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東海道五十三次:復路

2021年03月22日
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もう一か月近く前になるけんども(苦笑)2021/2/28、ついに東海道五十三次復路踏破したっぺ、どんどんど~んっ!!!

楽しがった、この旅での経験は一生の宝物。ありがとうございましたきらきら

最終日はリーダーの前からスタートでした。ぷ。

 〇東海道五十三次復路:川崎宿~品川宿:
   https://plaza.rakuten.co.jp/istyle/diary/202102280000/

 〇東海道五十三次復路:品川宿~日本橋ゴール:
   https://plaza.rakuten.co.jp/istyle/diary/202102280001/
 

前に進む #STAY SAFE、STAY STRONG






最終更新日  2021年03月25日 17時18分17秒
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2021年02月28日
さすがお高めクオリティ、拙者御用達の某サイゼとは違って超絶美味でござった満足満腹にて、ちょいと先にある磐井神社にてお参り。

ゴールまであとわずかな道中の安全と、これまでの道中の感謝を申し上げ、ラストスパートどんどんど~ん、1200過ぎ。




鈴ヶ森刑場へ向かう途中にしながわ水族館に出くわしびっくり花子。こんなところにあったのか、、、っつか、12年前の行きにはなかったし(苦笑)。

そして品川宿の入り口、鈴ヶ森刑場跡。

京都にも(明智光秀の遺体が晒された)粟田口刑場があるように、宿場の入り口には刑場があることが多く、特に江戸時代は浪人による犯罪件数も急増していたことから、江戸に入る人たち、とくに浪人たちに警告を与える意味でこの場所に設置されたと考えられておりますれば。

鈴ヶ森刑場を過ぎて別れの泪橋、いよいよ品川宿でござんすよ。


しながわ水族館(1991年10月開館)




泪橋


この辺りは青物横丁商店街、通称「あおよこ」と呼ばれ、江戸時代から青物の市場があり大きな八百屋が軒を並べて、大変賑わっていたそうで。

そして今回は数多くある寺社は華麗にスルー。この旅とは別に七福神巡りみたいなことをすればいいしと、​​行きには寺社にばかり目がいっていて「奥が深ぇや、てやんでぃべらぼうめ」などど、はしゃぎまくっておった若い頃​がお懐かしゅうございます。大人になったなぁ・・・(苦笑)。




行きにお買い求めた「品川懸ビール」​の酒屋さんは閉まってて残念無念


そんな品川宿の商店街を抜けて再び国道15号に出て進めば、品川駅、そしてこちらももちろん行きにはなかった高輪ゲートウェイ駅。

そこからほどなく高輪大木戸跡。つまりはお江戸の入り口でござんすな。ぬぉー帰ってきたぜーぐー


田町駅を過ぎたところに西郷隆盛・勝海舟会見の碑がありますが、今は工事の為一時移転保存中。そう言えば、​西郷どんは府中宿でも山岡鉄舟と会見しておりましたなぁ​。


品川駅前


ゲートウェイ駅付近にはさすがにまだ何もなし


高輪大木戸跡


左にそれると東京タワー


工場シリーズ!?今回は森永乳業さんwww


西郷隆盛・勝海舟会見の碑は工事の為一時移転保存中

新橋駅のガードをくぐればお銀座、そして、、、 


 モータースポーツ1600、ついに日本橋ゴーーーーーーーーーーーーール!!!

東海道五十三次往復踏破で御座候。


苦節12年。ゆるゆると往復したっぺ。

色んな冒険、迷子は当たり前でナンパ(!)されたり、美味しい食べ物にお酒、沢山の出会い、人生の糧、ありがとう。ま、すっかり年とっちったけど雫

とにもかくにも旧街道の旅はおーもしろがったー!!!

