分子レベルで証明したように、ひかりと水の、このよどみに浮かぶうたかたなのである。ところで、いうところの「先進諸国」では、いま長寿命化と、そして女権の拡大がすすんでいる。平均寿命の高い国を、2002年世界銀行ATLAS2002や国連の人口白書のデータからとりだせば、ざっと下記のようになる。日本81歳（男77.8歳　女85.0歳）、アンドラ公国　80（調査データなし）、アイスランド共和国　80（調査データなし）、サンマリノ共和国　80（調査データなし）、スウェーデン国　80（男77.6　女82.6）、スイス連邦80（男75.9　女82.3）、オーストリア共和国　79（男75.4　女81.5）、カナダ　79（男76.2　女81.8）、フランス共和国　79（男75.2　女82.8）、イタリア共和国　79（男75.5　女81.9）、ノルウェー王国　79（男76.0　女81.9）…。ひと目見て解るのが、女性の寿命がどこでも男性を圧倒していることであろう。生物学者によれば、これは当然のことになる。アフリカのイヴが最初に生まれて、彼女たちが互いの遺伝情報を伝達してゆく「運び屋」としてつくり出されたのが男という性なのだそうだ。うちにたむろする猫どもを眺めると、なるほどそうかと納得してしまう。ほこりだらけで夜中のうちに現れて勝手に炬燵の布団の上で寝ていたグレも、チャタロもオスの成猫だが、いまだメス猫ミイに頭が上がらない。よたれそつむな時代の中で、女帝も女権もますます拡張する。Y染色体はちぢみの原理を生きるしかないのだろうか。そうして、ゴダールのローザンヌは感動的な、そして未来へとつながるフィナーレを迎える。街が誕生したとき　ローザンヌはふたつあった水辺の　下のローザンヌと上の　空と山にちかいローザンヌとだが　ふたつが合体して周辺が中央になって　同時に　ふたつ消えたんだねそう　周辺が、周辺が消えたんだ　身を投げて心も体も中央に行った　だからその３ショットが自ら果てるまで　そして緑から青への動きを　見とどけ要は　ドキュメンタリーからだ　自分が生きた　生きている所からだ　それを科学的に検討する　宇宙ロケットが土星で撮った二枚の写真は　科学者が分析研究するのに四年かかった同様に　僕も事物を　多少は科学的に見てみたい　動きを　この群衆の動きを　リズムを発見し　フィクションを発見したい街はフィクションだから　緑も空も森もロマン（小説）だ　水はロマン　街はフィクションだ…（フランス映画社提供バウシリーズ■ゴダール監督作品『フレディ・ビュアシュへの手紙』1981年スイス　日本語字幕　柴田駿　より引用）

2005.01.14

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We are the world

新年会の700人もの人ごみの中ですっかり疲れ果てて帰宅。数時間のあいだに口にしたのはマグロの大・中トロ数切れと水割り数杯。ま、こんなものか。クロークには行列ができるので、ことしもコートも預けず。ネクタイだけは締めたものの、靴は山の中をほっつき歩くトレッキングシューズで、おまけに雪のせいで皮には白い模様が浮き出ていて、旧年中のまま山からさまよい出てまいりました熊五郎ですガオーというイデタチ。しかしものすごい人ごみなので粗も目立たないから助かる。株価も年初から上げてちゅーくらい明るい新年だ。世界各地での異常気象の話題が出て、やはり温室効果だ、温暖化だという話題も。こちらはいまさら名刺交換でもないので、同伴した記者を主だった人に紹介してあるいただけ。それでもふだんはほとんど話し相手は猫だから、ものすごい人間の集合体に連続して出会い続けるととにかく疲れる。しばらく人間の顔は見たくない気分。しかし、そうは言っても自分にも顔がくっついているわけだから仕方がないか。帰りの電車の中でふと開いた夕刊のなか、一つの言葉に出会った。ハンセン病だった父親の人生を最近『山中捨五郎記』（皓星社刊）という本に著した元九州産業大学教授・林力氏（８０）の言葉を紹介する小さな記事だ。葛藤を重ねた末に父親のことを本にまとめた林氏は、その心境を「恥でないことを恥とするとき、それは本当の恥になると思い至ったのです」と打ち明けるのだった。まさしくその通りだとおもう。そしてその通りの、その道理をそのままに実行することの困難、それがじつはなかなかに勇気を要する一事であるというその事実の重さ。ま、人様はどうあれ、ほかならぬわたくしの、そのおのれを省みて、はげしくそうおもうわけなのだが。ありのまんまにありのままを生きることはじつは難しいことでもないはずなのに、それを難しくしてしまうのは、やはり己れという化け物か。深夜一人でいるときの顔を隠しカメラでとらえた映像を見てみるかこんど、そこには愚かで滑稽な鬼が映っているのかもしれないナ、きっと。目を覚ませばまたしても青い空だ、これで正月元旦以来13日連続、太平洋側は好天で、日本海では大雪の荒天模様がつづいたわけで、ふとおもえばこの配属はほかならぬ昨夏前からの大雨洪水そして未曾有の台風襲来挙句の地震なあの長い10ヶ月そっくりの空域気象配置図だったのだったのだったか。してみればこの空域模様は本年も列島の空に駐留米軍の如くずうずうしく居座るのであろうか。ヤンキーの極東亜細亜無賃乗車を見てみぬふりな弓なり月の政治屋どものご機嫌伺いブルジョア新聞通信部が、またしても伝える公告記事を読む。日本國朝日新聞部一面トップライト記事によると、在日米軍再編にむけて日米両政府が共同の作業部会を設置し、東京・横田、沖縄・普天間について、「軍民共用」めざしてまずは自衛隊と米軍の共同使用を主張する米国に添い遂げるかっこうで「ぐんぐん」すなわち「軍軍」から検討を進めることにしたそうだ。正月5日新任の谷内正太郎外務省事務次官の談話が笑わせる。「地元負担の軽減が目に見える形で示されることが大事だ。やがて米側から案が出てくると期待している」。なるほどげらら、この信号待ち外交で重戦車が通りを走りぬけつぎには海兵隊部隊がキューブリックに整列突進し空母と原潜が駆け抜けてミサイルが飛びグラマンとロッキードが銀色の機体を日の光に輝かせながら半島やインドシナや中東に向かってつぎつぎ列島前を祭りの山車の如く通り過ぎるのを、チューインガムぶきっちょに噛みながら信号待ちして60年だものね。待ちの外交阿吽のオナラの外交官たちの根性だけは旧年それも1950年のままである。核の傘で守られようが、ま、平和はヘイワだ、おーいこの台打ち止めだ。

