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ね~さん流

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東海道五十三次:復路

March 23, 2020
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東海道五十三次復路:箱根峠~箱根宿、UPすますま。やっと書き終えたっぺグッド

あらやだもー1ヵ月経っちったよ・・・。ぷ。


そして、嘘のように赤鬼退散、うぇ~いっ!!!






Last updated  March 25, 2020 11:09:00 AM
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March 6, 2020

FNK

東海道五十三次復路:三島宿~箱根路 UPすますま。

すかす、オール仕事がなくなってバタバタすることなく、なんだかなぁの金曜FNKの夜、、、つまらん。

ぷぅ。







Last updated  March 7, 2020 02:15:00 PM
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February 24, 2020
スカイウォークを後にしまして​、再び上っていきますと山中城。北条の城ですが、天正十八年(1590年)3月29日秀吉の小田原攻めの際、4万の豊臣軍の総攻撃を受け半日で落城しておりますれば。太閤殿下はやることがえげつないですな・・・雫

塀や土塁が残るのみとは言え、国の史跡に指定されています。登城はせなんだ。


山中城跡/右の道路が旧東海道

山中城をなめるように進んでいき、途中で小枯木坂・大枯木坂に入るわけですがすかす、昨年夏の大雨・台風19号の影響にて石畳の保護のため通行止めになっており、​小枯木坂の入り口にある雲助さんと約10年ぶり(!)に酒を酌み交わし​挨拶したっけ戻り国道一号線を進みます。




雲助殿、お久しぶりでござんす!!!


山中城の土塁


迂回路の国道1号線

所々で旧街道に入ったり、迂回で国道一号に戻ったりを繰り返し、、、お楽しみの一つ、兜石なぞ見どころが見られず残念無念。仕方がないとはいえ、ぷー、つまんねーな、をぃわからん


ちょいと庭先を突っ切り;;;


石畳


だいぶ山深くなってきました


そして再び迂回






駐車場敷地内が旧東海道www

つまらん国道一号線をゆるゆると上り、り、り、り、1320つつつつついに箱根峠どんどんど~んっ!!!

つまりはここで上りは終わり、後はひたすら下るのみ、よっしゃーっぐー

安堵したのもつかの間、ここで往路同様安定の迷子(笑)。こっから先どこへ進んだらいいのか皆目見当もつかねえで、ウロウロしていたっけ、今回は道路工事のオッチャンに手招きでこっちこっちと助けられるというね。か、かたじけねぇ。


ついに箱根峠~!!!


オッチャンのおかげで旧街道への入り口発見/挟石坂


荒涼とした道を芦ノ湖までひたすら下る

向坂も下ればいよいよ箱根宿。芦ノ湖畔を一般の観光客の方々と舗装路を歩き進めば「箱根先所」でござんすよ1400。

某所にて無事通行手形を手に入れ(笑)、難なく関所は通過。その後、お土産屋のオジチャン・オバチャンとしばし話しましたが、やはり人では少ないらしく。そしてこれまた東海道歩きの話で盛り上がりましたウィンク


湖畔にある箱根の関所


通行手形で難なく通過


通過完了


樹齢350年以上の巨大な杉並木を通り抜け、箱根宿の江戸寄りの端、元箱根港あたりで今回の旅はこれで終了でござんす。よーお、よよよいよよよいよよよいよいっオーケーオーケー

3日目:三島宿~箱根宿 約9km


巨大な杉並木、気持ちいーきらきら


今回のゴールは元箱根港1500前

これまた去年の大雨・台風の影響で、今まだ麓に下りる公共の交通手段はバスのみですから、連休この時間のバス乗り場は絶賛大混雑。

ま、そんなに急ぐわけでもなし、とりあえずおビールに蕎麦でも喰って一服すっかと一軒目の蕎麦屋は蕎麦は売り切れ御免でうどんしかなく。2軒目は蕎麦はあったけんども、店の売りがまさかのうどん(苦笑)。

