1348880 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

山崎元のホンネの投資教室

全116件 (116件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 12 >

「ホンネの投資教室」

2009年05月15日
XML
 ■就職に関するよくある質問

 筆者の場合、投資関係よりも就職・転職関係の取材でよく訊かれる質問に「10年後に元気な会社の見分け方を教えて下さい」というものがある(決して自慢にはならないが、筆者はこれまでに12回転職した)。

 この質問に直接答えるとすると、「10年後の高収益企業など分からない」というのが正解だ。投資の成功話として、あるいは一つの運用スタイルとして、成長株への長期投資が挙げられるが、この種の話の多くは「後付け」であって、投資を開始するとき、あるいは投資している最中に、投資対象企業の将来の具体的な成長像が描ける訳ではない。

 企業の将来像を具体的な数字を伴って想定できるのは、筆者の実感としては、情報が豊富だとしてもせいぜい2年先、将来の曖昧さをたくましい想像力で補うとしても3年先くらいが限界だろう。5年先、10年先の企業のイメージは夢物語の領域にしかない。

 結果的に成長株になる銘柄の株価が長期的に何倍にもなり、これに投資し続けたことの成功物語は少なからずあるが、成長株の値上がりも、よく見ると、その時その時の収益予想の上方修正の累積によって結果的にもたらされたものだ。投資行動として、一つの銘柄を保有し続けることがあるとしても、それは、短期的な期待の積み重ねと幸運の結果としての長期保有に過ぎない。

 元の質問に戻ると、就職に関しては、10年後の会社像はあてにならないものなので、その会社に就職した場合、就職して数年で自分に何が身につくか、また、それは自分の好きな仕事でなのか、ということを考えるしかない。自分の価値観は自分で分かるし、数年単位の自分像ならある程度は具体的に考えることができる。投資の場合は、無理に自分が描いた企業の10年後の像に、こだわってしまうことが心配になる。


 ■「長期投資」の実像

 結局、市場の参加者は、現在のデータ(たとえば収益予想)を元に将来を(10年先も含まれる将来の全体イメージを)想定し、次のデータによってその想定を改訂するゲームを戦っている。視点が遠い将来にないわけではないが、将来像に影響を与えるのは、刻々と更新される現在のデータであり、これをベースに自分も含めた投資家が株価を形成していると考えるべきだ。一人だけ超然と「現実離れ」することに積極的なメリットはない。

 しかし、特に初心者に近いアマチュア投資家の場合、株価の日々の変化が気になって仕方がない場合がある。こうした投資家の場合、「自分はこの企業の10年先に賭けているのだ」と思い込むことは、頻繁で過剰な売買を避けるうえでの、心理的な方便になることがあるだろう。結果的にそれがいい可能性もある。

 筆者の好みを言うと、初心者であっても、現実を直視すべきだと思うが、あくまでも一つの方便として、10年先を見て投資するという立場はあり得る(お勧めはしないが)。

 一方、プロの運用者の場合は、自分は「企業の10年後に注目して投資している」と称することで、投資の短期的な失敗に関して、結論を少々将来に先延ばしする「言い訳」、あるいは「開き直り」として、「10年後」が使える場合が(たまには)ある。古くから運用業界では「長期投資(だから、短期の結果には、こだわらないで下さい)」が顧客向けの言い訳の定番だ。


 ■それでも将来を考えると

 ところで、原則論としては以上のようなことを答えるとしても、インタビュアーがそれで許してくれるとは限らない。「なるほど、よく分かりました。それはそれとして、10年後にはどんな産業が栄えているでしょうか」というくらいの質問を続けるくらいの「鈍感力」がないと、インタビュアーは勤まらない(他人の話を「それはそれとして」と一括りにするのは、何とも乱暴ではある)。

 未来の産業を予測する上手い手順があるわけではないが、製造業からサービス業へのウェイトの変化、モノの製造業における競争の激化と途上国の優位性、人口が増えない日本国内の需要成長の乏しさなどを考えて敢えて、上記のようなインタビューアーの質問に答えるとすれば、現時点での筆者の答えは、「グローバルな需要が獲得できる、サービス業的なビジネス」が将来の日本の成長産業になるような気がする。たとえば、中国人を中心とする外国人向けの観光関連産業などは、案外大きな成長性がありそうだ。日本の観光資源は豊かだし、日本人の「もてなし」の誠意と細やかさには世界的な競争力があると思う。エンタテインメントやソフト、アートなども有望だが、英語、中国語などでどれだけ発信できるかという言語の壁がありそうだ。

 他方、貿易で厳しい国際競争に晒される「モノ作り」は苦しいのではないかと思える。10年でそうなるかどうかは分からないが、たとえば、日本の自動車メーカーが、将来は、現在のアメリカのGMやクライスラーのような状況になっていないとも限らない。先般与党が発表した経済対策で自動車や電機メーカーが「エコ」推進を名目に政府からサポートを受ける様子を見ると、日本の自動車や電機業種の将来は暗いのではないかという気がしてしまう。


 ■少し理論的な補足

 ポートフォリオ運用の理屈から考えると、「10年先の企業像」から得られる期待リターンに仮に有意な情報が含まれているとしても、その時々の短期の情報(ノイズ的なものも含めて)が持つ期待リターンへの影響にほとんどかき消されてしまうだろう。

 また、ポートフォリオは、取引コストがゼロなら、日々刻々の情報を反映して、常に理想的なものが保有されているべきだが、現実には、取引コストの影響がある。取引コストが非常に大きい場合(企業の持ち合い株などは「現実的には」そうかも知れない)には、長期でゆったり変わる情報があるとした場合、短期で変化する情報よりもこれを優先すべき理由があるが、現状のマーケットではほとんどの投資家にとって、取引コストはそういった投資行動の変化を要求するほど大きくないだろう。

 目先の情報で頻繁に売り買いすることを推奨する訳では決してないが、長期投資にこだわるのではなく、銘柄の入れ替えに値する情報があれば、ポートフォリオの調節は柔軟であるべきだ。






最終更新日  2009年05月15日 17時24分43秒


2009年03月06日
前回、実務的には最も使われている「平均・分散アプローチ」に基づくアセットアロケーションの計算方法をご紹介した。今回は、同様の計算フレームワークの中で、前提となるリスクに対する態度が変わると、結果がどのように変わるのかについて、具体的な数値例を見ながら、考えてみたい。

また、個人向けのアセットアロケーションを考えるときにもしばしば使われる、国内資産(特にリスク資産)を海外資産よりも大きなウェイトで組み入れようとする制約条件が、どのような影響を与えるかを検討してみたい。

率直にいって、個人向けに提唱されている「アセットアロケーション」には、十分な根拠のないものが多かったり、年金基金向けのようなアセットアロケーションの一例を流用しただけのものがあったり、無意味な制約条件がもっともらしくついていたりするケースが少なくない。

前回からご説明している「平均・分散アプローチ」は、実務界でもよく使われるポピュラーなフレームワークであり、個人向けの説明にも使われることがあるのだが、これを正しく使っていなかったり、適切な使い方が分からなかったりで、論理的な辻褄の合わない結果を伝えている資産運用の入門書が散見される。


リスク拒否度が変わるとどうなるか

まず、前回の資産配分の計算結果を再掲する(図1)。以下の計算例は、全て、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の2008年検証のリスク・データを使ったものだ。リスク計算の前提数字については、前回のレポート(「アセットアロケーションを計算する(上)」)をご参照いただきたい。

アセットアロケーションの計算

このアセットアロケーションは、標準偏差が10%に対して期待リターンを5%求めるアセットアロケーションが最適解になるような投資家にとって最適(この期待リターンを前提とした場合)になるような配分だ。

平均的な企業年金の運用などから考えると幾分保守的な運用方針であるかも知れない。

それでは、次に、期待リターン5%に対して7.07%のリスクが最適解になるような、先ほどよりはかなり保守的な投資家のアセットアロケーションを計算してみよう(→図2)。

アセットアロケーションの計算

今度は外国株式と国内株式の合計が23.79%というかなり臆病そうなポートフォリオになる。国内債券並みの期待リターン(今回の前提は1%)があると考える場合に、外国債券もわずかに入ってくるが、これは、国内株式との相関がマイナス(相関係数=-0.25)であることから、国内株式のリスクを相殺するような役割で配分に加わったものだろう。国内債券のリスクも嫌って、短期資金が30%以上組み入れられるなど、おとなしい資産配分だ。

とはいえ、日本の家計の資産選択を考えると(2007年末で株式は個人金融資産の11%弱だ)、これでもまだ、リスクに対して積極的な方の配分なのかも知れない。

次に、もう少しリスクに対して積極的になってみよう。

5%の期待リターンに対して14.14%のリスク(標準偏差で)が最適解になるようなリスク拒否度だとどうなるだろうか(→図3)。

アセットアロケーションの計算

今度は、内外の株式の合計が76%を超える、見るからに積極的なポートフォリオになる。外国債券はリスクの割に期待リターンが小さいので入ってこない。


ホーム・バイアスの仮定の無意味

ところで、リスクに対する態度が異なるいずれのケースでも、外国株式の方が国内株式よりも組み入れ比率が大きくなることについて、意外感を持つ読者がおられるかも知れない。