2005.01.13

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自由の憂鬱

正月12日午前六時半。暦の上で夜明けは６時22分日の出同54分とある。まだ外は暗く気温はマイナス５度。きょうも昼過ぎには外出しなければならず、これから寝ても数時間か。頭髪が伸びたのでバリカンでまたがががーしなければならず、それからシャワーを浴びて朝食をたべる、たぶんそんなことをしているあいだに昼になるのだろう。それであわてて着替えをして家を出る電車に乗る数時間後には都心の某ホテルロビーに着いておよそ二名の人物と話をしそのあとそのホテルのいちばんでかい部屋でひらかれる数百名ほどあつまる新年パーティに顔を出す。別に顔でなくてもいいのだろうが、ほかに出すものも見あたらないので顔だけでかんべんしてもらう。ま、シャンペンでも飲んで何人かと挨拶してそれで天気の話でもして帰る。もったいない時間が背中でばかやろーしていてもついでだからつき合えと諭す。なかなか大変だ。ところで、130年前の正月12日は板垣退助、後藤象二郎らが、選挙による議会（国会）の開設を要求する「民選議院設立建白書」を出し、具体的に自由民権運動をスタートさせた記念すべき日だという。なるほど「自由」か、そして「民権」か。どちらもまだ生き残っているんだろうか。個別具体的で極私的見解から申し述べれば、公道にて煙草を吸う自由はすでに煙と化した。言論のほうはどうか。こちらもかなりあやしい。しかし、金貸しの自由とか詐欺師の自由は大幅に緩和された。恋愛の自由はどうか。むかし自由恋愛という言葉があったらしい。恋愛にわざわざ自由をつけるほど恋愛は不自由だったということだろう。いまは死語になったみたいだから、それだけ自由になったのか。ただこの色恋事にこだわれば、自由恋愛はあっても自由結婚という言葉は無かったとおもうから、結婚がその本質においてけして自由ではないことがうかがわれる。…そして、こうしてみると、自由とはけっこう不自由な言葉らしいこともおぼろにわかってくる。だらだらとこう書いているあいだにバリカンでがががーをして風呂を沸かしている。キーボードを打つ指はかぢかみ、日の出は完了し、ただいま午前９時前である。自然は自由闊達に進行するいっぽう、人体はまだ寝惚けマナコのままである。そして猫どもだけが元気いっぱいだ。いちいち服を着なくて済むという点はうらやましい。こちらはハダカで出かけるわけにも行かない。だが、自宅では寝るときはすっぱだかだし夏は起きていてもそうだ。ピカソも山下清もハダカが好きだったらしいがわたしもハダカは大好きである。さて、それで4年前の旧悪・言論封殺がとうとうバレてまもなくハダカになるらしいのが、次期総理の期待のあの馬安倍晋三自民党幹事長代理と北のプリンス馬中川昭一経産相のふたりであった（笑）。朝日新聞がトップで伝えている。被害にあったのは旧日本軍慰安婦制度の責任者を裁く民衆法廷を扱ったＮＨＫの特集番組『戦争をどう裁くか　問われる戦時性暴力』（2001年１月30日放映）。ＮＨＫで内部告発をしたのは、当時、同番組の担当デスクだった番組制作局のチーフ・プロデューサー。同記事によれば、”中川氏は朝日新聞社の取材に対し、ＮＨＫ幹部と面談したことを認めた上で「疑似裁判をやるのは勝手だが、それを公共放送がやるのは放送法上公正ではなく、当然のことを言った」と説明。「やめてしまえ」という言葉も「ＮＨＫ側があれこれ直すと説明し、それでもやるというから『だめだ』と言った。まあそういう（放送中止の）意味だ」と語った。安倍氏は「偏った報道と知り、ＮＨＫから話を聞いた。中立的な立場で報道されねばならず、反対側の意見も紹介しなければならないし、時間的配分も中立性が必要だと言った。国会議員として言うべき意見を言った。政治的圧力をかけたこととは違う」としている”http://www.asahi.com/national/update/0112/006.htmlたいしたものである。自由民権のスタートの記念日に。早めに板垣退助を引退させておいてよかったね。…自由の憂鬱でなく、自民党の憂鬱であったか。

2005.01.12

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いのちは誰のものなのか

世の中には、未解決というのではなく解答は複数存在するが、答えの出せない問題というものがある。ほんとうはそうしたもののほうがむしろはるかに多いのがわれらの生きるこの世界だろう、とわたし個人はおもうのだが、あいにくと世間や国家や民主的見解というものは、そうした目配りというものには冷淡である。安楽死（尊厳死）問題などは、その代表的なものであろう。生命科学者の柳澤桂子が、死について朝日新聞に書いている散文をさきほど読んだ（『宇宙の底で　いのちは誰のものか』朝日新聞１月11日付け朝刊）。彼女は2003年秋に22歳で安楽死を遂げたフランス人青年（ヴァンサン・アンベール）の出来事を例に取りあげながら、いのちというものが誰のものなのかについて、まことにラジカルな問いかけを発している。ヴァンサン事件はあるいはご存じの方も少なくないと思う。2000年19歳の時に交通事故に遭って一命は取り留めたものの全身麻痺で目も見えず、耳は聞こえても声は出せない、そのうえ烈しい苦痛にさらされた状態に置かれた。やがて右の親指で意志を伝えられるようになると、彼は看病する母親に「死にたい」と哀願したのだった。結局、彼はバルビツール系の鎮痛剤を母親に注入してもらい、死を得ることができたが、母親のマリーは「毒物投与」容疑に問われ、最終的にヴァンサンを絶命させた医師は「予謀毒殺」容疑に問われた。フランス国内でこの事件は大きな反響を呼んだ。世論は、安楽死を選択したヴァンサンと母親、医師に同情的だった。柳澤は、この事件のヴァンサンの置かれた状況に理解を示しながらも、しかし敢えて異議を問いかけている。彼女自身が数年前まで、正体不明な病気から永い期間おなじような植物人間状態にあった。そのことはたしかNHKのドキュメンタリーで見た覚えがある。そうした自らの体験をあげながら、彼女はしかしと疑義を呈する。「いのちはその人個人のものであろうか？　そうであるなら、自分で自分の死をきめてよいのか。これにも疑問が残るのだ。私は自分の経験から、それはちがうと思う。一人の人のいのちは多くの人々の心の中に分配されて存在している。分配されたいのちは分配された人のものである」また、「私」という存在は、「四十億年の間、とぎれることなくDNAが複製され続けて生まれたものである。いのちは自分だけのものではないということと、想像を絶する長さの歴史を持っているということが、いのちが尊いゆえんであると思う」と。その問いかけの素直さに、わたしは柳澤桂子というひとの、生命に対するまことに真摯な態度と深い洞察を感じたのであった。