箱根山の名水を三島市で取れる黒ごぼうの汁を焼炭であくを抜き胡麻風味に仕上げた「絹引うどん」だそうで、それをご注文することに。

蕎麦みたいに細いがすかす、食べるとコシがあってうどんなんだなと不思議な感じでした。そして最後に蕎麦湯、、、うどん湯が出てきます。おーいちがったーきらきら

蕎麦屋の隣の店で売っていた温泉饅頭をお買い求めてから、バス乗り場に行きましたっけ、ちょうどバスが出るところ、しかも急行でない遠回りの湯本ではなく小田原行きのためか、他路線は長蛇の列にもかかわらず、そのバスだけ乗る人が少なかったのでダッシュでご乗車。座ってうつらうつらと気持ちよく小田原駅まで。

途中渋滞2時間の車中は某コロナの関係かバスの上窓が全開換気、日が暮れた後はさすがにお寒ぅございました雫


湯本・小田原方面行きのバスは大混雑


絹引き雪割(大根おろしと貝割菜)と温泉饅頭一口一気食いwww

初日の暴風雨、二日目の濃ゆい出会い(笑)、最終日の箱根峠越え。今回の旅も美味しいもの、素敵な人との出会いがありました。助けてもらったり、応援してもらったり、おもてなしをしてもらったり。やっぱ旅は良い、た~のしがった~きらきら

そして、大雨・台風被害でかなり迂回させられたのは残念でしたが、当時は自然災害で通行止めや迂回は当たり前だったんだろうなぁと、そりゃ、現代よりももっともっと難儀しただろうと想像に難くなく。


ばびゅーんと

さすがに箱根を越えると一気に日本橋が近づいてきた感がありまするなぁ・・・(寂)。

さて、次はいつ行けるんだべか。ぷ。






Last updated  March 23, 2020 04:26:43 PM
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昨夜は絶賛夜更かしをかまし2400過ぎ、0600には起床の0700前には朝飯を盛り盛り喰いまして、お早目の出発0800前。

いつも同じ系列の宿に泊まっておりますが、初めてカレーがあってびっくり花子。​昨日の沼津は納豆がカップではなくとりわけだった​りと、色々面白い。楽しい。

今日は、宿のエレベーターで乗り合わせたご夫婦にエールをいただきまいまい。ありがとうございます。


富士の雪解け水で超絶透き通った川っぺりを気持ちよく、まずは昨日のゴール三嶋大社へ。


朝日に輝くらぶ・富士山


なんとカレーがあった!!!






三嶋大社で今回の旅のメイン、難関箱根峠越えの安全をお参りしまして、いざいざいざいざ箱根へご出立0830前、どんどんど~んっ!!!


快晴


朝の三嶋大社はひっそり


大場川(通称:神川)にかかる新町橋は江戸時代には三島宿の出入り口として多くの旅人がこの橋を渡っていました。

快晴の日には、ここから素晴らしい富士山の眺めが見えることが知られていて、浮世絵師の安藤広重もこの辺りから見た雪景色の富士山を「東海道五十三次三島狂歌入り佐野喜版」に描いています。


大場川(通称:神川)にかかる新町橋からみた富士山の眺め


安藤広重「東海道五十三次三嶋狂歌入り佐野喜版」

江戸時代の人も、かの広重も眺めた同じ光景を令和時代に拙者も眺めるなんて萌ないわけがなく、しばしうっとり妄想(笑)。

そんな萌ポイントの新町橋を過ぎると緩やかな上り坂が始まり、いよいよ箱根街道に入るわけで、つまりはここから先は箱根峠までずっと上りでござんすよぐー




「旧東海道踏切」に萌w


ハゲハゲになってる箱根旧街道図(苦笑)

まずは軽く(笑)「愛宕坂」。

当時、坂道は馬も人も滑って大変だったことから竹を敷いていたそうですが、修復に手間や費用が掛かるために幕府が1680年頃竹から石を敷き詰めて「石畳」にしたそうで、今は復元したものがほとんどですが一部では当時からの石畳が残っている場所もあります。←これももちろん萌ポイントw

っつか、竹も石も滑るだろ・・・雫


愛宕坂(石畳「風」に整備)