実は、年金基金などのアセットアロケーションでも、「国内株式の組み入れ比率>外国株式の組み入れ比率」という制約条件を設けて資産配分を考えることがある。

国内資産の方を外国資産よりも選好する傾向のことを「ホーム・バイアス」と称するが、これは意味があるのか。普通のリスク拒否度を前提に、国内株式>外国株式という制約条件をつけて、アセットアロケーションを計算してみよう(→図4)。


アセットアロケーションの計算

当然のことながら、最適化計算上、外国株式を多く組み入れようとするのだが、制約条件に阻まれて、20.52%までしか組み入れられない。その分、期待リターン上げるために国内株式が増えることになり、このリスクをある程度打ち消すために外国債券が入ってくる。

この(図4)の結果と、制約条件のない(図1)の結果はどちらがいいのだろうか。

「それは、考え方によって結論が変わる問題でしょう」と答えるとすれば、素人はごまかせるかも知れないが、論理的な辻褄が合わない。

二つの結果を評価するためには、そもそも、これらの最適化が、どんな価値評価基準によっていたのかを思い出すことが有益だ。

最適化される対象は、U=R―λσ2という効用関数(の最大化)だった。それぞれの計算結果に対して、この効用関数の値を計算してみると、二つの結果の優劣が分かる。

・(制約条件なし) U=3.1184-0.025×7.7822=1.6044
・(制約条件あり) U=3.0517-0.025×7.7302=1.5578

両者を比較すると、制約条件なしのケースの方が効用の値が大きいことが分かる。つまり、制約条件がない方が優れている。

それでは、なぜ「ホーム・バイアス」的な条件が使われることがあるのだろうか。

非合理的な人の胸中を推察することは難しいが、一つには、日本円のライアビリティ(負債)を見合いにした運用だからということだろうし、もう一つには、外国の資産に対する不案内な感じ、あるいはデータの信頼性に対する疑義を反映したものだということか。

しかし、そもそもの計算は全て円ベースで行われているから、運用が日本円のライアビリティであるということはホーム・バイアスの条件を採用する十分な理由にならない。外国株式の推定リスクである19.59%は、円ベースの基準に対して為替リスクも込みにして推定された値だ。

日本のインフレ率に対する相対的リスクといった要素を考える事は可能だが、その場合には、明示的にライアビリティを導入した枠組みを作って計算するか(アセットクラスを増やす形で計算は可能だ)、外国株式あるいは国内株式のリスク値を修正して計算を行うべきだろう。こうした修正は、現実問題として「鉛筆を舐めて決める」ような決め方になるだろうが、どの程度、鉛筆を舐めたのかが分かるようにして、計算を行うことには意味がある。

また、外国株式については、データの信頼性や、取引の不確実性に問題があるということなら、その不確実性がリターン(ないしはリスク)に換算してどれくらいのものか、ということを計算に反映させるべきだろう。

何のリスクないしはコストがどれくらい、ということを期待リターンにもリスクにも反映しないまま、ホーム・バイアス条件を適用するとすれば、その人は、何をリスクと捉えて、どのような価値判断をしているのか、要は根本から「分かっていない」のだと言わざるを得ない。

特に個人向けの資産配分の提案では、たとえば商品の売り手にとってマージンが大きくて利益を稼ぎやすい外国債券を配分案の中に含めたいといった下心があって、そもそも必要のない制約条件をもっともらしく導入するケースがあるようにも思う。

正直なところ、論理的な辻褄の合っていない、インチキとしか言いようのないアセットアロケーションを個人に勧めているケースが少なくない。注意して欲しい。






最終更新日  2009年03月06日 18時21分22秒
2008年09月19日
 (1)なぜリーマンブラザーズは救済されなかったか
 (2)投資銀行ビジネスモデルの弱点
 (3)ユニバーサルバンクは大丈夫なのか



 9月15日に米国のリーマンブラザーズが米破産法第11条を申請し、破綻した。相前後して、バンク・オブ・アメリカによるメリルリンチ買収の合意と保険大手AIGの経営危機が報じられた。これを受けて内外の株価が大幅な下落を演じるなど、混乱が発生し、本稿執筆時点でも収まっていない。

 昨年夏に本格的に表面化したサブプライム問題から引き続く一連の状況は、今後に対する示唆に富む多くの教訓を含んでいると思うが、今回は「投資銀行」という業態に焦点を当てて、気づいたことをいくつかメモ的に書いてみたい。

 今年に入って、ベアー・スターンズ(米国第5位)、リーマンブラザーズ(同第4位)、メリルリンチ(同3位。ブローカーとしては第1位)と投資銀行の大手の挫折が相次いで表面化した。ビジネスモデルとして見たときの米国型の投資銀行の限界が現れているのではないかというのが、本稿の問題意識の根底だ。


 (1)なぜリーマンブラザーズは救済されなかったか

 ベアー・スターンズ、AIGが救済されて、なぜリーマンブラザーズが公的資金で救済されなかったのかについて、一貫性がない、或いは影響が大きいのだから公的資金をリーマンに投入することをためらうべきでなかった、とする意見が散見される。9月17日朝刊の社説も6紙(全国紙4紙、日経、東京新聞)のうち4紙がそういった論調だった。

 しかし、(A)大原則は民間会社への税金投入はしない、しかし(B)金融システムに深刻な影響がある場合はこの限りにあらず、という原則で米当局は一貫しているように思う。

 ベアー・スターンズは問題表面化から深刻化が急で検討の時間がなく(B)のリスクが残ったし、AIGは金融取引の保証(CDS:クレジット・デフォルト・スワップ)の帳尻がこの会社に多額に集中していたので、同社の破綻が銀行システムに甚大な被害を与える可能性があった。推察するに、リーマンブラザーズに関してはゴールドマン・サックス出身のポールソン財務長官は、影響の限定性を見切ると共に、リーマンブラザーズのような会社を税金で救済することのモラル上の問題を熟知していたのだろう。彼は、リーマンについて公的資金の投入を考えたことは「一度もない」と言明した。

 たとえば、サブプライム問題の原因となった不動産関連の証券化ビジネスにあっても、リーマンブラザーズは大きなリスクを取ってビジネスを展開し、問題表面化までは、大いに稼いでいたはずだ。このビジネスの担当者も経営者も、そこから大きな成功報酬をボーナスなどの形で得ていたはずだ。これで、ビジネスが不調に陥った場合に政府に救済されるということなら、リスクの過剰な拡大を誘発してしまうだろう(いわゆる「モラル/ハザード」の問題だ)。


 (2)投資銀行ビジネスモデルの弱点

 リーマンブラザーズのような投資銀行のビジネスモデルでは、(1)市場から資金を調達し、(2)多くの場合レバレッジを掛けて、(3)リスク商品への投資/トレーディングを行う、というものだ。加えて、(4)トレーダーから経営者に至るまで、成功報酬のシステムで処遇されるので、彼らには、取れる限り最大限のリスクを取る経済合理的なインセンティブがある。

 成功報酬制度は経済的には「コール・オプション」なので、ボラティリティー、つまりリスクが大きいほど価値が上昇する。すなわち、投資銀行型のモデルにあって、リスクは可能な限り上限まで拡大する傾向がある。つまり、経営基盤のしっかりしている投資銀行は、その基盤が許す限り最大のリスクを取ろうとするので、投資銀行は大きくても、小さくても、一つの失敗で一気に危機に至る性質を持っている。

 従ってプレーヤー(担当者)レベルでも会社をごまかしてより大きなリスクを取りたいというインセンティブが働くし、経営者も成功報酬なので、会社が大きなリスクを取ることで自分の持っているオプションの価値が上がる。

 ここでリスクをごまかすための小道具が、リスク評価の難しい証券化商品のようなものを作り出す「金融工学」や、土地は値下がりしないとか、ネット企業は無限に成長するといった「○○神話」の類だ。

 金融工学やその産物であるデリバティブは建前上、リスクをヘッジし、制御する手段だということになっているが、使用者の利害を金融工学的に理解すると、これがむしろリスク拡大の手段に使われがちであることが、容易に理解できるはずだ。プレーヤーは資本家から、リスクの形で富を盗み出すのだ。リスクと価値が交換可能であることは、オプションの初歩が理解できれば分かることだ。

 「『個人』を制御することが難しくて、リスクが過大に拡大する傾向があること」が投資銀行ビジネスモデルの第一の弱点だ。

 加えて、成功報酬というオプションが行使される期間が1年で、将来大損をしても、過去の報酬を返さなくてもいい点にも、問題がある。将来の損失の可能性と引き替えに、1年だけ収益を膨らませることができると巨額の報酬が手に入る。しかも、多くの場合、利益の評価は在庫の時価評価に基づいて行われる。この場合、自分のトレードが価格を一時的に動かすことができれば、将来のリスクと引き替えに、1年分の好業績を手に入れることが出来る。ALM(アセット・ライアビリティー・マネジメント)風に言うと、株主の利益と社員個人(しばしば経営者も含まれる)の利害のセッティングに、期間のミスマッチが存在するのだ。

 この第一の弱点に関しては、かつてのゴールドマン・サックスのような基本的に無限責任のパートナーシップ制の経営体であれば、投資銀行のオーナーとプレーヤー(社員)の利害のミスマッチにある程度対処することができるだろう。

 しかし、大きな資本の必要性と株式によって調達した他人の資金を使うことのプレーヤー(経営者を含む)にとっての魅力もあってか、今や、大手投資銀行は株式を上場している。この形を取ることで、現代の投資銀行は、プレーヤーが資本家をカモにする舞台装置となった。

 また、特に米国型の投資銀行のビジネスモデルでは、市場から比較的短期の資金を大量に調達している。今回のリーマンブラザーズのように業績が悪化した場合や、市場からの信用が低下した場合には、直ぐに資金コストが上昇しやすいし、資金調達自体が難しくなる。これが、直接的には、今年に入ってから、全米3、4、5位の投資銀行が吸収されたり、消えたりした原因だ。

 投資銀行と比較すると、商業銀行は、預金という比較的安定的な資金源を持っている。

 たとえば、メリルリンチが大手商業銀行であるバンク・オブ・アメリカに吸収されると、投資銀行としてのメリルリンチは安定した資金供給源を得て一息つくことになるかも知れないが、さて、金融システムとしては、それでいいのだろうか、というのが次の問題だ。ギャンブラー達を銀行の金庫の中に呼び込んでも大丈夫なものなのだろうか?


