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かつてスウェーデンのフリデンブリーという市において ある虫を使って市長を決めた事がありました され何を使ったのでしょうか? 1、ノミ 2、シラミ 3、ムカデ 2.シラミ ( Dorikiさん) (これはよく分かりましたねー) 答え 2のシラミでした 説明 スウェーデンのフリデンブリーという市では シラミを市長選挙に使ったことがありました その方法は市長候補がテーブルの周りに座り 身を低くして、それぞれがアゴヒゲをテーブルにつけます (昔は西欧人はアゴヒゲをたくわえていたそうです) ここでテーブルの中央に一匹のシラミを放ちます そのシラミが最初にもぐりこんだアゴヒゲを持った者が 時期市長に選ばれたそうです 今日の問題 フィリピンでは戦争状態になったらあることをします さてそのあることとは何でしょうか? 1、国旗を別の物ものに変える 2、国旗の上下を変える 3、国旗の裏表を変える されどれでしょうか? ちょっとトリビア 旅行に出ると「旅の恥はかき捨て」とばかりに 地元では出来ないような事を平気でする人がいますが この言葉の意味を「旅先では二度とくる事も会うことも 無いだろうから恥さらしな事をしてもかまわない」という風に 考えている人も多いと思いますが、これは間違いなのです 現在の感覚で考えるとそのようになるのですが この言葉が出来た頃はその土地に関する情報が不十分で その土地の慣習や風習やしきたりの事が分からない為に 思わぬ失敗をしてしまっても仕方がなく別に恥だと 思う必要はないということを言ったもので 旅人が「間違えてスイマセン」というと地元の人は 「初めての事だから気にしないでください、恥では ありませんから」と許してくれるといった関係を あらわしたものだったはずなのです それがいつしか勝手な考え方で地元の人に迷惑をかけても 良いように思われる言葉に変ってしまいました 母さんが死んだ日 若林真奈美さんのお話し 若林さんが社会人一年目の時でした 某中小企業に事務として勤め始めた若林さんは 両親に内緒で引越しを考えていました 働き始めて半年間お金を貯めて両親が家に居ないときを 見計らって引越しする事にしていました それは父親がとくにうるさく、嫁に行くまでは家を出るのを 許さないと言っていたからでした ある日 両親に内緒で引越しした若林さんに母親から電話がありました 母に「一度帰ってきてお父さんにちゃんと言いなさい」と 言われましたが 絶対に父は許してくれないと思い帰りませんでした 何度も母から電話があり、面倒になり 電話がかかってきた時にいつものように母が言いました 「一度帰ってきてお父さんに許してもらいなさい」と しかし若林さんは 「何度も同じ事を言わないで、私の勝手でしょ もう電話もかけてこないで」と言いそれから母は 電話をかけてこなくなりました それから一度も家に帰ることも電話する事もなく 一年が過ぎていきました ある日、家からの電話が携帯に入りました 電話には「自宅」と表示されていました (えらく久しぶりの電話だな)そう思い出てみると それはお父さんでした 「何?」とぶっきらぼうに答えると父は 「すぐに〇〇病院に来なさい、母さんの呼吸がとまった」 そう言われました どういうことなのか分からない若林さんでしたが とりあえずタクシーで病院に向かいました 大きな病院の一階に着くと、親戚のおばさんが待っていました 「お母さんの具合はどうなんですか?」と聞くと おばさんは首を横に振りながら 「お医者さんがもう時間も問題だって言っていたの」と 目頭を押さえました エレベーターに乗り母親の病室に行きながらおばさんに聞きました 「おばさん、お母さんはいつから悪いの?」 「もう一年前から悪かったらしいんだけど、ガンの事は誰にも 話していなかったみたいよ」 病室のある階に着き、病室のドアを開けるとたくさんの親戚が 駆けつけてきてくれていて、みんな泣いていました まさかと思いベッドの上のお母さんを見るとお医者さんが 手首に指をあてながら、「ご臨終です」と言っていました 若林さんの頭は真っ白になりました 腰砕けでよろよろとイスにドスンと腰を下ろしました それを見た親戚の人たちは 「少し外に出ていましょう」と言い 病室には父とベッドの上の母と若林さんの三人だけになりました 父親はみんなが出て行った後に涙を流しましたが すぐにそれをぬぐい、病室の外に出ました 一人残された若林さんはお母さんの顔を見ながら (ゴメンねお母さん私のせいで 私がお母さんと一緒に住んでいれば お母さんの病気のこと気付いてあげれたのに) そう思うとどんどん涙が溢れ出しました ベッドのすみに顔をうずめて泣いていると お母さんの声が聞こえました 「真奈美、ごめんね良いお母さんじゃなくて あなたは好きなようにして良いからね」と 顔を上げてもお母さんはベッドの上のままでした そうしていると看護婦さんが部屋に入ってきて お母さんを着替えさせてくれると言うので その間、外に出ていると、父親がそばに寄ってきて言いました 「母さんが最後に言っていた、真奈美に良いお母さんじゃなくて ゴメンね、あなたの好きなようにしなさいと言っていた 父さんもそう思う、後はお前の好きにすれば良いから」 そうお父さん言われました その後、御通夜、お葬式と行なわれてから家に帰りましたが 二週間後には家に帰ることにしました お父さんに言われました 「好きにして良いと言ったのにどうして帰ってきたんだ?」 「また、お母さんの時のようになるのがイヤだからよ それと好きにして良いと言われたから好きにしただけだよ」 「好きにしろ」 そう言ったおとうさんの顔は少しうれしそうに見えました この話し終わり 上の写真の子は「マイ」です お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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