 日本橋から東海道、京都三条大橋
 そこから京街道で大阪
 大阪から暗峠奈良街道で奈良
 奈良からお伊勢参り伊勢本街道で伊勢神宮
 からの伊勢街道で東海道へ
 御油宿から見付宿は姫街道、
 後はひたすら東海道で日本橋ゴール

この経験は一生の宝物。感慨深い上に寂しい気持ちで一杯だがすかす、今度は思い出深い宿をつまみ食いしたい。ぷ。




* 旅行記はこちらにまとめてあります。よかったらぜひ。
  (初期の頃は画像が表示されにくい場合があります、スミマセン)

   行き:http://www.mejina.com/53next/
   帰り:http://www.mejina.com/53next/hukuro.html


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最終更新日  2021年03月25日 17時03分38秒
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本日快晴、この旅が終わってしまうのは寂し気もするがすかす、前回のゴール旧聖地にあります巨大なあのお方を拝み気持ちを奮い立たせご出立、いざいざいざいざ日本橋へ0830過ぎ。

すぐに旧街道、わしわし進みます。

そこかしこに川崎宿、そして案内板や五十三次にちなんだものがたくさんあって、弥次喜多徐々にアゲアゲでござんすよ上向き矢印上向き矢印上向き矢印






街道沿いの某銀行のシャッターも五十三次


中の本陣跡前


信号機にも!!!


多摩川まで出ましたら、「六郷の渡し」の代わりに「新六郷橋」を渡りますが、橋の真ん中で東京都(大田区)に突入!!!

ついに東京だと感慨深く思っていたっけ、そこから見える富士山をよそに(?)川っぺりでは皆さんゴルフを楽しんでいらっしゃり。時代ですなぁ~。


渡し船のモチーフのある新六郷橋


東京都!!!


らぶ・富士山!!!


ゴルフの打ちっぱなし

そこからはほぼほぼほぼ国道16号を進みます。


道路標識に日本橋の文字が


トランプタワー???w

梅屋敷公園(江戸時代に道中の常備薬「和中散」の売薬所の敷地3000坪に梅の木数百本と花木を植え、東海道の休み茶屋があったところ)辺りで、​行きにモスモスを喰った記憶が蘇り(笑)​、見渡してみたっけ、あ、あったーっ!!!

立ち寄ろうとも思ったけんども、お昼にはちと早かったのでスルーした残念無念。


梅屋敷公園にある「日本橋三里十八丁」


あったー、懐かしのモスモス

大森町駅の辺りで国道16号を逸れて細い道に。レンガ道のちょっとした商店街でなかなか雰囲気があります。


突然ジャングルがwww花屋さんでした

再び16号に出てこの先すぐの鈴ヶ森刑場からまた細い道に入るのはわかっていたので、この辺でと某ファミレス(ちょいとお高めランクw)で昼飯休憩一服1100過ぎ。


至福の一杯www


安定のハンバー―――――――――――グ!!!

品川宿はすぐそこ。


・・・つづく。


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最終更新日  2021年03月23日 12時02分57秒
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2021年02月07日
田中屋を過ぎ下り続けると国道1号にぶつかり旧東海道は分断され、国道1号を突っ切り神奈川駅より脇道に入ると再び旧東海道。

「宮前商店街」とありましたが、、、全く持って商店街じゃなかったでござんすよ!?名残!?

商店街を出て、今度は16号をひたすらひたすらひたすら歩きます。




国道16号

この辺りからは、ほぼほぼ京浜急行と並行して進みますが、仲木戸駅(東神奈川駅)を過ぎ、、、ここは三味線のメンテナンスで大変お世話になっているお店がある最寄り駅で、行きには三味線の三の字もなかったので、「そうか、こんな近くに」ってなんか不思議な感じがするでござんすな。

更に新子安→生麦と行くわけですが、コロナ禍ならでは!?なんとモツ煮の自販機を発見びっくり

興味津々だったがすかす、冷蔵パック売りで、まだまだ道中も半ば、今日はとてもお暑ぅございましたのでお買い求めませんでした。ま、あんましモツは好きじゃないからいいんだけんども。ぷ。

その後も、高層マンションの中にポツっと朽ち果てていく古いお家や、ケチャップ発祥の地があったり、才兵衛稲荷の悲しいお話など、中々面白いものがたくさんありました。


3人前600g1000円也


時代の流れの象徴的な風景/ケチャップ発祥の地


才兵衛稲荷付近

少し行くと​メルシャン​ではなく今度はキリンの工場(笑)。その敷地に沿ったところに生麦事件の碑が建っています1220。

んー、こんな整備されていたっけか!?12年の月日は昔から比べたら一瞬だが長い・・・。


キリンの工場


ほぼほぼ工場内に事件碑


事件所縁の井戸跡、、、所縁の井戸ってどゆこと!?