 (3)ユニバーサルバンクは大丈夫なのか

 答えは明らかだ。大丈夫なはずがない。

 欧州の大手銀行には、投資銀行業務を併営するユニバーサルバンクが複数あるが、今回、サブプライム問題では、いくつかの銀行が巨額の損失を抱えた(まだ全てが表面化していないかも知れない)。

 こうした銀行の幾つかでは、トレーディングやリスク商品への投資といった投資銀行業務に、商業銀行本体やプライベートバンキングで築いたクレジットをいいように使われてしまっているのではなかろうか。

 リーマンブラザーズを経済倫理の原則通りに処置できるかどうかを決める際に問題となったのは、銀行システムへの影響の多寡だったはずだ。投資銀行という「限度(以上)までリスクを拡大する装置」を、マネーセンターバンクの中に取り込むということは、最悪の場合、金融システム全体が危機に晒されるようなリスクを取り込んだことになっているのではないだろうか。

 技術的・情報的に先端の分野を収益の源にすることが避けられない以上、投資銀行ビジネスで、プレーヤーの行動も含めたリスクを完全に制御することは不可能だ。

 サブプライム問題の深化に伴う世界的な金融業界再編では、投資銀行は商業銀行に吸収されるか、或いは投資銀行の側が金庫代わりの商業銀行を手に入れるかする公算が大きい。投資銀行の個々のプレーヤーにとっては、他人のお金で大きなリスクを取ることができて、稼いだ場合にボーナスを弾んでくれるなら、お金の出し手はだれでもいい。また、欧州の大手ユニバーサルバンクは、すでに自行内に十分にリスキーな規模の投資銀行部門を抱えている。

 こうした経営体の存在は、金融システムの根幹に、投資銀行的なリスク(限界を破って拡大しようとするリスク)を深く取り込んでしまったことを意味するのではないだろうか。

 日本の過去数十年の金融行政は、銀行を大切にして、銀行の収益源を強化し、日本にもユニバーサルバンク的な銀行を作り上げて、これを世界レベルで競争させようとしてきたように思われる。大手銀行は、いろいろな形で、今一つ様にならないながらも、証券業務を手掛けてきた。今のところ、世界の金融界に向かって、これが日本の投資銀行だと言えるようなものは完成していないが、これが完成することは、将来の金融システムにとっては恐ろしいことだろう。

 日本でも、世界でも、投資銀行的なリスクを銀行システムの根幹からどう隔離するかについて、真剣な検討が必要だろう。






最終更新日  2008年09月19日 20時54分32秒
2008年09月05日

(1)よく指摘される弱点
(2)「基準化」で失われる情報
(3)ファンド選択の系統的間違い


 クオンツ運用とは数量的な分析に基づく運用のことで、運用業界の慣用的な表現だ。通常、コンピューターで大量のデータを処理し、あらかじめ決められたプログラムに基づいてポートフォリオを動かすような運用を指す。俗に「システム運用」などと呼ばれることがある。データ処理が「数量的」であることと、運用が「プログラムされている」こととは、本質的には別々の性質だが、統計的に抽出した何らかの性質をそのまま運用に生かそうとするアプローチの性質上、両者が一致していることが多い。

 同時に統計的な性質をポートフォリオに反映させようとするアプローチの性質上、株式運用の場合、数十銘柄から数百銘柄に及ぶ銘柄数を保有することが多く、アプローチとしては機関投資家向け(年金運用、投資信託からヘッジファンドまで幅広く)の運用手法ということになるが、運用方法の長所・短所を考える上では、個人の運用の参考にもなるだろう。


 (1)よく指摘される弱点

 クオンツ運用の弱点としてよく指摘されるのは、(1)過去のデータに基づくので市場環境の変化に弱い、(2)運用ルールが硬直的、(3)真似されやすい、といった点だ。

 これらのうち、最も本質的な批判は(2)だろう。(1)と(2)は深く関連しているが、より本質的なのは(2)の方だと思う。過去のデータに基づいて運用に関する判断を行うとしても(残念ながら、未来のデータに基づくことは不可能だ)、たとえば2008年の4月時点では2008年3月までのデータを使って運用方法を考えればいいが、2008年の10月になる時点でも2008年4月に考えた運用方法を使っているとすると、2008年の4月から9月までの情報が運用に反映していないことになる。理屈上は、運用の方法全体も含めて、各時点時点で判断を行えばよく、過去の方法を将来にそのまま当てはめるのは怠慢だ。

 一方、面白いことに、運用業界の人も含めて、世間の人がクオンツ運用を褒めるポイントもここにあることが多く、「システム運用は、その時々の人間の相場観に影響されない点がよい」と讃えられることがしばしばある。確かに、その時々のムードに影響されて投資家が判断を誤ることはよくあるから、こう言いたくなる気分は分からなくもないが、本当は賢くない。プログラム化された運用は、いわば最初の時点で「こういう時には、こうするのがいい」という頑固な相場観が注入されているのであって、システム運用に相場観がないというのは誤りだ。

 真似されやすい、という点については確かにそういう側面もある。ただ、似たような観点で似たような銘柄が買われるという現象は、ファンダメンタルズに基づく運用でも普通にあることで、この場合は、アナリストやファンドマネジャーなど人間が判断に介在するので、真似に気づきにくいだけだ。クオンツ運用の場合、ポートフォリオをコントロールするプログラムを完全にコピーされると似た運用ができやすいだけに、真似の可能性が強調されることが多く、商売上は、何らかの有り難みのある「ブラックボックス」の存在を主張することが多い。

 ただ、料理で言えば、レシピを完全に公開しても作り手によって味の差があるように、ポートフォリオの運用も実際上の細かな手順まではプログラムに書き尽くせない場合が多く、運用者の立場から見ると、完全に同じ運用というのは、案外少ない筈だと思う。

 余談だが、年金運用のコンサルタントの運用会社に対するヒアリングなどに立ち会い、半可通のコンサルタントが運用の仕組みを根掘り葉掘り聞いた後で「この方法は他社にも真似できるのではないか。御社の独自性はどの部分にあるのか」などと質問するのを聞いて、「ろくに分かっていないくせに、質問だけは面倒だな」などと可笑しく思ったことがあったが、こういう相手にももっともらしく受け答えしなければならないのが年金運用の商売だ。手続きに納得すれば、どこかの運用機関を選んで推薦してくれるのだから、丁重に扱うに限る。


 (2)「基準化」で失われる情報

 さて、前記の(1)、(2)に関連して、クオンツ運用のよくあるアプローチに系統的な弱点が一つあるように思うので、以下に書いておく。
 端的に言って、データを加工する際の手順で重要な情報が失われているのではないかということだ。

 例としてバリュー運用を考えてみよう。最もシンプルに低PERのポートフォリオについて検証しようとすると、クオンツ運用の運用者は、典型的には以下のような手順を取る。

1. 過去のそれぞれの時点に関して銘柄毎のPERのデータを集める。
2. PERのデータを偏差値に基準化する(大まかに言うと、生データと母集団の平均の差を取ってこれをデータの標準偏差で割った数字に変換する)。
3. 偏差値に比例したアクティブ・リターンを個々の銘柄に与える。
4. アクティブ・リターンとアクティブ・リスクを最適化させるように(通常はオプティマイザーと呼ばれるプログラムを使って)ポートフォリオの最適化計算を各時点に対して行う。
5. 各時点の情報を使って最適化されたポートフォリオをつなげた場合の運用パフォーマンスを測定して、結果が よければ、「よし!」とつぶやく。
6. 実は、ここから後のいわば「チューニング」が現実的には重要なのだが、説明に関係ないので以下のプロセスは省略する。

 基準化とは、大まかにどんなイメージかというと、たとえばPER20倍が平均で、銘柄ごとのPERのバラツキの標準偏差が5 (倍)であった場合、PER15倍の銘柄については「+1.0(標準偏差)」のスコアを与えるのが基準化の作業だ。相対的に高くも安くもない銘柄のスコアは0.0になる。このように、データを標準偏差単位に基準化しておいて、1標準偏差= 2%といった調子でこれに比例したアクティブ・リターン(市場平均を上回るリターン)の期待値を与えてポートフォリオを作り、そのポートフォリオのパフォーマンスをテストするのだ。基準化の際に、データは「絶対値」と「バラツキの大きさ」を情報として失うのだ。