軽くのつもりがかなりゼーゼーハーハー難儀いたし、やっと初音ヶ原の松並木。いやー、これまた萌ポイントでござるなぁ・・・きらきら




初音ヶ原の松並木


錦田一里塚0910


箱根関所まで13km


一里塚でらぶ・富士山を眺め気合を入れる

松並木の先、箱根路の碑を過ぎれば本格的に箱根峠に向かって地味に長~~い上り坂に入ります。

すかす、この辺はすっかり道路がきれいになってびっくり花子。そりゃ、往路は10年近くも前だもんなぁ・・・(遠い目)。

「臼転坂」「大時雨坂」「小時雨坂」「こわめし坂(下長坂)」「上長坂」と、とにもかくにもひたすらひたすら上る上る上る・・・。


箱根路の碑0920/往路では暮れかけて涙がちょちょぎれた思い出w


地味に長~い上り坂が続く


臼転坂


振り返って三島宿を眺める


この辺は地蔵信仰の霊場だったためお地蔵様がたくさん残っています




この辺はコンビニもパチンコ屋もないのでこういうトイレはありがたい


たわわミカン


地味ですがずいぶん登った感www


こわめし坂(下長坂)


こわめし坂を上りきると


次は上長坂www


これは広重の五十三次「三島(朝霧)」をモチーフにしておりまするな・・・

上長坂を上っておりますと何やら賑やかに。パッと開けた先にあったのは「三島ウォーク」。これまた「あ、ここなのね」的な(苦笑)。

見事に箱根路をかすっておりますがすかす、誰も気が付かないんだろうなぁ。こんな近くにもう一つのアドベンチャーがあるってぇのに。てやんでぃ残念無念、寂しいことです。

写真を撮っておりましたら、駐車場整理のオジサマに「今日は富士山が霞んじゃって残念ですね」と声を掛けられました。たぶん、このオジサマもここが箱根路だって知らないと思われ。

もちろん連休で賑わっておりますスカイウォークは華麗にスルーし、再び坂を上り始めた拙者でござった・・・。


行きには当然なかった三島スカイウォーク


再び上る

 つづく・・・。






Last updated  March 7, 2020 02:15:45 PM
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February 23, 2020
三島と言えば鰻が有名なんだそうで、そう思って見渡せば確かに鰻屋さん多し。

有名店と思われる店には行列が出来ておりまして、とは言え鰻はお高いので某有名店のオリジナル「うなぎたい焼き」なるものをお買い求め、三島宿の日本酒と共に青空喰い(笑)。

タレご飯にちゃんと鰻が入っとるし山椒もついとる本格派。それはそれは普通に鰻重を喰ってる感覚ずら。ワタクシはこれで十分。おーいちがったーきらきら


三嶋大社前の某鰻屋さん


山椒もついていて本格的www


小腹も満たされたので、後は軽く呑むかとお店を探しつつグルグル三島駅方面へ。

途中、往路で泊まった宿を発見。そうそう、​箱根峠越えが関係してるのか謎の現象で怖かった思い出​が。そんなことがありましたな。


居酒屋開店にはちょっち時間がお早いこともあり、これと言ったお店も見つからずに駅前。​富士登山でここでバスに乗り換えるのに何度か来ています​が、そうかここだったかと東海道との位置関係がわかるとこれまた面白く。しかも富士山見えるんだー(驚)。


三石神社と時の鐘
江戸時代、宿場の人々に明け六つ、暮れ六つの時を知らせた


浅間神社/三嶋大社と二宮


三島駅前

店探しも段々面倒になってきたので、駅前の「うなぎコロッケ」が目に入った居酒屋さんで軽く呑むことに。なんでもお客の8割が頼む人気メニューなんだとか。




コロッケ以外他には何も頼まず食べず(苦笑)、初日同様、追い酒をお買い求めましてホテルで大人しくした二日目の夜でございました月


宿から黄昏のらぶ・富士山

 ・・・つづく。






Last updated  March 6, 2020 12:39:45 PM
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さて、強風の沼津宿。オバサマ方と濃密で楽しい時間を過ごした関係もあり1230過ぎ。