生麦付近、、、右はまだまだキリンの工場(広大)

それにしても今日は超絶あっちぃあっちぃ。前回、寒すぎて汗一つかかなかった時とは大違い。平地とは言えそれだけでも体力を奪われるのに、朝から何も食べず(!)にここまで来てお昼近く。

いよいよ腹減りMAX、行き倒れそうなくらいの飢餓状態に(笑)。

16号に出てからファミレスとか何かあるかと思っていたけんどもこれと言った店もなく、さらに生麦で16号から逸れちゃって↑のような裏道的な道を歩いておりますればさらに望み薄く。

ととととと、とりあえずは鶴見まで耐え凌ぐんだ。フラフラでござんすよ・・・ショック

やっと鶴見駅周辺1300、居酒屋さんをはじめ色々店はありますが、今、食べたいものはと言えば、、、天ぷらや蕎麦、餃子ラーメンでもピザでもパスタでも刺身でもなく肉肉肉。そして気兼ねなく長く休憩できる場所をご所望でござれば。

アッと見つけたAチーム(謎)ライブ時御用達の店、某サイゼリア(笑)。お安く軽く済ませられる庶民の強い味方、あぁぁぁぁ~、ありがとうきらきら




今は紙にオーダーメニューを書いて店員さんに手渡すシステムらしい・・・
そしておビールは生ではなくて缶でのご提供、、、ちょっち目がうつろ!?www


ハンバー―――――――――グ!!!(単品500円)

小一時間ほど休憩しまして、飢餓脱出(笑)、再び元気にご出立1400前。

鶴見橋のたもとに「鶴見橋関門旧蹟の碑」。先の​神奈川台関門と同じ関門​。その鶴見川を渡り川崎宿に差し掛かります。

途中でお腹が痛くなるピンチはお約束。ははは・・・雫


鶴見橋




銭湯!!!


川崎宿全体(右の川は多摩川の六郷の渡し)

せっかく川崎宿に来たんだから、旧?聖地に立ち寄って巨大なあのお方を拝まないとって事で、ちょいと寄り道。これまた、チッタと旧東海道がこんなに近くだとは行きにはこれぽっちも思わず。

飾られてから一度もチッタへ足を運ぶこともなかったわけで、やっと見られて、今まで当たり前だった濃密なライブのことなどを思い出し、来週は1年ぶりのライブだと、しばしふけるふけるふける・・・。

ひらめきそうだ、ここで終了して、ここで帰り道・日本橋までの最後の旅に出立するのも粋かなと、急遽ここをゴールとしたでござんすよ1500。

よーお、よよよいよよよいよよよいよいっオーケーオーケー

 1日のみ:保土ヶ谷宿~神奈川宿~川崎宿 約13km

残るは品川宿、そして日本橋・・・。


やっと見ることが出来たっぺグッド

すかす行きと帰り、同じ道とは言えども、その道の右を歩くか左を歩くかで見つけるモノが全然違う。ましてや10年以上も経っていたら、そりゃ、道も建物も変わるってもんよ。やっぱ、おもしれぇっ!!!


#STAY SAFE、STAY STRONG






最終更新日  2021年02月11日 15時39分34秒
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ただいま保土ヶ谷宿、もう泊まってやるような距離でもないので刻んでいくってんで、本日1日の旅でござんすよグッド

比較的ノンビリ起きまして、アッと言う間の​前回のゴール保土ヶ谷駅​0930。

いざいざいざいざ出立、どんどんど~んっ!!!

駅を出ればほどなく旧東海道。わしわし進みます。






街道沿いのとあるお寺の入り口、、、なんでお釜!?

旧帷子橋跡を過ぎますとそろそろ保土ヶ谷宿の端、行にも驚いた鯉まみれの帷子橋を渡ったところに最初の神社にて、今回の旅の安全を祈願した次第。

橘樹(たちばな)神社はスサノオノミコト(牛頭天王)を祭ってある神社で、かつては牛頭(ごず)天王社と称し、 当地名の天王町は旧社名に由来しています。


御朱印を頂き、先の節分をはじめ色々な行事が出来ない、そんなお話を神社の方と少ししました。色々難儀な世の中になったもんだ。


旧帷子橋跡


帷子橋の鯉は今も肥えに肥えてご健在www


橘樹神社を後にし、国道16号を渡ると一転賑やかな松原商店街。

大型スーパーと言うよりも、昔ながらの八百屋さんやら魚屋さんやら、そんなお店が立ち並ぶどこか懐かしい雰囲気の商店街です。しかも安っ!!!