2005.01.11

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夢をみる力

珈琲の飲みすぎで眠くならない。昨夜、安ワインを飲みすぎたせいか頭痛がつづいた。それで珈琲ばかり飲んですごしたためだろう。仕事をするにはいいが、覚醒状態が長くつづいたからといって仕事に集中できる絶対時間はさほど変わらない。むしろ害のほうがおおきい。それで、酔いを覚ますためでなく、覚醒を鈍らせる目的でお風呂に入った。さきほどからもう三回ほど出入りして指などはふやけて白くなっているが、まだ睡魔はやって来てくれない。早く来い！　そうしてたっぷりと眠りたっぷりと夢を見るつもりだ。もしなんなら、そのままずーっと眠りつづけるのもいい。二世紀ほどして目覚めれば、多少は退屈でない時代が始まっているかも知れないではないか。ふと、そのようなことを考えながら、そもそもこの、いまという時間が夢であるかも知れないなとおもう。われわれの存在は、ほんとうはどこかの誰某の夢で無いという保証はないわけだし、この五感というものを通して見つめ聞き触れるこの世界が夢そのものであったところで、なんの不都合があるだろう。ま、だれもがこんなことを一度や百度位も考えたりしたはずである。そもそもいったい「夢」とはなんなのか。ドラキュラ伯爵のようにしばし棺桶の中に横たわり、かんがえてみるか。そうして、眩しい朝の光の中であらためて深呼吸と共にあたらしい人生を生きる…と。さて、ようやく正月10日朝になった。デタラメな正月だ！　海よりも低きに高し冬の富士　雑巾控谷へ下りる道の途中より雪を冠った富士が頭だけをのぞかせる。朝日が降る峠の坂を散歩してきた。年末に買いだめした煙草が切れて、２キロほど先にある自販機までゆくついでにあたりをぶらついてきたわけである。霜の降りた野菜畑がある、凍ったままの日陰の残雪がある、青い煙を吐きながらせまい舗装道を宅急便の車がはしりすぎてゆく。この青い大気がすこしだけその濃度が濃密ならばここを海の底と見立てることもできる。人間という生きものの棲みついた海である。ぶくぶくと泡こそ立てないが、ひかりを喰らい青い大気の栄養素を肺に取り込みつつ群れなして泳ぎ回っている、なかなかふしぎな世界でもある。気層のすこし高いあたりでは、金属でできたトビウオのような大型魚が白い航跡をのこしながら高速ではしりまわる。父親が田中内閣時代の大臣だった女性は亭主とともに外出したようだ。おとついもらったカジュアルな綿のシャツは、さいわいにもちょうど身に合っていて山歩きにも具合がいい。さっそく裏山登攀にふたたび挑戦した。玄関を出てコンクリのフェンスをよじ登り、落葉が膝近くまで深い急勾配を這いながら途中まであがる。雑木で風景は見えないが、ふり返れば滑落しそうなのでいっしんに五十メートル近くはいのぼり力尽きた。そこでしゃがみ込み、木々のあいだから谷間を眺望する。青と光線のオレンジ色が交錯する向こうに、雪を被った台形がおどろくほどでかい。その幾何学形とこちらとのあいだを繋ぐ空間の巨大さも見事であった。ボロ切れのように底にひろがる道や家や建物群の知恵たちのなんともささやかなことか。ささやかが風の中で歌をうたっているといった風情か、この世界。猪になった気分で、しばらくのあいだ落葉のベッドに埋もれて午睡をしてきた。しかし夢は見なかった、いやなにか見たらしいが憶えていなかった。夢をみるというと、現実から遊離した空想的な生き方などの謂いに受けとられる懼れがあるが、睡眠中に夢を見ることについて言うならば、夢を見るためには相当のエネルギーが要るのではないか。夢という現象を脳内の化学的な変化と捉えるだけでも、そこには明らかにされている脳内物質の動員があるわけだし、それらの結果を記憶し再生する（認識する）能力というものも必要になるはずである。日常の細々にまぎれてほとんどの夢はあっというまにわれわれの記憶から蒸発してしまうが、夢を見る力というのは、知能活動の中でも高度なものであるだろうとおもう。そして生命力の、あるいは源泉でもあるのかも知れないなと、ふと考えた。ところで、ものを書くとは、夢を見る場合と似ている。わたしなりのことで誤解されるのを平気で暴露してしまうと、モノを書くには儀式というか、特別な方法があるのだ。まず棺桶にはいることである。しかし書くモノによりその方法はふたつある。ひとつは棺桶に入って、外から釘を打ち付けてもらう方法だ。これは楽だが、創造的なものには不向きだと思う。こういう日記というか雑文やドキュメンタリーなものならばこの方法だろう。もうひとつは、棺桶に入ったら自らの手で内側から釘を打ち付けて自分を閉じこめてしまう（封印する）やり方だ。こちらが、わたしの場合は、小説を書くときのたぶん唯一の方法だろうと思っている。…しかしまあ、現実にまだ一作しか書いていない男が言うことだから、まったく信用できない話である（笑）。そういえば、わたしは夢を見ないために書く、と言ったのはフランス人とイギリス人の両親から生まれた、『発熱』『モンド』『物質的恍惚』などの仏国作家ル・クレジオであったな。けっこう好きな作家である。わたしも、夢ばかり見ていてちっとも続編のほうが進まないので、今夜あたりから白日夢の生活のほうへもどることにしよう。　新年やどれみふぁそらし番茶のむ　雑巾控

2005.01.10

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光の興亡と

闇のなかで目を覚ました。もう正月９日の午前２時半すぎか。ぼうっと天井のまん中あたり、闇に染まってほの白く四角のかたちが見える。蛍光灯の傘だ。どうやら酔ったまんまにまたしても炬燵に寝てしまったらしい。鴨居のあたりは微かに墨を流したように暗く、そこから目を泳がせるようにつぎの間へ肉のカメラをパンさせると、闇の中ほどあたり、床から五十糎ほどの宙空に黄色い小さな丸いものがふたつ光る。わがベッドにちゃっかり寝ている黒猫の小鉄だった。奥の寝室は鎧戸を下ろしたままだから文字どおりの闇のはずだが、目が慣れてくるに従って、モノの輪郭もだんだんと明瞭になってくるから不思議だ。黒い影のまわりの、クリーム色の毛布もやがてはっきりと浮きでてきて、木製ベッドの茶色の板張りも見分けがついてくる。漆黒の闇のはずが、水晶体にはあるたけの光が集められて、物質世界が闇の世界の奥からあぶり出しのように浮かびあがってくるのであった。思えばこの種のあぶり出しの魅力は、あの暗室という写真現像の魔力の世界にもまったく共通していて、赤い光のもとで白い光沢紙の表面から次第しだいに像が形をあらわしてくるときの、言いようのないわくわくは、何故か夢のように魅惑に満ちていたものだ。家の周囲を散策してきたが、この数日来の好天で、風景の中の雪もあらかた解けてしまったようだ。日陰に残る雪の白が風景全体を斑のアクセントで活気づかせていて、遠方の山々の腹は光をうけて白銀色にかがやいている。サンダルでは岨道沿いに背後の山へものぼれないので、崩落現場を迂回してすこし見晴らしのきくところあたりまで行ってもどってきた。夜中に目を覚ましたあと寝付かれないので炬燵の周囲に散乱した本を適当にひろいあげては読んだ。そのうちに小腹が空いてきたから昨日の朝につくった牛丼様の冷えて白い脂が残雪の如き景観を示しはじめた液を啜ったりしているうちにどうやら無事寝てしまったらしい。目を覚ますと石油ストーブの火も消えていて代わっておてんとさまが、どうだあざまーみろ！みたいな勢いでさかんにこちらの顔を焙っていたのであった。そうか日曜日か。ここのシナイ山にはモーゼの井戸のかわりに馬頭観音がある。そのわきに放置され錆の噴き出た物干し台の残骸があって、そこにどこかの神社に架かっていただろうおおきな鈴が無造作にぶら下げてある。慈悲深きヨセフという洗礼名まで持つ隣人は、犬の散歩の朝晩にそこを通ると、なぜかその鈴をがらんと鳴らして観音石仏にむかって手を合わせるのだ。本日は五体も焼きましたとか報告しているのであろうか。それで真似をして、がらがらんと鈴だけ鳴らしてみた。これで浅間神社まで初詣にゆく手間が省けた。神様の偏在する国は便利である、至るところにあるのはコンビニばかりではないのだった。賀状の返信作業がまったくおわらない。一通も出していない。プリンターは印刷可能になったものの、やはりせっかくだから版画にするかなどとまだ迷っている。迷っている場合か。こうなったら寒中見舞いだろう、と耳元でだれかが囁くので、それならそうするかな。版画用の絵の具も去年のうちに銀色と黒色二色を用意してある。しかしそのまえに家中を片づけなくては。それに返事を版画でしかも二色刷では数百枚の返事を刷るのはきっとすごい作業になるだろう。どれぐらい来たのか数えていないが、ざっと五百枚は来ている。いままでで最高だ。つまり二色だと千回以上もバレンでごしごしやることになる。数日はかかりきりになるだろう。こまった。テーマは「光と闇の争い」と去年のうちに決めてある。いったいどうなるであろうか。10号の油彩自画像は仕上げるまで2年かかった。何をするにものろいのだ。小説の続編も、まだ尻尾ぐらいしかできていない。やれやれ。

