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私家版 さいたまの石仏

私家版 さいたまの石仏

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☆いたやま☆

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自転車とカメラが趣味で、気軽に写真を撮っています。
お地蔵様や庚申塔などの石仏にはまってしまいました。

さいたま市の石仏探しの参考書として
「石の文化財-浦和の石造物」浦和市教育委員会
「郷土の石佛 写生行脚一期一会」酒井 正

私家版さいたまの石仏のホームページ版は
http://saita-seki.jimdo.com/

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2025.11.29
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カテゴリ:上尾市の石仏
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上石地区の北西、藤波の石仏を見てみましょう。

蜜厳院 上尾市藤波2-196​[地図]


県道57号線の小泉交差点から北へ向かう道を道なりに2kmほど進むと、道路左側に藤波公民館がある。そのすぐ先の信号交差点を左折、西へ350mほど行くと、道路右手、住宅と工場の間の狭い路地の奥に密厳院の入口がある、山門左手前に延宝4(1746)造立の美しい舟形光背の地蔵菩薩塔が立っているが、こちらは墓石だった。


本堂の左、西側いっぱいに墓地が広がる。その手前、墓地へのアプローチのように石段の上に多くの石塔が東向きに並んでいた。


左端 石橋供養塔 享保10(1725)四角い台の上の舟形光背に錫杖と宝珠を手にした地蔵菩薩立像を浮き彫り。白カビに覆われている。


輪光背を負った地蔵菩薩。顔のあたりに特に白カビが多く表情はわからない。光背右脇「石橋供養佛」左脇に造立年月日。


右下に願主 自得。勧化 十七ヶ村。左下に石佛施主 藤波村 女中七十五人と刻まれていた。


以下十数基の石塔は墓石。比較的小型で文字塔が多い。右端の四基は大型でいずれも堂々たる石仏が揃う。


四基のうちの左 地蔵菩薩塔 享保10(1725)。四角い台の上の角柱型の石塔に丸彫りの地蔵菩薩立像。


その隣 地蔵菩薩塔 享保10(1725)。四角い台の上の角柱型の石塔に丸彫りの地蔵菩薩立像。同年の造立だが、左の地蔵菩薩像と違い、こちらは蓮台の下に敷茄子が付く。


二基の地蔵菩薩塔の塔の銘は同一。正面右に藤波村中、左に施主名。両側面にわたって造立年月日。月日まで全く同じだ。施主が中心になって村中が協力して二基を同時に造立したものらしい。もしかしたら村の出入り口に「塞ぎ」として立っていたのだろうか?


続いて 回国供養塔 元文4(1739)四角い台に反り花付き台と角柱型の石塔、その上に丸彫りの地蔵菩薩立像。享保・元文期は本当に大きな丸彫り地蔵菩薩塔が多い。


石塔の正面中央「日本回国」両脇に天下泰平 國土安全。


塔の右側面に造立年月日。左側面に藤波村 施主とあり個人名が刻まれている。


右端 開山塔 造立年不明。幾重にも四角い台を重ねた上に大きな卵塔。正面に「開山塔」とあり、一番上の台の正面に「千山 法宗」調べてみると、蜜厳院は鎌倉時代に創建されたという古寺で、1500年ころに太田道灌の養子である資家がその叔父である淑悦を開山として堂宇を再興したという。


背面に天文2年の紀年銘があるが、干支から見て天文4年が正しく、こちらが中興開山淑悦の命日らしい。


本堂の右手前に 馬頭観音塔 元文4(1739)二段の四角い台の上の駒型の石塔の正面に「馬頭觀世音」塔の右側面に造立年月日。


四角い台の正面に大きく「講中」側面に数名の名前が刻まれていた。

蜜厳院西路地 上尾市藤波2-237南​[地図]


信号交差点から蜜厳院へ向かう道をそのまま進むとT字路にぶつかる。ここを右折してすぐ次の道路左の路地に入ると、右の空き地の奥に石塔が立っている。周りは草木が多くなかなか気が付きにくいロケーション。


馬頭観音塔 宝暦8(1758)大きな基壇の上の四角い台の上、駒型の石塔の正面に慈悲相六臂の馬頭観音立像を浮き彫り。それなりに白カビが多い。


頭上に馬頭。静かな表情は慈悲相だろう。持物は矛・法輪・斧・独鈷杵。


台の正面に願主 個人名。右側面に願主 藤波村中。こちらは施主が正しいだろうか。


左側面、右上に勧化村とあり、その下に近隣十一ヶ村の名前が刻まれていた。

藤波一丁目空き地 上尾市藤波1-327​[地図]



藤波一丁目、藤波公民館から250mほど手前の道路左側の細い道に入ってすぐ、右手の空き地に小堂が立っていた。


小堂の中 庚申塔 元禄12(1699)舟形光背に日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。


高く結い上げた髪に蛇が絡みつく。光背右脇「庚申供養二世安樂所」左脇に造立年月日。足の両脇に二鶏を半浮き彫り。


足元に上半身型の邪鬼。磐座の中から両腕を前に出して、丸い顔を正面に向ける。その下にやや扁平な正面向きに座る三猿。その両脇に施主 敬白。塔の最下部に十名の名前が刻まれている。





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Last updated  2025.11.30 07:30:50
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