ここでふと目に留まった雑貨屋さん?にあったトイレマット。ちょうど新しくしようと思っていた矢先、そしてちょっち長めなのがいい。迷わずお買い求めまして、ここから先はトイレマットを背負って進みます。ぷ。

店主のオジサマに、手提げにもリュックにもなる「ANTHEMバッグ」の使い勝手が良さそうだねと褒められちった、うぇ~いっ!!!


行きは露店も出ていましたが、露天はなくとも
松原商店街はお買い物客でとても賑やか


左に曲がると八王子へ


クマちゃん・・・


さすが横浜、小洒落てますな・・・


拙者が生まれる前からある歩道橋
歩道橋から右をまっすぐ見るとランドマークタワーが!

東海道と八王子道の分岐点、追分を過ぎ国道16号。そして再び脇道は緩やかな上り坂えっほえっほダッシュ

陸橋「上台橋」あたりが神奈川宿の入り口(上方見附)付近。かつてこのあたりは、潮騒の聞こえる海辺の道だったそうですが、海方面を見てもビルが立ち並ぶばかりで潮騒はもちろん、面影は一つもありゃしねぇ・・・。


国道16号


再び逸れます


上台橋


上台橋から海側を見る

両側にマンションが立ち並ぶ道を登り切ったところに神奈川台関門跡の碑。

横浜港が開港後、幕府が外国人保護のために安政五年(1859年)から明治四年(1871年)に廃止されるまで関門が設けられ警備にあたりました。ちなみに生麦事件は文久二年(1862年)。

そこから今度は下っていくと、知る人ぞ知る「田中屋」1100。

田中屋の前身「さくらや」は広重はんの「東海道五十三次神奈川宿」にも描かれており、そして坂本龍馬の妻、おりょうゆかりの老舗料亭でござれば。

店が開いておりましたので前回の戸塚宿本陣のノリで「がんばってランチならイケるかも!?」と思って入り口でメニューを見せていただいたっけ、全然無理だったすまなかった・・・雫


当時の神奈川台関門


今の神奈川台関門付近はマンションが立ち並ぶ


「田中屋」


当時はこんな感じ!?広重はんの「さくらや」

ちょっち期待していたこともありガッカリ、とぼとぼと先に進みます(苦笑)。


・・・つづく。


#STAY SAFE、STAY STRONG






最終更新日  2021年02月11日 11時51分14秒
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2021年01月11日
戸塚宿に入ったところで適当に飯でもと思いつつ歩いていたら「本陣」と名の付く店を発見。

そう言えば、草津宿の脇本陣跡が蕎麦屋だったので立ち寄ったことはあったがすかす、本陣跡(正確に言えば本陣跡向かい)が店で立ち寄ったことがあるのは、、、今の所思い浮かばねぇなぁ。

とにもかくにも迷うことなくお立ち寄り。ガラッと戸を開けたっけ、どど~んっと赤絨毯の階段にビビる雫

リュックを背負ったバックパッカー風の拙者は、ももももももしかして場違いでござるか!?的な(苦笑)。

お土地柄、五十三次をモチーフとした店づくりになっているそうで、各お部屋が宿の名前になっておりました。

超絶お寒かったけんども、とりあえずおビール呑みつつ、大漁きじま御前をいただきまいまい。いやー、まさに大大名気分を味わったでござんすようっしっし

* https://kijimagroup.co.jp/store/honjin


「きじま本陣おもてなし館」


通された部屋は「大磯の宿」
こんな格好で申し訳ござらん・・・雫


畳敷きに椅子


大漁きじま膳をいただきまいまい
刺身も旨かったけど茶わん蒸し(゚д゚)ウマー

さて、店を出てからもずっと頭を下げ続ける(!)お女中さんに恐縮しつつ店を出まして先に進む1300前。

戸塚駅前を華麗にスルーしまして吉田大橋を渡り江戸見附跡。




吉田大橋(上方方面を見る)
左に曲がれば「かまくら道」


同じ構図の広重さんの戸塚宿、吉田橋(通称:大橋)、
橋のたもとに「ひだりかまくら道」と描かれています


江戸見附を過ぎ、つまりは戸塚宿を出まして先に進み迷いに迷って(苦笑)「さいとうハム」にたどり着く1330過ぎ。ふぅ・・・。

明治十年(1877年)頃、英国人のウィリアム・カーティスがこの先にある赤レンガの土蔵付近に牧場を作りハム製造を始めたとか。その時の使用人だった斉藤角次が明治十四年(1881年)、この地で日本人による初のハム製造を開始しまして、あの!「鎌倉ハム」の誕生の地になったわけです。