 これはちょうど、模擬試験の点数を偏差値に変換することによって、その年の受験生の絶対的レベルの情報が失われたり、点数のバラツキの大きさが調整されてやはり情報としては捨象されたりすることと似ている。模擬試験の場合は、その集団が本番の試験に臨んで、相対的な点数で勝負するので、偏差値をベースとした情報処理で受験戦略を考えても大きな問題がなさそうだが、ポートフォリオの運用ではどうなのか。


 (3)ファンド選択の系統的間違い

 ここで、運用会社が自社の運用の考え方を説明するときによく使う言い回しを思い出すと、彼らは、「価格の歪みが修整されるプロセスを利用して超過リターンを獲得する」というような言い方をする。これを、PERを基にしたバリュー運用に当てはめると、相対的にPERが低い銘柄のミス・プライシング(価格形成の誤り)が修整されるプロセスを利用してアクティブ・リターンを獲得することを目指す運用だ、ということになる。

 ただ、ここで、過去のデータのテストと今後の運用パフォーマンスの関係について考えると、過去にこの戦略の成績が よかったということは、たとえばPERの絶対的なバラツキが観測期間にあって縮小した結果だと考えることができる。

 データを基準化してしまうと、たとえばPERの平均が同じ20倍だった場合でも、一標準偏差が8(倍)だったのか4(倍)だったのかといったデータの性質が消えてしまう。仮に、一標準偏差が8倍から4倍に縮小するような変化が起こった場合、利益に大きな変動がなければ、運用者の考えの通りに「価格の歪みが縮小した」ことになるが、問題はこの価格修整が今後も継続しうるかどうかということだ。このケースの場合、PERの相対的格差が縮小しすぎたか、縮小しすぎになっていないまでも今後の修整のポテンシャルをあらかた使い尽くしてしまった状況である可能性が大きい。

 また、平均値についても、たとえば市場の平均PERが40倍の時の低PER効果と、17倍の時の低PER効果では、効果が異なる可能性が大いに考え得る。

 こうした問題が繰り返し頻繁に起こっていると思われるのは、ヘッジファンドの選択だ。ヘッジファンドを選択する場合、「トラックレコード」と称する、直近過去の運用成績を見て、これが優れているものを採用する傾向が強いが、こうしたファンド選択を行うことで、「ポテンシャルを使い尽くした残り滓」のようなファンドを選んでいる可能性が大きい。

 運用の舞台裏を考えると、トラックレコードが「運用の腕」を表しているのだと素朴に信じてはいけない場合が多い筈だ。そもそも成功報酬の条件(特にヘッジファンドの場合、運用者側が有利だ)で資金をヘッジファンドに預けること自体がファイナンス的意思決定としてはあまり利口でない場合が多いのだが、ファンドの選択でも自分勝手な解釈で間違いを犯すことが多いようだ。こうした間違いは、大なり小なりレバレッジが掛かっていない通常の投資信託の評価にも当てはまることがあるので、個人投資家も注意が要る。

 クオンツ運用の話に戻ると、基準化したデータで過去を調べることと共に、生データの平均と標準偏差自体の変化を調べることが重要だろうということだ。典型的なクオンツ運用のプロセスや株式ポートフォリオをコントロールするマルチ・ファクター・モデルと呼ばれるソフトウェアなどのデータ処理から見て、この点が盲点になっている可能性は小さくないと思う。

 もちろん、この現象はコンピューターによる数量分析に頼らない場合にも重要だから、個人投資家も、たとえば割安・割高ということを考える場合に、注目した尺度の絶対値やそのバラツキにも注目するといいだろう。






最終更新日  2008年09月05日 15時48分21秒
2008年08月15日
(3)マクロ経済環境や金融環境

 日銀のコラムだから、当然、マクロ経済と金融環境に対する言及がある。「マクロ経済環境や金融環境も、こうした市場参加者の投資行動に重要な影響を与え得る。例えば、先進国では、実質経済成長率が高くインフレ率が低い時期に、株式ブームが発生する傾向が指摘されている」とある(セントルイス連銀の研究の紹介だ)。

 低金利の下では、生命保険やヘッジファンドなどが、逆鞘の解消や運用収入の確保を目指して、リスクテイク行動を強める、との指摘もある。

 次に、高い実質成長率と低いインフレ率が長期間にわたって併存してくれるのは、さて、いったい何時のことになるだろうか。もちろん、日銀の現在及び将来の金融政策も大いに関係する。


(4)バブル崩壊!(情報の非対称性の顕在化と流動性低下)

 バブルの崩壊に関する日銀コラムの記述は次のようなものだ。

 「このように、銀行や市場参加者のリスクテイク行動が前傾化し、それが自律的に増幅されていくと、バランスシートにリスクを過小評価した資産が積み上がり、金融システムに不均衡が蓄積される、そして、金利上昇や資産価格の下落などをきっかけに、不均衡は急速に巻き戻されていく」。

 また、この巻き戻しの過程では、「金融取引に内在する情報の非対称性や運用・調達期間のミスマッチに関する問題が顕在化し、混乱が増幅される」とある。

 それが「いつ」なのかが分からないことが難しい点だが、不均衡が蓄積されると、小さなきっかけで、日銀が言うところの「巻き戻し」が始まる。「巻き戻し」と一言で言うと簡単だが、市場関係者にとっては、ここからが痛みの始まりだ。

 そして、投資家がリスクの過小評価に気づいても、直ちにリスクの正しい評価に辿り着けるわけではなく、情報の非対称性の存在は、逆方向に極端な評価にもつながりうるし、気づいていなかったリスクの存在と情報の不在の認識が急に拡がることによって、金融市場に混乱が起こる。上昇相場では、市場参加者にリスクを見せずに済ませることに役立った情報の非対称性は、下落相場では、どこが底になるのかが見えない恐怖を増幅する役割を演じるようになる。

 また、リスク縮小の最も手っ取り早い方法は資産の売却だが、これによって資産価格が下落すると、値洗いによるデレバレッジ(レバレッジの巻き戻し)を誘発するとの指摘もされている。さりとて、値洗いが悪いのではなく、それまでの行動の結果を引き受けているにすぎない。

 加えて、資産の売却が思うように進まないと、金融機関は流動性の問題に直面して、対象資産以外の資産も売却対象とするようになって、資産価格の下落が他の商品にも拡がって行く。サブプライム問題でも、金融機関が市場の流動性不足で売るに売れない証券化商品を抱えたために、資金繰りに苦しみ、これまで問題がなかった資産まで売るようになって、危機が波及した。こうした過程について、「金融市場レポート」7月号は、かなり詳細に分析しているので、興味のある方は一読されるといい。

 日銀の「金融市場レポート」7月号のコラムは次のように結ばれている。「金融市場での取引が停滞すると、市場流動性が低下し、そのことが銀行や市場参加者の資金流動性の低下を加速させることで、市場環境はスパイラル的に悪化し、金融混乱の様相が深まることになる」

 現在、米国の金融市場が直面している問題の構造は、要約するとこういうことなのだ。

<< その1へ






最終更新日  2008年08月18日 14時27分40秒
 昨年の夏から本格的に顕在化した米国の「サブプライム問題」は、その後丸1年が経過したが、まだ沈静化の兆しがない。プライム層向けの住宅ローンの焦げ付き発生や、消費者信用に関わるデフォルトの発生や関連損失の計上など、サブプライム・ローン関連にとどまらない問題の拡がりを見せている。

 サブプライム問題の背景には、米国の住宅及び住宅金融ビジネスのバブル的な拡大とその崩壊があったことは衆目の一致するところだろう。在任中のグリーンスパンFRB議長は、米国の住宅市場について「バブル」という言葉を使うことを慎重に避けて、「フロス」(細かな泡のこと)という単語を使ったりもしたが、今や、規模が大きくてたちの悪いバブルが存在したことについて反対する人はほとんどいないだろう。ヘッジファンドの破綻や金融機関の行き詰まり、巨額損失、景気減速といった悪いニュースを、金融緩和、減税、証券会社や住宅金融機関に対する救済策の発表などで対症療法的に緩和しつつも、事態はまだよくなって来ない。諸々の要素が既に市場には織り込まれているとしても、差し引きすると、今後も米国の住宅価格が下落するだろうという重苦しさが残っている。

 サブプライム問題は、何といっても、その規模が大きく、世界経済の需要と信用拡大を牽引する米国で起こったので、影響範囲が広い。しかし、構造的に、特別に新しい問題ではないように思われる。典型的なバブルの発生とその崩壊だ。

 本稿では、日本銀行の2008年7月の「金融市場レポート」の12ページ以下の囲みコラム「金融不均衡の蓄積と混乱発生のメカニズム:先行研究に基づく整理」を参考にしながら、バブルが発生するメカニズムと、その崩壊過程での影響の伝播について、一般論として整理してみたい。このコラムは3ページほどの小文ながら、ポイントを突いた的確な整理だと思う。このコラム以外にも「金融市場レポート」の7月号は優れた分析を提供しているので、勉強熱心な投資家には、一読をお勧めする。


(1)きっかけとしての金融技術革新や規制緩和

 大まかに「バブル」と我々が呼ぶ金融市場の現象について、日銀流には「金融不均衡の蓄積」ともっと上品に呼ぶらしい。

 さて、ご紹介するコラムでは、「クレジット・ブームの起点の一つは、金融分野における技術革新や規制緩和である」とバブルのきっかけが説明されている(下線は原文。以下全て同じ)。経験的に振り返ってみるに、この認識は正鵠を射ていると思う。過去20年くらいの間に頻繁に起こった大小のバブルでは、確かに新しい金融技術や制度の影響があったように思う。