2005.01.09

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われらボロ族

機嫌のあまりよろしくないプリンターに、紙を補給しようと、どっこいしょと雑然を跨いだとたんに、親父がやあ！と出現したので、すこし吃驚した。生きていればそれくらいな年齢で、跨いだその境界あたりに浮かんでいる。90まで元気なままで頑張ってくれ、と言おうとしたら突然きえた。そうか、誕生日だったな。あたまの切れすぎるひとだったが、幸せだったのだろうかといま思い返すが答えは出ないものである。鮮やかに憶えているのは、奇妙に、双方にとりたいした出来事とも思えないシーンである。珈琲点てて庭先で高性能殺人ライフルを磨きながら、青い空をみた。建物の影の部分をみれば、なるほど、にこやかな晴天の午後がころがっている。下の谷川はあいかわらずごうと音たてて碧の色をながしている。あたらしい年の第一週がきょうで終わるわけだ。死について考えるヒマなどあまりないが、むかしはヒマでなくてもかなり考えた。西欧人の考えるであろう死というものにあまり惹かれることもなかったが、二十代の後半に熊野の山で修行のまねごとをやったときには、さすがに死についてリアルに考えざるを得ない機会に恵まれた。「たまげる」がじつは「魂が脱け出る」ことからきたこともその時の体験から知った。しかしながらなにか解ったか、と問われれば何も解らなかったという。おのれがおのれであることさえも、はっきりいっていまだに不明である。だからときどき錯乱するし、生き方もさほど整然としない。後悔多く懺悔は世間八方に捨ててもお釣りの懺悔が還るくらいはある。まあ、それでなおこうして生きようとするわけだからよくよく業も深い。自殺など考えたこともない。人様に迷惑当然というとなんだが、そのような具合で図々しく生きてきたから、ほんとうにこまっている。山に来て、似たような阿呆とも出会ってしまったし。それでも、きょうのように風が冷たいと、すこしは精神もしゃきっとなるのだった。　ボロなれどボロとはいわぬボロなれば　雑巾控きょうから三連休とかで、夕刻に隣家はクリスマス以来のかみさんが東京からやってきた。庭先で猫どもに餌をばらまいているところへ、どんどんとドアを叩く。てっきりヒマを焦がしてちょぼいちでまたぞろマイナス50萬な阿呆がやけ酒浴びに乗り込んできたんだろうと、ばかああ～あああああ、開けるから叩くなあああああああほおおなどと大声でノブを廻してみれば、ビーグル連れた隣家のソノ角栄おかみさんであった。国道沿いで大型衣料店舗が閉店セールやっていてそこで飛蝗に値切ったらしい上衣エル版二着を白いビニール袋に詰めてこちらにくださった。先日の中華饅頭のお返しだろうか。それとも亭主の素行の内情を探りに来たのか。ノー！そのような器量ではない。まあ適度に遊ばせときますから♪　である。それから久しぶりに赤ワインを浴びるほど飲んでもうぼろぼろ。炬燵掛け布団は水浸し、いやワイン浸し。さすがに頭が痛い。そういうわけで本日は、予定のもの何もしないままに、深夜だなもう。明日も零下５度くらいらしいから、せめて寝る前に洗濯物をとりこもう。ごろごろ。

2005.01.08

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天津甘栗とハンバーグと麺麭

小春日和ないい天気だ。雪はすっかり溶けるだろう。ここ一両日、捜し物でかなり疲れた。家の中も、サムペキンパーの西部劇のようににぎやかでドラマティックでダイナミズムに富んだすてきな場所に変身してしまった。足の踏み場もないという言い方も可能だが、パッチワークランドと呼ぶ方が楽しい。シジフォスのような仕事に疲れ果てたような知人がこの５日にもくるかもしれないと、おせちの豪勢なのをとっておいたが、今朝片づけた。七人前すべてきれいに初七日いや七草前に片を付けてしまった。体重がまた増えただろうきっと。かまうものか、また絶食すればいいだけだ。パンツもはけるし背広はもはや不要である。それでも、いいお天気なので、10日ぶりで洗濯をしている。きょうはこのあと必死で自分の仕事を片づけて、それから知人に頼まれた用事を少しやって…、それでたぶん日が暮れるだろうな。戦争報道についてはもうすこし考えたいが、年賀状の返事製作はじめ積み残しがかなりたまってきた。中国人のビジネスマンを動かすための努力も、これでもうんうんうなりながら日夜つづけている。トイレに入ってまで考えるためにメモ帳をぶら下げてある。風呂場にもノートを置いた。愛車げぼ号にも小さいメモ帳が積んである。ブレザーや防寒衣のポッケにもしのばせた。問題はこの脳味噌だ。ややくたびれて脚とおなじにときどき暴れ出す。珈琲も煙草もひかえめにした。ほかに留意することはないはずだ。おのれのふがいなさは、どうしようもない。いつもなかなか鋭い指摘をしてくれる翻訳家の知人と電話で話す。今回のスマトラ沖地震発生直後に、外務省がすこし不可解な動きを示したそうだ。当初被災者と想定された複数の日本人の氏名公表について、家族が氏名公表をしないでくれというので公表しません、と発言していたという。何か特別な事情があったようだ。諜報活動関係者が被災者に居たのだろうか、と知人。TSUNAMIはまちがいなくミャンマー沖のアンダマン海も直撃しただろう。あそこの海のどこかに、先年謎の墜落事件を起こした大韓航空機の機体がブラックボックスごといまも眠っている。津波は海底のものを浮きあがらせるという。戦々恐々とそれを見守っている事件関係者はいるに違いないだろう。今回TSUNAMIが襲ったあの海域一帯は、政治・軍事的にも交易上もじつに重要な海の要衝にあたる海域だ。軍事的には「不安定の弧」と呼ばれる。世界中の諜報・軍事関係者も固唾を呑んで見守っているであろう。米国ブッシュ政権の素早い対応も驚くほどである。はたしてあそこで大地震が起きたのは偶然なんだろうか、と考えてしまうほどである（笑）。■日立ソフトが、スマトラ沖大地震の津波被害の衛星画像を公開した。http://hitachisoft.jp/News/News295.html「パル判決書」読書はなかなか進まないが、読むほどにすごい。占領国民を刺激するというGHQ判断からパル判決は、極東軍事裁判ではついに読み上げられることさえもなかった。私家版のような冊子にまとめられたのもかなり後になる。わたしはむかし通信社経由で入手した知人から借りたが未読だった。講談社学術文庫に収録されていることを知っていれば、もっとはやく読んだのにと悔やむ（笑）。ひさしぶりにお薦めの本です。本当なら、このような本は義務教育課程の副読本にすべきだ、とおもうのはわたしだけか？■東京裁判研究会編「共同研究　パル判決書」上下２巻　講談社学術文庫藤田田がどのようにマクドナルドハンバーガーで成功したかはともかくも、彼もまた戦後日本が敗戦した故に成功者となったのはたしかだなあ。然も彼もまた通訳だった。GHQに出入りして成功する人々を眺めながら、いまのイラクのことをふと考えたりしている。きょうはハンバーグでもつくろうかな。ボリビア、ゲバラで村おこし。山梨県も惜しいことをしたな、上九一色村。ひとは麺麭のみにて生きるにあらず。まったくである。　漆黒の北斗七星冷酒酌む　雑巾控■新年の夜空2005年初の夜空に、肉眼で見えるほうき星が現れるのです。以前の大彗星のように、尾を引く姿にはなりそうにありませんが、久しぶりの肉眼彗星は、2005年の夜空からのお年玉になりそうです。その名は、2004年夏に発見されたマックホルツ彗星（C/2004 Q2)。http://www.universe-s.com/news/2004/1228_j.htmlより引用。というわけで、さきほどから夜空を眺めている。星空がじつに美しい。そういえば、洋上クルージングでもっとも素晴らしいのが、夜空であったか。

