ね~さん流

2014/09/18(木)17:02

伊勢本街道:横野~田丸

伊勢本街道:おかげ参り(16)

さぁさぁさぁさぁ、2日目、昨日の柿野神社より出立するでござる8時過ぎ、どんどんど~んっ!!! 昨日で峠歩きはほぼ終了しているので、足取りも軽やかに。 櫛田川っぺりは涼しく、そしてススキが秋を感じますれば 柿野神社より出立 櫛田川沿いを進む 四国以来の沈下橋(振り向き画)に興奮www せっかくなので下りてみた 水が近い、そしてやっぱりキレイ 深野棚田へ分かれる道を通り過ぎ、しばらく行きますと大石の不動院。 本堂は、慶長七年(1602年)松阪城主古田重勝公が再建したもので、ご本尊の不動明王像は、弘仁三年(812年)弘法大師が当地を通行された時、当地の青石で持って不動明王を刻み本尊として安置されたと伝えられています 御朱印をいただき、ご住職としばしお話を。おかげ参りや御由緒などなど、色々お話を聞きました。 不動滝のお水で手ぬぐいを冷やし、再び出立。 大石の不動院 御朱印 不動滝(夫婦の滝) 滝のお水で 今回は迷うこともなく(笑)、すんなり進みます。 しばらく進むと、「お伊勢参りして 怖いとこどこか かい坂 ひつ坂 くらとり坂 つるの渡しか 宮川か」の難所つるの渡しです。 まぁ、現在は橋が架かっており難なく渡れますが、当時は険しい山道や峠の難所をやっと越えて、比較的なだらかな山間の道を辿ってきた旅人を、今度は櫛田川の深い谷が遮るわけですな。・・・って、どんだけ大変やねんっ 比較的なだらかな山間の道 舗装路は照り返しがあっちぃ・・・ 津留の渡し場跡/今も川は深くて流れは急です 山道や峠の次は深い谷が行く手を阻むわけですな 橋を振り返って/あの山々を超えてきた・・・ 当時を想像しやすい街道風景に萌・・・ のどかです・・・ お地蔵様入りの道標「右いせみち」「左生、、、」しか読み取れなかった 津留の渡しを過ぎ、伊勢自動車道をくぐると、行けども行けども山だった山々がなくなり、一気に開けます。 ややっ、いよいよ近づいてきたでござんすか!? 物見の松(源義経の家臣・伊勢三郎義盛が敵の軍勢を松に登って見張ったという伝説あり)や、歯痛地蔵、大きな常夜灯、千鳥ヶ瀬(ムクの大樹にフジの蔓が巻き付いていて、昔、西行法師が伊勢参宮の途中、この辺りで歌を詠んだと伝えられている)などなど、この辺りは見所が多く、なかなか楽しい街道歩きです。 物見の松(五代目!?) 振り返って/行けども行けども山だった山々よ、さようなら~ 行く手/山が開けました 歯痛地蔵となっ!!! 歯痛に効能があるというお地蔵様 常夜灯 そして、本日の一服は長新本舗のまつさか餅でござ候。創業250有余年。 長新本舗のまつさか餅 黒砂糖風味のし餡がサッパリ甘味これまたうまままま~ 札の辻から見た長新本舗」の今 同じアングルで昔 立派なムクの大木千鳥ヶ瀬 そして、おかげ参り最後の峠「伏拝坂峠」をゆるやかに越え。 昔、村人に伊勢までの残りの距離を尋ねたところ思いの外遠かったので、参宮をあきらめここから伊勢神宮を伏し拝んで帰途についたと伝えられていますが、、、いやいやいや、ここまで来たらもうすぐだろ。 そんなことをツッコミつつ、更に進むと「田丸神社」。 更には、、、な、なぬ!?「田丸城」まであるとな!?萌ぇぇぇぇ~ これは、ぜひとも「いつも腹ペコ荒野の少年たまるん」に教えたいっ!!!ぷ。 最後の峠伏拝坂峠は気が抜けるほど低かったwww 田丸神社 田丸城跡(今は中学校)/本丸跡があるとは知らなんだ不覚、ちっ・・・ 田丸駅 田丸神社の手前にある公衆トイレの個室を開けたら、、、ら、水洗ではなく、しかも蚊が大量に飛んでいて(!)うげげっと怯んだものの、そんなことも言ってられなかったので超絶高速で入りましたが、、、お陰様ででっかいおケツは大丈夫でした(笑)。 そうそう、そんなこともありましたが、今回はここ田丸で終了でござんす。ゴールはもうすぐっ!!! よーぉっ、よよよいっ、よよよいっ、よよよいよいっ  横野~大石~相可~多気~田丸 約30k弱 予定では本日多気までの予定でしたが、明日の伊勢神宮をゆっくり参りたいのもあったので田丸まで進んだ次第。 だがすかす、、、よう歩きましたな

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