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山崎元のホンネの投資教室

2006年01月08日
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2005年10月21日


■増配は「株主重視」か?

 「日本経済新聞」(2005年10月17日付朝刊)の第一面トップに、「上場企業 中間配当1兆7000億円」、「今期28%増 過去最高に」、「『株主重視』映す」という見出しが並んだ。業績の好調に加えて、企業側の株主の利益を重視する姿勢から、配当が増えたということを、この記事は語っている。記事本文には、「本決算を待たずに配当することで株主重視の姿勢を示し、敵対的な買収を防ぐ狙いもある」という文章もある。
 本論とは直接関係ないが、この種の記事は、企業金融論的には必ずしも正確ではないが、理屈を説明したのか、(必ずしも理論的に正しくなくとも)取材した事実を伝えているのか、どちらともとれるように書かれている。つまり、記事の書き手は逃げ道をこしらえつつ安全に書いているのだが、たとえば学生や投資家などは、「これが正しい理論だ」と無条件に理解してしまいそうで、少々心配だ。
 だが、現実に、企業の経営者が、配当を株主のためだと考えていることは、たぶん間違いない。多くの経営者は、できればキャッシュを企業の外に払いたくないと思っているにもかかわらず配当を行い、新聞の「株価を語る」的なインタビューには、経営計画のアピールと共に、「株主還元としては、今期から○円増の○○円を配当し、安定配当を行うことが重要だと考えている」といったコメントを行う。
 一方、多少理屈に強い投資家なら、次のような疑問を抱かないだろうか。


  1. 配当を増やして貰っても、配当落ちの幅が大きくなるだけではないか?

  2. 配当分だけ配当落ちするなら、配当に課税される分だけ損ではないか?

  3. そもそも配当しなくても企業は株主のものではないのか?



これらは、全てがそのまま正確に正しいわけではないが、概ね妥当な疑問である。すると、さらに次の疑問が湧いてくる。


  1. 配当は株主の得にならないようにみえるのに、投資家が配当を喜ぶのはなぜか?

    ■「企業価値」とは何か

     企業買収が盛んに話題になる昨今、「企業価値」という言葉を聞くケースがしばしばあるが、この言葉は案外正確に理解されていない(たとえば、「株式時価総額」と「企業価値」の違いを説明できるだろうか?)。
     正直に言うと筆者も、学生の頃、ミクロ経済学や金融論の授業で使われる「企業価値」という言葉の意味がすぐにはスッキリと理解できなかった。たぶん、「企業の持ち主は株主だ」という先入観が先にあるために、どうしても、負債に見合う部分の価値が「企業の」価値であるという部分に違和感を覚えたのだと思う。
     企業金融を扱う理論で言う「企業価値」とは、企業が将来生み出すキャッシュフローを現在価値で評価した合計だ。理論的な世界では、ここから「負債価値」を差し引いた残りが、企業(株式会社の場合)の「株主価値」でありこれが「株式時価総額」と一致する。
     たとえば、ある物販の仕組みがあって、毎年10億円のキャッシュフローを永続的に生むと期待(=予想)されているとしよう。これにリスクを勘案して投資家が現在価値に割り引く場合の利回りが年率5%だとすると、この企業の企業価値は200億円(10÷0.05=200)となる。
     この会社の負債価値が100億円だとすると、株主価値は100億円となる。厳密には、理論上の負債価値は借入金の元本には一致しない(借り入れ条件が、金利とリスクを勘案した現在価値で評価される)はずだが、大まかには、企業価値から帳簿上の借金の価値を差し引いた残りが株主の保有する価値なのだ、と考えていいだろう。
     大まかなイメージを図にしてみた。

    第十七回 図1

     この状態で、たとえば5億円配当すれば、株主は5億円を受け取って、残った株式の時価総額は95億円になるし、配当を10億円に増やすと、残る時価総額は90億円になる。配当によって、企業価値は変わらないし、株主の損得も変わらない、というのが、それぞれの価値が正しく評価されている場合の原則なのだ。
     現実には、先ほどの疑問の(2)のように、配当を増やすと税金分損をすることがおおいに考えられるし、新たに借り入れを増やさなければならない場合、ローンに上乗せされたスプレッド(銀行の利潤)分余計にコストが掛かるなど、特に資金需要があって、利益の成長性に対して株主が納得している成長企業では、無配(マイクロソフトは近年まで長らく無配だった)であることが多い。
     なお、自社株買いの経済効果は、企業と株主全体を見ると限りなく配当に近い(株主に現金を返す行為だ)。配当への課税を考えると、自社株買いの方が株主には望ましい面があり、今後、配当よりも自社株買いが主流になる可能性もある。
     ちなみに、ビジネスが生み出す企業価値が正しく評価されているという前提の下では、株式を発行して負債を返済しても(たとえば負債50億と株主価値150億)、或いは負債を増やして株式価値の一部を株主に返しても(負債150億と株主価値50億)、企業価値は何も変わらないし、株主は損も得もしない、という理論がある。投資家の同じ投資金額に対して、前者では株式のリスクが下がるし、後者では株式のリスクは上昇するが、たとえば元の状態で債権:株式=1:1(債権は社債保有やローンなど、この会社の負債に対する債権側)を望む投資家は、負債0.5に対して株式1.5を持ったり、負債1.5に対して株式0.5を持ったりすれば、全く同様のリスクでこの企業を保有することができる。従って、企業価値に対する割引率も変わらないから、企業価値も不変だ。これを、投資家は、「自分の好みのカクテル」を作ることができると比喩的に表現することが多いのだが、「モディリアーニ・ミラーの定理」と呼ばれる経済学では有名な定理で登場した有名なアイデアだ。
     資本構成を変えても企業価値は変わらないし、配当によって株主の損得はない、というモディリアーニ・ミラーの定理の原則は、配当や資本政策を考える場合の基本として、一応覚えておくといいだろう。(この辺りの議論をスッキリ書いた本はなかなかないが、小宮隆太郎・岩田規久男(著)「企業金融の理論」は日本人が書いた経済学の本には珍しいくらい明快に著者自身の言葉で書かれた本で、30年くらい前に書かれたものだが、名著だった)

