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2004年06月14日
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【第990夜】 2004年6月14日
ジョリ・カルル・ユイスマンス
『さかしま』

1962 桃源社・1984 光風社・2002 河出文庫
Jotis Karl Huysmans : A Rebours 1884
澁澤龍彦 訳


 これから綴ることは、ユイスマンスと頽廃と信仰とについてであるけれど、それは同時に、ふだん諸君が感じていることと気が付かないままに過ごしていることの両端でもあるはずだ。注意深く文脈を追われたい。
 なぜ以下のような書き方をするかということは、ユイスマンスにも原因があるけれど、ユイスマンスを読んできた批評のくだらなさにも起因する。諸君も数々の読書をしてきたのであろうけれど、察するにコンラッド・ローレンツ(172)とデズモンド・モリス(322)を同じエソロジー(動物行動学)の分野と思って読み、寺山修司(413)と澁澤龍彦(968)をなんとなく近くにして読み、ついついロートレアモン(680)とユイスマンスを一つの包囲のなかで読んでしまってきたのではないかとおもう。
 これはまずいのだ。もっと深彫りをして読む必要がある。それだけではなく、いままで似ているとか近しいと思いこまされてきたものを切断し、遠いものや縁がないものとあきらめていたものを近寄せなさい。それが「読むことの真行草」を諸君に提供してくれる。
 というわけで、今夜は『さかしま』ついでに「千夜千冊」の読み方も少しばかり示唆したい。

 バルテュス(984)のカトリック的中世をまっとうに理解しないことによってバルテュス愛玩派の称揚が無意味に広がってきたように、ユイスマンスの『さかしま』のデ・ゼッサントにひそむ孤立したカトリシズムを長らく誤解してきた読者の傾向というものがある。
 べつだん小説のなかでのこと、誤解しようと何しようとかまわないが、ことデカダンスをどう語り交わすかという愉楽を友と分かちあうには、やはりデ・ゼッサントの趣味の奥にひそむ逆理というものを、少しは問題にしておかなければならない。これは唐津や志野を味わう感覚ではとうてい語りえないものなのだ。
 なぜなら、唐津や志野には「悪」や「罪」がない。いってみれば、近松(974)がない。むろん南北(949)もない。つまり説経節がない。事の当初から「実と美と善」の研鑽に向かっている。それがまた陶芸のよさというものだ。
 しかしながら、世の中の「実や美や善」には「悪」や「頽廃」を通過することによってやっと見えてくるものもある。こういうことは日本でなら説経節や近松を、ヨーロッパでならそれこそデ・ゼッサントやバルテュスをいったん凝視しておくことで見えてくる(そういうことが多い)。もっというなら、世の価値観のなかにはダンテの地獄篇を通して見えてくるものがあるということだ(913)。
 ここまでは、よろしいか。

 さて、ぼくのどこかには、薄明の光条のさしこみのようなものではあるものの、カトリシズムに対するちょっとした共感がある。
 それについてはすでに『イエズス会』(222)や内村鑑三(250)やアウグスティヌス(733)のところで多少のことを綴っておいたので、ここでは繰り返さないけれど、ただしこれはカトリック中世主義に寄せる共感なのである。キリスト教全般や、最近のキリスト教と国家のありかたなどにはいまもってとくに関心はない。
 すなわちぼくは、華厳禅にタオイズムの香りを見て、ジョン・C・リリー(207)に神を嗅ぎ、アリスター・ハーディ(313)にこそ神学をおぼえるというのが好きなのだ。だから江藤淳では『犬と私』(214)を選んでみた。
 だんだん話がややこしくなっているけれど、ここまでも、よろしいか。

 そこでユイスマンスの話になるが、この作家は工芸を好んだ作家であった。父親が彫刻師だった。
 処女作は散文詩であるが、まるで金属細工のような言葉の填め込みになっている。その後の作品は社会の状況を扱うが、やはりどこかに銀線や大理石を研磨したり溶融したりしているようなところがあった。それがあるときエミール・ゾラ(707)の目にとまって、「メダンの夕べ」に列せられることになった。
 やがてユイスマンスは大胆にもゾラの自然主義を美意識にだけ注入刻印することを思いついた。それが本書『さかしま』である。その勢いはしばらくとまらず、ついでは大作『彼方』(1891)となって、幼児虐殺で名高いジル・ド・レエや黒ミサを扱った。
 これは見たところは驚くべき悪魔主義の作品であり、それが好きでユイスマンスを読む者もいまなお少なくないのだが、ぼくはそれよりも中世神秘主義の卓抜な解読書として読んだ。そこにユイスマンスの心理が反映しているなどとは読まなかった。それゆえこれは、いわばウンベルト・エーコの『薔薇の名前』(241)なのである。
 そこでついでに言っておくけれど、諸君は何が何でも自分の心理と作家の趣向をつなげて見すぎているのではないか。言葉の職人というものがいることを、また、登場人物に託す心理の大半は作者の心理とは連動しないですむことを、知らなすぎるのではないか。もしそうならば、いま諸君がただちに着手すべきことは、「心理」と「趣向」の擬似連携を叩き割ることなのである。少なくとも「千夜千冊」はそのようにして読まれたい。
 これは余計な話だったろうか。