本当は鎌倉ハム発祥の店「さいとうハム」でハムを喰う気満々だったので、閉まっていてガッカリでしたが、本陣で喰っといて良かったなと(笑)。とは言えハム、喰いたかった・・・わからん


開いておらず残念無念・・・


赤レンガの土蔵が残っています


水素ステーションってなんだべか!?

今一度、大きな道路からは逸れ、目の前に広がる大きなマンションの山を眺めながら進み、歩道橋を渡ると品濃坂1430。

ふぅふぅ坂を上って進み品濃一里塚。ここは両側の塚が当時の形で残っているので、往時の東海道を妄想しやすく萌ポイントでござんすよウィンク


品濃坂


品濃坂を上って振り返る
らぶ・富士山があんなに小さく




わかりにくいけど品濃一里塚




一里塚を越えて/今はマンションが立ち並ぶ

更に焼餅坂を上り切りますとお山のてっぺん、相模と武蔵の国境の境木地蔵尊1500前。つまりは、いよいよ武蔵の国に入るわけですぐー

んー、戻ってきたねー(感慨深い)。

そこからは​難所「権太坂」​を下りいよいよ保土ヶ谷宿。




境木地蔵尊前の傍示




権太坂より/右に横浜ランドマークタワーが見えます


権太坂を下り切り一瞬国道一号を歩いた後、左に折れて保土ヶ谷駅裏(?)の商店街を歩きます。

商店街を半分ほど歩いて所で逸れて保土ヶ谷駅。今回の旅はこれにて終了でござんす、ちょうど1600。

よーお、よよよいよよよいよよよいよいっオーケーオーケー

 2日目:藤沢宿~戸塚宿~保土ヶ谷宿 約16km


藤枝宿の時も超絶お寒かった​が、今回の旅ももれなく、いやそれ以上に超絶お寒かった気がする・・・。


保土ヶ谷宿付近は商店街

行きから12年(!)も経っておりますれば年も取り(笑)目につくものが違うんだなぁと、​行きの旅行記​と読み比べてみると面白い。

さぁさぁさぁさぁ、ゴール日本橋までは後4つ。ここからは刻んでいきますぜぃグッド


#STAY SAFE、STAY STRONG






最終更新日  2021年02月05日 12時23分27秒
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気絶睡眠からスッキリ起床、おはようございます0730。

この時期だので、朝ご飯はお弁当配布の部屋でいただきエネチャージぐー

そして、いざいざいざいざ出立するでござんす2日目0830過ぎ、どんどんど~んっ!!!


ご飯もパンも全部喰ったったwww

前日のゴール遊行寺橋・高札場跡に0900過ぎ。

案内板にある歌川さんの絵と同じアングルで写真を撮ろうと四苦八苦←相当な不審者に見られたにちげぇねぇ(笑)。建物やらの関係でどうやっても同じアングルは無理なので、我慢がまがま妥協案で納得するまで20分近くも費やす拙者。惜しいんだけどなぁ、くっそぉ・・・ムカッ


前日のゴール遊行寺橋・高札場跡


遊行寺橋・高札場跡:歌川広重「東海道五十三次藤沢(狂歌入り)」


一番近いアングルはこんな感じ・・・

それはさておき、まずは遊行寺にて今日の旅の安全をお参り。

覚えていそうなもんだけんども、ここに限っては​行きにも寄ったとはこれっぽっちも思わず​(苦笑)。まぁ、なんつったって12年ほど前の話だってんだから仕方あるめぇよ。ぷ。

遊行寺は一遍上人のお寺ですが、境内に関東大震災で倒壊後平成26年に再建した地蔵堂に日限地蔵菩薩が安置されてあり、修復時に胎内から「少病少悩」の文字と「享保六年辛丑年四月廿四日」の文字が発見されたとか。