 たとえば、日本の投資家にとっては、80年代後半の株式市場のバブルが忘れられないところだが、この時にも当時としては重要な技術革新があった。それは、特定金銭信託によって企業が簿価分離をした株式運用が出来るシステム、あるいは信託銀行が提供したファンドトラスト(顧客の資金を預かって信託銀行が一任運用する)という商品が登場して、個人ばかりでなく、企業が株式市場での運用に走ったことだった。特定金銭信託で証券会社がアドバイスをする(実質的には一任運用に近かったが)ものや(通称「営業特金」)、ファンドトラストでは、俗に「握り」と称せられた利回り保証が慣行となっていて(当時から違法であったが、こうした慣行はあった)、投資家顧客の側が、この運用には損失のリスクがない、とリスクを誤認した(結果的に多数の利回り保証が履行されなかった)結果、大量の法人資金が「財テク」(「財務テクノロジー」の短縮語)の掛け声の下に株式市場に流入して株価を押し上げた。

 大小のバブル及びその崩壊に関連する金融技術を思いつくままに挙げてみると、以下の表のようなリストができあがった。

(表)バブルと新しい金融技術
バブル或いはその崩壊(通称)新しい金融技術或いは制度
ブラックマンデー(1987年)ポートフォリオ・インシュランス
日本の株式バブル(1980年代後半)特定金銭信託、ファンドトラスト、「握り」
LTCMショック(1998年)ヘッジファンド(レバレッジ)
米ネット株バブル(1999年~2000年)ネット企業の株式
日本の新興市場バブル(~2006年)M&Aブーム、IPO神話
米国不動産バブル(2000年代~現在)住宅ローン証券化商品
日本の不動産ミニバブル(~2007年)投資ファンド、REIT(不動産投資信託)
商品バブル?(~現在)商品指数連動ファンド


 これらの中には、ネット企業の株式のように、金融技術的には普通の株式なので、厳密には「新しい金融技術」と呼びにくいものもあるが、無限に近い成長イメージで数百倍のPERで株を買わせたストーリーは、プライシングの難しい新しい金融商品を生んだわけだから、実質的には新しい金融商品の誕生だったと整理していいだろう。

 「ホンネの投資教室」の79回目でご紹介したリチャード・ブックステイバーの「市場リスク暴落は必然か」(遠藤真美訳、日経BP社)でも説明されているが、バブルは、単純な景気の循環や、実物的なショックから起こるものというよりは、新しい金融的複雑性が新たな収益機会とリスクの誤認がきっかけとなって、ブームが起こり、やがて次のステージに進むケースが殆どだ。


(2)リスクテイク行動の前傾化

 日銀のレポートのコラムに戻ると、「技術革新や規制緩和による新たな収益機会のもとで、銀行や市場参加者のリスクテイク行動が前傾化すると、金融市場内部に、あるいは金融市場と実体経済の間に、正のフィードバックが作用し、金融取引の拡大が増幅されてゆく」とある。

 この過程では、金融機関の資産の時価評価が収益を生むと共に、担保価値の上昇や、リスクテイク能力の拡大をもたらす。こうして生じた信用拡大は、実体経済にもプラスのフィードバックをもたらすことが多いので、ブームは一段と本格化する。

 原文に下線が引いてある「リスクテイク行動の前傾化」とは、再び上品な言い回しだが、銀行でいうと、儲かっている分野に対する貸し出し競争が起こるし、投資銀行(要は証券会社)なら、自己資金での投資にも傾斜する、といった状況だ。

 この過程に関して、日銀のコラムが十分分析できていない点があるとすると、それは、金融市場のプレーヤーのインセンティブと制御に関わるエージェンシー関係とそのコストだろう。

 たとえば、ヘッジファンドのファンドマネージャーは、自分が属する会社やそのグループのために総合的に考えられたリスク管理の下に収益を追求するのではなくて、成功報酬ボーナスなどによる、自分の利益を最大化するのだ。もう少し詳しくいうと、成功報酬は一種のコール・オプションだから、ファンドマネージャーは自分のファンドのボラティリティーを極大化することで、このオプションの価値を最大化できる。加えて、成功報酬は1年単位で、いったん取ってしまえばこれを返還することはない。更にいえば、毎年ファンドを解散して利益を実現するわけではないので、ファンド資産の「時価評価」に基づいて1年の利益を評価してパフォーマンスを確定してしまうと、「勝ち逃げ」が可能になる。

 ここまで極端でなくとも、住宅ローンのセールスマンも、モーゲージ商品の組成者もトレーダーも、あるいは格付け会社のアナリストや経営者までが、こうしたインセンティブ・システムの下で個人の利益を極大化する行動を取っている。

 一方、それぞれの業務には専門性や情報の非対称性があるから、株主から見た経営者、経営者から見たトレーダーやセールスマンといった、エージェンシー関係にあるエージェント(代理人)がプリンシパル(雇い主)の利益のために動くかどうかは、極めて心許ない状況だ。加えて、ブームのただ中にあっては、トレーダーやセールスマンを管理すべき経営者も自らの成功報酬追求に血眼だし、場合によっては、株主も同様だ。ただ、エージェンシー関係の階層が追加されるたびに、制御が甘くなっていくことは否めない。

 バブルの背景には、新しい金融技術があるというのはその通りだと思うが、ブームが生じてバブルに至る過程の中では、個人の行動を制御し切れない組織の問題、つまり、人的なミス・マネジメントが必ずあるように思える。

 日銀のコラムは「市場参加者のリスクテイクは、リスク認識の限界から、過度に進む可能性がある」と続くが、これは、金融機関や金融システムあるいは、集団としての投資家といった単位で見ると、市場に参加する主体がリスクを正しく認識できていないように見えるかも知れないが、個々のプレーヤーの単位まで分解してみると、必ずしも全員が「リスク認識」を誤っている訳ではない。

 敢えてもう一歩踏み込むと、こうした「リスク認識の限界」に見える状況を作り出すところに、新しい金融技術の役割がある。

 もちろん、ただ一人の金融マンがバブルの設計図を描いてこれを実現するわけではなく、金融業界が集団的に機能してそれぞれの役割を果たしながら、バブルを作っていくわけだが、「新しいアイデアでブームを起こし、これをバブルにして稼ぐ」という過程は、成功報酬型のインセンティブ・システムを持つ金融マンたちの一種の集団的ビジネス・モデルとして、パターン化されつつあると見ていいのではないだろうか。

 日銀のコラムは、ブームの中期の平穏な状態が続くときに、市場参加者が、金融危機が発生するかも知れないという認識を極端に低下させることや、「緩んだリスク評価が、投資家の群衆行動によって、見過ごされる傾向がある」と指摘している。この時期は、金融マンにとっての書き入れ時になる。

 コラムがさらに指摘するように、「競争相手が資産価格上昇の波に乗って高収益をあげているときに、自分ばかりが低収益ではいられない」という心理も働く。この心理は、特に、日本の競争状況の機微をよく表していると思う。日本の金融マンは、通常、ウォール街の金融マンほど強烈なインセンティブ・システムに晒されているわけではないが、企業単位の競争状況は、彼らに対する強力なインセンティブとして作用する。

その2へ






最終更新日  2008年08月18日 14時25分49秒
2008年08月01日
■第一話 ピーター・リンチの15分
 ■第二話 1500兆の1%のリターンの源泉
 ■第三話 名目GDP下方修正の衝撃



今回は株価とマクロ経済の関係について、筆者の頭に浮かぶ話を三つご紹介する。


 ■第一話 ピーター・リンチの15分

 運用会社では、マクロ経済を話題にすることが多い。先ず、社内の運用方針に関する会議はマクロ経済の現状分析と見通しから議論が展開されることが多く、運用会社内のエコノミストばかりでなく、運用に関係する社員の大半がマクロ経済の話題に参加することが多い。また、顧客に対して、運用方針や、運用の結果について説明(あるいは「言い訳」)するときにも、マクロの経済環境から話を始めるのが定石だ。

 経済に対する大まかな把握や見通しがあって、これを前提としてアセット・アロケーション(資産配分)を行ったり、ポートフォリオの大まかな運用方針(株式なら業種のウェイトなど)を決めたりするのではないか、というのが、顧客から見た、運用会社の仕事のイメージだろう。もちろん、そのような手順で実際に仕事をしている運用会社は、少なくないのだが、率直に言って、マクロ経済の分析から運用戦略を立てるやり方は上手くいかないことが多い。

なぜだろうか。たぶん、理由は複数ある。

 一つには、マクロの見通し自体の難しさだ。たとえば、GDPの成長率見通しを大まかに何パーセントといった見当をつけることはそれほど難しくないが、これは誰でもできる。ここで有効な差をつけるためには、コンマ何パーセントといった単位でより正確に予測ができなければならないのだが、こうなると急に難しい。