2005.01.07

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続・戦争報道

15年前のメモを捜しているが、みつからない。１月５日の日記ですこし触れたように、たまたま電子出版専門会社を立ち上げた当時、わたしはそれなりに真剣に「テレビでもなく新聞でもない、双方向のコミュニケーションが可能な未来のメディア」というものを夢想した。そしておよそ一年後に湾岸戦争が始まったときに、じつに奇妙な既視感のようなものを体験した。わたしの脳味噌に焼きついていたひとつの映像があった。それはスペインの画家ゴヤがのこした最晩年の作品群だった。晩年のゴヤは耳が聞こえなくなり、自ら「聾の家」と呼んだ自宅の食堂の壁にいくつかのフレスコ画を描いた。『黒い絵』の連作だ。そのなかに互いに棍棒で殴り合う二人の男を描いた作品がある。その作品をはじめて観たときは非常なショックを受けた。殴り合う男たちの足が、なんと大地に、まるで根を生やした樹木のように埋まっていたからだ。逃げられない中でいずれかが息絶えるまで果てしなくつづく殴り合いである。これはもちろんリアルな情景を描いたモノではないが、「戦争」というもののあるひとつの姿を象徴的に描いていた。両足を大地に埋めたまま殴り合う男は、宗教対立から互いに泥沼の殺し合いをつづける中東パレスチナとイスラエルのようにも見える。さらに、銅版画『戦争の惨禍』の連作では、木につるされた無数の死体、四肢を切断される兵士、胴体と腕、首がばらばらに樹木に晒されている光景…。そこには文字通りの地獄図絵が銅板に鉄針で刻むエッチングの鋭い線によって、克明に描写されていた。これらは、ゴヤが目撃した19世紀初頭のスペイン独立戦争をあつかった、いまで言う戦争報道であった。しかし、CNNで実況され、衛星を介しテレビ画面に届けられてきた湾岸戦争の映像は、コンピュータゲームのようなものだった。夜間に空撮されたモノクロ画面にいくつかの十字形がうかび、中央の黒い四角い建物群がいきなり白い光を発して消滅する。あるいは闇の中を点線のように走る光の幾筋。戦争は始まってからほぼ一ヶ月半ほどで終わり、イラクは圧倒的な多国籍軍の前に事実上降伏（停戦）した。だが、ブラウン管に映し出された一連の湾岸戦争のゲームのような光の点滅する画面が、わたしには耳の聞こえない画家が200年前に視たはずのあのエッチングのインクの染みが生み出す凄惨そのもののように感じられたのだ。決定的だったのは、すこししてあきらかになった砂漠に埋められていた無数のイラク兵のニュース映像だった。それは、まさしくゴヤが『戦争の惨禍』で繰り返し描いた手足をもがれた死体の群れにそっくりだった。いまからおもえば、そのときにはじめて、わたしは、報道とりわけて戦争報道というものに対して、いまにひきづる疑問を持ったのだとおもう。スペイン独立戦争は、1808年スペインに侵攻したナポレオンのフランス軍にマドリードの市民たちが公然と反旗を翻した史上最初のゲリラ戦でもあった（註　ゲリラとはもともとスペイン語で「ちいさな戦争」を意味する。J・Ｌ＝ゴダールの映画『小さな兵隊』もたぶんここから由来している←未確認）。反乱はわずか一日で鎮圧され、反乱に参加した市民たちはフランス軍により公開処刑され、また拷問で惨殺された。それを自分の目で目撃したゴヤは、公開処刑の模様を油彩画で（プラド美術館蔵『５月３日』など）、さらに版画連作『戦争の惨禍』として有りの侭に記録したのだった。それらの絵が伝えてくれる戦争の姿は、現代のテレビメディアや新聞雑誌が圧倒的な情報機器の物量と高速通信によって伝えてくる情報の質よりも、はるかに高密度でより核心に迫まるものであるのはいったいなぜなのだろう。湾岸戦争時にわたしが抱いた疑問とは、かいつまんで言えばそのようなものであった。結局、15年前にMacintoshSEまたは当時最新機種だったはじめての携帯パソコン、といっても重量７キロ（笑）のMacintosh Portable、いずれかのハードディスクに遺したはずのメモは、まだみつからない。当時のメモは７台以上の機種変遷を経て、現在使用している外付けHDに保存されているはずなのだが。そしてそこには、おおよそここで述べたようなことがもうすこしさまざまな具体例をあげて書き連ねてあるはずなのだが。フロッピーの中だろうか、それだとカビ生えてるし現在のマシンにつなぐフロッピードライブがない…それにしても、過去の失せものに、正月そうそうひきづられるというのも、なんだかいかにも、過剰な情報に振り回される現代（そしてほかならぬいまの自分）を皮肉に象徴していて、滑稽な話ではありますね（笑）。15年前は、まだのどかだったな。