「少病少悩」なんか良いきらきら

しばし日限地蔵菩薩様をガン見しつつお祈りしました。




境内にある大イチョウ




お札


右:行きで寄った時の御朱印/左:今回の御朱印

さて、キュンとするまち藤沢を後にしまして、道場坂をえっちらおっちら登っていきましていよいよ横浜戸塚区に突入1000過ぎ。横浜かぁ、来たねぇ・・・(しみじみ)。

鉄砲宿の悲しい昔話を読んだり、崎陽軒の店を見て横浜を感じてみたりと、行きとはまた違う楽しみがあるもので。




道場坂付近




鉄砲宿の昔話


崎陽軒

この付近はずっと国道一号を歩いておりますが、途中に浅間神社。去年はらぶ・富士山に登れなかったので、ご挨拶がてらお参り。今年は登りに行きますよー富士山


浅間神社


境内よりらぶ・富士山を眺める

途中、国道一号線を逸れる場所があるのですが、なんと工事中で通行止め。拡張工事だのか、これまた時代の流れとともになくなっちゃうのかなぁ・・・。

今度は緩やかに下って戸塚宿の上方見附跡1140。ここではオジサマ方が測量のお仕事をしておりました。お疲れ様でござんすグッド


通行止め


これより戸塚宿なり


戸塚宿付近/戸塚のマンホールは、、、「いだてん」!?


動物救急病院には駐車場に入りきれない車の列が・・・


CLASSIC ROCK CAFEは営業時間外、入ってみたかった

さて、そろそろ腹ごしらえウィンク

・・・つづく。


#STAY SAFE、STAY STRONG






最終更新日  2021年02月02日 12時32分04秒
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2021年01月10日
さて、疲れもすっかり回復、ファミレスを出てすぐ「左富士」の名所。

東海道を京へのぼる時、富士山はいつも右手に見えますが、ここでは左手に見える神奈川県内で唯一の場所で名所となっておりますれば。

行きには天気が悪くて見られなかった​ので満足スマイル

お土地柄だのかウェットスーツのまま自転車や原付にサーフボードを括り付けて普通に走っていくサーファー(!)や、富士山が好きすぎるあまりちょいちょい振り返っては写真を撮ってみたり、某メルシャンの工場の巨大なタンク群を見て「あの中身は全部ワインなんだべか!?」と想像してみたり、なかなか面白い道中でござんすよグッド


振り返って京方向を眺めると左富士


ウェットスーツのまま自転車や原付にサーフボード、湘南ならでは!?
ちょっちビックリしたでござんすよ・・・雫


歩道橋に登って振り返る東海道と富士山
昔は正面に見ながら歩いたのかなぁ・・・


松並木が続いて藤沢市1410


巨大タンク群の中身はやっぱり・・・ワイングラス


工場の向かいにある不思議な雰囲気の石材屋さん


藤沢宿京見附1500




伝:源義経首洗い塚


宿場内は昔の写真なども紹介してあって歩いていて楽しい

ちょいと早いが寝不足なこともあって、遊行寺橋・高札場跡にて本日終了でござんす1520。

よーお、よよよいよよよいよよよいよいっオーケー


 1日目:大磯宿~平塚宿~藤沢宿 約15㎞


そのまま藤沢駅方面へ逸れまして、お宿の前に駅前で晩飯うぇ~いっ!!!

なかなか雰囲気の良い居酒屋さんにてお一人様サクッと1時間弱、残りは絶賛部屋呑みと相成りましたがすかす、寝不足なこともあって速攻気絶睡眠でございました乙。

ぷ。


お通しが蒸しキャベツって素敵・・・きらきら
あったかくて甘くて(゚д゚)ウマー


神奈川地酒よりも希少地酒を選ぶオレwww


いつものようにハイをチェイサーに
ポテトサラダに黒酢漬けにマグロカツ


安定の部屋呑み

・・・つづく。


#STAY STRONG






最終更新日  2021年01月19日 10時48分41秒
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昨夜はここに書けないようなすったもんだがありまして(謎)、睡眠時間約3時間(!)での旅の始まり、、、天気は良いがすかす極寒さむーっショック

感染対策・防寒対策万全にて、​前回最後の地、大磯駅​に0840。いざいざいざいざ出立するでござる、どんどんど~んっ!!!