 ここで、GDPに対して株価はどうなるという決定に関して実用になる精度のモデルがあるといいのだが、そのような都合のいいものに辿り着くことはほぼ絶望的だ。

 その理由というか事情は、以下のようなものだ。先ず、GDPの値が株価にとって重要だとしても、自分たちなりの予測が得られたとしても、これが他の市場参加者の予想に対してどのような位置づけにあるのかということを知らなければならない筈だ。そして、より望ましくは、他人の予測がどの程度現在の株価に反映しているのか、ということが分からなければ、自分たちの予測を、戦略としてどう生かしたらいいのかが決められない。GDPの予測そのものに始まって、インプットにこれだけとらえ所のない曖昧なものがあるのでは、厳密なアウトプットが得られるはずがない。加えて、株価に影響するのは、明らかにGDPだけではないから、仮にGDP成長率が当初の予測よりも0.5%増加するといっても、その他の条件によって、株価はプラスにもマイナスにも変化する。

 結局、運用戦略の立案、言い換えると運用競争の勝ち負けにあって、マクロの経済分析は「実用上役に立たない」のだ。

 この辺りの事情を考えるときに、筆者がいつも思い出すのは、確かジョン・トレイン(運用者を取材した著作が多いライター)のインタビューに答えたものだったと記憶しているが、フィデリティ社のマゼラン・ファンドの初代ファンドマネジャーとして有名なピーター・リンチ氏の台詞だ。彼は、マクロ経済や株式市場全体の上下について考えるかという質問に対して、「イエス。ただし、一年間にせいぜい15分くらいだけれども」と答えたという。彼は企業の分析に集中した。

 これは、彼のお気に入りの回答だったらしい。なかなか気の利いた答えだと、筆者も思う。では、それでも、運用会社が延々と会議でマクロ経済の話をするのはなぜだろうか。

たぶん理由が二つある。

 一つには、社内の誰でも何か意見が言えて、話をすること自体に何となく有難味があるマクロ経済の話が運用会社にとって適当だということだろう。もう一つは、もっとはっきりしていて、それは、顧客を煙に巻くのに(或いは、運用の言い訳をする際に)、誰もが関心を持っていて、何とでも言えるマクロ経済がちょうどいい話題だからだ。


 ■第二話1500兆の1%のリターンの源泉

 「貯蓄から、投資へ」。たぶん20年間以上聞いて、もう聞き飽きたキャッチフレーズだが、筆者は証券会社に勤めているのだし、その趣旨に反対はするまい。しかし、これを推進しようとする人達の話の中には、聞くに堪えないものがある。

たとえば以下のような感じだ。

 「皆さんいいですか、日本には、1500兆円もの個人金融資産があります。この資産の運用で、もう少しリスクを取って、仮に平均1%のリターン改善が得られたとすると、年間15兆円ものお金になります。15兆円というと、GDPの約3%ですから、日本人が運用を改善するだけで、成長率で3%分も豊かになることができるのです。・・・・」

読者は、この話のおかしさが直ぐにお分かりになっただろうか。

 これは簡単な話で、15兆円の追加的な収益がどこから生じるのかを考えると直ぐに分かる。仮に、国内の株式でリスクを取るのだとすれば、15兆円追加で儲けるためには、大まかに言って日本の企業が純利益で「GDPの3%もの」利益を追加的に毎年稼ぎ出さなければならないのだ。これは簡単ではない。

 投資先を海外にすると、事情は少し複雑になるが、投資に向かっている資金は日本人のものだけではないし、「日本のGDPの3%分」に相当する利益を新たに見つけて自分たちだけのものにしなければならない。

 リスクを取ると、どこからともなくリターンが湧き出てくると思っているおめでたい人が、たぶん、日本も政府ファンド(日本版SWF)を作ったらいい、などと言うのだろう。

 ちなみに、日本版SWFの根本的おかしさは、運用できる資金があるなら、これは国民に返す方がいいということだ。「民間でできることは、民間で」が、かの構造改革のキャッチフレーズだったが、資金の運用こそ「民間でできること」の代表だ。


 ■第三話 名目GDP下方修正の衝撃

 第一話でも書いたように、マクロ経済と運用戦略を適切に結びつけることは絶望的に難しい。しかし、「事後的に」マクロ経済と株式市場の間に成立している関係がないわけではない。特に、近年の日本株は、景気敏感の側面が強く出ている。

 そう考えると、衝撃的だったのは、先般(7月23日)に内閣府が発表した、2008年度のGDP成長率予想の改定値だった。

 2008年度について、これまでの予測は、実質成長率が2.0%で名目成長率は2.1%であった。GDPの「名実逆転」の解消を予想していたわけだ。

 しかし、今回発表された改定値を見ると、実質成長率が1.3%に対して、名目成長率は0.3%にすぎない。GDPデフレーター、つまり日本の付加価値生産ウェイトで計算した物価は、まだまだデフレなのだ。

 しかも、輸入物価は対前年比10数%、企業物価も5%前後の上昇と、企業の仕入れコストの方だけが急にインフレだ。

 生産者にとっては、売値がデフレで、仕入れがインフレという「最悪の組み合わせ」で、目下利益が圧迫されている。こうした状況を見ると、さすがに、株価に対して弱気に傾きそうになるが、さて、どうか。

 しかし、ここで踏みとどまって考え直すと、現状は、(1)企業にとって「最悪」で且つこれは新しく生じた事態なので株価は「売り」、なのか、或いは、(2)「最悪」の状況で形成されている株価が現在の株価なのだからむしろこれは「買い」なのか、相変わらず難しいことに気づく。

 敢えて、結論は出さない(実は、出したくても、出ない!)。どうすればいいのかは、読者自身にお考え頂こう。






最終更新日  2010年05月31日 15時44分12秒
2008年07月04日
(1)リスク拒否度の推定
(2)アクティブ・リスクとシステマティック・リスク

 前回は、インデックス・ファンドを評価する上で見ておきたいポイントとして、ファンドのリターンのベンチマーク・リターンからのブレを表す「実績トラッキングエラー」、それからそのブレの傾向性(通常はマイナス側にバイアスを持つ)を年率のリターンとして観測する「バイアス・リターン」の二点は少なくとも見ておきたい、と申し上げた。

 次に、バイアス・リターンと実績トラッキングエラーを合わせて総合的な評価を行いたいが、アクティブ・ファンドの評価でよく使われるインフォメーション・レシオ(両者の比だ)は、バイアス・リターンがマイナスに傾きやすく、加えて、プラスにすることを求めていないインデックス・ファンド評価には不適当だという点を指摘した(注:実は、アクティブ・ファンドの評価にもインフォメーション・レシオでは不十分だ)。そこで、効用関数型の評価を行いたいが、リターンとリスクの評価を媒介する「リスク拒否度」をどう決めたらいいかが、今回取り上げる問題となる。


(1)リスク拒否度の推定

 効用関数型の関数形は一通りではないが、最も単純でよく使われるのは、
U=r-λσ2
(Uは効用、rはリターン、λはリスク拒否度、σは標準偏差で測ったリスク)という形だ。

 ポートフォリオの最適化計算をするオプティマイザーなども、大体この形の効用関数を持っている事が多い。

 インデックス・ファンドの運用を評価する場合に、ベンチマークそのもののリターンは運用者のスキルに無関係なので、rはバイアス・リターンであっていいだろうし、σは明らかに実績トラッキングエラーであってよい。結果的に同じくらいの下ブレを持っているインデックス・ファンドであっても、ベンチマーク・リターンからのブレが小さい方が好ましいと評価することになる。

 問題はλ(ラムダ)だ。これは、リスクに対して評価上のペナルティーを与える重要なパラメーターだが、これをどう決めるか。

 原理的には、λは投資家の主観的な評価だから、投資家が勝手に決めていい。しかし、インデックス・ファンドの評価サービスを他人に向けて行う場合には、λの決め方に何らかの根拠と説明が必要だ。筆者の思うに、その方法は複数ある。

 まず、多くの投資家のインデックス・ファンドのリターンのベンチマーク・リターンからのブレに関するリスク拒否度(λ)を直接調査できれば、平均を求めてある種の「コンセンサスλ」とすることが可能だろうが、残念ながら、この意味でのλに対して意識的な投資家は少ないだろうし、アセット・アロケーションのように間接的な形でλを推定させてくれるような意思決定をサンプル採取できるわけでもなさそうだ。方法としては分かりやすいが、今一つ現実的でない。

 もう一つ考えられる方法は、投資家がマーケット・ポートフォリオに対して抱いている期待リターンと推定リスクからλを逆算するやり方だ。

 例えば、投資家は最適なポートフォリオ選択にあってリスクに対してどれだけの超過リターンを取りうるか既知であるとして、r=I・σ(Iは正の定数)としよう。この場合rはリスクフリー資産のリターンに追加される超過リターンとする。この関係に基づいて、投資家はU= Iσ-λσ2を最大化するようにσの大きさを選択していると考える。最適点においては、σで微分して、一階の条件から、U’=I-2λσ=0であり、λ= I/2σとなる。ここで、左の式に、I=r/σという関係を代入すると、λ=r/2σ2と求めることが出来る。

 ここで、リスク資産の最適ポートフォリオとしての「マーケット・ポートフォリオ」に何を採用し、その期待超過リターンと推定リスクに何を持ってくるかという問題があるが、例えば、理論上のマーケット・ポートフォリオにはTOPIXやS&P500よりもMSCI-Worldのような指数の方が近いだろうから、こうしたものの、リターンとリスクを計測する方法が考えられる。

 ただし、経験的に言って、過去のリスクを将来の推定リスクに代用することについてはあまり大きな反対はないが、過去の一定時期のリターンをそのまま投資家の期待超過リターンとすることには大きな問題がある。こちらは、機関投資家のアセット・アロケーションから推定するなり、何らかのコンセンサス調査を参照して、与える方がいいだろう。