2005.01.06

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戦争報道

まったく電話という奴はしゃくな野郎だ。こちらが集中しているときに具合良く掛かってくる。一日で集中できる時間というのはごくわずかだ。残った人生で合わせてもたいした量ではもはやない。大した用もないものも大切なものも電話は外界からいきなり侵入する点でおなじである。それで家の電話は年中留守電にし、ケータイのほうはバイブ設定にしておいた。たとえブッシュやライスがこれから爆撃するがええか？　と言ってきたって出ない。この世は半分はもうまっぴらだから、別に爆殺されようとかまわない。それよりも、わずかな聖なる時間の持続が大事である。そうしたところこんどはドアをどんどんだ。うっせえなー♯と思いながらパンツだけで残雪が光る玄関ドアを開けた。ドアに掛かる鹿の足（魔よけ）がごろんと動いて、新聞集金人で国道沿いのパチンコ景品交換所にも顔のあるばあちゃまがひとり目を三角にして突っ立っていた。どしたの？　ときけば、あんたんとこまだ12月の代金もらってにゃあだよ、と。あれそうだっけ？　ちょっとまってね。財布をのぞけば小銭合わせても2560圓。仕方ないからミカンを一個差しあげて追い返そうとしたら、そこへ地元の銀行に一億の預金のあるという噂の小金持ちのコジロウさまがあらわれて、ばあちゃんほれと、もう絶対に都会では見られなくなった五百円札六枚を景品交換所職員に手渡して、笑顔で新年の挨拶に入ってきたのだった。仕方がないから炬燵に入れて、いままでコジロウの詐欺にあった話をきいていたのだった。それで黄金の午後のひとときはもろくも全部パア！　ま、仕方がないな。ネタにはなりそうだ。きょうも赤富士が見事だった。イマイチ空気が澄めばもっと豪快な赤富士が見られる。国道沿いをそれからとことこと歩いてプリンターのインクを買いに行く。生憎とイエローが無くて入荷は明日だという。それでまたとぼとぼあるいて途中から高級車でお迎えに来た隣人に同乗し帰ってきた。今夜はそれでいっしょに一杯か。しかし風の冷たさで頭が痛い。奥歯も痛む。バファリン２錠飲んだ。新雪の赤富士通りひと玄く、と駄句一句を詠む。寒いのに汗だく。ぢやあ夜中に戦争報道について考えてみようかな。　糞馬鹿の莫迦新しき年賀かな　雑巾控…さて。あっというまに24時間がながれて、正月６日の夜になってしまった。それで、５日付日記を書くのもなんだか変な気分だがまあいいか。で、寝て起きてあれこれとしたあとで、バラけた頭のままに、餅を三つ喰ったあとのいま、戦争報道について考える。究極のところ戦争報道などというものは幻想なのではないのか、とおもってみる。スマトラ＝インド洋の大津波で、外務省は今日現在、いまだ連絡の取れない日本人旅行者が500名弱居ると公表した。海外に滞在しているかぎり、生存していても連絡が取れない、ということはある。消息とはある種そうした性格のモノだ。「消息不明」は「行方不明」でもあるけれども、精密にいえば前者は、消＝死、息＝生の意から「生死不明」と言い換えができる。いっぽう「行方」は文字通り「行きし先」「向かった先」のことだから、「行方不明」は「どこにいったのか分からない」という状態のことになる。状態の説明として両者はほぼ等分な領域をもち、「どこへ行ったか分からない」ため、その「生死も不明」ということにもなるし、「生死不明」で、その「行方も分からない」という表現もできる。また、（A）「行方は分かる」が「生死は分からない」という状態はあまり一般的ではないように考えられるかも知れないが、こういう状態もある。同様に、（Ｂ）「生死はわかる」が「行方は分からない」という状態もある。しかし、（A）（B）どちらも表現としてはあまり一般的ではない。なぜなら、「行方不明」「消息不明」ともにひとりの人間の、その個体の行方にかかわることということでは共通しているからであろう。単に「行方が分からない」という場合、その生死よりも個体そのもののほうに関心が置かれている。「生死が分からない」という場合には、その個体の生死のほうに関心が置かれるというわけだ。かつて南方の密林の奥から戦争が終わって三十年もしてからふたりの日本人兵士が生きてあらわれた。横井庄一軍曹と小野田寛郎少尉である。このふたりは、ともに当時の軍部広報などで戦死とされていた。しかし、ほんとうは「消息不明」だったのである（上の例文では（A）の状態。「行方不明」だったわけではないことに注意）。戦争報道というものをあらためて考えるとき、戦場という「非日常」の状況をはたして誰がどのように伝えることが可能であるか、を検証しないわけにはいかない。そうして、なかでも、ひとの生死こそは、戦場からもっともリアルに伝達されるべきはずの情報なのだとおもうのだ。もっとも、じつにやっかいなことに、「報道」という奇妙で正体不明な言葉が、その前には横たわっている。ここから考えるしかない。わたしはかつて、戦争報道というものを、いままさに人が殺される現場からの実況中継、というひとつの架空を設定して考えたことがあった。戦争という非日常の正体を検証するために、あえて日常の側に運んできて考えようとした。それは、戦争すなわち殺し合いである、という認識からでもあった。もうすこし話をずらしてゆくなら、これはサッカーなどのスポーツ中継というものへスライドして考えることも可能だろう。ベトナム戦争を経て、さまざまなゲリラ戦やら局地紛争などと呼ばれる戦闘行為の歴史をも経て、超大国がその近代兵器を以て遂行する戦争のひとつのメルクマールに、かつての湾岸戦争があった。テッド・ターナーのCNNが二十四時間ニュースチャンネルを創設し、戦争もついに実況中継されたなどといわれたあの戦争を、ブラウン管を通してわたしも日常の中で眺めた。まだインターネットは無かった（正確な意味では、米国内に既に存在したが学術と軍の専管システムで一般に公開されていなかった。モザイクというブラウザ・アプリケーションソフトが登場する前夜である）。当時（湾岸戦争勃発は1991年１月17日だから、それより丁度１年前になるが）、わたしはマッキントッシュに標準搭載されていたハイパーカードというブラウザソフト（この技術が現在のインターネットブラウザの原型になった）をつかい日常の報道をデジタル世界に移植しようと言う、いま考えれば相当に無茶な構想を独力で立ち上げるために、わずかな私財を投じてデジタルな情報出版の専門会社（電子出版と当時は呼んだ）を設立し、ハイパーカードによってのみ（つまりApple社のマッキントッシュというコンピュータのみで）見る（読む）ことのできる『FiLo』という実験的なデジタルメディア誌を創刊したばかりだった。1990年正月のことであった。１月６日の日記へつづきます。