川廓通り、今はまったくもって面影もない沼津城下を歩いておりましたっけ、なんか左方向がにおう、におうでござる。

あり!?ここって、ももももももしかしてと、東海道を逸れちょいと行ってみましたら、ら、2年ほど前にLive Circus12本目沼津公演にてご訪問Live House Quars さんだったっぺグッド

お懐かしゅうございます。実は東海道そばのほぼ沼津城内(!?)にありましたか・・・、当時そんなこととは露知らず。いやー実に感慨深い、感慨深いでござんすよ。

時が経ってこの場所でライブが開かれていようとは、お殿様でもわかるめぇ(笑)。










東海道から左へ逸れる道がにおうので行ってみるとそこは!!!

一通り懐かしんだ後、再び東海道に戻りまして進んでいけば一里塚跡。

ここには今から千二~三百年前の古墳時代、玉類を研ぐ為に用いられたと伝えられている「玉砥石」があります。

そう言えば、往路ではここで祭りのジーチャンに出会い隣に座らされて(苦笑)、五十三次について色々話したっけか。ジーチャン、達者でござろうかのぅ・・・。

更にちょいと進んで日本三大仇討の一つ「伊賀越道中双六」に出てくる平作ゆかりの地蔵尊。

これは人形浄瑠璃にあるようですが、ただいま絶賛浪曲にハマっておる身ゆえ、そのうち浪曲で聴いたらハッとする、、、かもしれない(笑)。


一里塚と玉砥石1320


平作地蔵尊

街道沿いのちょっとした梅林を眺めたり、東海道らしい杉並を抜けたりして長沢八幡宮1400。

ここは源頼朝が治承四年(1180年)、挙兵を知って奥州から駆け付けた義経と座して対面したと伝えられる「対面石」で有名ですが、それよりもびっくり花子だったのは御本殿の扉が自動扉(!)だった事。←往路でもそうだったがすかす、すっかり忘れてたしwww

蒲原宿の光蓮寺の御朱印がカラーシールだったのもそうですが、近代化が進んではりますなぁ・・・。


ちょっとした梅林


東海道らしい杉並木


長沢八幡神社


自動扉!!!


自動で開くとそこにはお賽銭箱が・・・


対面石
奥の石の右にある柿の木は渋柿だったため、
頼朝がペッと出した柿が成長した木とか、マジ!?


玉井寺一里塚1430


神社の出張所(!?)


右向かいの趣のある建物は「麹屋」さんらしい
当時からあるのかな!?妄想は膨らむばかりなりwww

色々面白いものを見ながら三島宿に突入、そして三嶋大社1530前。

昨日は頑張りすぎちゃったし、そもそもの計画で二日目ゴールは三嶋大社と決めていたので、ちょいと刻限はお早いがすかす、本日はこれにて終了でござんす。よーお、よよよいよよよいよよよいよいっオーケーオーケー

2日目:原宿~沼津宿~三島宿 約12km






三嶋大社で今日の旅のお礼参り。したっけ、結婚式が行われていてなんとも幸せな気分に。

そう言えば神社で結婚式、花婿・花嫁さんに出会ったりすると神様に歓迎されているって読んだことがあります。うぇ~いっ!!!

* 幸運!結婚式に遭遇したスピリチュアル的な意味:
  https://uratte.jp/posts/kekkon-siki-ni-souguu-spiritual


なんともおめでたい!!!


大陶器市も絶賛開催中

 つづく・・・。






Last updated  March 6, 2020 10:43:23 AM
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寝落ちと言う名の気絶睡眠からぐっすりスッキリ起床、おはよーございます0630。

0700に朝食もてんこ盛り盛り喰いまして、昨日のゴールGO東田子の浦。本日(たぶん一日)快晴、風は強いものの元気にご出立でござる、どんどんど~んっ!!!