 話、戻って、そのユイスマンスがカトリックに“回心”したのは、『彼方』を書いてのちのことだったというふうに、文学史ではなっている。
 ユイスマンスは『彼方』であまりに「悪」を描いたので各方面から非難を受け、そこでヴェルサイユ郊外イニーのトラピスト派修道院に参籠して、敢然と修練の道に入っていったのだ。ユイスマンスはこの時期に“別人”になったのだ。頽廃主義と悪魔主義を捨てたのだ。そう、見られている。
 これが伝記上のユイスマンスの有名な旋回である。
 もっとも伝記といっても、いまのところはロバート・バルティックの『ユイスマンス伝』くらいしか紹介されていないけれど、他の文学評論も似たり寄ったりだ。

 ともかくも、そこで書かれたのが、『出発』『大伽藍』『献身者』の3部作だった。この3作にこめられた中世カトリック神秘主義は、たしかにまことにラディカルだった。
 ぼくは『大伽藍』(1898)から読んだのだが、最初の数十ページで脱帽した。そこに描かれているのはシャルトル大聖堂の詳細きわまりない内部装飾だけだった。その一部始終を主人公のデュルタルが観察しているだけだった。それなのに、そのことに感銘した。
 こういうことができるのは、かつてならジョン・ラスキンただ一人であったろう。あの『ヴェニスの石』や『建築の七燈』がそれを成し遂げた。その次にこのような描写に徹することができたのは、きっとヴィクトル・ユゴー(962)だったろうけれど、さしもの『ノートル・ダム・ド・パリ』も、その寺院描写の直前で物語のほうにシフトしていった。
 それがユイスマンスにおいては、寺院描写に徹底できた。これはなるほど快哉だ。

 では、その快哉のほうのことを書いておく。
 ユイスマンスは3部作につづいて、そのまま『修練者』(1903)へ、さらには『腐爛の華』(1906)に求心していった。『腐爛の華』は聖女リドヴィナの伝記を背景に、リドヴィナが受苦したいっさいの業病を描写した。リドヴィナは血の膿にまみれた聖女だったのである。この描写は『小栗判官』も『弱法師』もかなわない。実はこれまでの「千夜千冊」にも、この作品に匹敵するものはない。
 しかしユイスマンスはそれにもとどまらない。死の直前のユイスマンスが最後に向かったのは、一種のルポルタージュ・ノベルともいうべき『ルルドの群衆』(1906)だったのである。どういうものか、ちょっと知らせたい。

 マチアス・グリューネヴァルトの『十字架刑図』を見てほしい。この狂暴な一服の絵は何を告示しつづけているか。



 背景は暗黒である。そこに十字架で血膿を流している断末魔のキリストがいる。その首は落ち、手は捩れ、脚は歪んでいる。左には悲痛に耐えるマリア、右に十字架に近寄ろうとするヨハネ。描写はあくまで架刑の激痛を克明に蘇らせるかのように稠密だ。こんな絵はかつて、なかった。
 1903年の秋、ユイスマンスはベルリンからカッセルに向かっている。ユイスマンスに影響を与えたサン・トマ教会の助祭ミュニエ師と連れ立っていた。15年前に、ユイスマンスにとって生涯最大の衝撃的な出会いであった恐ろしい絵を、カッセルの小さな堂宇にもう一度見るためだった。ユイスマンスにとって、このキリスト像こそがいっさいの陽気を払った「貧者のキリスト」であり、生命の腐爛に向かう「真のキリスト」だったからである。
 グリューネヴァルトが描いたのは一個の死骸なのである。そのくらい凄い絵だ。グリューネヴァルトはその死骸の進捗にキリスト教の暗澹たる未来を予告した。そこには「神の死骸」が描かれていた。
 このことに衝撃をうけたユイスマンスは、最後の最後になってこの絵の深刻な意味からの必死の脱出を企てる。おそらくはそのように今後のユイスマンス伝記は書かれるべきだろう。
 もうひとつ蛇足で言っておくと、絵画を小説にとりこんだ作品は、だいたいは作家の調子が絶頂期にあると思ってまちがいがない。参考にしてほしい。……

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最終更新日  2004年06月14日 22時58分45秒
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