2005.01.05

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写真のちから

巨大な四角が三角形に衝突する。セガンティーニがその最後の作品の中に描いたあの不思議な形をした雲そっくりな、おおきな四辺形を南西の連山の空にみた。寝不足な頭を目覚めさせようと朝の散歩をしてきた。間道から百メートルほど岨道を登って谷を見晴らすと黒い連山の影から抜けたむこうの青の中に、その四角が悠然と大空を区切って在ったのだった。海とちがって山ではさまざまな雲をみることができる。空の表情が刻々千変万化する。元日の夕景では、山の上を這うように進むオレンジ色にかがやく巨大な雲の竜を観て、大急ぎでデジカメに収めた。気温５度C。日向で動いているとすこし暑い。ぼかしたようないくつもの稜線の連なりを横に流す視線で捕らえながら、枯草と残雪のジグザグを、滑落しないようゆっくりとくだってもどってきた。■註　スイスのサンモリッツにあるセガンティーニ美術館に、彼の絶筆であり代表作である大作３連作「生（La Vita）」＝「自然（La Natura　）」＝「死（La Morte）」が展示されている。上述の不思議な雲は「死（La Morte）」の中に登場する。作品の画像はここで見られます↓http://www.segantini-museum.ch/htmls/japanisch/index2.htm炬燵に両足を突っ込んだまま、すっかり寝入ってしまった。闇の中で目を覚ますと、胸のあたりにのし掛かられているような圧迫感があった。女性かと思ったが、男だ。オス猫である。それも一族の中でもっとも凶暴な貌で近在ではヤクザ猫と有名で嫌われているグレではないか。ええいブレイモノ！　と右手で払いのけようとおもったが、なんだかけっこうその重さも悪くないなと思い直し、しばらくそのまま闇の中で考え事に耽った。本当はこうしていられないのだ、年賀状を彫らなければいけない、たくさんいただいてしまったのに一通もまだ書いていない。昨年末は妙にあわただしく、そのまま延ばしのばしにしていた。どん詰まりに来て、せっかくのゴム版も朴板も用意したにもかかわらず、やっぱりパソコンで安易に作るか、という気持ちになって下絵を作りプリンターを動かすと、これがインクがない。このあたりでは年末年始でなくても店などはそもそもないのだ。炭焼き小屋はあるが。それからずっと、卓上隅にあって「はやく彫ってくれ」というゴム板どもの視線をチラチラ浴びながら正月四日も暮れてしまったわけであった。彫るべきか刷るべきか、うーん。悩み事の深刻度合いとやくざな馬鹿猫の体重の重さがちょうどいい具合だった。だが、ふと見れば奴の正面を向けた口のあたりの周囲から鼻ちょうちんがぷくーと膨らんで居るではないか。おまえはいいよなあ、ふとそうおもった瞬間に、奴の重みが無性に悔しくなって、ぱっと起きあがってしまったのだった。すっかり目が覚めた。写真について書くのだった。低温注意報が出たらしく、水道管の凍結破裂に注意してください、という村内放送が流れる。開け放した窓を閉めてストーブを付けた。たしかに小春日和が消えて、刺すような冷気が闇の中、窓のすきまから明けましておめでとうと挨拶にきていた。電気を付けて、書斎の板の間のほうへと移動した。写真について書こうと思ったのは、昨晩だったか衛星テレビで戦後六十年をロバート・キャパなどの戦争写真などでふり返る番組を見たからだった。キャパの有名なパリ解放の時の写真が画面に映し出された。ドイツに協力した罪で丸坊主にされた若い女性の写真だった。嘲るような目が彼女を囲んでいる。民衆の残酷がそこには表現されていた。キャパのたしか『倒れる兵士』だったか。スペイン戦線かなにかで撮ったその一枚が写真週刊誌LIFEを飾り、彼は一躍スター写真家に躍り出たのだったか。その写真を含む数多くの戦争写真のせいで、ドンパチの向こう側が相当にリアルに市民社会に伝えられるようになった。そして多くの戦争報道写真家が誕生した。ワインを入れた瓶から採ったというマグナムが報道写真家集団として誕生した。創設者はキャパのほかアンリ・カルティエ・ブレッソン、デビッド・シーモア、それにジョージ・ソロスじゃなくてロジャーだったかジョージ・ロジャー。彼らの写真集をわたしもけっこう買い集めていた時期がある。キャパの右手を頬に当ててオープンカフェテラスのテーブルでこちらをその大きな目で見ているよく知られた写真が脳味噌の奥の倉庫にまだ残っていた。『ちょっとピンぼけ』だったか。最後はインドシナ戦線で地雷を踏んだ。分厚い唇と彫りの深い二重目蓋のイタリア野郎だ。週刊誌記者時代にコンビを組んだ何人かの写真家のひとりに、もう故人となったライカ使いの天才カメラマン、大洞皓正がいた。わたしよりすこし年上で当時も出身の日大芸術学部で写真を教えていたとおもう。彼は戦場カメラマンではないが、その写真はドシロートな編集者の目には「ちょっとピンぼけ」に見えたらしくその凄さの正当な評価の得られぬままに若くして亡くなったが、わたしは彼の50粍ズミクロンレンズ（また28粍エルマリート広角）が捕らえた独特の瞬間の切り取りに感心したものだった。名人芸であった。おまけに週刊誌のグラビア写真というとほとんどのカメラマンが写真部に現像を任せるのに、彼は自宅で10数年漬け込んできた秘伝の現像液と定着液を闇の中で案配して、独特の手焼き紙焼きにこだわった。その彼から暇なときに多少教えてもらって、自分でもいっちょまえにライカM4-Pを購入して写真を撮っていた時期がある。はるかなむかしになるが。写真はながれる時間の切り取りの芸術である。またその表現である。その瞬間を永遠に停止させる。キャパの倒れる兵士は、いまもそのままに倒れる寸前で停止してわれわれの脳髄にとどまる。有名なブレッソンの、水たまりを飛び越える男の中空で静止したその瞬間を切り取った写真は、雨上がりでなくてもいつだってわれわれの記憶から引き出すことが可能である。切り取られた瞬間は、まさに切り撮られた故に永遠の命を得る。その矛盾の中にこそ写真の生命があるように思うのだ。動きは、映画フィルムの24齣の一齣のような具合でこの世界に現れるわけではなくて、無限の連続性と曖昧さ、その裡に未来を孕んだままに滑らかに永遠へと向かう。わたしたちの目はその連続性そのものを動きの中で捕らえるが、こちらもまた不確定な未来を孕みながらそれらの出来事のそのさなかに生きるわけだから、機械的な（あるいはデジタルな）、はじめから作られているアニメの絵のヒトコマなどではないわけである。写真家はその真剣勝負のまっただ中で、出来事の奥に潜む真理を捉えようとする。そういえば大洞浩正は、「写真は格闘技だ」と日頃つぶやいた。なるほど彼もまた日大ではアマレスの選手だった。戦場でなくとも、日常の退屈の中にも必死は確実にあって、それらは見えるものには見えるだけなのであろう。写真に力があるとするなら、それは息詰まる力士の水入り寸前の気合いに似て、見かけ静止していても、そこには確かなある種の生の躍動の一瞬が結露しているからだろう。その真実の重さが見るものの心をはげしく揺り動かすのだ。ところで、前文のところで、「海とちがって山ではさまざまな雲をみることができる」などと述べたが、海辺でも海上でも特有のさまざまな雲をみることはできる。しかし、写真家が海をみごとに撮った写真というものが無いのはなぜだろうか。いやきっとあるのだろう、こちらが知らないだけなのだろう。長い航海で洋上に見えるのはどこまでもつづく空と水。そこに太陽と月に星々という役者が加わって、海の世界もじつに彩り豊かだ。凪の海上では、いるかの群れや海鳥の大群をそうして幾度か眺めることもあった。しかし深海にでも潜らないかぎり多様多彩な生命の群れを見ることはない。洋上ではなぜか写真を撮る「決定的動機」というものが極端に少ないようにおもえるのだが、どうだろうか。セガンティーニの自然の三部作に海は登場しない。南の島で、人の運命を考えたポール・ゴーギャンの最後の大作も「かぐわしき大地」を舞台にした謎かけであった。海こそはわれら生命の母であるのに。これはあらためて考えてみたい。