    ■では、なぜ配当を?

     上記のような理論を踏まえると、当然、なぜ配当を行うのか、という疑問が出てくる。だが、理論的な合理性の下でこれを説明するのはなかなか難しい問題で、「配当のパズル」という言葉もあるくらいだ。
     一つには、資本構成によって、企業経営、さらに企業価値は同じなのだろうかという問題がある。たとえば、企業価値が負債の価値を下回ると、企業は倒産し、経営者はクビになると考えると、経営者は、なるべく株主価値としての現金ないしは換金できる資産を余裕として持っていたいと考えるだろう。これは経営規律の弛緩につながるから、株主の立場としては、経営者に余計なキャッシュを与えておきたくないということがいえる。こうした考えを前提とすると、配当を行うことで、経営者は、将来の業績に対して自信を持っているというメッセージを株主に送ることができると考えるシグナリングの理論による説明が一応は存在する。経営者は株主の利益を代表する「エージェント(代理人)」だが、依頼者(=プリンシパル)が必ずしもエージェントと利害が一致しないことと、エージェントとプリンシパルの間に情報の格差があることで、エージェントがプリンシパルにシグナルを送る相対的に的安価な手段が配当なのだ、というエージェンシー理論の説明が背後にある(理屈屋さんにとって、配当は、かくも面倒な説明を要する「パズル」なのだ)。
     しかし、それならIR活動をもっと熱心に行うという選択もあるだろう。また、日本の企業の場合、持ち合い相手の株主に対して資産に対する利回りを確保するために配当を行ってきたという面が強い。エージェンシー理論だけではもう一つしっくりこない面もある。
     また、理論上の投資家は、先の「カクテル」を自分で作るような超合理的な存在だが、実際には、株式の所有者と、社債の保有者(あるいはお金を貸している銀行)は別々の主体であることが多い。この場合に、株主資本をスリムにして借り入れの比率を上げると、倒産確率が高まるが、倒産した場合に、株式の保有者は有限責任なので、倒産リスクが高まることによる負担はもっぱら債権保有者(負債価値の保有者)に生じ、この部分のプラスが株式の所有者にもたらされるという少々ややこしい効果もある。これは、株式が有限責任であるというオプション的な性格を持っているために起こる現象だ。
     以上の二点を考えると、たとえば、かつて東京スタイルに投資した村上ファンド(株式会社エム・エー・シー)が、東京スタイルの株式を保有したうえで、同社に対して多額の配当を求めた背景が分かるだろう。
     しかし、倒産確率を織り込んで株価を評価しているというのは多くの企業に関して投資家の実感に合わないだろうし、余裕資産(保有現金など)を株主に返すと「資本の利用効率が上がる」という通俗的な説明は、先の「カクテル」を考えると意味をなさない。
     すると、純粋な経済合理性の観点はともかくとして、現象として配当というもの自体を投資家が喜ぶのだ、という方向の説明もある。経済合理的ではないのに毎月分配型ファンドがなぜ買われるかという現象が説明される時に援用される「メンタルアカウンティング(心の会計)」が登場し、投資家は、頼りなく見える(?)株価の維持・上昇よりも、確実に手元に入ってくる配当が心理的に嬉しいのだ、といった説明が考えられる。あるいは、投資家は配当を金銭的な報酬と考える傾向があり、これが半年・一年といった比較的短い間隔で刺激としてあることが心地よいのだという説明もある。
     また、別の心理現象による説明としては、「投資家が現金を使うためには株式を売らなければならないが、株式を売ると、将来売値以上に株価が上昇して後悔する可能性があるから、投資家は、株式を売ることよりも、配当で現金を得ることを好む」という「後悔回避効果」による説明もあり、これなどはかなりもっともらしい。あとは、人は自分が持っているものを他人に渡すことを惜しむのだ(持ち物に関しては、「売ってもいい」と思う値段は「買ってもいい」と思う値段の倍以上になるという実験がある)という「所有物効果」を株式にあてはめて配当の効用を説明することもできよう。
     もちろん、こうした行動ファイナンス的な説明も市場を理解するうえでは重要なのだが、少なくとも「配当は株主にプラスだ」と常に考えられる訳ではないこと、企業の状況や投資家の心理の変化によって配当の意味が変わることなどを理解しておきたい。

    以上






最終更新日  2006年02月10日 02時02分14秒
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