朝ご飯てんこ盛り盛り
納豆を取り分けるスタイルは初めてwww


東田子の浦駅0830過ぎ

駅出てすぐにある「六王子神社」にて、今日の旅の安全をお参り。

案内板を読んでみれば、なんとも悲しき由来の神社でござれば。関東の巫女がってこの地と関係なくね!?こういう伝説は、例えば弘法大師様とか名のあるお坊様が退治したとか治めたとか、そっちの方にはいがなかったのけ!?生贄って、、、と平和ボケ現代を生きるワタクシはそう思うのでございます・・・。




それにしても今日は中々の強風っぷりに難儀。

今日も安定の色々面白いものがあるがすかす、街道沿いだけでもなんと浅間神社の多いことか(苦笑)。各村々に一つ的な。それだけ富士信仰が盛んだったってことでござるか。まぁ、富士山がこんだけどど~んと見えれば自然な事なのかも。


雪煙が立ち上るほどの強風でござんす


バス停でもないところに不思議な椅子www


浅間神社


三社宮、、、これも浅間神社


さすがの富士山デザイン

さて。京から来て原宿の入り口の西木戸跡、原宿で御座候1000過ぎ。

かつては旅籠が二十五軒が並んでいましたが、うち九軒が天保九年(1838年)の大火で焼失したまま再建されず、家屋の増改築が進んで宿場としての面影はありません。


原宿西木戸跡


再び浅間神社w


井戸!?

順調に進んでいると、何やら(むき出しの)金づちを手にした(!)殿方がこちらに向かって歩いてくるではないか。こっわっ!!!なななななななに!?すかすその後、鋸やら何やらを持った方々が続いて来たので、なんだ大工さんかと安堵いたした次第(苦笑)。

その方々が出てきた所は何やら絶賛祭りの準備中。参るかどうか迷っていると、奥からオバサマが出てきて「お祭りは午後からで今は何もないけど、どうぞどうぞ入ってお茶でも飲んでいってっ!!!」と腕を組まれ拉致される拙者。むむっ・・・。

寛文五年(1665年)に創建されたお寺で、御神体には宝徳元年5月(1449年)の年号が記されており、御開帳は50年に1回なんだとか。←これがまさに今w

「御開帳は50年に1回、せっかくだから見てって!!!」とご本堂に上げて(!)いただき、もう生きている間には見られない御神体をありがたーくお参りしまして、お菓子やら甘酒やらお茶やらやらやら超絶おもてなしを受けました。か、かたじけねぇ。

そして東海道を歩いていることを知ると、「あら大変!!!ちょっとちょっと、〇〇さん、東海道歩いてるんですってよ!!!」と準備中でバタバタしているオジサマ方に声をかけまくり、紹介してくださいました。いやはや準備でお忙しいのにすみません・・・雫

その後も「御朱印いるよね?」「トイレは大丈夫?」「沼津ってこれと言った美味しいものがないから、この後みんなでお昼を食べるけど一緒にどう?」(←これはさすがにお断りしましたがw)と色々色々お気遣い頂き、これまた人との出会い、優しさに感謝でした。

そのオバサマ他の方々も見たことがないというくらい、滅多に御朱印を書かないご住職に無理を言って(オバサマがw)とてもとても丁寧に御朱印を書いていただきました。

皆さま、本当にありがとうございました。


ここで猛烈な出会いがw


毛筆の立派な作品がずらりと


筆塚/今日は筆供養も行われるそうな


ご本堂


御本堂内にて声をかけてくださったオバサマと/拙者の麿眉が・・・失礼(苦笑)


甘酒にお菓子のおもてなしを受ける


噂のw御朱印

「長々引き留めてごめんね、気を付けて行ってらっしゃい!!!」と見送られ、吉祥院を後にし引き続き先に進みます。

しばらくして、巨大な信楽焼のタヌキが、、、しかもたくさんびっくり

面白いので写真を撮っていると、これまたオバサマが出てきて色々お話をしてくださいました。

10年前に亡くなったご主人が集めたもので、向かいのお宅の方が信楽焼のタヌキを玄関先に飾ったところ、うちにも欲しいとわざわざ信楽まで(!)買いに行き、どうせなら(向かいのお宅よりも)大きいものをと買ったところ、送料が8万円もかかるということで自分の車(ワンボックス)に乗せて(!)帰って来たんだとか。オバサマは窮屈な車内で大変だったそうで(苦笑)。