2005.01.04

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三日目は「鯉魚尺素」

深夜に目を覚ましてしまった。普段はこの時間に仕事をしているため、どうしても起きてしまうらしい。ところで、正月だから少し変わったモノを書きたい。手元に、ときどき見る漢の時代などの古い詩をまとめたものがあるので、そこから。わたしは自衛隊の海外出兵などにはもとより賛成などしないが、現実にはすでに多くの日本人が事実上、イラクの地にも出兵している。あとに残された家族や恋人たちの心情は、正月のこの期間こそさらに切ないものがあると思う。中国には、出征した夫をおもうすばらしい歌がある。以下に全文紹介するのは、夫が兵として遠く朔北の万里の長城に出征しもどってこない妻の心情を綴ったもの。後漢の時代にまとめられた『古詩源』より引用する。なお、鯉素とは「鯉魚尺素」で、尺素とは一尺の白い布のこと。古代中国ではその白布に文字を書いて書簡とした。すなわち鯉素は手紙。だから、ここの文脈で言えば「鯉素」は、つまりはラブレターであろうか。メールなどというよりずっと趣もありますね。飲馬長城窟行青青河邊草綿緜思遠道遠道不可思宿昔夢見之夢見在我傍忽覺在他郷他郷各異縣輾轉不可見枯桑知天風海水知天寒入門各自媚誰肯相爲言客從遠方来遺我雙鯉魚呼童烹鯉魚中有尺素書長跪讀素書書中竟何如上有加餐食下有長相憶どのようなことかは、お正月だし各位で読み解いてください（笑）。最後の二行のフレーズは、訪ねてきた客が運んできてくれた、その彼の地の夫からの便りの中身で（書中竟何如）、そこには、冒頭に「しっかりごはんをたべて元気でいてくださいね」とあり、「ぼく（わたし）はずうーっときみのことを忘れないでいますよ」と締めくくられているわけでありますね。前半の「枯桑知天風／海水知天寒」は幾つか解釈があるようですが、他はおおよそは見当がつくかと思います（わたしの場合、漢詩を読むコツは→漢字をじっとながめると自然とじわあとイメージが浮かんできます）。では、ふたたび、お休みなさい、富士山の夢をしっかりみなくては！（←結局、何も観なかったか憶えていない＝01.03夜に附記）。　もう今年去年（こぞ）となりたる大津波　雑巾控発生から早10日がすぎた。きょう夜七時のBSニュースでは、スマトラ島沖地震による津波被害で死者数は14万人を超えたという。タイ・プーケット現地のひとの「海が押し寄せてきた」という言葉がリアルだった。ドイツ人観光客が撮影したビデオが公開されていたが、なるほど沖合に巨大な波の壁が立っている。タイに入った調査団によれば、TSUNAMIは時速30キロでおよそ１キロ内陸まで達していたそうだ。五輪選手なら全力で駆ければ秒速10メートル（時速換算で36キロ）だからなんとか逃げ切れるが、ふつうのひとは逃げても間に合わないスピードである。さらに海水が帯びるエネルギーのすさまじさは、水の引いた被災地の無惨な光景からあきらかだ。また「行方不明が死者数をはるかに上回る」というコメントも。さらに、水を媒介とするさまざまな感染病の蔓延がこれからはもっとも心配されるだろう。食糧とクスリが、180万人と推定される生き残った被災者に一日も早くわたされることを祈るばかりだ。　初夢に化けて出でたる『吾輩は猫』　雑巾控　初夢に化けて出でたる夏目漱石　同上　初夢に化けて出でたる福沢諭吉　同上　鯉二匹どろり動かず暮れてゆく　雑巾　腹割いて鯉魚の濁りあたらしき　雑巾おっと、そうだ、卒論六万字か、死ぬ気でガンバレ！　←わが娘への鯉素（笑）

2005.01.03

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二日目もめでたいか（『独』の世界）

畳にごろり横になれば、空はたちまち海である。青い海を白い航跡をのこして航空機が一機、西へむかう。洗っていない顔とこの目がそれを追う。炬燵はいいけれど、何もしたくなくなるから不思議だ。なにもしなくても、卓上に入れたてのお茶だとかお餅とか御神酒とかが運ばれてくるのなら、きっとこれは最高なのだろう。あいにく猫の手では餅くらいしか持てない。持ってこれても、自分が食べてしまうだろう。まあいいけど。そんなことより箱根駅伝だ。一区中央大の上野裕一郎よ、どーした。…で、いよいよ地獄の五区だ。下位の順天堂大今井とそして一年生のホープ日体大北村が快調にとばす。ここからほぼ山頂にあたる紀伊國屋＆松坂屋旅館手前のガススタンドあたりまでが見所になるか。プリンスホテルコテージのコクドは地検に任せるとして（笑）、フタゴヤマが見てるぞ、がんばれ。なんと、順大今井正人が10人抜きをしでかした。人生もそうだが、マラソンも駅伝も後位のほうが常に有利なのだ。だから、トップを維持することはひどく困難なことになるわけだ。おのれひとりを如何に生き抜くか、走り抜くか。『独』の世界がそこにはある。めずらしく上等な酒を飲んだため酔っぱらっておのれだけがメデタクでき上がってしまいましたので、きょうはシツレイします。

2005.01.02

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謹賀凱風

明治以来百三十八度目の元旦である。昨夜は午前一時過ぎに風呂に入って寝た。起床は午前七時過ぎ。初日は、まだ東の山の陰だ。直下の渓流へ降りて写真を数枚撮った。手がかぢかむ。沖縄生まれのジッポのライターが寒いと言ってなかなか着火してくれず、ダビドフクラシックが困っている。背後の岩山も雪をたっぷりかむって悠然と世界を眺望する。初日が山の稜線から貌をみせたのは午前八時過ぎごろ。いっきに青空がひろがった。すこし熱を帯びたような青だ。断崖に落ちるわが影は、ななめに伸びあがりなまいきにも動いている。朝刊の配達もまだだ。雪原を舐めて吹きこむ風が冷たい。アデスタを吹く風ほどではないけれど（笑）。外気温は零度から１度C。日のあたるところでも風のせいかあまり変わらない。玄関のポストに新聞がようやく届いた。ごくろーさん！仰角30度の太陽が青い海を航海する。合わせるように影たちもいっせいに移動する。こうして正午が過ぎ、朝の雪見酒でほてった身体も炬燵のなかで転々と自堕落の夢に耽るころあいになった。ひかりの浴びせるような歓声もどやしつけるような雪の乱反射も半眼の目にはとまどうペリカンである。テレビでは藤原帰一君が司会で「自由と民主主義とブッシュ政権の今後もよろしく」のようなパロディを流している。ふざけたメディアだ海老原紅白芸能組。遅れた時計はまだ2004年12月29日なのである。そろそろ隣人が声を掛けに来るころあいか。雉酒に雉肉の特製雑煮が食える。　雪消えて凹みのなかの淑気かな　雑巾年賀控烈しい午後の日射しのなかで平地の雪は消え失せていった。凹んだ盆地の谷間に黒と白のブチ模様の巨大な残念が遺った。南天の実の夥しい赤に雪原の獣どもの足跡の黒が世界を伸張させる。欠伸に悪日にラグビーな昭和が残雪のようにいとおしい。高倉健がぽっぽやだかに出演してこっち日本刀にも錆が噴き出たか。ほったらかしの雲たちには、薄暗い峠のお地蔵さんが挨拶をしているのだった。うたた昼寝をしていま目覚めた。じつは英文で25万語の「パル判決書」（1948年発表）全文読破が上半期の自分の仕事のひとつとしたところ。邦訳原文をさっそく読み始めたところで、しかし寝てしまったのであった。午後三時か。ストーブと炬燵がついたままで、室温が30度ちかくなっていた、こりゃ寝ますね。そして、冷蔵庫に入りきらないおせちセットがまだある。いやそもそも要冷蔵というおせちはナンセンスだが。どこで買ってきたんだろう。さて、諸般の事情から雉が逃亡してしまったため雉酒は消えた。それで、ふつうの鳥でこれから雑煮づくりに挑むことになった。ひとりで味わった隣人は明日にも処刑することにしよう。夕景がうつくしい。とっぷり日が暮れたころあいに、焼き場の雪かきでへとへとだわあああああ、とぴんぴんしながら隣人があらわれたが。恋狂いめ。正月ぐらいはテレビも観たらという有難くないアドバイスで、仕方がないから猫といっしょに『たけしのエジプトミステリーIII』を観た。国立博物館の中で北野武と吉村わっはは教授それにテレ東アナの大江麻理子（司会）三人の話がそれなりに面白かったが、現地録画のほうは稲森いずみのかなり中途半端な馬鹿っぷりで興をそいだ。低予算でまあまあな質をつくるノウハウをテレ東はもっているのだろう。おかげで、『パル判決書』は読まないままに一日が終わった。こうして、わが身と共に謹賀新年な夜も更けていった。

2005.01.01

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