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カテゴリ:東京 目黒区の石仏
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今日は目黒区の庚申塔めぐり その3です。 五本木庚申塔 五本木2-20 祐天寺駅の南、駒沢通り近くにある守谷図書館の裏の路地、塚上に石仏が並ぶ。 入口右 念佛供養塔 元禄2(1689)笠付角柱 塔の四面に「南無阿弥陀佛」と彫る。 下部にはそれぞれ施主と思われる数名の名前が刻まれていた。 小堂の中に5基の石仏。右から地蔵菩薩立像 元禄年間 光背上に日月雲を彫る。 右脇に「奉造立・・・風化のためにその先は読み取れない。 隣 板駒型の立派な庚申塔 造立年不明。彫りは細かくはっきりしていて力強い。 上から日月雲 その下に「奉納庚申供養」青面金剛立像 剣ショケラ持ち八臂。 八臂というのは珍しい。それぞれの手に矛・法輪・弓・矢・鈴・索を持つ。 足元に獅子のような邪鬼。脇にしっかりとした二鶏。その下に三猿を彫る。 なかなか豪華な構成といえよう。三猿の下、施主名と十一月という字も見える。 あるいはこのあたりに紀年銘も刻まれているのかもしれないが確認できなかった。 中 庚申塔 こちらも紀年銘は確認できない。日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。 第3手はかなり彫りが薄い。足元には三猿のみ。その下に施主名が刻まれる。 左から2番目 庚申塔 貞享3(1686)日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。年代の割に 彫りははっきりしている。下部に三猿。こちらも三猿の下に施主名を刻む。 左 庚申塔 元禄8(1695)日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。彫りは丁寧な印象。 下部には大型の三猿を彫る。やはり三猿の下に施主名が見られる。 小堂の奥の草むらの中 庚申塔 文化7(1810)角柱 正面に「庚申供養塔」脇に年号。 その下に上目黒五本木組。右側面には8名の名前が刻まれていた。 さわら庚申と道標 中町2-38 駒沢通り祐天寺二丁目交差点。五差路の一角の小堂の中に三基の庚申塔が並ぶ。 右 庚申塔 寛文3(1663)中央に「南無妙法蓮華経」脇に「献開眼帰命帝釈天王」 左脇に年号。さらに8名の名前が見える。その下には蓮の花を彫る。 中 庚申塔 元禄5(1692)日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。三猿の下に7名の名前。 左 庚申塔 元禄10(1697)日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。上部を欠いている。 邪鬼も二鶏も三猿も見られない。下部には7人の名前が刻まれていた。 小堂の欄間に見事な三猿が彫られていた。いつ頃の作品だろうか? 小堂の右手前に角柱型の道標が立っている。正面 おく沢、ひもんや、いけかみ道。 右側面に 右 ごほん木 ふたご道。左側面に 右 あさふ あを山 道。昔から交通の 要衝だったらしい。裏面に○政五年とある。寛政(1793)文政(1822)安政(1858)の いずれかと思われる。 このブログもおかげさまで一周年を迎えることができました。アクセス数も 1万回を超えました。訪問していただいた皆さんには心より感謝いたします。 これからもよろしくお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.10.12 10:46:52
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