すすすすすす、凄いですね・・・雫

その後、少しづつ集めていって今ここ的な。楽しそうに嬉しそうにそんな話をしてましたが「寂しい」とも。ですよね。

ちなみにそんなご主人との思い出のタヌキさんたちは、オバサマが拭いて綺麗にお手入れされています。愛だなー。


オバサマとご主人の思い出のタヌキさんたちと


亡くなられたご主人がやっていたお寿司屋さんの入り口に並べてあります
女のタヌキさんはオッパイが大きいものを選んだとかwww
戸口よりも背が高い!!!

偶然と言うか、タイミングと言うか摩訶不思議なこれまた素敵な出会いがあり。いやー、本当に旧東海道歩きは面白れぇ。

「お元気で!」とオバサマと別れましてしばらく進みますと「沼津藩領境傍示」。

これは下半分が折れており、正しくは「従是東沼津藩領」つまりはここから東(先)は沼津藩領ってことでござんすよぐー




またまた浅間神社w

建物があって見えませんが​ぶどうの思い出(笑)千本松原​すぐを通っておりますのでね、あの時も凄い風だったが、今回も風が更に半端ねぇ沼津宿、いよいよでござんすよ!!!


強風注意

 つづく・・・。






Last updated  February 28, 2020 05:10:15 PM
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February 22, 2020
そもそも吉原宿は本吉原付近にありましたが、元和二年(1616年)と延宝八年(1680年)の2度の大津波によりそれぞれ移転しており、現在の位置に。そして今は商店街です。

移転後すぐの天和二年(1682年)創業である鯛屋旅館に「おぉ~~~っ(萌)」となりつつも、吉原宿はあっという間に通り過ぎ(笑)、小雨ではあるものの止みそうもないし時間も時間、そろそろ今日のゴールを考えねばねばねばと思案1400過ぎ。

とりあえず、吉原駅のそばを通っているのでその辺まで行ってみっかと、ワシワシ進むみますぐー


吉原宿は商店街


こちらもかぐや姫デザイン


天和二年(1682年)創業の鯛屋旅館

「平家越えの碑」を過ぎ、名勝「左富士」に「左富士神社」。

本来、東海道を江戸から京へ向かう時には富士を右に見て進みますが、先にも書いたように吉原宿は2度の大津波によって内陸に移転したため道筋が大きく北へ曲がり、そのためここに限っては富士が左に見えるということから名勝となったがすかす、雨でしたので今回は全くもってらぶ・富士山は見えず残念。

そして神社にはまたしても下駄が置いてあったと言う謎。やっぱ行きに聞いておけば良かったでござるよ・・・わからん


振り返って名勝:左富士、、、見えず(苦笑)




左富士神社


鉄下駄、、、らしい

吉原駅付近まで来て、次の東田子の浦駅まではそんな距離がないし、少しでも先に進んでおきてぇと欲が出まして(笑)、今日のゴールは東田子の浦に決定。←後で少し後悔することにwww


釣りをたしなむ者wにとって見逃さなかった立派なお宅の軒下
漁師ではなく釣り師の方かな!?尾長!?

足はとっくのとうに痛いがすかす、雨も強くなってきた(号泣)ので、ここらで少し雨宿り休憩と大きなお寺があったところで寄り道お参り一服仕り。

ここ香久山妙法寺の毘沙門天大祭のだるま市は、少林山達磨寺(群馬県高崎市)、浮岳山深大寺(東京都調布市)と並んで日本三大だるま市の一つだそうで、だるま市が開かれるだけあって、広くて立派なお寺でした。


香久山妙法寺(毘沙門天)