 λの具体的な値を確定することまで本稿で目指している訳ではないので、概略の数字のイメージを掴むとすると、例えば、超過リターンの数字が6%で、標準偏差が20%なら、λの値は6÷(20×20×2)=0.0075となる。

 ただし、これはMSCIに代表されるようなリスク資産を100%持つ人の推定λということになる。計算過程は省略するが、アセット・アロケーションとしてリスク資産をa(0<a<1)だけ持つ人のλは先ほど求めた数字をaで割った大きさになるで、たとえば、典型的なアセット・アロケーションを「リスク資産=50%」と決めると、インデックス・ファンドのベンチマーク乖離リスクを評価する際のリスク拒否度は0.015ということになる。「リスク資産=25%」なら、0.03だ。

 λ=0.03なら、年率リターンに換算すると、たとえばトラッキングエラーが1%のファンドは3ベイシスポイント、2%のファンドは12ベイシスポイント減点される。ファンド評価上は、信託報酬が上がるのと同じだ。リスクに対するペナルティーとして、これが大きいかどうかを考えることになる。


(2)アクティブ・リスクとシステマティック・リスク

 ところで、先のリスクに関する評価では、CAPM(資本資産価格モデル)でいうところの、システマティック・リスクと単なる残差リスクであるところのアクティブ・リスクが区別されていない。

 CAPM的には、完璧な分散投資を行っても消すことのできないシステマティック・リスクは追加的な期待リターンで補償されうる本来の投資リスクであり、残差のリスクは追加的なリターンが期待できない純粋に余計なリスクだ。

 CAPMの結論をどれだけ尊重するかという問題はあるが(注:筆者は、ほとんど信用していない)、ベンチマークのリスクと、ベンチマークからの乖離のリスクに対する投資家の主観的評価が異なる、ということがあってもおかしくない。

 例えば、クオンツ運用を行う場合に、アクティブ・リスクに対するペナルティーをどの程度に設定してポートフォリオの最適化計算を行うかというと、その効果は前提条件により変化するが、たとえばλ=0.05くらいの数字でポートフォリオを作ってバックテストを行う場合が経験的には多い。

 インデックス・ファンドのトラッキングエラーを評価するに当たって、ベンチマークのリスク及びアセット・アロケーションとの関係が解釈できるように関連づけて置くことが望ましいと思うが、たとえば、トラッキングエラーに関しては、ベンチマーク・リスクの2倍(「2」という数字に特別な根拠はない)くらいで評価するという考え方もあっていいだろう。

 具体的なλの数字については、「たとえば、こうしたらどうか」という個人的な考えは筆者にもあるが、今回は、考える枠組みをご説明するにとどめる。ご興味のある方は、ご自身で考えてみていただきたい。

 今回は、インデックス・ファンドの総合的な評価に関する尺度の考え方のフレームワークを説明した。次回は、インデックス・ファンドの評価に関する、その他の検討ポイントをETF(上場型投資信託)の場合も含めてご説明しよう。






最終更新日  2008年07月07日 15時18分53秒
2008年06月23日

(1)トラッキング・エラー実績だけでいいか?
(2)バイアス・リターンの評価

 インデックス・ファンドにも運用成績評価の必要性が存在する。アクティブ・ファンドの運用と較べるとベンチマークに対する勝ち負けは小さいが、全く ないわけではないし、それが安定的なものも、そうでないものもある。

 通常の投資信託を選ぶ場合も、ETFを選ぶ場合も、過去の運用評価を、ファンド選択に反映させる必要があるだろう。ところが、インデックス・ファンドの運用評価をどうしたらいいのかについては、投資の教科書や解説書にもはっきりした記載がないことが多いし、筆者の知る限り、満足の行く「定説」がない。

 今回から何度かに分けて、投資家のファンド選択を意識しつつ、インデックス・ファンドの運用評価を中心とした、評価の方法を考えてみたい。

 
 (1)トラッキング・エラー実績だけでいいか?

 インデックス・ファンドの評価について「インデックス・ファンドの場合は、ベンチマークとの連動性だけ評価すればいいのだから、運用評価は簡単だ」という意見を聞くことがある。

 ファンドとの連動性を評価するということなら、評価尺度として分かりやすいものは、「実績トラッキング・エラー」だろう。算術的には、ファンドのリターンとベンチマークのリターンの差の標準偏差だ。サンプルの大きさを考えると、最低3年くらいのデータが欲しいところだが、たとえば、過去2年のデータが全く無意味ということは ないので、この辺は柔軟に考えたい。

 トラッキング・エラーは、ベンチマークに対するファンドのリターンの相対的ブレの大きさを「(年率)0.5%」といった調子で、リターンと同じ単位で比較しているので、直観的に分かりやすい。インデックス・ファンドの運用を評価する際には、何はともあれ見てみたい数字の一つではある。

 ただし、例えば、トラッキング・エラーが1%のファンドAと2%のファンドBがあった場合、この点に関する評価の順位はファンドAがファンドBに勝るという理解でいいが、「ファンドBはファンドAの2倍ダメなのか?」といった尺度にまで踏み込むと、例えば、典型的な効用関数(U=r-λσ^2)を考えると、ファンドBのトラッキング・エラーはファンドAの「4倍悪い」という評価をする方が妥当だろう。

 もっと大きな問題は、インデックス・ファンドのリターンに傾向性(残念ながら、多くの場合はマイナスの)があることだ。ファンドのベンチマークに対する相対的なリターンがゼロだということなら、先の意見のように、インデックス・ファンドはトラッキング・エラーで連動性だけを評価すればいいが、現実の投資を考えると、ファンドのリターン(特にベンチマークに対する相対リターン)を評価に加味する必要があるだろう。

 
 (2)バイアス・リターンの評価

 たとえば、筆者の手元にある、S&P500に連動するあるETFのデータの場合、過去1年間のリターンは対ベンチマークで+0.02%だが、過去3年間の累積では-0.34%負けており、過去5年間では-1.45%になる。さらに期間を長くとると、マイナス幅は拡大する傾向がある。実績のトラッキング・エラーは1.1%(標準偏差、年率)程度だ。

 インデックス・ファンドといえども、資金の出入りに伴って売買にコストは掛かるし、配当再投資のコストもある。また、運用方法がベンチマークの全銘柄を同ウェイトで組み込む完全法ではない場合に、ベンチマークからのズレがある程度出来るのは致し方ないし、傾向としてこれがマイナスになりやすいのも仕方がない。

 インデックス・ファンドの場合、ベンチマークとのリターンの差を指す用語は、通常は「アクティブ・リターン」なのだろうが、アクティブ運用を目指していないインデックス・ファンドの場合、この用語はもう一つピンと来ない。今後、もっといいネーミングを思いついたら変更するつもりだが、ベンチマークに対するバイアス(歪みの傾向性)をリターンで表したものなので、ここでは「バイアス・リターン」と呼ぶことにする。

 なお、指標化は簡単ではないだろうが、バイアス・リターンの正負が一定の傾向で出ているのか、ランダムに出ているのかといったことも、インデックス・ファンドの運用を評価する場合には見ておきたい。

 バイアス・リターンはマイナスのことが多いが、どの程度の大きさのマイナスなのか、マイナスの出方は安定しているのか、マイナスの原因が何なのかという点を検討しなければならない。

 また、バイアス・リターンがプラスの場合にこれを肯定的に評価していいのか、という問題もある。バイアス・リターンをマイナスにしていないのは立派だといえるが、意図的に獲得したプラスのリターンではないので、これをプラス評価に加味するというのは、抵抗感があるし、たぶん適切ではないだろう。

 アクティブ運用を評価する際に使われる代表的な指標はインフォメーション・レシオだ。これは、アクティブ・リターンをアクティブ・リスク(実績トラッキング・エラーを使うことが多い)で割り算して求めるもので、アクティブ・リスク1単位あたり幾らのアクティブ・リターンを稼いだかを求めるものだ。考え方は、シャープ・レシオに近く、シャープ・レシオはベンチマークをリスク・フリー資産とした時のインフォメーション・レシオだと考えておくと分かりやすい。

 ところが、インデックス・ファンドのバイアス・リターンは殆どの場合マイナスになるので、マイナス・リターンの場合のシャープ・レシオの欠点と同様の欠点を抱えることになる。具体的には、同じだけのマイナスのリターンの場合、リスクが大きい方が、インフォメーション・レシオは小さなマイナスになる。直観的には、リターンがマイナスで、さらにリスクが大きい方がよりダメな運用の筈だから、使えない。

 ただし、シャープ・レシオの考案者であるウィリアム・シャープは、リターンがマイナスの場合でも、そのままシャープ・レシオを評価に使っていいと言っている。確かに、リスクの水準を投資家が選べるなら、マイナスのシャープ・レシオの絶対値が小さい運用の方が好ましいと言えそうだが、少なくともインデックス・ファンドの場合、投資家がリスクの水準を意図的に選ぶことは難しい。

 インフォメーション・レシオが使えないとすると、バイアス・リターンを含めた上で運用を評価する尺度として有望なのは、効用関数型の評価尺度だろう。

 具体的には、U=r-λσ^2の形になる。rの部分にバイアス・リターン(幾何平均から計算されるリターンでいいだろう)、σの部分に実績トラッキング・エラーを代入する。運用者には厳しいかも知れないが、rがプラスの場合は、ゼロとして評価するのが適当だろう。