駅からほどなく旧東海道の国道一号線。ちょっと進み左へ逸れて化粧坂。

この辺りは日本三大仇討の一つと言われている曾我兄弟と、そのお兄さんと遊女虎御前に関わるモノが多く。この地の長者の娘でこの坂で舞を踊って頼朝にも認められたと伝わる、その虎御前が朝な夕なに井戸の水を汲んで化粧をしたという化粧井戸が残っています、、、枯れてたけんど(苦笑)。


寒すぐる・・・


国道一号線から左へ逸れます


化粧坂付近


化粧井戸


立派なミカンがたわわわわ~/東京まで68km!!!

道中は最初に出くわした神社で旅の安全をお願いすることにしているので、高麗山の麓にある高来神社へ寄り道GO!!!

高麗山は北条早雲が小田原城攻めの際に篭城したとか、その後、上杉謙信が高麗山に本陣を置いたとか、戦国時代好きとしては萌山たんまらねぇなきらきら

そして、高来神社は徳川幕府より寺領百石と山林を賜った後、東照権現を勧請されたことにより参勤交代の諸大名は神社の前を通る際には下馬して参詣しなくてはならなかったとか。まぁ、東照権現=狸親父家康公でござんすから・・・雫


高来神社


本殿の彫刻が素晴らしい




高麗山

出立して1時間もすれば平塚市に突入0940。

その先すぐ平塚宿の(京都側)入り口の京見附跡。初代広重が描いた東海道五十三次の錦絵はこの辺りから描かれたようで、結構忠実に再現されています。

同じような風景を見ていると思うと、、、萌ピンクハート






結構忠実に再現されてます


しばらく進み問屋場跡前に「平塚の塚」の案内板。平塚の塚ってなんじゃらほい???

興味津々で行ってみますと、「平塚」と言う地名の由来になった場所だそうで、昔、桓武天皇の三代孫の娘さんが東国へ旅をした折、天安元年(857年)この地で逝去し埋葬されて塚を築きました。その塚が平になって「平塚」と言うようになったとか。最初は「たいらづか」だったらしい。

由来って悲しい話が多くね!?


右奥に見える石塀で囲まれているのが平塚

平塚駅近くなってきますと平塚宿の(江戸側)入り口の江戸見附跡。つまりはここで平塚宿を出ることになるわけで。

駅前の商店街を歩いておりましたっけ、お珍しいクッキーの自販機。ここらで休憩クッキーをお買い求め一服つかまつり1030。


江戸見附跡


美味でござった

更に先に進みますれば、橋のたもとに「ちょんまげ最中」の看板。

やややっ!!!これも面白いのでお買い求め。「こしあんと白あん、ありますけど」と大女将らしきオバアサマ。もちろん両方お買い求めましたともぐー


湘南ひらつかのマンホール、七夕が有名ですな
ちょんまげ最中の弘栄堂は1907年創業の老舗和菓子店、明治神宮献上銘菓


かわいい・・・1個160円(後で食べた時の写真w)

さて。何度も振り向き、らぶ・富士山を眺めながら(笑)馬入川(相模川)を渡り、茅ヶ崎市に1110。

今日の道中も半分くらい。ちょうど某ファミレスがあったので、ここらで長めの休憩・昼飯でござんすよ。


振り返って、らぶ・富士山


ボートや水上バイクがたくさん




かわいいレンガ塀


茅ヶ崎のマンホールは烏帽子岩


スパイシーカリブチキンプレート(゚д゚)ウマー

・・・つづく。


#STAY STRONG






最終更新日  2021年01月18日 12時16分55秒
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2020年11月01日
箱根も越えてしまって、残りお早く終わらせたいような、寂しくて終わらせたくないような(苦笑)、とにもかくにも昨日は早起きだったし、今日はのんびり参ろうかウィンク

お宿の朝飯は時期が時期だけにお弁当が配られ各部屋で。

朝一発まず小田原城に登城するかしないか、これまた散々迷った挙句、、、華麗にスルー。いいや、本物(現存)じゃねぇし。

まっすぐ昨日のゴールへ、松原神社より出立0900過ぎ、どんどんど~んっ!!!