本尊の毘沙門天像は聖徳太子の作といわれています


ちょうどご住職様が香炉のところでご祈祷(?)しておりまして、雨宿りしつつ遠巻きにぼへっと眺めておりましたっけ、「えぃっつ、えぃっ、えぃっ!!!」と印を切りましたら、ら、ら、土砂降りの雨が小雨になった摩訶不思議。まぁ、たまたまなんでしょうけんども、ちょっちビビったでござる(笑)。

と、ビビってる場合ではなく、この時点で1530過ぎ。天気も天気ですでに薄暗いので、とっととゴールを目指し長ーい長ーい直線を、ひたすらひたすら進みますがすかす、一向に駅は出てこず・・・。

あーもー、駅ー、駅ー、駅はまだー!?って涙がちょちょぎれそうになった時、、、駅が!!!

いやー、安堵した1630過ぎ乙。

本日はこれにて終了でござる、よーお、よよよいよよよいよよよいよいっオーケー

1日目:蒲原宿~吉原宿~原宿 約12km

寝不足の初日だのに、ちょっちやりすぎちった、ははは・・・雫


東田子の浦より沼津へバビューンと移動しまして、お楽しみの夕げ。

沼津と言えば、そう!!!知る人ぞ知る「とんかつこがね」に決まっとろーがーよーウィンク

この時の沼津は台風かと思うくらいの暴風雨。​2回目のご来店​ガラッと開けたら、、、お客様は1人もおらず貸し切り状態うぇ~いっ!!!ま、この天気じゃねぇ・・・(苦笑)。

心置きなくあれやこれやニヤニヤ眺めつつ、超絶おいしいとんかつをいただきまいまいきらきら


沼津駅前/とんでもないほどの暴風雨


あらやだピンボケ・・・


きゃーいっ赤ハート


安定の日本酒w/お肉柔らかくて(゚д゚)ウマー!!!


もちろんお土産のカツサンドも

店を出るころには雨もすっかりやみ(驚)、追い酒をお買い求めましてホテルで大人しくした初日の夜でございました月

もちろんもれなく気絶睡眠。ぷ。


靴を乾かすには新聞紙が一番


静岡の酒と言えば思い出の酒、大好き「臥龍梅 」

 ・・・つづく。






Last updated  February 27, 2020 08:02:23 PM
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某影響は全く感じないほど、あばばばばっとオール仕事はお忙しくアッと言う間に終了(苦笑)。乙呑みもそこそこに、いざいざいざいざいざGO新蒲原ダッシュ

熱海で一回乗り換えがありましたがすかす、何とか乗り換えられて(熱海終点だのでうっかりすると折り返し小金井まで行っちゃう超絶危険w)新蒲原駅着は0830。想像以上の晴れ。

気が付けば1年ぶり。と言うか、去年はその1回しかやってねぇ・・・。

それはともかくも、さぁさぁさぁさぁ​蒲原宿より出立する​でござる、どんどんど~んぐー

まずは、旧東海道に戻ってすぐの椙守稲荷神社で旅の安全をお参り。高台にて眺めよし、歩いてきた薩埵峠が遠く見えますれば。懐かすぃ。

すでに蒲原宿も半分ほど。蒲原名物の「イルカのすまし」を想像してみたり、聞こえてくるお琴の音色や史跡案内に足を止めて眺めてみたり、お珍しい昔の車をガン見してみたりと、さっそく「旧東海道らしい歩き」でいと楽しウィンク

眠くてちょっちフラフラするけんどもー。ぷ。


新蒲原駅0830過ぎ


椙守稲荷神社で旅の安全をお参り


薩埵峠方面を眺める


朝の蒲原宿(江戸方面)


出た!!!名物「イルカのすまし」


お琴とお三味線教室だべか!?


