山崎元のホンネの投資教室

2010/05/31(月)15:44

第八十三回 株価とマクロ経済を巡る三つの雑談

「ホンネの投資教室」(116)

■第一話 ピーター・リンチの15分  ■第二話 1500兆の1%のリターンの源泉  ■第三話 名目GDP下方修正の衝撃 今回は株価とマクロ経済の関係について、筆者の頭に浮かぶ話を三つご紹介する。  ■第一話 ピーター・リンチの15分  運用会社では、マクロ経済を話題にすることが多い。先ず、社内の運用方針に関する会議はマクロ経済の現状分析と見通しから議論が展開されることが多く、運用会社内のエコノミストばかりでなく、運用に関係する社員の大半がマクロ経済の話題に参加することが多い。また、顧客に対して、運用方針や、運用の結果について説明(あるいは「言い訳」)するときにも、マクロの経済環境から話を始めるのが定石だ。  経済に対する大まかな把握や見通しがあって、これを前提としてアセット・アロケーション(資産配分)を行ったり、ポートフォリオの大まかな運用方針(株式なら業種のウェイトなど)を決めたりするのではないか、というのが、顧客から見た、運用会社の仕事のイメージだろう。もちろん、そのような手順で実際に仕事をしている運用会社は、少なくないのだが、率直に言って、マクロ経済の分析から運用戦略を立てるやり方は上手くいかないことが多い。 なぜだろうか。たぶん、理由は複数ある。  一つには、マクロの見通し自体の難しさだ。たとえば、GDPの成長率見通しを大まかに何パーセントといった見当をつけることはそれほど難しくないが、これは誰でもできる。ここで有効な差をつけるためには、コンマ何パーセントといった単位でより正確に予測ができなければならないのだが、こうなると急に難しい。  ここで、GDPに対して株価はどうなるという決定に関して実用になる精度のモデルがあるといいのだが、そのような都合のいいものに辿り着くことはほぼ絶望的だ。  その理由というか事情は、以下のようなものだ。先ず、GDPの値が株価にとって重要だとしても、自分たちなりの予測が得られたとしても、これが他の市場参加者の予想に対してどのような位置づけにあるのかということを知らなければならない筈だ。そして、より望ましくは、他人の予測がどの程度現在の株価に反映しているのか、ということが分からなければ、自分たちの予測を、戦略としてどう生かしたらいいのかが決められない。GDPの予測そのものに始まって、インプットにこれだけとらえ所のない曖昧なものがあるのでは、厳密なアウトプットが得られるはずがない。加えて、株価に影響するのは、明らかにGDPだけではないから、仮にGDP成長率が当初の予測よりも0.5%増加するといっても、その他の条件によって、株価はプラスにもマイナスにも変化する。  結局、運用戦略の立案、言い換えると運用競争の勝ち負けにあって、マクロの経済分析は「実用上役に立たない」のだ。  この辺りの事情を考えるときに、筆者がいつも思い出すのは、確かジョン・トレイン(運用者を取材した著作が多いライター)のインタビューに答えたものだったと記憶しているが、フィデリティ社のマゼラン・ファンドの初代ファンドマネジャーとして有名なピーター・リンチ氏の台詞だ。彼は、マクロ経済や株式市場全体の上下について考えるかという質問に対して、「イエス。ただし、一年間にせいぜい15分くらいだけれども」と答えたという。彼は企業の分析に集中した。  これは、彼のお気に入りの回答だったらしい。なかなか気の利いた答えだと、筆者も思う。では、それでも、運用会社が延々と会議でマクロ経済の話をするのはなぜだろうか。 たぶん理由が二つある。  一つには、社内の誰でも何か意見が言えて、話をすること自体に何となく有難味があるマクロ経済の話が運用会社にとって適当だということだろう。もう一つは、もっとはっきりしていて、それは、顧客を煙に巻くのに(或いは、運用の言い訳をする際に)、誰もが関心を持っていて、何とでも言えるマクロ経済がちょうどいい話題だからだ。  ■第二話1500兆の1%のリターンの源泉  「貯蓄から、投資へ」。たぶん20年間以上聞いて、もう聞き飽きたキャッチフレーズだが、筆者は証券会社に勤めているのだし、その趣旨に反対はするまい。しかし、これを推進しようとする人達の話の中には、聞くに堪えないものがある。 たとえば以下のような感じだ。  「皆さんいいですか、日本には、1500兆円もの個人金融資産があります。この資産の運用で、もう少しリスクを取って、仮に平均1%のリターン改善が得られたとすると、年間15兆円ものお金になります。15兆円というと、GDPの約3%ですから、日本人が運用を改善するだけで、成長率で3%分も豊かになることができるのです。・・・・」 読者は、この話のおかしさが直ぐにお分かりになっただろうか。  これは簡単な話で、15兆円の追加的な収益がどこから生じるのかを考えると直ぐに分かる。仮に、国内の株式でリスクを取るのだとすれば、15兆円追加で儲けるためには、大まかに言って日本の企業が純利益で「GDPの3%もの」利益を追加的に毎年稼ぎ出さなければならないのだ。これは簡単ではない。  投資先を海外にすると、事情は少し複雑になるが、投資に向かっている資金は日本人のものだけではないし、「日本のGDPの3%分」に相当する利益を新たに見つけて自分たちだけのものにしなければならない。  リスクを取ると、どこからともなくリターンが湧き出てくると思っているおめでたい人が、たぶん、日本も政府ファンド(日本版SWF)を作ったらいい、などと言うのだろう。  ちなみに、日本版SWFの根本的おかしさは、運用できる資金があるなら、これは国民に返す方がいいということだ。「民間でできることは、民間で」が、かの構造改革のキャッチフレーズだったが、資金の運用こそ「民間でできること」の代表だ。  ■第三話 名目GDP下方修正の衝撃  第一話でも書いたように、マクロ経済と運用戦略を適切に結びつけることは絶望的に難しい。しかし、「事後的に」マクロ経済と株式市場の間に成立している関係がないわけではない。特に、近年の日本株は、景気敏感の側面が強く出ている。  そう考えると、衝撃的だったのは、先般(7月23日)に内閣府が発表した、2008年度のGDP成長率予想の改定値だった。  2008年度について、これまでの予測は、実質成長率が2.0%で名目成長率は2.1%であった。GDPの「名実逆転」の解消を予想していたわけだ。  しかし、今回発表された改定値を見ると、実質成長率が1.3%に対して、名目成長率は0.3%にすぎない。GDPデフレーター、つまり日本の付加価値生産ウェイトで計算した物価は、まだまだデフレなのだ。  しかも、輸入物価は対前年比10数%、企業物価も5%前後の上昇と、企業の仕入れコストの方だけが急にインフレだ。  生産者にとっては、売値がデフレで、仕入れがインフレという「最悪の組み合わせ」で、目下利益が圧迫されている。こうした状況を見ると、さすがに、株価に対して弱気に傾きそうになるが、さて、どうか。  しかし、ここで踏みとどまって考え直すと、現状は、(1)企業にとって「最悪」で且つこれは新しく生じた事態なので株価は「売り」、なのか、或いは、(2)「最悪」の状況で形成されている株価が現在の株価なのだからむしろこれは「買い」なのか、相変わらず難しいことに気づく。  敢えて、結論は出さない(実は、出したくても、出ない!)。どうすればいいのかは、読者自身にお考え頂こう。

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る