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私家版 さいたまの石仏

私家版 さいたまの石仏

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☆いたやま☆

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自転車とカメラが趣味で、気軽に写真を撮っています。
お地蔵様や庚申塔などの石仏にはまってしまいました。

さいたま市の石仏探しの参考書として
「石の文化財-浦和の石造物」浦和市教育委員会
「郷土の石佛 写生行脚一期一会」酒井 正

私家版さいたまの石仏のホームページ版は
http://saita-seki.jimdo.com/

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2025.11.02
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カテゴリ:上尾市の石仏
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天台宗の古刹 徳星寺(とくしょうじ)の石仏です。庚申搭、地蔵菩薩塔など多くの石仏があり、二回にわけて紹介します。

徳星寺 上尾市畔吉751​[地図]


前回紹介した十輪寺の前から西へ向かうと、300mほど先で道は左右二手に分かれる。ここで右の道に入りすぐ先で右にカーブして畑の間を進むと正面に徳星寺の山門が見えてくる。周りは県指定の天然記念物「大カヤ」をはじめ様々な樹木に囲まれていた。山門のかなり手前、道の両脇に一対の大きなお地蔵様が立っている。


右 地蔵菩薩塔 享保13(1728)角柱型の石塔の上に敷茄子・蓮台に立つ丸彫りの地蔵菩薩像。高さ2mを超す「享保の大地蔵」である。ふくれ面をした地蔵菩薩。人間くさい表情とも言える。像は白っぽくなっているが大きな欠損はない。


石塔の正面を彫りくぼめた中に 村々講中道俗 助力同志男女 爲二世安樂也。字も美しい。


両側面は無銘。裏面を彫りくぼめた中に造立年月日。その横に願主 遍明?□□□信。続いて現住 豎者法印覺□。以前調べたが「豎者(じゅしゃ)」というのは一般の僧の修行を助け指導する高僧のことだった。


左 地蔵菩薩塔 享保13(1728)右の地蔵菩薩塔と同じ規模、構成で、石塔の正面と背面の銘も全く同一。同時に造立されたものである。


こちらの尊顔はやさしげで、錫杖・宝珠の代わりに両手で柄香炉を持っていた。この組み合わせは先日見た小敷谷の観音堂墓地の二基の地蔵菩薩塔と同じだが、あちらは造立年に30年の開きがあった。


境内に入る前に、山門前から左に曲がり西に進む。しばらく行くと右手の奥、雨除けの下に三基の石塔が並んでいた。


左 庚申塔 享和4(1804)四角い台の上の駒型の石塔の正面に「庚申搭」三猿もいないシンプルな文字塔。


塔の両側面にわたって造立年月日。左側面下部に願主 畔吉村中と刻まれている。


中 庚申搭 宝永3(1706)舟形光背に日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。三角に結われた髪の真ん中には蛇の頭か?持物は矛・法輪・弓・矢。顔の両脇に造立年月日。光背右下、弓の脇に畔吉村、その下に六名の名前。左下、矢の脇に一名、その下に四名の名前。​


足元に全身型の邪鬼。顔は削れていてのっぺらぼう。その下に正面向きに並んで座る三猿。三猿の顔も削れている。三猿の両脇に小さな二鶏が線刻されていた。


右 庚申塔 正徳4(1714)背の高い舟形光背に日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。堀の様子は隣の庚申塔とよく似ている。頭上にとぐろを巻いた蛇を乗せた三眼の青面金剛。光背右脇「奉造立庚申供養」その下に武刕足立郡石戸領 畔吉村。光背左脇に造立年月日。


足元に全身型の邪鬼。足を前方に投げ出して横たわるのは珍しい。邪鬼が横たわる磐座の下に両脇が内を向いて座る三猿。その両脇に二鶏を半浮き彫り。塔の最下部に講人數 二十六人 敬白と刻まれている。


山門をくぐり境内に入ると、右脇の植え込みの中に三基の石塔が並んでいた。その奥に墓地が広がっている。


右 阿弥陀如来搭 文化7(1810)四角い台の上の角柱型の石塔の上に来迎印を結び蓮台に立つ丸彫りの阿弥陀如来像。


石塔の正面中央に「豎者天榮法印」高僧の墓石か。両脇の紀年銘は命日?塔の左側面は無銘。右側面に昭和十年四月七日移動 伊藤榮俊と刻まれていた。


中 宝篋印塔 延享4(1747)宝珠を乗せた相輪付の屋根型笠を持つ。塔身四面に四仏を表す梵字。


蓮台付きの基礎の正面「宝筐印陀羅尼塔」左側面に「經曰・・・」と三行の偈文。


左側面に供養導師 東高野山、徳星寺豎者法印宣榮。背面に造立年月日。


一番下の台の左側面、右に施主 畔吉(村中?)、左に 同 領家(村?)・・と刻まれている。


左 宝篋印塔 文化4(1807)厚みのある台、反り花付き台を持つ。敷茄子・蓮台付きの基礎、同じく敷茄子・蓮台付きの塔身。さらに厚みのある屋根型笠の上の相輪・宝珠。総高3mを優に超す大型の宝篋印塔である。塔身は円筒形で四方向の面に四仏の梵字。


基礎の正面を舟形に彫りくぼめた中に智拳印を結ぶ金剛界大日如来坐像を浮き彫り。これは珍しい。


基礎の左側面に偈文。右側面、右から開眼導師泉福寺三十九世 大阿闍梨豎者法印圓雄。中央に造立年月日。左脇に當寺三十二世榮純代。背面に三つの居士、大姉戒名。


基礎の下の反り花付き台の正面に右から 村々助力 道俗男女 爲二世安樂也。さらに左端にやや小さな字で畔吉村 施主とあり二名の名前が刻まれていた。





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Last updated  2025.11.02 17:56:55
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