東海道沿い、この付近の史跡紹介


蒲原宿東木戸跡、、、つまりは蒲原宿の東(江戸方面)の入り口


トヨタパプリカデラックス


一里塚

蒲原宿の東木戸を抜けて蒲原宿を後にし、今度は目の前にどど~んと鎮座まします、らぶ・富士山をニヤニヤ眺めながらワシワシと進みます。

富士山を見る限り、やっぱり予報通り天気は崩れる予感・・・雫

対で残っている岩淵の一里塚で、そう言えば行きの時ここでマラソンのヤングメンたちにあいさつされたなーと思い出し。意外にも結構色々思い出します(笑)。


らぶ・富士山が笠をかぶっているということは・・・


江戸日本橋から三十二里目、岩渕の一里塚1005
ここには数軒茶屋が立ち並び岩渕名産「栗ノ粉餅」が売られていたとか

行きには立ち寄らなんだ小休本陣にて大名よろしくホッと一息一服つかまつり、富士川を渡り候。


間の宿「岩淵宿」の小休本陣・常盤家住宅主屋
本陣だのに休憩のみの形態ってお珍しい




奥に床を一段高くし格式の高い作りのお部屋「上段の間」
つまりは大名など賓客が座ります


だいどころ


ふろ


地元の人に「本陣の槙」として親しまれている
1707頃本陣の庭木として植えられたイヌマキ


富士川を渡る1045


ダブル富士とはいかなかった残念・・・


松岡水神社と渡船場跡/御神木にパワーをいただく

御神木にパワーを頂いたものの腹が減っては力は出ねぇと、大好き某びっくりドンキーにて朝食兼ランチ1130。お久しぶりに食べたがすかす、相変わらずおいちぃ・・・きらきら


ここまで休憩らしい休憩なしで来ちゃったもんだで、長めに時間を取り諸々復活!!!

そうそう、​この辺で宿がなくて難儀した​んよね、、、と思っていたら泊まったビジネスホテルを発見。おぉ~、ここだったかと(笑)。更に、この地域ならではの面白いマンホールなんぞ眺めたり中央分離帯に阻まれ迂回したりと進んでいくと、「鶴芝の碑」。


満開


富士市消火栓はかぐや姫デザインのマンホール


中央分離帯に阻まれたり

ここにはかつて「鶴の茶屋」があり、多くの旅人が休憩をとったそうで、ここから眺める冬の富士山は中腹に一羽の鶴が舞っているように見えたと言います。

今は茶屋もなければもちろん富士山も見えません。時代の流れとは言え、なんとも寂しいですな・・・。


「鶴芝の碑」/向かいには家が建っており今はもう富士山は見えません

なんて、おセンチになりながら進んでおりましたら、今度はトイレに行きたくなっちゃってピ~ンチ!!!

この辺はもうコンビニとかパチンコ屋とかないような道だので、うーむむむと思っておりましたら、なにやらお役所的な素敵施設があるじゃあーりませんか。しかもやっとる!!!

無事にピンチ脱出後(笑)受付にいた守衛さん(?)らしき方とちょっとお話をし、帰り際に「これからお天気が崩れそうだし、道中お気をつけて」と声をかけていただきました。ありがとうございます!!!

この旅をしておりますと、こうやって人の温かみを触れることが多く嬉しいです。感謝。


保健・福祉・男女共同参画・消費・ボランティア
などを推進する立派な複合施設「
富士市フィランセ」

この辺りで、とうとう小雨が降ってきたので雨支度。そして、ところどころ面白いものを見つけながら吉原宿へ入ったのでございました。

行きには気が付かなかったものがたくさん。帰りの余裕ってやつぅ!?(違)


この辺は数軒に一軒、庭に祠がある摩訶不思議


ワンちゃんの為の温泉・湯治


何とも言えない表情の道祖神


吉原宿西木戸(京都方面の入り口)跡1340

 ・・・つづく。






Last updated  February 26, 2020 06:30:28 PM
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February 21, 2020
さぁさぁさぁさぁ、オール明けでこの連休はなんとびっくり気が付けば1年ぶりの弥次喜多だってんだい、てやんでぃべらぼうめぃ!!!

 * 旅行記はこちら
   行き:http://www.mejina.com/53next/
   帰り:http://www.mejina.com/53next/hukuro.html


どこまでいけるか珍道中、前回のゴール蒲原よりご出立。今回は箱根越え、、、の予定。ぷ。






Last updated  February 23, 2020 06:29:32 PM
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