本陣・脇本陣が立ち並んでいた辺りから東海道に戻り通称「かまぼこ通り」と呼ばれている道を進みます。まぁ、小田原と言えば「かまぼこ」でござんすから。

ここで、かまぼこ屋だのに何故か「塩辛」推しの店があったので、お土産にと塩辛をお買い求めた次第。


空襲で燃えてしまいました


かまぼこ屋さんが立ち並ぶ


かまぼこ屋だのに何故塩辛推し!?w


まぁ、何はともあれ創業百余年の塩辛はお楽しみだっぺグッド

東海道はかまぼこ通りから国道一号に出まして、しばらく行けば小田原宿の端、江戸口見附。つまりは小田原宿よ、達者でな~バイバイ

西湘バイパスを右に見ながらひたすら国道一号を進む進む進む・・・。

風変わりな看板、風情ある杉並木、風変わりな自販機、パトカーに止められた高級ドイツ車の運転手とお巡りさんが揉めている脇を通り過ぎたり(苦笑)、投げ釣りの方々を眺めたり、振り返って箱根路や富士山を偲んでみたり。


国道一号線


小田原宿江戸口見附跡及び一里塚


意味がよくわからないw焼肉屋さんの看板/小田原コロナはパチンコ店


酒匂川を渡る/右は西湘バイパス


杉並木はやはり雰囲気があって良いですな
ご当地キャラ!?小田原絵巻と書かれた自販機


国府津IC付近の歩道橋より振り返って東海道と箱根・富士山を望む


西湘バイパスの下では投げ釣りの方々がちらほらと
釣れてますかぁぁぁ!?


振り返って箱根


大山道分岐:「従是大山道」(これより大山道)
彩色された不動明王が乗っている/天保5年(1834年)建立

さて。

昨日に引き続き、もれなく足が痛くてよちよちなのは言わずもがな。早々にもうゴールは大磯宿(大磯駅)と決めておるので(笑)、そうすると今度はどの辺りで昼飯・休憩をするかってことで。

国道一号ならファミレスがたくさんありそうなものの、たくさんどころか全くと言っていいほどなく(号泣)、昨日新蕎麦を喰いそびれたこともあって、進むにつれて色々我慢の限界LOVERS「このままじゃ行き倒れる、もういい、ここで」的なとても失礼な理由でそば処へ飛び込む1230雫


新蕎麦・天ぷらは揚げたて

大学駅伝なんぞを眺めつつ一服。新蕎麦に揚げたての天ぷら、大変美味でござった、満足満腹かたじけない。

だいぶライフ回復(笑)、最後のもうひと踏ん張り。


大磯のマンホール/江戸から十七里


国道一号を外れると静かな旧東海道


あー、そろそろ我が家も用意せねば・・・
っつか、こんな方法もあったかwww


滄浪閣(伊藤博文旧邸)前の杉並木
現在、結婚式場と中華料理店になった滄浪閣は取り壊し最中の衝撃

大磯城山公園入口で再び一服した後、大磯宿の上方見附跡を見つけまして大磯宿に入り。そう言えば、行きは大風だったなぁ・・・。

鴫立庵の手前で某三味線弾きの方のポスターを発見。明後日の祭日に鴫立庵で演奏をするそうで、こんなところで目にするとはびっくり花子でござった。


大磯宿の上方見附1500過ぎ


鴫立庵


ハロウィン!?なんか怖いwww

再び東海道を左に大きく逸れ大磯駅1600前、これにて今回の旅はこれにて終了でござんす。

よーお、よよよいよよよいよよよいよいっオーケーオーケー

 2日目:小田原宿~大磯宿 約15㎞

東海道を逸れて大磯駅へは急な上り坂、涙がちょちょぎれちったのは内緒の話。ぷ。


足は痛くとも、もう歩きたくなくとも、超絶疲れていても、バビューンとお江戸は門前仲町の店にて、美味しい日本酒に兄様の焼く美味しい焼き鳥を喰いつつニヤニヤと旅の反芻はお約束で御座候(笑)。

それにしても、すっかり歩けなくなってて体力落ちてて愕然としちゃったよ、年取ったなぁ・・・ショック


うーん、もう年内ゴールは無理っぽいから、せめて50のうちにゴールし、、、し、、、したい。


#STAY STRONG






最終更新日  2020年11月12日 14時20分45秒
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