 λ(ラムダ)の値が問題だが、この決め方には幾つかの方法がある。次回は、この決め方を検討してみたい。また、ファンドを評価する場合に、rの中に信託報酬をそのまま含めていいのか、別に扱うべきなのかという点でもポイントがありそうだ。






最終更新日  2008年06月23日 19時22分26秒
2008年06月06日
 ■懐かしい名前
 ■金融手段の複雑化が暴落を生む
 ■トレーディング手法の有効性の半減期は3~4年


 ■懐かしい名前

 今回は、マーケットとトレーディングに興味のある方にとって興味深いと思われる書籍を一冊ご紹介したい。タイトルは『市場リスク 暴落は必然か』、著者はリチャード・ブックステーバー、訳者は遠藤真美、出版社は日経BP社で、今年の5月の新刊だ。帯には「われわれがサブプライム問題の犯人です」とあるが、原著は、昨年、サブプライム問題が本格的に表面化する少し前に出たようだ。

 「ブックステーバー」というのは、オールド・クオンツ(「クオンツ」とは数量分析の専門家を指す業界用語)には懐かしい名前だ。1980年代の後半に、ブラック・ショールズ式などのオプション価格理論が流行した時に、オプション価格理論のテキストを書いていた人だ。当時の定番のテキストの中の一冊である。彼は、学界の人でもあるのだが、当時よくあったように、ウォール街に身を転じることになる。モルガン・スタンレーやソロモン・ブラザーズでトレーディングのリサーチとリスク管理、さらに大手ヘッジファンドだったムーア・キャピタルにも在籍し、現在はヘッジファンドのフロント・ポイント・パートナーズでマーケットニュートラル型の株式ヘッジファンドを運用しているという。
 ブックステーバー氏は、不動産の証券化商品について、プライシングは研究したであろうが、商品を組成・販売した当事者ではない。「われわれがサブプライム問題の犯人です」というメッセージの意味は、金融技術を使って金融を複雑にして、そこを稼ぎの場にした者が、サブプライム問題のような金融的な混乱の犯人なのだ、ということだろう。

 金融市場のバブルや混乱がどのように起こるのかという分析と、過去約20年間の投資銀行やヘッジファンドの舞台裏、さらに、株式市場に興味を持つ身としては、彼らのトレーディングのアイデアなどが興味深い。


 ■金融手段の複雑化が暴落を生む

 経済危機につながりかねない金融危機は、実体経済のショックから起こっているのではなく、金融そのものが作り出しているのではないか、というのが、本書の著者の問題意識だ。

 たとえば、アメリカではGDPの変化率は明確な縮小傾向にあり、対前年比の変化率で見ると、50年前の約半分で、同じことが個人の可処分所得にもあてまるという。景気後退は今も起こるが、以前よりも浅くなっている。しかし、たとえばS&P500の過去20年間の平均標準偏差は、50年前よりも高くなっている。どうやら、金融自体が株価を含めた金融市場の変動を大きくしているのではないかとブックステーバーは考える。

 本書の記述は、基本的に、ブックステーバー氏自身のキャリアの変遷に沿って進んでいる。詳しくは是非本書を読んでみていただきたいが、最初のテーマであるブラックマンデーの際には彼はモルガン・スタンレーでポートフォリオ・インシュランスのプログラムを顧客に提供していたし、後のLTCM危機の前にはLTCMの中核メンバーが在籍していたソロモン・ブラザーズでトレーディングのリスク管理に携わっていた。それぞれの危機を観察するには申し分ない立ち位置だ。

 翻訳で400ページを超す大著全体を費やしたブックステーバーの金融危機分析の結論を要約するのは簡単ではないが、新しい金融手段の登場によって、緊密に結合していて、且つ流動性が大きな金融システムの中に複雑性が持ち込まれて、これが日常的にも起こり得るようなきっかけを通じて「事故」(原子力発電所の事故のような事故)につながる、というのがブックステーバーの基本的な金融市場観だ。

 彼の分析で興味深いのは、金融システムに規制を追加することが、必ずしも危機回避の対策にならないばかりか、危機及びその連鎖を誘発してしまう恐れがあるとする点だ。たとえば、銀行の自己資本に関連する融資リスクの規制は、この規制が存在することによって、はじめに生じた損失が融資の縮小を生み、これがさらに次の損失につながって行く、といった形で危機をもたらしてしまう。自己トレーディングに関するポジションの規制のようなものも、損失がポジションの整理を生んで、これがさらに次の損失につながるといった連鎖を起こしうる。また、あたかも物理学の不確定性原理の話のように、「観測」自体が観測対象の振る舞いに影響を与えることも指摘されており、たとえば、証券会社にせよヘッジファンドにせよ、トレーダーは自分のポジションや行動が公開され観察されて いる場合には、そうでない場合と行動が異なる筈だという。「情報開示」も万能ではなく、危機につながり得るということだ。

 結局、本書の末尾に述べられている著者の結論は「金融商品を単純化し、レバレッジを減らせば、より堅牢で生存能力の高い市場が創り出されるのである」という素朴なものだ。しかし、著者自身が、金融商品の複雑化を飯の種にしてきた人だし、その動きの推進者の一人でもあったのだから、これは、皮肉な結論だ。

 だが、金融商品を複雑化することに対して経済的なインセンティブが働く限り、少なくとも、金融商品の単純化は簡単には起こりそうにない。たとえば、サブプライム問題にあっても、複雑な金融商品を作り、これを販売し、初期にあってはこれに投資することが儲かったから、新たな金融商品の複雑性がシステムに追加されることになったのだ。

 ある意味では、金融危機の原因として最も根源的な「金融商品」は、個々の金融マンが保有する成功報酬あるいは成果主義型の報酬システムという、「(一時の)稼ぎを原資産としたコールオプション」だろう。金融マンは、自分でコールオプションを持っていて、且つ、たとえばレバレッジを使って、自分のオプションの原資産のボラティリティーを自分で拡大することができる。そして、このボラティリティーの拡大作業を見えにくくするために、新しい金融商品やヘッジの仕組みなどを作って、システムに複雑性を持ち込もうとする強力なインセンティブが働く。

 投資銀行やヘッジファンドなど、成功報酬が当然と思われている世界に長く身を置いたせいか、こうした仕組みのもたらす影響が、あまりに当たり前すぎて、著者の目には入らなかったのだろうか。報酬の仕組みが個々の人間に与えるインセンティブと、これがもたらす影響に関する分析にまで目が届いていない感じがするのが、本書の分析で唯一物足りない部分だった。


 ■トレーディング手法の有効性の半減期は3~4年

 投資銀行やヘッジファンドで長らくリスクを管理する立場にあった著者が見てきた、トレーディングに関わるエピソードの数々は、本書の読み所の一つだ。

 トレーダーや投資銀行の経営者達の、ここで紹介するのが憚られるような、赤裸々な描写が何カ所も実名入りで出てくるし、実在の金融機関の経営に対して批判的な記述も出てくる。金融界にご興味のある方(たとえば、外資系の金融機関に就職・転職しようと思っている方)は、是非、直接この本を読んでみて欲しい。特に、登場する金融機関の「社内政治」のありようが、参考になるはずだ。それにしても、投資銀行のトレーディング部門は、感心するくらい、実に頻繁に損をするものだ。

 さて、株式投資に興味を持つ向きには、本書の株式トレーディングに関する具体的な記述も読み所になるだろう。

 たとえば、同様な動きをする銘柄の組み合わせを多数見つけて、値上がりしたものを空売りして、値上がりが遅れているものを買う「ペア・トレード」が、モルガン・スタンレーで生まれた経緯と、その後の、進化形の話が出てくる。

 ペア・トレードは、モルガン・スタンレーのトレーディング関係のシステムの担当者が試みに始めて、この担当者は当初成功を収めるが、社内でプログラムを横取りされて、モルガン・スタンレーからこの担当者は消えてゆくことになる。

 ペア・トレードに関する記述で面白いと思ったのは、その後の進化形に関する説明だった。動きの早さで銘柄群を「先行群」と「遅行群」に分けた場合、業種など共通で一定の属性を持つ先行群銘柄が複数上昇(下降でもいいのだが)する場合に、この属性を持つグループに対する何らかの情報に基づいた取引(「情報トレード」)が行われているらしいと判断し、遅行群が先行群を追うと考えて、遅行群の銘柄を買い持ちし、先行群でこれをヘッジ(空売り)するというような情報トレードの判断方法が説明されていた。複数の銘柄が同時に同方向に動いた場合には、確かに、何らかのファンダメンタルな情報が背後にある確率が大きいと言えるだろう。

 このアイデアに基づく取引は、数年間にわたってモルガン・スタンレーにかなり大きな利益をもたらしたようだが、ある時から利益が消え始める。

 著者によると、新しい複雑性(多くは新種の証券)に基づく取引手法の有効性は、その半減期が3~4年といった程度のものであるらしい。
一つのトレーディング・ノウハウがいつまでも有効であることはない、という教訓でもあるし、ヘッジファンドの選択にあたって、過去2,3年のトラック・レコードを基準とする巷の方法がいかに不適切か(ほとんど「間抜け」と言っていいくらいのものだろう)がよく分かる。






最終更新日  2008年06月06日 18時33分39秒

全116件 (116件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 12 >

PR


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.